「うーん……」
とてとてと自治区内を歩くこと数時間。成果らしい成果を禄に出せずにいた。
まあ、そもそも普段特別興味を持つ事柄がなかったから――あるいは忙しさのせいでなにかに興味を持つ暇がなかったから――睡眠を趣味にしていたわけで。趣味を探そう、と意気込んだからと言って、歩いているだけですぐに趣味になりそうなものを見つけられるわけもないというのは当然と言えば当然か。
こうして周囲を眺めながら散歩をするのも趣味といえば趣味かしら。いや、風紀委員長の私がやると、それはただの巡回じゃない?
今のこの行為すら仕事認定してしまいそうになる思考を散らして、歩き慣れたゲヘナの町並みを進む。仕事の都合上、いろんな自治区に赴いてきたけれど、文化的特徴が随所に見られるトリニティや百鬼夜行などの自治区や技術力を押し出しているミレニアムあたりと比べると、ゲヘナの町並みはなんというか……普通? な印象を受ける。一番近いのはアビドスだろうか。衰退の原因である大量の砂がなければ、どちらがどちらの自治区か判断できないかも――
「いや、流石にそれはないか」
そこまで考えて、首を横に振る。なにせ、ゲヘナは自由と混沌の街。事件発生頻度が他自治区と比較して群を抜いているのだ。確かに町並みそのものは似通っていても、その空気感まで最盛期アビドスと同じということはないだろう……全く嬉しくないことにね。
それにしても……。
「なんだか、今日は平和ね?」
日も随分と高くなり、休日ということで人通りも多い。だというのに、今日は平和そのものだ。人口密度の高さゆえの喧騒こそあれど、怒声や銃声は聞こえてこない。アコたちが頑張っている、というよりも、そもそも問題が起きていないようだ。
まさかゲヘナにこんな平和な時間が存在するとは……普段からこうなら、私もらくなのだけれど。
まあ、たまたま今日だけなんだろうな、と内心ため息を漏らす。
「あら?」
「げっ」
ふと、一人の生徒と目が合った。私の姿を見咎めた彼女は女の子らしくない声を漏らすと、そそくさと離れていく。
最初、彼女の被っている白主体のヘルメットからどこかのヘルメット団か日雇い傭兵かと思ったけれど、見覚えのある煤けた白のタンクトップに気がついた。風紀委員会としてはあまり嬉しくない馴染み深さだ。
そんな彼女が逃げるように入っていった建物に目を向ける。周囲に溶け込む外観をしているけれど、その玄関口には見覚えのあるマーク――温泉開発部のエンブレム――がはっきりと自己主張していた。さらに視線を上に上げれば、天へと伸びる無骨な煙突が二本。とはいえ、煙らしきものが出ている様子はない。
さっきゲヘナは他自治区と比べて特徴が薄い、と言ったけれど、よくよく考えればそんなゲヘナにも特徴と言えるものはあった。正確にはここ二年ほどで特徴になってしまったと言うべきなのだけれど。私達からすれば不名誉極まりないのだけれど。
まあ、それはこの際置いておくとして。
その特徴というのが先程の生徒、温泉開発部員が入っていた温泉施設だ。
ゲヘナにはこの手の施設が乱立している。その大半が温泉開発部がこの二年弱で源泉を掘り出し、箱を用意したものだ。他自治区にも温泉開発部謹製の施設は多少存在する――その際のトラブル故に彼女たちはキヴォトス二大テロリストなんて呼ばれているのだから、全く褒められたことではない――けれど、やはり施設数で言えばゲヘナが圧倒的だ。場所によっては目と鼻の先に施設が建っている、なんてこともある。
ところで、目の前にあるこの施設は温泉というより銭湯なのではないだろうか。あまり詳しくはないけれど、銭湯は源泉みたいなものがなくて、普通にお湯を湯船に入れている認識なのだけれど、それでいいなら毎日のように温泉を求めて町中を爆破掘削なんて迷惑なマネをしなくてもいいのでは?
……まあ、彼女たちの行動に理屈を求めること自体が間違っているのかも。
考えても答えの出なさそうな疑問を頭で打ち消して、改めて目の前の建物を見てみる。街に溶け込みつつ、年季の入った外観。たぶん築一年未満の新築なはずなのだけれど、普段からトラブルの絶えないゲヘナにあるせいで劣化も早いのだろうか。
「…………」
少し考えて、ドアノブに手をかける。
ゲヘナでも最大規模を誇る温泉開発部。それだけの人気がある温泉は十分趣味になるのでは? と考えたからだ。
幾度となく取り締まりで敵対しているけれど、彼女たちが経営している店に入るのはこれが初めて。彼女たち、自分の店では問題を起こさないし、不良たちも規模の大きい部活を敵に回すことは避けたいのか、生徒間トラブルのような話も聞かない。……それならどうして皆ウチには喧嘩を売るんだろう。ゲヘナの不良ってよくわからないわね。
そもそも、こういう経営店舗の売上資金が次の温泉開発――という名目の破壊活動に充てられるのだ。その時点で風紀委員会的には利用することが憚られる。対処を強いられるのは自分たちだしね。
とはいえまあ……使われる爆弾の量が増えたら増えたで、全部まとめて叩けばいいだけだし。あんまり気にしなくてもいいかも。
ドアノブに添えた手に力を込めて引くと、ギ、とこれまた年季を感じさせる軋みを鳴らしながらガラス張りの扉が開く。
「い、委員長!? なぜここに……っ」
まさか中にまで入ってくると思わなかったのか、さっきの温泉開発部員がアサルトライフルをこちらへ向けてくる。その雰囲気に反応したのか、番台に腰掛けている生徒も同様に顔を強張らせていて、加勢してくるのは秒読みの状態。
流石にここで銃撃戦はよろしくない。二人が引き金を引く前に手で制する。
「安心して。今日はただのお客さんだから」
「え、あ……そう、なのか……?」
「風紀委員長、温泉入りに来たんですか?」
「うん」
一瞬「お客さん」という単語の意味が理解できなかったのか、番台からの質問に頷く私にアサルトライフルを構えた生徒の動きが止まる。そんな彼女を放っておきながら備え付けのスリッパに履き替えていると、ようやく風紀委員会の活動ではないと納得したようで、まとっていた空気がふっと緩んだ。
無駄な争いをせずにすんだことに、内心ほっと息をつく。いや、そもそも店に入っただけであの反応もどうなのと思うのだけれど。
「そもそも、お店を襲撃なんてしないわよ。あなたたち、最近のテロ行為では実行犯になってないでしょう?」
「テロじゃなくて温泉開発……いや、なんでもない」
被害の頻度が多いとは言っても、所詮数年前の“アレ”に比べればちょっと手のかかる問題児たち程度。違法性のない――建設段階で違法な場合はあるけど――お店まで来て摘発するほどではない。もしこっちがそこまで躍起になるなら、この子達授業を受けることもままならなくなるし。
「あれ? けど今日って……むぐぐ」
「言うな!」
「?」
なにか言おうとした番台の子の口が塞がれる光景に首を傾げつつ、その近くに添えられた値段に目を落としてスマホを取り出す。
「高校生一人」
「ぷはっ、はーい」
「本当に客なんだ……」
決済機にスマホを近づけると小気味いい電子音と共に会計が終わる。電子決済って財布を取り出す必要がないから便利でいいわよね。手間が少ないって本当に素敵。まあ、未だに現金のみのお店とかもあるから、財布が完全にいらなくなることはないんだけれど……ハッキング事件とかも無視できない頻度で発生するから、アナログ需要は消えないのよね。
あ、そういえば。
「そういえば、タオルとかはあるかしら? 気分で立ち寄ったから、なにも持ってきていないの」
温泉に入るために出かけたわけではないから当然だけれど、お風呂アイテムなんてなにも持ってきていない。利用料金欄にタオルの記載があるのを確認して、再びスマホを取り出す。
「タオルなら無料で貸し出してるぞ。銘柄とか気にしないなら、シャンプー、リンス、ボディソープは備え付けがある」
「無料なの?」
しかし、予想に反した答えに思わず動きが止まった。そんな私に、件の温泉部員はニカリと清々しい笑みを返してくる。
「我ら温泉開発部はキヴォトスの全てに温泉を提供することこそが至上命題! 今日の委員長のように、予定なく来訪した者にも最高の温泉体験を提供するのが寛容なのだ!」
「……って、部長がよく言ってます」
「ああ……そうなの」
番台の生徒の補足に、なんとも気のない返事をしてしまう。
本当、お題目だけは立派なんだから……いや、だからこそ余計に性質が悪いのだけれど。
風紀委員会からすれば、いや、風紀委員会以外からしても彼女たちの温泉開発という名目の破壊活動は九割方迷惑行為であり、ゆえに美食研究会と並んで悪名高きキヴォトス二大テロリストに位置づけられている。けれど、そんな集団の長である鬼怒川カスミが未だ矯正局送り、つまり破壊の権化たる厄災の狐と同じ扱いを受けていない理由がこれだった。
掘り当てた温泉はすぐさま整備され、市民へ別け隔てなく提供される。施設経営でのトラブルもほとんど存在しない。
つまり、温泉開発部の活動には一定の公共性が存在するのだ。
確かに破壊行為は問題だけれど、利点も存在する。結果、連邦生徒会が出張るほどではないという評価に落ち着いているというわけ。
まあ、それで仕事が増えるのは私達だから、喜べばいいのか悲しめばいいのか……。
そういえば、どうしてタオルが無料なのに料金表にタオルが?
「あ、このタオルは温泉名と温泉開発部のロゴがついてる当店オリジナルタオルなんです」
「お土産みたいなもの……ということ?」
私の視線に気づいたのか、番台の子がニコニコ笑顔で説明してくれる。
「はい! 温泉巡りのグッズとして、集めている人もいるんですよ。委員長さんもどうですか?」
差し出されたタオルを見れば、説明通り白い布地に青い塗料で看板に書かれていた名称と温泉開発部のマークが印字されている。貸出のタオルには印字がないあたり、こちらは完全に商品という扱いなのだろう。
それにしても、タオル蒐集、そういうのも趣味としてあるのね。
…………。
………………。
「申し訳ないけれど、遠慮しておくわ」
少し考えて、首を横に振る。番台の子が目に見えて落胆する姿に少し心が痛んだ。
「なんだ、買わないのか」
「興味深いけれど、あまり食指がね……」
趣味を探している最中ではあるけれど、無作為に何でも手を出すのも違うと思う。そもそも、蒐集目的ならこのタオルは使わずに保管、もしくは飾ることになるわけで、自分がそれをしている姿が全く想像できなかったのが最大の理由だったりもする。
とはいえ、蒐集方面の趣味、という方向性自体は悪くなさそうだ。今後の参考にしよう。
貸出用のバスタオルとフェイスタオルを受け取って、女湯の赤い暖簾をくぐる。するとすぐにロッカーの集団が出迎えてきた。
適当に空いているロッカーを開く。分厚い木板で囲われた私の身長と同じくらいの高さがある直方体の空洞。その底には竹製の編み籠が収まっている。
愛銃を先にロッカーに入れ、服を脱ぎ、軽く畳んで籠に入れていく。
聞こえてくるのは引き戸越しからまばらに聞こえる水音――音がまばらなのは、休日とは言えまだ日の高い時間だからだろうか――と自分が立てる布擦れの音。それと更衣室の壁に複数設置された扇風機の風切り音くらい。
やがて生まれたままの姿になった自分の身体をタオルで隠し、くもりガラスでできた引き戸を開ける。
むわり、と熱気が頬を撫ぜた。
まず目に入ったのは巨大な絵。鮮やかな青を基調として、海辺から見たヒノム火山のような山が壁一面に描かれている。ワイルドハント芸術学院の生徒にでも描かせたのだろうか。圧巻の迫力だ。
戸のそばにピラミッドのように積まれた黄色い洗面器を一つ取り、絵があるのとは別の壁――恐らく男湯と隔てている壁だ――に並んだシャワーの前に置かれた、これまた黄色いバスチェアに腰掛ける。蛇口に繋がっている赤いボタンを押すと、蛇口からお湯が出てくる。湯気を立ち上らせて流れる湯の束は、直下に置いていた洗面器の八分目くらいで自然と止まった。節水のためのシステムだろうか。
「……ふぅ」
少し熱めのそれを右肩からかける。じわりと身体の奥に熱が伝わっていく感覚に、自然と息が漏れた。
もう一度お湯を出して反対の肩からかけ、全身を程よく温め、今度はシャワーノズルに繋がっているステンレス製のボタンを押す。強い勢いでシャワーから湯が出てきて、髪を濡らしていく。
けれど――
「む……」
髪を半分も湿らせることができずに湯の出が止まり、思わず口から不満の声が溢れた。
いや、この不満は贅沢というものだろう。
十秒程度で止まってしまうここのシャワーだが、アコやチナツならそれくらいで十分だろうし、イオリくらいの量でも多くて二回と言ったところだろう。
それに対して、私の髪はかなりのボリュームがある。それを想定しろとは少々酷だと思う。
まあ、仕方ないとは思うけれど、これから髪を洗い終えるまでに何度このボタンを押すことになるのか。それを考えただけで、頭の中に「面倒くさい」が膨れ上がる。
とはいえ、じゃあ洗髪をやめるか、とは流石にならない。女の子なので。
「ちょっと待ってな」
「え……?」
仕方なしに再度ボタンに手を伸ばそうとしたけれど、その前にドライバーを持った手に遮られた。
顔を上げると、自分と同じく何も身につけていない先ほどの温泉開発部員の姿。
「これくらいか? いや、もうちょっといけるな……よし!」
なんでここにいるんだろう? そんな疑問に首を傾げている間に彼女はきゅぽっとボタンを引き抜き、差し込んだドライバーを手際よく繰る。ものの数秒で作業を終えたようで、すぐにボタンは元通りの姿に戻った。
「ほら、使ってみな」
「え、ええ……」
促されるままにボタンを押し、髪へとかけていく。
…………。
「止まらない?」
明らかに先ほどよりも長く流れ続けるシャワーに思わず素直な感想が出る。そんな私に温泉部員はくく、と喉を震わせる。
「止まらないわけじゃないぞ。三十秒くらいは保つようにしたけど」
なるほど、先程やっていたのはシャワーの利用時間を伸ばすための調整だったらしい。
「随分とサービスがいいじゃない」
「ま、今は人も少ないし、委員長の髪じゃ苦労するのは目に見えてたからな」
「そう」
隣で自分の身体を洗い始めた彼女に短く返して、洗髪を再開する。
互いの間に置かれたシャンプーボトルからシャンプーを取り、試しに手元に持ってきた後ろ髪につけて洗い始めると、段々と泡がでてくる。自宅で使っているもの――特段こだわりがないので、アコにおすすめされたものだ――に比べると多少泡立ちが悪いけれど、まあ十分だろう。
追加でシャンプーをもらい、シャカシャカと髪全体へと指を通していく。
「? どうしたの?」
「いや、洗うの大変そうだなぁと」
ふと視線を感じて顔を向けると、身体を泡まみれにした温泉部員がじっとこちらを見ていて、そんな感想を漏らす。
大変。大変か。いや、ボブカットの彼女からすれば、私の髪は四倍くらい……ひょっとしたら五倍? まあそれくらい量がある。短髪の子からすれば大変そうに見えるものなのかもしれない。
「毎日ずっとやってることだから、あんまり大変とか思ったことがないわね」
「そんなもんかぁ」
とはいえ、実際にはそこまで大変ではない。というか、なにも考えていない、が正しいかもしれない。そもそも身体を洗っているときって基本無心か、一日の振り返りをするくらいだし。たぶん、急にバッサリセミショートくらいに髪型を変えたとかでもしない限り、洗っていることに意識が向くことはないんじゃないかな?
その後、リンスもつけて身体も洗い終わる。結局髪はシャワー一回分では洗い流しきれず、隣から驚愕の声が聞こえたけれど、聞かなかったことにした。
髪をまとめ、足からゆっくりと湯船に沈めていく。
「あぁ……」
水温は家で入るよりも少し高め。けれど、入れないほどではないし、むしろこれくらいが適温にすら思えた。
タイル張りの浴槽の縁に背中を預ける。浮力で足が少し浮き上がって、ふわふわと透明な湯の中を揺蕩う。
そういえば、温泉なんて何年ぶりだろうか。身体から疲れというかなんというか、不要なものが抜けていく感覚に目を細める。
こうして温泉を楽しんでいると、彼女たちがあれだけ熱弁する理由もわかる気がする。
「お気に召したか?」
「ええ、いいお湯ね」
まあ、勝手な温泉開発までする理由は全くわからないけれど。
なにはともあれ、温泉……いい。自宅のお風呂とは比べ物にならない大きい浴槽――体格の関係で家のお風呂も十分広いけれど――は開放感があるし、それをまだ日の高いうちから享受するのも謎の幸福感がある。
「……すべすべする」
なんとなくお湯から腕を上げると、表面が化粧水をつけたようにぷるぷるしていて、自然を口元が綻ぶ。
「この温泉はアルカリ性単純温泉ってやつでな。古い角質を落としてくれるんだよ」
「流石に詳しいわね」
「全部部長の受け売りだけどなー」
「…………」
そういう温泉への造詣の深さも、鬼怒川カスミが支持される要因なのだろうか。そういえば、前に美人の湯とか言って仲間を増やしていたこともあった。生徒たちからすれば美容は気になるだろうし、湯治という言葉があるくらいだ。怪我が絶えないキヴォトスではその方面での勧誘も考えられる。
本当に厄介で面倒な子。
まあ、今はそんなこと考えても仕方ないか。
思考を放棄して、再び極楽に身を任せるのだった。
「お客様、どうぞこちらへ」
「ん?」
温泉を堪能し、脱衣所で水気を吸ってしんなりした髪の水気を拭っていると、先に上がっていた温泉部員がレストランのウェイターでもマネているのか、大きい鏡の前に用意された椅子に促してきた。
とてとてと腰掛けると、備え付けのドライヤーを当ててくる。髪を乾かしてくれるみたい。
「本当にサービスがいいわね」
「せっかくお得意様が増えるチャンスだからな」
「……言っておくけど、温泉開発を容認することはないわよ?」
「あー、ドライヤーで何言ってるか聞こえなーい」
「…………」
「ジョーダンだって」
鏡越しに三白眼を向けると、ケラケラとおどけた声が返ってくる。まあ、本人も言葉通り冗談だったのだろう。そもそもこんなことで買収されるようなら、風紀委員なんてやっていられない。
そのまま彼女に髪のケアを任せると、存外丁寧な手つきで心地いい。気持ち良すぎて、少しうとうとしてきそうなくらいだ。
「うお、こうして見るとボリュームすごいな」
乾くにつれて、ぺたりとまとまっていた髪が広がり、いつもの髪質に戻っていく。確かに、こうしてビフォーアフターを改めて見ると、我ながらなかなかの毛量にちょっとびっくりする。イロハほどではないけど、癖っ毛気味だから余計にそう感じるのかもしれない。単純な髪の長さなら、ミレニアムのあの子の方があったと思うけれど、あの子は綺麗なストレートだしね。
「よし、こんなもんかな」
「ありがとう」
少し名残惜しさを感じつつ、制服に身を包む。
そう。名残惜しさを感じているという事実に、私は確かな手応えを感じていた。
温泉巡り、趣味としてはかなり合っているかもしれない。しかも日頃のリフレッシュにもなる一石二鳥で、遺憾ながら、本当に遺憾ながら数も想像回りきれないくらい存在する。本格的な趣味にするかは置いておくとして、候補としては最初からなかなかいい線をいっていたのではないだろうか。
「ありがとうございましたー」
番台の子に見送られながら、意気揚々と外へ出る。この調子で色々試してみれば、他にも良さげな趣味が見つかりそうだ。
あ、そういえば。
ふと立ち止まって、少し遠目になった温泉に目を向ける。
「銭湯じゃないなら、あの煙突はなんのために……?」
温泉でリラックスしすぎて、聞き忘れてしまった。
なお、後日教室で温泉部員に聞いたところ、「雰囲気があるだろう!」とか熱弁された。
うーん、温泉開発部、やっぱりちょっとよくわからない部活ね。
空崎ヒナの趣味:睡眠、温泉巡り。