じゃあ私はリムベルドに帰るから……
夜を閉じ込めたような曇天。
束の間の静寂を切り裂くようにポツポツと零れ始めた雨粒に打たれて、固まりかけていた血が思い出したように融解し始める。
痛みに震える脚に鞭打ち、頭から垂れる血を拭いもせずに銃を構え少女と相対する。
死を背負うかの如く重く、そして圧倒的なプレッシャーを纏う少女。
何かに操られるように、或いは茫然自失の泡沫に沈みながらも、本質に導かれるように死を撒き散らさんと歩みを進める灰色の少女。
空崎ヒナは最強だ。
比喩でも誇張でもなく一騎当千。
腕に覚えがある者でも、血みどろの訓練を続けた者でも、彼女の前では唯の一般人になり下がる。
そしてキヴォトスで唯一、彼女と対等であれた筈の夢追い人も、今はもう、この世にいない。
つまるところ今のキヴォトスに空崎ヒナを止めることの出来るモノなど何一つとして存在しない。
そのはずなのに、だというのに、彼女は小一時間戦っても目の前にいる少女を打ち倒すことが出来ずにいた。それどころか反撃に放たれる、恐ろしい程の力が込められた赤黒い稲妻を纏う弾丸に打ちのめされ、身体中に細かい切傷や打撲を量産する始末。終いには膝をつき、しかし意識だけは意地でも失うものかと、未だ抗う。
「…もう……諦めたら…?」
「…はぁ……!…っ……私は諦めが悪いの……!」
エデン条約調印式。
私はカサネを守れず、それどころか彼女に庇われた。
ゲヘナ風紀委員長である私と、唯の空崎ヒナでしかないつまらない私を見て、そのどちらも大切に想ってくれた彼女を、
「頼りにしてるよ」と、「一緒に頑張ろう」と、そう笑って、重荷を共に背負ってくれた彼女を、
私は何があっても守ると、そう誓ったのに。
目の前で爆弾に覆い被さる彼女を止めることすら出来ず、意識を失った彼女の姿に絶望し、そして、私は全てを擲とうとした。
だけど、今度こそ間違えない。
痛みを無視して銃に力を込める。呼応するかの如く王冠のようなヘイローが、鋭い瞳が、星雲のように濃い紫に燃え上がり明滅した。
濃密な力を感じ取った少女は初めて身構える様子を少しだけ見せて、そして問いかけてきた。
「……なんで…そんな…」
「…カサネと…約束したのよ」
不思議そうに、或いは苛立ったように問いかける死の神に誇らしげに、
…できるだけそう見えるように答えを返す。
私の憧れた、彼女のように。
少しだけ、彼女の勇気を借りるように。
「カサネが居ない間は……!」
「私が…!…キヴォトスを護る……!!」
世界に宣言するかのように言い放ち、そして借り物の勇気と誇りを翼に込めて、余りに強大な死歿の女神に立ち向かう。
身体中が裂けてしまいそうな程に力を込めた脚と翼が、地面と空気を蹴りとばそうとするその寸前。
控えめな雨音を押し退けるように、コツコツと場違いな足音が聞こえた。
それだけで、カサネが来た。来てくれた。そう確信した。
なんでそう思ったのかは分からない。可能性は幾らでもあったはずだ。
例えば、剣先ツルギは電車と正面衝突しても数秒後には平然としているくらいに身体の再生速度が早いらしい、だから重症を負わされていた彼女が戦線に復帰したとか。
例えば、美甘ネルは例えどれだけ重症を負わせても、数百キロの銃身を持つ超電磁砲を直撃させても、地に背をつかせることは出来ないのだとか。だから、膝をついたまま気絶していた彼女が意識を取り戻しただとか。
或いは、避難誘導に専念させていたイオリや他学園の次期当主候補の生徒達が援軍に来てくれただとか。
希望的観測をするならば、幾らでも可能性はある。
しかし、私は確信を持って振り返る。
100日ぶりにカサネに会えると、
愚かにも隠しきれない歓喜を顕にして、
「カサネ…!私、……私ずっと…!」
「……っ……!…ぇ……?…かさ…ね……?」
笑顔さえ浮かんでいた私の顔が、青ざめ、そして絶望していく様はさぞ滑稽だったろう。
病院服を纏うカサネの顔は半透明なプレートに半分以上を覆われ、その中で、まるで剥がれ落ちないようにと釘を打ち込んだように、痛々しく金属のボルトが無機質に皮膚を貫き顔を固定していた。
左腕は二の腕の半ばで捩じ切れたようにその先を失っていて、下半身は彼女を支えるように寄り添う紫色の光に覆われてその先を見ることが出来ない。
どんな時でも笑顔を絶やさなかった彼女の表情は、屍兵のような表情で何処か遠い所を見つめていた。
あぁ…何が今度は間違えないだ。そもそもカサネがシャーレの爆発に巻き込まれた時点で私は、私達は間違っていたんだ。
ほんの一時でも彼女の傍を離れるべきじゃなかった。心のどこかで彼女の強さに甘えていたんだ。カサネなら、きっとまた立ち上がってくれると、そう思い込んで。
カサネの、戦いの強さなんかじゃない無い本物の強さに、私は憧れ、そして初めて抱くその感情を深く理解せずに、彼女を神聖視していた。その結果がコレだ。
「…カサネ…ごめんなさい…!……私!……わた…し……!!」
カサネは未だ彼岸を渡らぬ身体で死の神に相対していた。普段の彼女からは考えられないほどに鋭い瞳で油断なく彼女を見据えて。
しかし、私が涙を零しながら謝っているのに気付くと、少し迷った様子を見せた後に、タブレットを小脇に抱え、そして彼女に唯一残された右手を私の頭にポンと乗せた。
きっと、手を持ち上げるのも苦労するのだろう、普段より幾分乱雑に置かれた手で、私の頭頂部を軽く撫でて、そして金属に縫い合わされた顔で、それでも笑い、何事かを呟いた。
「
「…カサネ……?」
口だけで紡がれた言葉は音と成らず、終ぞ聞き取ることは出来なくて、しかし彼女は言うべきことは言ったと、そう前を向き直し、そして彼女の元へ歩いていく。その姿がどこかいつもの彼女と違うように見えて、まるで死ぬ前に遺言を伝えるような仕草に嫌な予感がして、私の前を歩こうとする彼女を止めようと手を伸ばした。
「危ない!」
しかし突如、アヌビスが弾かれたように銃を撃った。無理矢理糸を動かされた人形のような動きで放たれた、濃密な恐怖を纏った弾丸はカサネの持つタブレットに吸い込まれるように飛んでいき、
「え…?…かさね…………?」
庇うように身体を割り込ませたカサネに直撃した。
3発の弾丸はカサネの腹部と胸部を容易く貫き、水溜まりを紅に染めた。
自分から銃弾に当たりに行くだなんて想像できず、私は前のように彼女を庇うことも出来なかった。
彼女が生命を散らすその瞬間を、背後よりただ眺め、その光景に脳が理解を拒んだように唖然と間抜け面を晒して。
そうして、深い深い絶望に心折れたように、私は雨に沈み意識を失った。
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引きこもるように布団の中に顔を埋め、何をするでもなくただひたすらに虚空を見つめる。そしてそれを繰り返すだけの無為な日々。
終末の災禍からもう一週間たった。
私達の戦いを見守り、支援していた後方部隊の報告によれば、カサネは凶弾に倒れ、しかしその後膨大な力を迸らせながら宙に手を伸ばし、そして空間の裂け目としか形容できない場所にアヌビス諸共飛び込んだらしい。
それ以来、アヌビスもカサネもまるで別世界に旅立ってしまったかのように音沙汰なく、影も形もない。
…本当は何となく分かってる。
あれはカサネなりの最期の戦いだったんだ。
恐怖に染まれば、アヌビスのように何者かに支配される。しかしその直前で彼女の切り札である神秘解放を全力で使い、そして彼女は反転した。
これによってアヌビスを支配している何者かですら制御出来ない力を一時的に手に入れて、そして支配権を奪われるより早く別の世界に自分達を隔離した。…この世界をこれ以上壊させないために。そしてきっと、あの死の神にすらハッピーエンドを齎すために。
一週間。
カサネが居なくなってからの一週間は、
カサネの居ないキヴォトスは嘘のように静かだ。
まるで誰1人居ない灰色の世界に取り残されてしまったかのように静かだ。
普段は喧騒に満ちているゲヘナでさえ、最後に銃声が響いたのは6日前か5日前。
引きこもる私を心配したのか、アコから送られてくるメッセージの文面ですらカサネともう二度と会えないことに対する絶望がひしひしと感じ取れる。
…アコの話によれば、ゲヘナ自治区だけじゃなく凡そ殆どの学園において不登校の生徒が生徒全体の7〜8割程度にまで増えたらしい。
頽廃的に、或いは惰性的にスマホを開き、よく考えれば開く必要なかったなと思い至りながらSNSを開く。
おすすめに並ぶいいね数の多い投稿は全てが一週間前の日付で、私が唯一フォローしているシャーレ公式アカウントの呟きが殆どだ。
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【連邦生徒会シャーレ公式★】@schale_official
私借り物競走何回走ればいいの!?
しかもなんでみんなお題見せてくれないの!?
まぁみんなと沢山走れるのは嬉しくもあるけども!!光輪大祭も終盤だけど熱中症には気をつけて!!
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【連邦生徒会シャーレ公式★】@schale_official
やっと仕事終わったよ……みんなおはよう。
もうすぐ始業だけど1時間だけ仮眠するね、緊急で直ぐに来て欲しい時はスマホにおねがい。
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なんて事ない日常の徒然なる、しかし何より愛おしい日々達。何気ない一言から感じられる、底の見えない慈愛に、それが喪われてしまった事に絶望し直してしまいそうで、やめにしようと、スマホを置こうとした時、1つの投稿が目に止まった。
ほんの15分前に呟かれたそれは、その短時間で10万を超えるいいねが付けられている。
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【白兎】@Whitebunny
本人は私に見なかったことにしてって言ってるけど、先輩達の顔がずっと暗いままなのは嫌なので公開します。サイトに纏めてリンク貼るので各自で好きに確認して下さい。
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怪訝に思いながらも特に考えもなく、投稿に添付されたURLに触れた。少し前までならウイルス対策ソフトでも立ち上げてから開いていただろうそれに無警戒に触れた。
「……っ!?」
開かれた簡素なページ。そこに青色の文字でズラリと並ぶのは人名だった。
愛清フウカ
蒼森ミネ
赤司ジュンコ
秋泉モミジ
朱城ルミ
明星ヒマリ
朝顔ハナエ
浅黄ムツキ
朝比奈フィーナ
阿慈谷ヒフミ
飛鳥馬トキ
甘雨アコ
天地ニヤ
天見ノドカ
荒槇ヤクモ
………
……
…
「あ」から始まる人だけでもずらりと並ぶそれは一つ一つがまた別ページに飛ぶURLになっていた。
知った名前のある中で、なんとなく自分の名前を探す。カ行の群れを通り過ぎサ行の群れの中。
……
……
空井サキ
空崎ヒナ
小鳥遊ホシノ
……
……
「…あった」
恐る恐る自分の名前に触れ、次のページに飛んだ。そこには先程と同じような簡素なページに私の名前が同じく青色の文字でずらりと並んでいた。先程と違うのは載っているのは私の名前だけで、そして私の名前の後ろにそれぞれ数字が付いていること。
空崎ヒナ18
空崎ヒナ19
空崎ヒナ20
…………
…………
空崎ヒナ100
18から100まで続く数字が割り振られたリンクに触れようとして、今度はそれがジャンプリンクではなく動画ファイルのリンクであることに気付く。
とはいえ、ここまで進んだ好奇心には逆らえず、私は空崎ヒナ18と書かれたそれにゆっくりと触れた。
そして、1秒にも満たない読み込みの後、
画面いっぱいに、彼女が映った。
シャーレのエントランスを抜けて、視聴覚室の裏にあるオフィス。青春の物語が紡がれる始発点であり、彼女の仕事場であり、キヴォトス中の生徒が愛した、「彼女に会える場所」
身体の随所に包帯やガーゼを巻きながら、しかし最期の瞬間に比べればずっとずっと健在なカサネはカメラが起動していることを確認すると、控えめに両手を振りながらニコリと、いつものように優しく微笑んで口を開いた。
『誕生日おめでとーう!ヒナー!』
「…!?」
『驚いたー?…実はスーパーな相棒ちゃんにお願いして、私が死んじゃったとしても皆の誕生日にメールを送れるようにして貰ったんだー……って、これからこの説明何回することになるんだろうね…?
何を隠そう、これが一発目の収録なんだよね、多分私は、今際の際で君に頼ろうとしてしまうだろうから、
だから何かしらのメッセージを遺しておいた方がいいかなって思ってさ。
それで、どうせだったら安心して逝けるように、皆の分も作っておこうと思ってこういう形にしたんだ。
……って…そんなことどうでもいいか。
それよりヒナ!18歳だよ18歳!!
キヴォトスの外では18歳を境に大人とする所もあるんだって!まぁキヴォトスでもR18とかいう表記はあるし、1つの境界なのは間違いないんだろうけど。
えぇっと……とにかく!場所によってはもう大人扱いされるくらいにヒナは歳を重ねたんだよ!おめでとう!!
もう進路は決まった?なりたいもの、やってみたいことはできた?困った時や辛い時に頼ることの出来る友達は出来た?
学業も委員会も何一つ心配してないけど、一つだけ心配があるとすれば、ヒナのやりたいことが見つかっているといいなーって心配してるんだ。
でもね、もしもやりたいことがずっと見つからなくても心配しないで。
どれだけ時間をかけたっていい。
沢山のことを経験して、その中で眩しく見えるものをいつか見つけ出して、それからゆっくり考えていいんだよ。
…なんだか誕生日なのに説教垂れちゃってごめん。でも、それだけ君のこの先の人生が幸あるものでありますようにって、そう思っているんだ。
それから………うん、…もしも私が居なくなった後、キヴォトスの皆に何かあった時は、気にかけて貰えるとうれしい。
……ホントはこんなこと言いたくないんだ。
1人の生徒に重石を押し付けるなんて、きっと先生失格だから。
でも、……いやだからこそ、これはシャーレの先生代理の鶴喰カサネとしてじゃなくて、クロユリ学園高等部1年の鶴喰カサネとして、ヒナの1人の親友としてのお願い。
「
…………って誕生日なのに辛気臭いよね!!ごめん!!でも大丈夫!来年はもっと底抜けに明るく祝うから、だから来年を楽しみにしてて!!
それじゃあまたねー!』
彼女は溌剌としつつも控えめな動作で手を振った。
惚けてしまいそうな位の甘い声に込められた強靭な芯とどこまでも深い愛。
洞窟のような暗闇のなか、網膜を焼くブルーライトが織る1と0の羅列を眺めながら、ボタボタと溢れる涙が布団と枕を濡らした。
「…うぅ…!…っ……!……かさねぇ……!」
一週間ぶりに受け取る彼女の慈愛は、希望溢れる春の暖かい陽射しのようだ。
どこまでも私の事を案じ、そして私のこれからをひたすら祈るような、そんな言葉達。
あの時のように、何もかもを諦めて擲とうとする私を、閉じ篭り絶望する私を、こんなにも簡単に融かして、救って、そして陽のあたる場所へ連れ出そうとしてしまう。
カサネ。貴女はやっぱり凄いよ。
貴女は私達の憧れで、そして太陽だった。
慣れない涙に震える指で、次の動画ファイルを開こうとする。
…正直彼女の仕込み通り、彼女から送られてくるのを待った方が良いかなとも思ったけど、でもそれ以上にカサネの声がもっと聞きたくて、彼女を見ていたくて、
…それで次々と動画を開いた。
『誕生日おめでとう!ヒナ!!
それから遅くなったけど……ていうかホントに1年遅れてるけど、……高校卒業おめでとう!
19歳!……19歳って凄いなぁ……もう大人になるまで1年しかないんだね。
ヒナは大学に行ったのかな?成績的には結構いい大学も目指せる感じだったから、ヒナが今どこで何を学んでいるのか私は想像もできないや。
それでも、私が伝えることは決まってるんだ。
大人になるまでの1年。これからでも沢山のことを経験して、そして立派な大人になれるように、ずっとお祈りしているよ。
……えへへ…余計なお世話かもしれないけどさぁ!…好きな人とか出来た?
ずっと忙しくてそういうお話聞いたこともなかったからさー!
もしもヒナに、この人はっていう大切な人が出来たら……めんどくさがらずに勇気をだして1歩前に進めるといいね。
……正直、それはそれでなんだかちょっぴり寂しいけれど、
…それでもヒナが前を向いて、笑顔で歩めているといいな。
……ふふん、それじゃあまたねー!』
『うおぉぉぉ!誕生日おめでとう!!!
20歳!!成人おめでとー!!!
いやぁ……遂にこの時が来たんだねぇ…
大人になったヒナを見れないのが私の中での心残りだけど、でも……
……うん!やめやめ!折角の誕生日なんだから!
…大人になった君に、まだ子供でしかない私がこんな話をするのも不思議かもしれないけれど、それでももう少しだけ、君の先生でいさせて欲しいから……
…うん、……責任についての話。前にもしたよね
私には真似っ子しか出来なかった、大人としての責任と義務。
今のヒナは、もうそれを背負う立場になった
大人としてやらなくちゃならないこと、
大人としてやってはいけないこと、
……沢山あって、それはきっと、とても重い。
でもね!正直そんなに心配してないんだ。
私の知る君は責任感があって、そして誰よりも頑張り屋さんな女の子だから!
だからきっと、大人になっても、
……ううん、きっと君はもう立派な大人になれてる。そう思うし、そう信じてるよ。
大人として生きるこれからは、今までとは少し違うかもしれない、初めて経験する苦難もあるかもしれない。
それでもきっと君なら大丈夫。
なんてったって、君は私の親友で、
私の自慢の生徒だから!
…うん、それじゃあまたね。
時には逃げたっていいから、
これからも、頑張ってね、
…ずっと応援しているから。
…それじゃあ!また来年ー!!』
『誕生日おめでとう!
21歳かぁ…もしも大学に行ってるなら、もう1年しかないんだね。
あ!そうそう、去年言おうと思ってたのに言い忘れてたから今言うけどさぁ、お酒には気を付けてね!
いやまぁヒナに関してはあんまり心配してないんだけど、でも真面目で頑張り屋な人ほどストレスでお酒に走ったりもしちゃいそうだなぁって思うから。
……さてさてー最後にこの話をしたのは19の時だったかな、…好きな人は出来た!?
あと1年しかないよ!もし居るなら当たって砕けろだよ!!
……うん?もう誰かと付き合ってますっていう可能性もあるのかな……?だとしたらおめでとう!
…………うーん、流石に4年も経ってるし、今だから正直に言うとね、君が私を好いてくれてたのは、実は気付いていたんだ。
ていうか、実は結構私モテてたみたいでさ、いや最近気付いたんだけど、今更だけどね?
……でも、私は君達を置いていってしまうから、だから気付かないふりをする事にしたんだ。
だから、今だから!正直に言うとね!!
みんなみんな大好きだけど、
ヒナは私の中でもかなり特別扱いしちゃってた相手の1人なんだ。
私の中で、先生としてじゃなくて、1生徒として、1後輩として甘えたくなる先輩みたいな、そんな感情を密かに抱いてた。
それが間違いだったとは思ってないんだ。
だって、私が今日まで頑張れたのは、君が傍に居てくれたからだと思うからさ。
だから、私にとっての君みたいな、そんな人がもしも君に出来たら、…その時は臆病にならずちゃんと伝えてあげてね。
大学に行ってるなら、あと1年、最後の学生生活、楽しんでね!
また来年ー!』
無邪気に手を振るカサネを眺めていると、ふと、息苦しさを覚えて、意識的に呼吸をしようとして、けれどもなぜか、上手く呼吸が出来なくて。
ポツリと音を立てて枕に沈んだ雫が増えて。
私は、子供のように嗚咽しながら泣いていた。
「……うっ…!…っ……!…うぅ…っ!…」
立て続けに贈られる、海を統べるかのように深く、それでいて月光のように優しく寄り添ってくれる彼女の愛。
こんなものを私が100歳になるまでずっと、それも、私だけじゃなく彼女を慕う総ての生徒に向けて。
…それは一体、どれほどの愛があれば出来ることなのだろう。
「…うぅ…っ!…あいっ…たいよ…!…かさねぇ…!」
余りに手遅れな私の愛は、もう二度と彼女に届かない。
にも関わらず彼女の愛は私達を包み、そして今ですら、皆を導かんと私達の先を歩こうとしている。
私達の誰よりも幼く、小さな彼女は、それでいていつも、誰よりも前を歩き続けている。
今も、尚。
死して、それでも尚。
……あぁ、私は本当に間抜けで愚鈍だ。
1度ならず2度までも、同じ間違いを犯すなんて。
もう間違えないと、そう誓ったんだ。
例え君を守れなかった私でも、
君に想いを伝えれなかった私でも、
それでも、擲った全てをもう一度。
…君が愛してくれたこの世界を、今度は私が。
「……っ……!……頑張ら…なきゃ…」
彼女を喪う瞬間が明滅するフラッシュバックを押えつけて、トラウマに押しつぶされそうになる手を電話口に伸ばす。
プルプルと鳴るコール音が怖い。
この後に続く人の声が怖い。
それでも、託されたモノを。
彼女の、意志を。
『委員長!?…どうなされました!?…何かあったなら今からご自宅に……!』
「……アコ」
『………っ!……委員長……?』
偽物だと罵られたっていい。
紛い物だと笑われたっていい。
…きっとカサネも同じように悩みながら、それでも青空を奏でるように私達を愛し、そして足掻いてくれていたのだから。
「…アコ…私は、っ……カサネの後を、継ぐ…」
『……それは』
「わかってるわ……私じゃ、カサネの代わりには……なれない」
カサネが私達を想って遺してくれた愛を、
自信を持って受け取ることが出来るようになりたい。
私だけじゃない。みんなが後腐れなく、負い目なく受け取れるようにしたいんだ。
こんな終幕は嫌なんだ。
こんなお別れは嫌なんだ。
だから、ずっとずっと後になって、君の声を聞きながら、そんなこともあったねと笑えるように。
君と私の、ずっと大切なものが決して失われませんようにと。
君と積み上げた尽力が絶対に無駄になんかならないように。
あの世ですらないどこかで、きっと私達を案じている君が、いつかその時が来たとしても安心して眠れるように。
もう二度と、彼女に逢えなくても。
もう二度と、彼女と話せなくても。
今度こそ、
「それでも…私は……」
偽りの先生にしかなれなくたって、
今度こそは、必ず護り抜いてみせる。