惑星国家ユレヒト西端。ニエル河中流域。輸送用トリオン兵が持つ移動トリガーによって暗黒領域を渡ってきた杜野隊。そこで杜野凛世が疑問を抱く。
「……この河川……もしや、ケンネルの大地とつながっている……?」
「その通りだ。元々ラクシアは、ひとつの大きな世界だったと言われている。テラスティア大陸と呼ばれていたが、神紀文明時代の神々の戦いと、マザートリガーの生贄とされる“神”のエネルギーが枯渇したことで、大陸は国家ごとに分断された。そのためユーレリア領域のことも、昔はユーレリア地方と読んでいた」
「……では、ケンネルを出てから河沿いに進んできましたが……」
「あぁ。この河川は、シャダラ山脈からドーレス湾まで流れるニエル河だ。歴代の“神”の能力差によって大地が増減したことで、多少
「……なるほど。巨大なネイバーフッドが、今は無数のネイバーフッドに分かたれていると……興味深いことです……」
擬似太陽が、平面の大地より下に沈む。日が暮れ始めた。社野隊とジャスティスキャラバン、まとめて社野商隊は適当な小屋を見つけて休息を取る。蛮族は陽光を嫌い、夜間に行動する。暗い場所での移動は危険だ。トリオンを回復するためにも定期的な休憩は必要である。
荒れた丘陵地に建てられた三階建ての廃屋。近くに湖畔がある。嵐による雨風に晒された上、落雷による火事が起きたのか、建物は老朽化しており天井が焼け落ちて、吹き抜けの屋敷となっている。
日没を十八時として、夜明けは六時。計十二時間の睡眠。交代で見張り番を務め、日を跨ぐ頃────遠征艇のオペレーション機器がトリオン反応を感知。敵襲の可能性を知らせる。他の隊員が飛び起きると同時、見張りを務めていた杜野凛世は孤月を生成して跳躍。暗闇に紛れて廃屋に迫る異形の集団を目視した。荒れ地を駆けるは動物と蛮族、湖畔方面からは動物と幻獣。
すると敵性集団も、月を背景に舞う杜野凛世を目視。包囲網を敷いた上での奇襲に失敗したことを悟り、武器トリガーを生成する。
《資料にあった下級蛮族・妖魔と見た目が酷似。南より推定、改造人間グレムリ型が一体、改造人間ゴブリ型が二体、改造人間コボル型が六体、加えて狼型動物ボーアが一匹。湖畔方面からは
《はいっ!》
杜野隊は迎撃に出ず、敵集団の接敵を待ち構える。その意味を深く考えない低知能の妖魔たちは、嬌笑の声を上げながら武器を持って斬りかかる。次の瞬間、小宮果穂は全方位の地面に仕込んだトラップを起動。地面から突き出るトリオンの鋭き槍によって、全ての妖魔と動物が串刺しにされた。夜の闇を青い月光が照らす中、赤い鮮血が深緑の木々に飛びつく。
「……!」
小宮果穂の絶句。覚悟していたつもりでも、実際に手ずから殺すとなれば、多少は動揺する。加えて今回は異例の事態が起きた。本来ボーダーのトリガーに殺傷力はない。現に動物たちは電撃を浴びたような衝撃を受けて気絶するだけに留まる。しかし蛮族だけは血を流して絶命した。戦闘体が解除されても、トリガーホルダーの中に格納されているはずの生身までもが傷ついている。
「……やはり……蛮族は肉体改造をしているため、ボーダーの非殺傷効果と干渉しているようです……蛮族を生け捕りにしようと考える時は、急所を外す必要があるようです……」
「なるほど。だが気をつけろよ。干渉・不干渉によるトリガーのバグは、大抵、油断のもとになる。特定の蛮族には非殺傷効果が働いて殺しきれていなかった……なんてこともあるからな」
「はい……この一状況だけで決めつけて、油断するようなことはいたしません」
アルファは振り返る。小宮果穂は初めて血と死を見たことで瞳孔が開いていた。
「……ま、それはそれとして。果穂、よくやった。こいつらは殺しておいて損はない連中だ。妖魔は略奪や陵辱しか能がない。改造されて理性が吹き飛んでんだ。──さて、戦利品を漁るぞ。蛮族が人族を殺して奪ったトリガーの中で、たまに上物が見つかる時がある。そういったトリガーは高く売れる。こういうので一攫千金を狙えるから、ラクシア銀河では冒険者になる奴らが多いんだ」
周囲に敵性反応が消滅し、安全が確保できたことを確認した杜野凛世とアルファは、戦利品の回収を始める。倒れた妖魔や動物の体から剣のかけらが複数こぼれ落ちる。それを拾い集めつつ、死体からトリガーホルダーを奪い、遠征艇の中に持ち帰って分解。トリガーチップを取り外し、トリガーデータをコピーしてデータベースに記録する。その内容は下記の通り。
グレムリ型。《
ゴブリ型。《
コボル型。《
杜野隊が不必要と感じたトリガーチップは商人に渡しておく。ユレヒト王国に到着すれば、勝手に売りさばいてガメルに換えてくれる。
†
翌日の昼間。ユレヒト王国に到着。それから商人は品物を売りさばいて利益を上げた。その中で杜野隊は、昨日アルファが出資した500Gの20%を配当金として受け取る。さらにアルファは商人に500Gを出資。輸送用トリオン兵の格納庫を拡大し、より多くの商品を輸送できるよう改良するように指示する。
「? アルファさん! いま商人さんに渡したガメルはなんですか?」
「出資のためのガメルだ。出資者には特典が付いて、格安で物を買えるようになる」
「! 自分のお店の商品を、自分で買うんですか?」
「ジャスティスキャラバンは、正確には杜野隊のお店じゃないぞ? 俺たちはあくまで用心棒だ」
「はっ! そうだったんですか! てっきりあたしたち、商人になったのかと思っていました!」
「そうか。まぁ……店を開きたいなら、適当に荷馬車を追加するが?」
「……いえっ! あたしには、むずかしそうなので……えんりょしますっ!」
「その方がいい。ただし商人を護衛しきれず死なせた時は、代理として俺が商いを担当する。その時、果穂たちにはレジ係程度の単純な仕事を任せる時がある。そうなった時のため、暇があれば商人の様子を見て勉強しておけ」
「! はいっ!」
それから小宮果穂は、アルファのそばでソワソワしている。
「? どうした」
「あ、いえ……凛世さんと甜花さんは、情報収集に行っちゃって……マメ丸は、売り子としてたくさん人を集める仕事をやっているので……その、前の話の続き、アルファさんから聞きたいなって……!」
「あぁ。国際情勢についてか。ならばユレヒトとケンネルの関係について話そう。決論から言えば、ケンネルはユレヒトに借金をしている」
「借金……!」
「正確には、押し付けられた借金だ。ケンネルが板挟みに遭った際、ユレヒトは支援物資として食糧を送ってきた。それを受け取るということは、ユレヒトに従うことを認めることになる。しかし送り返せば、ユレヒトに対する属国化を拒否することになり、明確に対立することになる。故にケンネルは返答に迷った。……対等な仲間として共に戦いたいのに、ユレヒトは部下になれと言ってくる。断れば協力して戦ってくれない。受け入れても使い潰される。────そうこうしているうちに、なんとケンネルは貰った食糧を消費してしまった」
「え……食べちゃったんですかぁ!? じ、じゃあ、ケンネルは、ユレヒトに従うことに……?」
「ユレヒトの王様は、今ごろニヤケ顔で返答を待っていることだろう。もし食べ物をもらったのに従わないとなれば、ケンネルは約束を破る不届き者だ。それでもユレヒトは優しく許すだろう。そうやってケンネルに貸しを作るつもりなんだ」
「……!」
小宮果穂は思う。
「なんでケンネルは、支援物資を使っちゃったんですか……?」
「バカだよな? というのもケンネルの国王が慎重すぎるせいなんだ。よく言えば熟考しているが、悪く言えば決断が遅い。以前、ケンネルは食糧の輸入を他国に頼っていると言ったこと、覚えてるか? 関税……というのは難しいだろうから、簡単に話すと……まぁ、アレだ」
「アレ?」
関税。それは玄界と近界では法律・法則が異なる。そもそもの概念・解釈が異なっている場合もある。その上で何が起きていたのか事実を述べるなら、下記のような出来事が起きていたと推測される。
ユレヒト王は支援物資を送った直後、突然ケンネルの輸入品である家具製品の関税を引き上げた。するとユレヒトの国民は、高すぎる家具製品を買う気にはならず……ケンネル国は家具が売れないために収益が低下。収益の低下により懐が寒くなったケンネルの国民は、ユレヒトの輸入品である食料品を高く感じ、あまり買えなくなり、将来的な食糧難が懸念されるようになった。
これにケンネル王はあわてふためき、慎重に考えた上で決断。ユレヒトの輸入品である食料品の関税を緊急措置として引き下げた。するとケンネルの国民は、安くなった食料品を買う気にはなったが……慎重すぎたせいか食糧難の回避が間に合わず、結局、支援物資を消費してしまった。
さらに思わぬ事態が起きる。ケンネル国の国内産業が大打撃を受けたのだ。家具製品の関税を引き上げられたことで、家具業界に関する国内産業が利益を上げられず困り……同じく、食料品の関税を引き下げたことで、食料業界に関する国内産業が利益を上げられず困り……どちらも困り果てた結果、ケンネル国の発展は(ユレヒト王によって見事に)阻害されてしまった。(それもこれもケンネル国の収益源が、家具貿易しか存在しないことが問題でもある)
しかしケンネル王の地味で凡庸だが用意周到な
はてさて、恐怖のレンドリフト帝国に付くべきか、気に食わないユレヒト王国に付くべきか、悩み、困り、懊悩し……今日も今日とてケンネル王の髪の毛は、ストレスによって抜け落ちる日々である。
────という
「ケンネルが支援物資を受け取って、それを返そうか迷っている時……ユレヒトは、いきなり食糧の値段を相場の倍近く引き上げることに成功した。おかげでケンネルは食べ物が高くてあまり買えず、食うに困り……仕方なく支援物資を使ってしまった、ということだ」(……厳密には、もう少し複雑なんだがな。ただまぁ、これでも間違いではないだろう。さして知っておくべき事柄でも無し。小難しい話は、以降やめておくか。俺も経済にそんな詳しいわけじゃないし……)
「そんな……それって、卑怯なことなんじゃ……」
《玄界人と比べて近民界は未開人だ。近民界の中でも進んでいる国はあるが……総じて》「強い者が正義。そういう理屈の世界だからな。弱い方が悪い。それに、ユレヒトの策略にハマったのも、こんな簡単な策略を躱せなかったのも……全てケンネル王の責任だ。確かに卑怯なことだが、こと殺し合いに卑怯もクソもあるかよ。力で弱いなら、せめて知恵で突破しろって話だ。それすらもできないケンネル王は、まぁ、その程度の人間ってことだな」
「…………」
「だがケンネル王にも長所はある。一度方針を決めたならば、くよくよと悩まず引きずらず、ありとあらゆる手段を尽くして結果を成功に導く力強さがある。だが今回ばかりは、国の存亡を左右する局面だ。長考が長引くのも仕方がない」
「……だから、あたしたちがお助けするんですねっ!」
「そういうことだ。国の命運を一人で背負う重圧に耐えきっているケンネル王は、それだけ我慢強い人間とも言える。そう簡単にはやり込められず、両国から催促を受けても、なんとか回答期限の引き伸ばしにかかるだろう。そして事実、引き伸ばせるだけの実力が、ケンネル王にはあると見ている。故に一年か二年だ。──ケンネル王はその身ひとつで、自国のみならず、ユーレリア全体の命運を、数年は守りきってくれる。その間に俺たちが、反撃の準備を整えるんだ」
「……! アルファさんは、本当にケンネルの王様が、一年か二年は引き伸ばせると……信じているんですか?」
「信じる信じないにかかわらず、俺の目利きがそう言っている、というだけの話だ。……ケンネル王は心労のため禿げており、一見して冴えない壮年の男だが……あれは存外に食えん男だぞ。あくまで俺の勘と経験則による複合的な当て推量だがな」
やがて日が落ち、夜も更ける。閉店後も商人は休まず働き、アルファの出資額に見合うだけの輸送用トリオン兵の改修を行う。
すると杜野凛世と大崎甜花が戻ってきた。
「申し訳ございません。ユレヒトの
「で、でも、カジノで、ちょっとだけ稼いできた……ほんのちょっとだけ、だけど……」
「そうか。美姫とのコンタクトは気長にやろう。ケンネルの美姫とも会えなかったからな。商人ギルドで会えると踏んでいたんだが当てが外れた。しかしそれも想定の範囲内だ。現在の最優先接触目標はダノンの美姫にある。とっととダノン国まで行こう」
「……美姫……?」
「ワフ?」
美姫とは何か。それについては小宮果穂も資料で読んだが、ボーダーの上層部は
小宮果穂は二人が戻ってきたため、さっそく出立の準備を整える。そして日の出と共に、社野商隊はユレヒトから出国。ニエル河沿いに南下して、
†
ユレヒト国より南下、ニエル河下流域を跨ぐ暗黒領域にて。輸送型トリオン兵は、大地の端から流れ落ちる大滝より先にある別の惑星国家へ移動する際、黒く稲光するトリガー
それからどうやって別の惑星国家へ向かうのかは、そのネイバーフッドの技術水準によって大きく異なる。
ラクシアの場合は、些か古典的な手法だ。目的地の設定時、トリオンの形を取るアンカーが自動的に射出され、入口の門と出口の門を接続。アンカーを巻き取るようにして、さながらゴンドラのように、暗黒領域を直線的に移動する。
惑星国家エーファーはニエル河下流域の北端に到着。次の瞬間、オペレート機器がトリオン反応を感知。遠征艇内部でオペレーターを務める大崎甜花が敵襲警戒を知らせる。
「暗黒領域移動後の間隙を突いてきたか。よくあることだ」
《猫型動物グレイリンク1匹、狼型動物ウル7匹、屍人スケルト3体、改造人間コボル型3体》
《警戒!
アルファの警告。屍人たるスケルトは、既に戦闘体が九割損壊していた。伝達脳や供給器官も破損済み。だというのに戦闘体は解除されず、幽鬼のごとく彷徨うように、たどたどしい歩き方で、骨のような腕を伸ばす。
杜野凛世の旋空両断。小宮果穂の絨毯爆撃。瞬く間に敵陣を殲滅し、戦闘終了。
しかし杜野凛世は、スケルトの戦闘体を見て驚く。首の上下が切り離されているというのに、やはり戦闘体が解除されていないのだ。
「──……これは……」
「蛮族の成れの果てだ。肉体にトリガーやトリオン兵、果てはブラックトリガーまで埋め込む倫理を無視した肉体改造は、やりすぎると
「……これが、肉体改造の、行き着く果て……なんともはや、おぞましきことです……」
「この手の動く屍は、トリオンの塵ひとつ残さず滅する以外に倒す方法がない。放置すれば、どこからともなくトリオンを手に入れて戦闘体を再構築、ボロボロの体でまた動き出す」
「……では、埋葬よりも、火葬の方が……?」
「そうだ。アンデッドは肉体改造のせいで戦闘体といえど物質化している。つまり物理的な普通の炎も効果的ってことだ」
アルファは火を熾し、屍人スケルトをチリ一つ残さず燃やし尽くす。
「アンデッドは見境なく生者を襲う。まさしく命憎む亡者だ。故に人族だけでなく蛮族も毛嫌いしている。それは逆も然りだ」
「……! さすがの蛮族も、死者は火葬する文化がある、ということですか……」
「そうだ。経験談だが、蛮族に追われている時、知らず屍人の溜まり場に入り込んでしまったことがある。屍人は人族蛮族を問わず襲うため、三つ巴の形となった。それをうまいこと利用して逃げおおせたが、蛮族は屍人に殺されたことで、屍人の数が倍に増えてしまった。あとで屍人退治に駆り出された時は、あのとき三つ巴の形で蛮族も屍人も全滅させておけばよかったと少し後悔したよ」
「……! なるほど……蛮族は肉体改造をしています。屍の放つブラックトリオンの影響を受けることで、蛮族もまた、速やかにアンデッド化してしまうことがある、と……」
「その通りだ。具体的には、屍のブラックトリオンによる攻撃を受けて戦闘体が破壊された時、蛮族の体にブラックトリオンが入り込むことで、蛮族が
「故に蛮族は、動く屍、すなわちアンデッドを忌み嫌う……理解いたしました」
それから戦利品を漁る。アンデッドは燃やしたので、当然トリガーチップは焼き切れていた。動物はトリガーチップを持たないため用はない。駆除依頼も担っていないため無視する。
コボル型。《強力タビト赤根菜》(人参に似た赤い根菜。薬品)、《ハルバード》(攻撃トリガー)、《素敵に変身リボン》(玩具トリガー)。
杜野商隊は移動再開。夕日が地平線にちょうど落ちる頃、エーファー王国に到着した。
†
特にアクシデントもなく、夜で賑わう繁華街にて、商人は順当に品物を売り捌く。アルファは500Gを出資して、輸送用トリオン兵に装備する機動系トリガーの入手を命令。杜野凛世と大崎甜花は商人を手伝い、マメ丸は看板犬として活躍。アルファと小宮果穂は繁華街から港に向かう。
「エーファーはドーレス湾に面した漁業国家であり、人間とエルが共存する珍しい国でもある」
「エル……?」
「改造人間エル型のことだ。たまに珍しい髪色で耳のとんがった人がいるだろう。しかも全員美男美女だ」
小宮果穂は周囲の人間を観察する。そして、アルファの言う通り絶世の美男美女に限って、普通の人より耳が横に長く鋭いことに気付く。
「……! ほんとうです……!」
「あれはトリガー
「鋭性……?」
「トリオンの扱いに長けやすくなる改造部位、と思えばいい。斬撃系トリガーの鋭さを増す効果もある」
そしてアルファは、内部通話越しに会話する。
《だが人間ってのは、見た目が違うだけで区別したがる厄介な生き物でな。人間とエルは、もともとは同じ人間なのに、敵対することが多い》
《……? でも……楽しそうに話している人間とエルも、ちらほら見えますよ?》
《個人レベルでは仲がいい奴もいるだろう。だが全体的な話になると、人種差別が横行しているのが現状だ。少なくともエーファー王国の始まりは、王族の人間が美しいエルの美女と婚約したことにあった。人間の男はダガル。エルの女はアルークと言う。これは前代未聞の事態だ。人間の寿命は百年、エルの寿命は五百年。土で暮らす人間と水辺で暮らすエル。死生観から価値観まで異なる異種族の婚約は、将来の波乱を予期させた》
《え……ご、五百年……!?》
《寿命が長いということは、玉座に座る時間が長い、ということだ。当初はエルの独裁を怖がっていた人間だが、政治関連は人間が一任するようになった。それはなぜか? 実は改造人間は、肉体改造された結果として出生率が低くなる。エルが多いこの国でも、比率は人間が8でエルが2だ》
《……たしかに、人間の方が多いように見えます……》
《そのせいか、歴代のエーファー王国で、エルの王様は例を見ない。そのせいで、当時の人間が恐れていた事とは逆の現象が起きた。人間優先の政治だ。エルはマイノリティということもあり、かなり差別されて辛酸をなめさせられた》
《しんさんを……なめる?》
《つらく悔しい思いをしてきた、ということだ。結果、人間とエルの対立は年数とともに深まってきた。それでもエルたちが我慢できているのは、当時のエルの王妃アルークが存命しているおかげだ。たしか今年で356歳だったか》
《さ、さんびゃく、ごじゅう、ろく……! す、すごいお年寄りですね!》
《見た目は40代くらいだそうだ。果穂のお母さんと同じくらいの若さかもな。妙齢の美女ってやつだ》
《……!》
アルファは逸れた話を元に戻す。
《で、結局なにが問題かって話だ。まず経緯を説明する。現在のエーファーの王様は人間だ。名をガシオン・エィファーヌ。21歳。母親はエル。父親と四人の弟妹は人間。現在のガシオン王は人間重視の政策を行っており、最近は王家のエル全員を離宮に閉じ込めたという噂が流れている》
《え……!》
《あくまで噂だ。しかし、これが事実だとしたら……それが発覚した瞬間、エルたちの暴動が始まるだろうな。内乱ってやつだ》
《……! それは……止めないと!》
《どうして?》
《だって……みんながケンカするのは嫌だし……それに、プロデューサーさんのプランでは【エーファーの海軍は対レンドリフトに必要だ】って、書いてありましたから……!》
《上出来だ。前者が本心だろうが、後者の意味を理解しているなら、とやかく言わない》
二人は港に着く。夜の海は暗い。列をなして停泊する漁船。アルファは誰かを探すように周囲を見渡す。が、人っ子ひとり見当たらない。
「……まぁ散歩ついでだ。今は美姫に会えなくてもいいだろう」
「?」
「ところで果穂。たしかにエーファーの海軍は、対レンドリフトに必要だが……それだけじゃない」
アルファの視線の先を追って、小宮果穂はその言葉の意味に気づく。
「……!」
「このドーレス湾の
「……」
「つまり、近いうちに太陽系ハインラトは落とされるかもしれない。オケアノスは海賊国家とも呼ばれている。蛮族のように命や富を余さず略奪するのが生き甲斐の連中だ。まず間違いなくユーレリアに侵略してくる。その時のためにも、エーファーには内乱なんてしてもらっちゃ困るんだ」
その時、二人の背後から人間の男性が声をかけた。
「興味深い話をしているね。私も混ぜてもらっていいかな」
『……!』
年齢は四十代ほど。小宮果穂の父親と同じくらいの老い具合に見える。
「君の話には、全面的に同意するほかない。人間とエルの対立は根深いが、内乱なんて真似は絶対にさせてはいけない。そんなことになれば、この国は終わりを迎える」
「……しかし、どうやって内乱を避ける? 双方の差別意識を無くすのは難しい。人種・言語・文化……特に言語の違いは著しい迫害を孕む。トリオンによる自動翻訳があったとしても、終わりなき戦争を続けているのが俺たちの実情だ」
「……うん。そうだな。しかし、申し訳ないがそのあたりの小難しい問答は、一般家庭の父親からすれば、少し困るかな……もちろん思考停止をしているわけではない」
「……なにか、話があるなら聞くぞ」
壮年の男性は困ったように後頭部をかく。
「悪い。気を遣わせてしまった。……というのも、私の娘はエルなんだ……」
「えっ……? でも……お父さんは、人間……ですよね?」
「果穂。さっき人間とエルが結婚して子供を産んだって話をしただろう。改造人間でも人間と子は作れる」
「……どうやら君たちは、かなり遠い国から来たようだね?」
(……あっ! しまった……!)
この世界では常識のことを、小宮果穂は知らなかった。玄界人だとバレてしまうと、どうなるか分からない。
「いや、君たちのことを詮索するつもりはない。僕はちょっと夜風に当たりに来ただけなんだ。そうしたら、この国を憂う話をしてくれていたからね。てっきり同じ国民だと思ったんだが……ま、そんなもの、海の大きさに比べたら小さなことさ」
「……!」
「ただね……内乱……内乱かぁ。もしそんなことが起きたら、私と娘はどうなるんだろうね……」
「……あのっ。その娘さんの、お母さんは……?」
「人間だよ。だから、私たち夫婦と娘は、引き離されることになるのかなぁ……なんて。そんなことを不意に思い描いてしまったら、酒を片手に海を眺めたくなった。というわけさ」
懐からボトルを取り出した父親は、ぐいっと酒を一気飲み。
「……あんた、ガシャッスか」
「ぶふっ!?」
と思いきや、アルファの一言で父親はアルコールを吹き出した。
対するアルファは少し驚いており、カマかけとは言え本当にガシャッスという人物であったことに目を見開いていた。
「かつてエーファー王家から出奔した王子の息子。平民の女性と結婚して、隔世遺伝によりエルの子ジョゼを儲けた。人間とエルの対立が激化する中で、人間同士の子供にエルが生まれるなんてことは珍しい。そこで、とあるタビトが良かれと思って『これは人間とエルの仲を取り持つネタになる』と、その血筋を調べた結果……いま言ったように王族であることが判明。王家に初めて生まれたエルの子として、あんたの娘ジョゼは宮廷入りを勧められている」
「…………外国の人なのに詳しいね? あんた何者だい?」
「ただの冒険者さ。それよりジョゼに伝えてほしいことがある。『商人に関してはド素人ではないと聞いた。興味があるならジャスティスキャラバンに店を出してほしい。それがエーファーの理想ある未来に繋がるだろう』と。アルファがそう言っていた、と言えば伝わる。じゃあ、よろしくな」
「え、おい……」
アルファは港から立ち去る。果穂は、ジョゼの父親にお辞儀してからアルファを追いかけ、みんなのところに戻る。
それから就寝。
未明頃に小宮果穂は起床。輸送用トリオン兵に機動系トリガーを装備完了。これで国家間の移動時間が一時間となる。これはかなりの短縮だ。その代わりスピードを出すためには、それなりに莫大なトリオンを注ぎ込まなければいけない。しかし社野隊には、トリオンモンスターの小宮果穂がいる。何も問題はない。国から国まで小宮果穂のトリオンの三分の一から半分までが消費する計算だ。まだまだ余裕はある。
さっそく社野隊は朝焼けとともに出立。東にあるオルブリューク王国に赴いた。