ロ リ ナ パ テ ス   作:( 눈_눈)

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アイン ソフ オウル生存ルートでマルクトとケイに溺愛されるカサネを書きたいンゴねぇ。
→けどデカグラ編は細部まで読み込んで二次創作するハードルが高すぎて…
→とりあえず手のつけられるアビドス3章から書いてみるか…



再逢 アビドス3章

 

舞い散る、と言うには随分乱暴で容赦がない砂塵の群れが、冷たい夜風に撫でられて駅の建物を薙いでいた。

 

恐らくはカイザーの兵士たちが待ち伏せしているであろう駅は、しかし無人駅のように静かだ。

 

 

「……誰もいない?」

 

 

或いは、身を隠した状態から一斉に奇襲を仕掛けようとしているのかもしれない。

呟きながらも念の為、盾を開いて、どんな状況にも対応できるようにする。

 

コツコツと、無骨で冷ややかな音を立てながら、数時間前に利用した建物の扉を恐る恐る開けると、

 

 

「……待ってたよ、…ホシノ」

 

 

沢山の液晶を背にして、机に寄りかかるようにしながらも、腰に帯びた刀に片手を預け、もう片手でキセルのような物を物憂げに吸っている白い少女がいた。

 

身長は、私よりも小さく、真っ白な髪は腰あたりまで伸びていて、赤色の瞳は血の色のように妖しく煌めいている。

 

机でキセルを、まるで水を切るように軽く叩き、燻る内容物を捨てたあと、腰あたりのポーチにしまっていた。

 

 

「……えっと…?……迷子なら帰り道を教えてあげようか?…………ていうか、何それ?」

 

 

「……ん?……あぁこのキセルのこと?…………まぁ、薬みたいなものかな……身体を誤魔化すだけのモノだけどね」

 

 

おどけたように答える少女を前にして、迂闊に動くことが出来なかった。

一瞬わからなかったが、目の前の少女は例の方舟で戦った少女だ。確か名前は、

 

 

「……カサネちゃん……だっけ…?……結局、ここで何してるの?」

 

 

「…………………………あはは、…………君にそう呼ばれるの……なんだか…懐かしいや……」

 

 

質問の内容にも触れず、何故か少し泣きそうになりながらも、少女は笑う。

 

厄介である。と感じた。

間違いなく、強い。

先程戦った眼帯の少女が、比較にならないほどに。

……下手をすれば、負けかねないほどに。

 

 

「……ねぇ、……質問に答えてくれるかな?」

 

 

少しの苛立ちを隠さずに言い放つ。

こんな所で、時間を食っている場合じゃないんだ。

 

 

「……君を、…止めに来たよ」

 

 

「……今度は、先生としてじゃなくて……友達として」

 

 

少女はゆっくりと、百鬼夜行で稀に見られるような日本刀を抜刀する。

妖しく煌めく刃は、ほんの僅かに紫色に輝き、ヘイローの加護すらも、容易く切り裂くだろうことが肌で分かる。

 

 

「……ずっと木刀使ってたから、…コレを抜くのは久しぶりだなぁ…」

 

 

ホルスターに帯びているハンドガンと刀による近中距離タイプ。

ハンドガンによる高威力な制圧射撃と、至近距離での一撃必殺。

 

 

「……そっか、………じゃあ、…仕方ないか…」

 

 

相手の戦闘方法、技術、思考パターンを想像し、トレースし、先読みする。

1歩近寄る毎に、肌に伝わる強者の圧が、余計に少女の動きを予測させてくれる。

 

僅かに足先へ力を込める。

 

その動きに合わせるように、少女の手が柄を握り込んだ。

 

……やっぱり、向こうも待っている。

 

盾で受け、ショットガンで崩し、ハンドガンで追い打ちをかける。やるべき事は、それだけだ。

単純で、だからこそ厄介で対応できない戦法を。

 

息を吐く。

 

床に転がっていた硝子片が、夜風に揺れて小さく鳴った。

 

それが合図だったみたいに、

次の瞬間、私たちは同時に走り出していた。

 

盾を前に出しながら踏み込むと、紫の光が横薙ぎに走った。

耳の奥を掠めるような高い音と共に、盾の表面で刃が弾けて、星屑のような火花が夜に散る。

 

 

「……くぅ……っ…!」

 

 

重い。信じられない程に。

受け止めたはずなのに、斬撃の芯だけが、盾の奥まで軋むように響く。

巨人か何かの腕を受け止めているみたいだ。

 

それでも踏み込みを止めず、ショットガンを至近距離で向ける。

 

撃つ。

 

轟音。

机の上の書類が鳥の群れを散らしたように吹き飛び、液晶の一つが火花を散らした。

 

けれど、少女は消えたように、もうそこにいない。

 

低く潜り込むように身体を倒し、私の盾の横を抜けて、懐へ滑り込んでくる。

速く、そして蛇のように巧みだ。

反応が遅れる。

 

それでも鍛えぬいた反射に従い、ショットガンを空に置いてハンドガンを抜き、ウィーバースタンスのコンバットハイポジションに構え、最早構えながらも素早く銃口を落とす。

 

引き金を引くと同時に、紫の刃が振り抜かれる。

当たり前のように弾道を逸らされ、弾丸は見当違いの床を抉った。

 

そのまま、刀の切っ先が喉元へ伸びる。

 

 

「……くっ…!」

 

 

盾を畳むように肘を曲げて、はたくように刃を外側へ受け流した。

肩口を掠めた光が、制服の布だけを裂いていく。

 

 

「……っ」

 

 

声にならない息だけが漏れた。

 

どうやら、この距離は、まずいみたいだ。

 

咄嗟に一歩引こうとした足に、少女の足が素早く絡む。

 

 

「……な…っ…!……」

 

 

けれど、ハンドガンを胸にしまいながら、倒れる前に盾を床へ突き立て、無理やり体勢を戻して堪える。

 

 

少女の赤い瞳が、すぐそこにあった。

鮮血のような紅。禍々しいほどの紅でありながら、何故か見とれてしまいそうな、……そんな色の瞳。

 

 

「……は…っ……!」

 

 

至近距離で掴み直したショットガンを振るう。

撃つためではなく、殴るために。

 

銃身が少女の肩へ落ちる直前、刀の鍔がそれを受けた。

金属が噛み合い、火花が散る。

部屋中に、金属が軋む音が響いた。

 

今しかないと、そのまま押し込む。

少女の身体が僅かに沈んだ。

 

けれど、次の瞬間、手首を返すような小さな動きだけで、私の力が外へ逃がされた。

流れる水のように、するりと受け流されて、

 

そのまま逆袈裟に刃が跳ねる。

 

体勢を崩されかけながらも、なんとか盾で受ける。

角度を調整して受けたはずなのに、腕がひどく痺れた。

 

堪らず後ろに跳ねて、距離を取る。

 

 

……面倒だなぁ、ほんと。

 

 

強い。とても。

 

もちろん、倒せない相手じゃない。

倒せない相手じゃないけれど、倒している時間がない。

視界の端で、モニター前のレバーを確認する。

 

そこまで、ほんの数メートル。

 

私は盾を前に押し出しながら、ショットガンを構え直した。

少女は刀を低く垂らし、もう片方の手で腰のホルスターへ触れる。

 

マグナム。

 

気づいた瞬間、盾を前に。

 

銃声が一つ、空気を叩くように重く響く。

 

衝撃が盾越しに身体ごと押し戻される。

……尋常じゃない重さ。

 

二発目。

 

盾で受けながら素早く横へ流れる。

隙を突こうとした私の動きの、さらにその隙間を縫うように、少女が踏み込んだ。

 

刃が、銃声の余韻を斬り裂いて迫る。

 

咄嗟にショットガンを撃った。

散弾が少女の進路を埋めて、

 

それでも、全く止まらない。

 

刀が閃き、弾のいくつかを払った。

払えなかったものが肩や脇腹を叩き、少女の身体を僅かに揺らすが、まるで止まらず、

 

細い身体が、こちらの盾の内側へ潜る。

盾を戻すより早く、刀の柄頭が腹部に叩き込まれた。

 

息が詰まる。

 

続く斬撃を、よろめきながら盾の縁で受ける。

距離を取ろうと足を動かせば、その分だけ少女は深く踏み込んで逃がしてくれない。

 

一度、二度、三度。

 

金属音が狭い駅舎に反響する。

液晶が震え、机が軋み、斬撃の余波で壁に飾られていた何かの案内板が真っ二つになって落ちた。

 

大盾を大きく振り抜き、少女を一瞬だけ弾き飛ばす。

今しかないと、その隙に腰のポーチへ手を伸ばした。

小さな筒を抜き、床へ落とす。

 

次の瞬間、白い閃光が部屋を塗り潰した。

 

音が爆ぜる。

視界が焼ける。

 

素早く走り出し、しかし何も見えないはずの白の中で、空気が裂けた。

 

……来る。

 

刃は、僅かに甘い。

目ではなく、空気の揺れだけを頼りに振られた刀は、それでも十分すぎるほど鋭い。でも、

 

盾の角度を合わせる。

 

紫が盾の縁を滑り、そして火花となって散る。

こんな状況の刃ですらも、戦車の砲弾をパリィするより苦労することに戦慄しつつも、刃が外へ流れた一瞬、私は身体を低くして走った。

 

液晶の前へ。

 

レバーを掴んで、力任せに引いた。

 

ガコン、と腹の底に響くような音。

機械が目を覚まして、駅舎の外から、古びた車輪の軋みと、連結器の揺れる音が聞こえてきた。

 

列車が動き出したみたいだ。

 

私は振り返らないまま、近くの壁を盾で突き破った。

 

冷たい夜風と砂が顔を叩く。

 

軽く壁を蹴って、ホームへ転がり出るように着地し、走る。

 

その瞬間、背後から夜を裂くように紫の光が煌めいた。

外壁が斜めに、バターを裂くように切断されて、勘で身体を逸らした私のすぐ横を破片が飛んでいく。

 

振り向かず、動き出した列車へ飛び乗った。

 

最後尾に近い車両の扉を蹴り開け、内部へ滑り込む。

 

古い座席、薄汚れた窓。

天井で点滅する照明。

 

列車はゆっくりと、しかし確かに加速していく。

 

私は疲れ果てたみたいに背中を壁に預け、息を吐いた。

 

ほんの数秒。

本当に、ほんの数秒だけ。

 

 

「……はぁ………冗談きついね〜…………ほんとうに…」

 

 

喉の奥が砂でざらついている。

肩が熱い。

腹部に残った衝撃が、呼吸のたびに鈍く疼く。

 

それでも、目的は果たした。

列車は動いた。

このまま大オアシス駅まで行ければ、それでいい。

 

 

「…………………………うそでしょ…?」

 

 

嫌な予感。

何故だか感じる、本能的な危険信号。

 

一瞬考えた瞬間に、首の後ろがぞくりと冷えて、

 

そして、考えるより先に、後ろへ飛び退く。

 

その直後、車両の壁がずるりとズレて、線路に落ちていく。

 

紫色の斬撃が、列車の側面を千切るように走り抜け、座席も手すりも窓枠も、まとめて斜めに切断して、

 

そして遅れて、金属の悲鳴が響いた。

 

切断された車両の一部が夜の砂漠へ剥がれ落ちる。

風が一気に流れ込み、髪と制服を激しく揺らした。

 

私は着地と同時にさらに下がる。

 

斬撃そのものを避けるように、車両の中を先頭車両に向けて下がっていく。

切断面から埃と火の手が散り、古い鉄が焼ける匂いがした。

 

一息つく暇もなく、私は背後の連結部へ向けて走った。

 

扉を撃ち抜き、蹴破る。

車両間の揺れる足場を飛び越え、次の車両へ移る。

 

足元の床は、列車の揺れなのか、切り裂かれた車両そのものの悲鳴なのか分からない震え方をしていて、次に踏み込む場所さえ一瞬遅れて見えた。

 

その背後で、無数の剣閃が走り、さっきまでいた場所が斜めに、そして横に、縦に切り裂かれていく。

 

紫の光が夜の中で尾を引いている。

 

次の車両へ飛び移った瞬間、目の前で、足元の車両が半ばから斜めに切断された。

 

重心が崩れて、切り落とされた列車と共に線路に落ちそうになる。

 

 

「…………ほんとうに滅茶苦茶だねぇっ!?」

 

 

悪態をつきながらも、かろうじて車両の前半分へ転がり込んだ。

背後で、切られた車両が軋みながら取り残されていく。

 

その切断面から中に入るように、白い影が降り立った。

 

夜風に揺れる、真っ白の長髪。

尾を引くような、紅い瞳。

そして、淡く輝く紫色の刀。

 

刀を片手に下げて、軽く息を整えるように片手を腰に。

瞳だけが、暗い砂漠の中で妙にはっきりと見えた。

 

 

「……先生からの連絡があるまでは、…付き合ってもらうよ……」

 

 

列車の速度も、風も、砂も。

何もかもが、その少女の周りだけ少し遅れているように見える。

 

私は、頬に浮いた冷や汗を拭う余裕もなかった。

 

それでも。

 

それでも、口元だけが僅かに歪んだ。

 

初めてだった。

ここまで、同じ高さでこちらを見てくる相手は。

 

厄介で、本当に、嫌になるくらい強い。

けれど、胸の奥で、ほんの少しだけ…

 

 

「……………………まいったねぇ」

 

 

声は、風に攫われるほど小さく、

そして、少女は何も言わず、刀を持ち上げる。

私も盾を開き、ショットガンを構え直した。

 

彼女の足が、切断された鉄板を静かに蹴った。

それだけで、車両の揺れとは違う震動が床から伝わる。

 

次の瞬間、夜風を置き去りにするように、剣閃が、車両の隙間を縫うように迫る。

 

私は盾を斜めに構え、半歩だけ前へ出た。

 

ここは列車の中だ。

天井は低く、座席は邪魔で、通路も狭い。

どれだけ速くても、どれだけ鋭くても、刀が通れる場所には限りがある。

 

振り下ろしか、突き。

 

…選択肢そのものが、駅舎の中よりずっと少ない。

 

紫の線が右上から落ちる。

 

盾を合わせた。

刃が盾の表面を滑り、

耳障りな音と共に、天井に届くほどの火花。

 

そして、盾をしまいながら、すぐにショットガンを片手で撃つ。

 

少女は身体を捻って避けるが、避ける先もやっぱり狭い。さっきに比べて、ほんの僅かな遅れ。

 

距離を詰めながら、片手でショットガンを回して排莢しつつも、もう片手でハンドガンを抜いて、撃つ。

 

弾丸は当たり前のように刀で逸らされた。

けれど、それでいい。

 

刀をその角度で使えば、次に振れる方向は決まる。

 

紫の刃が、狭い通路の中で無理に切り返される。

天井の荷物置きを避けるように、跳ね上がる。

 

ハンドガンを胸に収め、盾を再度展開しつつも、私は身を低くして更に前へ滑り込んだ。

 

展開途中の盾の縁で刃の根元を押さえ、肩からぶつかるように踏み込む。

 

少女の細い身体が、弾き飛ばされて壁へ叩きつけられた。

金属の骨組みが嫌な音を立てる。

 

すぐに、カサネちゃんの左手が腰へ伸びる。

 

 

「……だよね…!」

 

 

盾で刀を押し込んだまま、ショットガンを捨てるように肩から吊り下げ、空いた手でその腕を弾いた。

銃口が逸れ、マグナムの発砲音が車両内で爆ぜる。

 

弾丸は窓を砕き、夜へ消えた。

 

そのまま刀を握る右手首を、盾じゃなくて左手でしっかりと掴む。

 

信じられないくらい細いのに、掌の中で暴れる力は、まるで猛獣の首を無理矢理押さえ込んでいるみたいだった。

 

床へなんとか押さえつける。

窓枠が歪み、割れ残った硝子がぱらぱらと落ちる。

 

少女の右手を、押し付けるように床へ。

刀の刃が床を擦り、紫の光が細い線を引いた。

 

この体勢なら振れない。

振れるはずがない。

 

私は息を詰めたまま、さらに膝を腹に乗せるようにして、動きを封じた。

 

赤い瞳が、すぐ近くにある。

血の色みたいな目が、こちらを見上げた。

 

追い詰めた。

やっと、捕まえた。

 

少しの安堵と共に、何から聞き出そうかと思案した、その瞬間。

カサネちゃんの、その口元が、にやりと歪んだ。

 

 

「…………さすがだね……」

 

 

「……はー…………もう、……しょうがないなぁ…」

 

 

瞬間、少女の全身から紫の光が噴き上がった。

肌の奥を針で撫でられるような感覚が走る。

 

押さえ込んでいたはずの右腕が、ぞくりとする程に重さを変えた。

 

これは、まずい。この距離は。

 

そう思った時には、もう遅かった。

 

咄嗟に背後に飛ぼうとして、

次の瞬間、それより早く腹部へ蹴りが叩き込まれた。

 

盾越しではない。

 

息が、完全に止まり、そして身体が真横に飛ぶように浮いた。

車両の通路を転がるように吹き飛ばされ、受け身も取れずに背中から扉へ叩きつけられる。

 

古い扉が歪み、肺の奥から潰れた息が漏れた。

 

視界の端で、紫が膨らむ。

 

さっきまでの窮屈そうな動きが、消えていた。

少女は、刀をゆったりと上段に構える。

 

そこには天井が、壁が、そして座席があった。

 

刀を振るには邪魔なものばかりだった。

 

しかし、それを、邪魔だとすら思っていないように。

 

紫の刃が振り下ろされた。

 

天井が開く。

床が裂ける。

座席が、窓枠が、まとめて断面を晒してずれた。

 

私は転がりながら盾を構え、斬撃をなんとか受ける。

 

切り裂かれた車両の一部が、また、線路へ落ちていった。

カサネちゃんの足元が傾き、そして、

その瞬間、カサネちゃんは迷わず前へ跳んだ。

 

刀を振るう度に、自分が立っていた場所が落ち、そしてそれより速く。

崩れる鉄を足場にするように。

まるで、列車そのものを使い捨ての床にしているみたいに。

 

また、刀が振られる。

一瞬で、何度も。

 

横薙ぎ。

袈裟斬り。

振り下ろし。

 

 

「…………やば…っ……!!」

 

 

私は身を沈めて、座席の影へ滑り込む。

頭上を紫の光が走り、髪の端が数本、宙に舞った。

 

冷や汗を拭う暇もなく、

しかしそれでも、振り抜いた後隙を、撃つ。

 

ショットガンの散弾が、狭い車両を埋め、

けれど、少女は斬撃を振り終えた体勢から、そのまま身体を捻ってかわした。

 

避けながら、さらに床を蹴る。

閃光の度に、足元が落ちていく。

切り裂かれた後部が線路へ吸い込まれていく。

鉄が砕け、車輪が跳ね、夜闇に吸い込まれるみたいに残骸だけが落ちていく。

 

その直前、或いは直後に彼女だけが前へ飛び、そして紫の刃が、また列車を斬り裂いていく。

 

一両を、少しずつ。

まるでまな板の上で何かを切るように列車を刻んでいく。

 

……このままじゃ駄目だ。

 

倒せるかどうかじゃない。

凌げるかどうかでもない。

 

このまま続けば、列車がもたない。

 

大オアシス駅へ向かう前に、この列車がただの鉄屑になる。

 

私は咄嗟に天井を見た。

 

次の斬撃が来る。

 

盾を斜め下に構えて、あえて正面から受けた。

腕が痺れ、しかし身体が僅かに浮き上がる。

 

その反動を利用して、割れた天井へ身体を押し上げた。

 

片手で縁を掴み、さらに足を掛ける。

 

背後で、紫の線が床を走った。

さっきまでいた場所が、真っ直ぐ裂ける。

 

切断面から吹き込んだ風に、焼けた鉄と火薬と、古い油の焦げる臭いが混じって、息を吸うたび喉の奥がざらつくように痛む。

 

それを気にする余裕もなく、私はそのまま車両の屋根へ転がり出た。

 

夜風が全身を叩く。

 

列車は渓谷へ差しかかっていた。

両側に黒い岩壁が迫り、遥か下には、月明かりすら届かない影が広がっている。

 

風が強く、砂が痛い。

そのうえ足場は、酷く揺れる。

 

私は膝をつきながら体勢を整え、盾を前に構えた。

 

すぐ下で、車両の天井が内側から裂ける。

 

刃が突き上がり、一瞬で鉄板を花びらみたいに開いた。

その穴から、少女が跳ねるように現れる。

 

長い髪が、夜風に大きく流れた。

 

彼女が屋根へ着地した瞬間、列車が大きく揺れる。

 

 

「……はぁ…………はぁっ……!……諦めが、悪いねぇ……!」

 

 

「…………はぁ……!……はー…っ……!」

 

 

私は腰のポーチへ手を伸ばす。

 

カサネちゃんは、刀を片手にこちらへ歩いてくる。

軽く胸を押さえながら、揺れる列車の上で、油断なく構えながら。

 

 

(……列車から落とすしか、ない)

 

 

私は自分の背後へ、小さな筒を放った。

 

金属の筒が屋根を跳ね、後ろで白い煙を一気に噴き出す。煙幕、つまりはスモークグレネードだ。

風に煽られた煙は、一瞬で私の背後から前へ流れ、二人の間を覆った。

 

視界が切れる。

 

その一瞬で十分だった。

私は煙の中へ踏み込み、盾を身体ごと前へ押し出す。

 

刃が来るより早く。

 

大盾の縁を、殴るように少女の身体へ叩き込んだ。

 

 

「……ぅぐっ…!…」

 

 

カサネちゃんの身体が大きく浮き、そして列車の後方へ大きく弾き飛ばされる。

 

それでも空中で身を捻り、

少し前に切り落とされ、線路の上で跳ねながら転がっていた車両の残骸。

そこへ、猫のように軽く着地した。

 

残骸が軋む。

少女は膝を沈め、刀を逆手に構え直す。

 

今だ。

 

私は振り返らずに走った。

 

一つ前の車両へ。

 

屋根の上を駆け、連結部分へ向かう。

足元の鉄板が揺れ、車両同士の隙間から線路が流れて見えた。

 

ここを切り離すしかない。後続を捨てるしかない。

 

私は連結部の上に膝をつき、ハンドガンを抜いた。

…そして、撃とうとした瞬間、背筋が凍る。

 

後ろを見るより先に、とにかく必死に盾を引き寄せる。

 

遠く、残骸の上で白い影が沈んで、

次の瞬間、その残骸が爆ぜるみたいに後ろへ流れた。

カサネちゃんが蹴ったのだと、理解が追いつくより早く、スローになる視界の中で、紫の光が目の前に来ていた。

 

神速。

 

そんな言葉が、頭の片隅に浮かぶ。

盾を必死に間に入れる。

 

爆発を無理やり抑え込んだみたいな、耳障りな轟音が谷を走り抜ける。

 

…なんとか、防げはした。

 

でも、体勢は悪いし膝をついたままで、更には片手に銃を握ったままだ。

おまけに足場は激しく揺れている。

 

刃が盾へ食い込む。

金属の悲鳴が、耳の奥で爆ぜた。

 

私は歯を食いしばり、手と足に全神経を注ぐ。

殺しきれない爆発のような衝撃が、酷く乱暴に轟き、そして、

 

…気づけば、身体が宙に浮いている。

 

カサネちゃんの赤い瞳が、目の前にあった。

白い少女も、反対側へ弾かれている。

 

連結部の金属片が、夜風の中へ散った。

列車は、渓谷の上を走っていて、

その下には、黒い影だけが口を開けていた。

 

重力が、ふたりの身体を掴む。

 

私とカサネちゃんは、壊れた連結部から同時に投げ出されるように、走る列車の下へ、渓谷の底へと落ちていった。

 

風の音が、耳のすぐ横で潰れていた。

列車の車輪の軋みも、鉄が砕ける音も、どこか遠くへ引き伸ばされていく。

 

夜空が見えた。

カサネちゃんの白い髪が、砂漠の夜に溶けるみたいに広がっていた。

 

手を伸ばせば届きそうで。

けれど、伸ばしたところで何になるのかも分からなくて。

 

……ああ、落ちてるんだ。

 

そんな、やけに他人事みたいな感想が浮かんだ直後。

 

それを最後に、何も分からなくなった。

 

 

──────

 

 

……あたたかい。

 

最初に思ったのは、それだった。

 

冷たい砂でも、硬い岩でもない。

柔らかくて、けれど沈み込みすぎない。

人の体温を持った、妙に慣れ親しんだ感触。

 

頭の奥が、まだぼんやりしている。

目を開けようとしても、まぶたが重い。

 

身体は痛い。

背中も、腹も、腕も、足も、全部が少しずつ軋んでいる。

けれど、それだけだった。

 

折れている感じはない。

裂けている感じもない。

 

なら、まだ動ける。

 

そう判断して、けれど身体を起こす気になれなくて。

そんな時、額に触れていた指先が、ゆっくりと髪を梳いた。

 

ひどく丁寧な手つきだった。

 

乱暴に扱えば壊れてしまうものを、触れているみたいな。

起こさないように、でも、傍にいることだけは、どうしても伝えたい。……そんな感覚。

 

いつかの昼下がり。

書類の山を前に、疲れて机に突っ伏していた私の頭を、勝手に撫でてきた人の手。

 

笑いながら、心底嬉しそうに名前を呼んでくれた声。

 

 

 

……ユメ先輩。

 

 

 

「…………ん……」

 

 

喉から、かすれた声が漏れた。

 

ゆっくり目を開ける。

 

最初に見えたのは、白い髪だった。

夜風に揺れて、月明かりを薄く含んでいる、真っ白な髪。

 

次に見えたのは、赤い瞳。

血のように紅くて、けれどさっきまでみたいな鋭さは、少しだけ薄れているような気がした。

 

カサネちゃんが、私を膝枕していた。

 

私の頭を、自分の膝の上に乗せて。

片手で髪を撫でながら、もう片方の手で、自分の脇腹を押さえていた。

 

彼女は、傷だらけだった。

 

服は随所が裂けている。

そこから見える白い肌には、細い擦り傷がいくつも走っていた。

頬にも、額にも、血が滲んでいる。

唇の端には乾ききらない赤が残っていて、呼吸のたびに、胸が苦しそうに上下していた。

 

それでも。

 

彼女は、私を見下ろして、

…そうして、少しだけ笑ったんだ。

 

 

「……おはよう、ホシノ」

 

 

その声があまりに穏やかで、私は、何を言うべきか分からなくなってしまった。

 

痛む身体を動かして起き上がろうとすると、彼女の指が、ほんの少しだけ髪を押さえた。

まるで、まだ寝ていていいよ、と言うみたいに。

 

 

「……なに、してるの…」

 

 

自分でも驚くくらい、低い声が出た。

 

 

「……何のつもり?」

 

 

カサネちゃんは瞬きをして、それから少し困ったように笑う。

 

 

「……ここに来たのは…君を倒すのが目的じゃなくて、止めるのが目的だから」

 

 

「…………」

 

 

「……だから、倒れてるホシノを、…そのまま放っておける訳ないでしょう?」

 

 

言葉だけ聞けば、一見、筋は通っているのかもしれない。

でも、さっきまで列車ごと斬り刻んでいた相手を、今は膝枕をして頭を撫でている訳だ。

 

理解が追いつかない。

 

……いや。

理解したくないのかもしれない。

 

渓谷の底は、思っていたよりも広かった。

線路は遥か上を通っていて、今ではもう、列車の音もほとんど聞こえない。

岩肌の隙間から吹き込む夜風だけが、砂を薄く巻き上げている。

 

少し離れた場所に、私の盾が落ちていた。

更にその向こうで、切断された列車の破片が、まだ小さく火花を散らしている。

 

 

「……そもそもさ…」

 

 

「……なんで、止めたの?」

 

 

カサネちゃんは、すぐには答えなかった。

 

呼吸が少し浅い。

それでも彼女は、痛むはずの身体をそのままに、真っ直ぐ私を見る。

 

赤い瞳の奥で、何かが揺れていた。

 

怒りでも、敵意でもない。

もっと古くて、もっと深くて、もっとどうしようもないものが。

 

 

「……同じ過ちを」

 

 

ぽつり、と。

まるで溢れ落ちるみたいに、彼女は言った。

 

 

「……繰り返さないためだよ」

 

 

笑えなかった。否定もできなかった。

 

今度こそ死なせるものか。

今度こそ守ってみせる。

今度こそ、間に合わせる。

 

そのためだけに私は走り、戦い、そして後輩達の想いに目をつぶった。

 

……ずっと、分かってる。言われなくても、自分でよく分かってるんだ。

 

これじゃあ焼き直しだ。繰り返しだ。

 

……そんなことは分かってるんだ。

 

せっかく助けてもらったのに、申し訳ないとも思う。

 

けれど、ひとりで背負い込むという過ちを繰り返さないようにと行動すれば、今度は大切な人を守れないという過ちを繰り返すかもしれない。

 

…そんな、地獄みたいな状況で、

どちらを選んでも、片方は同じ過ちを繰り返すことになるのなら、なってしまうのなら、

 

…少なくとも皆を守れる方を選びたかった。

今度こそ、誰も死なせたくなかった。

 

例えそれが、愚かな行動だとしても。

私の行動を、皆が、先生が、否定すると分かっていても。

 

間に合わなかった過去を、今度こそは、塗り替えられる気がして。

或いは、どう足掻いても塗り替えられないと分かっていても、それでも動かずにはいられなくて。

 

だから、なにも言い返せなかった。

 

口に出しかけた言葉が、喉の奥で砂みたいに固まる。

 

 

「………………君の、……過ちって、なに?」

 

 

代わりに、そう聞いた。

 

カサネちゃんの表情が、少しだけ崩れる。

 

さっきまで、あれほど強かった少女が。

列車を刻んで、私のことすらも追い詰めた少女が。

辛そうな表情を隠せずに、ぽつぽつと呟く。

まるで、言い聞かせるように。

 

 

「………私なんて居なくても、ハッピーエンドに辿り着けるのかもしれない…」

 

 

「…………それでも、…………それでもね…」

 

 

彼女の赤い瞳から、涙が一粒、ぽろりと落ちた。

 

それは砂に落ちる前に、彼女の頬を伝って、傷の上を濡らし、そして血と混じって、薄く儚い線になる。

 

 

「……今度こそ」

 

 

声はひどく、震えて、そして弱々しい。

それでも告げる。

 

それは呪いにも似て、福音の翼とは程遠く、

しかし積み重ねるは誓いの言葉。

 

 

 

 

 

「……今度こそ……君を守ってみせる」

 

 

 

 

カサネちゃんは、そう言って、私の頭をひと撫でした。

 

 

「……あの時に、…そう、決めたんだ」

 

 

その手つきが。

その声が。

その泣き方が。

 

あまりにも、自分と同じ場所に立っていて、水面に写したみたいにそっくりで、息が詰まる。

 

もう失わないために。

もう二度と、同じ後悔を繰り返さないために。

自分の中で燃え続けている後悔に、今度こそ意味を持たせるために。

 

思わず、目を逸らす。

 

 

「……そっか……」

 

 

「…………………………それでも、ごめんね。……カサネちゃん」

 

 

身体を起こして、膝に力を入れ、立ち上がる。

 

身体が少しふらついた。

腹の奥が鈍く痛む。

けれど、動ける。

 

 

「…………やっぱり……わたしは行くよ」

 

 

カサネちゃんが、はっと顔を上げた。

 

 

「待って!」

 

 

伸ばされた手が、私の袖に届く前に止まる。

そして、次の瞬間、彼女は酷く咳き込んだ。

 

 

 

「……ホシ……ノっ、……!……げほ……っ、ぁ……!」

 

 

 

身体を折るようにして、喉を押さえる。

細い肩が震えて、

続けて、溺れるような濡れた音。

 

砂の上に、赤が散る。

抑えた口元からボタボタと溢れ落ちるそれは、紛うことなき血液だった。

…つまり、吐血していた。

 

思わず足を止める。

 

カサネちゃんは口元を押さえたまま、もう一度私を追おうとして、

けれど、膝がかくりと、力を失ったみたいに崩れる。

咄嗟に手をついた岩肌で血に濡れた指先が滑り、彼女の身体が前へ倒れた。

 

 

……我ながら呆れるけれど、その姿が。

 

また、重なったんだ。

 

無理に追いかけようとして、足をもつれさせて、砂の上にみっともなく転んだ姿。

私が呆れて、ため息をついて、それでも手を差し伸べた時の、あの瞬間。

 

 

 

「…………はぁ」

 

 

 

口から、勝手に溜息が出た。

 

……何やってるんだろ。

こんなことをしている場合じゃないのに。

 

分かっている。

 

分かっているはずなのに、どうしても足が動かなかった。

 

…だってこの葛藤に近い感情すらも、

あの時にひどく似ていたのだから。

 

 

私は歩み寄り、カサネちゃんの近くにしゃがんで、彼女の腰のポーチへ手を伸ばした。

 

 

「……っ、……けほ……っ……!……なに、を……?」

 

 

「……これ」

 

 

ポーチから、さっき駅舎で見たキセルを取り出す。

 

 

「……どれで火をつければいいの?」

 

 

カサネちゃんは、咳の合間に目を丸くした。

泣きそうなのか、笑いそうなのか分からない顔をして、少しだけ肩を震わせる。

 

 

「……小さい、筒に……中に、火種と、……薬が……」

 

 

言われた通り、ポーチの中を探る。

細い筒を見つけて、蓋を開けると、謎の薬草と小さな光が弱々しく揺れていた。

 

使い方は、なんとなく分かった。

 

キセルの先に火を近づける。

キセルに移した薬のようなものが、じわりと燻り、甘いような、苦いような匂いが漂った。

 

 

「……吸える?」

 

 

「……ん……」

 

 

カサネちゃんの背を支えながら、キセルを口元へ運ぶ。

 

彼女は細く息を吸う。

 

咳が混じって、また少し血が滲んだ。

 

それでも、三度目には呼吸が少しだけ落ち着いて、震えていた肩がゆっくり下がり、胸を押さえていた手の力も抜けていく。

 

 

「……はぁ…………………はー…っ………」

 

 

彼女は、まるで壊れた機械を誤魔化すみたいに、長く息を吐いた。

 

煙が夜風にほどける。

薄い筋になって、砂の上を流れていく。

 

私はキセルを支えたまま、彼女の背中を軽く撫でた。

撫でてから、自分でその行動に気づいて、舌打ちをしそうになる。

 

……本当に、何やってんだ、わたし。

こんなことしてる場合じゃないのに。

 

止めないと。

間に合わなくなってしまう。

 

そう思うたびに、胸の奥で何かが焦げて、

けれど、それに押されるように立ち上がろうとしても、何故だか、彼女の傍を離れる気になれなかった。

 

カサネちゃんは、それを見透かしたみたいに、か弱く笑う。

 

 

「……列車砲のことなら」

 

 

私は顔を上げる。

 

 

「……心配しなくて、大丈夫だよ」

 

 

「……何を、根拠に…」

 

 

声が、少しだけ尖った。

 

カサネちゃんはキセルを指先で支えながら、夜空を見上げた。

渓谷の遥か上。

遠くで、列車の音がまだ微かに残っているような気がする。

 

 

「先生は」

 

 

彼女は、ゆっくりと、謳うように言った。

 

 

 

「……先生は、私にはできなかったことを、成し遂げた人だから」

 

 

 

その言い方には、きっと無数の意味が、込められているのだろう。

 

羨望でもなく。

信頼だけでもなく。

悔しさと、祈りと、諦めと、それでもまだ捨てきれない何かが、必死に手を伸ばすように、

……そんな想いが、それから夢が、

……全部、混ざっているような声だった。

 

 

「……君の後悔も」

 

 

カサネちゃんは、私を見て、そして続ける。

 

 

「……心傷も」

 

 

赤い瞳が、まっすぐにこちらを射抜いた。

 

でも、さっきまでみたいな鋭さは鳴りを潜めて、まるで受け止めるような優しさをもって、そして向けられているような、そんな目だった。

 

 

「……急ぐ必要なんてないんだ」

 

 

「無理に受け入れなくたっていいんだ」

 

 

夜風が吹く。

彼女の白い髪が、頬の傷を隠すように揺れた。

青ざめた真っ白な顔と、赤い瞳と傷跡を包み込むように揺れる白色の長髪は、

まるで、赤く熟した実を持つほどに生命の灯火を使い果たしても、それでもただ、意地だけで、

…そして、未だ散ろうとしない梔子の白い花のようだった。

 

 

「……だって、……君はもう、ひとりじゃないから…」

 

 

「……それを受け入れるのは、きっと、……大人になる時そのものだから…」

 

 

カサネちゃんは、儚げに笑った。

 

血で汚れた唇で。

傷だらけの身体で。

それでも、ひどく優しい顔をして。

 

 

 

「……私だって、……今度こそ…」

 

 

 

 

「…………ずっと、……君の傍に居てみせるから」

 

 

 

 

何も言えなかった。

 

言い返す言葉なら、きっといくらでもあったはずだ。

勝手なことを言わないで。

わたしのことを知ったように言わないで。

傍にいるなんて、そんな簡単に言わないで。

 

……仮に、傍にいてくれると信じたとして、

それで、いなくなった時にどうなるかなんて、

私は嫌というほど知っている。

 

それなのに。

 

…そのはずなのに、その言葉を聞いた瞬間、

 

諦めたみたいに胸が暖かくなるのを、どうしても止められなかったんだ。

 

後悔と自責に焼け焦げて、固まって、触れれば崩れてしまいそうだった場所に。

水が一滴だけ、落ちたみたいに。

 

ユメ先輩のこと。

あの日のこと。

 

今でも、自分を内側から焼き殺さんばかりに燃え続けている後悔のこと。

 

いつか。

 

いつか、この人になら。

 

話せる日が来るのかもしれない。

 

そんなことを思ってしまった自分に、私は少しだけ呆れて。

 

 

……それでも、降参するように、カサネちゃんの隣に腰を下ろした。

 

 

 

「……セリカちゃんが言ってた、先生に負けず劣らずの子って…………そっちの意味だったか〜……」

 

 

「……?…………どういう意味?…」

 

 

「……いや、……なんでもないよ〜…」

 

 

渓谷の底を、砂まみれの夜風が静かに通り抜けていく。

 

隣に座る、最愛の先輩にも、尊敬する大人にも似ている不思議な少女の肩に少し、頭を預けた。

 

火薬の匂いと、砂塵に塗れた血の匂い。

そして、それに似合わぬ、懐かしい暖かさと甘い匂い。

 

遠くで、何か大きなものが止まるような、或いは巨大な生物が息を引き取ったような、そんな音が、したような気がした。

 

……でも、今だけは。

 

ほんの少しだけ。

きっと急がなくてもいい。

 

どんなに手を振り払ったって、

きっとこの厄介な少女は、私の脳を飽和させているあの先輩のように、ひたすら私の傍に居ようとするのだから。

 

 

……傍に、居てくれるらしいから。

 

 

 

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