私、レティ・クェルは死にました。
胴体を斜めに切断されては、しぶとさと生き汚さでは人後に落ちないと自負してる私でも致命傷です。
……だと、言うのに!!
「gyaaaaaaaaa,gyuooooooo!!」
自分の喉から発せられる、真っ当な生物とは言い難い唸り声に戦慄する私です。気持ち悪いっつうか、ただただ混乱するばかり。正気を保つのも難しい不快感であります。
切断された私の断面から噴出し続ける、ドス黒い『何か』。
一見するとコールタールのようで一切の光を反射しない黒色は、実体化した闇そのもの。
肉体の体積を優に超えた闇が、床の建材や壊れた机の破片を溶かし、取り込みながら室内を侵食していきます。
そして私自身というか、腕を含めた右胸から上は、高さ3メートル半の天井に張り付いた状態で呆然と地上を眺めていました。
「これは……! 一体、何だ!?」
バンデンバーグ大公も困惑しています。
……してますけども、その拳は鈍ることなく迫りくる闇を打ち払い、退散させました。てか物理的に触れるのですね、それ。
「なんだ、これならオバケの方が怖いねェ。あいつら物理攻撃が効かないから」
そして攻撃が通じるとなったら、彼にとっての私は「ちょっと変わった魔物」程度の認識みたいです。むしろお前が化け物ですよ、大公閣下。
「じゃ、まずは狙いやすいところから」
そして拳を握って振り被ります。狙いは私の上部分……ってちょっと待って!?
「gyabaaaaaaaa!?」
その闇のネバネバ、私の意志とか無関係に動いてんですが!? 私を仕留めても意味ありませんってば!!
そう弁明しようにも、やっぱり言葉がちゃんと出ません。これじゃ得意の口八丁も形無しです、あはは笑うしかねェ!!
天井にいる私までパンチの間合いが届かないように視えますが、だからって安心できないのはグリーゼくんが証明済み。ましてやバンデンバーグ大公は彼以上の怪力と目されるのですから。
「gyoeeeeeee!!」
身体を捩って床へと落下する私。一瞬の後、天井が拳の形に穿たれました。
マジか、こいつ。グリーゼくんとは一線を画す破壊痕。あっちがまとまりのない全方位無差別攻撃だったのに対し、こっちは拳の延長線上のみを狙って砕く立派な技。気弾や波動拳のような完成度です。
無駄な破壊をしない分だけ威力も圧倒的で、天井の先の岩盤までも穿ちました。
「おっと、逃さんよ」
「gyaba!?」
って、しまった!? ビビってしまって逃げ損ねました。落下途中の私の顔面が、ポリバケツの蓋ぐらいありそうな手でキャッチされます。
ぎゃあああああっ! 助けてぇぇぇぇぇ!!
「gugigi,ghabaaaaa!!」
「ふむふむ。見た目は崩れちゃいるが、理性のない化け物ではないようだねェ。言葉も理解しているのだろう?」
「gagigi!?」
フランクフルトソーセージみたいに太い人差し指と親指が、私のぷにぷにほっぺを摘みます。ほんのちょっとの力加減で自分の頭が鬼灯みたいに爆ぜる、そんな直感が脳裏を過ぎりました。
が、逃れようにも右腕以外の四肢がついた胴体は視界の片隅で(物理的に)闇に呑まれて転がってます。残ってる右腕だって半分溶けて、指先が辛うじて曲げられるぐらい。打つ手ナシですね、こりゃ。
「gyagyuuuuuu,gyabaraaaaaa」
せめて可愛い顔は残してください、と懇願したかったのですが、それも無理。もう考えるのも面倒になった私は、諦めて瞼を閉じました。
すると、なんということでしょう。目を閉じたはずなのに、私はバンデンバーグ大公の背中越しに自分の顔を見ているではありませんか!
いや、何を言ってるのか自分でも分かりませんし、文章で表現するのは文字通り筆舌に尽くしがたいのですが! 顔に付いた両眼以外の視界から、自分自身の顔を視ているのです!
「キスでもねだっている顔か? 残念だが、子供に興味はないんでね」
ちげーよ、バカ! 確かに目を閉じてちょっと顎を上げてる様子がそう見えるけど!? それどころじゃない私は、慌てて両眼を開きます。
すると。今度は大公の肩越しに、自分の胴体でギラリと開いた金色の眼球と視線が重なって……あ、あれ!?
わ、私の両眼はちゃんと大公の顔面を視ています。ですが同時に、背中越しに自分の顔を視ている映像が重なって……って、ええええっ!?
「こ、今度はなんだ!?」
「gygyaoooooo!!」
大公も異常に気付いた様子。でも、もう私には彼についてどうこう考えてる余裕がありません。
転がった胴体から滴る闇、そして部屋中に拡がりつつある闇、そのあちこちで一斉に、金色の眼球が開眼したのです。
と同時に、多角的な映像情報が私の中へと一気に流れ込んできました!!
人間の脳は正面からの視覚情報しか処理できません。トンボじゃないんですから!
過負荷でキャパオーバーした脳が破裂したのか、ドス黒い血涙と鼻血を流す私。ですが金色の眼球はお構い無しに増え続け、しかも周囲の闇をまとってウネウネし始めます。
鋭いトゲっつーか、槍っつーか、そんな感じに変形した無数の闇が、大公を背後から襲いました。
ただ伸びてるだけですが、術弓より速いです。
「おっと」
大公も後ろに目が付いてるようなタイミングの
けど、頭が無くなったのに私の意識は消えず。どこにあるのか自分でも分からない
気持ち悪くなってきました。このアングルは……床に転がる胴体ですか。
頭がグルグルしてくるのと反比例して、槍の数が増えているような? 天井と壁と床、複数方向から大公を見つめ、串刺しにしようと槍が伸びる。
……今更ですけど、グリーゼくんとかどうなってるんでしょうか。気になった途端、眼球が増えたのかグリーゼくんが寝ていた床のクレーターが映し出されます。
彼の姿は、クレーターを満たした闇に沈んで視えません。……闇は建材とか机とか溶かして吸収してますよね? ……あれ、ヤバくね?
別の視点では、銀鉄仮面の身体がグズグズに崩壊して闇に呑まれる姿を目撃しています。
……ひょっとして私、グリーゼくん食べちゃった?
残ってるんだか分からない胃袋が痙攣したように感じました。
「こりゃマズいねェ」
大公も増え続ける眼球と槍の多さに危機感を抱いたようで、奥へ続く扉を体当たりで破壊して撤退していきます。
ですが、私が彼の動きを意識したからか、塊となった闇も追跡を開始。通路は元より、その先にいた覆面兵士までもを押し潰していきます。
そうして奥へ奥へと突入していく闇。その一方で、グリーゼくんに被さった闇を剥がそうと溶けかけた左腕を伸ばしている私もまた、同時に存在していました。
考えがまとまりません。まるで自 分の中でいくつもの思考が乱立 していくような。
切り分けら れたヒトデで はありませんが、分裂し た自我が成長して『私』という存在を圧迫して いきま す。
増え 続ける闇と眼 球。引き延ばされ続ける 身体 分割 を続ける情 報を処理しきれ ず、意識が摩 耗して 、 追跡す る闇 の暴走 も加 速し ていき ます 。
駄 目 、これ 以上引 き延 ばさ れ たら 千 切れ ―――― 。
次回も明日6時に公開予定