燃え立つ焰のような髪の赤さは、そこで転がって気絶している赤髪君とはレベルが違いました。
例えるならば、彼が現実的なアイルランド系の赤毛。皇帝陛下はアニメ調に塗られた煌めく真紅。高品質のルビーを伸ばしたような光沢でした。
けど、丸っこくてふっくらした童顔には人形めいた愛嬌こそあれ、大人の色気は皆無です。胸だって見事な真っ平ら。……これでも御年19歳だったハズ。
身体が子供っぽいのは本人も気にしているそうですが、病気とかではなく、そういう体質なのだとか。
漆黒のゴシック調ドレスには、アクセントとして金糸で薔薇の刺繍が施されています。布の光沢を見ただけで、如何に上物かは一目瞭然でした。
けど、やっぱり色気がない。喪服っぽいゴスロリドレスと、ニコニコ不敵な幼い顔が、絶望的にミスマッチ。背伸びしてコーディネートを失敗してる感がヤバいのです。
これならピンクとか白で統一してくれた方がずっと映えます。
「なーんか不敬な視線を感じるのぅ。お主、なんぞ余を値踏みしとらんか、ん?」
コツコツと足音を響かせて詰め寄ってきた陛下の小さな手が、私の顎を掴んで強引に上向かせてきました。
近くで見れば、ますます可愛い。お人形さんみたい、って形容がズバリですか。
「くくっ、愛いのう」
「陛下も私の次ぐらいには可愛いですよ?」
「ほほう、余が誰か解っていてその物言い! 活きの良い娘は大好物じゃぞ、くっふっふっふ」
瞳孔が縦に裂けた、爬虫類染みた陛下の碧眼。獲物を定めた熱っぽい眼光が、おもむろに下がっていきます。
濡れたシャツの張り付いた、私の大きな胸に注がれる陛下の視線。見られて恥ずかしい身体ではありませんけど、ここまで堂々と見つめられると照れますね。
「……デカいのう。お主、齢は?」
「11かそこらです」
「ほほう、11でこの巨乳か。将来性バッチリだな。余の妻にならぬか?」
「へ・い・か! 約束が違いますの、それはこっちで引き取る手筈ですの」
アルタルフ嬢から窘められた陛下は、露骨に顔をしかめます。ぶーたれ顔で振り返りますが、アルタルフ嬢の冷たく見下すような眼を見て顔色を変えました。
「ひっ!? な、なんじゃ、別に側室に迎えるぐらい良いじゃろうが! 皇帝だぞ、余!?」
「相手を選んでくださいまし。でないとレグルス様とエルナト様にも報告せざるをえませんの」
「そ、それはズルくない? ……相手はちゃんと選んどるし……むぅ」
陛下はむすーっと頬を膨らませ、やがて諦めたのか紳士的に、もしくは淑女的に私を立ち上がらせました。
背丈は私よりちょいと高いですが、それでも145がせいぜいですな。
ちなみにアルタルフ嬢はヒール込みで166〜168ぐらい。目測ですがね。
「そんで、セキシスよ。どこまで話した?」
「陛下の誘いを断らぬよう言い含めたところですの」
「そうか。ではレティとやら。余のものとなれ」
「断固拒否します」
「じゃあ死ね」
一閃。
陛下の右手に閃く紺碧の光。ビームサーベル的なサムシングが輝いた、その次の瞬間。私の左腰部から右肩の鎖骨辺りが断たれていました。
避けるとか、反応するとか、そんな次元じゃありません。
光ったときには斬られ終わっていたのです。
「が――――ッ!?」
内臓が燃えるような激痛で、脳が軋みます。膝からがっくり崩折れて、漏れ出した自分自身の血と臓物の海に沈む……なんてことはなく。
乾いた床に顔面から倒れ込んだだけでした。
血が流れていない。
というか、斬られていない?
痛かったのすら最初だけで、もう立ち上がれるぐらい回復してます。服すらも無傷です。
「復帰早くね? 痛みは本物じゃぞ、これ」
中腰になった私を、今度は唐竹割りに斬りつける陛下。紺碧に光る剣が脳天から股下まで通り抜け、激痛からもんどり打って倒れ込むのですが、やっぱり痛いだけでした。
……なるほど。痛みだけを与える魔法剣ですか。なんとも拷問向きですね、こいつは。
「お主な〜。冗談は時と場合を考えろ」
ブーツを履いた陛下の爪先が、私の顎を持ち上げます。
あ、結構厚底ですね、この靴。ひょっとして陛下、私より背が低い?
「この屋敷は余の実家だ。即位するまで住んどった。そこに害意を持って侵入したのだ、その場で殺されたって文句言えんのだぞ? けど子飼いのセキシスがどーしてもっつーから面接してやっとんじゃ。理解したなら、今度は真面目に答えよ」
屈んだ陛下が、私の瞳を覗き込んできます。
次ふざけたら殺すよ? そう冷徹な殺意が見て取れます。チンケな脅しなんかじゃない、極めて実務的な事実確認でした。
「……タダ働きは嫌ですよ」
「アホか。余、皇帝ぞ? 信賞必罰は支配者の義務じゃ。つっても最初は見習い兵士扱いじゃから、基本給は正規兵の70パーセントからだ。稼ぎたいなら精進せい」
光の剣を消した陛下は、大股で壊したドアへ移動して行きます。敷居を跨ぐ寸前で振り返りました。
「ついでだ。そこで寝たフリしとる三人。お前らも兵士として取り立ててやる。もっとも、断ったら死刑だがな」
赤毛と黒髪眼鏡が、恐る恐ると顔を上げました。優男だけ陛下に背中を向けたままですが、寝返り出来ないだけでしょう。手足縛ってますしね。
「あらあら。今夜は太っ腹ですのね」
アルタルフ嬢が皮肉っぽく微笑みますと、陛下は鼻を鳴らして背を向けました。
「寛大なものか。クソバカ親父のせいで、どこもかしこも人手不足じゃ。使えそうな人材は無駄にできぬ」
そう言って肩を竦め、陛下は今度こそ退出しました。
二回も斬られ、さすがに腰が抜けた私は、座り直すのが精一杯。ペタンと脚を広げた格好で、アルタルフ嬢を見上げます。
「これでよろしいですの、アルタルフさん?」
「真似するなですの。そ・れ・と! 『アルタルフ』は苗字、今後はセキシスと呼ぶですの」
「あら、そうでしたの。承知しましたですの――ふぐぅっ!?」
からかい過ぎたようで、不可視の掌による強烈なビンタが私に炸裂。部屋の石壁に強か叩きつけられましたとさ。
……今日一番死ぬかと思った……。