「わたくしは、エルドリッチに就職する以前から、別のゲーム会社で働いていましたの。当時は開発部門に席を置いていましたが、規模も小さく、わたくしがプランナーとメインプログラマーも兼任していましたぐらいでしたの」
ポツポツと語り始めるセキシス。陛下が一瞬「何の話?」と顔をしかめますが、今は聴きに徹するつもりな様子。
私も大人しく続きを待ちます。
「20人にも満たない小さな会社で、時代もまだ下層世界を利用するより以前。ですので自分達で小さな世界を創造して、キャラクター以外の木々や動植物、物理現象なんかも仲間達で作っていたんですの」
すると、さらっと天地創造神話を差し込まれました。ミクロかと思えば、唐突にスケールが巨大化しましすね。これが高次元存在の圧力……。
「ですが時代が進むと、より複雑なゲーム開発が求められるようになりましたの。この辺はレティでも想像できますでしょう?」
「90年代のゲーム機戦争ですね。実に懐かしい、楽しい時代でした」
「ユーザーにはそうだったでしょうけど、小規模な会社にとってはまさしく戦国時代でしたの。技術もノウハウも通用しない新機軸のゲーム開発が求められる中、設備投資すら覚束ない。株主から会社再生事業の提案がなされたのはそんな時でしたの」
株主、という何でもない単語に、私の胸中がざわめきました。一般的に認識とは、明らかに違う意味が込められているように感じます。
「株主は、我々から視てもさらに高次元の存在ですの。彼らは我々が作るゲーム……いえ、世界を求めていました。それをどうするのか、わたくしも存じ上げません。きっと誰にも分からないことですの。それだけ隔絶した存在でした」
「そら恐ろしく遠い存在ですね……」
その気になったら、部屋の電気を消す感覚で世界の一つも消せそうですね。まさにコズミックホラー……。
「高次元存在が直接低次元に干渉出来ないのが宇宙の不文律。忘れて結構ですの。……社長は再生事業を受け、会社も多額の融資を得られました。結果的に、それが崩壊の始まりでしたけれど」
息継ぎするように、セキシスが不自然な間を取ります。
「融資の条件の一つが、経営顧問を取締役会に迎えることでしたの。そしてやって来たのが、現在のエルドリッチ代表取締役……紛らわしいので何か名前付けてもよろしくて?」
「普通に本名じゃ駄目なんですか?」
「三次元宇宙だと発音出来ませんの。■■■■って感じで」
「アスホーでいいんじゃね?」
陛下の案が即時採用され、代表は今後「アスホー」と呼ぶことが決まりました。うんこマンにされないだけ有り難いと思ってもらいましょう。
「アスホーはこれまでにいくつものアミューズメント事業を成功させ、我々の会社にも最新型の開発ツールを用立てました。下層世界を用いる半自動生成ツール。それに加えて営業部への指示も巧みで、その頃発売が待たれていた新型ゲーム機のローンチタイトルの権利まで奪ってきたんです」
「ほほう。それは……ん?」
すごいですね、と言いかけて、その場でオチが読めてしまいました。
ゲーム開発ではなくアミューズメント事業という別分野の人間(人外)の登用。
使い慣れない新型ツールの起用。
競争激しい時代の新型ゲーム機のローンチタイトルなのに、経営の傾いた小規模会社が単独開発。
うん。爆死する未来しか視えません。
「開発は難航し、でも発売日は動かせないから会社に缶詰めな日々が続きましたの。しかも営業部が余計なマーケティングしてくるせいで仕様変更が無駄に幾度も行われ、ロクなデバックも出来ないままマスターアップすることになって……う、うぅぅっ」
あ、ガチ泣きしてる。ここまで彼女が感情を露わにするの、私の知る限り初めてです。よっぽど辛い記憶なのでしょう。
私も陛下も、揃って間抜けに口が閉じなくなってます。
「それでも、発売にさえ漕ぎ着ければ株主から運営資金を賞与される。正直、あんな低品質のゲームを商品だなんて……ユーザーに顔向け出来ませんでしたの。……それでも会社の存続の為に、悪魔に魂を売り渡してリリースしました、のに……!」
「クソハードを掴まされて全然売れなかった、と?」
「いえ、ハード自体が発売中止になりましたの。メーカーが収益見込めないからって……」
うっわ、キツ!? ……さ、さすがに言葉が見つかりませんね。
契約上、リリースさえしたら資金が貰えるハズなのに、この場合は当然ながらゲームの発売は出来ません。
「そこから他社ハードへの転向も……出来なかった訳ですね」
「ええ。何しろ独自性の強いハードウェアで制作したものでしたから、変更するには基礎を組み直す必要があって……そんな猶予が零細企業にあるはずもなく……くっ、うううううっ!」
あ、さっきより涙の勢いが強い。プライドを捨てた結果が、勝負の土俵にも上がれなかったのですから、そりゃ後悔も一入でしょう。
ですけど、ここまでの話だとセキシスにアスホーを恨む筋合いはありません。会社の再生にこそ失敗してますけど、真っ赤に加熱していた90年代ゲーム産業と同等の市場でしたら、運と時期によってはどんな大企業でも倒産の危険と隣り合わせです。
これで開発費の中抜きとかがあるならともかく、最新ツールを導入してもいます。開発が難航したのだって、厳しい言い方ですが技術力が足りなかったから。彼女と彼女の会社は、時代に負けたのです。
「……ええ。それだけでしたら、わたくしだって復讐など考えなかったでしょう。ですがヤツは……最初っから我が社を新事業の叩き台としか見ていなかったんですの」
セキシスの声が、いつの間にか暗く湿っていました。……陰鬱な声色は、まるで罪を告白するようです。
「後で知ったことですの。ヤツのビジネスは短期的にこそ業績を上げこそすれど、実情は長期的……いえ、2年以上の中期間に入ると必ず破綻するか、自転車操業的に崩壊するか」
「キャリアだけは豪華だった、と」
セキシスは無言で頷きますが、正直に言って事業の成否については判断が難しいです。
例えば私の奴隷商では、売りに出す子供の教育にかなりの投資をしていました。いずれも高額で購入してもらいましたが、収益としてはギリギリの黒字。業績も非情に緩やかな右肩上がりで、成長率は悪かったです。
ですが、それは長期的なプランに基づく戦略だったから。5年後、10年後には新規卸先の開拓や教育設備の充実などを図り、20年を掛けて市場規模を3倍にしていく予定だったのです。
短期間で大きな収益を上げる方が、一見すると商売上手に思われ勝ち。しかし合理的に考えるなら、より長く成長していける販売戦略こそが商売には必須。2年で破綻するプランなど愚の骨頂です。
「アスホーは会社が存続する限り、再生事業契約に縛られて取締役であり続ける。ですが小規模な会社での経営など不満でしかない。かといって自分が指揮を取る以上、失敗などさせられない。ですから、ハード会社から情報を不正に入手して、既に発売が絶望的なハードのローンチタイトル権利を意図的に取得したんですの」
彼女の話を要約すると、アスホーは契約で退職できない小規模会社で働くのが嫌で、故意に倒産するよう仕向けたってことになります。
しかも自分の経歴になるべく疵痕を残さないよう配慮して。
……え、そんなことする?
「信じられないでしょうけど、その年にヤツが発表した経営に関するハウツー本に、思っクソこれと同じ手口が乗ってましたの。『まず小規模な会社を企業して、短期間でこなせる事業から乗り換えよう』ですって」
……うん、それは怒るね。私だったら殺意抱きます。
「極めつけは、エルドリッチに再就職したわたくしの顔を覚えていなかったばかりか、経歴を呼んで『こんな底辺会社の技術者が、うちで開発なんてやれると思ってる?』ですってよッ!! あっはははは、テメェが潰した会社だろうが、ド畜生めッ!!」
怒りが度を越すと笑いになるの、高次元存在でも変わらないみたいですね。
普段はクールな彼女の唐突な豹変っぷりは、思わず陛下と抱き合って「ひぃっ!!」って叫ぶほど怖かったです。