□✕市祓魔師銃撃事件
夜も深まり始めた繁華街。仕事終わりの一杯を求めて居酒屋を探す会社員に夜はこれからだと遊びに来た学生達。
相変わらずの日常風景を路駐している車内から二人の祓魔師が気怠げに見つめていた。
楽しそうな外に比べて広くもない車内に男二人、しかも、夜勤確定のパトロールのコンボで祓魔師達はかなり萎える。
助手席に座る眼鏡をかけた祓魔師がドリンクホルダーから飲みかけの翼を授けてくれそうなエナジードリンクを飲み干す。
「見回りはいつも暇っすよねぇ。あ~、腹減った」
「おいおい吉澤、気を抜きすぎんなよ。
つっても暇なのは間違いないな。まっ、境界異常が起きても困るが」
そうですねぇと返しながら眼鏡の祓魔師が缶をドリンクホルダーに戻しながら、ダッシュボードから充電していたタブレット端末を起動して最近の同僚の報告一覧を眺める。
運転席に座る高身長かつ体格の良い祓魔師はハンドルを片手で握ったまま、コンビニで買ってきた夜食のおにぎりを頬張る。
取り付けられた無線からはたまに交信が聞こえるが、どれも異常なしの報告が上がってくるだけで特に気を惹くようなものはない。
今日も何も無く車を走らせてはどこかで停めて、しばらくしたらまた車を走らせる。いつもの夜間パトロールになるだろう。
車内にいた二人は既に勤務終了後に何しようかと考え始めた。
その時だった。
突然の無線の呼び出しに助手席の祓魔師がビクリと肩を跳ね上げ、運転席の祓魔師が無線のスイッチを入れる。
《祓東4号車、祓東4号車応答せよ》
「こちら祓東4号車。CPどうぞ」
《祓東4号車、△□町三丁目コンビニ前にて境界異常の通報あり。通報者は十代の女性二人。境界異常の種別、等級は不明。どうぞ》
「祓東4号車、了解。これより現場へ向かう。
吉澤、仕事の時間だぞ」
「やっとすよ高山先輩。よーやく暇から解放される。了解っすよ」
二人の祓魔師はシートベルトを即座につけるなり、車のサイレンを鳴らして即座に現場へと向かった。
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「それでこのコンビニっすかね」
指揮所からの指示でやってきたのはさっきの繁華街から少しだけ離れた、表通りから離れた小さなコンビニだった。何もなさそうに見えるが、よく店前に二人の女子高校生が見える。おそらく彼女達が通報者なのだろう。
果たして何を見間違えたか、薬物でもやっているのか。どっちにしろ、職務は果たさなければ。
駐車場に車を停め、二人は通報者と思われる女子高校生達に近付く。
女子高校生達は狩衣姿の男二人を見るなりすぐさま駆け寄ってきた。
「あの、境界対策課の祓魔師ですか?」
長い茶髪の女子高生が心配そうな面持ちで見上げている。さらにその後ろには薄い青色の髪をハーフアップでまとめた女子高生も不安げに見ている。
よく見れば2人とも学生鞄とは別にギターケースを背負っている。軽音部かバンドに参加でもしているのだろう。楽しい学生生活を送っていたであろう彼女達のの平穏を守るのが我々の仕事。高身長の祓魔師、高山はニコリと微笑んだ。
「貴方が境界対策課に通報した方ですね?」
「はい。そこの路地から誰もいないのに、変な光と声が聞こえたので……」
「なるほど。それでその現象を見つけた時に何か違和感だったり、どんな声が聞こえたのか具体的に分かりますか?」
祓魔師の問いかけに女子高生達は互いに顔を見合わせて、青髪をハーフアップにまとめた女子高生が控えめな少し小さい声で囁くように話す。
「その…… なんというか…… 若い女性のような声が…… 通りがかった時に……」
証言を話す隣で長い茶髪の女子高生も同意するように頷く。二人の仕草や表情を見るに嘘の通報でもなければ、違法な薬物をしているわけでもなさそうだ。
境界異常でなければ、あとは警察に引き継いで報告して終わり。
話を聞いている間に吉澤はタブレットに聴取内容を入力し、遭遇したとされる路地を祓串とワイヤーで封鎖を始める。簡素な封鎖ではあるが、低い等級の界異相手であればこれで良い。
「我ながら、惚れ惚れするワイヤー張りっすねぇ~
さ~ってどんなもんが出てくるかなァ~」
鼻歌を歌いながら等間隔に祓串を打ち込み、タブレット端末と連動させる。地図データと祓串の位置、そして穢れの濃度の測定し境界異常の計測を行う。
大体通報の七割くらいは誤報か警察案件、引っかかってもせいぜい無等級か一等級くらいだ。やばくなっても応援要請を出して周辺現場さえ確保すれば、あとは精鋭の祓魔班がやってくれる。雑魚は雑魚らしく立ち回ればいい。
そんな思考が吉澤の思考を巡っていた。
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「んで、ここがその路地ねぇ……」
薄暗く室外機や捨て置かれたダンボールや木箱でただでさえ狭い通路が更に狭くなった裏路地に立っていた。
「あんまりヤバそうな感じはしないっすね。また見間違えっすかね? まー、酔っ払いとかが間違えて通報したりもするし、しゃーないっすけど」
「さぁな。まだ断定出来ん。行くぞ」
「うっす」
体格の良い祓魔師が万が一に備えて黒不浄を何時でも抜けるように手を添え、その背後を固めるように眼鏡をかけた祓魔師がカバーするようにカラビナORZ90を構える。
何度も二人で繰り返してきたフォーメーション。今さら言葉は必要ない。
慎重にだが確実に歩を進めてゆっくりと進む。吉澤はチラリと瘴気を検知する機材を起動させ、カラビナの照準を覗きながらチラリとその機材の検出している値を確認。
どれも数値は基準値以下で界異がいたとは考えにくい。彼女たちは何かを見間違えたのだろうか?
「穢れや瘴気は全て基準値。境界異常の痕跡は見られないっすね」
「油断するな。まだ現場を確保しただけで調査は済んでないぞ」
「分かってるっすよ。ただまた誤報じゃないかなって思っただけっす。よくある事っすからね」
「どちらにせよやれる限り調べるしかない。やるぞ」
相棒の吉澤もどうやら同じ結論に至ったらしいが、確証もない以上は規定の手順通りに調査と現場の確保が最優先ど。
それから二人は物陰という物陰、怪しい物体に検知器を向けて検査。さらにペグを打ち込み、それらを繋ぐようにワイヤーを引く。二人の祓魔師はさらに路地の奥へと入っていった。
その背後に迫る脅威が、今まさに牙を剥くとも知らずに。
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祓魔師たちが入っていた路地への入り口では、立っていた二人の青い髪の女子高校生が茶髪の同級生に向かって何かを決意したかのように小さく頷く。
揃って二人はギターケースを下ろすと、ケースのロックを解除してその中にあるものを取り出しす。中にあるのはギターではなく、年頃の少女が持つには大きな銃だった。
「紗枝ちゃん」
「うん、やろう千夏」
紗枝と呼ばれた茶髪の女子高校生の手にはホログラフィックサイトやレーザーサイト、フォアグリップのでカスタマイズAK-12、青いハーフアップの髪をした千夏と呼ばれた女子高校生の手にはSCAR-Hが、いずれも光学サイトやレーザーサイト、フォアグリップとアタッチメントを取り付けてカスタマイズされている。
そしてその近くに停まっていた商業用バンに近付くと車体側面のスライドドアが静かに開いた。
車内には無数のハードケースと一人少女が装備品の別の高校の制服を着た少女がボディアーマーやヘッドセット、予備弾倉を受け取り手早く装備を身につける。
祓魔師達は既に袋のネズミ。あとは研修の通りにキルするだけ。初めての祓魔師相手だけどきっとできる。
千夏はSCARのセレクターを単発モードに入れ、紗枝もAK-12を静かに構えて照準を覗きながら祓魔師達の後を追うように路地へと入っていく。獲物は目の前。もうすぐランクも上げられる。
「紗枝ちゃん、クリア」
「こっちもクリア。行こう、ペグは壊そう。千夏ちゃん。御札もあるから任せるね! ポイント貯まるよ!」
「ありがと紗枝ちゃん!」
路地裏の所々には境界対策課印の祓串が地面に突き立てられ、建物の壁には等間隔で御札がワイヤーを繋いでいる。だが祓魔術も何も学んでいない紗枝と千夏にとってそれが何を意味するのか分からないし、そんなのはどうでもいい。ただ彼女達には小さなポイント稼ぎの的ということだけ。
紗枝が御札を剥がしながらワイヤーを引き抜く。千夏は刺さっているペグを引き抜いてはそれらを踏み潰す。
どこか楽しそうに、まるでゲームでもやっているかのように笑い合いながら。
「千夏ちゃん、それもうペグは四本目?」
「うん、これでちょっとはポイント貯まるといいなって。そっちは?」
「私はもう六枚も剥がしちゃった! 仕事が終わったら幾ら入るかなー?」
「祓魔師二人分だから多いかもしれないね。そうしたら、またみんなでファミレス行こうよ」
最後のペグを踏み折りながら、千夏は明日の振込額にもう胸を膨らませた。これでまたお母さんの助けになれれるかな。
一通り目に付いたペグや御札を壊しきり、残すは奥に進んだ祓魔師だけ。
落ち着いて研修通りにやれば大丈夫。SCAR-Hのグリップを少しだけ強く握り締め、千夏は路地の奥へと小走りで駆け出した。
少しだけ走った先で何かしゃがみ込んで作業する二人の祓魔師達がついに視界へと入る。向こうは気付いてない。千夏は紗枝に頷くとその銃口を祓魔師へ。
セレクターをセーフティから連射。
そして乾いた銃声が路地裏に響き渡った。
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数時間後。
路地は通報によってやってきた警察によって封鎖、規制線と警察官によって現場は手際よく封鎖。
その現場に体格と女性らしさを兼ね備え、常人には見えない狼のような耳と尻尾を有した女性刑事、東雲由羅は静かに犯行現場を見回す。まさか古巣の祓魔師殺しの事件に携わるとは思わなかった。
「しかし、これまた惨いですね……」
「…………」
ボソリとつぶやく東雲由羅はその隣で同じく現場を見据える体格の良い壮年の男性刑事─牙堂一郎は手を合わせ目を閉じた。数え切れないほど犯人に手錠を掛けても、こうして悲しみを持つ遺族が増えていく。
それでも逮捕し犯人に法の元で裁き生きて罪を償わせる。
牙堂の覚悟はどんな現場を前にしても揺らがない。それは今回の現場でもだ。
「でも、見たところ普通の殺人ですよね。界異を使った形跡もないですし」
「あぁ…… だが、上は何か掴んだらしい。だから俺たちをここに送り込んだんだろう」
「正解だよオジキ」
突然会話に割り込んできた女性の声に東雲と牙堂が振り返る。
そこにいたのは暗い青い瞳に黒いポニーテールをまとめたスーツと黒いタクティカルベストを着た女刑事が路地へと入る。
「おっ、もう来てたのか」
「優樹菜、早いな。それに柿原分析官も来ていたとは」
「おえっ…… お二方…… お久しぶりです…… 賀茂の刑事の運転…… 荒すぎて…… うぇっ……」
「か、柿原さん!? 大丈夫ですか!?」
完全なグロッキー状態にメガネを掛けた茶色の長い髪にタイトスカートとスーツ姿の女性が壁に手をついて撃沈寸前の神祭課の情報分析官、柿原理音が目を回しながらフラフラと歩いてくかる。それを見た東雲が慌てて駆け寄って肩を貸す。
相変わらず優樹菜の運転は荒いらしい。
「また飛ばしてきたのか優樹菜。切符は切られなかったのか?」
「切られる前に撒いてやったよ。案外、ヤツらもドンくさいよな」
「お前って奴は……」
ジト目で視線を送ってくる牙堂に優樹菜はタバコを咥えて、ポケットに手を入れながら現場を見据えている。やる気なさそうに見えるがその目は真剣そのもの。
表に出せないような"超法規的措置"と始末書を何十枚も書き、模範的とは程遠い彼女も日本を守る刑事だ。
「しっかし、祓魔師殺しとはまた物騒だよなぁ。やれやれ日本も世も末って訳かよ、おぉ怖や怖や」
「……ですが少し妙ですね。界異の痕跡や残留している穢れの濃度も通常値。呪咀犯罪者のやり口からも程遠い」
計測機器を片手に現場をウロウロする柿原に優樹菜は近くのコンビニで買ってきたコーラをガブ飲みし、ユラはキョロキョロと辺りを見回しながらなにか無いかと物陰を漁る。
「うーん、残留物も何も無いですよ?」
首を傾げるユラだが、唯一腕を組んで現場を見据える牙堂はその胸の内にある違和感、言わば三十年間磨き抜かれた刑事の勘が何かを囁いていた。
「柿原分析官、検死に回された祓魔師の遺体の状態に関する情報は?」
「えっ? あっ、えっと……」
突然の牙堂の言葉に柿原に動揺しつつも、慌ててタブレットの画面をタップして情報を呼び出す。
画面に映ったのは二人の祓魔師の被弾箇所、そして摘出された弾丸の分析結果を表示。しかし、表示される情報からは決定的なものはないと柿原は首を傾げる。
被害者には複数に通常の弾頭、そして黒不浄弾が摘出されているらしい。
「弾だけ見れば呪詛犯罪者っぽいですけど、蜂の巣にして殺した感じです」
「あぁ、確かにそう見えるが……
黒不浄弾が摘出された部位は分かるか?」
「少し待ってくださいね」
タブレットをさらに操作する柿原とその隣で暇そうに欠伸をする優樹菜。
表示された画像に映る被弾箇所を見るなり、牙堂の勘が当たったかのように表情が険しくなる。
「やっぱりか」
「なーんか分かったんかオジキ?」
「あぁ、被害者を蜂の巣にして分からなくしてるつもりだろうか、頭と胸にそれぞれ4発の黒不浄弾でダブルタップ。それに通常弾も黒不浄弾のどちらも使っている口径は5.54mmと7.62mm弾のライフル弾。かなり豪勢なモンを持っているだろうな」
「えっと、それってどういう……?」
口径の名前を聞いた瞬間、東雲と柿原は頭にクエスチョンマークを浮かべたていたが優樹菜だけはそれがどういう事が理解したように頷く。
「5.45mm、ロシアの軍隊が使うライフル弾だな。よく聞くだろ? AKってやつ。あれが使ってる弾だよ。7.62mmもロシアやアメリカのライフルが使う弾。しかも黒不浄弾を撃てるやつは軍用モンじゃねぇと使えねぇんだ」
「つまり、犯人の使用した火器は正規軍で使うようなものと?」
メガネをクイッと直す柿原に優樹菜は頷いた。
アメリカ製の銃であろうと、民間向けの銃で黒不浄弾を撃つことは出来ない。少なくともアメリカの法律ではそう規定している。
そうなれば自然とそれを撃てる銃の種類は限られる。ましてや銃規制の厳しい日本でそれらを撃てるものはそうそうない。凶器が絞られれば、密輸ルートそして犯人への道も自ずと絞る事が出来る。
問題なのはその相手の大きさが牙堂には引っかかっていた。
「明らかに素人の殺しじゃない。少しはやり方を知っている連中の仕業だろう」
「えっ、どうして分かるんですか?」
「軍隊や傭兵、殺し屋、そういう連中が確実に殺害する方法としてな。頭と心臓に二発ずつ撃ち込んで仕留める。プロの手口だ。しかも黒不浄弾で撃ち込んでるのなら、相手は間違いなく祓魔師と認識しての殺しになる」
今までの経験と知識を動員した現状の分析に東雲はへぇぇと感嘆の声を漏らすが、柿原は不振そうに牙堂を見つめる。
「ただの通り魔的な反抗、にしては手が込んでますね。しかも祓魔班に所属する祓魔師ではなく、見回りの地域課地域安全係の祓魔師なのが不可解です」
「あぁ、俺もそこに引っかかった。境対への明確な攻撃ではなさそうだが、凶器から見て明らかに祓魔師を狙ってる。これはあくまでも俺の推測に過ぎないがな」
3人がそれぞれに思考を巡らせる中で、優樹菜だけフンフンと鼻歌を歌いながらコンビニ袋を持ってやってきた。
中のホットスナックやら飲み物やらがうっすらと見える。捜査に取り組む3人を差し置いて何をしているのやらとジト目で見られているのも、優樹菜本人は何処吹く風だ。
考えるより体を動かす方が得意な優樹菜に推理という脳を使う作業はどうも苦手らしい。
「まーまー御三方。とりあえずここでうんうん唸っても犯人が出てくるわけじゃねーし、なんか食わねぇか?」
「全く賀茂刑事。貴女って人は……」
呆れ顔の柿原と牙堂だが、この二日間物足りない量しか食べていなかった東雲はお構いなしにチキンと唐揚げの誘惑に耐えきれずに優樹菜の袋から取り出してはハムスターのように頬張り始める。
その隣で優希奈はフランクフルトを齧りながら空を見上げた。
何処か事件が大きくなりそうな予感を胸に仕舞い込んだ。