「もう10年前にもなるかのう。突如として、こやつは余の前に現れた」
聞いてもないのに、陛下が染み染みと語り始めます。黙ってたのが辛かったんでしょうか。
「つーか10年前って、あなた私のお目付け役としてこの世界に来たんじゃありませんでしたっけ? それも方便ですか?」
「普通にタイムワープですの。デバッグツールで」
なんでもありですか!?
「続けてよいか? あの頃は、クソ親父の侵略戦争がノリに乗っとった。当時はまだか弱く儚い皇女だった余も、世界征服の野望の手駒として利用されるだけじゃった」
ホントかよ……。信じられないのは私だけではなく、その場の全員から疑いの眼差しを向けられた陛下は、めちゃくちゃ心外そうに不貞腐れました。
「本当じゃって。叔父上から軍略学んだりしとったが、所詮は子供じゃ。具体案も無く漠然と力を求めておった。それがいきなり暗黒空間へ取り込まれてな」
すっげー既視感のある状況。
「単刀直入に『力が必要なら鍛えてやりますの』とか言われてものう、パニックに陥る以外に何が出来る」
「わたくしの記憶が確かなら『じゃー寄越さんかい!』って即答してましたの」
「うむ。そして余はお主の師事を受け、クソ親父を誅滅した。だーがのう」
スン、と陛下の美貌から表情が消えました。皇帝モードです。今の彼女は非情な決断も躊躇なく下せます。
「どうして余に力を与えるか。その理由(よし)を秘したお主は、いずれ来る脅威に打ち勝った時に語ると約定したな」
「相違ございませんの」
「そして、だ。今朝方にお主は『今日湧いて出るデーモンを討てば盟約を果たす』と宣言した」
「間違いなく。わたくしの語った内容に、嘘偽りは一切ございませんの」
緊迫した空気に、私も口を挟めません。理知的な口調が、下手に怒鳴るよりも遥かに威圧感を与えているようです。
「てっきり世界滅亡の元凶かと思えば。下らぬとは言わぬ。だが個人的な企みの為だったのは拍子抜けだぞ」
「こうも申し上げました。我々は大した存在ではない。あなたがた人間と何も変わらないと」
本心とも皮肉とも取れるセキシスに、陛下はクスリともせず「そのようだな」と返します。
「セキシスよ。余が打ち倒した橙の眼球、あれが……あの程度が世界滅亡の原因だったのか?」
「その辺も含めて続きを話しますの。まず、エルドリッチと世界の滅亡は無関係ですの。もっとも橙目玉を放置すれば、確実に世界の寿命が縮んでいたのも事実ですの」
そこからセキシスは、例のパッケージ化云々について説明に入りました。
世界の時間を停止させ、標本として出荷する。その悪魔の所業について、陛下は静かに聴き届けました。
陛下の返した第一声は「気に入らんな」でした。
「まるでこの世界を所有物のように語る。そこで生きる余らのことなど、毛ほども考慮しておらんではないか」
陛下は凪いだ海のように静かです。それが津波の前の引き潮なのかは分かりかねます。
「現代の奴隷と大差ありませんの。意思があるかどうかなど、所有者は気にしませんでしょう?」
「だからこそ解せぬ。家畜同然の余を、だ。わざわざ啓蒙してまで手駒に加えた理由がのう。手口がどうにもまどろっこしい。なぜ自分で橙の眼球を討たなかった?」
「労災ですの」
「うゆ?」
言葉の意味を掴めず、陛下が凛々しい眉毛を寄せました。それを横目に、私はピンと閃きます。
セキシスは営業部門総括に労働災害、つまり職務中の事故で死んでほしかったのです。
「その通りですの、レティ」
答えた声は氷のようですが、踏みつければ割れてしまいそうな儚さがありました。
「下層世界に降りた社員が現地住民に殺害されれば事故として処理される。となれば当然、責任は全て会社に帰属する。何故そんなことが起きたのか、適切な安全対策は取られていたのか、必ず行政の捜査が入る。そうなったらもう、ゲームの発売どころではなくなりますの」
そう自供するセキシス。普段よりも固い無表情は、強引に顔を動かさないよう努めた不自然なものでした。
「営業部門総括を、会社を潰す生贄にした、ということですか?」
セキシスは無言で、しかし大きく頷きました。
「犠牲にするのは誰でも良かったんですか?」
私はセキシスへ一歩を踏み出して、重ねて問いを投げつけます。
「そんなことの為に人一人……いや、人ではありませんが、あなたにとっては同じ組織の存在でしょう。それを私利私欲で犠牲にした。そう受け取って良いのですね?」
まあ、エルドリッチの社員が何人死のうが、私にはどうでもいいのですが。これは彼女のスタンスを問うものです。
彼女が目的の為に身内でも平然と切り捨てる卑劣漢であるならば、さすがに私も今後の付き合い方を考えないといけませんからね。
「さすがに品質管理部門の部下とか、開発部門の誰かだったら違う方法にしましたの。けど、あの人だったら死んでもいいかなって。仲間、とは呼べない方ですし」
言い淀むことなく、セキシスが答えます。つまり、ちゃんと生命の取捨選択は心得ていた、と。
ふむ。じゃあいいか。
「なら結構です」
「え?」
自分でも驚くぐらいにあっさりと、私は彼女を受け入れることにしました。
セキシスもアーモンド型の金瞳を見開いています。そんな意外な結論じゃないと思いますが。
「倫理観をとやかく言うキャラしてないでしょう、私。あなたの計画は、まあまあ合理的です。少なくともゲーム開発から撤退するなら、この世界への干渉も手段も無くなる。世界は救いました、チャンチャン♪ ってことで、この話題はおしまいです」
最後はちょっと憎まれ口ですが、性分なので流してください。
エルドリッチの経営方針がセキシス通りなら、援助が途切れた瞬間に倒産が確実。一度でも業務が止まったり、支払いが滞ったらおしまいだからこそ、自転車操業と揶揄されるのです。
じゃあもう放置でいいじゃないですか。
「そんなことより百年以内の破滅について、ちゃんと教えてください。そっちのがよっぽど大事じゃないですか」
「そ、そんなことって……わ、わたくしは自分の身勝手であなた方を利用したんですのよ!? 特に……レティには、わたくしを恨む理由がありますの!」
「やっぱりそんなこと考えてましたか」
私がしたり顔で指摘しますと、彼女は思わず口許を「しまった」とばかりに押さえます。
セキシスはこの世界でこそ超常の存在です。でも実態は、エルドリッチに勤める一介のサラリーマン(OL?)に過ぎません。
21世紀の日本人だと仮定して。故意に自社が倒産するほどの損害を発生させ、直接の恨みもない上司を謀殺しても平静でいられるほど冷酷な人物だったら、もっと直接的なアプローチで破壊活動に及んだでしょう。
私は目の前の彼女抱きしめて、耳元で囁くように告げます。
「残念ですがセキシス。裁きが欲しいなら他を当たってください。その罪悪感も、後悔も、私には何の関わりもない話です」
「関係ないって……だ、だってあなたは!?」
「私に手を下したのはアスホーです。あなたを恨む筋合いがありません。そのアスホーだってほっといて破滅するのなら、もうどうでもいいのですよ。考えるだけ無駄、無駄は大嫌いです」
少しばかり気持ちの熱がこもりつつ、微かに震えるセキシスの背中をゆっくりと撫でつけます。
「それでも。どうしても裁きが欲しいのなら、元の世界で出頭なさい。あなたに出来る責任の取り方は、それだけです」
彼女の全身から、ふっと力が抜けました。