私だった残骸……むう、ややこしいので専用の呼び方が欲しいですね、あの黒いの。セキシス、何かありませんか?
「特に。高次元空間でも、これまで通り暗黒空間でも、お好きにどうぞ。いっそ自分で名付けたらどうですの?」
え〜……えっと、じゃあ今後はあの蠢く闇を『暗虚(あんきょ)』と呼びましょう。
「それじゃ下水管ですの」
はい、暗渠とも引っ掛けています。
あれは謂わば『暗黒に視える虚無』なのでしょう? すぐ足元に拡がりながらも目に見えない空間、というイメージにもピッタリだと思いません? どうです?
「暗黒の虚無? ……なるほど、わたくしには無いセンスですの。じゃ、今後はそれで」
皮肉なのか、なおざりなだけなのか、ちょっと判断に困るセキシスの評価でした。
それはもう置いといて。陛下は暗虚モンスターが飛び出してきた地面の孔に飛び込むつもりらしいです。目的地までまだ半分ですけど、余計なことに気を取られてて良いのですか?
「ご心配なく。陛下にはアレ……暗虚がレティから生まれたとはちゃんと伝えてますに。ですので、あれが這い出て来た方向が目的地だってのは、ちゃんと理解して行動してますの」
へぇ〜……つーか、その言い方だと私が怪物の親玉とか母体みたいじゃねーですか!
……てか、陛下はちゃんと理解出来たんですか? 外宇宙とか意思を持った空間とか。私だってまだ整理しきれてないのに。ましてやロクに天文学も発達してない時代の人ですよ?
「そこはまあ、陛下は聡明な方ですの。『そういうのもんかの〜』ってお流しになりました」
それ深く考えてないだけですってば。らしいっちゃらしいですし、変に曲解するよか柔軟な思考だとは思いますがね。見習いたいとこです。
で。肝心の陛下は、もう孔にダイブしてっちゃいました。少しは躊躇とかしてください、タウラさんがドン引きしています。
そこにセキシスが続き、カメラも彼女を追って暗い縦穴を落ちていきました。
10メートルほど下ったところで音もなく着地(猫か、こいつは)した先は、二階建ての民家ぐらいなら収まりそうな地下通路でした。
通ってきた孔から射し込む微かな陽光以外、前後の通路には暗闇が続くばかり。近くの壁に設置された未点火の篝火に気付いた陛下が、気取った仕草で指を鳴らします。
その途端、壁に等間隔で配置された他の篝火までが次々と着火していくではありませんか。魔導師みたい。
「カッコいいじゃろ?」
……一瞬、映像の中の陛下が私を見た気がしましたが、実際はセキシスにドヤっただけでした。
「ええ、すごいすごいですの。さすがステラちゃん、火属性『甲』適性は伊達じゃありませんの〜、パチパチ〜」
「……せめて拍手は口じゃのうて手でしてくれんかのう。ひっどい棒読みじゃし」
セキシスは陛下にもなおざりでした。
ところで、ここは私が見つけた地下秘密基地と関係のある場所なのですか?
「ええ。かなり広範囲に渡って広がった地下施設でしたの。昨日今日造られたものではないのは確実。むしろ……」
「むしろ地下に埋まっとった遺跡をバンデンバーグが再利用したって雰囲気じゃな。こういう遺跡、中央都の付近でも見たことあるぞ」
「……だそうですの」
映像の陛下が、またもや私の質問に答えたような、抜群のタイミングで独りごちます。ひょっとしたらセキシスに言ったのかもしれませんが、彼女はウサミミ付きシルクハットのズレを直すのに忙しく、興味すら抱いていないようでした。
「おいこら。ここは余の博識っぷりを称賛するところじゃろが」
「え? 何か言いましたか、ステラちゃんさん」
「……もうええわい」
あ、陛下が不貞腐れた。
そこで、ちょうど慎重に孔を降りてきたタウラさんも合流。イジイジしたステラちゃんを見て首を傾げました。
と。そこで帽子の鍔を弄っていたセキシスが、唐突に明後日の方向を向いたまま口を開きました。
「タウラさん、リブラさんはどうしましたの?」
「馬番。借り物だし、野っ原で放置ってワケにもいかないっしょ?」
「だったら治療術使いのリブラさんが下で、あなたが番しててくださいまし。少しは戦術とか空気とか読んでくださいません?」
気のせいか、セキシスが露骨なまでにトゲトゲしい。これには陛下もタウラさんと一緒に目を丸くしています。
私も「今それ言うの?」ってセキシスを見返してしまいました。けど反応はなし。
「そ、そうかもだけど……ぐ、グリーゼがいるかもしれないんだろ!? 心配で……」
「生存者はいない前提の任務ですの。そもそもあなた、リブラさんと比べてアピールポイントありませんし。ぶっちゃけ足手まといですの」
「だ、誰が足手まといだぁ!? アタシだってフェザー級だぞ!」
挑発どころか完全に喧嘩を売るセキシス。わざとらし過ぎで、彼女らしくもない。でも上映係の彼女からも特に解説が挟まれません。
ですが、抜け目のない私は気付きました。それまで虚空ばかり見つめていたセキシスの金瞳が、ほんの一瞬ですが陛下と視線を交わします。
陛下は何気なくを装って、まあまあと両者の間に入りました。
「そう邪険にするな、セキシス。こやつの同行は儂が許可した。邪魔だと思うなら、最初から連れてきちゃおらんよ」
「あなたがそういうのなら良いですの」
「ステラさん……あ、ありがとうございます!」
陛下に深く頭を下げるタウラさん。その一瞬でまたもアイコンタクトを取ったセキシスと陛下でした。何となくですが、
(これでいいのかの?)
(バッチシですの)
なんて会話が聞こえて来たような……ん〜?
どういうことですの、セキシスさん?
「真似すんじゃねーですの。ネタバレ厳禁、すぐに分かることですの」
黙って観てろってことですの? へいへい、仰せのままにですの……痛ぁっ!? な、なんか身体が無いのに脇腹抓られたんですけどぉ!!
篝火の頼りない灯りを辿って通路を進みます三人。ところどころ、道標のように暗虚で冒されたドス黒い瓦礫が転がっています。
やがて行き止まりに突き当たりました。掃除をサボった排水溝みたいに、暗虚がみっちり詰まっています。
微かに蠢く塊は、無数の人型が折り重なっており、ところどころに石材や木材と同化した人体パーツが見て取れます。……人だったものの集合体なのは確実でしょう。
ここまで見た限りでも、暗虚には周囲を取り込んだり、汚染する性質があるのは明らか。環境への影響とか大丈夫ですかね?
「ご心配なく。暗虚は蒸発すると、ただのエーテルとなって雲散霧消しますの。まあ物質にも浸透はしますけど、生物には無害ですの。死体になったら取り込まれますけど」
ふむふむ。揮発性が高くて、生物とは同化できない、と。心のメモに書き込んでおきましょう。
「セキシスよ、こいつはどうしたら良いのだ?」
一歩前に踏み出しますは陛下。手には地上で振り回した三又槍より二周りは小さく、デザインもシンプルな単槍を構えています。
あの槍、私の盾と同じくエーテルで構成された術槍です。なので気軽に出したり消したりしています。ちゃんとテクスチャ貼って金属の質感を再現するとか芸が細かいですね。視認性を落としてる私とはコンセプトが逆です。
「下手に触らなければ無害ですの。邪魔なら素手か術で処理してしまえばいいですけど、服に触れると溶かされるのでご注意を」
「服だけ溶かすじゃと!? なんとけしからん粘性体じゃ……保存して培養できんかの」
容器が冒されるので無理だと思います。だんだん陛下が男子中学生に思えてきました。
「ま、まあよい。んじゃ燃やすぞ」
未練たらしくしつつも、陛下は槍を持たない左掌を前方にかざして、意識を集中させました。赤熱化したエーテルが球体状に集束されていきます。
その時でした。
「……ツールアクティブ」
後方で見守っていたセキシスが短く呟きますと、彼女の手元に黒い板状のエーテル体が展開されました。
まるでSFに出てくる空間投影ディスプレイ……いえ、その表面を素早くカタカタ指を走らせるセキシスを見るにコンソールですね。
操作時間は1秒程度。それが終わるのと同時に、陛下も圧縮したエーテル火球を通路の詰まりに放ちます。
ですが次の瞬間。
「ぬおっ!?」
それまで蠢く程度だった暗虚が、無数の触手を形成して陛下に飛びかかったのです。
うち何本かは火球を喰らって燃え尽きました。ですがほとんどは無傷のまま、壁や天井を這って止まりません。
四方八方から迫られて、あわや全裸かと思われた陛下ですが、単槍を扇風機みたいに回転させて全部叩き落としました。鮮やか。
「おいこらセキシス! めっさ有害じゃぞ、これ!?」
そう怒鳴りながら、穂先に炎を灯してもう一払い。/の形に飛んだ軌跡が、詰まった暗虚を焼き尽くします。
ですが安心する暇もなく、陛下の背後の壁を突き破ってさらなる暗虚が流入しました。
「ステラさん!?」
「お下がりを、タウラさん」
セキシスがタウラさんの首根っこを掴み、大きく後方へ跳躍して距離を取りました。
分断された陛下は、振り返って後方へと構え直します。ですが、焼き尽くした先の通路でも天井と床が破壊され、さらなる暗虚が押し寄せていました。
「ちっ、スライム風情が……って、なぬっ!?」
陛下の顔色が変わります。通路の前後が破断し、残された真ん中の部分が傾きだしたのです。ここ、なんと空中回廊だったみたい。
「しまっ……儂、流石に空は飛べんのじゃが!?」
セキシス達の方へ飛び移ろうにも暗虚の壁に邪魔をされ、ついには通路ごと奈落の底へ落ちていってしまいました。
「ぬおおおおぉぉぉぉぉ〜〜〜〜〜―――――」
雄々しい悲鳴ですね。
……破断した通路から外を見ると、広大な地下空洞に半ば埋まったような城の輪郭が、ぼんやりと浮かんでいます。
「これでよろしいですの?」
太古のロマンに想いを馳せようとした私でしたが、セキシスの不穏な一言に振り返りました。
「フン。貴様にしては上出来だな、まあ及第点としてやろう」
……今のは、タウラさん……ですか? しかめっ面で腕組みをした彼女から、男性風の合成音声が放たれたような? 口も動いていなかったような。
「孤立した皇帝を『新主人公』が助け出せばフラグが立つ。無名の冒険者から帝国親衛隊への成り上がり、物語としては上々だろう。ようやく『パッケージ』化の目処が立ってきたじゃないか! ぬははははっ!」
気のせいじゃなかった!? 明らかに人間が出したらいけないマシンボイスが、口を動かさないタウラさんから出ちゃっています!!
もしや、こいつもエルドリッチの!?
私の疑問に答えるよう、タウラさんの前面に白抜きされた文字が浮かびました。
エルドリッチ・ドリームワークス営業部門総括
って、テロップが表示されたんですけど! なに編集に力入れてるんですか、セキシスさん!?
続きは明日6時に公開します