ええ、バニーガールです。
多分10代の真ん中ぐらいの若さ。褐色肌でプラチナブロンドをショートヘアにした、大きなアーモンド型の金瞳が特徴的な美人さん。胸のサイズが眼を見張るほどで、服の下にスイカでも入れてんのかってぐらいの爆乳です。
……私もこの歳にして巨乳と呼んでも差し支えないサイズですが、彼女には遠く……いえ、私のことはどうでもよろしい。
ノースリーブの黒いチョッキの下には、濃紺のレオタードと網タイツ。靴は踵の低めのピンヒール。先端の折れた三角帽子の鍔にはちゃんと、縦に長い楕円形の耳が生えてます。
多分、お尻には丸型の尻尾もあるでしょう。
「もし? どこを見ていますの?」
「……申し訳ありません。あまりに見事な膨らみでしたので」
「あなたも相当だと思いますけれど」
前世から引きずってる男のサガのせいで、ついつい彼女の母性を凝視(ガン見)してました。お顔の方もエスニックな美女ですので、見つめ合うのは結構な胆力が必要ですが。
褐色肌のバニーガールは、三角帽子を外して一礼しました。
「では改めて。真聖ポラリス帝国にて宮廷魔導士の位を拝命しています、アル・タルフ=セキシスと申しますの」
「……はぁ。レティって呼んでください。苗字とかはねーです」
名乗られたので礼儀的に名乗り返します。彼女――アルタルフ嬢は目許に薄い笑みを作りました。
「存じてますの。諜報員学校において初となる、飛び級による全カリキュラム修了を果たした才女。本日は卒業試験として要人暗殺の任務を帯び、この屋敷に潜入した。ふふっ」
口許を押さえて上品に笑う仕草。そこに隠しきれていないぎこちなさを垣間見ましたが、大人しく続きを拝聴しましょう。素性も目的もバレてるようですし。
「結論から言えば、あの学校は不穏分子の温床でしたの。先帝の死後、諜報部は真皇帝陛下に上辺の忠誠を誓いつつ旧勢力と繋がっていましたの。いずれ帝国の主権を握るつもりだったのかもしれないですの」
「そうですか」
「そうですの。まあ、もっとも? 真皇帝様だって諜報員は持っていますし、こっちのが先帝の飼い犬よりずーっと優秀な猟犬ですの。特にわたくしとか。だから奴らの活動はぜーんぶ筒抜けだったですの」
子供っぽい喋り方は演出でしょうか。さり気なく自分の能力をアピールしたところは共感できますね、私もそうですから。
つーか不穏分子だったんかい、うちの学校。そんな気はしてましたけどね!
「今夜の卒業試験も、未熟な学生は囮。本命であるプロが要人の暗殺を敢行する計画だったようですの」
「ひょっとして、ここ以外でも同じことが?」
「ええ。ただ、その肝心要のプロ諜報員が、よりにもよって囮役の学生に殺されるなんて間抜け、そいつだけでしょうけど」
「結構ギリギリでしたがね」
でしたら監督官は、まさに間抜けの極地ですね。だって、この場で手出ししなければ私は館を燃やして一騒動起こしていたのですよ? 囮役の務めを自覚しないまま遂行していたことになります。
……まあ死人を悪く言うのは気が咎めるので、私の将来性を危惧して何がなんでも殺しておきたかった、と前向きに捉えてやりましょう。
「だけど」
それまでどこか淡々としていたアルタルフ嬢の声が、不意に喜色ばみました。抑えきれない笑いが込み上げたような?
また私の背中で産毛が総毛立つ感覚がしました。
アルタルフ嬢の振り上げた右手が青白く光りました、次の瞬間。私は視えない何かに全身をギチギチに締め付けられて、宙に浮かび上がっていました。
あ、これマズい。さっきは首だけでしたが、腕も足も締め付けられてビクともしません。
眼には映りませんが、監督官より力も強くて大きな掌でガッチリ掴まれてるような……うげっ!
な、中身出ちゃう……っ!! 痛いのしないっつったじゃんかー!
「小生意気な仔ウサギ、ちょっとは身の程を知るですの。あ、解呪(レジスト)出来るのならしていいんですのよ? これも原理的にはあなたのシールドと同じ術ですもの。ほらほらっ♪」
いや、全然同じじゃないですってば。私が盾なら、彼女のは『城壁』ぐらいの差があります。
アルタルフ嬢が私にかざした半開きの掌。その褐色の細い指が動くたび、私を締め付ける力が強まったり弱まったりしています。おそらく、エーテルを実体化させた不可視の巨大な手で私を掴んでいるのでしょう。月光に照らされる舞い上がった埃の軌跡に、薄っすらと像が浮かんでますし。
私の盾がガラス状の半透明なのは、視認性を低くする為。それを完全に視えなくさせている時点で、術の練度が私とは桁違いです。
それに形だって、私は球体とか三角錐のブロックを作れるだけで、自由自在とは程遠い。それを手の形、しかも人間一人を覆えるほど大きく、あまつさえ指先の細かな動きを連動させるなんて……!
「おやおや、鬱血したお顔が真っ赤っ赤♪ もうちょっと力を込めたら、花火みたいになりそうですの♪ 頭がパーン♪」
微笑む顔が子供みたいで可愛いアルタルフ嬢。ですが細められた瞳には、ギラギラした狩人の殺意が滾ってます。ウサギどころじゃないですよ、この人。
「ちょっとは反抗するですの♪ でないともっかい死んじゃいますの〜♪ ほら♪ ほ〜ら♪」
愉しそうに私を拷問しやがって……ちょっと待って、なんつったこいつ?
もっかい死ぬ?
「はい、よく気づきましたの。えらい、えらーい」
褒め方まで雑なアルタルフ嬢の顔に、すっと影が射しました。
月に雲が掛かった? そんな生ぬるさじゃありません。空間がくり抜かれたような『闇』そのもの。それが彼女の全身から拡がり、私を閉じ込めます。
光も音も遮られ、自分の手足だけが虚空の闇にくっきり視えている。拘束は解かれましたが着地することのないまま、天も地もなく放り出されます。落ちているのか、浮かんでいるのか。
そんな私を嘲笑うよう、虚空に巨大な金瞳が開かれました。
「なーんて、よくも今日まで好き勝手してくれましたの。ここまで奔放な転生者、我が社始まって以来ですのよ」
首の後ろで囁くようなアルタルフ嬢の声。腐敗ガスのような甘い吐息の不快感で、堪らず顔が引きつりました。
この感覚には覚えがあります! 前世の最期に味わったアレです!
「あなた、エルドリッジの!?」
「ピンポン♪ エルドリッジ・ドリームワークス品質管理部ですの。あなた方人間の認識に落とし込むのなら、神や悪魔とお考えください」
そこまで万能ではありませんが、と付け加えて、巨大な金眼を愉快そうに細めます何者か。あの眼がアルタルフ嬢なのでしょうか。
上下左右、あらゆる方向から伸びた手が、私の四肢を無遠慮に掴み、触れた部分が闇へ溶けるよう呑み込まれていきました。
「あなたのせいで今度のゲームはバグまみれですの。何度もこちらのシナリオを台無しにして。ですので、今後はわたくしの管理下に置かせていただきますの。当然ながら拒否権はございません」
「……断ったら?」
「拒否権はないと申しましたの。ディレクターにもマネージャーにも、これ以上ゲームデザインを変更されるな……と厳命されているんですのよ。……たくっ」
闇が私の両目を塞ぎます。途端に見覚えのある町並みを見下ろす上空からの景色が広がりました。
ここは私の産まれた町? ですが様子がおかしいです。元から人間の死体とかゴミのように転がっている掃き溜めでしたけど、こんな家が燃えてて道路が爆発することはありませんでした。
燃え盛る路地を、小さな人影が転びそうになりながら懸命に駆けて……あ、私じゃん。私が背中を丸めるように街の外へと逃げて行くではありませんか。
やっぱ可愛いな〜、私。濡羽色の髪と、垂れ眼な感じが将来美人になると予感させますが、今でも充分……おかしいですね。なんでしょう、この状況は?
この町でこんな目に遭った覚えはありませんし、ここで暮らしたのは5歳まで。あれはどう見ても10歳以上まで成長しています。
「記憶にない光景に困惑するのも当然。これはIFの光景……つーか、本来ならばこうなる予定だった世界線・その1ですの」
寸前まで得体のしれない不気味さがあったのに、突然愚痴っぽくなるアルタルフ嬢でした。