便利屋68。キヴォトスを股にかける何でも屋企業。
そんな会社の社長である私の一日は、オフィスの社長席で飲む一杯のコーヒーから始まる。
分厚い本を片手にコーヒーを口にする姿は優雅そのもの。仕事のできる人間はその所作一つ一つに顕れるものなの。そう、今の私のように!
ちらりと部屋の左手に取り付けられた窓に目を移す。雲一つない快晴に思わず口元がほころぶ。
今日は早朝にゲヘナで雨が降った以外はキヴォトス中が晴れ予報。広大なキヴォトス、それもレッドウィンターのような天候の荒れやすい土地もある中でこの予報はかなり珍しい。ただそれだけで、なにかいいことが起こるのではないかと思ってしまう。
大口の依頼が飛び込んできたりして?
――ピンポーン。
「えっ!? 本当に!?」
あまりにもタイミングが良すぎるチャイムに思わず腰を浮かせる。これは……口に出していないけれど地の文に出しているから実質言霊が発生した……ってこと!?
「誰か応対を――」
社員たちにお願いしようとして、踏みとどまる。こんなにいいタイミングでの来客。こちらも最高責任者が出迎えなければ、無作法というもの。
立ち上がろうとしたハルカを手で制し、扉へと向かう。その姿はまさにできる女社長そのもの。なんてったって、今の私は朝のルーティーンをこなしたばかりだもの。全身から有能オーラが立ち上っているのが自分でもわかる。
きっとこんな私を見たら、依頼人は依頼の大成功を幻視して、ついでに別の依頼もしてしまうに違いな――
「おはよう、陸八魔アル」
「そそそそそそ空崎ヒナあああぁぁぁ!?」
扉を開けた瞬間に現れた見た目だけなら可愛らしい白いふわふわした存在に思わず叫んでしまった。
どどどどどうして空崎ヒナがここに!? ここはゲヘナ自治区じゃないし、最近は風紀委員会に目を付けられるような依頼は来てないから目もつけられていないはず……いえ、曲がりなりにも私たちは銀行口座を止められている状態の指名手配集団。常に目をつけられている状態と言っても過言ではないわね。けど、わざわざ他自治区まで追ってくるなんて、やけに執着してくる行政官の天雨アコや命令を聞く立場の部下たちならともかく、風紀委員会のトップである彼女がするとは思えな――あ! 突然の遭遇で驚いたけど、そもそも今日は“休みの日”じゃない! ということは摘発とか逮捕とか殲滅とかの可能性は限りなくゼロ! ……じゃあなんでここに来たのかしら――って、今はそれどころじゃないわ! 今最優先にやるべきことは――
「ハルカステイ! 銃を下ろして!」
「えっ!? は、はい! すみませんすみませんすみません! 死にますか? 死んだ方がいいですか?」
「そんなことしなくていいよ、ハルカちゃん。ほら、こっちでココアのもー?」
よ、良かった。あとコンマ数秒遅かったらハルカのショットガンが火を噴いていたわ。こんなところで、というかどんなところでも空崎ヒナと正面戦闘なんてできっこない。ボロ雑巾が四つ捨てられる姿しか見えない。特に今日は休日だし。あと、事務所に銃跡なんてつけたらオーナーに怒られる!
ムツキがハルカを連れて給湯室――という名目のキッチン――に引っ込んだことを確認して小さく息を吐き、正面に向き直る。
「…………」
あわや戦闘開始になるところだったというのに、肩にかけたその身長に見合わない大きさの銃にすら手にかけておらず、特に動揺した様子もない。流石はゲヘナ風紀委員会の長といった貫禄、余裕……仮に正面戦闘になっても制圧できることからくる余裕じゃない、わよね?
ま、まあいいわ。何はともあれ、彼女はこちらに敵対行動を取る様子はない。であれば、私がやることは一つ。
当初の予定通り、社長として余裕のある態度で出迎える!
「久しぶりね、ヒナ委員長。我が社にどんな御用かしら?」
「今日は――」
「あ、もう来てたんだ」
ヒナ委員長がなにか言う前に、後ろから声が聞こえてきた。振り向くと、小ぶりな段ボールを抱えたカヨコが近づいてくるところだった。
というか、さっきの口ぶりだと彼女がここに来たのはカヨコが理由、ということかしら?
「あなたが呼んだの?」
「そ。ヒナは今日“休みの日”でしょ? こっちも今日は依頼がなかったし、一緒に音楽鑑賞しようと思ってね」
へー、音楽鑑賞。空崎ヒナにカヨコと同じ趣味があったなんて、なんだか意外だわ。いえ、そういえばゲヘナでのパーティではピアノを演奏していたわね。確かに、改めて考えるとクラシックを聴く姿とか似合いそうだわ。
風紀委員会の襲撃ではないことが確定して、内心ほっと息をつく。あくまで内心。絶対に表には出さないわ。できる社長は人前で涙は見せないものよ。突然の空崎ヒナだったからってちょっと泣きそうになったとかそんなことは一切ない!
「それでヒナ、何が聴きたい? とりあえず私が最近よく聴くCD持ってきたし、スマホにも結構入ってるけど」
「それならこの間買ったロックバンドの他の曲はある?」
「あるよ。ヒナもなかなかいける口じゃん」
ろ、ろろろろロックですってええええええ!?
あなた、どっちかといえばロック好きなヒトを殲滅する側じゃないかしら!? 立場的に!! もしくはぽわぽわした可愛らしいアイドル曲とかに口元をほころばせるタイプでは!? 見た目的に!!
それが蓋を開けてみればまさかのロック。そんなのって……そんなのって……。
――かっこいいじゃない!!
風紀の番人が見せる別側面。小柄な容姿からは想像できない意外性。その落差故の輝き!
これが、いわゆるギャップ萌えというものね! 頭ではなく、心で理解できたわ!
「あっ、ところでカヨコ。ブラック・デス・ポイズンのここの歌詞、勘違いでなければトリニティのアリウス分校の思想を言い換えたものな気がするんだけど、どう思う?」
「アリウス……ヴァニタスヴァニタータム、だっけ? 言われてみれば確かに……けどこの曲のリリースって調印式より前だったはずだけど」
「それよりも前に在野に下った生徒がいたのかもしれないわね」
あれ?
「先生を通してアリウスの子たちに聞いてみようかしら」
「それはやめておいた方が良くない? シャーレを経由するとマコト議長あたりが嗅ぎつけそうだし」
「それもそうね」
「私がアリウス出身の子に聞いてみるよ。ブラックマーケット中心に傭兵やってる子と知り合いだから」
「そう? それじゃあお願いね、カヨコ」
二人がナチュラルに名前で呼び合ってるうううううううう!? どういうことなのおおおおおお!?