実は姉妹なんじゃないかと思うくらい共通点のある2人。
原作でも割と真っ直ぐ好意を伝えてくるキサキに対して先生が大人の対応を見せ、その後キサキがそれを逆手にとって……みたいなシーンがありますが、相手が1年生且つ、寿命が残り少ないという共通点が生えてしまったらどうなってしまうのか。
あ、ガールズラブ注意です。あと漢詩ネタ注意です。
山海経高級中学校自治区の一角。校風として幼児の教育に力を入れているこの自治区では、子供たちの訓練支援を行っている梅花園の教官に対して、他自治区で言う生徒会幹部クラスの特権が与えられるという大きな特徴がある。
現在、大勢の園児達を引き連れて街を練り歩く春原シュンもその例に漏れず、梅花園の教官として山海経における少なくない権限を有している。他の自治区で言えばきっと、その実情は知れずとも、かなりの上位幹部のように思われてもおかしくないだろう。
だからといって、これは…!
これはあまりにあんまりだと思わないか……?
「ネネは演劇を見るの初めてですよね!難しいところはキキが教えます!」
「やったー!ネネ、キキのこと大好きー!」
違和感のない園児服に袖を通したどことなく見た事のある黒色の少女。すなわち玄龍門の現当主である竜華キサキ。…名札によると、今はキキらしい。
そして同じように園児服を着て彼女と腕を組み、姉妹のように楽しそうにしている黒色と紅色の少女。すなわち連邦生徒会所属シャーレの主たる先生代理の鶴喰カサネ。…名札によると、今はネネらしい。
方や、控えめに言って一国の主。
方や、控えめに言って全生徒の地雷。
キサキにしろカサネにしろ、本人達が望まぬ程に彼女らを神格化し、行き過ぎた崇拝を向ける生徒達は後を絶たない。特にカサネに関しては、下手に関わればキヴォトスそのものを敵に回してしまう。
分かりやすい事例で言おう。
彼女が先生代理として働き始めてから、キヴォトスにおける重犯罪は比べ物にならないほどに減ったが、とある犯罪に関しては増加の一方を辿っている。なんだと思う?
端的に言えばそれは特定の違法品取引だ。カサネの生活音を盗聴したモノ、プライベートの盗撮、カサネがデフォルメされた無許可のぬいぐるみやフィギュア、果てには自慰用のカサネを模したラブドール何てものすら出回っている始末。一部の生徒達による努力によってカサネ本人はそれらを認知していないが、名のある生徒から無名の一生徒達まで余すとこなく非常に重い感情を向けられている全方位地雷少女こそがこのカサネという少女なのだ。
「ネネ〜!キキもネネのこと大好きです!!」
「えへへー!ネネ達両思いですね!」
組んだ腕から抱き締め合うようにして目の前でじゃれ合う2人の少女達。
あぁ今日1日これを引率しないといけないのか。
何かしらのトラブルに巻き込まれたら、
彼女達に無礼を働いてしまったら、
私が彼女達に気付いている事を気付かれてしまったら、
頭を撫で合ったり、横から抱き着き頬擦りし合ったりと、見た目だけなら天使がじゃれ合っているような光景を眺め、しかしキリキリと胃が痛み始めているのを感じ、朝からため息を我慢するような憂鬱に苛まれる。
だけどまぁ、この2人が普段のその身に余る重責から解放されて、心から楽しそうにしているのだから、
だからまぁ、今日1日くらい頑張ってみよう。
少しでも彼女達の人知れない苦痛が安らげる1日になりますようにと決意を新たにする。
しかしその少女達が背負う、ある身体の都合上、半日もしない内に撤退せざるを得ないということを知らない故に、
昼前には2人がいつの間にか居なくなっている事に気付いて、とんだ肩透かしを食らうことになるとは、
この時のシュンにはちっとも想像出来ていなかった。
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「して、演劇はどうじゃった?快然たるものがあったのなら良いのじゃが…」
半日も経たずにちょうどお昼前というところで私達は玄龍門に帰った。こういう時、余計に自分の体が恨めしく感じる。もっとカサネの園児服姿を堪能したかったというのに。もっとカサネに、覆い隠さねばならぬ本音をあけすけのまま伝えていたいのに。
普段なら1人で座る無駄に豪華絢爛な椅子に、寄り添うように2人で座り、細く骨ばったカサネの腰に手を回して彼女の瞳を至近距離で見つめる。
問いかけるように微笑めば、無邪気な笑顔と共に白々と明ける空を響かせるような声で応えてくれる。
「とっても面白かったよ!キサキの解説のおかげもあって凄く楽しめた!」
「それは重畳、2人して変装した甲斐があったのう」
以前ルミが彼女を招いた時は、騒動に巻き込むだけ巻き込んでおいて宴という形で報恩することしか出来ずに、結局、私が本来彼女に見せて回りたかった山海経の佳所や伝統を呈すことは叶わなかった。
今日1日、否、半日にも満たぬ遊山であったが、それでも彼女と、私の愛する山海経を見て回れたことが何より嬉しく思う。彼女には迷惑を掛けるが、願わくば何時か、山海経の外にだって共に…
「いい練習になったなら良かったよ」
「む…あぁ、そういえばそうじゃったな」
元々はレッドウィンターの賓客を饗す練習がしたいという体で呼び付けたのだったな。実際いい練習にはなったが、そんな建前を用意しなければ彼女と同じ時を過ごすことすら儘ならぬ事が嘆かわしく、そしてもどかしい。
「むぅ…上手く転べばよいがの……」
ため息を押し殺しながら疲れたように彼女の肩に寄りかかると、カサネの手が私の肩を軽く抱き、もう一方の手でサラサラと頭を撫でてくる。…あぁ、これはいいな…
彼女の小さな手櫛が私の髪を丁寧に梳いていく。心身の疲れが取れるような感覚と、彼女の腕の中で、私が彼女のモノになれているという充足感が心を満たしてくれる。
横目で瞳を見つめ合いながら、彼女は、彼女の肩に顔を乗せた私の耳元で優しく、そしてどこまでも甘い声音で囁く。
「前にも言ったけど、キサキの頑張っているところ、私ちゃんと見ているよ?」
「…ふふ、前にも言ったが、其方誰にでも同じ事を言っておろう?」
「…むー……それでも、キサキが望むならいつでも傍…に……っ!……ゲホッ!……ぅ…!…」
「カサネ…?!」
このまま眠ってしまいたいと思うほど満ち足りた空間で、カサネが前触れなく突然口元を手で抑えて咳き込み始めた。苦しげな瞳から薄らと涙が浮かび、玉のような汗を垂らしながら抑えた手の隙間より吐血している。ゴホゴホと咳き込む声は迫り上がる血液によって溺れながら藻掻くような声にすら聞こえ、苦しげな彼女の背を擦りながら、オロオロと私は何をすることも出来ない。
「カサネ!…カサネ!!」
なぜ?
いやどうすればいい?
毒か?病か?
人を呼ぶべき?
寧ろ人払いをすべきか?
厭だ、嫌だ、イヤだ、
「…いやじゃ……!!カサネ…!」
血の気の引いた彼女の表情に負けないほど青ざめて狼狽する私に、彼女は苦しげな表情を押し殺してニコリと微笑み、血の付いていない方の手で私の手を握りしめた。指の間に絡まりギュッと握られる小さな手からトクトクと心拍が伝わってくる。
「大…丈夫……ここに、居る…よ?」
「……かさ…ね…………頼む…!…妾を…落ち留まらせないでくりゃれ……!!」
赤子のように、捨てられた小動物のように震えながら口元を鮮血で染めているカサネの胸に顔を埋めてか細く囁く。…もしかすると、サヤもこんな気持ちだったのだろうか。
「…うん……置いて行ったりしないよ」
発作が治まったのか、苦しげだったのが嘘のように、困ったように微笑む彼女を見て何故か胸が苦しくなる。痛いくらいに彼女を抱き締め、しかし目を離せば何処かに行ってしまうのではないかと不安が湧き上がってしまい、全身で彼女を感じ取ろうと努める。
「キサキ…服汚れちゃうよ」
「構うものか!そんな…!……なぜ其方は…!」
服がどうしたというのだ。そんな事を気にしている場合か?ことある事に再認識するが、やはり彼女は何処かズレている。何時だって、何処までも他人の事しか案じない。どれだけ苦労しても、傷ついても、笑顔で誰かを守り、そして誰も彼もを救おうとする。
それは彼女の美点でもあり、そして悪癖だ。
「じゃあキサキ…1つだけ頼んでもいいかな?」
「…無論じゃ…取り敢えず拭くモノと水を…」
「この事…秘密にして?……キサキのも秘密にするからさ」
「……なんの事じゃ」
カサネは縋るように懇願してきた。
身体の事か?なぜバレた?
…正直、この際だ。彼女にならバレていたとしても大した問題は無い。それを悪用するような者では無いし、口も堅い。
だが、腹芸にはむかない彼女にすら悟られる程に取り繕えていなかったというのは大問題だ。内心で冷や汗を垂らす私を彼女は抱き直しながら優しく答え合わせをする。
「分かるよ…私も同じような状態だからさ」
「…病か?」
「……代償って言えばいいのかな」
明るい声とは裏腹にその根底にやるせなさを感じるような声音で、彼女はポツポツと語った。
神秘解放という寿命を代償にした秘技のこと。
力不足な自分ではそれに頼り続けるしか無かったこと。
ミレニアム、トリニティでの騒動に加え、ビナーやホドといった正体不明の魍魎と戦う際にも酷使し、現時点でも60年以上は消費していること。
そして、いつか生徒達を置いて先立つその時が怖いこと。
「…だから…何となくキサキの皆を見る目に見覚えがあったんだ……自分がいなくなっても上手くやっていけるのかな?って不安でしょうがない瞳がさ」
「…そう…か」
カサネは、聞き終えて唖然とし、何一つ言葉が出ない私をいつの間にか汚れを拭っていた両手で優しく抱き締める。
共通点が多いとは思っていた。
今はどうあれ3年生でも無いのに、余りに大きなモノを背負わされて、そしてそれに耐えて来た。だと言うのに世界は私達に褒美をくれるどころか、残酷にも更なる枷を、重石を課してくる。
或いは、耐えてきたからこそ、その命すら蝕まれてしまった。
「…ふふ…誰にでもは言っておろうが、……それでも妾に対して特別を感じてはいたのじゃな……」
意地の悪い言い方だ。それでもこれくらいの毒は吐いたっていいだろう。何のしがらみもなくカサネの隣にいる自分を夢想してしまわないように。
「…そうかもね…先生失格だ…」
「…ならば……先生なぞ辞めて…残り少ない時間だけでも、妾のモノになってはくれぬか…?」
「…魅力的だけど、そういう訳にもいかないよ、……まだ救わなきゃいけない人達がいるから………それが先生の役目だからね」
そう言って彼女は寂しげに笑った。
きっと、少し前ならば、誇らしく或いは嬉しそうに言っただろうセリフ。
数え切れない程の傷が、彼女の心を擦り減らして、どれだけ彼女の傍に居ても初めて見るような、そんな姿。
しかしそれ程擦り切れていても、その信念だけは決して折れない。
どんなに辛そうな顔をしていても、逃げ出すことは決してしない。
だから私は、貴女に共感し、励まされたんだ。
だから私は、貴女に惚れたのだ。
今だけは弱々しく俯く彼女の頬を両手で包み込むようにして此方を向かせる。
雛鳥のように小さな、未だ僅かに血に濡れた桜色の唇。
何一つ艶めかしさなどない筈なのに目が捕らわれて止まないそれに、
驚き、そして抵抗する暇も与えずに、自らの口を押し付けた。
「……!……むぐっ!……ぅ……!」
頬を包んでいた両手を後頭部に回し、必死に逃れようとするカサネを押さえつけて、その口腔を貪り尽くす。舌を無理やりに捩じ込み、少しだけ血の匂いがする彼女の舌を絡めとって味わい、それが纏う唾液をコクコクと飲み干していく。鉄の味がする粘性のそれすらも取り込んでしまいたくて、吸い上げるように、奪い取るようにカサネの血液を飲み込む。
椅子の背もたれに彼女を押し付けて、私を押し返そうとする弱々しい両手を掴み取り、ぎゅうぎゅうと身体を擦り寄せる。息継ぎの隙間すら与えずに彼女の身動ぎを楽しむ。
互いの口元から零れる雫を気にもとめず、やがて彼女の唾液を存分に味わい、飲み干し、そして私の唾液を大量に飲ませた所で思い出したように彼女の唇を解放した。
「…ぷはっぁ……はぁ……はっ……!」
粘性の増した唾液が橋をかけるカサネの惚けた表情に理性が削られるが、これ以上はいけないと必死に踏みとどまる。
ようやく自由になった手で口元を隠し、カサネは謝るように言葉を紡ぐ。
「…キサキ……その…私は先生だから……」
「……………すまぬ………分かってはおるのじゃ」
「…うん…………ごめん……」
無理矢理されたことに対する怒りすら見せず、申し訳なさそうにする姿に少しクラりとする。若しくは、そろそろ限界が来たのかもしれない。私の心臓はきっと嘗て無いほど早く、強く脈打っているだろうに。
一瞬で理性と意識を奪われてしまいそうな危険な色香を纏うカサネに、これ以上の過ちを犯さぬよう、疲れ果てて倒れ込むようにして抱き着く。
叶わない恋なのは分かっているんだ。
私もカサネも沢山のモノを背負っている。
この感情は押し殺すべきもので、きっと伝えるべきものではない。
でも、どうしても聞かざるをえない。
どうしても我慢できない。
「…のう……カサネよ」
「もしも、…もしもじゃ」
「もしも妾も其方も、なんの重荷も責任もなく、身体に何不自由なく、唯の親友として生まれ育っておったなら」
「…其方は、妾の贈るツバナを手に取ってくれたか…?」
「…キサキ……それは…」
珍しく言葉に詰まる姿。
知りたくない事を知ってしまったが、それでも今日はきっといい日だ。カサネの意外な姿を幾度も見ることが出来、そして無理矢理とはいえ彼女と口づけを交わした。だから、ここらが潮時で、これ以上を望むのは、それは高望みというものだろう。
「…すまぬ…忘れてくれ、……今日はもう眠るとしよう」
凭れるように座る彼女に、覆い被さるかの如く正面から抱き着いていた、その唇を奪っていた感覚を恋しく思いながらもゆっくりと立ち上がり彼女を外に案内する。僅かに俯きながら歩く彼女を見て、少し悪戯が過ぎたかと反省し、どう声を掛けたものかと思案していると。
不意に肩を掴まれグイと、振り向かせられた。
「…んっ?!」
何が起きたのか理解出来ずに身体が固まる。
焦点の合わないボヤけた視界には、
目を閉じたカサネのかんばせが見える。
触れ合う唇から僅かに感じる彼女の呼吸と愛。
ついさっき無理矢理したそれとは違う、唇を合わせるだけの、純潔で高潔な接吻。
彼女と触れ合うほんの数秒が、これまでの人生の価値すら変えてしまいそうな程に愛おしい。
幸福の定義にすら石を投げる程に心地好い。
やがてゆっくりと離れたカサネは何処か吹っ切れたように、しかし恥ずかしそうにか細く鳴いた。
「…さっきの話、忘れるからさ、……その、この答えも…忘れて欲しい…ん…だけど……」
珍しく瞳も合わさずに、何処か曖昧としたウロウロした声。両手を揉みながら目を逸らし、真っ赤に染まった頬を隠すように僅かに俯く姿。
…きっとこの姿だけで、キヴォトスにあるほぼ全ての学園が傾いてしまうほどの、そんな傾国の危険すら孕んだ紅潮した美しく可愛らしい表情。
「…っ……!…ふふ……ならば、其方の答えを、しっかり覚えておくとしようかの」
「…ちょっ…!キサキっ!」
「冗談じゃ…忘れるし、誰にも口外せぬよ……するものか」
この姿は、妾だけのもの。
誰に見せぬ。教えはせぬ。
今の今までどんな時も、妾の中にはどうしようもない諦観があった。
それも仕方無い。
山海経の中で何が起きようと、花が散ろうと、洪水になろうと、雷が落ちようと、それらは妾の責。それが玄龍門の門主というモノ。
そんな立場に、仕事に悩殺されながら、何一つ高校生らしいこともせず、遠くない何時かに来る終わりに怯え、絶望していた。
其方と出逢うまでは。
妾よりも多くのモノを背負い、そしてその重さに苦しめられても、何時だって笑顔で誰かを救うため奔走していた。
門主という立場に、果たすべき責任に向き合いながら、それでも籠鳥が雲を恋うようなこの思いに、
「君が望むなら、どんなに遠くだって行こう!」
…そう応えて、妾よりも朽ちかけの身体で楽しそうに手を引いてくれた。
東雲の最中、懲りもせずにやって来た今日を、
薄暮の迫る中、今宵も死せずに眠れるかを、
何時か其方に会えなくなる事を、
春日が其方を憶うように物寂しく恐れながら、
それでも、きっと其方も同じように恐れ、しかしそれでも立ち向かっているのだろうと思うと。
もう少しだけ、頑張ってみようとそう思える。
其方に伝えた想いも、
其方が応えた想いも、
しっかりと胸に
この身が果てるその時まで、
何時か、不覚ず君が家に至るまで、
其方が愛してくれた山海経の黒君として、
必ずや皆を守り抜いて見せようぞ。
すまんかった。
お前生徒とキスしてんじゃねぇよ先生はそんな事しねぇんだよ偽物じゃねぇかこいつ!と謗られても仕方ないですね苦しいですね。
でも、呉越同舟時点でカサネちゃんはもう死にかけだし、弱りきって生徒の部分が顔を覗かせてても美味しいかなって…
後、このコンディションで最終編のクソデカ覚悟を見せてくれたんだなって思えばギリ美味しいかなって…