飄々と現れたバンデンバーグ大公ですが、マントはボロボロで半分ぐらい焼け落ちて、黄金の鉄仮面も今はありません。白い無地の覆面で顔を隠し……白い無地の覆面!? オフショットのプロレスラーか、お前は!?
輪をかけて酷いのがグリーゼくん。ポーズとるな、フロントラットスプレットすな!
戦闘用に引き締まった筋肉に大小無数の傷が映えるのは事実ですが、バンデンバーグ大公よりよっぽど悪目立ちしています!
お陰で陛下も、バンデンバーグ大公と対峙しつつも視線が微妙に定まりません。気になるよね、そりゃ。
「こうして直接顔を合わせるのは、いつ以来だったかのう。戴冠式には出ておったよな?」
「ああ。もう三年ぐらいかねェ。俺と陛下による覇道を打ち砕いた小娘が、今やすっかり立派な皇帝か」
「なぁにが覇道じゃ。武力一本で統一するには……おいこら、横のお前! 話に集中できんから服を着ろ、見苦しい!!」
陛下もついにツッコミました。ですが、キレ散らかされるグリーゼくんもまた、サイドチェストで肉体美をアピールしながらクワッと目をひん剥きました。
「なんだとぅ!! この筋肉が見苦しいっつうのか、コノヤロウ!」
キレっとこそこかよ。
「分かった、分かった。熱苦しいから服を着ろ。視覚的にうるさい」
「くっ、センスのねぇ女には伝わらねえか……」
「無礼すぎん、お主? 余、皇帝なんじゃけど……」
力むのを止めたグリーゼくんは、あろうことかセキシスの元へ大ジャンプで移動。大胸筋を動かしながらポージング(サイドトライセップス)します。
……グリーゼくん、マッチョではあるけど絞りすぎてて大きくないから、ボディビル向いてませんよ。
「お嬢さん、よかったらこの厚い胸板に飛び込んでこない?」
「すみません、他所行ってくださいですの。ほら、これあげるからあっち行くですの」
真顔で拒絶しつつ、厚手の外套……じゃないですね、テント用の布地を押し付けたセキシスは、一定の距離を保って彼を寄せ付けないようにしてました。
「マジ? 悪ぃな、助かったぜ」
精神的にもタフガイなグリーゼくんは、冷ややかな視線にも怯まず、パンチで穴を空けた布を貫頭衣として着込むのでした。
「スライムに服溶かされちまってな〜。ギリ股間隠せるだけの布はみっけたんだが」
「近づくなですの」
適当な布って、あれ褌ですらないの……千切った大公のマントですね、あれ!?
「あーっと、どこまで話したかのう?」
気を取り直して、陛下とバンデンバーグ大公の対決です。なんかもうげんなりしちゃってる陛下ですけども、さっきまで営業部門総括と戦っていた疲れは感じません。実質ノーダメ撃破でしたしね。
対するバンデンバーグはマントがボロボロ、全身に青痣やら擦過傷が散見してます。細かい骨折も見て取れますし、平然としてますけど消耗激しいご様子でした。
「俺と陛下の武力統一が徒労だった、とか言いかけてたねェ」
「そうそう! 力で平定して国土を拡げる、その先に何が残るものかっつー話じゃ。弱肉強食っつっても、いずれ食うべき弱肉が尽きたら強者も飢えるしかないのじゃぞ?」
「なら喰われる弱者を増やせばいい。そう考えたフィアデス陛下は、絶対的に君臨する一握りの強者を活かす為の国造りを目指した。故の武力統一。故の侵略戦争。実に分かりやすいロマンだっただろう?」
「ロマンでメシが喰えるものかよ。だいたい、余に戦略のイロハを叩き込んだそなたじゃ。クソ親父の蛮行が絵空事に過ぎぬと、最初から判っておったハズ。何故に現実から目を逸らした?」
「……フッ。すっかり王者の貫禄じゃないか、サイデリア。荒々しいだけだった小娘が、立派になったものだねェ」
苦み走った笑みのバンデンバーグ大公からは、私と対峙した時に見せたオーラが失せているようでした。
お二人の間には穏やかさすら漂っていて、なんだか妙に親しいご様子です。そういえば、陛下もさっき『叔父上』って呼んでましたし。
「知りませんの? バンデンバーグ大公は陛下のお母様の弟、先帝フィアデスの義弟ですのよ。あなたと出会った西都のお屋敷、あれ実家ですの」
マジですか!? 情報通のつもりでしかた、初耳です! 大公、ただ強さだけで先帝の副官に就いた訳じゃなかったようですね。
「フィアデス陛下は強かった。どんな不可能でも可能に出来ると思わせるほどに」
「だが余が殺した。夢から覚めるには充分過ぎる衝撃だっただろう。クソ親父とて無敵ではなかった」
「だから、最初はお前が陛下の意思を継ぐものと、俺達は考えていた。より強く、より若き力の下で、ポラリス帝国の覇道は盤石だとな。だが」
大公の全身から、溶岩洞窟と化した大空洞の熱気にも負けない闘気が放たれました。
大木のように泰然自若としていながら、マグマの表面が波立つほど物理的な圧力が迸ります。
「お前は侵略の備えだった武力を内側に向けた。我が同士達を粛清し、民を啓蒙し、貴族の力を削いでいる。それでは皇室の支配力すら弱まるばかりじゃないか。お前は帝国を滅ぼしたいのか?」
「ああ。それこそ余の思い描く理想だ」
陛下もまた、静かな闘志を放ちます。足元で岩盤がヒビ割れ、オレンジの熱光が溢れ出しました。
「理想だと?」
「支配者などおらぬ国。誰もが自らの意思で自らの血を流す国。民の一人一人の考えによって運営される国。何より余が頑張らなくて良い国家じゃ」
「民主導による国家だと? あり得ないねェ、それじゃ国ではなくて烏合の衆だ。国とは強大な支配者の下でのみ成り立つ」
「国など容れ物に過ぎんよ。強固な法律と軍事力で囲われた塀の中で、民同士が自由に切磋琢磨してこそ永劫に栄える国は生まれる。所詮は皇帝とて人間、余が在位し続けられるのは、目一杯に見積もって50年といったところじゃ」
……初めて陛下の政治目標を聞きましたけど、驚きです。彼女は帝政国家であるポラリスを、民主主義へ変更しようとしているのです。
私、政治とか興味ないし、法律について勉強するのも脱法手段を探すのが目的です。だからこの世界の国家がどういう運営をしているかも漠然としか知りません。ですが民主主義国家の理念すら生まれていない時代なのは確かです。
五行術やら魔物やら、軍事的に突出した技術やらはありますが、中世ファンタジー風なこの世界。民主主義など数百年は早いと思うのですが。何だったら21世紀の地球でも模索中でしたし。
「なあ叔父上。たった50年じゃぞ。50年以内に本当に大陸を統一出来たとしてじゃ。実際に実行支配が可能なのは何年だと思う? それとも、禁じられた術か何かで不老不死でも目指すか?」
「…………」
「人はいずれ死ぬ。なら、最大限有意義に死すべきだ。支配者の家畜のまま一生を終えてしまっては、新しい才能も腐るばかり。かつてのハイエルフ共がそうであったようにな」
ハイエルフとは、絶滅してしまった森のエルフの王族です。大昔は人間を奉仕種族……つまり奴隷として使役していましたが、その人間に反逆されて根絶やしにされた、と歴史書は綴っています。
そこで燃えてる遺跡も、ハイエルフの王朝である古フェルセリド時代のもの……だと、さっき陛下も口にしていましたね。
「無益な侵略の駒として死ぬ民を見てな、余は痛烈に思った。実に勿体ないとな。だから余は皇帝として国民を育てることにしたのじゃ。知力もそう、生産力もそう、武力も当然。それには貴族が邪魔になる。貴族一人を作るリソースで、百の民に学問を与えられる。そっちのがずっと合理的だとは思わぬか?」
自信満面に微笑む陛下。確固たる信念によって一切の迷いを切り捨てた者だけが持つオーラが、全身から漂ってくるようです。
こ、これがカリスマってやつでしょうか? 私としたことが、つい陛下の理想に身命を捧げたくなりかけました。
明確な未来像と、それに突き進む鋼の意志。率先して行動し、自他の血を流すことも躊躇わない不退転の決意。
真似したくありませんし、参考にもならない生き方ですけど、客観的には素敵です。
陛下の迷いの無さに、大公の闘志も揺らぎます。
「本気でそんな事が出来ると?」
「余一人では無理だ。生きているうちに達成できるとも思えぬ。故に同志がいる。後進の育成だって必要じゃ。だからな叔父上、クソ親父の理想など捨てて、余を支えてはくれぬか? そっちの方が楽しいぞ、きっと」
そしてまさかのスカウトです。国民全員を啓蒙するなら、確かに何人でも協力者が欲しいでしょうけど。
大公の返答は? 彼にも彼なりの信念があり、目的があったからアンダーグラウンドガバメントなんて作ったんでしょう。
組織を作る。たった五文字の行動に必要な労力とはどれぐらいでしょうか。考えると眠くなるので考えませんが、言葉だけで宗旨変えしてくれるとは、きっと陛下も思ってはいないでしょう。
ならどうするか。戦いです! リングの用意を!