盾って馬鹿正直に正面から攻撃を受け止めようとすると、あっさり変形したり割れてしまったりするのです。斜めに構えて攻撃を逸らせるように使うのがコツですね。
「ちょやァ!!」
しかし私の場合は、まずツルツルした半球状の盾を前腕に展開させます。
敵の攻撃が当たった瞬間、肘を回して動かして、丸みを帯びた表面をなぞらせるように攻撃の軌道を逸らすのです。
術盾は私のイメージ次第で形を自在に変えられるので、色々試すうちに身についた我流テクニックでした。
飛んできたナイフも危うい距離で迎撃に成功。上方向に軌道を変え、天井に深々と突き刺さしてやりました。
奇襲は凌ぎましたが、驚くべきは衝撃力! 受けた腕が痺れてますよ、がははっ!
「慎重かと思えば大胆だな、小娘。いきなり動くとは恐れ入った」
ナイフを放った相手は、もちろん監督官。我々が入ってきた窓を背にして、音もなく身構えていました。
……なんでいるんですか、こいつ!?
「お前に与えられたチャンスは本物だった。早まった真似をしたな」
「勘違いなさらないでください。私が手柄を立てるのに邪魔だから寝てもらっただけですよ」
「真意などどうでもいい。お前の行為が、俺の目に裏切りと映った。その場合の処遇は一任されている」
はっ。理屈っぽく語っちゃいますが、どうせ最初っから始末するつもりだったでしょうに。無駄に真面目な性格ですこと。
「死ね。閣下の治世に貴様は不要だ」
しかし弱りました。向こうの裏をかいて初手から行動したというのに。屋敷に火を放ちつつ住人を叩き起こし、パニックに乗じて脱走する作戦が台無しではないですか。こうなると、直接対決は避けられません。
部屋の出口は入ってきた窓と、見るからに頑丈な入り口の扉だけ。さっき物色するついでに確認しましたが、外側からガッツリ施錠され、抉じ開けるには骨が折れそうでした。
つまり逃げ場が……ない!
「くぅっ!?」
気付けば監督官が床を滑るように接近しています。大振りのナイフは切っ先に向かって広がっており、刺すことを考えていない形状です。切れ味すごそう……。
振り下ろされる一刀を、私はさっきとは逆に左腕の盾で受けました。
熱したナイフがバターを切るように、私の盾が切断されます。
危うく腕ごと持っていかれるかと思いましたが、後方ジャンプも加えたことが功を奏し、前腕の中程をザックリ斬られるだけで済みました。骨が無事なら、まだなんとかなりま――っ!?
「軽快なのは口だけか」
迫りくる巨大な掌。五指を広げたら私の小さい頭を丸ごと掴めそうなそれで頸を掴まれ、呼吸が完全に詰まりました。
私程度、素手で充分絞め殺せると……あ、マズい! これ窒息狙いじゃない!? 骨ごと圧し折りにきてる!!
「惜しかったな」
うなじが猛烈に嫌な音を立てます。
両手はフリーですが、特技はシールドかムササビ飛びぐらいで、腕力もない私です。引き剥がすなんて無理中の無理。
……ま、マズい、かも! 一度味わったから良く分かるんですけど、死の気配がすぐ後ろまで迫ってますよ、これっ!!
数秒と掛からず、花を手折るより簡単に、監督官は私の頚椎を直角に曲げるでしょう。顔中の穴から血を噴き出して、美少女にあるまじき死に顔を晒す私……。
そんなの嫌ですよね? でもご安心を。
血を噴き出して死んだのは監督官でした。
「ぬぐ……っ!?」
喉と腕を同時に、鋭い穂先で貫かれた監督官が、苦悶と疑念の混じった声を発します。
ぶっ刺さっていますのは、三角錐に変形させた私のシールド。鋭い頂点を伸長させれば、それはもう槍と呼んでも過言ではないでしょう。
「ごぼっ、ごが……ッ!!」
が、それでも執念で私の首を圧迫する監督官。
「ぎざま、やばり……ィッ!!」
致命の一撃だったハズなのに……!
脳髄に異音が響く。
途切れかけた意識で、私は突き刺した穂先に追加のエーテルを送ります。
花が開くよう、穂先から無数のトゲを展開させました。
身体を内側から破裂させ、監督官が鬼灯のようにプチュンと爆ぜます。いとグロし。
「ゲッホ、ガホ……がひゅっ」
……急死に一生、いや、ここは敢えて『一勝』と言わせて頂きましょう!
根本から破裂させられた腕から力が抜けて解放された私は、埃臭い空気を肺いっぱいに吸い込んで激しく咳き込みました。
仰向けに倒れていく首無しの監督官は、もう動きません。
私は自分の首が繋がっているのを確認して、ようやくシールドを解除します……。
胸中に生還と勝利の実感が、ジワジワと湧き上がります。
それに伴い、全身が監督官の血脂でヌメっているのが気になりだしました! 髪も服もベチョベチョですよ、もう!
シャワー浴びたい、可能であれば石鹸で丸洗いしたい!!
「うへ〜、酷い顔ですの。お水が欲しけりゃ用立てますのよ?」
「すみません、頂けます……え?」
相手があまりに気さくでしたので普通に答えてしまいましたが、知らない声です。ですが驚く暇もなく、私は頭から大量の水を浴びせられました。
そりゃもう比喩じゃなくて滝行のよう。後頭部に食らったら脳震盪起こしそうです! ……けど、せっかくなので身体はちゃんと洗わせてもらいました。
ザックリいってる左腕の傷口は、包帯がないのでシールドで保護。常時微々たるエーテルを消費し、寝落ちすると解けてしまいますが、その辺のカビたカーテン生地よりマシです。
下着までびっしょびしょになりましたが不快なヌメリは一掃できました。ですが、一息つく余裕はありません。
「ん〜。まだ血なまぐさいですの。けどま、許容範囲? これならお目通りさせても構いませんの」
背後から囁かれた声は小鳥のように可愛らしく、なのに怖気が走るほど蠱惑的です。鼻をくすぐる甘い香りも、例えるならば毒ガスの腐敗臭。長時間嗅いだら脳が麻痺します。
首筋を撫でる指先は、流水で冷えた私の皮膚には熱いくらいで……そのまま溶けて体内へ食い込んでくるようでした。
「別に警戒しなくてよろしいですの。痛いのも怖いのもしませんの。抵抗しないなら……ですけれど、ね」
気配が少し離れます。二歩か、三歩か、その程度。
私は慎重に……なっても仕方ありませんから、普通に堂々と振り返りました。
背後にいたのは…………バニーガールでした。