ダノン王国への交易路は、本来オルブリューク王国と結ばれている。つまり安全にダノンへ向かいたければ、一旦オルブリュークに戻る必要がある。しかしアルファは、ロナルド・オヒートが待ち構えているオルブリュークを経由することを恐れ、独自のルートでダノン王国を目指す。
北に広がる雪原を越えて、暗黒領域を渡り、ニア河中流域を見つけ、それに沿って北上を続ける。やがて河は東に折れ曲がり、バルゼ湖が見えてくる。そこまでの道中は、人族が未開拓の蛮族領域を突破する危険な行軍だった。しかし未開拓地のどこそこに蛮族領が点在するかは調査済み。基本的に周辺の蛮族領は無視して突っ切るが……やむをえず全面戦闘に発展し、これを掃討、かつ、より安全なルートを確保することができれば、新たな交易路として、その情報をダノンやフォルトベルクに売ることができる。
「だが今は交易路の開拓より金儲けだ。────っと、来たぞ。商人を待ち伏せしていた野盗の群れだ」
トリオン反応感知。遠征艇のオペレート機器が敵性存在の警鐘を鳴らす。
《左右より泥人形型雑用トリオン兵ロムパペト型が二体、魔神イプが二体、植物兵器マンドレイ型が一匹、魔神ダスキーグレイ型が二体。沼地より人族神官が一人、人族突撃兵が六人、人族弓兵が四人、不死グル型が三体》
周辺は荒れ地。東にバルゼの湖畔。進行方向に沼地がある。沼地を渡る技術はないため通行不可。迂回しなければならない。そのためにはニア河を渡る必要がある。時間の掛かる遠回りだ。それまで敵は待ってくれない。杜野凛世は指示を出す。
「商隊は河を渡ってください! 凛世たちが足止めを務めます!」
「
《果穂さんは沼地側を牽制。凛世とアルファさんは敵挟撃を迅速に排除します!》
《『了解!!』》
杜野凛世は、北より迫る魔神ダスキーグレイ一体、魔神イプ一体、トリオン兵ロムパペト一体、植物兵器マンドレイ一匹を目視。ダスキーグレイ・ロムパペト・マンドレイは空手、イプの得者は棍棒。
ロムパペトの猪突猛進。杜野凛世はモールモッドを倒す時と似た感覚で一撃必殺の手順を思考。その時、相対距離20mの間合いにて、マンドレイは《
そして案の定、ロムパペトの胴体に小石弾が二発命中、しかし傷一つない。(……! 特定のトリオン兵には効果がないトリオン弾……!)杜野凛世とロムパペトの相対距離はゼロ距離。凛世は激突を回避して交差。すれ違いざまに跳躍一回転、ロムパペトの一つ目を縦一文字に一刀両断し、足取り軽やかに着地する。後方の地面に小石弾が着弾。もし素直に激突していれば硬直のタイミングを突かれて弾丸の雨を浴びていた。
無論、敵も躱された時の対策は立てている。杜野凛世が着地した隙を突くように、イプは相対距離15mの間合いにて光る槍を突き出した。(!)瞬間的に拡張する穂先。踏み込みで5m稼ぎ、間合い10mに入ると同時に拡張刺突が凛世の首筋を掠める。(旋空の刺突版……!)刹那、イプの攻撃タイミングと同じ瞬間に三角飛びを行い、踏み込み旋空を繰り出していた凛世は、返す刀でイプの胴体を上下に切り裂く。傍らにて不気味に笑う人型魔神ダスキーグレイの跳躍接近。受け太刀を選ぶか後ろ跳びを選ぶか判断する間際────
────QIUEEEEEEEEEEEEEE────!!!!
戦闘体の伝達脳を揺らす“断末魔”が、マンドレイの大口より解き放たれた。(っッ!!?)一瞬硬直する戦闘体。思うように身動きが取れなくなり、咄嗟に展開したはずの固定シールドが生成されない。
横っ飛びした杜野凛世の体が地面に跳ね返る直前、未だ生成中のアイビスの引き金に指を掛けて発砲。当然、暴発。銃口の矛先はマンドレイだったが、地面に着弾。しかしそれが狙い。爆発で土砂が舞い上がり、砂埃が双方の視界を遮る。
杜野凛世は敵との距離を見極めつつ起き上がり後退、孤月を再生成して柄と刀を左腰・左手に持ち替える。突風が吹いて地を浚い砂埃が晴れる。不意に杜野凛世は違和感を抱く。手前にマンドレイ、奥手にダスキーグレイ。(互いの位置を交換した……?)ともあれ速やかに倒すべきはマンドレイ。再び同様の術策にハマれば次こそ倒される。
《果穂さん。マンドレイに雨を……そして断末魔に注意。動きとトリガーを封じられます》
キャラバンの屋根に登り、沼地方面から来る敵集団を弾雨で牽制していた小宮果穂は、分割したトリオン弾の一部を凛世の命令通り、マンドレイの頭上に向かわせる。飛来して着地するまで二秒ほど。その間、互いに一合交わせる隙間の
マンドレイの断末魔の効果範囲が不明な以上、距離を取ることが最善かは不明瞭だが、それでも杜野凛世は30m以上後退しつつ、詰め寄るダスキーグレイとのタイマンを狙い、40m先に立つマンドレイに向かってアイビスを撃つ。
「────効果範囲は半径30mだ」
ふと、40m先にいるマンドレイがそう言った。植物が喋った事に疑問を抱く余裕は後に持ち越す。それよりもマンドレイの
────QIUEEEEEEEEEEEEEE────!!!!
叫んだのは、杜野凛世の眼前にて迫るダスキーグレイ。その断末魔は杜野凛世の伝達脳を
(っ!! しまっ……よもや、先ほどの、砂塵に紛れて……既に!!)
何かしらのトリガーを使い、相身互いの変装トリガーを使用していた。それならば説明が付く。近間のダスキーグレイ扮するマンドレイは断末魔を上げ続け、遠間のマンドレイ扮するダスキーグレイは尻尾を40m以上伸ばして杜野凛世の首を絡めとり、絞め上げ、引き寄せる。その時、小宮果穂の追尾弾が豪雨の如く降り注ぎ、マンドレイ扮するダスキーグレイの戦闘体に無数の風穴が開いた。攻撃を受けたことで変装トリガーが強制解除され、マンドレイの姿がダスキーグレイに戻り、ダスキーグレイの姿がマンドレイに戻る。
「《
ダスキーグレイの伝達脳と供給器官は完全に破壊した。だというのに戦闘体が解除されない。ダスキーグレイの全身に空いた風穴が三つずつ徐々に埋まっていく。どうやら伝達脳が破壊される前に、戦闘体を再構築するトリガーを起動したようだ。
(トリガーホルダー外での、戦闘体の全身復元……! 理論上は不可能とされている技術まで、彼ら魔神は持ち得ると……!)
厄介極まりない相手である。未だ続くマンドレイの断末魔によって杜野凛世は硬直しており、トリガーは使えず内部通話も不可。しかし断末魔の声は、効果範囲を超えてどこまでも響いているはず。ならば現在、杜野凛世が失態を演じたことは周知の事実。即座に仲間が駆けつける。
「杜野さん!」
マンドレイとの相対距離40mの地点、そこに走り込んできた大崎甜花の二挺拳銃が火を噴く。叫ぶばかりで回避行動が取れないマンドレイの全身が蜂の巣にされて、断末魔が止む。ダスキーグレイは依然として戦闘体を再構築中。杜野凛世は追尾弾とアイビスを同時生成、64分割、設定、同時発射。再構築中でも少しは動けるダスキーグレイは、アイビスの火砲を横っ飛びして躱すが、追尾弾の雨が逃さない。ダスキーグレイの全身が再度、粉々に打ち砕かれた。社野隊は敵性存在の全滅を確認する。
《っ……甜花さん。ありがとうございます。──北側、状況終了》
《沼地の敵も掃討しましたっ! 状況終了ですっ!》
《アルファ。南側、状況終了。……凛世、無事か?》
《はい……右腕を一本取られた程度です。遠征艇の中で生身に戻り、戦闘体の再構築を待ちます。……しかし、やはり単騎で相手取れば、一度のミスが即死に繋がる……故に、あとひとり……狙撃手などが欲しいところです……》
《あたしは射手として、トリオンをたくさん使った制圧射撃と、みなさんの指示で弾を落として盤面操作をする役割で、精一杯ですから……》
《甜花の奴はオペレーターの仕事がある。非常時には駆けつける役回りもあるが、それでも手が足りないのは事実。だが、ないものねだりしても仕方がない。反省はダノン王国に着いてからだ》
《そうしましょう。……では、戦利品を漁り次第、すぐに再出発します》
社野隊は戦利品を獲得する。
魔神イプが落としたものは《
魔神ダスキーグレイが落としたものは《宝石》《発光塗料》
人族神官《
人族山賊突撃兵《白炎玉》(照明トリガー)、《
人族山賊弓兵《
屍人グル《
敵性存在のトリガー解析。
マンドレイの弾トリガー《
ダスキーグレイのオプショントリガー《
以上の戦果を以て、社野商隊は目と鼻の先にあるダノン王国に赴いた。
†
売上は上々。店舗改築の余裕もあるとのことだが、それは今回加入する店舗に取っておく。
商売は商人に任せて、さっそく社野隊は“ダノンの美姫”のもとへ向かう。
「ダノンの美姫はマルティナ・オレンス。改造人間ドワフ型の女性だ。鍛冶屋の娘で、ダノン製品のブランド化に精を出している。年齢は今年で47になるか。資料通り、見た目に惑わされるなよ。果穂、意味わかるか?」
「はい! 改造人間ドワフ型の人は、人体改造のせいで、性別によって外見が異なります! 男の人は小さなおじいちゃんみたいな見た目で、女の人は小さな子供に見えます!」
現に社野隊が歩く歩道には、老爺と女児の姿があまりにも多かった。しかし振る舞いや貫禄は落ち着いた成人のそれ。ダノン王国の人口は2000人程度で、その二割がドワフとされる。軍事を持たない国だが、近隣の森からたびたび襲ってくる巨獣に対抗するため、全ての国民が巨獣を投げ飛ばすほどの柔術を使える。そのため軍事の実態は国民皆兵と言えるだろう。
社野隊は〈オレンスの鍛冶屋〉という看板が掛けられた鍛冶屋を発見。アルファは慣れたように入店。次の瞬間、豪快な声が轟いた。
「はいらっしゃぁああい!! オレンスの鍛冶屋にようこそ! 欲しいものは金属製品と武器防具どれかな!?」
「俺たちのキャラバンに武具屋オレンスが欲しい。ついでに、クスのマザートリガーに愛された美姫の恩寵にもあずかろうか」
「────っ!? アルファ! あんた生きてたのかい!! 音沙汰なしで心配してたんだよ!」
「悪い。ヘマやらかして、たらい回しにされてな。巨人連中に捕まったかと思えば、次は玄界の連中に雇われちまった。ってーわけで、これ出資の500ガメル。特典はトリガーの売却価格優待にしてくれ。ほかの話は道すがら」
「また難儀なことに巻き込まれてんね……いいよ! テキパキ済ませよう!」
どう見ても小宮果穂と同じくらいの背格好をした美少女はマルティナ・オレンス。それでも彼女の年齢は小宮果穂の母親より上だろう。マルティナは部下にテキパキと指示を出し、ものの十秒で身支度を済ませて外出した。その動きは社野隊を捨て置くほどの早さ。せっかちなのか、即断即決な性格なのか。やることが決まっているなら迷わない女傑のようだ。
「自己紹介は要るかい?」
「隊長の杜野凛世、隊員の俺ことアルファ、小宮果穂、マメ丸、大崎甜花だ」
「よろしく! あたしはマルティナ・オレンス。玄界はよくわかんないけど、アルファなら信用して投資できる。剣のかけらは持ってるかい?」
「杜野隊長。出してくれ」
杜野凛世は剣のかけらが40個ほど入った袋を取り出して見せる。それは各隊員も所有している。
「準備万端ってか。それにしても“美姫”と“恩寵”ねぇ……正直、今でもおとぎばなしとしか思えない」
マルティナがぼやく。それについてアルファが説明する。美姫とは何か。恩寵とは何か。眉唾とされた伝説の真実について語りだす。
「ユーレリア領域に隠されし、伝説の
「大昔はユーレリアの諸王が、それを使って国民を支配したとされる。けれど神紀文明時代の戦争を境に紛失。今じゃ伝説のたぐいと信じられている。そもそもグランドマザートリガーなんて聞いたことないからね!」
「しかし俺は、その実在を知っている。神紀文明の遺跡に潜った時、古文書を見つけて確信した。既に一回試して成功している」
杜野凛世は危惧する。
「そして今、伝説のグランドマザートリガーを使って、ユーレリア全国を手中に収めんとする者がいる……」
「それは俺たちも同じだがな。資料でも読んだだろうが、俺が古文書を手に入れて実証に成功したあと、何度も暗殺されそうになった。俺を殺しに来る連中は、必ず魔神か、竜に関する人間だった。これはおそらくユレヒトの国王と、前年フォルトベルクを襲った邪竜教団だと睨んでいる。そこに俺たちとボーダーが混ざることで三つ巴。すなわち“グランドマザートリガー争奪戦”が始まるってわけだ」
そこで小宮果穂が問いかける。
「あの、オレンスさんは……そんなスゴいグランドマザートリガーがあるって知って、なんで……あたしたちがそれを使うことに、協力してくれるんですか……?」
「マルティナでいいよ。──で、そりゃあ、玄界の軍人さんはともかく、このアルファは悪用しないってことを信頼してるからさ。そして人々を洗脳することに抵抗がないのか? って顔もしてるね。それも答えてあげるよ。話は簡単だ。そうでもしないとダノンは滅ぶ。もう我らが王ガリウレは、まともな判断もできないほど年老いた。東航路の交易路開拓に情熱を捧げてきて、それが完成した途端、燃え尽きちまったのかねぇ……」
「あ……たしか太陽系ユーレリアの東にある、太陽系シエナクェラスとの間に国交ができたんですよね? 今までダノン王国は、オルブリューク王国のしたっぱになることで、生きてこれたけど……東との交易路を使えば、自きゅう自足ができます! でも、その交易路を巡るオルブリュークとの政争に疲れちゃって、ガリウレ王はてんてこまい……って、凛世さんが教えてくれましたぁ!」
「おっ。あんた小さいのにしっかり勉強してるねぇ! えらいえらい! でもタイヨウケイってなに? まぁ言わんとすることは、なんとなく理解できるけど……領域のことでしょ?」
銀河、太陽系、惑星国家、乱星国家。それら固有名詞は、玄界が一方的に定めて使っている呼称であり、近民界には馴染みのない言葉である。近民界からすれば、銀河や太陽系は総じて“領域”“領土”などと呼称することが多い。
「まぁいいや。じゃあこれは知ってるかな? 今シエナクェラスはどうなってる?」
「えっと……すみません勉強不足ですっ! アルファさん、教えてくださいっ!」
「────惑星国家セプテの大規模侵攻に遭い、シエナクェラス領域の全国家は完全降伏。かの領域にはセプテ連合王国が出来上がり、今やダノンとの間に開通した交易路を使って、ユーレリア領域への侵攻を計画中だ」
「これにガリウレ王は頭を悩ませていてねぇ……あんたらは“板挟みのケンネル”を救いたいんだろ? 皮肉なことにダノンも、オルブリューク連合王国とセプテ連合王国との間で板挟みの真っ只中さ! そして今のダノン王国は、オルブリュークから独立するための戦争を準備しており、セプテ王国とも戦争しようとしている」
「……えっ!? こ、こんな小さな国が、二つの連合王国と戦争……ですかぁ!?」
「自殺行為だ」
「まったくだ! ってわけで、アルファ。あんた、
それを決めるのはアルファではない。最終的な決定権は、隊長の杜野凛世が握っている。
「────アルファさんの計画通り行きましょう」
「助かる。だが上手くいくとは限らない。必ず横槍が二回は入るはずだ」
横槍が二回。その意味を小宮果穂が目で問いかける。
「邪竜教団は国ではないのに、ひとりの美姫を抱えている。その美姫はグランドマザートリガーにアクセスすることで、ユーレリアの地における任意の国に対して、一回だけ洗脳効果を発動できる。普通の美姫は自国の民しか洗脳できないってのにな……。
さらに邪竜教団は、各国の中枢に根を張っていると言われていて、洗脳効果の名残を効果的に駆使することができる。つまり洗脳効果の残りカスを、特殊なトリオンで刺激することで、再び軽い洗脳を国民に掛けることができるんだ。そういうトリガーを開発したらしい。
だが安心しろ。俺たちはここまでの旅路で、およそ
そして杜野隊はキャラバンに帰還し、遠征艇にマルティナを迎え入れる。
「グランドマザートリガーの起動を誰かに見られると厄介だ。マルティナが暗殺される可能性もあるからな」
「そうはいうけどね。こっちも最近、やけに魔神に襲われてんだよねー。まぁ簡単には殺られてやんないけどさ?」
その時、オペレーション室を確認した大崎甜花が声を上げる。
「あれ? 定期連絡……じゃない。緊急通信が来てる……!」
「! 誰が送ってきた? 迅悠一か? 急いで映せ!」
大崎甜花は緊急通信のブラックボックスからデータを取り出す。中身は映像記録と分かり、すぐに再生を開始。迅悠一の顔がドアップで映り、普段通りぼんち揚げを食べている。背景は幹部の会議室のようで、周囲には幹部たちがいるようだった。
「やっほー社野隊のみんなー。元気にしてるー? そこにはマルティナさんもいるのかな? とりあえず報告した方がいい未来が見えたから伝えるよ。────今から数時間後に、割とヤバい戦争が起きる。俺はその国の人たちを
『……っッ!!』
「逃げ場はない。たぶん迎え撃った方がいい。天地東西南北すべてが敵だ。こちら側で起きた第一次大規模侵攻なんて可愛いものさ。だからこっちも援軍を送ることに決めたんだけど、ぶっちゃけ間に合うか微妙だね。五分五分ってところ。じゃ、そういうわけだから! 惑星ギリギリぶっちぎりのスゴい奴らを倒そうぜ!」
最後まで朗らかに笑っていた迅悠一は、そんな言葉を残して映像が止まる。
『…………』
錯綜する思考。静寂を破ったのはアルファだった。続いて杜野凛世、小宮果穂、マルティナ・オレンス、大崎甜花が口を開く。
「仮想敵を予想する。迅は『天地東西南北すべてが敵』と言っていた。北には太陽系カルゾラルが存在する。その中で惑星国家ダノンと最も近い惑星国家は第二オルレアだ。カルゾラル領域の南部を制圧した強国オルレアの第二都市。藩王ラピュセルが治める公国だ」
「ならば、東からは先に話した、セプテ連合王国が……しかし、その軍靴が数時間後にやって来ると? そのような予兆があれば、今ごろダノンの軍事は避難誘導を進めて────いえ、そうでした。ダノンにその手の軍備はない……最接近されるまで、侵攻に気付かぬは道理、というわけですか……」
「南は……オルブリューク連合王国ですか?」
「それはないね。オルブリュークに軍隊を差し向ける力はない。直感だけど、南はバルゼ湖のことなんじゃない? 東はシュバイゼンの森か……? 天は、例の邪竜教団だとして……地が分からないね。湖の底という話なら、バルゼ湖といっしょくたにしていい感じはするが────というか、さっきの男だれ? なんで数時間後に戦があると分かるのさ」
「そ、それは、機密事項……です……」
「ワンッ!」
「とにかくグランドマザートリガーの起動を急ごう。その後バルゼ湖の調査に行きたい。隊長」
「はい。それで行きましょう。では、マルティナさん。お願いします……」
杜野凛世は剣のかけら40個を、美姫マルティナ・オレンスに献上する。それを受け取ったマルティナは、剣のかけらをトリオンに変えて体内に吸収。それから天に祈りを捧げるように、両手を握り締めて瞑想する。するとマルティナのトリオン体が光り輝いた。アルファは、それがグランドマザートリガー起動の証だと確信する。
「──……うわっ。なんかスゴい不思議な心地だ……今なら本当に、なんでもできる気がする……さぁ、ひとりずつ願いを言いな。変な願いは無しだよ。却下するからね。できるかわかんないけど」
「では……ケンネル王国に友好の感情を向けるよう、お願いいたします……」
次の瞬間、マルティナのトリオン体から輝きが消えた。
「おそらく成功だ。次の議会でケンネル王国に友好的な密書が送られるだろう。ケンネルの美姫はケンネル王の娘だから、彼女に聞いてみれば対外政策について知ることができる。さぁ次の願いを叶えるぞ。あと五回は起動できる」
アルファと小宮果穂、マメ丸と大崎甜花が、大量の剣のかけらの入った袋を持ってくる。それを使って順次、グランドマザートリガーを起動。マルティナ・オレンスは、ダノン王国の存亡を懸けた道標となる。
「ケンネルと同盟を結べ」
「リュッケン王国にしゃざいして、ゆうぎのしょうめい? をむすんでくださいっ!」
「ワンワンッ!」
「えっと、フォルトベルクに友誼の証明を示して……さらにフォルトベルクと、同盟を結んでください……!」
その時、マルティナ・オレンスは異変を察知する。
「──んっ……!? な、なんだ!? まさか、これが横槍ってやつ?!」
「! 邪竜教団がなにかしたのか?」
「う、うん……ダノンの国民が、ユレヒトを信頼するように差し向けて……その流れで、たぶんセプテ連合王国に警戒心を抱くよう刺激された……!」
「そうか。想定の範囲内だ。とりあえず、これで数日後にはダノン・フォルトベルク間で同盟条約が締結する。そうなればフォルトベルクにも、オルブリュークからの独立意欲が高まるだろう。そしてダノン・フォルトベルク間では、相互に
「……なるほど。じゃあダノン・ケンネル間の同盟条約には、どんなメリットがあるっていうんだい? 東と西の果て同士の国だ。交易したくても、必ず途中でオルブリュークやユレヒトを通過することになる。まず間違いなく邪魔されるね」
「狙いは交易というより、世論の後押しと、リュッケンを怒らせないためだ。ダノンから見て最も遠い国たるケンネルの対レンドリフト作戦を応援するなら、当然、ダノンから見て最も近い国たるリュッケン王国の対カルゾラル作戦を応援しないと、筋が通らない。加えてダノンが、東西の蛮族領域と戦う国を支援する初めての国となることで、ユーレリア全体の戦意を上げることもできる。ダノンの金属製品・武器防具の質は、ユーレリア随一だからな。武具を生産する国が本腰を上げて応援するとなれば、周辺諸国も黙ってはいられない。戦争特需の波に乗ろうと、王侯貴族や商人たちも重い腰を上げて、軍事に力を入れる可能性が期待できる」
「…………希望的観測はあまり好きじゃないけど、とりあえずケンネルやリュッケンとの友好的な関係は保険ってことだね。一旦、同盟条約を結んでしまえば、簡単には破れない。いくら邪竜教団の横槍が入っても、締結した条約を破棄するためには年単位で時間がかかる。つまりアルファの一番の狙いは、ダノン・フォルトベルク間の同盟条約にあった。キャラバンでユーレリアの勢力図を変えようってんだ。その中で最も手ごわいライバルになるロナルド・オヒートを後手に回らせるため、ダノンとフォルトベルクの独立運動を促した。……あんた、そういうのどこで学んでくるんだ?」
「
ならばと杜野凛世は、バルゼ湖に向かうと指示を出す。残り数時間で国の存亡をかけた戦いが始まるらしい。戦場の舞台になりそうな場所をあらかじめ調べ上げて、有利な地形条件で戦いたい。
「では……甜花さんは、キャラバンに南西方面へ避難するよう指示を。遠征艇からのオペレーションを任せます。凛世は東の交易路に向かい地形条件を調べます。果穂さんはバルゼ湖に向かい、敵の出方を調べてください。アルファさんとマルティナさんは街中の区画情報を集めて、甜花さんと共有。いざという時は避難誘導、もしくは国民の動きを見てデコイとしても使います。ご容赦を」
『了解!!』