ロリ先という概念を取り扱っているこの小説を見に来ていただいている時点で今更ではありますが、今回はかなーりガッツリなガールズラブの描写がありますのでお気をつけて。
冬らしい冷たい水でいそいそと顔を洗う。タオルで顔を拭っても、顔面に触れただけなのに身体の芯まで冷えてしまいそうな厳しい冷たさのせいで、動物的な本能に抗えずに、まるで水浴びを終えた野生の狼のように全身がフルフルと小刻みに震える。
どれだけ時が経っても変わらない自分自身がある事になんだか安心したような嬉しい感情と、こんなことで実感したくなかったなという複雑で嬉しくないような感情が入り交じり、何となくぼんやりと鏡を見つめた。
鏡に映る私の瞳は、…酷い時よりかは随分光を取り戻しているように見える。が、それでも輝いているとはとても言えないし、カサネの瞳に比べれば醜いとすら言えるかもしれない。
やっぱり朝は嫌いだ。特に冬の寒さが孤独を加速させる時は尚更だ。カサネが傍に居てくれる今ですらこうなのだから、私は根っから朝が弱いのだろうな。
そんなことを煙のように曖昧に考えながら、寝間着のままで、無駄に広い家のリビングまでを冬眠明けの動物のようにのそのそと歩く。
廊下から居間に繋がる扉を開けば、優しく食欲を湧かせてくれる、控えめで、言うなればお淑やかな朝食の匂いが私の寝起きの鼻をくすぐった。
不法占拠中のリビングに居たのは、私よりも頭1つ、下手したら2つ分背の低い、白色の少女。私の灰色とは違う、真っ白なキャンバスにそのうえ白色の塗料を塗りたくったような、純白のアルビノにも見える少女。
その小さな体躯とは不釣り合いで、それなのに妙に様になっているオーバーサイズのエプロン姿でカサネは元気よく振り返る。
「…おはよう!シロコ」
「ん、……おはよう」
冷たく灰色な朝でさえ、暖かな希望の朝に変わってしまうほどに、ニコリと微笑みかけてくるカサネの姿が眩しくも愛おしくも感じる。幼げな可愛らしさと確かに存在する母性のせいで、幼妻とかいう単語が脳裏に浮かび上がり、気合いで煩悩を消し飛ばす。
…実質的な同棲状態になってしまったからか、最近は彼女に対して恋愛感情と同時に強い性欲を感じてしまい、それを抑えるのに苦労するが、
それでも、只こうして彼女が私と生活しているという現実に言いようの無い幸せを感じる。
特に考えもなく、手馴れた手つきで料理を続けるカサネをゆっくりと背後から抱きしめてしまった。嫌がられるかと思ったが、しかし彼女もそれが普通だとでも言うように、特に滞りなく料理に勤しんでいる。
1度、何もかもがどうでもいいと思ってしまうような精神状態を味わったからか、今まで我慢出来ていた事に歯止めが効かないような感覚がある。若しくは単に私がカサネに惚れ直してしまっただけという可能性もあるが。
あんなことをしでかしてまで、貴女のせいじゃないよと伝えてくれた。
全ての烙印を背負ったうえで、身体には気を付けてと見送ってくれた。
死が彼女の行く末を鎖そうとするその瞬間でさえ、私の幸せを祈ってくれた。
あんなことがなくたって、元々大好きな相手だったんだ。そんな彼女に、自分の全てを捧げてまで、それでもただひたすらに私のこれからを祈られてしまったら。
カサネは背後から抱き着いている私の頭を軽く撫でて、いそいそと出来上がった料理を皿に装っている。
……あぁ…もう別に我慢しなくていいかと、未だ寝起きのぼんやりとした思考のまま、柔らかな首筋に顔を埋め深呼吸するように大きく息を吸った。優しくて、ほんのり甘い匂いだ。それなのに脳に響くような蕩けるような甘美さのある匂いがする。
その匂いを嗅いでいるうちに、抑えていた筈の煩悩が溢れ出し、どうしても、もっともっと彼女に近寄りたくなってしまって。
彼女のお腹に回した手を少し強引にグイッと抱き寄せる。カサネは少し驚きながら、私に引き寄せられてよろけるように半歩後ずさる形になった。
恋人同士がする熱い抱擁のように密着した状態で、しかしまだ足りないと言わんばかりに私の身体をさらに押し付けるようにしてより強く抱き締める。そしてなぜそうしてしまったのかは分からないが、絹のような髪の隙間から見え隠れする真っ白で穢れのない美しい首筋に、私はたまらずガブリと噛み付いた。
「……!っ……ちょ……シロ…っ!」
驚いて私を押しのけるように動く小さな手。その手も、すこし慌てている姿すらも愛おしく感じてしまう。カサネのささやかな抵抗と、溢れる吐息に寧ろ私の欲望は火を付けたように燃え広がってしまった。
肩に手をかけるようにして私を押し返そうとするカサネの手を組み伏せるように掴み取り、そのまま吸血鬼が必死になって血を啜る姿の如く、私は彼女の匂いと味をひたすら身体に取り込みたくて仕方がないと言うように、何度も噛み、そして啜り続けた。抱き締める力が強すぎたせいか、彼女がくらりとよろめくことになっても、逃がさないと言わんばかりに身体を押し付けて、寧ろ彼女の身動ぎを全身で感じ取って味わった。
骨ばったお腹に回された私の手が、腹部の僅かに柔らかいような絶妙な感触に飽き足らず、そのやや上にある控えめな胸に向かって無意識に伸びていこうとした瞬間。
ささやかでは済まない彼女の抵抗によって、軽く手を捻られた状態で私は振りほどかれてしまった。
「……ん……その……ごめん」
「……まぁ…大丈夫、…恥ずかしくは…あったけど」
食卓を囲む時には、カサネの肩には遠目でもはっきりと分かるような歯型と痕が残っていた。罪悪感と同時に、前の世界でキヴォトス中の生徒が片想いしていた彼女を、私のモノにしているんだという暗い優越感と快感を感じてしまう。……我ながら少し引くレベルだけど、やっぱり私はどうしようもなくカサネが好きみたいだ。
「…ほんと……?前に似たようなことした時は凄く嫌がってた」
恐る恐るというような私の声音に、肩を竦めて、或いは何かを諦めたようにカサネは答える。
「今の私は、先生じゃないからね、……前はずっと先生と生徒の関係に固執してたんだ…恋愛感情を持つべきじゃないし持たれるべきじゃないと思ってたんだよ」
持たれるべきじゃないと思っててアレだったんだ。と声に出さなかったのは奇跡と言える。というかこれに関してはキヴォトス中の生徒どころかあの薄汚いゲマトリア共ですら諸手を挙げて同意するだろう。もしここに私以外の存在が居たのならば全員が同じツッコミをしたに違いない。
とはいえ、明確に拒否しないというのは他の生徒に先を越される心配はあれど、今この瞬間に於いては私が誰よりもリードしているということを意味する。カサネの人となりを詳しく知っているのは、この世界では先生とA.R.O.N.A.と私だけだ。
カサネはどうせこの世界でも沢山の人々に愛されることになるだろう。なんの見返りも求めずただひたすらに人々を救おうとする献身っぷりは、最早その姿は甘美な毒ですらある。
今の内から彼女を愛する者の一人目として名を挙げねばならない。仮に彼女が複数人と関係を持つことになったとしても絶対に1番は私だ。
そんな恐ろしい事を考えている私に気付かずに、カサネはもきゅもきゅという擬音がピッタリな様相で、礼儀正しく、しかし食べる事が幸せであるというように小さな口を忙しなく動かして食事を進めていた。私もそれに倣って箸を進めることにする。
炊きたてのお米と、柔らかく、それでいて寝起きに染みる塩気をしっかりと持つ暖かな味噌汁。甘みのある目玉焼きに、ハムと野菜を挟んだ小さめのサンドイッチ。
「それ、ちょっと熱いから気を付けて」
「ん」
「足りなそうだったら少しあげる」
「…ん」
彼女の優しさをそのまま表現したかのような穏やかな食卓。優しさによって原動力と活力を貰える、そんな夢みたいな朝食だ。
後から食べ始めた私が完食したところでカサネはようやく半分を食べ終わった。私は食器を片付けることすらなくひたすら美味しそうに食べ進める彼女をじっくりと眺める。
仕事中よりも大きく弛み、少しだけ垂れ目にさえ見える、細められた瞳。
忙しなく動き、しかし確かな所作を以て上品さを損なわない小さな手。
紐だけを解かれたエプロンが寄りかかることによって普段より浮き出ている肉付きの悪い身体のライン。
そして何より、サンドイッチを頬張り、ドレッシングの油分によって艶の増した小鳥のように小さく、そして美しく妖艶な唇。
おまけにそれを細く小さな指で拭うその動作。
「……?…おかわりする?」
「……大丈夫…カサネのこと見てたいだけだから」
「……うん…?……なんで??」
食事を終えたにも関わらず食卓を離れようとしない私を不思議がり、僅かに首を傾げるその動作だって可愛らしい。
彼女の一挙手一投足全てが美しく、可愛らしく、そして愛おしい。
…これだけの感情が乗ってしまっている視線にも、しかし彼女は気づかない。悪意に対しては知恵のある野生動物のように敏感なのに、好意に対しては180°一変して痴鈍と言う他ないくらいに鈍感だ。
些細な所作にも欲望を掻き立てられている捕食者が目の前にいたとしても、それが好意によるものというだけで、気付くどころか想像すら出来ていないのだ。
明確に、「好きだ」と言葉にしたこともある。
それでも返ってくるのは、「私も好きだよ〜」だなんて無自覚な言葉だけで、親愛こそ感じてくれていれど、そこに恋愛感情は一切無かった。
だけど、きっとそれでいいのだ。
少なくとも今はまだ。
私とて、今この状況で、なんの罪悪感や後悔なくカサネと共に先に進めるほど図々しくは無い。
今だってこの幸せを噛み締めながら、それが大切な事なんだと理解しながらも、
やっぱりどこか物寂しい傷痕がチクチクと痛む。
取り返しのつかないことは確かにあって、それでも前に進むんだと立ち向かってみても、傷痕はどろどろと腐り、そして痛みを思い出させてくる。
苦しみを抱えたまま生きていくのは辛い。
それは、今だって嘘偽りの無い本音で、本物の感情だ。
それでも、そんな最中であってもやっぱりカサネにとっての1番は絶対に誰にも譲りたくは無い。
この感情も確かに本物だ。
だから、カサネの傍にいる人として、高嶺の花所では無い、太陽へ向かう瑠璃の花である彼女の隣に、
自分を好きになって、彼女に恥じない人間になって、そしてその隣に立ちたいのだ。
ようやく食事を終えて、幸せそうに破顔するカサネを眺め、決意を新たにする。
他ならぬカサネが祈ってくれたこと。
どれだけ時間がかかろうとも、いつの日か必ず前を向いて、あの時のような笑顔を思い出して、
私は自分を好きになってみせる。
自転車だってもう一度始めよう。
今度はキヴォトスを横断してやろうじゃないか。
興味のあった釣りだって今から始めてみよう。
今度は銃なんてなくても釣れるようになるさ。
強盗の計画だって、またあの時みたいに役に立つ時が来るかもしれない。最悪、逆に銀行側に売ってしまえばきっと無駄になんてならない。
この世に無駄な事なんて、意味の無い事なんて無いのだから。
一から始めてみよう。
もう一度、始めてみよう。
そうやって自分を好きになって、
そしていつか、
必ず君を振り向かせよう。
太陽に向かう瑠璃の花
木立瑠璃草(ヘリオトロープ)
ギリシャ語で太陽に向かうという意味をもつ。
献身的な愛、太陽、夢中、そして悲愛といった花言葉をもつ。
キヴォトス中の生徒を失恋させた誰かさんにピッタリですね。