流星と弾丸が煌めく朽ちかけの聖堂。
黄泉返った聖女と造りものの天使に付き添う修道女達が津波のように押し寄せる。
1人ここに残り、そしてどれくらいの時が経っただろう。
艶のあった桃色の髪は硝煙によってボサボサに灰色で染まってしまった。
身体は泥と血に塗れて傷だらけだ。
使える弾丸も残りはそう多くない。
そして、夜はまだ明けない。
暗い絶望の最中、のそのそと歩いてくるそれらは、まるで世界を飲み込もうとする亡者の行進のよう。
数え切れない程に打ち倒し、そして目の前にはこれっぽっちも数を減らして居ない行列が、砂糖に群がる蟻のように今も増え続けている。
それでも、
「……はぁ…っ………まだ…っ…がんばれるよ…」
こんな傷で、諦めるもんか。
こんな絶望で、諦めるものか。
カサネちゃんの身体に刻まれた傷はもっと酷かった。もっと多く、もっと深かった。
補習授業部を率いて私と戦った時に彼女は少なくない怪我をした。それなのに、その傷がろくに癒えぬまま、当たり前のように調印式に出席し、そしてアリウスの襲撃に遭った。
いつもそうだ。彼女の周りにいる生徒は魔法のバリアに守られているかのように傷1つなく、代わりに彼女の小さな身体には無数の傷が痛々しく刻まれる。
周囲の生徒を庇ってミサイルの直撃を受けたまま、救援に来たゲヘナの風紀委員長、空崎ヒナと逃亡し、しかしそれは叶わず、追い縋ってきたアリウススクワッドによってヘイローを破壊する爆弾を使われた。血だらけの状態で今度は空崎ヒナを庇って、ヘイローを破壊する爆弾の爆風をモロに受けたカサネちゃんは、空崎ヒナの手によってアリウスから何とか逃げ切るも、意識不明の重体に陥った。だというのに数時間後には立ち上がって、彼女を慕う無数の生徒達を率いて奇跡を起こし、ハッピーエンドを掴み取った。
そして、それから数日も経たぬままに、自分を殺そうとしたアリウススクワッドの、サオリの願いになんの迷いもなく手を貸すため病院を飛び出し、
そして今もきっと戦っている。
きっと、立っているのが、それどころか生きているのが奇跡のような、そんな状態で。
「…だったら……私も………はぁ…っ…最後まで……っ……足掻くよ…」
あの娘は、私に笑ってくれたんだ。
無限の可能性を、私達の未来を信じて欲しいと微笑み、そして私を信じてくれたんだ。魔女である私さえも信じてくれたんだ。
だったら、私も彼女の言うように、
もう少しだけ信じてみたい。
もう少しだけ頑張ってみたい。
恐れと泣き言を押し殺して、彼女のくれた暖かい勇気を胸に、迫り来る絶望の波を睨みつける。
もう銃弾は殆どない。デカいの以外には素手で戦うしかない。バルバラは、まともに相手取る余裕は無い。うまく受け流しながら時間を稼がなくてはならない。
久しく刺激されてなかった、しかしここ数日で随分酷使した戦闘本能が冷静に状況を把握する。
もう何度目か分からないが、私は聖徒会の群れへ向かって地を這うように駆けだした。放たれる無数の弾丸から頭部に向かって来るそれらだけを身を捩って無理矢理に躱し、それでも避けきれないものは翼を盾にすることで無視して突貫する。
接近し、修道女達を殴り飛ばし、銃床や銃身をも武器として手当り次第に暴れ回る。顔を殴り、懐に肘を打ち込み、ストックを振り回して、目に付く修道女を片っ端から叩き潰していく。
見かねたのか割り込むようにして此方に向かってくる人工天使に向けて、半ば反射的になけなしの力を込めた銃弾を叩き込む。流星のような光が煌めき、そして爆ぜて自分諸共吹き飛ばされる。
…20体程度はやれただろうか。
………まぁ、その後ろには数百の相手が無限に湧き出ているわけだけど。
「…言ったでしょ……っ…あなた達は通れない……」
自分を奮い立たせるように吐き捨てて、立ち上がる。
まだ、夜は明けない。
「……っ!」
唐突に、バルバラが動き出す。きっと万全の状態でも勝てないような、明らかに異質な威圧感。世界そのものを押し潰して歩むような、絶対的な王者の闊歩。
本能的に逃げ出そうとする身体を抑えつけて、壊れかけの愛銃を握り締めた、その瞬間。
悪寒が走る。
気付けば目の前に移動していた聖女によって振るわれる、人1人分程はあるガトリングガンを身体を逸らしてギリギリで躱す。躱せたのは奇跡に近かった。頬を掠めて血が飛び散る。風圧だけで背後の瓦礫が弾け飛んだ。その惨状にゾクリと戦慄し、
それでも震えを押し殺し1歩前へ踏み込む。
カウンターのように懐に入り込み、全身全霊の力を込めた一撃をゼロ距離で解き放つ。流星が堕ちた様な衝撃に、耐えきれなかった銃身が弾け飛び、桃色の爆風にバルバラも私も大きく吹き飛ばされる。
「……ぐっ…うぅ…っ……!……はぁ…っ…ぅ…」
ろくに受け身もとれず、ボロボロの様相で何とか立ち上がる私と対照に、当然のように立ち上がるバルバラには少しも堪えた様子はない。
こんな綱渡りを何回したか分からない。避けきれない銃弾や、身体を掠めるバルバラの攻撃は身体以上に精神を削っていく。
まだ、夜は明けない。
…もう、こんなに頑張ったんだから、諦めちゃおうよ
……今更こんなに頑張ったって意味なんてないよ。
「…ぅああぁぁッ!!」
裂帛の気合いを込めて諦観を振り払うように壊れた銃を撃つ。波の中に飛び込むように拳を振るう。
修道女が弾け飛び、霧となって消え、そして後ろから追加がやってくる。
群れの中に飛び込む。
人工天使が放たれた流星に呑まれ、霧すら残さず消し飛び、そして後ろから追加がやってくる。
バルバラが動く。
銃弾を使うまでもないとでも言うのか、接近し振るわれる銃身を躱し、反撃で体を捻って渾身の一撃を叩き込む。
堪えた様子は無い。
そして、夜はまだ明けない。
「…はぁ……っ!……はっ…!はぁ……!」
段々と動きが鈍くなっていく私を、ぞろぞろと、まるで取り囲むかのように生み出される修道女達。息を整える暇もなくその波に逆らい続け、戦い続け、足掻き続け、
……そして、どれくらい経っただろう。
「…っ!」
カチリと、とっくに壊れていた銃から無機質な音が響く。
私は遂に最後の銃弾を使ってしまっていたようだ。普段は全身に満ちている力も、もう残りカスすら残っていない。それがきっかけだったかのように不意にかくりと、足の力が抜けて、糸が切れたかのように座り込む。
…まぁ、私にしては珍しく真面目に、最後まで頑張った方じゃない?
少しでも、みんなが救われる終わりへ貢献出来ただろうか。結末を、私は少しは変えれただろうか。
静かな諦めと祈りを嘲笑うかのようにバルバラが銃身を振り上げる。掲げられたそれは魔女を裁く処刑人の剣のようだ。
無慈悲に振り下ろされる終わりを予感して、私はギュッと目を瞑り……
そして、金属同士がぶつかったような、頼もしい音が聖堂に響いた。
……ゆっくりと、恐る恐る目を開く。
そんな都合のいいことがあるわけない。
私は魔女であって、物語に出てくるようなお姫様では無いのだから。
期待してしまう自分の心に言い聞かせ、何が起きたのか把握しようとして、ゆっくりと目を開けば、
1人の少女が、誇り高き傷だらけの背中をこちらに向けて、バルバラの攻撃を剣を盾にして防いでいた。
火花が弾ける鍔迫り合いの最中、彼女は素早く片手でホルスターから銃を引き抜き、バルバラの頭部を撃ち抜いた。
射撃を受け僅かに仰け反った隙を見逃さず銃身をかち上げ、がら空きの胴体目掛けて全力の一薙。
木刀にしか見えない彼女の剣は、彼女の持つあのヘンテコなタブレットと同じくオーパーツであり、どんな時でも決して折れることは無い。まるで彼女の心の有り様を表すかのように。
バルバラはもう片手の銃身でそれを受け止めようとしたが、最強の硬度を持つ剣によって振り抜かれた一撃を受け止めることは出来ず、身体ごと大きく後ろに吹き飛ばされる結果になった。
一連の攻防を終え、私はようやく彼女の姿を認める。
血と灰に塗れた黒羽色の長髪。
私より20cm近く小さい体躯に、少しオーバーサイズの灰色に汚れた白色のコート。
シャーレ所属である事を示すそれは、彼女のトレードマークであり、そして、生徒達の希望の象徴だ。
ボロボロの服に隠されて見え隠れする包帯は、身体中に巻かれ、所々で千切れ、そして緩んでおり、目に見える部分だけでも殆どの部分が真っ赤に染まっている。
きっと、私に付けられた傷も、
ミサイル直撃の傷も、
ヘイローを破壊する爆弾の傷も、
そしてここに来るまでに負った傷も、
1つとして治っちゃいない。
それでも彼女は凛と立っている。
私よりもボロボロの身体で、バルバラの前に立ちはだかり、私を守ろうとしている。
「…かさね…ちゃん……」
思わず漏れてしまった声に彼女は反応して、顔だけでゆっくりと振り向いてくれた。その顔はとても死にかけの人間が見せる顔には見えないくらいに明るく希望に満ちている。自信と勇気に満ちている。
「一緒に聴聞会に出席するって、約束したからね」
小鳥のように小さな口で、当たり前の事を告げるかのようにそう言い、そして彼女はニコリと微笑んだ。
私はなぜ自分が泣いているのかも分からずに、こくこくと頷く事しか出来ない。
逃げてと、そう言おうと思っていたのに、そんな感情すら消え失せてしまう程の頼もしい表情。
幼い顔立ちとは対照的な、イタズラが成功した時のようなシニカルな笑みを浮かべていた彼女は、ギロりとバルバラを睨みつけて、ゆっくりと歩む。そして、小さな口で宣言するかのように言い放った。
「…神秘解放」
謳うように呟かれたそれは、本来幾つかの条件をクリアした上で発生させることの出来る現象の名前。しかしてその条件を彼女は満たしていない。つまるところ本来であれば使えるはずのないものだが、生徒がシッテムの箱に触れるというイレギュラーは、彼女の神秘と本質に僅かな変化をもたらし、そして彼女はそれを知るに至った。
再三になるが本来であれば、知ったところで扱える訳は無い。それは技術ではなく現象であるからだ。
しかし、彼女はただひたすら強さを求めて鍛錬を続けた。何より大切な生徒達を守るために。知識として知っているそれを再現するべく無数の試行錯誤を重ね、そして気付けば不可能は可能となり、擬似的に再現されたそれは彼女の1つの切り札となった。
ボタボタと鼻血が垂れる。身体中の細胞が軋み悲鳴をあげている。言うなればこれは命の前借り。寿命を削ることで限界を超えた力を引き出し、そして守るための力。
自分の背後に座り込む彼女を、
幼馴染を守るために、魔女という蔑称すら受け入れた、忘れられた少女を守るための力だ。
「…私の大切なお姫様に、なにしてんの」
そして、長く明けない夜が、ようやく明ける。
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ドキリと心臓が跳ねる感覚がしたんだ。我ながら単純だと思うけどね。
魔女という蔑称を妥当であると、受け入れようと思う一方で、或いは思えば思うほどに、物語のお姫様のようになれたらなと、私の中の憧れは強くなっていった。
そんな前提があったうえで、カサネちゃんがそれに気付いて敢えて言ってくれただけかもしれない。そんな危惧もあった。というより正直そう思わないと我慢出来ないとも言えるんだけど。
それでも、全てを諦めて絶望の最中終わりを待つだけだった私を、当然のように助けに来てくれたその姿は、夢にまで見た王子様の姿そのものだったんだ。
ていうか王子様みたいだなって思っちゃった時にさ、「私の大切なお姫様」なんて言われて好きにならない訳なくない?しかも「私の」…だよ?普段、生徒のやりたいこと最優先で自分のやりたいこととか全然表に出さないカサネちゃんに、「私の」なんて所有されてる感というか独占されてる感のある言い方されちゃったらそんなのもう女の顔になっちゃうでしょ。
私の中の冷静な部分が全力でブレーキを踏もうとする時もあるよ?
女の子同士だよ。とか、2つも年下なんだよ。とかさ。
でも正直そんなことどうでもいいじゃんと思ってしまうのだから、きっとこの感情は本物なんだろうなって、そう思うよ。
「どうどう?私のきっかけはこんな感じだよ!いやー、ちょっとお姫様力が高すぎて2人じゃ勝てないんじゃないかな☆」
「やけに誇張された前半の話は、そこまで長く語る必要性のあるものかい?」
「…お姫様ですか……はぁ…私に言い放ったセリフといいあの娘は本当に……」
「あれ、セイアちゃんは口説き文句というか、堕とされたきっかけの言葉みたいなの何か無いの?」
「…何か勘違いしているみたいだから言っておくと、私がカサネの振る舞いや信念に対してポジティブな感情を抱いていることは全くもって否定しないが、それらは決して恋愛感情に起因するものでは無いよ」
「「…見る目ないね(ですね)」」
「………は?」
見返してて思ったけどヒナちゃんヤバそう。庇われたせいで余計に。