趣味が睡眠って、無趣味ってことじゃない?   作:暁英琉

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料理

「ごめんなさいね、わざわざお願いしてしまって」

 

「いえいえ、放課後は結構余裕ありますし、ヒナさんにはお世話になっているので!」

 

 放課後、休日の私の姿は給食部の厨房にあった。

 隣で恐縮しているのは、今日は美食研に襲われていない給食部部長の愛清フウカ。

 ここに来た理由はただ一つ――料理の特訓のため!

 

 

 

 事の発端は数日前、いつものように執務室で書類仕事をこなしていたときのことだ。向こうの仕事が一段落ついたらしいアコが差し入れにコーヒーとお菓子を持ってきた。

 コーヒーはいつもの味――なぜだか私以外には不評らしい。美味しいと思うけれど……――、そこは問題なかった。

 問題だったのはお菓子の方。

 色とりどりの可愛らしいマカロン。形も綺麗で、私は既製品と疑っていなかった。

 けれど、美味しいと感想を述べた私に、アコはなんでもない風にこう言ったのだ。

 ――頑張って作った甲斐がありました。

 愕然とした。手作り? これが? お店じゃなくて、アコのおうちで誕生したの?

 途端に思い起こされる、バレンタインの記憶。先生に感謝を伝えたくて頑張って手作りしてみたけれど、不格好な形になってしまったチョコレート。

 いや、わかっていたの。自分に料理の技術がないことは。そもそも忙しくて自炊なんてする余裕が殆ど無いのだから、技術を磨く場なんてあるわけがない。

 けれど、同い年であるアコとここまで差があるとは思ってもいなかった……!

 クラスで聞いた話では、料理ができると女子力が高いらしい。女子力というのがどういう値なのかイマイチわかっていないけれど、少なくとも女の子で低いのはまずいということはわかる。

 ゆえに次の休日の予定は珍しく事前に決まっていた。

 とは言え、自分一人でやってあれだったのだ。誰かに教えを請うべきなのは必然。

 しかし、明らかに上手い部類に入るであろうアコは私のいない風紀委員会をまとめているので頼れないし、他の生徒の料理スキルは知らない。

 そう、一人を除いては。

 休日が決まった私は登校して荷物を置くのもそこそこに、二年生の教室に駆け込んだ。そして、フウカに助力を仰いだわけだ。

 

「さて、今日は簡単な朝食を作るって話だったけれど……」

 

「はい。サバの塩焼き、卵焼き、お味噌汁、きんぴらごぼう、サラダでいきましょう」

 

 朝食というにはなかなかにごきげんな献立だ。けれど……。

 

「それくらいなら、私も作れるわよ?」

 

 あまり自炊をしないとはいえ、これくらいの内容であれば経験はある。初回とは言え、流石にハードルが低すぎるのでは……?

 そんな私の疑問に、フウカはいえいえと真剣な顔で首を横に振る。

 

「確かに作るだけならそうそうおかしなことにはならないですが、今回の目的は技術向上! シンプルだからこそ、見栄えも味も最初から拘ることができます!」

 

「……なるほど」

 

 確かに、ただ作れるのと美味しく、美味しそうに作れるのは雲泥の差がある。思えば、家で作る卵焼きは面倒で大体スクランブルエッグにしちゃうのよね。そういう横着の結果がバレンタインの不格好なチョコなわけだ。

 

「それじゃあ、まずは下ごしらえからやっていきましょう」

 

 心の中で自戒する私にフウカがなにかを差し出してくる。見てみると、それは近くのスーパーで買ってきたらしい塩サバの切り身。あれ? 下ごしらえって言ってなかったっけ?

 

「もう後は焼くだけじゃない?」

 

「そうですね。味付けもされているので、焼くだけでも形にはなります。けど、ここでひと手間加えるのが大事なんですよ」

 

 フウカが取り出したのは料理酒。それをおもむろにサバにまぶしていく。

 

「こうして五分くらい置いておくと臭みが取れますし、焼き上がりがふっくらするんですよ」

 

「へぇ」

 

「今のうちに野菜とか切っちゃいましょう」

 

 促されるまま、きんぴらごぼうとサラダのために野菜を切り始める。私の担当は人参の細切りだ。

 ピーラーで皮を剥き、三分の一程度の長さに切り分け、さらに縦方向に薄切りしていく。そうしてできた平べったい人参の群れを重なるようにまな板に並べ、細く切っていくのだ。

 とん、とんとん、と少々不規則な音が響くたび、細長い人参が誕生していく。とても均一とは呼べないサイズ感だけれど、これは要練習ってところかな。

 

「こうして比べてみると、あなたの手際すごいわね」

 

「そりゃあ、毎日やってますからね」

 

 まあ、練習したからといって、目の前でごぼうを見る見るうちにごぼうを加工していく彼女に追いつける気はしないのだけれど。あまりにも早すぎて、手元が残像に見える。いや、訓練を重ねれば壁も走れるわけだし、それと似たようなもの……かも?

 いずれにしても、流石は二人だけでゲヘナの食堂を切り盛りしているだけのことはある。万魔殿はもう少し予算を出してあげてもいいと思うけど……以前の食中毒騒ぎがあるから無理か……。

 私が人参を切り終わる頃にはちょうどいい時間になっていたようで、フウカは脇に避けていた塩サバを引き寄せる。その表面は、先程よりいくらか湿っているように見えた。

 

「この水気が臭みの原因なので、キッチンペーパーで拭き取っちゃいます。で、次に使うのがこれ!」

 

「小麦粉?」

 

 キッチンペーパーで丁寧にサバの表面を拭った後に取り出したのは小麦粉。それをサバ全体に薄く馴染ませていく。

 

「こうすると焼いたときに皮が剥がれにくくなりますし、パリパリに仕上がるんですよ」

 

「……本当に色々手を加える余地があるのね」

 

 小麦粉にコーティングされたサバ。ここまでくれば流石に後は焼くだけだろう。

 フライパンに油を敷いて軽く熱し、サバの皮側をフライパンに当てる。ジュゥ、と小気味いい音が、コンロの前で弾けた。

 生魚特有の海の香りから、焼き魚の香ばしいそれへと変わっていくのを間近で感じながら、じっと焼ける様子を眺める。どれくらいでひっくり返せばいいのだろうか。監督してくれているフウカに時たま視線を送りながら、フライ返しで少しだけ持ち上げて焼色を伺う。

 

「あ……これくらい?」

 

「ええ、いい感じですね。ひっくり返しちゃいましょう」

 

「おぉ……」

 

 小麦粉のおかげか、ひっくり返した表面は綺麗なきつね色になっていて、思わず感嘆が漏れる。なるほど、確かにこれは見た目もいい。自然と口の中に唾液が溢れてしまう。

 

「後は蓋をして、弱火で待ちましょう。その間にきんぴら作っちゃいますよ」

 

 ほぼ完成といったところのサバのフライパンの隣に別のフライパンを取り出す。軽く熱を入れたところにごぼうと人参を入れ、小皿に入れていた料理酒を回し入れると、すぐに蓋を閉じる。

 

「今のは料理酒オイルって言いまして、これで蒸し焼きにすると野菜がシャキシャキになるんですよ」

 

 どうやら料理酒だと思ったものは料理酒とサラダ油を混ぜたものだったらしい。

 

「料理酒って、色々使えるのね。帰りに買いに行かなきゃ」

 

「多分意識してないと一番使う機会がない調味料ですけど、一度使い方がわかると手放せなくなりますよ」

 

 確かに、こうして見ると手放せないという気持ちもわかる。料理のさしすせそに入ってもいいくらい……さは砂糖があまりにも強すぎるか。

 蒸し焼きしている間に焼きサバを取り出し、フライパンを手早く洗っておく。

 

「これ、当たり前だけど一度にいろいろやらなくちゃいけないから大変ね」

 

 複数の料理を作って後片付けまでして、今はフウカに手伝ってもらっているからなんとななっているけれど、一人でできるかは少し不安だ。

 

「まあ、今日は一度に全部やってますし、わかりやすいように一からですけど、たとえばお味噌汁やきんぴらは事前に作り置きしておけばいいですし、きんぴらの材料も切るのが面倒ならスーパーのカット済みを使っちゃえばいいんですよ」

 

「それは……手抜きになるんじゃ?」

 

「いえいえ、時短ってやつです。そもそも毎日料理を作るとなると、カットできる工程は省略したほうがモチベーションも保てますしね」

 

「カット野菜だけに?」

 

「……あっ、いえそういうダジャレのつもりじゃ……」

 

「ふふ。ごめんなさい、冗談よ」

 

 からかわれたとわかったらしいフウカが染まった頬をぷくりとふくらませる様子に、また少し喉を震わせる。

 しかし、なるほど。この機会に料理を趣味に、と考えていたけれど、いきなりフウカと同じように全部やっていては確かに面倒になって、やらなくなりそうだ。最初は工程を少なくして、ハードルを下げるというのは大事かも。そこからフウカみたいになりたいと思うなら、削った工程をやるようにすればいいだけだものね。

 

「そろそろ良さげですね」

 

 水気を孕んだ音にパチパチと乾いた音が混ざってきたところで、フライパンの蓋を開く。みりん、砂糖、醤油を加え、さっと水分を飛ばすように煮詰めたら、最後に白ごまと輪切りにした鷹の爪を和えて、きんぴらごぼうの完成だ。

 

「いい出来ですよ、ヒナさん」

 

「ええ、ありがとう」

 

 フウカに手伝ってもらっているおかげもあるけれど、自分でもなかなかいい感じに料理ができているのではないだろうか。

 

 

 

「私は……愛清フウカみたいになれない……」

 

「ひ、ヒナさーん!!」

 

 挫折した。いい感じに料理ができているなんて錯覚だった。

 味噌汁と並行して作ろうとした卵焼き。これが私の幻想を完全に粉砕したのだ。

 塩で軽く味付けした溶き卵を卵焼き用に作られた長方形のフライパンで見慣れた形にしていく。それだけ。ただそれだけなのに……。

 

「私は、敗北者じゃけえ……」

 

「ショックのあまり、口調が変わってる……」

 

 表面が破ける。変な焼き焦げができる。厚さにムラがある。指摘箇所を挙げたらキリがない。スクランブルエッグの方がまだ見栄えがいい状態に、私の心は折れかけていた。

 そりゃあ、卵焼きを綺麗に焼くこともできないんだから、あんな不格好なチョコにもなる。あまりにも当然の帰結だ。むしろなぜ気づかなったのか。溶き卵を固める卵焼きと湯煎で溶かしたチョコを固める。ほぼやっていることは同じじゃないか……!

 

「まあまあ、ヒナさん。誰だって失敗することはありますから。まだ卵には余裕がありますから、もう一回チャレンジしてみましょう?」

 

「…………うん」

 

 フウカに諭され、なんとか持ち直す。そうだ。趣味探しの一環でもあるけれど、そもそも今日の私の最優先目標は料理技術の向上、女子力? のアップなのだ。一回失敗したくらいでどうした。イオリなんてもう何回穴に落ちたかわからないのよ!

 

「……よし」

 

 スクランブルエッグと玉子焼きの間の子になってしまった悲しき存在を皿に移し、油を敷いてもう一度溶き卵を流し込む。まずは三分の一。薄く広がった卵の表面が乾き始めたタイミングでそっと巻き始める。

 

「っ……」

 

「だ、大丈夫です。ここは見えないですし、そもそも薄いから綺麗に巻く事自体難しいですからっ」

 

「わ、わかった」

 

 二回目。ムラにならないように気泡ができたところは潰す。一回目で巻いた卵焼きの下にも卵液を流し込むことを忘れずに。

 

「いい感じです。あと一息ですよ」

 

 最後の三回目。一度油を敷き直す。ここが見栄えに影響するところだ。一層集中していく。調印式の日にアリウスと戦ったときのように。反転? してしまった小鳥遊ホシノと戦ったときのように。セトの憤怒とかいう化け物と戦ったときのように。

 卵焼きは固すぎない、半熟気味くらいが好みだ。最後の卵液の表面が液体と固体の中間になるタイミングで……巻く!

 

「……できた」

 

「おめでとうございます!」

 

 流石にフウカのお手本ほど綺麗ではないけれど、さっきよりは随分綺麗にできた。ほっと息をつき、額の汗を拭う。

 まるで一仕事終えたくらいの達成感。

 上手くいくと……楽しいな、料理。

 

「あ、ごめん。そっちは全部任せちゃって……」

 

「いいんですよ。汁物調理は次の機会にやりましょう」

 

 卵焼きに集中していて、結局味噌汁作りは全部フウカにやらせてしまった。家で作るときは、フウカの言う通り作り置きとかをしていたほうが良さそうだ。

 

「それじゃあ最後にサラダですね。とは言っても、さっき切ったり千切っておいたレタスやきゅうり、プチトマトにアクセントのナッツを砕いて乗せるだけですけど」

 

「ナッツはこれ?」

 

「はい。今麺棒を――え?」

 

 ――バキバキ。

 調理台に置かれていたミックスナッツの袋を手に取り、力を込める。アクセントということは、ある程度形が残っていたほうがいいのかな? 何度か握り込んで離すと、粉々のナッツができあがった。

 

「これくらいでいい?」

 

「あっはい……」

 

「どうしたの?」

 

「いえ、私ももっと力をつけたほうがいいのかなって思って」

 

「別にしょっちゅう戦うわけじゃないなら、今で十分だと思うけれど……」

 

 あ、けど、美食研の誘拐を自力で防げるならそれに越したことはないかも。後で風紀委員会の訓練の参加するか聞いてみよう。お礼になるかな?

 

 

     ***

 

 

「「いただきます」」

 

 出来上がって料理に炊きたてのご飯を加えていただくことにする。まずはサバの塩焼きから。

 

「あ、本当だ。家で焼いたときよりパリパリ」

 

 皮ごと身を切り分けると、心地いい音が響く。そっと口に運んで咀嚼すれば、ジューシーな味わいに思わず目を細める。

 

「本当に、ちょっと工夫するだけでこれだけ美味しくなるのね」

 

「でしょ?」

 

 それもそこまで手間がかかるものではない。これなら家でも普通にできそうだ。

 次に味噌汁をすすり、ほぅ、と息をつく。豆腐とわかめ、刻みネギだけのシンプルな内容なのに、お店で出されたみたいな美味しさだ。次に教えてもらうときにはモノにしなくては。

 

「ふふっ」

 

 そして卵焼き。箸で押すと程よい弾力が返ってくる厚焼き卵。自分で作ったものだと思うと、不思議と笑みが漏れる。

 これまで惰性で生きるためにやっていた頃は考えもしなかったけれど、自分で美味しいものを作って食べられるって素敵なことなんじゃないだろうか。

 これは極めたい。少なくとも、人に振る舞えるくらいにはなりたい。

 そっと胸の中で決意を固めながら、一口一口に顔を綻ばせる。

 

「「ごちそうさまでした」」

 

 時間的にまだ夕飯には早い時間だったけれど、そのまま一食分をぺろりと平らげてしまった。

 

「改めて、今日はありがとう。家でも練習してみる」

 

「私も楽しかったです。時間ができたら、また声かけてください」

 

 本当にいい後輩だ。なんとか部費の増額ができないか、マコトに相談してみようかな。

 

「……ところで聞いていいのかわからないけれど」

 

 自分のことが落ち着いたので、これまであえて触れてこなかったこと、コンロの一番端をずっと陣取っている人物に目を向ける。

 

「うーん、何度やっても上手くいきません……」

 

「あれは……何をしているの?」

 

「あれも……料理の修行です……」

 

 その人物、一年生の牛牧ジュリはずっとフライパンとにらめっこしている。近くに置かれている異様に大きなボウルの中身は、香りからしてパンケーキの生地だと思うのだけれど――

 

「えい! ……ああ! また失敗です……」

 

 どうしてひっくり返そうとしたタイミングでフライパンからパンケーキが消えるのだろうか。

 

「料理じゃなくて、手品の練習に見える……」

 

「あはは……」

 

 フウカの漏らす曖昧な笑みは、食器を洗う水音に溶けてしまうのだった。

 

 

 

 空崎ヒナの趣味:睡眠、温泉巡り、虎丸での散歩、料理。

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