酷い泥試合の様相を見せ始めました。
無敵モードの敵を相手に打つ手がない陛下と、無敵モードに胡座をかいた拙い操作の営業部門総括。どっちも決め手に欠けますが、役者で言えば陛下が圧倒的に格上でしょう。
わざとギリギリまで引き付けて紙一重で避けたり、背中を見せてからバク宙で避けつつ拳に乗ったり、弄んでいるぐらい。
これも格ゲーでありがちな、上級者による初心者煽りにソックリです。
「ちなみに、一発でも掠ったら陛下は魂ごと
と、ここでセキシスが重大情報を投下してきました……って、なんすかそれ!?
「無敵モードなんですから『敵一撃死』ぐらい付いてて当然ですの」
なるほどねってアホかーっ!?
ちょっ、それ陛下知ってんの!?
「ふふ……わたくしも後で思い出して肝を冷やしましたの」
声のトーンがマジでした。
陛下は観ている私の焦燥など知る由もなく(記録映像なので当然ですが)、相手のパンチの表面を滑るように受け流し、投げ技を極めるという無謀までやってのけたのです。
『ぐわぁぁぁぁぁ!!』
「……ふん。なるほどな」
巨体が背中から落下した爆音と、無駄に五月蝿い悲鳴に掻き消されましたが、陛下は何かを掴んだ様子で呟きました。
そして悠々と歩いて距離を取り、10メートル前後の間合いで振り返ります。
「硬度ではないな。装甲表面の障壁が攻撃を鏡のように跳ね返してきよる。斬ろうが突こうが、そもそも直接触れてすらおらんでは壊しようがない」
『ぐ、う、ぐぅぅ……!』
「だがな。くくっ、その程度で無敵とは片腹痛いぞ。素手で触れて解ったが、跳ね返せるのは衝撃力だけらしいな。ソフトタッチであれば障壁は機能せん。違うか?」
『……だからなんだと言うのだァーー!!』
仰向けでジャンプというキモい挙動で立ち直った総括は、鋼の身体で息を切らせ、カメラアイを引き絞って陛下を睨みました。
『虫けらに俺が……高次元存在が倒せるものか!! ゲームの駒が、システム開発者に勝てる訳がなーーーい!!』
「てめぇはマーケティングしただけですの」
『■■■■■! 貴様も見ていないで手伝え!! 言われなければ分からんのか、えぇっ!?』
茶々を入れたので怒りの矛先がセキシスに向きますが、彼女は真顔で両手を広げました。
「嫌ですの。自分の仕事ぐらい、自分で完遂なさい。それが出来なきゃ、お前は無価値なゴミですの」
『――――――――お前はクビだあぁぁぁぁぁぁーーーーーっ!!!!!!』
これまでで最大にして、もっとも聞き苦しい総括の絶叫でした。虫けらに過ぎない陛下を無視して、セキシスに向かって突撃します。
これには陛下も一瞬だけキョトンとした後、完全にブチギレました。
無言で槍を消して、手にしたのは紺碧の光を凝縮した剣です。
『ぁぁぁぁぁぁあああああああああああっ!!』
まだ叫んでいる営業部門総括を追ってロケットスタート。文字通りの一瞬で追い抜くや、振り返りざまに光の剣を放ちます。
私の目に映ったのは、逆袈裟に振り抜かれた剣の軌跡だけでした。
『ああああ――あっ、あぎっ!?』
刃を受けたその刹那、営業部門総括の動きが止まりました。テープを一時停止したように、ピタリと。
ですが、静寂は僅かな間だけ。
『ぎゃああああああああああーーーーっ!!!!!!』
新たな絶叫、むしろ悲鳴。
声が完全にひっくり返ったそれは、壊れたスピーカーの吐き出すノイズのよう。頭痛を覚える不協和音です。
『痛っ!? イダイ!? IdaaaaaaaaaIiiiiiiiiii!?!?!?!?』
「くかかかっ! 痛がりだのう、デーモン! そらそらそらっ!!」
さらなる陛下の無数の斬撃。
鉄の巨体は微動だにせず、ですが斬られる激痛に藻掻き苦しむ声だけが響きます。
実体を持たない幻の剣ですが、斬られる痛みは本物という、陛下の幻影剣。あれなら衝撃もクソもありませんので、無敵モードをすり抜けられるのも道理……なのかな?
『いがぁっ!? ぎえっ!? がぁあああっ!!』
「おいおい、一方的ではないか。堪えて反撃してみせよ、レティはこれに耐えたのだぞ?」
嘲り煽る陛下ですけど、多分相手はそれどころじゃありません。
そりゃそうでしょう。営業マンは客や上司の無茶振りにこそ晒されても、拷問を受ける謂れなどない職業ですものね。
興が乗ったらしい陛下は、幻影剣を高く放り投げました。上昇しながら高速回転する幻影剣は、やがて直径3メートルの巨大丸鋸へ姿を変えます。
デカいだけじゃありません。よく見ると薄い刃の二枚重ねになっており、しかもそれぞれの刃が逆方向へ回転していました。前世の歯医者で聞いたような金属音が悍ましい。
「堪えてみせよ!」
無茶を言いつつ、陛下は丸鋸を営業部門総括の脳天に落としました。
『KANEDAAAAAAAAAAAAAAaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa€+々*^゜〒÷゜・000000000000000000■◯▲▲▲◆◆◆◆』
ひぇ……すっげー声……。
いや、もう声と認識できない、大音響のノイズですね。生理的嫌悪感に背筋がぶるっと震えます。
陛下も顔をしかめていますが、拷問の手を緩めず丸鋸を押し下げていき――あ。
「――――――――――――――――」
丸鋸が眉間を通り過ぎた途端に、ノイズの爆音がピタリと止みます。
セキシスが音響をカットした? いいえ、丸鋸の回転音はそのままです。悲鳴の声だけが途切れました。
鋼の全身に亀裂が走ったのは、そのすぐ後のこと。頭頂部から爪先まで、満遍なくヒビが入った営業部門総括が、ガラスが割れるみたいに砕け散ります。
装甲の内部を満たしていた暗虚が一斉に解放されますが、即座に霧散して高濃度のエーテル粒子へと変質。それもやがて大気に溶けて見えなくなりました。
跡には何も残ってはいません。陛下の作った灼熱の破壊痕ぐらいです。
「なんじゃ、もう終わりかの?」
手応えの軽さに戸惑い気味の陛下がセキシスに尋ねると、彼女は気味が悪いほど晴れ晴れとした笑顔で頷きます。
「はいですの♪ 激痛に耐えきれずにショック死なさいましたの」
「あれっぽっちでか? 脆くない?」
「そりゃ、本来なら戦場に降りてくる必要のない方ですもの。本当にずぶに素人ですの」
「デーモンに素人とかあるのか……」
釈然としない陛下ですが、すぐ頭を振って気を取り直すと、遺跡の方へ振り返ります。
「こっちは片付いたぞ!! いい加減に出てきたらどうだ、叔父上!!」
叔父上? 急に誰のことかと思ったら、相手はすぐに判明しました。
「すまないねェ。どうも昔から、オバケってヤツが苦手なんだ」
崩れた外壁を乗り越えて、半裸にマントの巨漢がぬぅっと闇の中から現れました。
セルバンデス・バンデンバーグ……と、ついでに褌一丁のグリーゼくんでした。
……生きてたのはいいですが、なんつー恰好ですかグリーゼくん!?