――きっとヒナと趣味が合うと思うよ。
そう言ってくれたのは先生だった。先生は少し抜けているところもある――むしろそこも魅力だと思う――んだけれど、こと生徒のことになると全幅の信頼が置ける。なにせ私も流石に把握しきれていない風紀委員会メンバーの誕生日を網羅していたりするのだ。先生らしいと思うし、その熱量に感動すら覚える。
そんな先生から提案されたのは、とあるトリニティ生との趣味探しを目的とした交流。
「…………ケヒッ」
相手は正義実現委員会委員長、剣先ツルギだ。私より頭一つ分は高い身体を猫背とも呼べないくらいに折っている独特の佇まい。相手を威圧し、射抜かんとするような鋭い眼光。周囲の生徒たちがこちらを見て怯えているように感じるのはそんな様子故か、それとも歩く戦略兵器などと呼ばれている肩書故か。……いや、トリニティ自治区にゲヘナ風紀委員長の私がいるからな可能性もあるけれど。
とはいえ、こうして対峙してみてわかったことがある。
「今日はよろしくお願いするわね、剣先ツルギ」
「ああ、承った」
奇抜な見た目に騙されがちだが、おそらく世間一般の認識ほど攻撃的な人格はしていない。確かに人によっては今もこちらに威嚇をしているように感じるかも知れない。けれど、実際に感じる雰囲気は随分と落ち着いたものというか、なんなら友好的という印象すら受けた。
「くっ、なぜ私がこんなことを……よりにもよって風紀委員長と休日を過ごすなど……」
むしろ、そんな剣先ツルギの後ろから睨みつけてきている羽川ハスミをどう対処するかの方が問題かもしれない。
私達は風紀委員会と正義実現委員会の長同士。状況的にはネルと遊ぶときと似たようなものだけれど、ミレニアムとトリニティでは少し話が変わってくる。というか、ミレニアムが思ったよりも緩いのだ。最近ではゲーム開発部の部室に向かう過程で気さくに話しかけられるようになっている。他校の最高戦力が校内を闊歩しているのに……おかしくない?
まあ、ミレニアムの異常なアットホーム感については置いておこう。
長年犬猿の仲であり、結局エデン条約も結ばれなかったゲヘナとトリニティ。その最高戦力同士が顔を合わせる。万一、億が一敵対し戦闘、ということになってしまえば大事だ。羽川ハスミはそんな状況を未然に防ぐための監視役……と思っていたのだけれど、今の状況を見るになんだか違う気がしてきた。
「ハスミのゲヘナ嫌いは筋金入りだが、相手がゲヘナだからと安易に銃を向けることはしないし、させない。気にしないでおいてくれ」
むしろ、当の剣先ツルギが監視役みたいなことを言ってくる。ではなぜ羽川ハスミをここに? ナギサたちの考えがよくわからない。目的としては監視役なのは間違いないだろう。
こちらのイロハのように。まあ、イロハに関しては“私の”監視役だと思うけど。
「ハスミさんのゲヘナ嫌いの一端はマコト先輩にあるんで、正直他人事じゃないんですよね」
「え、そうなの?」
初耳なんだけれど。何やってるのマコト。これはそろそろパンチ? パンチが必要?
「あれは間が悪かったという話だ。マコト議長が悪いわけじゃない」
「そう言っていただけるとありがたいんですが……」
「本当に何があったのよ……」
苦笑を漏らす剣先ツルギに文庫本片手にため息をこぼすイロハ。その様子を見る限り、事故のようなものだろうか。後でイロハに事の次第を確認しておこう。パンチかどうかはそれ次第ということで。
四人で連れ立ってトリニティの街並みを歩く。流石にメンバーがメンバーなだけに……というか、ゲヘナ生然とした身体特徴のある私のせいだろうか。否が応でも視線を集めてしまっていた。
「それにしても、お願いした側の私が言うのもなんだけれど、こんなに目立ってしまって大丈夫なの?」
正義実現委員会のツートップがゲヘナ生とつるんでいる。かなりスキャンダラスな状況なのでは……?
そんな私の質問に、独特の姿勢のまま隣を歩く剣先ツルギはじっと前を見つめたまま答える。
「問題ない。むしろナギサ様としては、ゲヘナとの融和の足がかりとしたい考えのようだ」
「なるほど。彼女はまだ諦めていないのね、エデン条約を」
破談、というか有耶無耶になってしまったエデン条約。しかし、なにも変わらなかったわけではない。シャーレを中継したとはいえアリウスに対して部分的に共闘もできたし、あの出来事があったからこそ生まれた交流も存在する。一歩とも言えないにじり寄りのような小さな違いだが、ナギサはそれを無駄にしたくないのだろう。そんなただでは起きない強かさは、流石トリニティのトップを務めるものと言ったところか。
それならば存分に利用してもらおう。私だって彼女の同志なのだから。
「まあ、実際良い人選だと思いますよ。今日のヒナ委員長がいてトリニティでゲヘナの不良がバカをやらかすなんてありえませんし」
「「「?」」」
「いえ、お気になさらず。こっちの話です」
イロハがよくわからないことを言うので、三人揃って首を傾げた。確かに私自身、自分に抑止力としての役割があることは自覚しているけれど、そんなもので問題児たちが完全に止まるなんてことはないと思うのだけれど……。いや、別に暴れてほしいわけではないんだけどね?
まあ、もしものことなんて考えても意味はないか。なんならナギサ的には仮にトラブルが起きてもゲヘナとトリニティで共闘したという実績に利用しそうだし、今は本来の目的に集中するとしよう。
「それで、あなたの趣味を教えてもらうという話だったわけだけれど……」
「ああ、あそこだ」
顎でしゃくった先に視線を投げる。道の突き当りに一際大きな建物が建っているのが見えた。
トリニティの上品な街並みに合わせた造り。他と違うのは、その外壁に貼られた複数のポスターだ。実写、アニメ、CGと複数あるそれは、どれも見覚えがある。ゲヘナでも同じポスターが掲載されているからだ。
「映画館?」
「ああ。映画鑑賞が趣味でな」
意外だ。
抱いた感想を口に出さなかったのは偏にそれが失礼に当たると思ったからだ。いや、意外と思いつつ、ではどんな趣味を持っていると思ったのかと聞かれると即答はできないのだけれど。彼女のことは戦闘面の情報くらいしか持っていなかったし。
それにしても映画か。思えば趣味らしい趣味の一つと言えよう。なんなら自力で見つけ出しても良さそうな趣味なのだけれど……カケラも思い至らなかったのは私の引き出しが圧倒的に不足しているせいか。まあ別にいいけどね。おかげでこうして剣先ツルギと話す機会がにもなったし。
内心若干凹みつつ、後をついて中に入る。
建物の中はゲヘナにもある映画館とあまり変わらないように見えた。券売機、パンフレットなどが売られている売店、飲食品を販売しているカウンター。壁際には放映予定らしい映画のポスターが並べられ、ところどころにあるモニターには映画の予告が流れている。
見慣れない外観と見慣れた内装のギャップに戸惑っていると、スタスタと券売機へ向かった今回の案内役がチケットを四枚買って戻ってきた。どうやら観るものはすでに決めていたらしい。
「何を観るの?」
「これ」
差し出されたチケットを受け取り、印字されたタイトルに目を落とす。肩越しに同じくチケットを見ていたイロハが「ほう」と小さな声を漏らしたのが聞こえた。
書かれたタイトルは見慣れない、けれどなんとなくどういうものかわかるもので。
「恋愛映画だ」
意外だ。
今度は口に出てしまった。
映画の魅力といえば充実した音響と巨大なスクリーンから与えられる臨場感だろう。同じような機器を一生徒が揃えるのは難しく、故に需要がある。
そして少ない経験ながらその設備を遺憾なく発揮できるのはバトルモノやファンタジーモノといった「動きが多い作品」だと思う。聞いた話では、最近は映像に合わせて座席が動いたり、風や香りなんかでさらに臨場感を出すシステムもあるらしいからなおのことだろう。
恋愛映画はそんな映画設備の魅力を活かせないのでは? と感じていた。もちろんファンタジー映画の恋愛描写とか、途中に挟む分にはその限りではないと思うけれど、主軸とするにはインパクトが弱いように思えたのだ。
そう。そんな偏見を持っていた。
「よかった……」
「うん、とてもいい……」
とんでもない誤解だった。完全な誤認だった。恋愛は映画でやるべき題材だった。
大画面で繰り広げられる甘いやり取り。高品質な音響だからこそ伝えられる細やかな感情の機微。自宅では決して味わうことのできない、劇場ゆえの感動がそこにはあった。
「自転車の二人乗りのシーン、憧れてしまうわね、ツルギ」
「ああ、ヒナ。背中に抱きついて身を任せる。一度はやってみたい……」
二時間弱の映画を終え、隣接した喫茶店に入った私たちは紅茶で時折唇を濡らしながら感想を語り合う。
今回の映画は先生と生徒の恋愛模様を描いたもの。なんでも、シャーレができて――先生が来てからというもの、この手の恋愛モノの創作物は増えているらしい。くっ、キヴォトスで活動するクリエイターとは需要というものをよく理解しているみたいね。こんなの感情移入するなという方が無理じゃない。
いやしかし、そういう私達側の事情を抜きにしても映画は出来が良かった。少しずつ縮まっていく互いの距離。気持ちを言葉にできないもどかしさ。甘酸っぱいとしか表現できない青春の彩りを目で、耳で、肌で、心で感じ取れる俳優の演技。
「花火のシーンなんて、原作で知っていても思わず息を飲んでしまいましたね」
「原作?」
会話に入ってきたイロハに首を傾げると、ツルギが鞄から一冊の本を取り出した。そのタイトルはさっき見たものとまったく同じもの。
「あの映画はこの小説が原作なんだ」
「原作の方が女の子のモノローグが多くて、より剥き出しの感情が感じられますよ」
「っ……!」
理解した。これは沼だと。手に取ったら最後、決して逃れることのできない底なし沼だと。
「これは貸そう。ぜひ読んでほしい」
す、とテーブルを本が滑る。私の目の前にやってくる。
今、私は沼の淵に立っている。ここで踵を返せば引き込まれることはないだろう。逃げるならばここしかない。
それを理解して。両の足の筋肉が軋むほど力を込めて。
私は――
「……お借りします」
その沼に飛び込んだ。
まだ読んでいないなど瑣末事。あの映画を見て、読まないという選択肢は存在しない。受け取った時点で沼にヘイローまで沈んだも同然なのだ。
しかし、私は後悔などしないだろう。
「今度小説の感想会もしよう」
「読み終わったら、同じ作者の過去作も貸しますね。全巻持ってますから」
かけがえのない友人たちに囲まれて、私は今間違いなく幸せなのだから。
ツルギに借りた本を読むのは一旦置いておいて、私たちは映画について語った。語って語って、せっかくお店が拘っているらしい紅茶が冷めてしまうまで語り続けた。
「紅茶がなくなってしまったわね」
「まだ語り足りない……」
けれど、まだ語り足りない。なんなら一度語ったシーンの感想をもう一度言いたいくらいだ。
「追加注文しましょうか」
「ええ、そうしましょうか」
とはいえ、ここは喫茶店。飲み物もなしで席を占領するのは気が引ける。
イロハの提案に同意して、メニュー表に手を伸ばそうとして――定位置からなくなっていることに気がついた。
どこに行ったのかと周囲を探すと、真剣な顔でメニュー表を見つめる羽川ハスミの姿が目についた。
同時に、その目の前に積まれた皿の山も。
え、その皿は一体なんなの? 所々についたクリームやチョコを見る感じ、デザートのお皿? それ全部? 食べたの? 一人で? 一人で!? その量のお皿が積み上がってるの、アカリの食事跡くらいでしか見たことないんだけど……。
「そういえば話に入ってこないなと思っていましたが……」
「いつものことだ。映画には付き合ってくれるんだがな……」
「すみません。このスペシャルパフェ、チョコとストロベリーを一つずつお願いします――ん? どうしました?」
「「「…………」」」
花より団子。私達の頭の中は、そんなことわざで統一されたのだった。
空崎ヒナの趣味……睡眠、温泉巡り、虎丸での散歩、料理、水族館、音楽鑑賞、お菓子作り、傭兵バイト、給食部バイト、キラキラ部、ゲーム、掃除、映画鑑賞。