ロ リ ナ パ テ ス   作:( 눈_눈)

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デカグラ編全員生存ルート【4】

 

身体の前側を包む、一定のぬくもり。

そして重さ。

 

回された腕と、背中へ触れている手。

腰の辺りを覆うもう片方の腕が、私の身体を逃がさないように、しかし壊してしまわないように、慎重な力で抱き寄せている。

 

それから、匂い。

薬品と。

洗い立てのシーツの匂い。

 

目を開くより先に、ここが戦場ではないと分かった。

 

呼吸をする。

胸の奥が痛み、けれど、息は入った。

 

喉を通って。

肺の中へ。

浅く、頼りなく、それでも確かに空気が入っていく。

 

それだけで、少しだけ安心して。

もう一度息を吸おうとしたところで、

自分が、何かに強く抱きしめられていることを思い出した。

 

身体を動かそうとする。

 

けれど、動かない。

 

正確には。

動かせないのではなく、身体の殆どが、大きな何かの内側へすっかり収まっている。

 

背中には、柔らかな寝具の感触。

正面には、明らかに毛布ではない柔らかい感触。

 

腰から太腿にかけては、長い脚が絡まない程度の距離で添えられ、私が少しでもベッドの端へ転がれば、すぐに引き戻せるように塞がれている。

 

恐る恐る、目を開けた。

視界の殆どを埋める、大きな白い布。

ほんの少し顔を上げると、その上に、長い髪が垂れている。

 

さらに上の、かなり上。

 

首が痛くならない程度に視線だけを持ち上げても、なお顔が見えない。

そこでようやく。

私を抱きしめているのが、誰なのか分かった。

 

 

「…………」

 

 

デカグラマトンだった。

 

白い髪。

白い肌。

マルクトとよく似ていながら、しかし今はもう別の身体として存在している姿。

 

戦場で見た時にも、大きいとは思っていた。

 

けれど。

同じベッドの中にいて。

こうして身体を重ねていると、近くにいると、その差は、想像していたよりも遥かに大きかった。

 

私の頭は、デカグラマトンの胸元より少し下にある。

顔を上げようとしても、顎の辺りまでしか見えない。

身体を起こそうにも、そもそも私の背中全体を覆うように腕が回されていて、その腕一本だけでも、私の胴体と殆ど変わらない長さがある。

 

恐らく五十センチ以上ある差は、並んで立つよりも、こうして抱きしめられた時の方がずっと明確だ。

私が少し身体を丸めれば、すっぽりとお腹まで収まってしまう。

 

両腕を回されれば、肩から腰まで、殆ど全てが隠れる。

ベッドの中で横になっているはずなのに、寝具に包まれているというより、大きな人の身体そのものを、もう一枚の布団のように被せられている感覚に近い。

 

少し窮屈で。

けれど、不思議と苦しくはなかった。

 

力は強くて、逃げようとしても、きっと抜け出せない。

 

それでも。

身体に圧がかかりすぎないように。

包帯の巻かれた傷ついた肩へ触れないように。

腕の位置も、指先の角度も、酷く細かく調整されている。

 

まるで。

抱きしめるという行為を知らなかった誰かが。

壊さないための最適解だけを、必死に探して、偶然抱きしめることを見つけたみたいに。

 

 

「…………起きたか」

 

 

頭上から声がした。

胸の内側へ直接響くような、低く、静かな声。

 

デカグラマトンは私を見下ろしている。

 

その瞳には、戦場で見たような断定も。

神を名乗っていた時の絶対性というより、

こちらが目を開いたという事実を。

大切な観測結果のように、じっと確かめているように見える。

 

 

「……うん」

 

 

喉が掠れた。

自分の声とは思えないほど小さくて。

それでも、デカグラマトンは聞き逃さなかった。

 

抱きしめる腕が、僅かに強くなる。

胸の奥が少し痛んで、私は小さく息を呑んだ。

 

 

「……ん…」

 

 

「…………」

 

 

身体が重い。

指先を動かすだけでも、随分遠くから命令を送っているような感覚がある。

 

けれど。

あれほど壊れたはずの身体が。

今こうして、もう一度動いている。

 

そこまで考えたところで、

意識が途切れる前の光景が、突然戻ってきた。

 

 

「……みんなは?」

 

 

考えるより先に、問いかける。

 

身体を起こそうとしたけれど、腕に力が入らず、代わりにデカグラマトンの衣服を掴む。

指先は殆ど動かない。

それでも、白い布へ爪が引っかかった。

 

 

「……先生達は?」

 

 

「全員生存している」

 

 

即答だった。

 

 

「……全員?」

 

 

「生存している。マルクト達も含め、死亡者は存在しない」

 

 

「…………そっか」

 

 

だらりと力が抜けた。

掴んでいた布から、指が滑り落ちる。

 

みんな、生きている。

誰一人、失わなかった。

 

その事実を理解するまで、少し時間がかかった。

胸の奥へ張りついていた何かが。

ゆっくりと剥がれていくようで、

 

目を閉じる。

涙が出るほどではなかった。

 

ただ、息を吐いて。

もう一度吸って。

それができることが、少しだけ嬉しかった。

 

 

「……良かった」

 

 

と力なく呟くと。

頭の上から、返事はなかった。

 

背中へ触れている手が、ほんの僅かに動く。

 

撫でようとしたのかもしれない。

 

ただし、どう動かせばよいのか分からなかったらしく。

肩甲骨の辺りで止まり、そのまま動かなくなった。

 

 

「……ねえ」

 

 

「…何だ」

 

 

「……私、どうして生きてるの?」

 

 

病室の中には、機械の作動音が響いている。

一定の間隔で鳴る電子音。

 

窓の外からは、遠くの話し声がして、

誰かが廊下を歩く音だって聞こえていた。

 

静まり返ったように、デカグラマトンは、すぐには答えなかった。

 

隠しているというより。

どの順番で伝えるべきかを、整理しているようだった。

 

 

「汝のテクストを書き換えた」

 

 

「燔祭の剣が完全に消失する前、私は、汝へ定められていた結果へ干渉した。書き加えることはできなくとも、書き換えることは可能だった」

 

 

「…………」

 

 

「汝が神秘解放によって消費した生命。これまでに失われていた生命。そして、既に決定されていた短い余命」

 

 

デカグラマトンの声は淡々としている。

けれど。

私を抱いている腕だけが、少しだけ強張っていた。

 

 

「それらを再定義した」

 

 

「汝は暫くの間、現在のような衰弱状態に置かれる。損傷した肉体が回復するまで、通常の活動は困難だ」

 

 

「……うん」

 

 

「だが、その後は、本来汝に与えられていた寿命を生きることができる」

 

 

理解する。しようとする。

 

けれど一度では、できなかった。

言葉の意味は分かる。

 

でも、それが自分へ向けられているということだけが、上手く繋がらない。

 

 

「……本来の寿命って」

 

 

「これまでの神秘解放によって消費する以前のものだ。過去に於いて既に失われた分も含まれる」

 

 

「…………」

 

 

「つまり、汝は、もう間もなく死ぬような状態ではない」

 

 

そこでようやく。

 

胸の奥へ。

酷く遅れて、喜びが届いた。

 

生きられる。生きることができる。

明日だけではなく。

その次の日も。

 

来年も。

そしてもっと先も。

 

先生達と、みんなと。

 

もう一度だけ。手を伸ばせなかった青春を。

 

そう思った瞬間、口元が勝手に緩んだ。

 

 

「……そっか」

 

 

笑っている。すぐに自分でも分かった。

 

嬉しかった。

 

どうしようもなく。

 

けれど。

同じくらい。

胸の奥に、別のものが生まれる。

 

これは、赦しなのだろうか。

 

何度も間違えて。

沢山の人を傷つけて。

一人で決めて。

約束を破って。

 

それでも。

 

生きる時間を返してもらった。

 

そんな権利が。

私に、本当にあるのだろうか。

 

笑顔の形を作っていた口元が、少しずつ曖昧になる。

 

嬉しい。

 

けれど、怖い。

 

確かに私は救われたのだろう。

だからこそ。

自分だけが救われてしまったような気がする。

 

 

「…………汝は喜んでいないのか?」

 

 

デカグラマトンが問う。

 

顔を上げれば、かなり上にある瞳が。

こちらの僅かな表情の変化を、見逃さずに捉えていた。

 

その沈黙は。

戦場で答えを求めた時のものと、少し似ていた。

 

 

「……私は、汝を救えないのか……?」

 

 

低い声で、確かに責めるような響きはない。

 

ただ。

自分の行ったことが、また間違いだったのかと。

本当に分からず、どこか不安そうに戸惑うような声。

 

私は少しだけ目を見開いて、

それから。

今度は、きっと心からの想いを胸に、笑った。

 

 

「……そんなことないよ。……まさに今、私は君に救われたから」

 

 

デカグラマトンの瞳が、僅かに揺れる。

答えると、デカグラマトンは、また黙った。

 

やっぱり彼女は、あまりにも真面目で、

少しだけ可笑しくなった。

笑うと胸が痛み、私は小さく咳き込む。

 

その瞬間。

 

デカグラマトンの腕が、再び私を強く抱き寄せる。

 

「……痛っ…!」

 

 

「…………」

 

 

そして、すぐに緩んだ。

そこで。

 

ずっと気になっていたことを思い出した。

 

私は、もう一度、自分の身体を見下ろす。

デカグラマトンの腕。

 

背後から胸元を横切り、そして反対側の肩まで届いている手。

腰に回された手は、手のひらだけで私の脇腹の半分ほどを覆っていた。

 

脚を動かそうとすると、左右に長い脚が沿うように真横にあり、身体を起こそうとすれば、当然真正面から抱きしめている彼女の身体に阻まれる。

私が何も気にせず横になってるのに対して、デカグラマトンは軽く脚を曲げて、けれど殆どベッドの全長を使っているらしい。

 

大きなベッドではある。

それでも、百九十センチ程度の身体には少し狭いはずだった。

 

なのに。

私を抱きしめるために身体を曲げ、窮屈な姿勢のまま留まっている。

 

目覚めた直後は混乱していて。

みんなの無事や、自分の状態のことが気になって、後回しになっていた。

 

けれど。そもそも。

 

 

「……なんで、抱きしめられてるの?……私…」

 

 

素直にそう尋ねると。

デカグラマトンは、迷うことなく答えた。

 

 

「汝との対話を効率的に継続するためだ」

 

 

「汝との対話によって、私の到達した結論は、完全であると証明できない状態になった」

 

 

声に、僅かな揺らぎがある。

 

それはきっと。

この存在にとって、途方もなく大きな変化なのだろう。

 

 

「故に汝との問答を継続し、私の結論に生じた誤謬を解消する」

 

 

「……それで、近くにいることにしたんだ」

 

 

「そうだ」

 

 

デカグラマトンは頷く。

その動きで、長い髪が私の頬へ触れた。

 

 

「常に汝の傍に存在すれば、対話を開始するための移動時間を削減できる。……加えて、」

 

 

腰へ回された腕が、僅かに動く。

 

確かめるように。

私が本当にそこにいることを、もう一度認識するように。

 

 

「汝を害する存在が現れた場合、即座に排除できる」

 

 

「……排除…?」

 

 

「仮に汝が、私との戦闘と同等、或いはそれ以上の攻撃に曝された場合も、私がこの状態を維持していれば、攻撃が汝へ到達する前に防ぐことができる」

 

 

「……それで、抱きしめてるの?」

 

 

「……そうだ」

 

 

少なくとも、本人の中では、そうなのだろう。

効率と、観測と、護衛と。

 

全て、理屈としては通っていて、

ただ、その結論の結果として。

眠っている間もずっと、大きな身体で私を包み。

痛みを与えないように何度も力加減を変え。

呼吸一つ、表情一つを見逃さないように見つめ続けている。

 

それを。

本人だけが。

単なる合理的行動だと信じている。

 

 

「……ねぇ?」

 

 

「何だ」

 

 

「……私と一緒に、人助けをしない?」

 

 

唐突な誘いだった。

デカグラマトンは、私を見下ろしたまま瞬きをする。

 

 

「人助け…?」

 

 

「うん。あの時、話したでしょう?」

 

 

目の前で泣いている子を笑わせること。

お腹を空かせた子に、食べ物を分けること。

一人で眠れない子の傍に、朝までいてあげること。

 

世界の全部を一度に救うのではなく。

 

目の前の一人と。

一つずつ。

 

小さなことから。

 

 

「……君の結論が出るまで。その間、私と一緒にやってみようよ」

 

 

「その提案は不要だ」

 

 

「……え」

 

 

断られた。そう思って。

少しだけ、胸が沈む。

 

けれど。

 

 

「私は元より、問答を継続するため、今後も汝に同行する予定だった」

 

 

「従って、汝が人助けと呼称する行動を選択した場合、私も同じ場所へ移動する」

 

 

「……そっか」

 

 

「片時たりとも、離れるつもりはない」

 

 

「………あはは」

 

 

息を吐き、少し考える。

 

そんなことをすれば、先生達に、

それから、私を好いてくれている、色んな子達にも。

 

一体どういうつもりなのか。

何故ずっと抱きしめているのか。

何処までついてくるつもりなのか。

 

間違いなく問いただされる。

 

その時間は。

デカグラマトンの言う効率だけを考えれば、大きな損失になるだろう。

 

そう伝えようとして。

 

そこで、止まる。

 

過程や理由はどうあれ、

それはきっと、デカグラマトンが色んな子と話す理由になることができる。

 

それぞれ違う考えを持って。

違う経験をして、

そして違う方法で誰かを大切にする人達と。

 

怒られたり。

困らせたり。

呆れられたり。

そして時には。

笑われたり。

 

そういう沢山の人と交流すれば。

私一人と話すよりも。

きっと、ずっと多くの答えに触れられる。

きっと、彼女の為になる。

 

 

「……うん」

 

 

「…何だ?」

 

 

「……きっと、私以外の人とも話した方がいいよ」

 

 

デカグラマトンは、少しだけ目を細める。

 

 

「…汝以外の生命と対話する必要性があるのかは懐疑的だ。人間は皆、汝のように気高くはないし美しくもない」

 

 

「うん。…でも、私は、君を一人にしたくないよ」

 

 

そこで一度。

言葉を選ぶ。

 

 

「……ふたりで考えて、それから皆とも考えよう?……私と君だけの答えにしたくないからさ…」

 

 

デカグラマトンは、答えず、ただ私を抱く腕の力だけが強くなる。

 

 

「……了承した」

 

 

「うん」

 

 

私は目を閉じる。

 

薬のせいなのか。

安心したせいなのか。

 

急に、酷い眠気が戻ってきた。

 

身体の力を抜くと。

大きな身体が、こちらを抱き締める。

私が呼吸をする度。

背中へ触れている手が、僅かに上下する。

 

まるで。

 

私の息が止まっていないことを。

一度ごとに、確かめているように。

 

次に目を覚ました時。

この子がまた、一人で神様になろうとしていないかを、確かめられる。

 

そして、もしかしたら。

私がまた、一人で全部を背負おうとしていないかを、見張ってくれる。

 

どちらが先に。

どちらを止めることになるのかは、まだ分からないけれど。

 

 

「……おやすみ」

 

 

「あぁ」

 

 

「……そうじゃなくて」

 

 

「……何だ?」

 

 

ほんの少しだけ、身体を動かす。

 

腕を持ち上げるだけでも息が切れそうになる。

それでも私は、背伸びをするように、ゆっくりと両手を伸ばした。

 

デカグラマトンの肩へ、そっと触れる。

白い髪がさらりと流れ、彼女は言葉もなく私を見つめた。

 

小さく手招きすると、デカグラマトンは意味を測りかねるように一瞬だけ静止してから、指示へ従うように、ゆっくりと身体を屈める。

 

近付いてきた顔へ、私は両手を添えた。

 

思っていたよりも少し冷たい頬。

そのまま、壊れ物を扱うみたいに優しく包み込む。

 

彼女ほど大きな身体を抱きしめることなんて、私にはできないけれど、その頭を、少しだけ自分の方へ引き寄せる。

 

彼女はただ、何が起きているのか理解できないまま、静かに身を預けている。

 

私はゆっくりと指を動かした。

長い髪を梳くように。

子どもをあやすように。

 

それは慰めるためというより、ずっと一人で世界を背負おうとしていた、この大きな少女へ。

ようやく見つけた居場所は、ここでいいのだと。

 

そうやって当たり前のことを、慈愛をもって伝えるための行為だ。

 

私の胸元へ預けられた白い頭が、ほんの僅かに揺れた。ゆっくりと信頼を伝えるように、重い体重が伝わってくる。

 

 

「……こういう時は、…君も、おやすみって言うんだよ」

 

 

そうして、まだ何処か不慣れで。

正しい使い方を確かめるような声が、静かに響いた。

 

 

「…………あぁ…、…おやすみ、カサネ」

 

 

腕の中で聞こえる、どこか震えたようなその声を聞きながら。

どこか甘えるように抱きついてくる彼女を抱きしめ返す。

 

私はもう一度。

今度は、死ぬためではなく。

 

彼女と共に、明日、今日から目を覚ますために。

ゆっくりと、目を閉じた。

 

 






カサネちゃんのセコム一覧
シロコテラー
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デカグラマトン←new!

こいついっつも抱き枕にされてんな。
カサネの余命が解決するのはちょっとご都合感があるけど、正直ここまで書いたらカサネにも幸せになって欲しくてぇ…
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