ぱちり、と目が覚める。
いや、正確には意識が覚醒した、というべきかもしれない。
場所は自分の部屋。けれどベッドの布団の中でも、デスクチェアでも、ましてやお気入りスペースである出窓の床板でもない。部屋の真ん中に、気がついたら立っていた。
時計を見ると朝の五時半くらい。窓から外を見てみれば、分厚い雲が裂かれるように散っていく空が、暗い藍色から明るい青へと色づいていくのが見える。みるみる消えていく雲は雨雲だったのだろう。窓に面した道路には、ところどころに水たまりができていた。
窓を開けて、深呼吸をしてみる。直前まで雨が降っていたことを思わせる冷たい空気が肺に満ちて、キン、と頭の奥に氷を押し当てたような感覚に陥る。
聞こえてくるのは、早起きの鳥のさえずりくらい。早朝とはいえ、ゲヘナとは思えないほどの静けさだ。
そんな外の様子に既視感を覚えながら、学校へ行く準備をすることにする。とは言っても、なぜか身を包んでいるのはいつものパジャマではなく汚れ一つない制服なので、朝食と軽い身支度くらいなのだが。
……たまにあるけど、なんで制服を着ているんだろう。夢遊病というやつかしら。
少しだけ異変について思案して、すぐに考えるのをやめる。パジャマから制服に着替えていると言っても、いかにもついさっき着替えましたと言わんばかりの清潔さだ。寝起きで頭が回っていないときに無意識に着替えてたとかその辺が答えだろう。むしろ時短になって楽なくらいだ。
――――
「…………?」
朝食は何があったかな。と考えながらリビングへ向かおうとした私を味気ない電子音が呼び止める。視線を向けると、机の上に無造作に置かれたスマートフォンが、その液晶を明るくしながらデフォルト設定の着信音を鳴らしていた。
そんな光景にまた既視感を覚えながら画面を覗き込むと、表示されていたのは自分の右腕として活躍している同級生の名前。
こんな時間にどうしたのだろうか、とは考えなかった。ここからの展開に予想がついたからだ。
ぺたりと通話開始のボタンを押す。
「もしもし」
『おはようございます、ヒナ委員長。今日の委員会ですが――』
「うん、わかってる。今日は“お休みの日”でしょ?」
『はい。今日の風紀委員は我々にお任せください』
被せるように答えると、通話越しのアコが同意してきた。
こういう日はたまにある。その日の朝に決まる休みの日。後進育成のためにとアコの提案で設けられたものだけれど、なんだかんだうまく回っているらしい。
後輩たちもちゃんと成長しているということか。エデン条約締結での引退はできなかったけど、なんだかんだ普通に引退する日も近いのかもしれない。
まあ、それは置いておくとして……突然降って湧いた休み、どうしようか。
いつもならば普通に学校に行って授業を受けるのだけれど、今日は日曜日だ。学校へ行く必要がない。
休みの日にすることと言えば、一番に考えるのは趣味に興じることだろう。私自身、これまでの休日の放課後はそうしてきた。
だから今日は一日中、と考えて――はた、と思考が止まった。止まってしまった。
休日を趣味に捧げる。よくある話で、一般的には有意義な使い方だ。なにもおかしいことはないだろう。
しかし、それは趣味の内容にもよるのではないだろうか。
空崎ヒナ、十七歳。
髪の色、白。
瞳の色、紫。
職業、ゲヘナ風紀委員会委員長。
趣味――睡眠。
そう、睡眠。つまり、これからしようとしていることはパジャマに着替え、ベッドに潜り込み、惰眠を貪るという行為。
それも丸一日。
別にそれが悪いことはないだろう。そもそも激務の委員会にいて与えられた貴重な休みだ。不法行為以外のすべてが許されるはず。
しかし、昨日もかなり遅くまで仕事をしていたはずなのにフル稼働している頭は思考してしまう。
――せっかく一日休みなのに、無駄に寝て過ごすだけなのはもったいないんじゃない?
――そもそも、睡眠は趣味に入らないんじゃない? 無趣味と変わらないんじゃない?
一度考え出すと、もう止まらない。
自分は随分とつまらない人間なのではないだろうか。これではミレニアムの治安維持を担っているという意思なきドローンたちと変わらないのではないか。そんな焦燥感が湧いてきて、胸が焼かれる。
――女子高生らしくない。
そんな、これまでの自分を振り返れば今更な感情に心が支配される。
なんとか、なんとかしなければ。挽回しなくちゃ。軌道修正しなくちゃ。
「……よし」
ゆえに、制服を脱ごうと襟にかけていた手を離す。キヴォトスの嗜みである愛銃を含め、最低限の荷物に手を伸ばす。
そうだ。今だからでも遅くないのだ。幸い、今日は丸一日時間がある。ならば、これを使わない手はない。
「趣味……探そう」
こうして私の趣味探しの旅は始まったのだった。
……いや、旅というのは大げさだと思うけれど……まあ、いいか。