賊は相当に焦って逃げたらしく、足跡も臭いもそのまま、全員同じ方角へ向かって移動していました。これじゃイタチを追うより簡単ですね。
念の為、罠を仕掛けられていないか警戒はしています。地雷はともかく、マキビシぐらいは残してるかもしれませんし。
やがて、その痕跡が唐突に途切れます。
馬や乗り物に乗り換えた形跡もなし。あるのは「なんでこんなところに?」ってぐらい不自然な大岩が……って、なんで岩にドア付いてるんです?
「なにこれ?」
「シュールだな……」
これには3人揃って真顔にならざるをえません。
自然の中に擬態した秘密基地ですか。なんか隠れ方が昭和の特撮ドラマの敵組織っぽいですけど。発想とか、外観の安っぽさが特に。
賊の足跡なんかは扉の前でパッタリ途切れてはいるのですが、露骨すぎて罠じゃないかと二の足踏んでしまいます。
周囲に見張りはなし。鍵は……内鍵ですが、まあこのぐらいなら。鍵穴に術盾を染み込ませて、ガチャリ。開けます。
「やっぱ万能すぎる……」
ボソリと呟くリブラさん。そう思うなら練習なさい、私より適性があるなら習得は可能なはずですよ。
「さて。こっからは敵地です。気を引き締めてください。特にグリーゼくん」
「なんでオレ!?」
「さっきから私のプリティなお尻に視線が突き刺さってるんですよ。タウラさんに言いつけられていいんですか?」
「すまん、見事すぎて欲望に抗えなかった。あとタウラはただのパーティだ。付き合う気はねーって何度も言ってんのに。なー、リブラ」
「女の敵……」
「リブラ……ッ!?」
背中を刺される形となったグリーゼくんでした。つーか、なんともないならタウラさんが私に返り討ちにされた理由が分かりませんよ。ヤンデレストーカー?
まあいいや。警戒しつつ扉を開きましょう。
入ってすぐに地下へと続く階段。壁も床も木板でしっかり舗装され、ちょっと高めの宿屋ぐらいの居住性を感じます。壁には篝火もあって、20段ほど下った先の踊り場で折り返しています。
入り口に向かう空気の流れといい、踏み出した一歩目の反響音といい……結構な地下まで続いている気配がしました。まさにダンジョン。
少し考え、さっき奪った覆面を被って突入することにしました。これ見よがしな蜘蛛の紋様、おそらく組織のアイコン的なミーニングがあるはず。
「意外と付け心地がいい」
「オレのシャツより肌触りが……」
「なにを覆面に感動してるんですか? さっきまで嫌がってましたよね?」
上質なコットン生地らしき覆面は通気性も良く、肌に優しい、デザインに反して付ける人のことを考えた逸品です。
こんなところにも金を掛けるとは、マジでなんなんでしょう、この組織? 警戒心と好奇心が、私の中で鎌首もたげてきましたよ。
色んな意味で高鳴る鼓動を押し殺して、私達は地下へ続く階段を下ります。
地下5階程度まで下ったところで、再び扉が現れました。錆びた鉄のような赤いが不吉です。
グリーゼくんが顎に手を当てます。
「こういう扉って、向こう側にいる相手に合言葉を伝えて開いてもらう、ってのがお約束だな」
「そうなんです?」
「ああ。よく行ってる娼館のVIPエリアの入り口がソックリだ。こうやって――」
率先して扉をノックするグリーゼくん。彼の言う通り、目線の高さで小さな引き戸が開いて、蜘蛛覆面が顔を出しました。
「――合言葉は?」
感情の乗らない無機質な質問です。間髪入れず、グリーゼくんのパンチが炸裂。小窓越しに見張りをノックアウトしてしまいます。
乱暴に過ぎますが、合言葉なんて知りませんしね。已む無し。
「頼む、レティ」
「あいあい」
戸板と木枠の隙間に薄いシールドを差し込み、ラッチの金具を切り裂きます。……スパッとは行きませんので、弓鋸型にしてギーコギーコ。30秒で切断出来たのなら上出来……ですよね。
「開けるぞ」
返事を待たずに扉を押し開けたグリーゼくん。もうちょっと慎重に動きません? もう殴っちゃったし今更ですけど。
扉の先は、ここまでと比べてもさらに整えられた廊下が左右に続いていました。壁は石材で、赤い布で装飾されています。床にも赤のカーペット、天井照明も油ランプが吊り下げられてます。
イメージですけど、ほとんど城みたいな豪華さでした。
「どっちから行く?」
リブラさんが鉄杖を握り直して私に尋ねます。ぶっちゃけここが何なのか分からない状況ですから、どっちでも変わらないっちゃ変わりません。
「むしろ一旦引き上げるのも一つの手かと」
我ながら思い切った提案を出すと、二人とも怪訝そうに首を傾げました。
「本気かよ、レティ?」
「飽くまで一つの提案ですよグリーゼくん。我々の目的は盗賊団の壊滅ですが、こいつらがそうだとは限らないでしょう」
指令書には、蜘蛛やそれに準ずるシンボルについては一言も記述されてませんでした。これだけ目立つのに不自然です。わざと書かなかったか、こいつらとは無関係か、判断しにくいのが正直なところですけど。
「近い縄張りに別個の盗賊団がいるとも考えにくいけどな」
「ギルドで把握しているエリアより手広くやっててもおかしくない。風船女は考えすぎ」
「その通り考えすぎです。ので、確かめる為にも私は進むつもりです。こんな可憐でキュートな私に向けていきなり矢弾撃ち込んでくる連中が、まともな集団のはずがありませんしね」
もっというと、私ほどの美少女だったら殺すより生け捕りにした方が高く売れます。それをせず、いきなり殺しに掛かってきた時点で、こいつら盗賊ですらない可能性が非常に高いのです。
私の話を聞き終えて、すぐにグリーゼくんが手を挙げます。
「ボクも突入に賛成です、せんせー」
「それは助かります。リブラさんは?」
「行く。さっきのヤツらが逃げ込んでるんだとしたら、時間を置くと撤収されるかもしれない」
全員一致ですか。意外。グリーゼくんはともかく、リブラさんは独りでも帰るんじゃないかと思ってました。
……それでは、ダンジョン探索の開始です。