【完結】悪夢的異世界転生レビュアー   作:サイデリア

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これから
36 これまでの話


 眼の前の暗闇が晴れると、すぐに胸の痛みと猛烈な呼吸欲求が襲ってきます。

 

「ゲボぉっ!? げひっ、ごほっ!?」

「だ、大丈夫か、おい!? ほら、背筋伸ばせ!」

 

 背中に陛下の小さな手が添えられ、楽な姿勢で支えてくれます。

 自分の視界、自分の身体……感覚と一緒に意識も急速に浮上して、置かれていた状況も思い出しました。セキシスに口の中へ眼球を押し込まれ、彼女の記憶を見せつけられていたのです。

 傍目にもグロ画像だったようで、部屋の端からグリーゼくんと大公が、私とセキシスを海岸に打ち上げられた深海魚でも眺めるように見てきます。

 

 その二人には用がないので、私はセキシスを見上げます。自分でもちょっと目付きが強張ったのが分かりました。

 

「乱暴な情報共有をありがとうございます、元品質管理部門総括殿?」

「お構いなく」

 

 ツンと澄ました無表情で、セキシスは投影型コンソールを展開し、滑らかに操作します。

 部屋中に残っていた暗虚が一斉に振動し、弾けるように消えました。音もなく、僅かなエーテルの気配を残して。

 つい一瞬前まで暗虚が溜まっていた床の窪み……私が引き上げられた床の陥没痕の底を、陛下が恐る恐る指先で掬いました。

 今は黒ずんで乾いた砂利があるだけです。

 

「古い文献にも目を通したがな、エーテルがこのような形を取って活動する例など書かれていなかった」

「でしょうとも。暗虚……レティが付けた名前ですが、これは世界の外側の空間ですもの」

「そのベタベタなんが空間っつーのが分からんのじゃが。空間って……これじゃろ? こう」

 

 陛下が何もない場所をチョップして、空間を表現します。

 うん。私も理解が及んでいないのがそこ。だって空間がドロドロだったり、意思を持って眼玉とか人型とかロボットになるなんて、物理法則じゃ捉えられません。

 

 おさらいですが、私を含めた高次元知的存在は生命体ではなく、意思を持った空間です。その身体は私が『暗虚』と名付けた暗黒で構成されています。

 四次元以上の宇宙が三次元空間に現れたのが暗虚です。揮発性が高くて短時間でエーテルに気化する一方、生命体以外の物質に浸透して侵食現象を起こします。

 けど、どうしてそうなるのかについては謎。なんと他でもないセキシスも知らないのでした。

 

「んなこと言われたって、わたくし学者じゃありませんのよ? 詳細な原理なんて分かりませんの」

 

 と、いけしゃあしゃあと言ってのけます。これには陛下もズッコけました。

 そりゃ私だって物体が光速以上で移動できないのは知ってますけど、どうしてそうなるのかは理解できません。特殊相対性理論について学ぶ前段階の物理知識すら、一般人は持ち合わせていないのが普通ですしね。

 

「陛下だって五行術の基礎理論なんて説明出来ませんでしょう?」

「そう言われると弱いんじゃが」

「それでも素人説明で良いのなら……次元が一次元上がると、空間の密度は爆発的に増えますの。そうなると物質と空間の境界も曖昧になる。こんな風に」

 

 口での説明に限界を感じたセキシスは、自身の右半分をそのままに、左半分を暗黒空間に変貌させました。

 部屋全体を包むほどではありませんが、体積が元の三倍近くまで増幅。そこに無数の金色の瞳まで開きます。

 

「ひぇぇっ!? 止めんか! ブツブツ苦手なんじゃぞ!」

 

 その大変なキモさに、陛下が顔を背け、頭を掻きむしりました。

 大公とグリーゼくんまでも「うわっ」とか「げっ」って感じに身を引いています。

 私は慣れているのでなんとも。間近で暗虚への変化を目の当たりにして、ようやくその性質を掴めた感じがしました。飽くまで三次元からの認識ですがね。

 

「なるほど。空間の密度とは、言い得て妙です。空気だって圧縮したら反発力を持ちます。同様に圧縮され高密度になった空間は強度が備わり、物質との境界線が曖昧となる。侵食が起きるのも空間密度の高い方から低い方に流れるのだと考えれば自然な現象に思えますね」

 

 揮発性の高さも、1気圧中と0・5気圧中で水の沸点が違うのを引き合いに出せば、すんなりと飲み込めました。

 

「……レティ、何を言っていますの?」

「一人で納得しないでほしいんじゃが。もうちっと噛み砕いてくれんかのう?」

「陛下はともかく、セキシスは理解してくださいよ」

 

 ちなみに後ろの二人も、揃って頭を捻りながら唸っていました。そんなに難しいかな?

 

「まあ暗虚の話はもういいですよ。『そういうもの』だとざっくり認識しておけば。これ自体には意思や危険性は無いのでしょう?」

「ええ。この基地で暴走した暗虚も、おそらく寸前までレティが抱いていた敵意が原因でしょう。意識帯の構成部位と分かたれたことで、攻撃本能だけが抽出されたんですの」

 

 なお、その意識体とやらが暗黒空間で「眼球」や「眼差し」として出力されるのだそう。どうして「目」なのかは、受け手の意識がそうだと認識するから……ですってよ。

 

「では、それについてはもう結構。さっさと本題に入ってください」

 

 考えてもキリがないので、私は話を強引に進めます。私が知りたいのは、エルドリッチとセキシスの関わりです。

 

 クールで、たまに天然な、だけど真面目な技術者。社命に対してひたむきな女性……いや、中身を考えたら性別とか存在しないんでしょうけども。

 そう思っていたセキシスが、実際は真逆に社の商品開発を妨害し、上司を謀殺までしでかした、とんでもないモンスター社員でした。

 しかもです。陛下にまでエルドリッチの存在を明かしていた。営業部門総括が「重大な規約違反」とまで激怒していたからには、相当悪いことなのでしょう。

 

 何より、エルドリッチがもう倒産すると言った真意を聞きたい。

 

 セキシスは「分かりましたの」と頷いて、形状を人型に戻しました。

 

「わたくしは、現エルドリッチ・ドリームワークスの代表取締役への復讐から、社のプロジェクトの破壊を企てましたの」

 

 話はコズミックな視点から、極めてミクロな、個人的な話へとシフトしました。

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