趣味が睡眠って、無趣味ってことじゃない?   作:暁英琉

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掃除

「ヒ……あー、“ソラ”。そこの掃除にはこれ使え。そのタイプの汚れには一番効く」

 

「わかったわ、部長」

 

 ネルから手渡された粉末洗剤を汚れにふりかけ、少ししてから水気を切った布で擦る。頑固に思えた汚れだったが、思いの外すんなりと落とすことができそうだ。

 なぜネルのことを部長と呼んでいるのか。それは私が今日一日Cleaning&Clearingに体験入部をしているからだ。

 流石に他校の、それも特殊工作部隊に体験入部は不味い? それは間違いなくそう。だから今の私は空崎ヒナではなく、謎のミレニアム生ソラということにしているし、眼鏡とマスクで変装もしている。服装が違うのもあって、案外この程度の変装でもバレないものだ。

 それに、今やっていることもセミナー直属エージェントとしての活動ではなく、C&Cの表の顔、いわゆるメイド部としての清掃活動だ。

 事の発端はネルとオンラインでゲームをしていた時のこと。やや私の勝ち越しくらいの戦績で格闘ゲームに興じる中、雑談で趣味探しの話題を出したのがきっかけだった。

 

『趣味ねぇ。掃除なんかはどうだ? あたしの場合は仕事だけど、身の回りも綺麗になって一石二鳥だろ?』

 

 確かに、日常で行うものを趣味に、は料理という前例もあるからありかも。しかし、料理と違ってゲヘナの知り合いに掃除に凝っている生徒を知らないので取っ掛かりがないな、と思い直す。参考書みたいに本があったりするだろうか。それともモモチューブの動画とか、ネットの記事に参考になるようなのがあるかな?

 新たな趣味候補のきっかけを喜びつつ、その始め方に悩んでしまう。そんな私にネルは続けてこんな提案をしてきた。

 

『なんなら、うちの仕事手伝ってみるか?』

 

 なるほど。確かにC&Cはあらゆる意味で掃除の専門と聞いている。掃除のやり方を学ぶには最適だろう。

 だが、先にも話した通りC&Cの実態はセミナー直属のエージェント部隊。あくまで一般の部活動であるゲーム開発部とゲームに興じるのとは訳が違う。他校の生徒、それも治安維持部隊のトップとなれば、その問題はまた一段上がるだろう。

 

『それ……大丈夫なの?』

 

『あー、まあ表の掃除なら大丈夫だろ』

 

 絶対大丈夫じゃないと思う。そう考えて先生に相談したところ、びっしりと文字に埋め尽くされた誓約書にサインをすることを条件にセミナーから許可が出ることになった。むしろ許可が出たことに驚いたのだけれど、その辺は実質セミナーを取り仕切っているらしい会計の早瀬ユウカが融通してくれたらしい。サインをする間、ずっとネルに文句を言っていたけれど。ネルは軽く流していたけれど。二年生なのに苦労しているのね。今度ゲームをしに来るときにでもお菓子を持ってきてあげよう。美食研究会が爆破しなかったところであれば間違いないだろう。

 というわけで、私はネルと共にミレニアム内にあるとある企業のオフィス清掃をしている。これは警邏活動の一環で、自治区の企業が問題を起こしていないかのパトロールの一面もあるんだとか。……改めて、そんな活動に私がいてもいいのだろうか。

 ちなみに、今の服装はC&Cの制服であるメイド服……ではなく、清掃用のジャージ姿。自治区外ではごく一部しかC&Cのことを知らない状態だが、流石に自治区に居を構える企業にはメイド服姿のエージェント集団の情報は出回っているようで、清掃や潜入の際には度々服装を変えているらしい。

 

「おー、丁寧じゃねえか」

 

「掃除は丁寧にやるものじゃない?」

 

「そりゃあそうなんだけどよ。ほら、ソラの同郷のイメージがアレだから……」

 

「それは……無理もないわね」

 

 彼女が思い浮かべたのは温泉開発部や美食研究会だろう。うちの生徒たちが迷惑をかけて申し訳ない。あの子達も掃除は人並みにするとは思うのだけれど……まあ、普段あれだけ破壊を行っている相手にそのイメージは持ちづらいか。

 これ以上掘り返してもお互いいいことはない。それにここは会社オフィス。ミレニアムのそれともなれば防犯カメラなど当たり前にあるだろう。つまりは会話を聞かれる可能性があるということだ。ネルが問題児たちの名前を出さなかったのも、その辺を気にしてだろう。あまりポンポン情報を出して、せっかくの変装がバレてしまうのは避けたいところだ。

 話を切り上げて掃除に集中する。正直、ミレニアムの部活だから有名なエンジニア部あたりが開発した最先端機器で掃除をするのかと思っていたのだが、実際には布巾や箒といったアナログな道具ばかりだった。まあ、よくよく考えれば前者では「趣味:掃除」ではなく、「趣味:掃除機器集め」になってしまうだろう。掃除そのものより、道具のレビュアーの方が正しそうだ。

 なので掃除そのものは普段とあまり変わりがない。けれど、そこはやはり表向きとはいえプロ。効率のいい掃除の仕方や適切な道具選びであっという間に綺麗にしていく。同じ道具を使っているにも関わらず、ネルの掃除した場所の方が数段綺麗に思えてしまうほどだ。

 この感覚には覚えがある。フウカの料理教室のときと同じだ。一朝一夕、手本を見ただけでは真似できない熟練者との差。自身がその界隈に置いて初学者であることを自覚する瞬間。自分の領分である風紀委員会の活動ではそうそう味わうことのないそれが、少し楽しい。

 

「そういえば、いつもバラバラに掃除の仕事をしているの?」

 

 フリーデスクを掃除しながら話題を振る。オフィスとしては小さめとは言え、掃除範囲としてはそこそこ広い。私という初心者が相方という点を差し引いても、二人では結構な時間がかかるのは明白。普通に考えればもっと人員を揃えるべきではないだろうか。

 そんな私の疑問に一瞬手を止めたネルはガリガリを頭を掻く。

 

「あー……うちは人手が足りねえからなぁ」

 

「……大変なのはどこも一緒ね」

 

 そもそもこれは事実上セミナーからの査察も兼ねている仕事。いかに三大校の一角とは言え、そう簡単に任せられる人間は見つからないか。

 

「それに……」

 

「それに?」

 

「ミレニアム生の大半はやりたいこと優先して食事もおざなりになる奴らだぞ? 知らんところの掃除とかやるわけねえ」

 

「そうなの?」

 

 まあ確かに、ゲーム開発部もゲームに全力といった印象で、一日中遊ぶ日はお昼代わりにお菓子や宅配ピザを頼むことがほとんどだった気がするけれど……。

 

「売店の一番人気は妖怪MAX。売上上位にはいつもバランス栄養食とカップ麺が並び、宅配ピザ利用はキヴォトスにおいてダントツだ」

 

「えぇ……」

 

 なんて偏った食生活。……そういえば、ゲーム開発部も妖怪MAXを箱買いしていた気がする。単にスナック菓子に甘い味が合うからかと思っていたけど、ひょっとしてあの子達、あれで徹夜とかしていたりする? どうして趣味で私みたいな生活をしているのだろうか。研究や勉強に熱心なミレニアム生らしいとは思うけれど、一般生徒なんだからもっと健康的な生活をしてほしい。

 次に遊びに行くときは大きめのお弁当を持っていくことにしよう。もしくは、学園間交流の名目でフウカと出張給食部なんてのもいいかもしれない……そもそもマコトが認めないだろうし、給食部が一日動かないとか暴動が起こりそうね。相変わらず私がバイトをしていない時は文句ばかりみたいだけど、なんだかんだゲヘナの生命線なのよね、あそこ。

 

「お疲れ様です。お仕事はどんなもんですかな?」

 

 改めてフウカのありがたさを痛感していると、後ろから声がかかる。振り返れば、ここのオフィスの社員さんであろうパリッとしたスーツを身に着けたロボ市民さんが近づいてきていた。

 

「おう、順調だ。この調子ならあと一時間もかからねえな」

 

「ええ、そうね。お仕事中お邪魔してしまって申し訳ないのだけれど……」

 

「いえいえ、仕事をしながら隅々まで掃除というのは骨が折れますからね。私どもとしてもありがたい限りですよ」

 

 物腰柔らかな社員さんが朗らかに笑う。仕事ともなるとどうしてもそちらを優先してしまうものよね。疲れていると最低限のことしかしたくなくなるし、かといって先に清掃をして疲れを仕事に持ち越すのも悪手。シャーレが綺麗なのも忙しい先生の代わりに生徒や清掃ロボが掃除しているからなところがあるし、やはり大人は大変だ。

 頑張っている人の力になれていると実感できるのも、この仕事のいいところなのかも。そんなことを考えながら次の場所を掃除するために移動しようとして、足がなにかに引っかかってたたらを踏んだ。

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

「ええ、大丈夫。ちょっとカーペットに足を取られてしまっただけ、だか……ら……?」

 

 慌てて駆け寄ってくる社員さんに無事を伝えようとして、言葉が尻切れになる。タイルカーペットの敷き詰められたフロア。その一部が少し浮き上がっている。あそこに足が引っかかったのは間違いない。間違いないのだが……その間違いのない事実が違和感として残る。

 浮き上がったカーペットの端に足を引っ掛けて転んでしまう。文章にすれば普通のことかもしれない。

 けれど、その当事者が私となると、空崎ヒナとなると話が変わってくる。私は自他ともに認めるゲヘナ最強の風紀委員長。それがカーペットに引っかかって転びかける? そんなことはあり得ない。強い生徒はそんなことにならない。

 

「“ヒナ”、そいつ抑えとけ」

 

「わかったわ、ネル」

 

「え、え?」

 

 同じ結論に至ったのだろう。即座に指示を飛ばしてくるネルに従って、社員さんの肩を掴む。武装していない人間であれば、これで抑えるのは十分だ。

 私が社員さんを抑えている間にネルは件の場所に近づきカーペット……ではなく、一緒に浮き上がっていた床に手をかけた。ず、と重い音がして、タイルカーペット一つ分の穴が顔を覗かせる。

 私が躓いたのはカーペットに覆われた床、いや床に擬態した地下への扉だったのだ。

 

「おかしいな、社員さんよ」

 

「このオフィス、間取りに地下はなかったはずだけれど?」

 

「ひ、ひぃぃっ!!」

 

 どうやら、今日の掃除は少し時間がかかりそうだ。

 

 

『悪かったな。ユウカのお小言にまで付き合わせちまって』

 

「別に構わないわ」

 

 あの後、裏で色々やっていた会社を壊滅させた私達を待っていたのは……微妙な顔をした早瀬ユウカだった。壊滅ついでにオフィスを瓦礫に変えてしまったのがよろしくなかったらしい。まあ、別に建物を倒壊させる必要はなかったわよね。壊したのはネルだけど。なお、当のネルはお小言を右から左に流していたみたい。他校の問題だからなにも言わなかったけれど、もうちょっと後輩を労ったほうがいいのでは? 早瀬ユウカには今度ナギサおすすめの紅茶とか贈っておこう。

 そんな事後報告という名の早瀬ユウカ不憫大会も終わり、各々帰宅した私達はまたオンラインゲームで対戦をしながら通話をしていた。今日は調子がいいみたいで、初戦をあっさりと勝ち取る。

 

「情報としては知っていたけど、ミレニアムも色々と大変なのね」

 

『流石元ゲヘナ情報部。こっちとしては上手いこと裏で処理してるつもりなんだけどな』

 

 負けたことに唸りながらの言葉に同意する。実際、ミレニアムのその辺の対応はかなりしっかりしている。それなりの情報網がなければ、実際の事件件数の三割も調べ上げることはできないだろう。その辺は彼女の言う通り、昔取った杵柄というやつだ。

 なにはともあれ、印象としてミレニアムの治安に対する世間の印象はキヴォトスでもかなりいい方だ。それは彼女たちの涙ぐましい努力の結果と言えよう。

 

『しかし、まさかこうしてあんたと絡む日が来るなんてな』

 

「どうしたのよ急に」

 

『や、改めて考えるとすげえことしてるなって思ってよ』

 

 まあ確かに、ゲヘナとミレニアムの治安維持部隊トップがこうして遊んだり雑談に興じるというのはこれまでなかったことだろう。そもそも私達の仕事の性質上、ほとんど自治区を出ない……というのも理由の一つだけど、そもそもこれまでのキヴォトスはあまり学園間の交流というものが活発ではなかったのが一番の理由だろう。

 

『これも、先生のおかげってか?』

 

「ふふっ、そうかもしれないわね――あ、それは悪手よ」

 

『えっ、あ、ちょっ!?』

 

 外部と交流を持つようになったのは自分の意思だけれど、そのきっかけが先生にあるのもまた事実だろう。先生はたまに変なことをする人だけれど、その人柄は少しずつ、そして確実にキヴォトスを変えていっている。

 変わっていくキヴォトスをもっと見てみたい。そんな気持ちもあって、趣味探しの名目で他校の生徒と交流を持っている部分もあるのかも。

 そんなことを思いながら、ネルの相手キャラの体力を削りきった。

 

『~~~~っ! もう一回だ!!』

 

「はいはい」

 

 今日も、長い夜になりそうだな。

 

 空崎ヒナの趣味……睡眠、温泉巡り、虎丸での散歩、料理、水族館、音楽鑑賞、お菓子作り、傭兵バイト、給食部バイト、キラキラ部、ゲーム、掃除。

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