陛下がエルドリッチのことを知っている!?
驚く間もなく、串刺しにされたグリーゼくんの姿(アバター)がドロっと溶けました。
中から噴出した膨大な暗虚が、偽グリーゼくんに覆い被さっていた分まで取り込んで、とてつもない暴風を一帯に巻き起こします。
大空洞の内壁や遺跡の外壁に亀裂が走るほどの風圧。余裕で構えていた陛下もうっかり吹き飛ばされそうになり、新たに出現させた三又槍を地面に刺して踏ん張りました。灯りに出していた火の玉も、まとめて消し飛んでしまいます。
「ぬおおおおっ!?」
やっぱり雄々しい悲鳴を上げながら、穂先で地面をガリガリして後方へ押し返されていく陛下。
暗虚を含んだ暴風は、勢いを増してとんでもない広範囲を暗黒空間に包みます。
もともと灯りのない地下ではありましたが、暗虚の生み出す完全な闇は自然の暗闇と一線を画します。生物の放つ微弱な電磁波などですら、肉眼でもはっきり視えてしまう暗さです。
具体的には、陛下やセキシスの姿だけが、不自然なほどくっきりと浮いて視えるようになりました。
「■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!」
暴風に混じって、巨大生物の咆哮が大気を震わせます。
……いえ、咆哮ではなく怒鳴り声です。セキシスがブラウン管越しに報告をする際に用いた謎言語で誰かが……間違いなく営業部門総括でしょうけど、怒鳴り散らしています。
その声とともに、闇の中で橙色の眼球が無数に開眼していくではありませんか。
闇を裂くように現れたそれは、一見すると星の煌めきとも誤認してしまいそう。
実際はサブイボ不可避のグロ画像ですがね!? ブツブツ苦手な人は要注意!!
「ヒィィィっ!?」
陛下も金髪が色落ちするのも構わず、頭を掻きむしってます。ブツブツ苦手だったみたい。
「たくっ、何言ってるか分かりませんのよ、それじゃ。マジ気が利かねえですの」
映像の中でセキシスが指を鳴らします。
するとどうでしょう。五月蝿いだけだった怒鳴り声が、ちゃんと正常な言語で聞こえるようになり――、
「やはり近くにいたか、■■■■ッ!! 釈明しろッ、原生生物に我らのことを教えるとはどういう了見だ!? 重大な規約違反だぞ!!」
訂正。スピーカーがハウリング起こしたみたいなノイズに塗れた声でした。聞き苦しいし耳が痛いです。肝心のセキシスの本名っぽい部分なんて完全に潰れていましたし。
「おいこら! 原生生物ってな余のことか、オレンジ目玉!!」
で、言ってることが分かるようになったら、さっそく陛下も噛みつきます。髪色を真紅に戻した本来の勇姿です。
「虫ケラは引っ込んでいろ!! いらん知恵を与えられた屑データが!!」
「貴様こそ余を誰と心得る!! 神聖ポラリス帝国が真皇帝サイデリア・セプテントリスなるぞ!! 世界の破滅を企む邪悪なデーモンめ、余の力と威光に平伏すのは貴様の方じゃい!!」
ドドドン!
啖呵を切った陛下の背後で爆発が起こり、そこだけ暗虚の闇が弾け飛びました。爆発は陛下の術による演出でしょうが、巻き込まれた橙の眼球も一緒になって燃え尽きました。
すると、空間そのものが明確に怯んだ気配がします。
「ぐぬあぁぁっ!? い、痛いぞ!? な、なぜ下層生物がエーテル干渉波なぞを使えるのだ、■■■■ーーーッ!?」
なおもセキシスにブチギレてる橙の眼球ですが、同時に無数の目玉で一斉に陛下を睨み、赤銅色のアイビームレーザーで反撃に出ます。
網目状の弾幕が四方八方から迫り、逃げ場はありません。ですが「しゃらくさい」とばかりに三又槍をぶん回した陛下は、まとめて跳ね除けてしまいました。
「なんだとォォォォーーーッ!?!?!?」
「眼玉しかないのに五月蝿いのう!」
辟易したような陛下は、うるさい眼玉を黙らせるべく、あの紅蓮の豪華を刀身としたビームサーベルを放ちました。
刀身の長さも輝きも、地上で放った時とは桁違い。手元で太陽を現出させたような眩しさは、映像なのに熱を感じ……ってあっちぃぃぃーっ!? 普通に熱いんですけど!?
「4DX対応ですの」
いらんことすんなや!! 体験型シアターってそうじゃねーから!
などとツッコミ入れてる間に、陛下は自分の背丈の十倍を超えた業火の大剣を、豪快にブン回して周囲を薙ぎ払っていました。
「ちぇいさぁぁぁぁぁーーーーーっ!!」
猛々しい掛け声でしたが、そこは必殺技の名前とかじゃないんですね。
「ぐわっ、あつぅぅぅぅーーー!?!?!?」
斬られる方もド派手です。空間を満たす暗虚もろとも、無数の眼球が爆発炎上! 次々と花火のように弾けます。本体は熱がってるだけでまだ余裕ありそうですが。
陛下も手応えの無さを感じてか、苦々しく顔を歪めて残心を決めています。
とはいえ、今の一撃で暗虚の帷は完全に絶ち消え、暗黒空間も払われました。
残った橙の眼球は、直径5メートル弱の一つきり。某ユニバーサルなテーマパークの入口にある地球儀と同じぐらいです。あれが本体でしょう。
周囲の景色も様変わりして、陛下の火術で赤熱化した岩と燃え上がる遺跡で明るくなりました。火力過剰すぎますってば!?
橙の眼球は直接のダメージこそ負っていない様子ですが、全体的に血走って震えて、まとっている暗虚を沸騰させています。
「ど、どうして低次元の下層生物が、俺に攻撃出来るんだ!? 答えろ、■■■■! いるんだろぉっ!?」
焦りと恐怖で喚き散らす橙の眼球はみっともないけど、兵士ですらない営業の会社員なら当たり前ですかね。同情はしませんが。
さて。問われたセキシスは一瞬ですが陛下とアイコンタクトを交わします。互いに頷きあったそのうえで、とても大きな溜め息を吐きつつ登壇しました。
「や〜れやれ。なぁ〜〜んの為のデバックツールですの? 手持ちの道具を十全に使えないグズをなんて呼ぶか知ってます? 『無能』っつーんですの」
「ぬがっ!? こ、この俺を……む、無能だとぉぉぉ〜っ!!」
眼球周囲の暗虚から、赤い稲光が放たれセキシスを狙います。怒りの表現?
それを片手で軽く跳ね除けつつ、冷ややかに嗤ったセキシスは、これまで見た中で一番活き活きしているようでした。
「噛みつく相手が違いますのよ総括殿? わたくしの態度が気に入らないなら、後で叱責なり罷免なり懲戒解雇なり、好きになさい。出来るもんならね」
「がぐぐっ!? い、言わせておけばぁ〜〜! ツールアクティブ!!」
血管が切れそうなほど充血した橙の眼球の周囲に、無数の投影型ディスプレイが展開されます。
チート……いえ、デバックツールですか。開発者特権を相手に、陛下はどう戦うのでしょうか……。