「ワン、ツー、ワン、ツー。穂乃果、ちょっと動きが遅れてる。もっと動きを小さくして」
「はいっ!」
放課後の音ノ木坂学院の屋上に、『μ’s』の正式なマネージャーとなった俺の叱咤の声が響き渡った。
手には歌詞と振り付けを書き留めている紙をバインダーに綴じている。勿論、振り付けはメンバーのパート分け部分を含めてすべてだ。
七人全員分の目なんて俺にはないから、パート分けの部分は後で再度踊ってもらうけれども。パート分けの振り付けの際は動きが散らばり過ぎて統一されていないかどうかの確認をしている。
動くところは動く、止まるところはしっかりと止まる。静と動を上手く合わせなければ見栄えの良いダンスは出来ないからね。
ちなみにバインダーに綴じている振り付けや仮の歌詞カードは自作で、メンバーに注意してもらう点を纏めている紙も自作だ。
何となくこうなると思って、幼馴染の真姫に頼んで歌詞を教えてもらったり振り付けを教えてもらったりしてたのだ。……そこっ、最初から入る気だっただろう。なんて言ったらダメだから。高さ……穂乃果があそこで挫折をしなかったから、こうなっただけだし。
(ことりは体が柔らかいな。柔軟が行き届いている証拠だな。けど、逆に動きのキレに難があるな。逆に穂乃果や凛はキレはあって動きは大きいけど、柔軟が完璧とは言えないか)
注意点を書き記している欄に各々で気になった点を記入していく。
何に対して注意するかによって、俺は練習メニューを少し弄らせてもらうことにする。海未から貰ったこの練習メニューを参考にして新しいメニューを作るか。
「お疲れ様。十分間休憩ねー。今から個人的に対策して欲しい点と個人メニューを纏めるから、休憩終わったら集まってね」
お疲れな様子を全身で現しながら、メンバー全員が揃って日陰へと移動する。それを見届けた後、俺は少し離れた場所でメニューを考えていたのだが、目前にメンバーの数人が現れたことにビックリした。
「……なんだかんだ言って、やる気じゃない」
「うるさい、です。やるなら徹底的にと思っただけですし」
完全に人の話を聞かずに逃げ回っていた頃を思えば、今の全面協力体制や事前の準備が行き届いていることに自分でも驚く。
そりゃあ、愚痴を聞いてもらった立場でもある真姫からしたら、どう思うかなんて簡単に想像がつく。だが、突っ込まないで欲しかった。
思わず素の俺のまま、悪態付きそうになっていた。
「こんな本格的なメニュー、どうやって考え付いたのですが……」
「基本的なメニューは私が使っているメニューと同じだからね。後はことりから聞いた練習メニューと照らし合わせて考えたよ。ちなみにこっちが慣れてきたときの練習メニューだよ」
バインダーの下の方に綴じていた紙を一枚引っ張り出し、メニューについて質問してきた海未と付いてきたことりに渡す。
「あまり増えてませんね」
「これなら今からでも出来そう」
確かにね。
今の彼女達でも、やろうと思えば出来る内容の練習だろう。だが、俺は絶対にさせない。“やろうと思えば”ではダメなんだ。気軽に出来るぐらいのレベルにならなければこのメニューに移ろうとは思えない。
それは、無理をされて体を壊されても困るからだ。
自身の容量を超えた練習は、害しかない。限界を超えたからといって、上手くなるわけでもないし、成長するわけではないからね。
「今はあまり無理をする時ではないんだよ。だからって、手を抜いていいわけじゃないからね。振り付けをきちんと覚えて、実際に踊ったり合わせたりするのはメニューに入れてないから」
俺が『μ's』にしてやれることは、練習メニューを考えたり、作曲したのを聴いて意見を言ったり、作詞された歌詞を見て曲と合わせて考えてアドバイスしたり……嫌だけど、本当に嫌だけど、ことりのデザインした衣装を着て実際に踊って動きにくい点はないか、曲や歌詞に合った衣装かの確認をするのが主な仕事となった。
――俺には海未みたいに作詞の才能があったり、真姫みたいに作曲の才能もあるわけではない。ことりのように服飾の知識も何もない。
それでも、マネージャーらしい仕事が出来ないのは嫌だからと思い至ったのが、練習メニューだ。これなら実際にアイドル活動している俺がかなり目にしているものだし、応用出来るから自分なりのアレンジも加えて『μ's』用として作れる。
「色々と考えてくださっているのですね」
「……まぁ、やるからにはやらないと、ね。別に最初からノリノリだったわけじゃないけど」
「あー! さすが、真姫ちゃんの幼馴染だにゃー!」
「ちょ、ちょっと凛。それどういう意味よ!!」
休憩中の凛がこちらに来て、ツッコミを入れたことにより、練習メニューのことについての会話に参加していた真姫が反応し、少女二人の追いかけっこに発展していた。
「まったく……。そんなに元気なら休憩を早めに終わらせて練習にするよ?」
まだまだ元気いっぱいっぽいし、休憩を終わらせて振り付けの練習の準備をし始めて、数秒後――。
校舎から屋上に繋がる扉が勝手に開かれた。
「ちょっといいかな? 『μ's』の皆に提案があるんやけど」
「副会長?」
「希先輩?」
そこから現れた生徒会副会長の姿を確認した瞬間。
俺は真姫の後ろに身を隠した。自身を隠れ蓑にされた真姫は少し驚いていたが、真姫も経験済みだったのかは定かではないが、すぐに理由は察してくれた。
何故、一番近い海未の背ではなく、追いかけっこをしたが故に遠い場所にいた真姫の後ろに行ったのかは何となくわかるだろう。俺が男だと知っているのが真姫だけだから、真姫以外の彼女らは俺が女だと思い込んでいるから、彼女しか頼れる人がいなかったんだ。
「――部活動紹介の動画に『μ's』の取材を取り入れたいんよ」