趣味が睡眠って、無趣味ってことじゃない?   作:暁英琉

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音楽鑑賞

「あ」

 

「あ……」

 

 それは偶然だった。

 お休みの日の放課後。今日は特に予定も見つからなかった私は何の気なしに少し離れたモールに足を運んだのだが、そこで普段はあまり見ない人物と遭遇したのだ。

 その人物、鬼方カヨコはかがんだ姿勢のままバツの悪そうな顔で固まる。しかし、こちらが銃を構えないからだろうか。少し首を傾げてから、思い出したように立ち上がった。

 

「ああ、そういえば今日は休みだったね」

 

「ええ。そっちも珍しいわね」

 

 やはり私の休みのことは便利屋も把握しているらしい。美食研や温泉開発部ほどでないとはいえ、十分に問題児である彼女たちに休みを把握されているのはどうなのだろうか。いやけど、実際アコたちはちゃんと仕事できるから……まあいいか。

 それにしても、本当に珍しい。いつもほぼ一緒にいる印象の便利屋が単独行動しているということもだが、そもそも彼女たちがゲヘナにいること自体珍しいのだ……躍起になって追い回しているアコの影響で。

 そんな便利屋の一人がゲヘナにわざわざ来ている。依頼でも受けて、その下見とかだろうか。それなら休みとはいえ、委員長として動かざるを得ないのだけれど……。

 面倒くさいことになったな、と思いながら、彼女が手に持っているものに視線を向ける。

 

「……CD?」

 

 襲撃する場所の見取り図あたりを想像していた私は、つい間の抜けた声を出してしまった。視線を上に上げると、なるほど、ここはCDショップだったようだ。

 

「そ、品揃えはここが一番だからね。……それに、今の事務所がトリニティに近いからか、私が好きなジャンルは取り扱ってない店が多いし」

 

「なるほどね」

 

 確かにこのモールはゲヘナでは最大規模。ギリギリ郊外という立地もあって店舗単位の敷地面積も広く、結果豊富な品揃えをウリにしている店が多いのが特徴だ。他店舗になくてもここでなら、というのは結構あるのかもしれない。

 それにしても、音楽か……。

 パーティのためにピアノを引いた身ではあるけれど、そういえば曲を聴く、という行為は街中で流れているものを偶然耳にするくらいがほとんどで、能動的に聴いた経験はないわね。

 音楽鑑賞。うん、かなりポピュラーな趣味だし、休憩時間に気軽にできそうなのもいい。今日はこれにしてみるか。

 ただ、いかんせん曲を禄に知らないから、店先だけでも両手で足りない数があるCDからどれを選べばいいのかわからない。パッケージで買うというのも違う気がするし……いや、そもそもパッケージもよくわからないのよね。抽象画みたいなイラストとかモモフレンズ? のイラストとか、人の写真とか風景画とかで全然一貫性がないから……雰囲気で選ぶ以前の話なのだ。

 

「なに? 委員長もCD探しに来たの?」

 

「探しに来たというか、今から探すことにしたというか……」

 

「? ……あー、そういう」

 

 店先の商品を見ていたからか、鬼方カヨコから質問されてしまった。改めて考えるとそこまで親しいわけではない、むしろ対立することの方が多い相手にこんな個人的なことを答えるべきか悩んだ結果、曖昧な答えのなり損ないになってしまう。そんな私に首を傾げていた彼女だったけれど、なにか合点がいったのか苦笑する。

 

「話には聞いてたけど、本当だったんだ。委員長が趣味探ししてるって」

 

「一体誰から……」

 

「こないだアビドスの子たちと会って、その時にね」

 

「なるほど」

 

 まあ、別に隠しているわけではないし、うちを警戒している便利屋にはいつか伝わることではあったか。ちょっと恥ずかしいけれど……話が早くなるからその点はいい、かも? せっかくだし、先人に助言を請うことにしよう。

 

「あなたはどんな曲を聴いているの?」

 

「私? 色々だよ。ジャズも聴くし、クラシックとかPOPミュージックも聴く。ジャンルよりも心に響くかどうかが大事かな」

 

 これはなかなか運が良い。どうやらこの趣味に一家言ありそうな人物に当たったようだ。

 

「じゃあ、それは?」

 

 だから色々紹介してもらおうと思って、ずっと彼女が手に持ったままのCDを指差す。パッケージには有角獣の頭蓋骨のようなイラストが描かれている。少し視線をずらすと、彼女が身につけているお気に入りであろうパーカーにも同じイラスト。彼女が贔屓にしているクリエイターのシンボルマークなのだろう。

 

「あー、これは……うーん、委員長には合わないんじゃないかな?」

 

「そうなの?」

 

 幅広く聴いている人間が気に入っている曲となれば、一番の安牌だと思うのは自然な流れ。しかし、尋ねた結果はあまり芳しいものではなかった。曖昧な表情をした鬼方カヨコは持ったままのCDケースをくるくると手の上で転がす。どうやら本気で私と相性がいいとは思っていないらしい。

 しかし、聴いてもいないのに合わないと言われると、それはそれで興味が湧く。どうしたものかと視線を動かすと、CD棚の一部に液晶画面とヘッドセットが置かれていた。画面には曲名らしくものがずらりと並んでいる。恐らく視聴用の機器なのだろう。

 

「これには入ってないの?」

 

「え? あー、このCDは“ブラック・デス・ポイズン”のかなり初期だから入ってないかも。店で久しぶりに見たからつい手に取っちゃった感じだし。新曲なら入ってるかもだけど……聴くの?」

 

「……気に入らなくても自己責任ね」

 

 念押ししてくるので、コクリと首肯で返す。小さくため息をついた鬼方カヨコはしばらく液晶を触って、接続されたヘッドホンを差し出してくる。画面を覗き込むと、CDと同じマークと曲名が表示されていた。

 ヘッドホンに耳を当てる。

 

「じゃあ、いくよ?」

 

 断りを入れた指が再生ボタンをタップして――

 

「っ!?」

 

 視界が――弾けた。

 そう表現する他ない現象に、思わずヘッドホンを外す。驚きに目を丸くして鬼方カヨコに顔を向けると、苦笑が返ってきた。

 

「やっぱ合わないでしょ?」

 

「それ以前の問題だったと思うけど!?」

 

 え、ひょっとして耳元ゼロ距離で生演奏してた? いっそ外耳にバンドが定住しちゃった?

 音量設定が間違ったのではないだろうかと思うほどの爆音。実際、手に上にあるヘッドホンからはスピーカーかと思うくらいはっきりと曲が聞こえてくる。

 

「ヘビメタは大体こんなもんだよ?」

 

「こ、これがヘビメタ……」

 

 ヘビメタ、ヘビーメタル。言葉こそ聞いたことはあったけど、これがそうなのか……。音楽の授業でもついぞ聴いたことがなかったけれど、こんな爆音がデフォルトな曲を音楽室で流した日には他の教室は勉強どころではなくなってしまうだろう。

 それに――

 

「…………」

 

「あ、聴くんだ」

 

 改めてヘッドホンを耳に当てる。やはり暴力的な音圧だ。けれど、そういうものと思ってしまえば意外と不快な感じはしない。

 ただ、やはりというか……仮に爆音に慣れたとしてもこれは授業で流せるものではないだろう。

 

「こう……随分と野ば……過げ……攻撃的な内容なのね……」

 

「だ、だいぶ言葉を選んだね……」

 

 だって、「渇望するのは死!」とか「お前に要らないのは生!」とか絶叫してるんだもの。端的に言って教育に悪すぎる。

 そんな私の考えが顔に出ていたのか、「先生からもそんな反応されたよ」とぼやいた後、真剣な顔で「でも」と続けてきた。

「確かに一見過激な内容だけど、“ブラック・デス・ポイズン”の歌詞には人生において大事な教訓が記されているの」

 

「きょう……くん……?」

 

 首を傾げてもう一度ヘッドホンを近づける。相も変わらず激しい旋律に乗せてボーカルがブラックマーケットに拠点を構えている退学済みヘルメット団あたりが好みそうな過激な内容を並べ立てていた。

 これが人生の教訓になる内容? こんなこと口にしてる生徒がいたら、どの学校でも治安維持部隊が出張ってきそうなところだけど……けど、発言者である鬼方カヨコの顔は真剣そのもの。便利屋での活動を除けば常識人側であることの多い彼女がここで虚言を口にするとは思えない。

 つまり、彼女は本気でこの攻撃的な歌詞に教訓的意味を見出している、ということ。そう思わせる解釈がある、ということだ。

 

「この曲の歌詞って見ることはできるの?」

 

「ちょっと待って。歌詞サイト出すよ」

 

 耳で聴くだけでは不十分だと感じて尋ねてみると、しばらくスマホをぺたぺたと操作して歌詞の書かれたサイトを見せてくれた。

 やはり文面で見ても過激な歌詞。なにも知らずに目にしていたなら、すぐに興味をなくしていたことだろう。

 しかし、じっくりとその内容を精査……というか、そこに別の意味を見出そう一節一節読んでいくと、はっと気づく。

 

「あっ。ここってゲヘナの反乱のこと? 二年の時に習う」

 

「そう。Bメロは丸々その反乱の問題提起なんだよ。たぶん、あえて表現も他より悲惨な感じにしてるんじゃないかな」

 

「なるほど。そうすることでよりマイナスなイメージを際立たせているというわけね。ということはこの部分は――」

 

 一度取っ掛かりが見つかると思いのほかスラスラと行けるもので、他の歌詞も過激な文言が真っ当な教訓、あるいは反面教師にすべき過去の事例に変換されていく。

 一瞬わざわざ過激な表現にしなくてもいいのでは、とも思ったけれど、きっとそれでは陳腐な作品になってしまうのかもしれない。あるいは曲調に合わせるためとか? どちらもあり得そうだ。

 それにしても、この歌詞を読み解くという行為。想像以上に面白い。散りばめられた過激な文言に意味を見出す点と点が線で繋がるようなこの感覚、覚えがある。これは……そう!

 

「数学の文章問題を一気に解けた時みたいな楽しさね」

 

「楽しさの基準が生真面目すぎるでしょ……」

 

「え」

 

「いやまあ、委員長なら仕方ないと思うけど」

 

 何か謎に納得されてしまった。おかしなことを言っただろうか……まあいいか。

 

「歌って、こんなに奥が深いものだったのね」

 

「まあ、ストレートな歌詞の歌もたくさんあるけどね。あとはテクニカルな曲調のとか」

 

「テクニカル?」

 

「これとかそうだね。変拍子だから結構独特なんだよ」

 

 鬼方カヨコが視聴機器の液晶を操作すると別の曲が流れだす。先ほどの攻撃的なバンド音源ではなく、シンセサイザーとかだろうか。電子的な印象を受ける音だ。

 変拍子、というのはよくわからないけど、確かに聞き慣れない不思議なリズム。

 けど、これはこれでいいかも!

 

「もっと色々聴きたい。おすすめの曲教えて」

 

「いいよ。委員長守備範囲広そうだし、おすすめし甲斐あるよ」

 

 気前よく協力してくれる彼女の様子に思わず口元が緩む。これで問題さえ起こさなければもっといいんだけど……さすがにそれはないものねだりね。

 

 

 空崎ヒナの趣味:睡眠、温泉巡り、虎丸での散歩、料理、水族館、音楽鑑賞。

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