錠前サオリは今、窮地に陥っていた。
自分探しのために始めた単身での傭兵業。騙され唆され、なかなか上手くいかない日々。だがそれはあまり関係ない。騙されたなら次に活かせばいい。唆されたなら反省すればいい。
だが、これはどうしようもない。逃げることはできず。抗おうにも相手は明確に格上。今日ほど自分の経験の浅さを恨んだことはない。おのれマダム!
こんな……こんな……。
「それじゃあ、今日はよろしくね」
「あ、ああ……」
傭兵先で殺し合いをしたゲヘナ最強と強制バディを組んだときの対処法なんて私は知らない!
「大丈夫、錠前サオリ? 声に覇気がないけど」
しかもヘルメットつけているのに身バレしてる!! 透視能力でも持っているというのか!?
***
アルバイトに来たら指名手配犯と組むことになった。キヴォトスって広いようで狭い。
そもそもなぜアルバイトをすることになったか。それはアビドスの一年生、黒見セリカの存在が大きい。趣味探しの一環でアビドスの面々に話を聞いた時、アルバイトと口にしたのが彼女だった。どうやらあの子は学校の借金返済という業務を趣味にまで昇華させたらしい。なんといい子なのだろうか。改めて、ホシノはいい後輩に恵まれたと思う。奥空アヤネもしっかりしているし。……砂狼シロコはもうちょっと注意してあげるべきでは? 銀行強盗が趣味って臆面もなく口にする生徒、ゲヘナでも稀よ?
まあ隙あらば覆面を被ろうとする子のことは置いておくとして、実際柴関ラーメンでアルバイトをする彼女は忙しくも楽しそうであり、趣味の一環であるという言葉に嘘はなさそうだった。
であれば、私も挑戦してみよう。そう考えたのだ。
しかし、残念ながら私はお世辞にも接客に向いているとは言えないし、かと言ってフウカやナギサに教えてもらっている料理の腕も、お客さんに出すレベルには及ばない。そもそも“休みの日”は不定期であるから、普通のアルバイトは不可能だ。
これは諦めるしかないかと考えていたその時、思い出したのだ。即日採用、短期歓迎、社交性もたぶん重要視されないアルバイト……傭兵の存在を。
思い立ったが吉日。休みが決まった次の瞬間には便利屋に連絡し、今日できる傭兵バイトに繋げてもらったのだ。……アコには便利屋を頼ったことは口が裂けても言えないわね。
場所はブラックマーケットに隣接している小規模自治区。どうやらそこの工場がスケバンから襲撃予告を受けたらしい。スケバンって襲撃予告とかするんだ。慈愛の怪盗の真似事かな?
で、そんな仕事現場で遭遇した今回の仕事仲間が目の前にいる錠前サオリ。なぜかフルフェイスのヘルメットを着けているから表情こそ分からないものの。その動きはどこかぎこちない。以前戦った姿と似ても似つかないその様子に、一瞬誰かわからなかったくらいだ。
しかし、本当にどうしたのだろうか。まるで今にも逃げ出したいと言わんばかりの反応……あっ。
「今日はあなたと同じアルバイトで来ているの。突然裏切って拘束、なんてことはしないから大丈夫よ」
「え、あ、いや……そうだな。それはありがたい」
おや、微妙な反応が返ってきた。信用していない感じだろうか。……いや、信用しなくて当然か。ゲヘナではまだアリウスの指名手配はされたままだし。潜伏していたとはいえ、アリウスはトリニティの一派閥。指名手配の意味合いもゲヘナとは違って感じるのだろう。
でも、捕まえないって訂正したのに彼女の様子に改善の兆しは見えない。……ひょっとして仕事が終わったら「あの約束も無効よ」とか言って襲い掛かってくるとか思われてる? それは流石に心外。そんなことやるくらいなら最初から叩き潰しておいて、一人で仕事するわよ。
「お前は、私を恨んでいないのか?」
もう一度訂正を入れた方がいいかと思案していると、立ち尽くしたままだった彼女がぽつりとひとりごちるように言葉を紡ぐ。飾り気のないアサルトライフルを抱えた腕がかすかに震えている。
恨み。それが何に対してなのかは言うまでもないだろう。
「……まあ、何も思うところがない、なんてことはないわよ」
高校生活の集大成にしようとしていた条約締結を白紙にされた。それも最悪な不意打ちで、ゲヘナから見れば相手の内輪揉めに巻き込まれた形でだ。
そしてなにより、あの日は私に絶望の一端を見せつけた。
溢れ出す赤い液体。どんどん小さくなっていく声。
当然、彼をそんな姿にした相手を恨んだ。それ以上に、壊すことしかできない自分に失望した。同じ絶望を味わった彼女のようになれないことに落胆した。
けど――
「当の先生が許したんでしょ? それに多分ナギサたちも」
連邦生徒会、ヴァルキューレはかなり早い段階でアリウススクワッドの指名手配を取り下げていたし、トリニティも取り下げこそしていないが、ある日を境に明らかに捜索の手を緩めだした。前者はお人好しな先生の鶴の一声があったんだろうけど、後者は相当な理由がなければ今も血眼になって見つけ出そうとしているはずだ。詳細は分からないけど、なにかアリウスに対して情状酌量の余地を感じる出来事があったのだろう。
「それなら、私がグチグチ尾を引かせてもみっともないだけでしょ?」
「そ、そういうものなのか……」
そう、そういうものなのだ。調印式を台無しにされた件も、規模の違いこそあれ約束を反故にされるなんてよくあることなのだ。……なんだろう。ちょっと涙出てきたかも。
「だから、私が積極的に他自治区でまであなたたちを追う理由はないのよ。流石にゲヘナに来たら仕事するけどね」
「……分かった。気を付けよう」
流石にゲヘナにいる状況で放置するとマコトがうるさいだろうし、理は彼女にあるわけだから私の怠慢になってしまう。風紀委員長として手を抜くわけにはいかない。
納得したようで、錠前サオリの纏う空気が弛緩する。
「そういえば、今更だけどあなた一人で仕事なのね。てっきりスクワッドのメンバーで行動しているものだと思っていたのに」
「いや、アリウスを離れてからはアツコたちとは別れて生活しているんだ」
「そうなの? どうして……」
てっきり便利屋みたいに一時的な単独依頼なのかと思ったのに、予想外の返答がきてしまった。彼女たちのことは戦ったあの短い時間のことしか知らないけど、それでも確かな絆を感じたのだ。それが今は別々に行動しているというのだから、驚くのも無理はないだろう。
そんな私の驚きをよそに、自嘲するような声を漏らした錠前サオリは近くに積まれたブロックに腰を下ろす。
「まあ、その……大した理由じゃないんだ。今は自分探しをしている最中でな」
「自分探し?」
「ああ、私はアリウスしか知らない。マダムに植え付けられた思想しか知らない。私には、知らないことが多すぎる。だから知りたいんだ。自分が何者になれるのか。何者になりたいのか」
ああ、なるほど。先生はともかく、ナギサたちが捜索の手を緩めたのも納得だ。
アリウスはトリニティ併合時に弾圧された分派、程度の知識しかなかったけど、彼女の話ぶりからそんな孤立した状況をマダムなる人物に利用されてしまったことが分かる。特に錠前サオリは精鋭部隊のリーダー。人一倍利用されてしまったのかもしれない。
それこそ、すべてが終わってから取る行動が“自分探し”になってしまうくらい。
「まあ、戦うことしか知らなかったせいで、やることと言えば傭兵バイトがほとんどなんだがな。それもしょっちゅう騙されて報酬を貰い損ねる始末だ」
「今回はまともな依頼者だといいわね」
「むしろ、私ならともかくお前を騙す愚か者がいるとは思えないが……」
「分からないわよ? 聞いた話だと、C&Cを利用しようとした犯罪者もいたみたいだし」
「ミレニアムのエージェント部隊を? 世の中には私より馬鹿な奴もいるんだな」
いやほんと、たまにキヴォトス住民の考えが分からなくなることがあるくらいには突飛なことばかり起こるのよね。美食研究会がいるのに未だにゲヘナ自治区ですら食品偽装する飲食店はなくならないし。ハルナたちに爆破されるとご利益があるみたいなデマでも流れていない限り納得できない。
「そういえば、そっちはなぜ傭兵バイトを? 正直、ゲヘナの風紀委員長がバイトをするほど困窮しているとは思えないんだが」
「私? 私も似たようなものね。趣味を見つけようと思って色々手を出してるの。アビドスの子がアルバイトが趣味って言ってたから、物は試しと思ってね」
「アビドス……ああ、覆面をつけていた武装集団か」
「え、ちょっと待って何の話?」
覆面って何? 武装集団って何? どういうことなのホシノ!?
***
「――それで、突発でDJをやることになってな」
あれから警備をする傍ら二人で自分探しや趣味探しの話に華を咲かせた。趣味が睡眠くらいのものだったという空崎ヒナだが、この短期間で多くの経験を積んでいるらしい。友人の趣味を試してみる……か。それも面白そうだ。久しぶりに三人と合流して、アツコから花について教えてもらうのもいいかもしれないな。もしくは目の前の彼女に倣って便利屋に声をかけてみようか。陸八魔アルはあれでいて真面目な性格をしているというし、鬼方カヨコは音楽に堪能らしい。DJをした経験が活かせるかもしれない。
「あなた、思いの外色々やってるのね――っ!」
それまで和やかに話していた空崎ヒナの表情がスッと鋭くなる。それは私も同じだっただろう。リラックスしながらも警戒を怠らなかった互いの耳が、かすかな足音を拾ったのだ。
明らかにこちらに向かってくる足音。数は……多い。余裕で十を超える。依頼人や追加の人員の可能性も考えたが、足音が三方向から向かってきていることに気づいて内心首を振る。
というか、相手の数、三十を超えていないか? 一体この工場に何があるというんだ……。
「あ? なんだあんたら?」
「うちらを中にご案内してくれるのかなぁ? ご苦労さんでーす」
やがて現れたのは、やはり武装したスケバン集団。ロケットランチャーなど重武装も見える。相当今回の襲撃に注力しているようだ。
「そんな大所帯で何の用かしら?」
「何の用って決まってんじゃん。この工場で作られた特許製品をもらってあげに来たんだよ」
「とっきょ……?」
「後で詳しく教えてあげる。けど、それならこの規模の襲撃も納得ね」
言葉の意味はよく分からなかったが、話している内容からするにそのとっきょ製品? というものがスケバンたちの狙いらしい。
「最近この工場は羽振りがいいって聞くし、その特許がかなり金になるのは明白。だから私たちが商品をもらって、代わりに販売してあげようってワケ」
「あたしらは懐が潤うし、工場は商品が有名になるし、購入者も商品が手に入って嬉しい。みんなハッピー!」
これは……しょっちゅう騙されている私でも騙されない。いや、そもそも騙す気なんてない身勝手な理論。明らかな悪。
即席の相棒も同じ意見なのだろう。眉間に深い溝を作り、顔を顰めている。
「話にならないわね」
「元よりこっちは話なんてする気ないんだよ。それで? 案内すんの? それとも私たちにボコられたいの?」
しかし、こいつら空崎ヒナを相手によくこれだけ強気に出られるものだ。いや、彼女たちから見るとちょうど影に隠れていて気づいていないのか。そもそもこんなところにゲヘナ最強がいるとは思うまい。逆にこの状況を想定できる人間がいるなら、指揮能力の高い先生と戦術対抗戦をしてみてほしいくらいだ。
「それで、どう対応する?」
未だ自分たちの優位を疑っていないらしいスケバンたちがベラベラと暴言を吐いてくるのを無視して問いかける。
武装はそこそこだが、立ち振る舞いからして一人一人の練度は大したことはない。だが、こちらの仕事は工場に侵入させないことなのに対し、相手は三方向に分かれている上人数差は圧倒的。というか、こうしている間も続々と数が増えている。どれだけすごいんだ、そのとっきょとやらは!
一人一方向担当では足りない。ではもう少し後退する? いや、ロケランを始め対物兵器も揃えられていることを考えるとそれは下策。ではどうすれば……。
いいアイデアが浮かばない私をよそに、こちらを振り返った空崎ヒナはきょとんとした顔で首を傾げる。
「え? 普通に倒せばいいんじゃない?」
「は?」
「ああ、役割分担ってこと? それじゃあ左手お願いできる?」
あまりにも何でもない風に返してくるものだから、思わず固まってしまう。そんな私から視線をスケバンたちに向けると、彼女の象徴である黒塗りのマシンガンを構える。
「お、やるのか? しょうがねえ。みんな、ちょっととっちめガハッ!?」
「「「うわあああああ!?」」」
「「「は?」」」
それは一瞬だった。一瞬の閃光をマシンガン特有の連続した射撃音が聞こえたと思ったら、正面と右手の道に陣取っていたスケバンが軽く十人は吹き飛んだのだ。突然の事態に残っているスケバンと私は間の抜けた声を漏らすしかない。
確かに空崎ヒナはゲヘナ最強と言って差し支えない。否定する人間はいないだろう。
だが、それにしたって強すぎる。今も瞬間移動もかくやといった速度で敵陣に飛び込んだと思ったら、一息で数人を伸してしまった。相手が反撃する時間もない。
明らかに調印式の時より強い。巡航ミサイルの不意打ち込みで考えても、この強さが相手では調印式で負けていたのは私たちだったはずだ。というか、足止め担当だったヒヨリがボロ雑巾のように打ち捨てられている光景しか思い浮かばない。
手を抜いていた? いや、そんなことができる場面ではなかったはずだし、羽沼マコトから伝え聞いた彼女の性格からも考えられない。
ではこの短期間で成長を? 元からキヴォトス最強格なのにさらに成長するのか!? そんなことがあり得るのか!?
実際のところは分からない。正直聞く勇気もない。
とりあえず言えることは一つ。
「さて、お前たちはどうする?」
「「「ひゃあああああ!!」」」
今後絶対、ぜっっったいに空崎ヒナとは敵対しない!!
空崎ヒナの趣味……睡眠、温泉巡り、虎丸での散歩、料理、水族館、音楽鑑賞、お菓子作り、傭兵バイト。