さて。時間はリブラさんがアンダーグラウンドガバメントからの撤退に成功し、ステラちゃんに報告して、さらに翌日です。私の意識が途切れてから36時間ぐらいでしょう。
急ぐ様子は皆無。だってステラちゃん曰く、
「バンデンバーグに挑んだんじゃろ? じゃーレティもグリーゼも死んどるよ。肝心のバンデンバーグも秘密基地が暴かれたのならとっくに脱出しとるじゃろ」
だそうです。冷たいけど合理的判断。同じ立場でなら私もそうするでしょう。冷たいけど。
でもそれはそれとして、調査はする。手掛かりが得られれば御の字、ぐらいの心持ちかしらん?
移動にはステラちゃんが二頭立て馬車をチャーターしました。さすが皇帝……じゃなくてヘビー級冒険者、羽振りが良いですね。今後は私にももっと活動資金を回してください。
セキシスを御者に、馬車はレンガで舗装された路を結構な速度で飛ばします。例の秘密基地までは2時間ちょっとといったところでしょう。
「マジ? 虫じゃろ? マジでご飯に乗せんの?」
「それが美味しいんだってば。塩気が強いからお米が進むのなんのって」
まだ飯の話してますね。私もお腹空いてきました。
盛り上がってる二人とは逆に、リブラさんは神妙な面持ちで俯いています。きっと犠牲になった私を思ってのことでしょう。
「いや、普通にグリーゼさんのことだと思いますの。彼とは普段から同じパーティなのですし」
……御者台からセキシスがこっち見てツッコミ入れてきたんですけど。ちょっと、再現映像でしょう、これ?
「けど、わたくしはわたくしですの。心配しなくても第四の壁を超えての発言は、実際に起きていた当時ではしていませんの」
言わんとしてることは分かるけど、映像内のセキシスから話しかけられると臨場感とか薄れますね。
ほら、ゲームでも没入感って大事でしょ? 仮にもゲームメーカーの社員なら、そういうの大事にしてください。
「これだからゲーマーは。あ、こっからしばらくなんもねーのでイベントシーンまでスキップしますの」
そっちもゲーム感覚じゃねーか。
で、肝心のイベントですが。
「あ」
まず御者のセキシスが異変を察知します。
「みなさーん」
そして客車に注意喚起をしようとした、まさにその時です。
前方の地面が盛り上がって弾け、天に向かってドス黒い何かが間欠泉の如く昇っていきました。
「下から何か来ますのでー、近くの物にお掴まりですのー」
「遅いわー!!」
衝撃でかち上げられた客車から、陛下がツッコミを入れました。二頭のお馬さんも一緒に吹き飛ばされ、空中でグルンとまっ逆さまに。
そもまま地面に叩きつけられ、客車はコナゴナ、馬は桜肉一直線かと思いきや、地表スレスレで一旦停止。浮遊状態から静かに着地します。誰かが慣性制御の五行術でも使ったのでしょう。
「むぅ。あの子の気配はするけれど、残り香ってかんじ?」
いち早く横転する馬車から飛び降りていたセキシスは、黒い間欠泉を見上げて独り言。珍しく険しい表情なのが意味深です。
間欠泉の勢いはすぐに収まり、空中で一塊となって落下します。衝突した地面を軽く凹ませるほどの衝撃が、地鳴りとなって響きました。
お饅頭型で落ち着いたソレを注意深く観察すると、ドブ河みたいに限りなく黒に近い半透明のゼリーの内部に、無数の不純物を取り込んでいるのが分かります。
瓦礫であったり、破壊された家具の一部であったり、魔物や動物……人間の部品であったり。
……あれは、まさか……。
脳裏をよぎった悍ましい疑念に、不可視のセキシスが耳元で囁いて答えます。
「ご想像の通りですの、レティ。アレは、あなたから漏れ出したモノの成れの果て」
やっぱり……。
黒い塊は周囲の地面や草花を取り込むように溶解させていました。そして表面に無数のトゲを形成し、近くにいたセキシスへ高速で突き出します。
それを彼女は、炎を纏いながらバク宙してあっさり全部弾き返してました。意味不明ながらすごい。
「アレは三次元宇宙の外側から染み出した空間ですの。四次元以上の高次元から三次元に相転移した空間は、密度の違いでああいう形状になってしまうそうですの」
宇宙の外側? 高次元の空間?
な、なんで私の内部がそんなとこと繋がっているのですか?
「繋がっているのではなく、アレがあなたの正体ですの。このわたくしも同じく、人間態アバターの内部を満たした暗黒の高次元空間こそが、我々の実体ですの」
それは……セキシスによって何度も閉じ込められた、あの無数の目玉が見つめてくる暗黒空間のことですか? あれこそが正体?
てっきりあの、金色の眼球がセキシスの本体だと思っていたのですが。それを内包した空間自体が彼女ということ? うーん?
「言葉通り『意思を持つ空間』だとお考えくださいな。厳密にはもっと複雑なのですけれど、三次元宇宙からではその程度の認識で留めるのが精神的に健康でいられますの」
……むぅ。空間そのものが意思を持ち、自在に形を変える存在ですか。もはや生命体なのかすら疑わしいのですが。しかも私もそうなんですって。
前世の記憶を有した転生体が真っ当な生物だとは考えていませんでしたが。なんだかアイデンティティが揺らぎそうですよ。
「最初に言いましたでしょう? 神や悪魔のような存在だと。つまり形而上的に実体なく存在するもの。ま、おいおい馴れればいいですの。知らなくても生きてくのには困りませんし」
簡単に言ってくれますね。
そりゃまあ、自分の体積を無視して噴出した闇が暴走するのを視て、なお自分を人間とは言い張りません。目の当たりにした事実を否定したり拒絶しても仕方なし。そういうものだと受け入れるしかないのです。
……ええ、強がりですとも。
「そういう合理的なところ、あなたの三つある美徳の一つですの」
失敬な。もっと多いです。
……私の衝撃の真実は、さて置いて。
地上に現れた『かつて私だった残骸』はというと、陛下の一撃を受けて風穴を開けられていました。
いや、展開早くない!?
騎乗して使うサイズの三又槍を軽々と振り回した陛下は、それを地面に叩きつけた衝撃波を飛ばした遠隔攻撃を仕掛けました。その一撃だけでも真っ二つです。
ただの衝撃波ではありません。三又槍から放出される七色の粒子は五行術由来のエーテル光。それを乗せた衝撃波ですから、強力な術法としての属性すら合わせ持ちます。
個人でバズーカや戦車砲を振り回してるようなものですね。
「存外に脆いのう」
つまらなそうに呟くと、今度は三又槍を横一閃させます。
その刹那、三本の穂先を『柄』として紅蓮のエーテル炎が大噴出。刃渡り数十メートルものビームサーベルを形成し、残骸を薙ぎ払います。
痛みだけを与える幻影の剣とは異なり、映像越しにも熱気の伝わる一刀は、私だった残骸を瞬く間に焼滅せしめたのでした。
すっげー……出力上げたら大軍隊だって殲滅できんじゃね? 国内の有力貴族の首を物理的に何人も刎ねてるのは伊達じゃないのです。
「あっ!! へ、陛下っ、ちょタンマぁ!?」
ん?
「あ、やっべ」
地上と真後ろから、セキシスの声が同時にしました。映像の中の彼女は普段のだらけた鉄面皮から一変、目を見開いて大慌てです。
抗議を受けた陛下もビックリした顔をなさってますが……おかしいですね、音声が途切れて会話が聞こえません。セキシスさぁ〜ん?
「ちょっとスピーカーの配線が悪いみたいですの。調整するまでしばしお待ちを」
いや、これって絶対そういう機械的なシステムじゃないでしょ!?