一暴れ、と思ったんですけど。
「パワァァァァァーーーッ!!」
「ぎゃああああああ!?」
間抜けな掛け声から繰り出されたグリーゼくんの大振りパンチが、その風圧だけで迫りくる覆面達を薙ぎ倒します。
上半身を大きく捻って繰り出す彼のパンチ。見た目には予備動作も大きく簡単に避けられそうな雑なものですが、拳のヘッドスピードが音速をぶっ千切ってるみたいで発生する衝撃波だけで十分すぎる殺傷力を発揮していました。
恐ろしいのは、それが五行術や特殊なマジックアイテムにも頼っていない、純粋な腕力によって行われていること。生身でソニックブームを発生させるとか、それはもう生物兵器の領域です。
「パワァァァーーッッッ!!」
「ぎゃああああ! ば、化け物だぁぁぁ!」
「助けてママぁぁぁぁ!!」
グリーゼくんが通った後は、さながら交通事故現場です。石壁に叩きつけられた死体は原型を失い、なんだったら天井や床も陥没しています。
当然、近くにいると私とリブラさんも危険なので、離れた位置から彼の虐殺……もとい、活躍を眺めるばかり。援護の必要すらありません。
「どういう生物なのですか、彼は?」
そう尋ねると、リブラさんは頭痛を訴えるようこめかみを指で押さえました。
「南部出身の兵士崩れ。テクニックが無いからパワーで補った結果、ああなった」
「普段はタウラさん含めた三人で活動してるんですよね。彼女も前衛ユニットだと聞きましたが」
「肩を並べてる訳じゃない。タウラはあれで術法戦士。中距離からグリーゼの取りこぼしを処理してる」
「……いる意味あるんですか、彼女?」
私の忌憚のない感想に、リブラさんは黙って首を振りました。少しぐらい擁護してあげても……。
「待てコラぁぁぁぁぁっ!!」
って、話している間にグリーゼくんが逃げていく敵を追いかけて独りで行ってしまいました! イノシシか闘牛ですか、あの人?
「追いましょう!」
「その前に。『スプラッシュ』」
リブラさんが杖を一振りしますと、空中から高圧のジェット水流が噴出。赤黒く染まった廊下を、凄まじい勢いで洗い流しました。
おお、素晴らしい洗浄力……と感心しかけましたが、水を浴びた壁面や天井が異様にテカテカしていて、カーペットに至ってはズタズタです。異常な水圧で削ぎ取られています。
シャツの柄ごと汚れを落とすに等しい暴挙。でも、そうまでして血脂を踏みたくないという鋼の意志を感じました。
「行くよ、風船女」
「あなたもメチャクチャしますね」
「この程度、造作もない」
気持ちドヤった表情で、リブラさんはお先に駆けて行きました。
参考までに。ギルドの測定器で計った私の術力(MP的な数値)は25。対して専門の魔導師は最低150だそうです。文字通り桁違い。さっきの高圧洗浄術も、私のシールドより格段に高ランクの術でした。
環境に置いていかれない為には、私もシールド以外の術を身に着けるべきでしょう。けど私、術師適性が目に見えて低いんですよ。
同じくギルドの測定器では『土種:丁』。これは土属性の術なら辛うじて扱えますが何か? ってラインです。数年かけて修行しているシールドならともかく、それ以上の術となると……。
ま、出来ないことを悔やむより、出来ることを他で増やした方が建設的ってなもんです。それに私、現状でも雑魚相手なら無双できる程度には強くなりましたし。
頭を切り替えて、リブラさん達を追うとしましょう。
通路の先に現れた鋼鉄の大扉。グリーゼくんの怪力で抉じ開けられた貫通孔を潜り抜けようとした、その瞬間。
地面が波打って跳ね上がる程の衝撃が襲ってきて、私は咄嗟に屈んで転倒を防ぎました。
「ぐわあぁぁぁぁぁっ!!」
目の前には、繰り出す風圧すら殺傷兵器と化すパワーを誇るグリーゼくん。
その渾身のパンチを、同じく正面からのパンチで迎え撃ち、安々と打ち破った黄金仮面の巨漢。
暴力を駆逐する圧倒的暴力の化身がそこにいたのです。
「呆気ないねェ。多少はやるが、この程度か」
さっきまで無双していたグリーゼくんを、逆に床に穿ったクレーターに沈めてしまったその男は、身長も体重も常人の倍はあろう、浅黒い肌の巨漢でした。
黄金の鉄仮面はドクロを模した無機質さでありながら、その下に垣間見える碧眼には肌が焼けるような激情の炎が浮ぶようで。
裸の上半身に儀礼用の紅いマントを羽織った姿からは、燃え立つ焰のような自信が漲り。
なんというか……一目で「こいつすげぇ」ってなる強キャラ感が迸っていました。
「人間、ついていないとこんなものだ。俺がいなかったら楽々とこの秘密基地を制圧出来ただろう。ちょっと日頃の行いが悪かったんじゃあないかねェ?」
地鳴りがするようなバリトンボイスでありながら、ユーモアを感じさせる口調。余裕とともに大物っぷりを感じさせてくれます。
隣のリブラさんを横目で見ますが、無表情の中にハッキリとした恐怖と絶望と困惑が見て取れました。
そうでしょうとも。私だって全身から脂汗が噴き出して止まりません。口の中はカラカラだし、対峙しているだけで気絶しそうなほどのプレッシャーを覚えるほど。とにかく別格の存在感が、この大男にはあります。
これほどの恐怖を味わったのは、前世で死ぬ瞬間以来です。
「ま、素行の悪さはこっちも人の事は言えないがね。なにしろ国家転覆を企むテロリストだ。……そう思わないかね、お嬢さん方」
黄金仮面男の視線がこちらを向いた瞬間、脊髄が凍りつくような怖気が走りました。
まだ殺気も敵意も受けていませんが、きっとライオンに遭遇したウサギはこんな気分ではないでしょうか。
「……つかぬこと、お伺いしますが」
それでも私は、震える喉から絞り出すように黄金仮面の男に尋ねました。
「何かね?」
「……もしや、セルバンテス・バンデンバーグ大公閣下でしょうか?」
「ほう。俺を知っているのか。ま、有名人だからな。如何にもその通りだ、お嬢さん」
あっさり認める西域大名バンデンバーグ。おそらくですが、仮面の下で微笑んだのかもしれません。碧眼が少しだけ柔和に細められたのも確認できます。
なんでここにいるの、とかツッコミたいのは山々ですが、その前に認識しないといけない事実が一つ。
私、詰んだみたいです。