シャイニートリガー -多重星界起動遍歴-   作:形のない者

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小宮果穂① 目指せ、脱獄ヒーロー!

 

 ────ただ、家族みんなの飲み物を買いに出かけただけだった。もう夜だから危ないと言ってくれたお母さんといっしょにコンビニに向かう。夜なのにキラキラとした、ちょっと大人な街。お母さんと手をつないで、なんてことのないことを話して、笑い合っていたら……突然、体が引っ張られた。暗いところに引きずられて、お母さんが焦ったように叫ぶ。路地裏の先で倒れたお母さんが手を伸ばしてくるところで、視界が真っ黒に覆われた。

 

(────っ!!)

 

 小宮果穂は目を覚ます。天井の色は黒。壁も、床も。材質は大理石のよう。柵は金属製で、まるで牢屋のよう。寒さを凌ぐ藁の束をどけて、硬い床の上に敷いた薄い藁から起き上がる。この一週間、顔を洗ったことも歯磨きをしたこともない。食事もトイレも行かせてもらえていない。それでも死ぬことはない。空腹だけど体は元気で、トイレに行きたくても漏らすことはない。それは周りの“奴隷”も同じことだった。

 

「おい起きろ。朝だぞー。今日は朝から鍛錬だ。昼は自由時間だが、夕方から座学。んで必要のない()()だ。たぶん俺の予測だと、そろそろ点数を付けられる。踏ん張りどころだぜ。点数低い奴は調教行きだ。気張れよ。そして何回も言うように奴隷同士の足の引っ張り合いは厳禁だ。そういう奴は俺がこの手で粛清する」

 

 奴隷長による朝礼が終わる。宿舎ひとつにつき三十房の牢屋。奴隷長がひとつずつ扉の鍵を開ける。解放された高校生から小学生までの子供たちは、あくびしつつ雑談を交わして修練場に向かう。新入りの小宮果穂は、一番最後に扉を開けられる。

 

「……カホ。顔色が悪いぞ。体調が悪そうに見えると薬を勧められる。だが決して飲むな。飲んだふりをしろ。そしてすぐ俺のところに来て吐き出せ。薬は俺が処理する」

「……はい……」

 

 奴隷長の言うことは絶対だ。逆らえばムチを打たれる。痛くはないが、ムチに当たると伝達脳を刺激する電撃を受けて苦しさを味わう。しかし奴隷長は悪い人ではない。要領がよく、奴隷が必要以上に体罰を受けないよう、巨人相手に取り計らってくれている。

 

 小宮果穂は奴隷宿舎から外に出る。太陽のような光が降り注ぐ一面の青空。景色は素晴らしいが、横の広がりは寂しいものだ。四方を黒い壁で囲まれた監獄。巨大な鉄門は固く閉ざされており、巨人の筋力がなければ開けることは不可能。敷地内の建物は二つあり、奴隷が寝泊まりする宿舎と、色々な事を学ぶ教室。それ以外の更地は修練場であり、トリガーというものを使いこなすため練習しなければならない。

 

(…………)

 

 悪い巨人に誘拐されて一週間。理解したことは、絶対的な恐怖。そのせいで頭も体も働かない。言うことを聞かなければ電撃を受ける。すると目の前が歪み、吐き気がする。まるで直接、脳みそをいじられているような感覚だ。そのような拷問を受けたヒーローを知っている。その時のヒーローは必死に耐えて、耐えて、仲間が助けてくれるのを待っていた。しかし今の小宮果穂に、仲間などという頼れる人は存在しない。

 

 巨大な斧のトリガーを起動、生成。不思議な体になっている状態だと、身体能力が大幅に上がるのか、これを面白いように振り回せる。すると、たまに壁の外から中を覗き込んでくる見張りの巨人が褒めてくる。小宮果穂は苦笑いで頭を下げる。何も返さず修練に戻ったら、いたずらされるようにデコピンされて吹き飛ばされた。その記憶がまだ新しい。

 

「……カホ。調子はどうだ?」

 

 小宮果穂の斜め後ろに奴隷長が立つ。奴隷同士の雑談は処罰の対象だが、奴隷長はある程度の自由が許されている。そのため奴隷長とは話しても良い。

 

「……だいじょうぶ、です……」

「そうか。初日と比べて落ち着いてきたな。昨晩は珍しく、寝付く前にしくしく泣かなかった。みんな、お前の心が折れたと思ってる。そろそろ諦めがついてきたか? ────もう俺たちは一生ここから出られない……と」

「……っ……」

「まず、ここから出ることはできる」

「!」

「だがそれは“神”になるためだ。お前、座学の時間はずっと放心状態だったから覚えてないだろ」

「……いえ……あの……“神”は、その……たぶん、いけにえのことで……」

「ほう。あの様子で、実はきちんと聞いていたのか。なら心配なさそうだな。まだギリギリ折れてはないようだ」

「……?」

 

 奴隷長は何が言いたいのか。無駄話をしていれば、いくら奴隷長でも巨人から処罰される。

 

「なら分かるだろう? カホ、今回は手を抜け。この中で一番トリオンの高い人間がお前だ。このままじゃ生贄にされる」

「……! で、でも……それじゃあ、ほかの人が……」

「俺たちが生き残るためだ。お前は新入りだから話していなかったが……俺たちは今、脱獄の準備を進めている」

「!! だ……だつごくって……!?」

 

 小宮果穂は、壁の外で酒を飲む巨人をちらりと見る。この会話を聞かれてしまえば、とんでもない拷問が待っている。

 

「そのままの意味だ。ここにいる奴隷たちはトリオン能力の高さを見込まれて集められた。つまり戦う力がある。その中でもカホは一級品……いや、特級だ。しかし戦うための武器がない。俺たちは捕虜にされた時、トリガーを奪われた。だから取り返す。決行は今晩だ。合図したらトリガーで壁を壊し、俺の牢屋まで来い」

「……!」

「詳しく説明している余裕はない。あの巨人は酒を飲むとき、俺たちの会話を聞き逃している。処罰覚悟で尊厳を貶める暴言を吐いても何もなかった。奴らは仲間を傷つける者を許さないから見逃すことはありえないため、ブラフではないことも証明済みだ。────おっと」

 

 巨人は、巨木のようなジョッキに貯まる、プールのような酒を飲み終えると、酔った顔で監獄の中を覗いてくる。奴隷長はなに食わぬ顔で広場を歩き回り、厳しく声かけすることで、奴隷長として仕事している風を装っている。

 

(……だつごく……ここから、出られる……!?)

 

 降って沸いた希望。だが、その先は? 小宮果穂の思考が止まらなくなる。情報が足りない。この一週間の記憶を思い返す。そのほとんどが、ほかの奴隷たちとの会話。

 

 ────おい新入り。めそめそすんな。お前の名前は?

 ────ねぇねぇ、どの国に住んでたの? ニホン? 聞いたことない国ね。

 ────ここはユーレリア領域のケンネルだ。知らない? 無理もねぇな。ここド田舎だから!

 ────僕はウィンドルのラント出身。トリガー目的でさらわれたんだ。

 ────は? トリガーを知らない? お前なに言ってんだ? 

 ────まて。まさか新入り……おまえ、ミデン出身か?

 ────マジ!? でもそうじゃなきゃトリガー知らない理由がつかねぇ……。

 ────わたし、初めてミデン人を見たわ!

 ────おい奴隷長。となると、こいつは連れて行かないほうが……。

 ────いや、こいつは使える。

 ────でも、こんなトリオンモンスター、巨人が手放すわけないでしょ。

 ────モノは使いようだ。

 

 ……断片的な記憶。誘拐されて奴隷として扱われたことのショックで、小宮果穂の意識と記憶は曖昧だ。それでも今この瞬間に初めて、小宮果穂は白く霞がかかる脳裏が、山から吹き降ろす突風に吹き飛ばされて、目の前の視界が鮮明になった。

 

(……おうちに、かえりたい……でも、わたし、ひとりだと、なにもできない……)

 

 頼りになって信じられる人間は、この一週間、面倒を見てくれた奴隷長のみ。はたして自らの命運を託していい相手か。疑ったところで選択肢はない。抗わなければ何も変わらない。たとえ脱獄に失敗しても、次は必ず成功してみせる。

 

          †

 

 夜の奴隷宿舎。三十個の牢屋の中で、奴隷たちは寝たふりをする。

 

「────1番、2番。うるさいぞ。()()()()()

 

 奴隷長の合言葉に応じて、1番と2番は飛び起き、鍵開けを試みる。1番は手間取るが、2番が成功。抜き足差し足で奴隷長の牢屋の前を通り、外に出る。

 

「……愚かな奴だ。バレてないとでも? 面倒だ。みんな騒ぐな、今夜はもう寝ろ。2番の件は俺が報告する。()()()()()()()()。そう思うだろう? 28番」

 

 28番は、小宮果穂の牢屋の真向かいの牢屋にいる奴隷少女だ。彼女は起き上がると、小宮果穂に対して何かを伝えようとジェスチャーする。しきりに奴隷長のいる方向を指さして壁を殴っている。それを見た小宮果穂は察する。トリガーを起動。斧を生成。壁に向かって振り上げると、28番は急に両手を前に出して、焦ったように止めてくる。

 

「ところで、カホ。今日は点数が低くて残念だったな。まぁ〈戦舞〉も使えない奴が選ばれるはずもないか。これは俺の教育不足だったな。すまん」

(……せんぶ?)

「分からないか? 座学で学んだろ。戦闘体に装備できるトリガーの数はひとつだけじゃない。複数装備できる。カホは今まで斧トリガーしか使っていないが、そろそろ戦舞を解禁してもいいと思っている」

(……そんなの、学ばなかった……)

 

 座学の教室では、奴隷長が教師を担当する。そして小宮果穂は、この一週間、一度もそんなことを教わった覚えがない。つまり奴隷長は、わざと戦舞の存在を教えなかった事になる。そんなことをすれば巨人たちからお叱りを受けるが、小宮果穂のあずかり知らないところで、奴隷長は陰謀を構築していた。

 それは数時間前のこと。採点を済ませた巨人たちは、奴隷長に問いかける。なぜ29番は戦舞を使わない? それに対して奴隷長は、まだ29番は新入りで精神が不安定だから、うまく使えない……と言い訳していた。奴隷長が従順であることを信じ込んでいる巨人たちは、その言い分を受け入れて、早く29番を一人前の戦士にするよう指示。

 

 奴隷長は思う。

(助かった……巨人族は武人の誇りを持つ。本来ならカホを攫ったその日に、生贄としてマザートリガーに捧げてもよかったのに……彼らは一人前の戦士でなければ“神”に相応しくないと考える文化を持っている。そして一人前の証とは、戦舞トリガーを使いこなせるようになること……今回の脱獄で戦舞を初めて使用するカホだが、まだ練度が足りない。今回の脱獄が失敗しても、まだもう一度、カホを使った脱獄のチャンスがあるということだ)

 

 小宮果穂は戦舞を起動。次の瞬間、奴隷宿舎が跡形もなく吹き飛ばされた。

 

「わぁっ!?」

 

 突然の爆発と爆風。驚いた小宮果穂は悲鳴を上げる。トリオンモンスターの戦舞起動はこうなるのかと、奴隷たちは驚きつつ、この混乱のチャンスを逃さない。

 

『────トリガー起動(オン)!!』

 

 小宮果穂の戦舞で戦闘体が破壊された奴隷たちは、爆風に煽られて夜空を飛ぶ中、一斉に換装を済ませる。

 

「わ、わ……!! あ、あたし────空を、飛んでる……!?」

「カホ! 着地と同時にもう一度、戦舞を起動しろ! 化物トリオンのお前なら、ただ起動するだけで周囲を更地にできる!」

 

 夜空を飛ぶ奴隷長の大声。小宮果穂は、先程まで奴隷宿舎があった場所から竜巻が上がっている様子を呆然と見下ろす。

 次の瞬間、山が怒り狂った。

 

「キャアアアアアー!」

「やめろーーー!」

 

 轟くような咆哮と合わせて、巨人がその豪腕を振るい、空を飛ぶ奴隷たちを一人ずつわしづかんで回収する。

 

「あ、そんな……!」

「カホ! 掴まれそうになったら戦舞を使え!」

 

 山の中腹に座る巨人は、山の頂を越す長腕を振るい、小宮果穂めがけて巨大な手のひらを伸ばす。

 

「せ────戦舞っ!!」

 

 竜巻トリガー起動。巨人の右腕が瞬く間に切り刻まれていく。大量のトリオン放出による反動で吹き飛ばされた小宮果穂は、奴隷長と激突。奴隷長は小宮果穂を受け止めて地上に落下、着地する。

 

「っ!! あ、あれ? あんなに高いところから落ちたのに……ケガ、してない……?」

「────上出来だ。このまま南下する! 防人の国ケンネルの領土に入れば俺たちの勝ちだ! そこまで逃げ切るぞ!!」

「っ────で、でも、みんなが……! それに、2番さんは……!?」

 

 奴隷長は何も答えず、小宮果穂の手を取って傾斜のある雪山を走る。後方では戦闘音。監獄の地下からトリガーを奪い返した2番が、武器を取って空を駆け、仲間を助けるため巨人に立ち向かう。

 

「……愚かな奴だ」

「────え?」

 

 ふとした奴隷長の言葉に、小宮果穂は困惑する。

 

「外で見張りをする巨人が、俺たちから取り上げたトリガーを、わざわざ監獄の地下に保管するわけがない。明らかに罠だ。そう何度も説得したのに……2番は言うことを聞かなかった。頭の弱い奴は死ぬ。となりの領域のマキシムを思い出す」

 

 巨人に飛びかかった2番は気付く。トリガーを生成できない。起動できない。巨人の一撃で叩き潰された2番は戦闘体が解除される。巨人は嘲笑うように酒を飲む。絶望する2番は、戦意喪失。逃げる素振りも見せない。おそらく彼は奴隷長を恨むだろう。騙された、裏切られた、あいつのせいだ。現に、そのような遠吠えが山中に響く。冬の雪山は空気が澄んでいるため、断末魔がよく響く。

 

「…………っ!!」

「2番の馬鹿さ加減に呆れた俺は、あいつを囮にして脱出する計画を練っていた。その時、カホ、お前が来た。お前のトリオン能力なら、バカみたいな戦舞の威力で、ほうぼうに散ることができる。あとは恨みっこなし。与えられた平等のチャンス、自分が逃げるために使う。そして当然、巨人はカホ────お前を優先して追いかける」

「え……」

 

 巨人は立ち上がると、最もトリオン反応が強い方角に向かう。その先には奴隷長と小宮果穂が木々の隙間に隠れて全力で走っている。山間の巨大鍾乳洞から、騒ぎを聞きつけた数体の巨人も出てきた。これから巨人たちの大捜索が始まるだろう。

 

「だからみんな、お前と同じ方向に飛ばされないよう、願っていただろうな」

「……! じ、じゃあ……奴隷長さんは……」

 

 ────運悪く、カホの近くに飛ばされたということか。

 小宮果穂は利用されたことを悟る。

 

「そうだな。俺は運が悪い。だがな────もし運が悪くても平気なように、作戦ってのは練るもんなんだぜ?」

《トリガー臨時接続》

 

 奴隷長と小宮果穂が繋ぐ両手。そこから不意にシステムボイスが鳴り響く。

 

「戦舞を使いこなせる俺と、連発を可能とするカホのトリオン。この二つを組み合わせることができれば、むしろ俺は幸運だったと言える。────戦舞起動!」

 

 入射角度に留意して竜巻トリガーを起動。次の瞬間、奴隷長と小宮果穂は水平に吹き飛ばされた。地を轟かして雪崩を起こし、木々を薙ぎ倒して降り注ぐ雪崩をも吹き飛ばし、秒間数百メートルを稼ぐ。そして、あっという間にケンネルの領地へ飛び込んだ。山間の集落の近くに着地した二人は積雪を巻き込んで大きく転がる。すぐさま奴隷長は降りかかる積雪を払いのけて、小宮果穂の腕を引っ張り上げる。

 

「ここは……ドワフの里か。ケンネルが近い。急ぐぞ!」

 

 今度は戦舞を使用せず、夜通し走り続ける。小宮果穂が脱獄してからどのくらい経ったのか考えるのをやめた頃、朝日が昇ってきた。同時、前方の山間に黒い大理石の城壁がそびえる建物を目にした。

 

「えっ……あれって……かんごく!?」

「違う。作りが同じなだけだ。ケンネルの城壁だよ。建物の大きさも違うだろ。どう見ても巨人用の造りじゃない。人間用の造りだ」

 

 言われてみれば、門の高さ、窓の大きさ、扉の大きさが、どれも小粒のように小さく見える。遠目で見ても大きく見えないということは、巨人の監獄ではないということだ。そこで奴隷長が叫ぶ。

 

「おーい! そこの門衛! 俺たちはケンネルへの亡命を希望する! お願いだ、助けてくれ……っ!!」

「────! まて、そこで立ち止まれ!!」

 

 城壁の門前にて、立派な甲冑を着た二人の門衛が槍を交差させて通せんぼする。奴隷長は両手を上げてあぐらをかき、両足の裏側も地に付けない。基本的にトリガーの使用は全身どこからでも可能だが、両手両足を接地させないことが投降の証明となる国も少なくない。それを知らない小宮果穂は、奴隷長のとなりで正座する。きっちり背筋を立てて誠意を見せる。

 

「頼む! 早く中に入れてくれ!」

「ならん! なぜ急ぐ? 焦っている理由はなんだ!」

「……レンドリフト帝国が来るからだ!」

「────なに? ……嘘をつくのも大概にしろ。ならばなぜ西側から来ない。ここは東側だぞ! しかも北方からの亡命希望者だと……?」

「北マルキアス海を渡って逃げてきたからだ! 海軍は引き離したが、まだ追跡部隊に追われている!」

「────まさか、シャダラ族から逃げてきたのか!?」

「なんの話をしている!?」

「信じられない……よもや巨人族から逃げおおせるとは……」

「おい! 頼む! 話を聞いてくれ! ケンネル王と謁見させろ! かの王は今こそ、少年傭兵団シャカマを必要としているはずだ!」

「ふざけるな! たわごとを……貴様が伝説の傭兵団の一員だと? なんにせよ、ケンネルは巨人族と不可侵条約を結んでいる。中立の立場を破るわけにはいかない。すまないが……受け入れは拒否させてもらう」

「────チッ!」

 

 後方より地響きが迫る。巨人が走るときの足音だ。ケンネルへの亡命が不可能と判断した奴隷長はすぐさま飛び上がり、小宮果穂の手を取って山を駆け下りる。

 

「え、あの……!」

「ケンネルはダメだ! 東の大平原に出る! だがそこは荒れ地だ! 隠れる場所がない!」

 

 それは、つまり、追っ手の巨人に見つかりやすいということで、囲まれたら障害物を使って逃げることもできず、捕まってしまうということだ。

 

戦舞(トリオン)を節約して良かった。これより戦闘も視野に入れる! 俺の体から手を離すなよ! 臨時接続が切れた瞬間、また監獄に逆戻りすると思え!」

「……っ!!」

 

 奴隷長は地面に向かって戦舞を起動。山の中腹から弧を描くように数キロ飛び上がって放物線を描き、小さな林に落下する。

 

「わっ! ぐっ……!」

「いちいち下手な受け身を取るな! 戦闘体なら落下で死ぬことはない!」

「で、でも、こわくて……!」

 

 奴隷長は戦闘体に標準搭載されているレーダー機能を使い、常時微量ずつ消費しているトリオン消費量を少し上げることで、レーダーの精度を向上。加えて視力も底上げし、木々の先の地平線を見据える。

 

「────大いなるシャダラ族がまっすぐこっちに来てる……歩幅を考えるに、ここに来るまで三日というところか……下山してまで追いかけてくるとは、よほど喉から手が出るほどほしい人材だったようだな……」

 

 奴隷長は標準機能をデフォルトに戻し、トリオン消費を抑える。そして深呼吸。急ぐ素振りもなく、周囲の雑木林に生える草をむしり始めた。

 

「あ、あの……逃げないんですか?」

「今日はここで野宿する。翌朝には出立だ。ユレヒト近辺まで落ち延びることができれば、さすがに追跡も断念するだろう。しかしこのまま強行しても、途中でトリオンが尽きる。そうなれば俺たちに待っているのは死だ。敵は巨人だけじゃない。むしろ巨人は生け捕りにしてくるからありがたいもんだ。もし山賊や蛮族、野良トリオン兵と遭遇したら、容赦なく殺される。だからトリオンは温存だ」

「……!」

「つまり、もう巨人の追跡は脅威じゃない。一度の戦舞起動で1から3キロは移動できるんだからな。それより遭遇戦が問題だ。今のうちに食って寝てトリオンを回復する。付いてこい。俺から離れるなよ」

 

 奴隷長は食べられそうな木の実などを集める。その後ろに小宮果穂がついて回り、常に奴隷長の隊服を引っ張っている。接触していれば、いつでもトリガー臨時接続とやらで、即時の戦闘対応が可能だからだ。

 

 奴隷長は慣れたように毒見を済ませると、木の棒を集めて焚き火を熾し、植物を焼いて食べる。小宮果穂も苦い顔をしながら食べる。栄養を取り込まなければトリオンは回復しない。奴隷長に食べることを強要される。そして昼寝。奴隷長が見張りにつく。小宮果穂は夜通し緊張状態で逃げ続けていたこともあり、横になった瞬間、まぶたが開かなくなって、泥のように眠りに就いた。

 

          †

 

 夜空の下、雑木林の中。小宮果穂は目を覚ます。パチパチと鳴る焚き火の音。奴隷長が木の枝を追加して火力を上げていた。焚き火の明かりを受けて、奴隷長の顔がよく見える。小宮果穂は誘拐されてからというものの、誰かの顔を覚えたことがない。このとき初めて、人の顔をまともに認識できたと言える。

 

「……起きたか。調子はどうだ? レーダーで見る限り、トリオンはある程度回復したようだな。まだ精神的に不調なのか、回復量は万全とはいかないが……それでも有り余るほどだ」

「…………」

「危険な動物も近くにいない。野犬の群れは見かけたが、腹は減ってないのか俺たちに見向きもしなかった。本当に運が良かったよ」

「……」

「……なんだ? 何か言いたそうだが」

 

 奴隷長は落ち着いた様子で木の棒を持ち、焚き火をつついている。それしかやることがないのだろう。

 

「……────あの、お兄さんは……」

 

 小宮果穂が問いかけようとした時、奴隷長の背後からガサガサと葉擦れの物音がした。

 

『っッ!!』

 

 奴隷長は焚き火を飛び越えて小宮果穂を庇うように振り返り、小宮果穂は飛び起きて──知らぬ間に体にかかっていた毛布代わりの葉っぱが落ちて──奴隷長の背中に手を当てる。《トリガー臨時接続》のシステムボイスが鳴り響くが……ふたりは、拍子抜けした。

 

「……クゥ~ン……」

 

 目の前には、汚れた毛並みの子犬が腹を鳴らしていた。表情には力がなく、手足もひどく震えて、今にも倒れてしまいそう。敵意はなく、慈悲を求めてきた気配すらある。

 

「……昼に見た野犬とは別種だな。親兄弟を食われて単身逃げ延び、みなしごにでもなったか」

「え……」

 

 小宮果穂は何気なく立ち上がり、奴隷長から離れて子犬に歩み寄る。

 

「おい。気を付けろ」

「だ、だいじょぶです……あの、木の実って、まだ……残って、ますか……?」

「……そいつが食えるものかどうかは知らないけどな。しかし……まぁいい。好きにしろ」

 

 奴隷長は子犬を殺して食肉にするつもりだった。肉は栄養が高くトリオン回復に役立つ。しかし小宮果穂は子犬に慈悲をかけた。これから共に旅をするなら、余計な仲違いは避けたい。

 小宮果穂は木の実の山を両手ですくい取り、子犬の顔の下に転がして渡す。子犬はすんすんと匂いを嗅ぎ、食べられそうなものをガツガツと食べ始める。

 

「わぁ……食べた! ……あれ? それは食べられないの? ……そっか、味がイヤなんだ」

「……? ……」

 

 小宮果穂は、まるで子犬と意思疎通がはかれているかのように話す。だが年頃の娘と考えれば、うなずけなくもない妄想遊びだ。長い奴隷生活で精神的にやつれていることもある。奴隷長は関わりを避けて無言に徹する。

 

「────あ、ど、どうして……!?」

 

 子犬は横に倒れた。舌を垂らしており、息遣いが荒い。

 

「木の実程度じゃ体力にならないんだろう。既に死に損ないだ。俺は墓の用意を進める」

「そ、そんな……」

 

 小宮果穂の目尻に涙が溜まる。どうすることもできず、息も絶え絶えの子犬を見下ろすしかない。だが諦めてなるものかと、小宮果穂の目に光が灯る。振り返った赤毛の少女は、奴隷長を見据えて懇願する。

 

「あ、あの! ……お兄さんの名前は……?」

「ん? ……アルファだ」

「あの、アルファさん! お願いです! この子、どうにかして……元気にさせてあげることは、できないんでしょうか……!?」

「…………」

 

 奴隷長、もといアルファは、ため息一つ。己の保身と、この先の無事を秤にかけ、生き残る可能性が高い作戦を決断する。

 

「……トリガー解除(オフ)

「!」

「今の俺たちは物資がない。生き物ひとりを助けることはできない。だがひとつだけ延命の方法がある。────戦闘体への換装だ。換装している間は、戦闘体内部に格納される生身が死ぬことはない。が、あくまで延命措置だ」

「えんめい……それでも、助かる可能性があるなら……」

「しかし問題がある。戦闘体への換装は、意思の力で行う。動物の知能でそれを可能とする事例を、俺は少ししか知らない。というのもトリガーを使う動物は幻の存在とされ、故に幻獣と呼ばれる。通常の動物より知能が高く、トリガーを使いこなせる特徴を見て、動物と区別している」

「……」

「まぁ、試すだけ試してみろ」

 

 アルファからトリガーホルダーを受け取った小宮果穂は、さっそく子犬に語りかける。彼女は気付いていない。戦闘体が命綱であることを。戦闘体を解除したアルファは現在、無防備な状態だ。安全が一切確保されていない危険地帯で生身になることは自殺行為に等しい。それでもアルファは勝算があって実行した。

 

「カホ。斧トリガーを生成してくれ。あらかじめトリオンを多く注入した状態で、俺に渡してほしい」

「? わかりました」

 

 カホは斧を生成して手渡す。アルファは立ち上がり、斧の素振りを始めた。

 

「っ……やっぱクッソ重いな……。生身で武器トリガー持って戦ったうちの指揮官は、マジで正気の沙汰じゃねぇ……いくらトリオンが少ないからって、換装せずにトリガーだけ使って戦闘とか、普通思いつかねぇし、思いついてもやらねぇだろ……」

 

 アルファは斧の重さに慣れるため素振りを続けながら、ボソボソと呟いて過去を懐かしむ。

 対する小宮果穂は、子犬と会話している様子。そして驚くべきことに────

 

「……? ワンッ! ワンワン!」

「わぁ! やった! マメ丸、上手だね! アルファさん、換装できましたよ!」

「────は?」

 

 どうせ出来やしない。こちらも子犬を救うため知恵を貸し、尽力した体を装えば、小宮果穂の心象を損ねず、子犬を埋葬して翌朝には旅立つ。その算段だったのだが────いったい何が起きたのか。小宮果穂によってマメ丸と名付けられていた子犬は、トリオン体に換装しており、元気に焚き火の周りを走り回っているではないか。

 

「……いや、まて。いったいどうやった……?」

「えっと、頭の中で《トリガー起動(オン)!》って言えば出来るよって、教えてあげました!」

「……だから、どうやって? まさか犬と話せるとか言わないよな?」

「ふぇ? 話せませんけど……でも、気持ちを込めたら伝わりました!」

 

 アルファは信じられないという顔をする。

 

「────サイドエフェクトか」

「?」

(動物との意思疎通……そういうサイドエフェクトもあると、噂には聞いたことがある。指揮官が集めた最初の隊員にも、鳥と話せると言い張る女がいた……もしかして、そういうことなのか……?)

 

 トリオン能力の高い者は、まれに副作用として特殊能力を得ることがある。それは大抵デメリットになるものだが、特定分野においては使い方によって有益となるものがある。

 

(知能の低い動物にトリガーの使い方を教えるなんて……難しいってレベルじゃない。調教しても不可能だ。これは参ったな……)

 

 トリガーホルダーを子犬に取られた。いまさら返せと言ったところで、それは子犬の死を意味する。アルファは難しい顔で思案。

 

「……カホ。正直に言おう。今、俺の命は危うい状態にある」

「……え?」

「何度も高所から落下してもケガしないことを不審に思っていたな。戦闘体に換装すると、身体能力が上がり、だからってわけじゃないが、どんな高さから落ちても平気なんだ。つまり戦闘体に換装していれば、大抵の物理現象には無敵でいられる。ここまではわかるな?」

「はい……」

「だが今の俺は生身だ。奴隷用の隊服から私服に変わっているだろう?」

 

 アルファの服装は、確かに軍服のそれから旅人の衣装のような服装に変わっていた。風が吹いてマントが揺れる。

 

「そうなると、普通に落下して死ぬし、毒ヘビに噛まれたら一巻の終わりだ」

「……!」

「戦闘に発展したら、まず間違いなく斬り殺される。戦闘体による高速戦闘に追いつけるわけないからな」

「……それじゃあ……」

 

 小宮果穂は察してきた。マメ丸からトリガーホルダーを取り上げて、アルファに返さなければ、これから先の逃避行ができない。しかし、マメ丸の換装を解けば、それはマメ丸の死を意味する。

 

「すまない。どうせ出来るわけがないと思っていたんだ。そして子犬が死んだら墓に埋めるつもりだった。許してほしい」

「……」

「しかし1%でも希望があるなら、それに賭けてもいいと思っていたのも事実だ。その結果、自分の首を絞めることになったが……こうなったら、仕方がない」

 

 小宮果穂は、アルファの言っていることをあまり理解していない。次の一言が、マメ丸からトリガーを取り上げる、という発言だと予想して、マメ丸を守るように抱き上げる。

 

「そいつを戦わせる」

「……え?」

「さっき、名前をつけていたな? よく聞いていなかった。名前は?」

「……ま、マメ丸って、つけました……目が豆みたいで、可愛いから……」

「マメマルか。では俺はマメと呼ぼう。さて、カホ。お前はおそらく動物との意思疎通を可能とするサイドエフェクトを持っている。ならばマメ丸に斧トリガーや戦舞トリガーの使い方を伝授してみせろ。そして俺の代わりに戦わせるんだ。俺を守れ。俺を護衛しろ。それともお前は、ここで俺を裏切って、その犬と共に逃げるか?」

「! そ、そんなことしません!」

「ならば早く取り掛かれ。翌朝には出立するんだ。それと最悪の展開を想定して釘を刺しておくが、俺のトリガーホルダーを奪ってとんずらこかせるのだけは阻止しろよ」

「……! ……マメ丸は、そんなことしないって言ってます!」

「そうか。信じるぞ。ここから先は互いの信頼関係が大事だ。俺は、カホとマメに賭けた。分の悪い賭けは嫌いなんだが……恩師の悪癖がうつったかな……よもやこんなことになるとは……」

 

 アルファは遠い目で夜空を見上げる。一旦マメ丸からトリガーホルダーを返してもらい、山賊を探して殺し、そいつのトリガーホルダーを奪うという手もあるが……マメ丸の衰弱具合を見るに、猶予は一時間もない。山賊の捜索も下手すれば夜明けまで掛かり、見つけたところでトリガーの構成的に勝てる算段も薄い。

 

「はぁ……」

「ゆけ! マメ丸! 戦舞だ! がんばれ! 次はオノだ! だいじょうぶ! マメ丸ならきっと出せる!」

「ワンッ!」

 

 マメ丸は体をプルプルと震わせて力んでいるが、トリガーが生成される気配はない。

 

「えっと……親指でオノ! 人差し指で戦舞!」

「ワンワンッ! クゥーン……」

「えーできない? でも、できないとアルファさんが困るから……がんばって! マメ丸の命もかかってるんだよ!」

「ワン!」

 

 マメ丸は両目をギュッとつむってプルプルと震えている。

 頬杖をついてその様子を眺めるアルファの表情は、なんともいえないものだった。諦念と絶望が入り混じったような呆れ顔。どうやら、ありえない博打をやっていることが自分でも信じられず、現実逃避をしているようだ。

 

(あ、アルファさんからの視線が痛い……でもこのままじゃ、マメ丸からトリガーが取り上げられちゃうかも……!)「マメ丸! ファイトー!」

「ワオーン!」

 

          †

 

 空が白み始める頃。

 

「ぜぇ、はぁ……」

「ヘッヘッ……クゥ~ン……」

 

 小宮果穂とマメ丸は、夜通し斧トリガーを出す練習をしていたが、結果は実らず。

 

「……地響きが近付いているな。カホ、戦舞で飛ぶぞ。一気に距離を稼ぐ」

「えっ! あ、あの! それって、つまり、マメ丸から……」

「取り上げない」

「!」

「俺はカホの背中に乗る。適当に戦舞を使ってぶっ飛べ。カホが着地をミスれば俺は死ぬが、まぁ……そこはなんとかしてみせる。もし俺が死んだらまっすぐ吹っ飛んだ方向に走れ。暗黒領域に飛び込めば高確率でユレヒトが拾い上げてくれる。そこでも捕虜になるだろうが、巨人に捕まることに比べれば遥かにマシだ。その国で出世すれば自由になれるからな」

「……! で、でも……やっぱり、そんな危険なこと……」

「ならばマメ丸を死なせるか? マメ丸の換装を解いて、マメ丸と共に飛んでも、あの衰弱具合だ。風圧や衝撃に耐え切れず絶命するぞ」

「っ……」

「ま、俺は生まれついての傭兵だ。いつでも死ぬ覚悟は出来ている。俺の最期が玄界人の女の子を救うことになるなら、これ以上の死に花はない。戦を知らねぇガキが気にすることじゃねぇよ。名誉の死だ。さっさと行くぞ」

「……!!」

 

 簡単に生き死にを賭けると口にしているが、その覚悟とはいったい、どれほどの気高さがあって言えることなのだろう。小宮果穂は数々のヒーローの名言を聞いてきたが、アルファと似たようなことを言うヒーローは、その全てが壮絶な人生を送っていた。平和な国では考えられない、戦争の国で育ったからこその考え方と言える。

 

(いいのかな……あたしの、わがままで……でも、マメ丸を見捨てることも、できない……ほかに、なにか方法は……)

 

 アルファはカホの後ろに回り、「早くおんぶしろ。マメは俺とカホの間に挟まっとけ」と指示を出す。

 その時、西の平原から轟音が鳴り響いた。

 

『……!?』

 

 戦闘音が轟く。

 

「なんだ!? カホ! レーダーには光点がいくつ映っている!?」

「え? あ……三、四、五、六……六です! あ、でも、いま五に減りました……今度は四です!」

「視力精度を上げろ! 誰と誰が戦っている!?」

「え、ど、どうやって上げるんですか……?」

 

「ワン!」

 

「あ────マメ丸が、巨人と人間が戦っているって言っています!」

「なに? いったい誰が……」

「あっ! 光点、三、いえ! 二に減りました……! あ、一になった! それで……小さな一つの光点が、こっちにすごい速さで来ています……!」

 

 そして小宮果穂は目を疑った。平原を駆け抜けて雑木林の中に飛び込んできた人間は、杜野凛世である。

 

「杜野凛世、現着! 小宮果穂を確認! ネイバーと犬を連れています!」

「え────り、凛世さん……!?」

「果穂さん……ご無事でよかった。追っ手の巨人は全て蹴散らしました。して、そちらの男性と犬は……?」

 

 次の瞬間、杜野凛世の背後に黒い稲光が発生、ゲートが出現。天井支部の遠征艇が現れる。扉が開かれると、慌てた様子でプロデューサーと幽谷霧子が飛び出してきた。

 

「凛世!」

「凛世ちゃん!」

「! プロデューサーさま……霧子さん……此度の身勝手極まりない独断専行、帰還後に然るべき処分をお受けします……しかし今は、一般人の救助を。どうか……」

「それに関しては後できっちりな! それで────……なに?」

 

 プロデューサーは目を疑う。

 対するアルファも動揺を隠せない。

 

「────プロデューサー……あんた……」

「……! まさか、アルファなのか……?」

 

 杜野凛世と幽谷霧子は訝しむ。よもや知り合いなのか。アルファは腕を伸ばし、小宮果穂の首を抱きしめる。

 

「え?」

「プロデューサー。あんた玄界にいたのか。感動の再会と行きたいところだが、今は置いておこう」

 

 アルファの左手には斧が提げてある。

 

「俺は玄界への亡命を希望する。……頼む。連れて行ってくれ……」

 

 亡命。その単語を聞いた杜野凛世と幽谷霧子は状況を考察。対するプロデューサーは冷たく言い切った。

 

「無理だ。うちのトップはネイバー排除を掲げている」

「ならあんたが守ってくれ! そっちの事情は知らないが、俺は必ず使い物になる! 役に立つから!」

「……無理なものは無理だ」

 

 刹那、アルファは小宮果穂の喉元に斧の刃を突きつける。すかさず杜野凛世は孤月抜刀の構えを取るが、寸前遅れた。アルファの行動の起こりが見えなかった時点で、技量は杜野凛世よりわずかに上。

 

「……アルファ、さん……?」

「グルルルルルバンバン!」

 

 マメ丸が吠える。アルファを敵と認識して今にも襲い掛かりそうだ。

 

「ま……まって! マメ丸、ダメ! あの、凛世さんも……アルファさんも! 戦っちゃ、ダメです……っ!!」

 

 自分が人質に取られているというのに、小宮果穂は毅然と調和を求める。それはプロデューサーも同様なのか、腰の孤月に手を添える気配が見られない。それを目にした杜野凛世は、微かに構えを緩める。が、無論、何かあれば抜刀する冴えは、より鋭さを増していく。対するアルファは焦っており、果穂を連れて少しずつ後退。

 

「プロデューサー。数年前の戦争で玄界に敗北を期した際、あんたは命懸けで俺たちを逃がしてくれたよな……だが、その後の俺たちは散々なものだった。あんたがいなければまとまることもできず、部隊別に分かれるどころか、一人ずつ別々の道に去っていった。俺もその一人だ。諸国を転々として傭兵稼業。少し前にヘマしてとっつかまったが、ご覧の通り逞しく生きてる。あんたの指導のおかげだよ」

 

「……それで? 慈悲に訴えかけても意味はない。有益であるかどうかが全てだ。俺はそう教えなかったか?」

「────へっ。相変わらず、温情深いのか冷徹残酷なのか、最後までわからねぇ人だ……」

 

 アルファは、自らが生き残る道を模索する。背後にかすかな気配。

《トリガー臨時接続》

 竜巻トリガーを起動。アルファの背後に迫っていたカメレオン状態の芹沢あさひを吹き飛ばし、戦闘体をみじん切りにしてベイルアウトさせた。

 

『……っ!?』

《うおっぷ!? えー! 今のなんすか!? なんで気づかれた!? 殺せると思ったのにー!》

《おそらく殺気を気取られました。しかし、あさひさんに落ち度はありません……これは、相手が手練のようです……》

 

「────プロデューサー。なんで俺は、こんな辺鄙な土地にいると思う? 最近の情勢は把握しているか?」

「いや……数年玄界に滞在していたからな。最近はさっぱりだ」

「シャダラ山脈の東側山麓に建つ防人の国ケンネルを境界として、西にレンドリフト領域、東にユーレリア領域がある。どちらも小国家が乱立するド田舎だ。しかし前年、情勢が急変した。領域統一を果たした人蛮混合帝国レンドリフトが樹立し、ユーレリア進出を図るためか、ケンネルの属国化を希望」

「!」

「ケンネルは、帝国によるユーレリア蹂躙を避けるべく、古の国ユレヒトに諸国連合を募るよう嘆願するが、ユレヒトはこれに条件を叩きつける。すなわちケンネルの属国化を希望」

「……」

「プロデューサー。あんたなら、この商機を逃すはずがない。小国ケンネルは今、西と東の大国を相手に板挟み状態。どちらに与しても国の滅亡が目に見えている。絶体絶命ってわけだ。この窮地、慈悲で助けるには安すぎる。どうだ? あんたが今どこで何をしているのかは知らないが……ケンネルに恩を売ることで、何か目的が達成できるなら……これを利用しない手はないだろ?」

「……そうだな。しかしその話に、お前の存在は必要ない」

「いいや必要だ。俺は昨年からこの地を巡り、ユーレリア周りの地理・政治・経済・コネクションなど、ありとあらゆる情報を調べ上げている。大抵のことなら即答できるぜ。ある程度の道案内も出来る。その後、そちらも十分な情報を得ることで、俺が不要になったら……遠慮なく切ればいいさ。そんときは俺も必要分は儲けている。また別の地に流れるだけさ」

 

 プロデューサーは口を閉じている。この交渉の成否によって、人質の小宮果穂を巡る結果に決着がつく。

 

「────アルファ……」

「お、おねがいしますっ!」

 

 その時、小宮果穂が大声を上げた。

 

「アルファさんを、助けてあげてくださいっ!」

 

 アルファは驚いた目で、小宮果穂の後頭部を見下ろす。

 

「アルファさんは、あたしを助けてくれたんです! 命の恩人で……アルファさんがいなかったら、あたしとマメ丸は死んでいたんですっ! だから……もしかしたら、ダメかもしれないけど……でも……でも……アルファさん、あたしを助けて死ぬつもりだったんです! そんなの嫌だから……だから、アルファさんを、助けてあげてくださいっ!」

 

 プロデューサーの顔色は変わらない。険しい目つきで、小宮果穂とアルファを見据えている。

 

「っ……」

「チッ────……自分()リスク()背負っても、仲間()リスク()背負わせない。それがあんたのやり方だ。わかってるよ……ネイバーの俺を迎え入れることで、あんたの今の仲間が危険にさらされるのか? だったら……あんたに拾ってもらった命だ。こんなところかな。諦めさせてもらうよ。最後に、俺の交渉はどうだった?」

「及第点と言ったところだ。しかし、すぐ焦るくせは治ってないな。もっとポーカーフェイスを鍛えろ」

「へいへい。じゃ、またどっかの戦場で────殺し合おうぜ」

 

 アルファは斧を下ろすと同時、小宮果穂のトリガーと臨時接続。戦舞を使い、マメ丸を連れて単身離脱を図ろうとする。

 

「乗れ」

「────え?」

 

 不意のプロデューサーの言葉に、アルファは放心する。プロデューサーは遠征艇に戻りつつ、背中で語る。

 

「当然のことだが捕虜として扱われる。最善は尽くすが、当分は退屈な時を過ごすことになるかもしれないぞ」

「……っ!! …………平和なのが一番だろーがよ。退屈で何よりだ」

 

 アルファは警戒を崩さず、小宮果穂を掴んで離さない。そのまま遠征艇に乗り込む。適当な椅子に落ち着いたところで、斧を手放し、小宮果穂を解放した。

 

「さぁ騙し討ちのつもりだったら殺せ。遠征艇に乗り込めばこっちのもんだ。死に場所がプロデューサーの船なら本望だぜ!」

「アルファさん……」

 

 杜野凛世は孤月から手を離す。

 

「プロデューサーさま……よろしいので?」

「あぁ。上には俺が言っておく。それより凛世……無茶したな」

「それについては、誠に申し訳ございません……体が、勝手に動き……」

「……そうか。本当なら除隊処罰ものだが……結果オーライだ。冬木支部の力を借りて、凛世のトリオン反応を追いかけることで、攫われた小宮果穂の位置が割れた。かつ、とくダネをゲットだ。この情報を持ち帰れば、ある程度は城戸さんを黙らせることができる」

「……今、なんと?」

「ははは。でも迅と凛世は、あとで俺とお仕置きソロランク戦百本勝負だ。ポイント降格の処罰も受けるのは確定だろうから、二人とも手持ちポイントが0を下回って除隊処分を喰らわないよう気をつけろよ!」

「……!! ぜ、善処、いたします……」

 

 プロデューサーと迅悠一&杜野凛世の個人ランク戦百本勝負。おそらく勝敗は90対10となれば最良か。

 無論、90勝がプロデューサーであり、残る10勝が迅悠一&杜野凛世チームである。

 

          †

 

 後日。日中のボーダー本部・個人ランク戦のラウンジにて、多くの古参隊員が杜野凛世を中心に集っていた。

 

「……正気か?」

「はい……」

「それとも単なる馬鹿なのか?」

「はい……」

 

 開口一番、釘を刺したのは風間蒼也。目つきが鋭いのはいつものことだが、今日はいつにもまして不機嫌そうなオーラをまとっている。

 彼と同期の杜野凛世は何も言えず、粛々と俯き、説教を聞き入れていた。

 

「そもそも、なぜ迅の未来視を当てにした」

「いえ……それがなくとも、おそらく同じ行動を……」

「は?」

 

 風間蒼也は眉間にシワを寄せる。

 

「冗談だろ?」

「いえ……半々は……」

 

 太刀川慶が驚く。

 

「半々!? 半々はデカいぞ!」

「……というのも、冬木市には、ネイバーフッドに拉致された個人を、トリオン反応レベルで感知できる技術があることを、資料にて読んだことを思い出し……応援は望めると……加えて、迅さんの未来視からお墨付きをもらったため、ならば……もはや迷いは消えたものと……」

「消えるな」風間蒼也の高速ツッコミ。

「はい……」杜野凛世は地べたに正座してうつむくほかない。

 

 そして、場を見守る柿崎国治は冷や汗を流しており、落ち着き払っている嵐山准が言う。

 

「確かに杜野さんの行動は厳重な隊務規定違反だ。でも彼女の行動で一般市民が守られた。これは素晴らしいことだ」

「やめろ、褒めるな。許すな」ジト目の風間蒼也は呆れながら制する。

「別に嵐山だって許してはないだろ。ただそれとこれとは話が別ってだけだ」太刀川慶が言う。

「だからなんだ。杜野は隊長だ。お前の行動で馬鹿な部下が真似をしたらどうするつもりだ」

「……仰られる通りで。そのような機会がないよう、部下には言いつけております……みなさん、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と、言っておられましたが……」

「当然だ」

「ははは!」

 

 うなずく風間蒼也と笑う太刀川慶。

 そこにひとりの青年が目端を光らせて颯爽と現れる。

 

「おやおや、古参アタッカーのみなさん、嵐山隊もお揃いで。ぼんち揚げ食う?」

「迅……!」

「ありゃ。風間さん、やっぱ怒ってる?」

「当たり前だ。お前の言うことを聞き入れた杜野も杜野だが、こいつに助言した証拠も沢村響子が掴んでる」

「はい。ちょうどコンビニで買い物をしていたら凛世ちゃんとバッタリ会って、楽しくお喋りしていたんですけど…そのあと迅さんがセクハラしてきたので殴ったあと、凛世ちゃんにも同じことしないか見張っていたら……『迷うな。迷ったら飛び込め』などと言っていました」

「その次の日に『杜野凛世がトリオン兵のゲートに飛び込んだ』という騒ぎだ。どういうつもりだ?」

「どうもなにも風間さん、防衛隊員の務めを果たしたまでですよ」

「ふざけるな」

「いやいや。ここだけの話、マジで凛世ちゃんが飛び込みを阻止できる未来がなかったんだって。むしろ迷って飛び込みが少しでも遅れたら“迷い子”になっていた未来が多かったから……じゃあいっそのこと迷いを振り払ってもらおうかな? と」

「……」

「風間さん……目つきが怖いよ……。で、まぁ、色々とね? これから大変になりそうだから、パワーアップするに越したことはないかなーと」

 

 太刀川慶はヒゲをさする。

 

「お。なんかデカい戦いでも近付いてるのか?」

「こちら側では無いよ。あちら側の話だね。そこに天井支部が長いこと首を突っ込むんだけど、それがボーダー本部の利益になりそうだったから、ちょっとね」

「ほーん」

 

 太刀川慶はワクワクを隠せない。

 一方の風間蒼也は重いため息をつくと、杜野凛世に向き直る。

 

「それで、上からはどんな処分が?」

「はい……プロデューサーさまと迅さんが尽くしてくれたようで……ポイントの大幅減点と、しばらくの謹慎を仰せつかりました……」

「マジか。もう少しでマスタークラスだったのに。惜しいな」

「太刀川さん……いえ、ポイントは重要でなく……凛世は、ただ……どうしても捨て置けなかったのです」

「……それほどの人材だったのか? お前が命を懸けるほどの人物だと?」

「はい……風間さん。確たるものはなく、直感にも等しい閃きだったのですが……果穂さんは必ずや、ボーダーの力になると判断したのです。故に、重々反省はしておりますが……やはり今は、彼女を守れて誇らしい思いが大きいです」

「……まったく。聞いて呆れる。どいつもこいつも……」

 

 風間蒼也は辟易した顔で立ち去った。

 すかさず柿崎国治がフォローを入れる。

 

「あの、杜野さん……! 風間さんがあれだけ怒っている理由は……」

「はい……お兄さまのことがあってのことでしょう……好敵手にして友人なので、伝わっております。風間さんには、随分と心配させてしまいました……」

「……! そうか……知っていたのか。ごめん。要らない世話だったか」

「いえ……柿崎さん。ありがとうございます。そして、みなさまも、大変ご迷惑、ご心配を、おかけしました……」

 

 杜野凛世は頭を下げる。しかし嵐山准と柿崎国治は無事で何よりと安堵し、沢村響子は心配したよと手をつないでうなずく。そして太刀川慶は、ようやく聞きたいことを聞けた。

 

「で、凛ちゃん。迅と組んでプロデューサーさんと千本勝負するってホントか?」

「太刀川さん。多い多い。九百本多いよ。もしかして忍田さんとの修行って、そんくらいやってんの?」

「なんだ百本なのか! 甘くないか? もっと厳しめにした方がいいんじゃないのか?」

「マジだったかー」

 

 迅悠一は笑う。そして噂をすれば影が差す。

 

「凛世、迅。早めに来てたか。いい心がけだ」

「プロデューサーさま……!」

「おはようございます。いやープロデューサーさんとタイマンかー。あ、今回は凛世ちゃんとのタッグだけど。……さーて、プロデューサーさんと戦うのなんていつぶりだろ? ひさしぶりだなー。おっとやばい。負け続ける未来しか見えなくなってきた。プロデューサーさん、もしかして本気です? 激おこですか?」

「当然だ」

 

 そこで太刀川慶が横に入ろうとする。

 

「あの。プロデューサーさん。俺も参加しちゃダメっすか? もちろん迅側で。三つ巴でも……」

「太刀川くん。残念だが今回は罰則も兼ねている。個人的な戦いは、またの機会に」

「そうですよね。すみませんでした。……あー、プロデューサーさんと戦ってみたいなー。忍田本部長とはまた剣筋が違うんだよなー」

 

 太刀川慶は観戦席に着く。嵐山准と柿崎国治も、このあと広報の仕事があるが、まだ時間に余裕があるので序盤は観戦することに。ほかにも多くのA級隊員やB級隊員、騒ぎを聞きつけた訓練生が集まり、公開処刑という名の壮絶決戦を見守ることになる。

 

 三人は戦闘エリアに転送。相対距離20mでスタート。

 刹那、旋空を起動したと見間違うほどの高速踏み込み斬撃が音の壁を切り裂き、転送と同時に後退していた迅悠一のスコーピオン二刀流を叩き割り、杜野凛世の体を一刀両断せしめた。瞬時に続く横薙ぎは未来視で確定しているため集中シールドで防ぎにかかるが、圧倒的な筋力の肘パワーで両防御シールドを叩き割り、切っ先が喉元を一閃。

 

「読めてもこれだからなぁ~。エスクードじゃ間に合わないし……」(間に合ったところで次の攻撃を防ぐ手立てが一瞬で潰される……ならば相打ち覚悟の反撃に出ても、殺気だかを読まれてこちらの手をことごとく潰される。まず寄らせちゃダメな相手だ。転送時の相対距離はランダムだから、それが50m以上で、初めてこっちに勝ち筋が見えるけど……50mなんて一歩で詰められるから、その勝ち筋も低すぎる……!)

 

 杜野凛世と迅悠一、全く同時にベイルアウト。どよめきが広がる。一瞬過ぎて何が起きたか分からない者が大半だが、B級上位クラスならば、先に倒されたのは杜野凛世の方だと見て取れる。

 

「化け物だな。生身とトリオン体の肉体性能をどちらも100%出し切るとああなるのか……まさかレイジはアレを目指してるのか?」

 

 風間蒼也の一言。太刀川慶が気付いて笑う。

 

「あれ、戻ってたの? まぁ上には上がいるってことだな。あれを追い抜けると考えると、がぜん楽しくなってくるね!」

「ぜんぜん楽しくない。……しかし、あれほどの力があれば今回のような無茶が効く……なんて、そんなことを覚えなければいいんだが」

「それは心配しすぎだろ。そこまで彼女は馬鹿じゃないよ」

「そう願う。だが杜野凛世(あいつ)は奥ゆかしそうに見えて、意外と()()()()()だからな」

「はは! そいつは同感だ!」

 

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