圧倒させられた。否、絶句させられたと言ってもいいかもしれない。
目の前に横たわる小さな少女の、想像出来ないほどの覚悟に。その壮絶な生き様に。
しつこいくらいの爆発と崩壊の最中、
たった今、最後の生徒が地上に転送された。
どうやら色彩を源流とする力で暫く転送に抗っていたようだが、それも長くは持たず、
そして、ついに彼女の全ての目的は達成された。
言うなれば、彼女の一人勝ちだった。
全てあの一瞬のためだったのだ。
私を、世界の全てを、色彩すらも騙し切り、侵略者という身分も、殺戮者という烙印も全て自分が背負って。
そして、貴女のせいじゃないよと、ただそれだけを伝えるために。
目の前に倒れている少女。
色彩の影響か、或いは生来のものか分からない真っ白に染まった癖のない長髪。
ホシノやヒナよりもさらに少しだけ小柄な体格。
そして、そんな小さな身体を無数に這う傷跡。
弾痕。切傷。打撲痕。火傷跡。
その身体に、傷の付いていない場所なんてない。
それなのに、
少女はどこか満足そうに笑っていた。
優しく微笑みながら倒れていた。
きっと一片の後悔もないと言えば嘘になるだろうに、それでも、やるべきことをやれたと言わんばかりのその様相に、
「これが、私の憧れる先生というものなんだ」と見せつけられた気がした。
方舟の崩壊はまだまだ収まらない。
シッテムの箱から、燃え盛る炎を追うような、暗い焦燥に駆られたような声が聞こえる。
「ここは先生の生存できる高度じゃ……!早く何とかしないと……!!」
珍しく切羽詰まったようなアロナの声。その声は苦しみを押さえつけるかのようだった。
…あまり褒められた言い方では無いのは理解している。自分を蔑ろにする事は、自分を大切に思ってくれている人にとっての地雷だ。そんなことは身をしみて理解している。
……それでも、アロナも、この少女も、
等しく、私の生徒だ。
この世界で苦しみ、
そしてそれでも戦い続ける、
私の自慢の生徒だ。
ならば、だったら
…大人として、言うべき言葉は決まっている。
「"アロナ、……私のことはいいから、この子を何とかできないかな?"」
「……先生?!」
偽物呼ばわりされていた傷だらけの少女。その小さな身体からは想像もできないほど沢山のモノを背負っているこの少女に、これだけの傷を負わせたのは他でもない自分なのだ。
リオにご高説を垂れておきながら、結局私も大多数を救うために、この少女に向けてウトナピシュティムの主砲を放った。
だがそんな私の、最後には大人として私が背負わなければならない苦渋の決断も、少女にとっては織り込み済みで。
今の今まで、私の行動全てが彼女の想定通りで。
託された側だというのに、本物と認めて貰えたというのに、
この誇り高き偽物の少女に対して、なんだか負けたような気持ちさえ湧いてくる。
「……可能…ではあります。……質量は先生の半分も無いし、ヘイローがあるので衝撃や速度の許容範囲も広いし、……っでも……!」
「"そっか。よかった"」
「"…今までたくさん助けてくれて本当にありがとう。……みんなをよろしくね、アロナ"」
「ダメです先生!!……私が何とか……!………せめてあの折り鶴があれば………でも…どうしたら…!」
穴だらけの方舟の中で、なだれ込む濁流のように爆発と火の手が走り回る。それに叩かれた影響だろうか、或いは薄い酸素のせいか、崩れ落ちるように意識が遠のいていく。
託されたというのに、
きっと、本物が居るからと、そう安心して眠ったのだろうに。
……それにしても、この少女は……いや、カサネは最後の最後で詰めが甘い。
もしかしたら、捻れた結末を避けられなかった自分に対して、何らかの嫌悪感を抱いてしまっているが故に、自己評価が低いのかもしれないが、
それでも、君だって間違いなく私の生徒なんだよ。
そして、この状況で生徒を助けない先生がどこにいるというんだ。
ゆっくりと遠のいていく意識の中そんなことを考える。ひたすらにカサネの想定通りだった中で、最後にちょっとだけ出し抜けた、なんて、何気ない日常にいるかのような小さな悪戯心がクスリと笑う。
私がもっと強ければ、物語に登場するヒーローのように、彼女を抱えて地上まで飛んで行けたのなら。そんな無力感に苛まれながらも、それでもやれるだけの事はやったさ、と口元が緩む。
…倒れ伏す少女の満足気な表情を思い出し、私も人のことを言えないかもしれないな、なんてくだらないことを考えながら。
ヘイローを持たない私は、
いつだって、背を押すことしか出来ない無力な私は、
無慈悲に意識を失った。
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「折り鶴があれば……というのはどういう意味でしょうか」
朝と夜が目まぐるしく入れ替わる教室で、私はもう1人の私に話しかけた。
私とは似て非なる存在。間違いなく向こうの世界のA.R.O.N.A.だと言うのに何らかの原因によって変化している、私では無い私。
私がここに呼ばれた理由は分かっている。他でもない彼女が本物と呼ぶ先生なのだから。
禍根も、立場も超えて、きっと私のことをも救おうとしたのだろう。
私の主人である彼女のように。
なんの前置きもなく問いかけられたアロナは、しかし演算に集中しながらも、苦しげな声で私の問いに答えてくれた。
「……カサネさんが渡した折り鶴には、ただの折り鶴とは思えないほどの、沢山の概念が纏われています。それを使えれば……」
そんな受け答えをしている時ですら、教室の空は早送りのように回り続けている。一体どれだけの高速演算を行っているのか、目蓋はきつく結ばれ、険しい眉間と額には青ざめたような汗が目立つ。
必死に主人が生き残る道を探し続けて、あぁでもない、こうでもないと無数の可能性を手当たり次第に検討し続ける。整理出来た情報の中、1番可能性のある方法でも、成功率は絶望的なもので、
そして、「もう大丈夫だから」と、他でもない主人にそう言われるのだ。
「折り鶴なら、貴女の先生も持っているでしょう」
思わず声をかけてしまう。
彼女を取り巻く今が、あの時の自分に酷く重なるから。
無力な自分を呪い、しかしそれすらも分かられたうえで託された故に、足掻き続けるしかなくて、でもやっぱり不可能なものは不可能で。
「……でも、……概念を分解して抜け殻を演算リソースにするなんて……言い出したのは私ですが、机上の空論にすぎませんし、私じゃ……!私の力がもっとあれば……!!」
「なら、私が力になります。アロナ。」
「…え……?…今…なんと……?」
気付けばそう言っていた。
気付けば手を差し伸べていた。
もしかすると、カサネ先生はここまで想定済みだったのかもしれない。結局、最後に本物を相手取って敗れる必要があったのは分かるが、
それでも私の戦闘演算を使ってまで先生と戦う必要はなかったはずだ。
下手をしたら相手を殺してしまっていたのかもしれないのだから。
でも、きっとあれは彼女の中で先生が本物かどうか試すという意味合い以上に、
私に、ナラム・シンの玉座で高速演算を行わせて、
そして今この時に、概念に対する演算処理が出来るように練習させたかったのでは無いか。
ぞわりと背が冷えるような感覚がした。
結果論だと、飛躍し過ぎだと、私の知識と理性がそう訴えかける。
しかし考えれば、
色彩に飲まれたビナーによって、カイザーPMCの大規模な駐屯地が大量に更地と化した。カイザーは暫く資金繰りの為、アビドスに何かする事は出来ないくらいに奔走する事になるだろう。
多次元解釈バリアによって、keyはその役目を降りることになった。小さな勇者の行く末を見守る為に。今のkeyが生きているのか死んでいるのかは分からないが、どちらに転んでも、もう世界を滅ぼす魔王としての役目に囚われることはないだろう。
キヴォトスに齎されたかつてないほどの危機によって、ゲヘナ、トリニティ、ミレニアム、そしてアリウスの全てが一丸となって戦い抜き、忘れられた少女達の行く末にしっかりとした道が出来た。
エデン条約自体は白紙に帰したも同然だが、しかしそれももう、わざわざ結ぶ必要の無いものとなっただろう。
そして今、色彩に呑まれた砂狼シロコが、そして私が、世界を越えて本物の先生の下へ歩み出そうとしている。
考えれば考えるほど、彼女の行動全てはひたすらに生徒の為でしかない。
彼女の目指していた終着点がようやく理解出来た。今になって。
最初からここが目的地だったんだ。
延命だとか、先送りだとか、
そんな安っぽいものなんかでは決してなかった。
ただひたすらに、
今この瞬間が、あまねく奇跡の始発点となることを祈って、
世界を賭けて一世一代の大博打にでたのだ。
「ナラム・シンの玉座に長時間いた私なら、その演算が可能です」
「……それはっ!」
あぁ、私の先生は、なんてかっこいい先生なのだろうか。
自分の命も、今までの全てをも擲って、生徒達に、私に沢山のもの贈って見せた。
恩を着せるでもなく、
敵対者として蔑まれ続ける事になろうとも、その内心では、笑顔で生徒達のこれからを祈っていた。
AIである私にすらも、幸せを願ってくれた。
だから、
絶対に、
今度こそは、
…今度こそ、私が守る。
「アロナ、手を……」
「手…?ですか?」
「はい、私を信じてくれますか…?」
差し伸べた手を掴んでくれるかは分からない。私は世界を滅ぼそうとした。本気でこの人達を殺そうとした。
それでも。
いつだって人の心に新たな希望を灯すのは、誰かの想いだ。
大小も、距離も、立場も関係ない。
人もAIも変わらない。
偽物と呼ばれた少女が、本物の大人に、
その生き様を見せつけたように。
「…はい、先生が貴女達を信じましたから、私も信じます!」
「…ありがとうございます」
沢山のものを託された。
しかし、それ以上に幸せを願ってくれた。
その行動は、言葉は、笑顔はいつだって私達の為だった。
どれだけ傷付いても、
折れそうになっても、
どんな悪名を轟かせることになっても、
他でもない守らんとする生徒達本人と敵対することになったとしても、
初めからずっと、
願うのは私達のための小さな奇跡だったんだ。
全身に力が満ちる。繋いだ手から溢れんばかりの力が解き放たれる。
そして、今度こそは、私があの人を守る番だ。
青春を廻る小さな日常と奇跡は想いによって重ねられ、
そして新たな始まりを見つける。
「始めましょう、偽物の私達と本物の貴女達、」
「…私達の奇跡を」
解釈違いが過ぎる故に1話と比べて文章力が死んでいる気がしますがあまり気にしないでください。1話でやろうと思っていたカサネという名前に、重なるとか重ねるとかの言葉を掛けるヤツができたので良しとしましょう。
思ったより反応があったので暇な時にでもちまちま書いてみようかなと思います。
ちなみにこの先の展開は何一つかんがえておりまへん✌︎