やってきた休みの日、私は悩んでいた。
今日の休みは平日。特段のトラブルもなく授業を終えて放課後になったわけだけれど、この後の予定が決まっていないのだ。
前の休みで温泉巡りという趣味に出会ったわけだけれど、個人的には温泉は人の少ない昼にのんびり入りたいし、極論休みじゃなくても行ける。そう考えると、この時間を新しい趣味探しに充てる方がいいと思ったのだけれど……また目的もなくぶらついていては日が暮れてしまうかもしれない。大まかでいいから、方向性を決めて動きたい。
「うーん……」
とはいえ、そんなにサクッと方向性が決められるなら、今こんなに悩んでいるわけがないのよね。
「とりあえず商店街の方にでも――」
「あー! ヒナ先輩だー!」
目的地だけでも決めておこうか、とハードルを下げて考えていると、後ろから声をかけられた。同年代というには幼さが強く出ているそれが誰のものなのか、なんて考えるまでもない。
「こんにちは、イブキ。イロハも一緒なのね」
「こんにちは、ヒナ先輩!」
「どうもどうも」
振り返って挨拶を返すと、声の主であるイブキが余り気味の袖を振り回すように手を振ってきている。そのすぐ横にいるイロハは気だるげ――そう見えるだけで、彼女はこれが平常運転だ――に会釈してきた。
二人とも風紀委員会の上部組織である万魔殿の議員であるが、特段仲が悪いわけではない。というか、マコトが嫌がらせをしてくるだけで、イロハはなんだかんだ文句を言いつつやるべき仕事はしっかりとこなす――結果、風紀委員会への嫌がらせを実行したりもする――し、イブキはゲヘナでは天然記念物レベルのいい子なのだ。仲が悪くなる理由がない。……改めて考えると、なんであの上司、うちに嫌がらせばかりしてくるんだろうか。普段のゲヘナ行政は卒なくこなしているのに。彼女の奇行はよくわからない。
最近嫌がらせの頻度が多いし、今度ボコしに行こうかな。
「巡回に行くの? 偉いわね」
「巡回じゃないよ? イロハ先輩とお散歩に行くの!」
「……お散歩?」
「うん! お散歩」
イブキとの会話に首を捻る。イロハに視線を向けると、すっと目をそらされた。散歩は事実らしい。
なぜ私が巡回と思ったのか。それは単純で、二人が徒歩ではなく、万魔殿が所有する戦車、虎丸――正式名称は超無敵鉄甲虎丸、だっただろうか。誰がつけたんだろう……――に乗っていたからだ。
イロハが虎丸で自治区の巡回をする姿はよく見ていたから、てっきり今回もそれだと思っていたのだけれど……あ、よくよく見ると砲身にくくりつけられている吊り下げ看板が「巡回中」ではなく「散歩中」になってる。
「一応巡回も兼ねてますけど、今日は散歩がメインですから」
「巡回を兼ねてるならわざわざ看板を変える必要はないんじゃ……?」
「あります」
「あるんだ……」
そんなに重要なんだ、この看板。
「例え名目でも巡回がメインなったら、それは仕事じゃないですか。これは息抜きなんです。心の安寧を保つために、そこはしっかりしないと」
「わかるような、わからないような……」
ダウナーに熱弁という器用なことをしてくる後輩に苦笑い。彼女にも色々とポリシーがあるということなのだろう。
それにしても、戦車で散歩というのは各学園が多少なりともそれを保有しているとはいえ珍しいのではないだろうか。いや、そういえば、美食研がトリニティのアクアリウムを襲撃したときに協力してくれた子が正義実現委員会の戦車で海に行ったという話をシャーレで聞いた気がする。私が知らないだけで、結構ポピュラーなのだろうか。
「あ、そうだ!」
「ん?」
一般的なのは自分か周りかと思考を巡らせていると、イブキが楽しそうな声を上げる。顔を上げると、ハッチからこちらへ身を乗り出してきた。
「ヒナ先輩、今日お休みなんでしょ?」
「ええ、そうよ」
前からだけれど、なぜか私の休みって結構な子たちに把握されているのよね。毎回当日の朝に決まるのに……まあ、イオリたちの方で問題が発生したって話は聞かないから問題はなさそうだけれど。問題……ないのよね? あの子達、私に黙ってアビドスに進軍した実績があるから……いやいや、だめよヒナ。ここはちゃんと皆を信じないと。
風紀委員会に関しては気になる、気になるけれど信じて脇に置いておこう。今は目の前の後輩との会話中だ。
「そうなんだ! じゃあねじゃあねっ」
質問に肯定した私にイブキは花が咲くように笑みを浮かべる。そしてマコトのマネなのか、高らかに宣言するように右手を振り上げた。
「ヒナ先輩も虎丸でお散歩しよ!」
「私も一緒に?」
「うん!」
……ふむ。
顎に手を添え、少し考える。
なかなか悪くない提案だと思う。そもそも、私はこれから趣味探しのために商店街方面まで向かうところだった。これはまあ、広い意味で見れば散歩と言っても差し支えない。そこに後輩との交流が加わるなら、この間のように無意味に歩き回るだけということもなくなる。
目線だけをイロハに向ける。彼女的にも特に問題はなさそうだ。
「それじゃあ、一緒に行かせてもらうわね」
「わーい! やったー!」
早く早くと急かしてくる声を受け、戦車の上に飛び乗る。
中に引っ込んだイブキに続いてハッチから車内に入って……思わず固まってしまった。
「どうしました?」
「なんか……部屋みたいになっているのね。やけに広いし」
上から覗き込んできたイロハに素直な感想を口にする。風紀委員会でも少数ながら戦車は保有しているが、内部はもっと無骨な造りだったはずだ。そもそも、スペース自体が稼働するための最低限しか用意されていないくらいの広さしかなかったと思う。
対して虎丸は質素な休憩室、と表現していいくらいには清潔感と広さを伴っていた。壁際には簡易ながらソファすら取り付けられていて、ミニマム嗜好であればここで生活もできそうだ。
「まあ、虎丸はマコト先輩肝いりのパンデモ戦力ですからね」
「搭乗者への配慮?」
本当に、うちに対して以外は優秀なのよね。
「いえ、『イブキも使う戦車が狭苦しくてはいかん!』と」
「私の感心を返してほしいっ」
本当に。さっきちょっと見直したことを謝ってほしい。それは今度ボコにするときの拳に乗せておこう。
「ま、イブキのためと言われれば否とは言えないんですけどね。そもそも私達にも恩恵がある改造ですし」
「? 今イブキのこと話してた?」
「マコト先輩がイブキに優しいって話をしてたんですよ」
ソファ脇に置かれていたクーラーボックスからジュースのペットボトルを持ってきたイブキに、イロハはさらりと合っているような間違っているような曖昧な回答をする。誤魔化すのが手慣れているわね、この子……大筋として間違っているわけでもないし。
まあ、目的は置いておくとしてもこの改造は有用と言えるかも。虎丸が運用されてから、万魔殿の戦車隊の成果は伸びているというデータもある。単純に性能の結果だと思っていたし、その面も無視できない程度にはあるんだろうけれど、搭乗員のモチベーション維持に一役買っているのも事実だろう。
うーん、これは……うちでも虎丸を導入するべきだろうか。今度戦車乗りの子たちに聞いてみよう。
「それにしても」
「ん?」
「いえ、随分熱心に見ているなと」
「そう?」
そんなに関心深く映ったのだろうか。いや、実際結構興味を持っていかれていたかも。なんだかんだよその戦力――風紀委員会と万魔殿をして「よそ」と言っていいのかは疑問が残る――を注意深く観察する機会はそうそうないし。
それにそもそも――
「戦車って久しぶりに乗るから、そのせいかも?」
「そうなんですか?」
「だって戦車の主砲撃つより銃撃ったほうが強いもの」
「……それが言えるの、キヴォトスでも十人もいないと思いますが」
「ヒナ先輩強いもんね!」
まあ、ため息をつくイロハが正論なのだろう。そうでなきゃ、相当数の組織が戦車を運用している意味がないし。風紀委員会? うちは歩兵メインで戦車はおまけみたいなところあるから。隊ってほど数もないし。
そんなこんなで、あまり戦車に触れてこなったというわけ。移動も普通車の方が取り回しもメンテナンスも楽だもの。
けれど、こうして改造を施された虎丸を見ていると……戦車も案外悪くないかもしれない。なるほど、床に固定してしまえばソファもおけるということは、椅子や机もおけるということ。
つまり……。
「防衛能力のある移動式執務室……ありかも」
「やめてください。私達の憩いの場をワーカーホリックに染めるのは」
ぽしょりと呟いたら、イロハに止められてしまった。いい案だと思ったんだけれど……気密性があるから会議にも向いているし……。
「だめだよ、ヒナ先輩! お休みのときはお仕事のことは考えないで楽しまないと!」
「! 確かにそうね」
そうだ。今日は休み。仕事の効率化とかよりもいかに有意義に過ごすか、今後の生活に馴染む趣味を見つけるかが重要なのだ。それを教えてくれるなんて、さすがイブキ。飛び級してくるだけのことはあるわね。
ジュースを受け取り、再びハッチから顔を出す。はしごの一番上の足場に腰を下ろすと、足の間からイブキが飛び出し、そのまま私の膝の上に収まった。
「よいしょ! へへー、見て見てピッタリ!」
私達が小柄なのもあり、狭いハッチでも問題がない。むしろ不快にならない程度に詰まるおかげで、妙に安定感があるくらいだ。
おまけに膝の上に感じる程よい重量と熱の心地よさ。よく先生が私を膝の上に乗せるけれど、なるほど、これはなかなか悪くない。
「それじゃあ行きますよ」
私達の方が問題ないことを確認して虎丸が動き出す。散歩ということもあり、時速は十キロ程度か。道路の端を歩く下校中の生徒たちをゆっくりと追い越していく。方向的に、向かうのは私の当初の予定だった商店街だろうか。
「視点が高い」
当然だが、戦車は大きい。虎丸の全高は私の倍くらいあり、必然的にハッチから見る光景は見下ろす形になる。いつもは完全に視界を通さない塀の先も上から覗くことができて、見慣れたはずの道が全くの別物に見えてしまう。変な気分というか……新鮮?
「上から見るとね、いろんなヒミツを発見できるの!」
「ヒミツ?」
「例えばね。あそこのお庭の植木鉢は猫さんたちのお気に入りなの。よく集まってるんだよ」
指差しの従って視線を向けると、民家の庭の隅に花を育てているらしい植木鉢が三つほど並んでいるのが目に入る。そしてその前に二匹の猫が向かい合って寝転がっていた。
日光浴でもしているのだろうか、と思いながらなんとものんびりとしたその光景を眺めていると、同時にこちらを見た猫たちがそそくさと塀へ飛び乗り、民家の影に消えていってしまう。
「行っちゃったわね」
「こっちが見てるとすぐ逃げちゃうんだよね……。けど、たまに図太い子がいて、こーんな顔でこっちを見返してきたりもするんだよ」
「ふふ、きっとここらへんのボスなんでしょうね」
眉間と顎にシワを寄せ、半眼で睨むような顔を作るイブキに思わず笑ってしまう。猫に当てはめてみれば、確かに図太そうというか、ふてぶてしい顔だ。
「ああ、その猫なら多分私も見たことありますね」
「そうなの?」
「旧校舎の裏で数匹でたむろっているところを見ましてね。さっきのイブキみたいな顔で睨まれたので、退散しました」
「やっぱりボス猫さんなんだ!」
イロハの補足にイブキがはしゃぐ。こうして話を聞いていると、そのボス猫(仮)に会ってみたいと思ってしまう。話で聞くだけでもわかる貫禄、実際に見るとどれほどだろうか。学内の巡回のときに探してみよう。
そのまま二人と会話をしながら上からの光景を眺めていると、あっという間に目的の商店街に着く。放課後ということもあり、随分と賑わっていた。何人か見知った顔が驚いたようにこちらを見てきたので、軽く身振りだけで挨拶しておく。
さて、いつもより視界が広いわけだし、当初の予定だった趣味探しをするとしよう。
「…………」
まずは服屋、その隣はブティック……おしゃれか。結構定番どころじゃないかしら。ただ、休みが少ない私には私服の需要が少ないのよね。いや、だからこそ特別感を出すとか……うーん、保留。
飲食店。食べることが趣味……は睡眠が趣味と同じでは? けど、美食研は活動はともかくイキイキはしているのよね。それに食べるではなく、作る方面も趣味としてはありかも……普段料理をしないから、技術力がない点に目を瞑れば……。
ゲームセンター。そういえば、シロクロとかいう人形みたいな敵を倒したときに一緒になった子たちはミレニアムのゲーム開発部、とか言っていたっけ。先生もゲームは結構やってるみたいな話をしていたし、これも趣味にできそう。とはいえ、いきなり人前でゲームをするのはハードルが高い。ゲームセンターに行くなら、先に家で慣らしてからかな? そもそもゲームってどういうのがあるのか知らないんだけれど。
「うーん……」
こうして見ると意外に候補に上がるものは見つかるけれど、今ここで手を出してみよう、となるほどのモノには出会えない。まあ、単に臆病になっているだけで、温泉みたいに実際に入ってみたら意外とすんなり受け入れられるのかもしれないけれど。
「どうしたの、ヒナ先輩?」
抱きかかえている状態なので、口の中で転がした唸り声が聞こえてしまったらしく、イブキが心配そうに見上げてくる。なんでもない、と誤魔化して頭を撫でてあげる。
「ん~……あっ!」
しばらく気持ちよさそうに目を細めていたイブキはふとなにかに気づいたように跳ねる。ハッチから身を乗り出した先へ視線を向けると、そこにあったのはたこ焼き屋の屋台。そこそこ行列ができているあたり、結構人気なようだ。
「食べたいの?」
「うん……けど、今食べたら晩ご飯入らなくなっちゃうから……」
うーん、この歳で自制心がちゃんと働いている。けれど、言葉とは裏腹に視線は屋台に釘付けだし、身体は今にも虎丸から飛び降りようとしている。
まあ無理もない。風向きの関係か、香ばしいソースの香りがかすかに届いてくるし、なにより屋台販売なせいでたこ焼きを買ったお客さんがその場で食べ始めるのだ。我慢しようとしている子には酷な条件が揃っている。
「「…………」」
イロハと視線を交わす。言葉にせずともわかる。私達の意見は一致していた。
この子の笑顔は――守護らねば……!
「じゃあ、三人でシェアしましょうか。私も小腹空きましたし」
「え?」
「そうね。それなら晩ご飯も食べられるんじゃない?」
「――うん! じゃあイブキが買ってくるね!」
とてとてとたこ焼き屋へ駆け出すイブキ。そんな彼女の後ろ姿に、なんだかほんわかした気分になる。
「ありがとうございます」
「ん? 気にしないで。誘ってくれたお礼……みたいなもの、かな?」
「ふふ、断言しないんですね」
まあ、遊び――散歩を遊びとカテゴライズしていいかは議論の余地があるけれど――に誘ってもらったお礼にたこ焼きシェアが成立するのか、改めて考えると微妙だと思う。うん。やっぱりこの程度じゃ足りないでしょ。今度プリンでも差し入れしに行こう。
「そういえば」
「?」
「なにか探し物でもしているんですか? さっきから色々と目移りしているようですが」
流石は実質万魔殿のナンバー二を張っている子、と言ったところか。観察眼が相当なものがあるようだ。いや、単に私がわかりやすかっただけかもしれないけれど。
うーん……別に隠していることじゃないか。
「実は趣味探しをしていてね。商店街ならなにか見つかるかなと思っていたのよ」
「なるほど、趣味ですか」
「そ。イロハは趣味とかある?」
「私ですか? 読書ですかね。あと、サボり……というと風聞が悪いですが、休憩環境の向上も実益を兼ねた趣味と言えるかなと」
読書か。図書館に借りればお財布にも優しいし、電子書籍なら嵩張ることもない。趣味としては鉄板かつお手軽な部類だろう。
サボ……休憩環境の向上というのは、部屋のインテリアとかリラクゼーショングッズにこだわるということかしら。わかるようなわからないような……寝具にこだわるというのが同じジャンルになるなら、私としても実益があるかも……?
「まあただ、ヒナ委員長の場合は傍から見て趣味を探すより、誰かの趣味に乗っかって実際に体験してみた方がいいんじゃないですかね?」
「確かに……」
言われて、特に考えるでもなく納得する。
私はどちらかと言えば自主性がない方だ。実際今日商店街を眺めていても、なにか理由をつけて虎丸から降りようと考えていなかった。根本的に自分から食指を動かすということができない。
それであれば、誰かの趣味のついて行って一緒に体験してみた方が私には合っているかも。
ただ問題があるとすれば――
「それ、相手は迷惑じゃないかしら」
私の都合に友人知り合いを巻き込むのは気が引ける。趣味とはその人の大切なものだ。それを邪魔してまで自分の体験を重視するのは忍びない。
しかし、そんな私にイロハはいやいや、と首を横に振る。
「問題起こしまくりの退学予備軍とかならともかく、大抵の生徒は、なんなら他校の生徒も快く引き受けてくれると思いますよ」
「そう?」
まあ確かに、ゲヘナの外でもアビドスの皆とかさっき考えたゲーム開発部の子たちとかは気さくな感じするし、頼んだら付き合ってくれそうだ。
じゃあ……頼ってみるか。
「ありがとう、イロハ」
「いえいえ、力になれたならよかったです。日頃のアレもありますし」
「マコトが原因でしょ? あなたは気にしなくていいのに」
「仕事だからやりますけど、なにも感じないわけじゃないんですよ……」
はあ、と大きなため息をつくイロハに苦笑してしまう。これは早々に話題を変えた方が良さそうだ。
なにかいい話題はないかと周囲を見渡して、ふと気づく。
「そういえば、今日はやけに平和ね。虎丸がいるのが抑止力になっているのかしら?」
「うぇっ!? それは……あー、虎丸もあると思いますけど、そこにヒナ委員長が乗ってるんですよ? 警備効果倍増してるんでしょう、多分」
そうなのか。私が戦車に乗ることにそんな効果があるとは……。
「それじゃあ、今後の巡回に虎丸を貸してもらっても――」
「やめてください、私の仕事が増えてしまいます」
名案だと思ったのだけれど、食い気味に否定されてしまった。残念。
「たこ焼きおいしかったねぇ」
「ええ、そうね」
「調べてみたら、百鬼夜行で人気のたこ焼き専門店の移動販売だったみたいですね。どおりで……」
たこ焼きを食べ、のんびりと虎丸に揺られていると、学園の正門が見えてくる。突発で決まった戦車での散歩もそろそろ終わりだ。
「ヒナ先輩、虎丸どうだった?」
「楽しめたわ。誘ってくれてありがとう、イブキ」
「えへへぇ」
私の感想がお気に召したのか、イブキの表情が綻ぶ。
自分の言葉に偽りも忖度もない。いつもとは違う視点で見る景色、キャタピラ特有の揺れ、ゆるい風に触れながら後輩たちとする会話。
やっていることはただ乗り物に乗って散歩をしているだけなのに、どれも新鮮で楽しいひとときだった。
「じゃあ、また一緒にお散歩してくれる?」
「ええ。ぜひ誘ってちょうだい」
そう、またやってもいいと思うくらいには。
思うに、こういう何気ないことも趣味と言えるのではないだろうか。
「うん! 約束の指切りね!」
うん。きっとそうに違いない。
「そ、空崎ヒナァ!!」
翌朝、登校途中で顔を憤怒で真っ赤に染めたマコトに呼び止められた。
「なに?」
「ききき貴様、昨日いいいイブキとでででデートをしたとは何事だ!?」
「?」
何を言っているんだこいつは。ただのお散歩だし、そもそもイロハと三人だからデートのでの字も当てはまらないではないか。なんでこんなので学園の通常運営は普通にできるんだろう。
「誰あれ?」
「知らない。空崎ヒナに真正面から喧嘩売るとかバカかモグリでしょ」
「他校のスケバンとかじゃない?」
しかも誰も万魔殿の議長、羽沼マコトって気づかないのか。前に知名度がない方が暗躍しやすいとか言ってたけど、ここまで知名度ないのは逆にすごい。全く尊敬できないけどすごい。とりあえずどもりまくったおかげで、イブキの名前に気づいた生徒もいないのは救いか。
しかし、このアホの子どうしようか。無視しても後々うるさそうだけど、昨日の風紀委員会の活動報告を見たいから長々と相手をするのも勘弁なのよね。
「おいっ、聞いているのか、空崎ヒナ! 弁明をするなら――おい、どうして近づいてくる?」
なので。そう、これはあくまで風紀委員として仕事を十全に行うための仕方がない行為。
今のマコトの行動を「風紀委員会への嫌がらせ」に該当したことによる正当な行為。
「ふん!」
「ぴぎゃっ!?」
拳を振り抜くと、変な声を上げて綺麗なトリプルアクセルを決めたマコトは、そのまま顔から地面にダイブし……動かなくなった。
「……おしおきポイント、リセット」
よし、今日も仕事頑張ろう。
空崎ヒナの趣味:睡眠、温泉巡り、虎丸での散歩。