趣味が睡眠って、無趣味ってことじゃない?   作:暁英琉

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お菓子作り

 連邦捜査部シャーレ。その部室は部室と呼ぶのも憚られる、天を衝く高層ビル丸々一棟になる。当然ながらそのすべてが使われているわけではなく、いや使われていない部屋がほとんどと評する方が正しいだろう。

 いくらキヴォトス全域、全生徒を対象とするための部活とはいえ、連邦生徒会長はどうしてこんな大きな箱を用意したのか……彼女の想定では今のような当番制ではなく、正式な部員を大量に抱えてもっと大々的に活動をしようとしていたとか? あり得る。というか、先生が徹夜上等で仕事している現状が異常なんじゃない? 風紀委員会が言うなって? それはその通り。

 そんな空き部屋満載なオーナーだったら悲鳴を上げていそうなシャーレの一室。居住区画であろうガランとしたそこのキッチンに、私含め四つの人影があった。

 

「先生、わざわざ部屋を用意してくれてありがとう」

 

「いいんだよ。せっかくのヒナからのお願いだったしね」

 

 一人はここの主である先生。シャーレのロゴが背にプリントされたタブレット――確かシッテムの箱って名前だっけ――を小脇に抱え、少しくたびれたスーツに身を包んだ彼は柔らかい笑みを浮かべている。……今日も徹夜だったのだろう。その目元には濃い隈が浮かんでいた。

 

「あなたも、今日はありがとう、桐藤ナギサ」

 

「ナギサで結構ですよ、ヒナさん」

 

 一人はトリニティ総合学園ティーパーティー、フィリウス分派首長、桐藤ナギサ。白を基調としたティーパーティーの制服に艶のある栗色の長髪。お嬢様学校のトップの一人という肩書に遜色のない品が感じられる。

 そして最後の一人は――

 

「まさか、あなたも来るとは予想外だったわ、百合園セイア」

 

「首を突っ込んですまないね。なに、単なる興味本位さ。休暇中の暇潰しに正しくお茶会をと思ってね。私もセイアで構わないよ」

 

「私としてはそろそろ運営業務の手伝いをしてほしいのですが……」

 

 私より少し高い程度の身長に狐を思わせる金の耳と尻尾を持つ少女、サンクトゥス分派首長の百合園セイアはくく、と喉を震わせる。そんな彼女にナギサは苦笑しながら額を抑える。

 面識はほとんどないと言っていい。連邦生徒会長がいた頃のエデン条約関連会議ではマコトの警護的立場だったからほとんど会話をすることもなかったし、その後は入院したとかでナギサに引き継がれたし。美食研究会引き渡しの時に先生から聞いた内容と擦り合わせると、身を守るために雲隠れしていた……いや、未だ学園運営の前線に出ないことを考えると、襲われたのは事実という感じかしら。

 まあ、今はそんなことを考察する必要もないか。

 

「いや、まだミネから執務復帰の許可が下りなくてね。……これ以上“救護”されたくない」

 

「一体なにが……ああ、エキスポでの件がバレたんですか」

 

「祭に当てられて、私も少々はしゃいでしまったからね……」

 

「???」

 

 ミネ、というのは救護騎士団団長の蒼森ミネのことだろうか。彼女の肩書を考えれば救護というのは普通のことだと思うけど、どうしてセイアは顔を青ざめさせているんだろう。蒼森ミネの治療が下手とか? いや、流石に救急系部活の長が治療下手なわけがないし……謎だ。トリニティ総合学園、謎だ。

 

「まあ、今日の私はただの野次馬だよ。一騎当千のゲヘナ風紀委員長と周りを気にせず話せる機会はそうそうないからね」

 

「そうね。なにせゲヘナとトリニティだし」

 

「正しく水と油だ」

 

「卵と油ならよく馴染むんだけどね」

 

「片方別物すぎるじゃないですか、先生。片方の学園で革命が起こってしまってます」

 

 しかし、“休みの日”にフウカのところで料理をしようと思っていたのに、気が付いたら他校のトップ二人と相対する状況になってしまった。

 

「それで、ナギサはお菓子作り、特にロールケーキが得意だってフウカから聞いたんだけど」

 

「フウカさんというと……あの簀巻きの方でしょうか?」

 

「そう、簀巻きの子」

 

「君たち、その共通認識ではその子が泣いてしまうのではないかい?」

 

 簀巻きの認識は確実にあの夜の状況からだろう。トリニティ自治区での出来事だったし、トップが把握しているのも納得。セイアの言う通り、その簀巻きで覚えられているフウカがかわいそうだけど。

 まあ、私としてはあくまでゲヘナの一般生徒に過ぎないフウカがトリニティ上層部の趣味やその力量を知っていることに驚いたのよね。あの子、食に関することには真摯で貪欲だから、そういうところを黒舘ハルナに気に入られているんだろうなぁ。けど、毎回拘束して誘拐する必要ある? 普通に迷惑。

 

「お菓子作りの件ですが、確かに得意ですね」

 

「ナギサはよくお茶会のお菓子を作ってくれるんだ。特にロールケーキは絶品でね。ミカなんて一ロール丸々食べてしまうくらいさ」

 

「せ、セイアさん……」

 

 聖園ミカ。パテル分派の首長か。ゲヘナ嫌いらしくて会ったことはないけど、随分な健啖家のようだ。……一ロール丸々ってそのままじゃないわよね? ちゃんとカットして食べるのよね?

 

「もう先生経由で聞いているとは思うんだけど、私にロールケーキ作りを教えてほしいの。フウカからロールケーキならあなたが一番って聞いているから」

 

「ええ、大丈夫ですよ。私も誰かと一緒に作る機会はほとんどないので楽しみです」

 

「そうなの? 聖園ミカとは幼馴染って聞いているけど」

 

「ミカさんは料理をしない方ですから」

 

「あー……」

 

 そもそもトリニティはお嬢様学校。その中でも聖園ミカはとりわけお姫様のような振る舞いをしていたと聞くし、料理をしないのもイメージ通りかも。最近まで最低限の料理しかしていなかった私が言うのも失礼な話だけど。

 

「私もあまりキッチンには立たないし、立場上ナギサとは対立派閥の長同士だからね」

 

「なるほど」

 

 セイアの補足に納得する。

 この二人の仲のいい雰囲気、そして桐藤ナギサと聖園ミカの幼馴染関係のせいで頭から抜けてしまっていたが、立場上三人は政敵に当たる。そんな彼女たちが和気あいあいとキッチンに並んでいては、下への示しがつかないだろう。

 では派閥内の生徒なら、とも考えたけど、ナギサはフィリウスのトップかつ現ホスト。マコト相手じゃあるまいし、そんな威厳ある立場の彼女とお菓子を作ろうとする無鉄砲な部下はいなさそうだ。

 ……私もそこまで威厳があるタイプじゃないし、お願いすればアコとか一緒にお菓子作りしてくれるかな。次の“休みの日”に聞いてみようか……けど、“休みの日”はみんなは仕事だし……後で聞いてみよう。

 

「とりあえず、よろしくね」

 

「ええ、よろしくお願いします」

 

「じゃあ、私は近くで眺めていようかな」

 

「私も」

 

 セイアは本当にこの後のお茶会のためだけに来たのね……。後先生、仕事は大丈夫なのかしら。

 

 

     ***

 

 

「お上手ですよ、ヒナさん」

 

「ありがとう。お菓子はまだクッキーくらいしか作れてなかったから不安だったけど、ナギサが教えるの上手いからなんとかなりそう」

 

 オーブンから取り出した生地が予定通りの薄い小麦色になっていることを確認して、ほっと息をつく。初めてクッキーに挑戦したときは焦げ付かせてしまったから心配だったけど、ここまではなんとかうまくできてる。これも全部ナギサのおかげだ。焼いている途中で生地の向きを変えて焼きムラをなくすなんて考えてもいなかった。確かにクッキーを作った時も並べた場所によって微妙に焼き色が違ったかも。そう考えると、オーブンって結構欠陥製品なのでは? ミレニアムで焼きムラができないオーブンとか作られないかな。変な機能もついでについてきそうだけど。

 生地を冷ましたらついにロールケーキのロールケーキたる由縁、巻く作業に入る。

 型から外した生地の表面にシロップをハケで塗っていく。

 

「シロップは生地と生クリームを接着する役割があります。今回の出来なら、少し多めに塗るといいですね」

 

「塗る量って毎回変わるの?」

 

「そうですね。例えば私が焼いた生地はヒナさんのものよりしっとりしてますよね。この状態なら私は薄く塗るくらいにします。人によってはシロップを塗らないって判断する人もいるかと」

 

 なるほど。確かに一緒に作っていたナギサの生地と私の生地では出来が微妙に違う。分量はちゃんと正確に計ったはずだけれど、どこで差がついたんだろう。混ぜ合わせたときとかかな。料理、奥深い。

 シロップの次は焼いている間に作っておいた生クリーム。これを均一に塗っていく。

 

「うっ」

 

「ど、どうしたんだい、先生?」

 

「手巻き寿司で酢飯と具材を乗せすぎて上手く巻けなかったトラウマが……」

 

「そんなことでトラウマになるのかい!?」

 

 なぜか先生が胸を押さえて苦しみだしてしまった。確かに手巻き寿司に色々入れすぎれば上手く巻けないものだけど、そこまで苦しむほどではないのでは?

 

「すみません、手巻き寿司というのは……?」

 

 きょとんとしているナギサ。確かに、お嬢様と手巻き寿司は接点がなさそうだから、知らないのも無理はないか。

 

「名前の通りよ。これくらいの海苔に酢飯と細長く切った具材を乗せて、フラワーブーケみたいな形に巻いて食べるの」

 

「まあ、可愛らしい食べ方ですね」

 

「家族や友達とわいわい楽しめるし、自分の好みに合わせてカスタマイズできるのよね。先生は欲張りすぎて具材を入れすぎて、巻き寿司もどきになったんだと思う」

 

「なるほど。私も初めてフルーツロールケーキに挑戦したとき、欲張りすぎてCTスキャンしたマリトッツォのようになったことがありますから、案外誰でも通る失敗でしょうね。あの失敗は今思い返しても……ぐふっ」

 

「思い出し吐血!?」

 

 それほどなのか。“巻く”という行為の失敗は思い出しただけで人体に影響してしまうものなのか。

 今ほどセイアが暇潰しに同席してくれたことに感謝しないことはない。彼女がいなければ、私が少数派になってしまうところだった。

 

「こんなくだらない話題で意見が割れるなんて思わんよ……」

 

 本当にそう。

 なにはともあれ、今は盛りすぎチャレンジしていない目の前のロールケーキが一番大事。最初は少し押さえつけるようにして芯を作り、残りは敷いていたキッチンシートを持ち上げてふわっと転がしていく。

 最後にキッチンシートで覆った状態で定規を使って形を整えれば――

 

「できた……」

 

「あとは冷蔵庫で冷やして完成ですね」

 

「うん。ありがとう、ナギサ」

 

 綺麗に巻ききれたことにほっとして、思わず表情がほころぶ。カットしてみないことには実際の出来栄えは分からないけれど、少なくとも卵焼きのような失敗作にはなっていないはずだ。

 さて、冷やす時間は一時間くらい。せっかくの他校トップと会っているのだ。色々と会話に華を咲かせるのもいいだろう。……仕事の話が大半になりそうな気もするけど。

 ただ、それ以上に気になるのが……。

 

「先生」

 

「どうしたの?」

 

「今日の業務は大丈夫なの?」

 

「えっと、それは……まあ大丈夫だよ。たぶん」

 

「はあ。せっかくだ。ロールケーキが冷えるまで臨時当番と洒落込もうじゃないか」

 

「ごめんね」

 

「いいんですよ先生。場所代とでも思っていただければ」

 

 執務経験者が揃っていたからか、このあとめちゃくちゃ書類の山が消えた。

 

 

 フォークで一口分切り出す。イチョウの形でフォークに乗ったロールケーキは、しっかり冷やしたおかげかクリームが零れ落ちることはない。

 口に運べばふわりと軽い口当たりとクリームの甘さが口いっぱいに広がっていく。ナギサが入れてくれた紅茶を口にすれば、すっきりとした飲み心地が口の中をリセットしてくれて、またロールケーキが食べたくなる。人前でなければ、ひたすらロールケーキと紅茶のリレーを繰り返していたことだろう。

 初挑戦のロールケーキ。なかなかの出来ではないだろうか。

 

「紅茶はお代わりもありますよ。今回はダージリンのセカンドフラッシュを用意してみました」

 

「セカンドフラッシュ?」

 

「夏摘みの茶葉のことさ。野菜や果物に旬があるように、紅茶にも旬、というか季節によって特徴が出るものなのさ」

 

 セイアが言うには春の初摘みをファーストフラッシュ、秋に摘んだものをオータムナルというらしい。……どうしてサードフラッシュじゃないんだろう。紅茶を発明した人は秋が嫌いだったのかな。

 

「ごめんなさい。紅茶にはあまり詳しくなくて」

 

「いいんですよ。美味しいものは美味しいで」

 

「そうだね。先生なんてなにも気にせずにガブガブ飲んでいるんだから」

 

「えっ、いや、もちろん美味しいよ?」

 

 急に話が飛んできた先生は既に三杯目を空にしたところで、三人揃って喉を震わせる。

 

「ヒナさんはあまり紅茶は飲まれないのですか?」

 

「そもそも自分で淹れて飲むって習慣がないかな。基本そんな余裕がないというか」

 

「なるほど……」

 

「ゲヘナの事件件数を考えるとそうなってしまうのやむを得ないのかもしれないね」

 

「ちょっとヤンチャな子が多いから」

 

「「…………」」

 

「? どうしたの?」

 

「あれをヤンチャというあたり、流石はゲヘナの最高戦力だなと」

 

 なぜか苦笑されてしまった。なにかお菓子なことを言っただろうか。

 

「あ、でも。執務中はアコがコーヒーを淹れてくれるの。それはお気に入りと言っていいわね」

 

「行政官の天雨アコさんですか。コーヒーは私もあまり嗜みませんが、ヒナさんのお気に入り、興味がありますね」

 

「今度は他の子たちも交えてお茶会ができればいいわね」

 

「ふふ、そうですね」

 

 こうして四人でのお茶会は和やかに過ぎていった。

 ……あ、そういえば聞くの忘れてた。

 ナギサ、なんでわざわざ自分の椅子を持ってきてたんだろ……次会った時に聞いてみようかな。

 

 

 空崎ヒナの趣味:睡眠、温泉巡り、虎丸での散歩、料理、水族館、音楽鑑賞、お菓子作り。

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