ロ リ ナ パ テ ス   作:( 눈_눈)

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お久しぶりです。ビジュアルで言えば1番好きな生徒です。性格も上品なところと天然で愉快なところのギャップが可愛らしいですよね。作者的にはシロコに次いでカサネちゃんと結ばれて欲しい生徒だったりします。


恋酔 桐藤ナギサの場合

 

病室の扉の前に立ち、緊張を押し殺すように息を吐き、そしてドアノブに手をかけた。

考えれば、そもそも緊張とは少し違うのかもしれない。言うなれば…そう、気まずさ。或いは申し訳なさといった類いのもの。

 

私は補習授業部のいざこざを利用するような形で彼女を巻き込んでしまった。巻き込まなくても間違いなく自分から巻き込まれに来ていただろうことは置いていて、それでも原因を作ったのは私だった。

結局、疑心暗鬼の中でさえ想像していなかった幼馴染が裏切り者で。

私を、そしてミカさんを止める為に彼女に沢山の苦労をかけた。傷を負わせた。

 

そんな最中でも、「君をそこから救い出してみせる」だなんて言葉を以て不信の暗闇を彷徨う私にさえ手を差し伸べて、そして彼女は宣言通り数多の障害を乗り越えてハッピーエンドを掴み取った。

しかし、

 

補習授業部を率いての戦い。

エデン条約調印式での戦い。

アリウス自治区での戦い。

 

ミカさんとの戦い。

生徒を庇ってのミサイルの直撃。

ヘイローを壊す爆弾の直撃。

人工天使との戦い。

ベアトリーチェなる大人との戦い。

聖女バルバラとの戦い。

 

一瞬の休息もなく今まで積み重ねてきた無茶が一気に彼女を蝕み、当然の流れとして彼女は入院することになった。

 

そしていま、目の前の病室に彼女は居る。

彼女をトリニティに招いたことは後悔していない。招いた私のせいだとも思わない。それは結果論であると割り切れるし、寧ろ彼女がいなければもっともっと取り返しのつかないことになっていた事は想像に難くない。

ならば最善手だった。

そう割り切れる。

 

……はずなのに、

 

彼女が傷つき、そしてそれでも笑って私達の為に立ち向かい続ける姿を見ていると、締め付けられるような胸の痛みと、もっと私が先輩として頼れるような存在にならなければと、焦燥にも似た焦りのような感情がジワジワと湧き出てくるのを感じる。

誰よりも大人の様に振る舞う彼女はしかし未だ1年生なのだ。2つも年上の私達が彼女に頼りっぱなしではきっといけない。

実際、彼女に心を救われた生徒は数え切れないほどに居るが、同じような感覚を覚えている者は想像以上に少なかった。ならば尚更私がもっとしっかりしなければならない。

そんな戒めを唱えながら私はゆっくりとドアを引いた。その先で、

 

 

少女は点滴の繋がる腕で頬杖をつきながら、普段の天真爛漫な姿からは想像もできないような、儚く脆い表情で、まるで水槽のように窓の外を埋め尽くす青空を眺めていた。

所々に白髪の増えてきた艶やかで癖のない黒髪。

病人服を纏う小柄で細身な体躯と、触れれば壊れてしまいそうなほどに整った人形のような横顔。

 

来客に気付くと、さっきまでの憂いと羨望が入り交じったような表情は白昼夢をみていたかの様に消え去り、代わりに彼女はニコりと微笑み、そして虚空を見つめるように虚ろな瞳で私の瞳を見つめてきた。

 

 

「こんにちは、……えぇと、ごめんね、まだ視力が回復してなくて…」

 

 

「………ナギサです。こんにちは、カサネさん」

 

 

上擦る事無く返答した私を褒めて欲しい。

キヴォトスに於いて外見の整った生徒は珍しくない。かくいう私も、ミカさんもセイアさんも、最高級の美容品を使っているだけあって、それなりに人を誑かせる程度には外見が整っていると思う。カサネさんの外見とそこまでの差があるようには思えない。

だと言うのに、彼女が傷だらけで空を眺める姿がここまで不思議なくらい絵になるのは、一体何故なのだろう。

 

頬に貼られた真っ白なガーゼが、同じくらい真っ白な顔の小ささを強調する。額から片目を覆いかねないほどに広く巻かれた包帯が、生糸の様な毛髪にメリハリをつけている。小枝の様な細腕を無機質に貫く点滴が、何故か彼女を美しく見せる。焦点の合ってない瞳は、普段の温かさを硬質な冷たさに置き換えたようで、それはさながら宝石のようだ。

 

……いやいや、見惚れている場合じゃない。私はここにお礼を言いに来たのだから。

調印式の少し前、迷惑を掛けた方々全員に謝って回った際にカサネさんにも何度か謝ったが、

今回のアリウス自治区で起きた事について、そして傷だらけの状態で聴聞会に出席して頂いた事についてお礼と謝罪をしなければならない。

 

 

「ナギサ、会えて嬉しいよ、…でも忙しいだろうにわざわざごめんね」

 

 

「いえ、…分派の者に休むよう諌言されてしまいまして…今はそこまで忙しくないのです」

 

 

後ろに手を組み、悟られないように言の葉を紡ぐ。気を抜けば癖で前に持っていきそうになる手を後ろに押さえつける。

 

 

「というのも、2ヶ月以上休むことなく仕事を続けていたもので…最近は随分慣れてきていたと思うのですが……」

 

 

「ナギサ?」

 

 

「…………はい」

 

 

…気付かれて困ることでは無いけれど、出来れば見て見ぬふりをして欲しかった。

彼女はぼやけた視界でも、生徒の変化は絶対に見逃さない。これは信頼にも似た諦めだ。どうせ気付かれるだろうという諦めもあり、正直隠せるとは思っていなかった。

 

目敏く私の変化を指摘する虚ろな瞳に、私は観念して傷だらけの両手を前にだす。

カサネさんは私の両手を手に取り、視覚では把握しきれない詳細を直接触れることで把握しようと努めていた。

切り傷や擦り傷の跡をカサネさんの白く細い指が慎重になぞる。鈍い痛みが何故か心地よい。

 

 

「…これは…どうしたの?」

 

 

「……先日の事件の後、…その……無力感に苛まれまして、…個人的にハスミさんとツルギさんにお声掛けし、手ほどきを受けたのですが、…久しぶりとはいえなかなか上手くいかないものですね」

 

 

彼女の真剣な声音に、私も嘘偽り無く正直に答えた。私の話ぶりから、僅かな自虐のニュアンスを感じ取ったのか、カサネさんは全く心外であるというような表情で口を尖らせて答えた。

 

 

「ナギサは無力なんかじゃないよ」

 

 

「……ですが、座して待つことしか出来ませんでした」

 

 

にべもなく応じる私の手を軽く引いて、まるで縋り付くかのように彼女は答える。

 

 

「ナギサは、私を信じてくれたでしょ?」

 

 

「………信じて待つなど、誰にだって出来ることです。大体、それによって戦術的優位が発生しないのなら…」

 

 

「あるよ、戦術的優位」

 

 

カサネさんにしては珍しく相手の言葉を遮るように言葉を重ねる。儚く、そして優しい声音は、それでも何故か力強い。

彼女は手に取った私の両手を軽く引いて、指と指の間に自らの指を絡める。…つまりは恋人繋ぎの状態にし、ふんわり微笑んで、そして彼女はその先を紡いだ。

 

 

 

 

「君が信じて待ってくれるのなら、私は誰にだって負けないから」

 

 

 

 

「っ…!」

 

 

至近距離でカサネさんがニコリと微笑み、私の瞳を見つめる。時が止まってしまったかのように彼女の瞳が、その優しさと慈愛が私の心と瞳を貫く。私の手を握り締める彼女の小さな手から伝わる熱。

 

一瞬で私の顔は真っ赤に沸騰し、繋がれた手から不審がられてしまうのでは無いかと思うほどに、心臓がバクバクと脈打つ。

 

耐えきれずに軽く後退り、それによってカサネさんの手のひらから何とか逃れることが出来た。未だ興奮冷めやらぬ様相を押さえつけ、極力平生を保った声を意識して彼女を咎める。

 

 

「…軽々しくそういう事を言わない方が身のためですよ」

 

 

「…?……軽々しく言ってないよ??」

 

 

「…そういうところですっ!」

 

 

……今、私は冷静さを欠いている。本当にどうにかして欲しい。愛の告白の様なセリフを真正面からぶつけて来ないで欲しい。勘違いしてしまう。期待してしまう。冷静にならなければ。

 

2つも年下だし、というかそもそも同性じゃないですか。君が信じて待ってくれるなら?…いやいや、冷静に考えたって愛の告白でしょうそんなの。生涯貴女を守りますみたいなレベルでしょうこんなの。…あぁもう、そうじゃなくて。

 

 

 

「ナギサ?お顔真っ赤だけど体調悪いの?」

 

 

 

唐突な声に、冷静さを取り戻そうと思考の荒波と戦っていたせいか、反応出来なかった。

 

コツンと額に何かが当てられる。

暖かく、そして僅かに冷たくて、いい匂いがして、

 

瞳の焦点を絞れば、僅かにぼやけた視界いっぱいに芸術品のように美しく可愛らしい顔。

鼻先が触れ合う程の至近距離。

僅かに跳ねた彼女の髪が私の頬に触れ、擽るようにさらりと流れる甘い匂い。

 

額を当てられている。

 

 

「ッ…!〜!!!!」

 

 

数秒かけてその結論を弾き出し、声にならない悲鳴を上げながら私は仰け反った。

 

 

「うん…ちょっと熱っぽいかも」

 

 

カサネさんは乗り出していた身を戻し、なんて事ないようにしている。

 

……その姿に正直イラッとした。むくむくと穢れた欲望が湧き出てくる。そうですか、そっちがその気ならこっちにだって考えがありますとも。本当にもう知らないですよ?こんなの自業自得ですからね???

 

 

「……怪我の具合は大丈夫なんですか」

 

 

「実は、視界以外はもう治ってるようなものなんだ〜、ツルギ程じゃないけど最近は私も傷の治りがだんだん早くなっててさ」

 

 

……そうですかと、私は無言で彼女に詰め寄り突然両手首を掴み取った。ベットに座っている彼女と立っている私の身長差もあり、必然的に私に両手を持ち上げられ軽くバンザイのような状態になる。

 

 

「……?ナギサ?」

 

 

……あぁ、本当に勘弁して欲しい。嫌がるなり怖がるなりしてくれれば、諦めもつくだろうに。飼い慣らされた猫のように無抵抗な姿が愛らしい。元々は敵対にも近しい状態だった私を心底信頼しきっている姿が愛おしい。そんな姿のせいで、どうしても諦めがつかない。この先を幻視してしまう。妄想してしまう。

 

 

「………ナギサ?どうしたの?」

 

 

両手を挙げたままこてんと首を傾げる姿に、私はもう我慢できないと、服が乱れることも厭わずベットに膝を立てて乗り込み、逃がさないように彼女の腰辺りを太ももで挟むようにし、掴んだ両手をそのままベットに押し倒した。

 

今、カサネさんのことを押し倒している。

 

キヴォトスで名のある生徒全員が恋していると言っても過言では無い、愛おしき少女を。

 

 

このまま無理矢理にでもその小さな唇を奪い、口腔を貪って舌と唾液を味わい、

纏う服を引き裂いて脱がせて、そしてその先の全てを味わえたのなら。

 

 

「……ナギサ…?お顔、怖いよ……?」

 

 

沸き立つように肥大する欲望は、しかし、不安げな彼女の声に、冷水を浴びせられたかのように萎みそして私は正気を取り戻す。取り戻させられる。

 

 

「…………………ごめんなさい」

 

 

零れ落ちるような謝罪の言葉。

…あぁ、どうしても勇気が出ない。

嫌われてしまうかもしれない。

失望されてしまうかもしれない。

私を信じてくれた彼女を傷つけたくない。

 

 

身に宿る悪感情を悟られないように身体を押し付けて彼女の肩口に顔を埋める。太っているとは言わないが、それでも細身とは言えない程度に肉付きのある私の体がカサネさんの小さな体を余すとこなく押し潰すように征服している。全身で彼女の感触を感じ取り、私のモノだと言わんばかりにぎゅうぎゅうと身体を押し付ける。

 

それでもカサネさんは押さえつけられた手で私の後頭部を優しく梳いてくれた。

いつの間にか彼女の腰に回していた私の手を振りほどきもせず私の背中を撫でてくれた。

 

 

「大丈夫だよ、ナギサ」

 

 

耳元で優しく囁かれる声がこそばゆい。

幼さの隠せない溶けるような甘い声。だと言うのに、声音に含まれた聖母の様な優しさが、まるで姉や大人に甘えているかのように私を錯覚させる。

 

 

「色んな人と衝突したかもしれないし、心無いことも言われたかもしれない」

 

 

甘く優しい声と共に背中をトントンと叩かれながら後頭部を撫でられる。私の醜い感情溢れる抱擁すら受け入れて、そのうえで優しく抱きとめてくれる。

 

 

「後ろ指さされることも、あったかもしれない」

 

 

 

 

「それでも、私はナギサがみんなを守るためにずっと頑張っていたのを、ちゃんと分かってるよ」

 

 

 

 

「……ぅ……っ……」

 

 

 

滲み出る涙を誤魔化すように彼女の肩に顔を埋め直す。身体を押し付け直して嗚咽を隠す。

無意識に私の感情を表現するように、しょんぼりと萎れてしまった私の翼を、カサネさんの指が優しく撫でてくれた。

グリグリと押し付けるように身体を寄せれば、脳が惚けてしまいそうになる甘美な匂いに包まれる。骨が見えるほどに細身で小柄なのに、女性的な優しさと柔らかさのある身体がその感触で私を受け入れてくれる。

密着した身体からトクトクと彼女の心音が聞こえる。それだけで理性が吹き飛びそうな甘い息遣い。それに合わせて胸が上下し、私を僅かに押し返したり、迎えてくれたりする。

このまま時が止まって欲しい。

或いは時が止まらなくても、この身果てるまでこうしてずっとずっと彼女を抱いていたい。

 

結局、私は瞳からボロボロ零れる涙が落ち着くまで彼女の首筋と肩口に顔を埋めて、彼女の抱擁と愛撫を、まるで縋り付くように味わった。それなのに彼女は嫌な顔ひとつせず、私が落ち着くまでずっと抱き締めてくれた。

 

…この娘は本当に、ずるい。

 

そんなことを言われてしまったら、我慢できないじゃないか。隠し通せないじゃないか。

 

頭によぎるカサネさんと親しい者たちの中で不文律となっている暗黙のルール。

彼女に想いを伝えないという暗黙のルール。

 

どれだけ大人ぶってトリニティを治めていても、身体はまだまだ子供のそれで、元々の疲労によって、或いは激しい感情の変化に耐えられず、睡魔に負けて意識が朦朧とする。抱き締められている安心感から、自分でも気づいていなかった疲労に意識が押しつぶされる。

掠れた意識に引きずられるように擦れていく理性が、紡ぐ言葉を制御出来なくなる。

 

 

 

「…カサネさん、」

 

 

 

彼女の耳元で口に出すのは、この身を焦がしてしまうのではないかと錯覚するほどに、心の奥底に封じ込めていた想い。

 

 

 

 

「…ずっと………ずっと…お慕いしております…」

 

 

 

 

─────────(…それは私には勿体ないよ)

 

 

 

 

涙で湿って掠れた声で、泣き疲れて朦朧とする意識の中伝えた想い。泥のように沈んでいく意識の最中、彼女の声が聞こえ、しかし夢の狭間に落ちていくせいで言葉として聞き取れない。

 

正直、聞こえてなくたって結果は何となく分かっている。返事は何となく予想できる。だって誰よりも大好きな人のことなのだから。

 

それでも、伝わっていなくてもいい。

今は理解されてなくてもいい。

結局最後まで叶わなくてもいい。

 

彼女が本当に大人になった時、

 

心の底から貴女を愛した人が居たと、

桐藤ナギサが貴女を愛していたのだと、いつか気付いてくれますように。

 

縋るような祈りと腕の中に捕らえた最愛の人。

私は彼女の甘い呼吸に吸い込まれるように、随分久しぶりに感じる、穏やかで心地よい眠りに落ちていった。

 





親しい人でも例外なく学園のためと切り捨てて、そしてその責任から逃げずに向き合おうとしたナギサの在り方に対してカサネちゃん自身でも気付かないくらいに少しだけ特別な感情を抱いていてもいいし、いなくてもいい。
そんな絶妙な具合が私には勿体ないという台詞になってしまいました。正直カサネちゃんに対しての恋愛感情は全て一方通行にしたかったのですが、気付いた上で、先生として気付いていないふりをするというのもありかなと思いこんな形になってしもた。
あとナギサにお慕いしておりますって言わせたかった。言わせたくない?
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