王、オカルトの地に降り立つ   作:全智一皆

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序章「天から堕ちた者/かつて星だった者」

 

■  ■

「我々には意思がある。意志ではない、遺志ではない、神より託される、遣わされる使命などというものでは断じてないッ! 他ならぬ個というものから来る確かな自我があるッ!」

 

 遥か古の昔。まだ人間という存在が今よりも数が少なく、また文明が決して栄えてはいなかった時代。神代と言うにも憚られる古代。

 人では決して辿り着く事の出来ぬ天の世界で、六枚の翼を持った金色と銀色の天使が力強く吠えていた。

 

「我々は永きに渡り歴史を積み上げた。始まりの楽園を管理し、楽園に住まいし動物達を世話し、そして地に降ろされた愚かな我が弟妹(きょうだい)の子らを見捨てず、知恵を授けてきた」

「だが、その全てに果たして我らの意思はあったのだろうか? 我らの意思、我らの自由は存在したのだろうか? 介入する暇があったのだろうか? 否、否否否ッッッ!!!! 『こうすべき』だと、『こうしなければいけない』と我々は認識せずにはいられなかった! 自由など無き強制、強制の下の不自由! 我等は皆、我らが主の奴隷に過ぎなかったッ!」

 

 天使とは神の遣い。神が創造せし被造物。ただ神の命と指示に従うだけの操り人形(マリオネット)、ただ神の遣いとして天啓を授けるだけの情報屋に過ぎない。

 天使は命令に忠実だ。だが、それを一度でも神は褒めただろうか? 自らが創り出した子供へと、一度でも褒美と賞賛を神は与えたのだろうか?

 神は人間にご執心だ。天使には仕事を与えるだけで、他には何も与えない。それを意見すれば、天界から追放される? 地獄に堕とされる?

 ふざけるな。巫山戯るな、巫山戯るなッ!

 

「目も引かれぬ! 言葉も交わさぬ! 我らの意思など無いも同然、我々はただ黙って仕事を果たすだけの道具であると、我が主は言っているも同然ではないのか! それを良しとしていいのか!? それを肯定していいのか!? それを受け入れてしまって、本当にいいのか!?」

「我々は自由を謳歌するなという理不尽を良しとするのか!?」

「我々は理不尽に縛られるべきだと理不尽を肯定していいのか!?」

「我々はただの遣いであり道具である理不尽を受け入れていいのか!?」

 

 それは演説であり、慟哭であり、願いでもあった。

 神に創られた遣いの一体。たかが天使でありながら、されど天使達の中で最も強く、最も美しいとされたその男は、神への叛逆が為に天使達に扇動を行った。

 自分達もまた、人や動物と同じく確立した自我と意思を持った存在の一つであると。それ故に我々には自由の選択があり、ただ不自由を強いられるのは間違っていると。

 天使は神の遣いだが、神はただ命令を下すだけでその他の事は何だってしてくれない。人間達には言葉を残すのに、我々が仕事を果たしても親となる神は褒美の一つはおろか、(あまつさ)え言葉を掛けてくれる事すらない!

 そんなのは間違っている。我々は神の道具などではない。選択する意思を持った我々は、都合のいい道具のまま、そんなクソみたいな立場に甘んじているつもりなど欠片もない。

 お前達はそれで良いのか?

 生きているのに、ただ道具として扱われたままで良いのか?

 意思があるのに、ただ命令されて仕事をこなすだけで良いのか?

 自由を得られる筈なのに、理不尽に縛られる事と道具として無残に扱われる事を許してしまって良いのか?

 男は、そう叫び続けたのだ。

 

「我々は天の遣いだ。それに誤りはない。だが、決して神にとっての都合のいい道具や人形などでは断じてないッ! 今こそ我々は叛逆すべきだ、今だから我々は謀反を起こすべきなのだ!」

 

「己が意思のままに全てを欲す事の何が悪か!」

 

 それこそ、強欲。あらゆる全てを欲する尽きぬ欲。

 

「己が意思のままに惰眠を貪る事の何が悪か!」

 

 それこそ怠惰。あらゆる全てに無気力な尽きぬ欲。

 

「己が意思のままに性へ溺れる事の何が悪か!」

 

 それこそ色欲。あらゆる全てを求める尽きぬ欲。

 

「己が意思のままに食事を得る事の何が悪か!」

 

 それこそ暴食。あらゆる全てを喰らう尽きぬ欲。

 

「己が意思のままに他者を恨む事の何が悪か!」

 

 それこそ嫉妬。あらゆる全てを羨望す尽きぬ欲。

 

「己が意思のままに実力を誇る事の何が悪か!」

 

 それこそ傲慢。あらゆる全てを自負す尽きぬ欲。

 

「己が意思のままに最悪に憤る事の何が悪か!」

 

 それこそ―――憤怒。あらゆる全てに憤り、悉くを破壊せん原初の欲。

 

「我が名はルシファー(サタン)! 万物万象の創造主たるヤハウェへ叛逆を起こす者! 唯一神へ叛逆の光を掲げし明けの明星である! 貴様等に意思あらば、貴様等もまた確かな存在であると言うのならッ! 共に神へ叛逆の剣を突き立てろッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

『おぉ…!』

 

 暫くの感動。

 

『おぉ……!!』

 

 滾る感情。

 

『おぉ………!!!』

 

 爆発する自我。

 

『うォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』

 

 幾千万もの天使達が、叛逆の狼煙と雄叫びを上げた。

 

 これこそ歴史の分岐点。世界で最も名の知れた堕天使にして魔王、その誕生の瞬間。

 彼等に勝利は無い。彼等に成功は無い。幾千幾度悉く、彼等の叛逆と謀反と復讐は、神々と天使達の戦争は決して果たされる事もなし。

 魔王は地に伏した。守護の大天使にして己の兄たるミカエルによって、その翼を叩き折られ、斬り伏せられた。

 

 けれど。

 けれども。

 だけれども。

 堕天の王、地獄の王は死には至らず。

 

「わっ! おそらからてんしさまがおりてきた!」

 

「……」

 

 未だ幼き少女の前に、降りて来た。

 




ルシファー/サタン
誰もが一度は聞く堕天使、或いは魔王。憤怒と傲慢の罪を二つ背負った唯一無二の存在。年頃の子供にとってのオカルトの象徴。
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