濃密な草の臭いが鼻を突きます……あ、やべ。
「ぶえっくしょい!!」
くしゃみの衝撃で、ボヤけていた意識が一気に覚醒しました。
鬱蒼と茂った原生林の只中で、地面に寝そべって寝ている私です。野宿? いや、むしろ行き倒れてるレベルですよ、これ。
木々の隙間から射す青い月灯りを浴び、私は今まで見ていた恐ろしい夢について考えました。
平凡なサラリーマンとして働きながら、スキマ時間にクソゲー実況者をしていたオレ……いえ、私だったのに、謎の電話から急転直下のホラー展開。
モニターに押し付けられた頭がブチャっと爆ぜる感触とかリアル過ぎて、ちゃんと首から上が付いてるか不安になるほどです。
「オレ……いや、私は……んん?」
リアルな夢を視た影響でしょうか。まだ私の中に『オレ』だった記憶が燻って……いや?
「いや……いや、いやいやいやいやァ!?」
夢じゃねーっすよ、今の! マジモンの前世の断末魔です!! 殺されて異世界へ強制送還されたときの!?
手違いで雷が落ちたとか、そんなレベルじゃねー故意犯じゃねーかコノヤロー!!
……ま、まあ? 自分でもどうかと思うレベルの美少女に生まれ変わったからダメージは無いに等しいですがね。前世でもアバター作成にゃ何時間も工夫を凝らしましたけども、それらすら遥かに凌駕した愛らしさなのですから!
ビバっ、TS美少女転生! でも感謝なんてしねーよ、ヴォケ!
「ん〜……うるさいですの。静かにしないと口を溶接するですのよ……むにゃ〜」
「おっと。申し訳ありません」
すぐ横で雀のような可愛い声が怖いことを告げてきます。とりあえず一言謝罪しましたが、すぐ再び寝息を立て始めました。
こいつは……いえ。こいつについて説明するより先に、転生してから今日までの私について話しておきましょうか。
ではプロローグ、スタート。
今生における私の名はレティ・クェル。といっても苗字の「クェル」は後付けなので思い入れはありません。ただのレティで充分です。
故郷と呼べるのは、行き過ぎた軍国主義と民族統一思想で近隣諸国への侵略戦争を繰り返す暴虐のポラリス帝国。そのどっか。
正確な場所は分かりません。町ごと貧乏なぐらい酷い環境で、両親は所謂ストリートチルドレンの若いカップル。生活水準は最低もいいところ、乳児期を乗り越えたのが奇跡とさえ言えます。
両親と暮らしたのは5歳まで。貧しい生活に嫌気が差していた頃、タイミング良く近くに来た人買いの商人に、文字通り自分を売り込みました。
彼らを奴隷商人と呼べばそれまで。ですが餓死寸前の状態じゃ商品価値もクソも無いので、最低限の食事と寝床は得られます。読み書きやら礼儀作法などの教育を受けられるチャンスもあって、少なくともスラム街よか健全な環境と言えるでしょう。
今の両親の元に残るのと、どっちがマシか。考えるまでもありません。むしろ私に言わせりゃその日暮らしの分際で食い扶持を増やしてんじゃねーって話です。子作りは計画的に。
え? どんな形でも産んでもらったんだから感謝しろって?
はッ! こちとら人生を強制終了から再起動させられた身です。ここで産まれんでも、どっか別んとこでポップアップしてたでしょう。そう考えたら今生の両親にもあんまり愛着湧きませんよ。
私が買われたお金を全額押し付けたのを最後に、両親のその後は知りません。
日本の常識では考えられないほど若い二人でしたから、あの金を元手に上手く立ち直ったか。または強盗に生命ごと金を奪われたか。いずれにしろ、もう私の人生には関わりのないことです。
さて。奴隷商人の親方は、私を指して「金の卵」と喜びました。だって教育前から読み書きに加えて、計算まで出来てたんですから。
言語の習得は独学だったので、それなりに苦労しました。なにしろ両親揃っての文盲。前世でラテン語に習熟していなかったら、筆記も上達していなかったでしょう。
計算はまあ、普通に十進法だったので別に。三桁の暗算までなら軽いもんです。
「すごいぞレティ! 字は汚いが、それはまあ追い追い改善させればいいとして。君、ウチで働かない?」
優秀な私を手放すのが惜しくなった親方は、私を奉公人として迎え入れたのでした。
おお、これが異世界成り上がり系主人公ですか。