以降の質問を許されないまま目的地に到着。森の中に敷かれた街道の真ん中に放り出され、馬車も走り去ってしまいました。
無言で道を逸れ、生い茂った木々の奥へ進む監督官の後ろに、我々も続きます。ぶっちゃけここでバックレても良かったんですけど、どうも見張られている気配がしたんですよね。下手に動いたら死角から射抜かれそうっていうか。
試験を行う「ある屋敷」ってのも気になるところ。私の記憶が確かなら、この森は中央都と西都の中間にあったはず。
中央都から見て西にあるから西都……と呼ばれていますが、先帝時代はこっちが政の中心でした。
皇帝の座す機能優先の巨大な城塞を中心に、大陸西部へ侵攻するべく多くの騎士や傭兵が集った軍事都市。何を隠そう、私の(ものになるはずだった)店も西都で営業していました。
ですので、これから目指す先であろう屋敷についても心当たりがあります。一度だけですが、下女を納品しに訪れたことがありました。
(ヴァルゴ邸……現皇帝陛下の母君の実家ですね)
なんか私、酷い陰謀に巻き込まれていませんかね?
以前にも触りぐらいは話しましたが、今の皇帝陛下は実父である先帝を降した皇女様です。
先帝は大陸統一の理想を掲げて周辺諸国への侵略戦争を繰り返す暴君でした。富国強兵政策を第一とし、その苛烈さは国内の……特に一般市民の生活をも逼迫させました。
私の故郷が町ごとスラム化してたのも、かの愚帝の失策が原因です。
でもたちの悪いことに、先帝はマジ強かった。個人武力でも軍略でも百戦百勝。何だったら一人で一軍を壊滅させるハチャメチャな化け物だったとか。終いには人間なのに「大魔王」って呼ばれてしまうほど。
ですが悪逆非道の先帝は、虐げられた民達の為に立ち上がった皇女の手で誅滅されました。皇位を簒奪した皇女は自らを「真皇帝」と名乗り、そりゃもう強引な政治改革に乗り出したのです。
税率の上限を設定して搾取し放題だった地方領主の力を制限。そのうえで真っ当な領地経営が出来てないと判断した貴族を片っ端から改易しまくり。空いた領地は直轄領として自ら治めています。
国中に溢れた無職や孤児の受け入れ先として新騎士団の創設など、人道支援にも力を入れています。奴隷貿易の全面廃止については以前も述べました。危うく私の首が飛びそうになった(比喩じゃなくて)一件ですが、これもその一環ですね。
あ、我らが諜報学校は改革運動とは無関係です。ここは先帝時代から、先帝の息が掛かった貴族や騎士で運営されていたので。まだまだ真皇帝の影響が及んでいないのだそう。
そうなると……いや〜な絵図面が浮かび上がってきます。
陛下と対立気味の諜報部。狙うは陛下の親族。ますます陰謀の臭いがプンプンしてきます。考えられるのは……いや、いいや。疑念だけでも逃げる理由には充分でした。
本当は諜報員になってから、国の機密情報を奪えるだけ奪って雲隠れするつもりでした。でも、これから良くて鉄砲玉、悪くて捨て駒にされること請け合いな状況、もう付き合ってられません。
となると、障害となるのは監督官。でも……勝てるかな〜、こいつに。
自慢じゃありませんが、私の戦闘能力は低いです。年齢を加味しても小さな体躯が、格闘戦には致命的に向いていません。
顔は可愛いし、11歳にして乳とか尻とか大人顔負けに発育しちゃいましたが、一対一の殴り合いで勝てる相手なんて、それこそ産まれたての赤ん坊とかじゃないですか?
対する監督官は、190センチに迫る長身で、筋骨隆々。獣道を苦も無く進む足運びにも無駄がなく、実戦経験も豊富でしょう。
さっきから真後ろにくっついて行軍してますけど、死角から急所を一突きする隙も見当たりません。
「馬鹿なことは考えるなよ」
ふと、監督官が歩く速度を緩めず、肩越しに振り向きました。
「殺気が漏れている。どこを狙っているかが丸わかりだ」
「えっ、嘘!?」
殺気ってリアルで読めるものなのですか!? すっげー、達人みたいですねー。
「だって、無防備な背中が目の前にあるなら、刺したくなりませんか?」
「本当に無防備だと思っているのなら、お前はとっくに俺に襲いかかっていた。そして返り討ちにされ、その辺でケダモノのエサになってただろうさ」
「怖いこといいますね……」
監督官の言葉は、人間的な感情が含まれていないように静かです。否が応でも彼の言葉が、脅しではない事実だと突きつけられます。
「レティ、だったか。筋がいいし、才能もある。5年も実戦をこなせば、良い兵士になるだろう……と上は考えている」
「上は?」
「俺個人としては、すぐにでも殺すべきだと思う」
淡々とした、ただ自分の意見を述べているだけの監督官。私も黙って続きを待ちます。
「諜報員に必要なのは忠義だ。その出所が依存心でも、恐怖でも、なんでもいい。国に捨てられたら生きていけない、そんな連中こそ相応しい。裏切れないからだ」
「それ、監督官もです?」
「ああ。俺の居場所は閣下の……いや、帝国の暗部だけだ。だが」
口が滑りかけ、どことなく穏やかさすら醸した監督官の空気が一変しました。周囲の木々から、一斉に鳥が飛び立つほどの圧力……これが殺気ですか。
「ひっ!?」
黒髪眼鏡ちゃんの息を呑んだ声が、結構遠くの背後からしました。いつの間にか、後続の三人と距離が開いていたようです。
「お前は死ぬのを恐れていない。それでは、どんなに有能でも兵士にはさせられない」
「勝手なこと言うなってんですよ。諜報員にしてくれって誰が頼みましたか、コノヤロー」
理不尽な物言いに、私の語気も荒くなります。
足を止めた監督官が、今度は身体ごと振り返りました。
「そう。それがそもそもの失敗だ、小娘。お前は学校に紛れてしまった異物だ。それに気付かず、あろう事か我々の技術を教え込んでしまった。叶うなら、ここで殺してしまうべきだと思う」
「ほう。でも、そうしないのは何故です?」
「上はこうも考えている。お前は……報酬さえ渡せば有能な駒になる、と。金でも、地位でも、対価さえあれば我々の手先になる、と。この試験は、それを見極める為のものだ」
一方的に言い放ち、監督官は背中を向けて行軍を再開します。他の三人が追いついてきたから、話を切り上げたのでしょうか。
それにしても……いやー、思ってた以上に買われてるじゃないですか、私! 一流の騎士にそこまで言われると鼻が高いです。
けど! 残念ながらその期待には応えません。むしろ今の話で腹を括りました。試験の途中で脱走します。
魅惑の女スパイって憧れますけど、首輪で繋がれる趣味はねーのです。私、自由主義なので。