趣味が睡眠って、無趣味ってことじゃない?   作:暁英琉

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ゲーム

「先生、今日はありがとう」

 

「気にしないで。せっかくのヒナのお願いだからね」

 

 物珍しそうな視線を受けながら隣を歩く大人、先生に感謝の気持ちを伝えると、なんでもないように――彼にとっては本当になんでもないのだろうけれど――優しい笑顔が返ってくる。そんな表情に、言葉に、不意打ちを受けた心臓がどきりと跳ねた。

 先生はずるい。いつもさらっと私の心をかき乱してくる。

 そんな言葉が口に出そうになるけれど、公衆の面前でそんな醜態を晒すわけにもいかず、ぐ、と言葉を飲み込む。ただでさえここはゲヘナではないのだ。悪目立ちは可能な限り避けないと。

 周囲に視線を向ける。ゲヘナのそれと比べると近未来的な構造物の数々。街を維持するためのオートマタがやけに目立つ。私からすると違和感のあるそんな光景が当たり前に受け入れられている。

 休みの日、私はミレニアムに足を踏み入れていた。

 とはいえ、いくらプライベートだからと言っても治安維持部隊のトップが突然他校へ赴くのは無用なトラブルの元。そこで先生が引率をしている、というていを取ってもらったというわけだ。

 

「それにしても、ヒナがあの子たちと仲が良いとは思わなかったよ」

 

「仲が良いというほどではないわ。ほら、空が赤くなった時の戦いで一緒になったでしょ? あの時に連絡先を交換してて、ずっと遊びの誘いを受けていたのよ」

 

 モモトークの画面を開くと長髪の少女、天童アリスの個人チャット画面が表示される。そこには週二程度の頻度で遊びに誘う旨の文言が踊っていた。

 所属しているのは確かゲーム開発部だったか。調べたら直近のミレニアムプライスで特別賞を受賞しているようだ。さすがミレニアム。娯楽でも優秀なのね。

 これまではうまく休みの日と合わなかったからお断りしていたお誘い。それがようやく噛み合ったのが今日だ。だから遊ぶのはこれが初めてだし、合うのはあの戦い以来。やはり仲が良いとは少し違うだろう。

 

「なるほど。アリスはヒナに興味津々だったから、一緒にゲームがしたいんだね」

 

「そうなの? 確かにあの日もよく話しかけてきたけど……そういえば、あの子から『レベルカンストガチ勢』とよく呼ばれるのだけれど、あれってどういう意味?」

 

 なにやら先生から私のことを聞いての呼称だったみたいだけれど、あれはゲーム用語だったのだろうか。戦闘中は状況が状況だったから聞き流してしまったし、それ以降は今更な気がして聞けずじまいだったのよね。

 

「あー、たぶんとても強い人って意味で使ってるんだと思う」

 

「強い人……なるほど」

 

 まあ確かに、これでも戦闘力はキヴォトスでも高い方だという自負がある。そういう強者へ向けた表現なのだろう。

 ということは、ホシノやミレニアム最強と名高い美甘ネル、トリニティの剣崎ツルギあたりも同じ呼び方をしているのだろうか。……よくよく考えると、三人とも攻撃レンジが近接なのね。ホシノと戦ってみて実感したけれど、寄られると私の愛銃では取り回しが効かなくて少々面倒。私もなにかサブウェポンで近接手段を持ったほうがいいかしら。いえ、別にミレニアムやトリニティと戦うつもりはないのだけれど、一応ね?

 それにしても、どういう経緯であの子に私のことを話す流れになったのかしら。

 

「ここだよ」

 

 一瞬頭に新たな疑問が浮かぶけれど、その思考は先生によって遮られる。顔を上げると、一枚の扉の前まで来ていた。部屋の表札には可愛らしい猫のイラスト――ドット絵というらしい――と共に「ゲーム開発部」の文字が並んでいた。目的地についたのだ。

 先生がノックしようとして、その前に勢いよく扉が開かれる。

 

「先生、やっほー! ヒナさんもいらっしゃい!」

 

「やあ、モモイ」

 

「こんにちは、才羽モモイ」

 

 飛び出してきた金髪ショートの少女、才羽モモイが元気な挨拶をかけてくる。身長はそこまで変わらない――むしろ向こうの方がちょっとだけ高い――けれど、その天真爛漫さに歳下成分が存分に感じられる。うんうん、元気で大変よろしい。

 

「ささ、入って入って!」

 

 彼女に促されて中に入る。存外こじんまりとした雰囲気のある部室にはいくつものゲーム機らしき機械が並べられている。その数が想像以上に多くて、わからないなりに少し圧倒された。

 

「ヒナ委員長、お久しぶりです」

 

「やりました! ヒナ先輩がパーティに加入しました!」

 

 ちょうどゲームをしているところらしく、テレビの前にぺたりと腰を下ろしていたアリスと才羽ミドリが顔だけこちらに向けながら挨拶してくる。そんな二人に短く返事をして――部屋の人数が少ないことに気がついた。

 ゲーム開発部のメンバーは四人。ここにはそのうちの一人、あの戦いで妙な見た目のロボを操作していた花岡ユズの姿がなかった。

 どこかに出かけているのだろうか。いや、そもそも同じ部活だからといって四六時中一緒にいるわけでもあるまい。今日の遊びには不参加、ということなのかも。

 

「ユズー、ヒナさん来たから出てきなよー」

 

「う、うん……」

 

 と思ったら、なぜかロッカーから姿を表した。なぜロッカーに? という疑問が思わず言葉になりかけて、喉に力を入れて堪える。きっとなにかしらの事情か単なる趣味だろう。誰かに迷惑をかけていないのであれば、外野がとやかく言って場をかき乱す必要はない。

 

「よし、それじゃあ遊ぼっか! ヒナさんもこっち来て!」

 

「ええ」

 

「こっちももうすぐ終わるから、ちょっと待っててください」

 

「はい! クライマックスです!」

 

 促されてテレビの正面に置かれたクッションに座る。他の機器に比べて真新しく感じるテレビでは、二人の少女が格闘技で戦っている映像が流れていた。

 殴る蹴るだけでなく、跳ねたりしゃがんだり、果てには日を吹いたり頭突きで突進したりしている。普通の戦闘では見ない類の派手な戦いに、詳しくないなりに見入ってしまう。

 

「うわーん! 負けました!」

 

「ふう、なんとか勝ち……」

 

 しばらく観戦していると、頭突きで突進をしていた方が吹き出された火に辺り、断末魔と共に倒れた。反応を見るに、どうやら勝者はミドリのようだ。

 これがゲーム。これまで触れる機会はなかったけれど、結構面白そう。

 ただ――

 

「それじゃあ、今度はモモイとヒナ先輩でやりましょう!」

 

「いいけれど……これってどうやって操作するの?」

 

 自分で操作するのはちょっとハードルが高い気がする。

 レバーのようなものに複数のボタン。どれがどういう挙動をするのか把握するだけでも時間がかかりそうだ。

 

「ひょっとしてヒナ先輩。ストロングファイターをやったことがないんですか?」

 

「それってこのゲームのこと? ええ、そうね。というか、ゲーム自体ほとんどやったことがないの」

 

「げげげ、ゲーム自体!?」

 

 素直に答えたら珍獣でも見るような目を向けられてしまった。そこまで? 流石に私みたいにゲームに触れずに育った生徒はそれなりにいると思うけれど……。

 

「ドラテスは!?」

 

「確か……ドラゴンテストだったかしら? 名前だけなら聞いたことがあるくらいね」

 

「FFは?」

 

「えふ……? ごめんなさい。略称だと思うのだけれど、ちょっとわからないわ」

 

「なんという……名作ですよ!?」

 

 そうは言われても、触ってこなかったものは仕方がない。相当ショックだったようで、アリスは口をポカンと開けたまま固まってしまった。そんな彼女をなだめながら、才羽ミドリが「それじゃあ」と提案する。

 

「今日はスマッシュシスターズをやりましょう」

 

 さっきまでやっていたものとは別のゲーム機の電源を入れる。彼女が操作をすると、多種多様なキャラクターが画面いっぱいに表示された。

 話を聞くに、どうやら先程の格闘ゲームを多人数にしたようなものらしい。様々な作品のキャラが操作できるそうで、確かによく見ると操作キャラは人間やロボ、はたまた動物らしき生き物まで多種多様だ。

 二人が操作していたコントローラ――アケコンというらしい――とは別のコントローラを渡される。

 

「最初はカーミィが使いやすいと思いますよ」

 

 そう言って指定されたのはピンク色の球体に手足が生えたようなキャラ。ポヨポヨしていてちょっとかわいい。

 多人数と言っても最大四人プレイのようで、今回は他にアリスが赤い帽子に青いオーバーオールのキャラ、才羽モモイがミドリの恐竜のようなキャラ、花岡ユズがゴリラのようなキャラを選択していた。

 上下に入り組んだ島のようなマップに、カウントダウンと共にキャラが配置される。

 

「まあまずは操作に慣れてもらうために――お姉ちゃん、ちょっとヤッシーを真ん中に連れてきて。ヒナさんも同じように」

 

 促されるままに左スティックを操作してヤッシーと呼ばれた恐竜に追随する。そして同じく促されるままにAボタンを押すと、カーミィがヤッシーにパンチを繰り出した。それと同時に画面下に表示されたヤッシーのアイコン近くの数字が増える。

 

「下の数字はそのキャラのふっとび率です。これが高いほど攻撃を受けた時に遠くまで飛びやすくなって、画面外や画面下に落ちると残基が一つ減ります」

 

「なるほど」

 

 それからも基本的な操作を教えてもらう。ストロングファイターは二人ともコントローラーをガチャガチャと目まぐるしく動かしていていまいち操作が分からなかったけれど、こっちは結構わかりやすいかも。あと、カーミィの動きがいちいちかわいいわね。風船みたいに膨らんでぷかぷか浮くのとか。

 

「それじゃあ次はスマッシュを出してみましょう。スティックを素早く攻撃したい方向に弾くのと同時にAボタン、です」

 

「こう?」

 

「うわー!」

 

 言われた通り音がするくらいスティックを弾きながらAボタンを押すと、カーミィがヤッシーに向けて突き? パンチ? とにかく攻撃を繰り出した。それに当たったヤッシーはこれまでより大きく横へ吹き飛び、浮島を飛び出す。しかし、流石に練習として数回攻撃を当てた程度、空中で操作可能になったヤッシーは脚をばたつかせて島へと戻ってこようとする。恐竜って……空中移動ができるのね。

 そしてギリギリで島の縁を掴もうとして――

 

「「あ」」

 

「えちょっ!?」

 

 近くにいたゴリラに掴まれ、抱えられ、そのまままとめて身を投げ出され。

 

「ちょまあああああ!?」

 

 投げ落とされていった。ヤッシーの残基アイコンが一つ消える。そしてゴリラはコマのように両腕を振り回して島に戻ってきた。ゴリラって……飛べるのね。

 

「ってユズ!? なんで落としたの!?」

 

「あ、ごめん。近くに来たから反射で」

 

 才羽モモイの悲痛な叫びにはっと我に返ったらしい花岡ユズがぽしょりと返す。反射にしては洗練された動きだったように思えるけれど……無意識であの動きを? さすがは戦闘スタイルもゲームじみているだけの事はあるわね。

 

「大丈夫?」

 

「うう、大丈夫だよヒナさん……まあとりあえず、これで一通り操作は慣れたでしょ? ここからは普通にバトロワだよ! ヒナさん、覚悟!」

 

 どうやらこの程度ではへこたれないらしい。空中から復帰してきたヤッシーは私を攻撃しようと元気に駆け寄ってくる。

 

「ふん!」

 

「あれー!? アリス!? アリスなんで!?」

 

 けれど、攻撃モーションに入る前にカーミィと飛び越えてきたこの空間唯一の人型キャラがヤッシーを吹き飛ばした。アリスの操作するキャラ、マリエはそのままカーミィを守るように立ち塞がる。

 

「初心者狩りなんて恥ずべき行為です。アリス、モモイを殴ります!」

 

「いや、そもそもこれってそういうゲーム」

 

「殴ります!」

 

「えええええなんでえええええ!?」

 

 なにやらアリスの地雷を踏んでしまったらしい。そのまま才羽モモイは殴られ蹴られ火にあぶられ、最終的に上スマッシュで画面を突き抜けていった。

 

「ど、どうしたの、アリス?」

 

「大丈夫です、ヒナ先輩。初心者は優しく囲んで沼に引きずり込む。アリスはそれを忠実に守っているだけです」

 

「なにか怖いこと言ってないかしら?」

 

 その後はなんだかんだ先生も交えて二人交代で遊んだ。とは言っても、結構接待のような感じだったと思うけれど。三つ集める必要のあるアイテムを全部揃えさせてもらったり、必殺技の出せるアイテムを優先的に使わせてもらったりしたし。それで才羽モモイ、モモイが何度か場外へ飛ばされていった。別に彼女を狙っているつもりはなかったのだけれど……。

 それにしても、やっているうちにだんだんと理解してきたけど、ユズが頭二つは飛び抜けて強い。何度か三対一で対戦してみたけど、すべてぼろ負けだった。というか、結構ナチュラルにハンデマッチが組まれた辺り、ゲーム開発部の中でも共通認識なのだろう。

 とはいえ、負けっぱなしというのも歳上として少々情けない。……帰りに買って、家で練習してみようかな。

 自分が案外負けず嫌いなことを自覚しつつ、私のゲーム体験は過ぎていくのだった。

 

 

 空崎ヒナの趣味……睡眠、温泉巡り、虎丸での散歩、料理、水族館、音楽鑑賞、お菓子作り、傭兵バイト、給食部バイト、キラキラ部、ゲーム。

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