趣味が睡眠って、無趣味ってことじゃない?   作:暁英琉

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睡眠

「ヒナ委員長、最近休まなすぎでは?」

 

「???」

 

 降って湧いてきた休みの日。隣に座るイロハからそんなことを言われた。頭の上にはてなが浮かぶ。

 私としては、普通に休んでいるつもりだ。というか、現在進行系で休んでいる。今だってイロハやイブキと一緒に虎丸で散歩をしているところだ。特に休みの日の頻度が減っているというわけでもない。

 

「平日の“休みの日”は昼間に給食部を手伝い、他校に赴き、この間は非公式とは言えミレニアムと共同戦線なんてやりましたよね? 趣味探しをしていることは理解していますが、流石にアクティブすぎるのでは?」

 

「そう……なのかしら」

 

 しかし、イロハからするとまったく休めていないらしい。じとっとした視線に少し居心地が悪くなる。

 言われてみれば……確かに給食部の手伝いやこの間のネルとの“お掃除”――特に隠していないとはいえ、流石の情報収集力――は傍から見れば休んでいるようには見えないかもしれない。リフレッシュという意味では十分休めているんだけどね。

 

「というわけで、今日は原点に立ち返っていただこうと思います」

 

「原点?」

 

 ずず、とペットボトルのコーヒー――コーヒーというよりもカフェオレのような色合いだ――を口に含んでそんなことを言ってくる。原点とは一体なんのことだろうか。未だに真意が掴めずに自分の分のペットボトル――こちらはブラックコーヒーだ――に口をつける。困惑のせいか、苦みしかわからなかった。

 

「イロハ先輩、ヒナ先輩、着いたよー!」

 

 頭上から消えぬクエスチョンマークを出し続けていると、ハッチから外に出ていたイブキが声をかけてくる。どうやらこの散歩、目的地があったらしい。

 

「さて、行きますよ」

 

「え? ええ、わかったわ」

 

 イロハに促され、虎丸から降りる。降り立ったのは広い駐車場の一角。そして目の前には三階建ての大きな建物。

 そこは、キヴォトスで有名な家具チェーン店だった。何故急にこんなところに連れてこられたのかと余計に頭からはてなマークが飛ぶ。

 

「ヒナ先輩早く早く!」

 

 そんな私にお構いなしに腕を引っ張ってくるイブキに促され、店内に入る。有線放送だろうか。少し前のポップミュージックが流れる中、フライパンなんかの台所雑貨とレジの近くを横切ってエスカレーターで上へと上がる。

 そして二階へと上がると、ベッドの群れが出迎えてきた。どうやらこのフロアは半分が寝具関連らしい。

 

「ヒナ委員長にはここで枕を選んでもらいます」

 

「もらいます!」

 

「……なぜ?」

 

 さすがに急な提案に首を傾げざるを得ない。まさか後輩に自分の寝具を選ばせられる日が来ようとは、誰が想像できるだろうか。ひょっとしてこれもマコトの策略だったりする?

 そんな私の勘繰りを察してか、イロハは小さくため息を漏らす。

 

「ヒナ委員長」

 

「?」

 

「睡眠だって立派な趣味です」

 

「そうなの!?」

 

 衝撃の真実に雷に打たれたような思いだった。そもそも趣味探しを始めたのは睡眠を趣味としていることに疑問を覚えたからだ。それが実は問題ありませんと言われれば、私の反応も当然と言えよう。

 

「私だってサボりを趣味だと公言していますし」

 

「それはどうなの……」

 

 曲がりなりにも先輩の前でそれを公言するのはやめてほしい。いや、私以上にイブキの前ではやめてほしい。この子の教育によろしくない。そもそもゲヘナが教育に悪い? それは……そうなのだけれど……。

 まあ、一応は風紀委員会の上位組織である万魔殿の幹部。あまりとやかく言うのも角が立つというものだ。そもそもサボるとは言ってもイロハのそれは頭に「最低限の仕事をこなした上で」が付くタイプ。無暗な不真面目アピールな点に目を瞑れば気にするほどのことでもないか。これで禄に仕事をしていないならちょっと「えい!」ってする必要があったけど。

 怒るでもなく若干瞼が下がった私の視線などものともせず、イロハは話を続ける。

 

「結局のところ、趣味とは拘りの追求です。私のサボりだって、自分の休憩環境に拘っていると言い換えることもできます。サボり部屋……休憩室も常にアップデートしていますからね」

 

「名称さえまともなら、もっと素直に同意できるんだけどね……」

 

 しかし、確かにその通りだ。趣味とは拘りの追求。フウカだって日々新しい料理の探求に余念がないし、ナギサのお菓子作りもそれは同じ。そういう点では温泉を掘り当てるだけでなく、周囲の景観に合わせた施設建設まで行う温泉開発部にも当てはまるだろう。そう考えれば、睡眠の質を追求する、という意味で睡眠を趣味、ということもできそうだ。

 その一環として今回の枕選び、ということか。

 

「まあ、提案自体はイオリからなんですけどね。この間、最近枕が合わない気がするとぼやいていたそうではないですか」

 

「イオリ……」

 

 確かに仕事中にそんなことをぼやいた気がする。今の枕は使い込んでいる分少し弾力が減ったというか、どことなく厚みがなくなってきた気がしているのだ。

 しかし、独り言程度の話だったはずだが、それを覚え、あまつさえ改善案まで出してくれるとは。それに付き合ってくれるイロハやイブキもだが、いい後輩を持ったものだ。明日クッキーでも焼いて持っていこう。

 後輩たちからの心遣い。無下にするのは無作法というもの。今日はこの提案に乗ることにしよう。

 さっそく一緒に枕コーナーへと足を運ぶ。コーナーというだけのことはあり、棚一面に多種多様な枕が並べられていた。

 

「わー、これビーズクッションみたい!」

 

「本当ですね。手触りがいい。案内してなんですが、かなり種類がありますね」

 

「枕なんてこんなにじっくり見ることないものね」

 

 そんなに頻繁に買い替えるものでもないし、これだけの枕を目にする機会は多くないから無理もない。一口に枕と言っても、素材・形状・硬度などなど様々だ。聞くところによると、オーダーメイド品すら需要があるくらいに相性は千差万別らしい。

 

「この辺はちょっと高さがありすぎる気がするわね」

 

「『枕を高くして寝られる』なんて言葉はありますが、流石に過ぎれば首を痛めますよね。ここにあるものはもっと大柄な人向けな気がします」

 

 となると、目当てのものは別の棚か。手に取っていた枕を置いて視線をずらす。

 しかし、あの言葉は平和になれば襲撃対策に枕を低くせずに済む、という話だったと思うけれど、そもそも枕の高さで襲撃対策が変わるのかな。いまいち実感が湧かないのよね。そもそも寝ているところを襲撃されることがキヴォトスではほとんどないから、実践機会にも恵まれないのだ。いや、別に機会が欲しいわけではないけど。

 

「故事を覚えるためだけに寝室を襲撃はされたくないですね」

 

「当然よね」

 

「そもそも、現代ではこれだけ多様な寝具があるんですから、定石なんてほとんど意味がないと思うんですよね。私、敷布団は結構薄めが好みなんですけど、共感得られないこと多いですし」

 

「私は厚めの方が好みかな」

 

 新しい枕を手に取りながら答える。これは中のパッドの枚数を変えることで好みの厚さにできるもののようだ。

 それにしても薄い布団か。昔見たテレビで薄い布団どころか床に寝ているって人がいた気がする。絶対起きた時に身体がバキバキになっちゃうと思って試したことないけど、実は寝心地良かったりするのかな? 今度家のカーペットの上で試してみようか。

 

「あ、これ良さそう」

 

 手に取ったのは首側が少し高くなってフィットする形状のもの。柔らかさもちょうどいい感じだし、サイズ的に今使っている枕カバーもそのまま流用できそうだ。商品説明には色々と宣伝文句が書かれているけれど、とりあえず寝心地を追求したということらしい。

 近くのベッドまで持っていって、試しに使ってみる。試着ならぬ試眠? まあ、使い心地を確かめるだけ――

 …………。

 ………………。

 

「――はっ! 一瞬意識が飛んだ……」

 

「疲れが溜まっているのでは?」

 

 その可能性は確かに否定できないけれど、それにしたってとんでもない入眠力だった。ここが店内であり、後輩が近くにいると意識していなけれど普通に夢の世界に旅立ってしまっていたと思う。抗う間もない、まるで吸い込まれるような意識の飛び方だった。

 あまりにもベストフィット。これが人だったら運命を感じるレベル。他の枕には目もくれず、パッケージされた枕を棚から引き出す――前に手が止まった。

 忘れてはならない。今日は睡眠という趣味のための拘りの追求なのだ。確かにこの枕は個人的ベストフィットだけど、まだ時間も枕も十分にある。ここであっさり決めてしまうのは味気ない。

 

「他のも試してみましょう」

 

「お供します」

 

 よりどりみどりな上に保険もすでにある。存分に最高の枕を探すことにしよう。

 

 

「うーん、やっぱりこれかな」

 

 外でカラスが鳴く頃、結局最初に運命を感じた枕を取り出して呟く。

 

「そうですね。委員長が寝落ちしかけたのはこれだけでしたから」

 

 他の枕の多種多様で、良い枕はたくさんあった。けれど、イロハの言う通り意識が飛びかけるほどの入眠力を発揮したのはこれ以外になかったのだ。

 じゃあもう、これしかないじゃん。ちょっとお値段は張るけど、そこは何の問題もない。なにせ風紀委員長なので。

 パッケージには色々と商品説明が書いてあった。なにか特許技術も使われているらしい。流石にこれ以上後輩たちを捕まえておくわけにもいかないし、帰ってからじっくり読ませてもらおう。

 

「今日はありがとう」

 

「いえいえ、ただの散歩のついでですよ」

 

 本当にいい後輩だ。来年の万魔殿は安泰だろう。そもそも私もマコトもいなければ今みたいな関係でもないだろうし、風紀委員会も――私もだけど――イブキには甘い。そう悪いことにはならないだろう。

 

「あれ? イブキは?」

 

「おや、そういえば……」

 

 枕選びに熱中していて気が付かなかったけれど、いつの間にかイブキがいなくなっていた。え、本当にいつからいなかった? 少なくとも枕コーナーに来た時はいたはずなんだけれど……。

 

「すぴー、すぴー……」

 

 慌てて二人で探そうとして、可愛らしい寝息に走り出そうとした足を止める。方向転換をして、寝息の聞こえる方にゆっくり近づいていく。

 並べられたベッドの一つ。悪魔な天使が眠っていた。

 頭を乗せているのは最初に手に取っていたはずのビーズクッションのような枕。ということは、かなり早い段階から寝ていたことになる。そんなに寝て、今日の夜はちゃんと眠れるのかな?

 

「…………」

 

 イブキの生活リズムを心配する私をよそに、イロハは無言でスマホを彼女に向け――何もせずに今度はスマホ画面をぺたぺたと操作し始めた。

 

「なにしてるの?」

 

「チアキを呼んでいます。綺麗に撮ってもらいたいので」

 

 ……本当万魔殿はイブキに甘いと思う。

 次の日、新聞部の一面はイブキの寝顔で飾られていた。ちょっとだけ校内の規則違反行為が少なかった……気がする。

 

 

 空崎ヒナの趣味……睡眠、温泉巡り、虎丸での散歩、料理、水族館、音楽鑑賞、お菓子作り、傭兵バイト、給食部バイト、キラキラ部、ゲーム、掃除。

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