VRSAO アインクラッド 100%RTA 実績【誰が為の明日】獲得まで   作:クソ煮込みうどん

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異格シージ引けたので初投稿です。


30連2枚抜きなので大勝利ですわ。約束された勝利の剣(エクスカリバー)ですわ。


今回久しぶりにオリ主君視点書いた気がします。オリ主とは(白目)


『死闘 獣頭の王』 2/3

 情報にない広範囲攻撃。

 半死半生のレイドリーダーと、その仲間たち。

 

 ボス部屋内は水打ったような静寂が……いや、正確にはボスの上げた雄叫びの残響が響いているが、ともあれ40数人のプレイヤー集団は不気味なほど静まり返っていた。今までの快勝ムードからの急激な状況の変化に思考が追い付かない。かく言う僕もその一人だった。

 

 

(どう、すればいい)

 

 

 カバーに動く?

 

 ダメだ取り巻きを処理しないと。E隊はもう前まで上がってしまっている。僕らがやらなければ被害が増える。

 

 

 他の隊はなんで動かないんだ。

 

 無理もない、僕だってまともに動けてないだろう。事前の取り決めで近くの隊がカバーすることに決まっていても、極限状態の人間がそれを遂行できるかは別問題だ。

 

 

 誰か、誰でもいい。指示をくれ。

 

 その指示を出してたディアベルが倒れてるんだぞ。

 

 

 思考が定まらない。早く、何かしなければ。

 そんな焦りだけが心の内で空回りし、身体を硬直させる。

 

 見ればC隊のメンバー全員の頭上に、漫画などで見る星が回ってるような珍妙なエフェクトが表示されている。アルゴのガイドブックによれば確かスタンの状態異常を示すものだ。長くても10秒程度で消える、SAOでは比較的軽いバッドステータス。

 ガイドブックで見た時はたかが10秒と鼻で笑った記憶があるが、今思えばあまりに軽率だった。

 

 人は、10秒あれば簡単に死ぬのだ。

 

 

「グルルッ」

 

 

 思考が動作不良を起こすこちらとは対照的に、コボルド王はソードスキルの硬直から抜け出すと、ゆらりと流れるように次なる剣技の構えを取った。

 刀身がうすぼんやりとライトエフェクトを纏い、低く…低く。床を這うように姿勢が沈み込む。

 

 

「追撃が……」

 

 

 キリトの掠れた声が漏れ出る。同じタイミングで我に返ったらしい前線のタンク隊が前に出ようとしたが、半瞬早くボスが行動を完了する。

 下段からの切り上げ。切っ先が信じられない速度で跳ね上がり、それがボスの最も近くに居たディアベルを襲う。

 彼の身体を身に着けた銀色の金属鎧もろとも宙へと浮き上げ、彼のHPがまた少し、左端へと減少する。

 

 

「くっ…このぉ!!」

 

 

 彼は必死にソードスキルの発動を試みていたが、不安定な姿勢と踏みしめる足場のない空中でそれが叶うはずもなく。ライトエフェクトの灯らない刃が虚空を切り裂くばかりだった。

 コボルド王はディアベルの藻掻く様を嘲笑うように口元を歪め、悠然と長刀を構え直す。

 肩口に引き寄せるように引き絞られた長刀が真紅のライトエフェクトを纏い……目にも止まらぬ速度で三度、それが無防備な騎士の身体を貫く。

 

 

「────ッ」

 

 

 誰かが上げた声なき悲鳴をかき消すダメージサウンド。攻撃を受けたディアベルを真っ赤なヒットエフェクトが包み込み、直後にそれを突き破って、彼の身体が勢いよく弾き飛ばされる。

 ディアベルはそのまま20mは離れていたはずの僕らの方まで吹き飛び、受け身も何も取れずに床に突き刺さらんばかりの勢いで叩きつけられた。

 

 

「ディアベルっ!」

 

 

 キリトが進路上の取り巻きを力任せに切り伏せ、ピクリとも動かない青髪の騎士へ向けて駆け出す。

 視界に映るディアベルのHPは真っ赤だった。ダメージ量が多すぎてHPゲージが全て被ダメージ表記に置き換わっている。それが左端に向けて減っていき、無情にもゲージ内の色が消えていく。

 僕はその光景を、どこか他人事のように見つめるしかなくて。

 

 

(いや…ダメだろ。お前が死ぬのは)

 

 

 悲鳴が聞こえた。

 振り向くと、技後硬直から解き放たれたボスが長刀を振り回している姿が見える。

 指揮官を失い前線連中もパニック寸前だ。このままでは壊滅する。

 

 誰か、どうにかしてくれ。

 

 

(……違う)

 

 

 押し付けられる他の誰かなんて、ここには居ない。

 全員僕と同じように余裕なんてない。

 

 誰かじゃない。

 僕がやるべきなんだ。

 

 

 ……やりたくない

 そうやってまた周囲に甘えるのか?負け犬め。

 

 

 取り巻きの処理が

 キリトとアスナだけでも十分やれてた。僕が後ろに居る必要はない。

 

 

 …………

 逃げるな。戦え!

 

 

 

 ここで変わるって、決めたじゃないか!!

 

 

 

「……あ‶あ‶もう!どうにでもなれぇ!!」

 

「ホルンくん!?何を」

 

 

 

 己を追い立てるように声を振り絞り、曲刀を引き抜いて吶喊する。

 周囲から聞こえた声を振り切り、人垣を縫うように走り抜ける。はるか遠くに感じた20m先のボスの姿は一瞬で目の前まで迫っていた。

 覚悟を決め切る前に間合いまで飛び込んでしまった己に悪態をつきつつ、がら空きの横腹に向けて渾身の《リーバー》を打ち込み……その手応えに愕然とする。

 

 重い。防具すら纏えない太り気味の腹と油断したそれは、まるで幾層もの筋肉の積み重なった肉の鎧だった。右手のシミターの刃が振り切れない。

 センチネルの攻撃を弾いた際や、鎧の上から切り付けてしまった時とも違うその感触。前線連中はこんな敵を殴っていたのか。

 

 

(それがなんだ!)

 

 

 ステータスだけが全てじゃない。腕の力だけで足りないなら身体ごとぶつかれ。

 どんな手段でもいい、このボスの注意を向けられる程度の痛手を!

 

 瞬時に意識を切り替え、さらに半歩、前へと踏み込む。システムアシストがその動きに合わせ、ソードスキルを完走するべく『ホルン』の身体に更なる負荷を与える。

 

 

「こ…のぉッ!!」

 

 

 奥へ、奥へと切っ先を捻じ込む。かつて森で戦った《ダイアウルフ》のものとは比べ物にならないほど硬かったが、武器の性能のおかげか刀身の半ば付近まで刃が沈み込む。

 

 

「グルア‶ア‶ア‶ァ‶ァ‶ッ!?」

 

 

 コボルド王が堪らずとばかりに声を上げる。それに構わず、そのまま力任せに振り切って肉を引き裂く。

 舞い散る鮮血色のダメージエフェクト。それがボスの左横腹から吹き上がり、同時にそのHPの一部を減らす。

 振り上げていた刃が急に現れた不快な虫()を払うかの如く雑に振り回され、辺りに鋼鉄の暴風となって吹き荒れた。

 僕と周囲のプレイヤーがそれを慌てて避け、ボスの周囲に完全な無人地帯が生まれる。

 

 不快そうに喉を鳴らしつつ周囲を睥睨する獣頭の怪物。

 やがてその視線がぴたりと、僕の方に向いたまま固定される。下手人だとバレているようだ。

 

 赤く血走った目がこちらを向いたまま細められると生きた心地がしなかった。

 一瞬、足が後退りそうになる。

 誤魔化すようにホルスターからダガーを引き抜き、投じる。散々当てた甲斐あってかあからさまに警戒した様子でボスが下がった。

 その姿に少しだけ、恐怖心が和らいだ気がした。

 

 

 そうだ、逃げるな。

 ボスをここに釘付けにしろ。周りが立て直せるまで時間を稼ぐんだ。

 

 

 武器を取れ、戦え。

 ダメージは通せる。《投剣》も警戒されてる。僕も十分、コイツの脅威のはずだ。

 

 

 覚悟を決めろ。

 

 

 

「……僕がアレを押さえといてやる。今の内に下がれ」

 

 

 ああ、言ってしまった。死亡フラグみたいなことを。およそ人生で使う機会があるとは思ってなかった語録を。もう既にこの後に不安しかない。

 

 そんな僕の内心を知らず、周囲の連中はちょっと目を輝かせていた。

 小声で「ありがとう」とか「気をつけろ」とか言いながら下がっていくのを顔を向けずに見送り、ボスと睨み合いながら武器を構え直す。

 直後、聞き慣れた足音が近くにやって来た。

 

 

「ホルンの無茶には慣れてたつもりだけど、今回はとびっきりだね?」

 

「……なんで来たんだストレア」

 

 

 いつ泣き言言い出すか分からないので、できれば近くに居てほしくない。人並みに異性には見栄を張りたいお年頃なのだ。

 だが肝心なところでズレた聞き取り方をするこの相棒はその思いを汲んではくれなかった。

 

 

「心配しないで。あっちはアスナたちに任せてきてるよ。ホルンの目潰し*1のおかげで今湧いてたのは簡単に処理できたし」

 

「そういう話じゃ…!」

 

 

 言い切る前に、彼女の人差し指がこちらの唇を押さえた。

 急に距離を詰められてたじろいでいると、不満そうな顔のままストレアが前に詰め寄ってくる。

 

 

「そういう話だよ。……アタシ、ホルンのパートナーだもん。除け者は辞めてほしいなぁ」

 

 

 時間稼ぎだけだ、キミまで危険に曝される必要はない。

 今のキリトをアスナだけで支えるのはキツい、大人しく下がってくれ。

 

 それっぽい言葉はいくつか思い浮かんだのだが、それを言わせまいと、彼女の紅玉色の瞳が更に近づいてくる。

 ……相も変わらず押しの強い奴だ。僕が折れるまで強硬姿勢を変えない気でいる。

 ああまったく、仕方ない。答えなんて一つだけじゃないか。

 

 

「……わかったよ。じゃあ、仲良く貧乏くじ引いてもらおうか」

 

「そうこないと♪……食い止めるよ、二人で」

 

 

 ……これで僕を追いかけまわす変質者でなければなぁ、というお決まりの文句が脳裏に浮かぶ。

 戦闘力はキリト並み、明るく気さくで美人とか余程の事情が無い限り距離を置く理由がないのだ。その上今のような窮地でも駆け付けてくれるとなると、正直心強さが勝りそうになる。ほんとにストーカーという属性だけノイズ過ぎる。

 そんな雑念を押し隠して頷き返し、意識をボスに向け直す。

 

 

「ガアアァァッ!!」

 

 

「来るよ!」

 

「みたいだねぇ……遊んでやるよ、デブ野郎!!」

 

 

 弱音を噛み殺すように煽る。

 通じたのかは不明だが、それを合図にしたかのように両者の距離が縮まった。

 

 

 

 

 

† † †

 

 

 

 

 

「ホルン…ストレア……!」

 

 

 無謀な時間稼ぎに出た二人のパーティーメンバーを案じ、小さく声が零れた。

 《刀》はβテストで最後まで最前線を走っていた一部のプレイヤーしか知らないスキルだ。本来なら自分が対処に向かうべきだったという自責の念が、左手をきつく握りしめさせた。

 すぐに戻らないと…。

 

 

「やっぱり…こうなるよな……」

 

 

 倒れ伏していた青髪の騎士が小さくそう呟いたのが聞こえた。

 駆け寄ると、彼も俺の存在に気付いたらしい。近くの瓦礫に寄りかかる様に緩慢な動作で身体を起こそうとしている。

 そうして約1mの距離まで踏み込み目が合った瞬間、俺の脳裏に電流が走るような感覚がした。

 

 

 俺は、このプレイヤーを知っている。

 

 

 顔も名前も違うが、βテスト中、俺はもう一つのアインクラッドで彼と知り合っている。何度も同じボス戦に参加してさえいる。

 おそらく、彼は早い段階で俺のことをβテストの同名の剣士だと確信したのだろう。同時に、俺がβテストと同じようにLA(ラストアタック)を掠め取っていくのではないかと焦った。だからこそのあの取引。

 それどころかディアベルは自身がβテスターであることを隠してパーティーを、レイドを作っていた。背負ったプレッシャーは俺とは比べ物にならないはずだ。

 ディアベルもコペルと同様、覚悟を決めたのだ。どのような手段を用いてでも最前線に立つと。

 そして今、その焦りが彼を毒した。

 

 俺がそこまで悟ったことを、彼もなんとなく感じたのだろう。端正な顔が悔しげに歪み…次いでどこか、真剣なものへ変わる。

 俺の中に猛烈に嫌な予感が駆け巡った。

 

 

「ディアベル回復しろ!まだこの先が」

 

「もう…手遅れだよ……」

 

 

 自嘲気味にそう零すと、彼の身体を構成していたポリゴンが僅かに明滅し始めた。……HPは既に端まで消えていた。ポーションの使用可能対象からも外れている。

 俺は、間に合わなかったのだ。

 しかし膝を折る寸前、目の前の騎士がこちらに語り掛けてくる。

 

 

「……キリトさん。後は、頼んでいいかな。ボスと…彼のことを」

 

 

 そう言う彼の視線の先を追うと、最前線で今まさに、ボスを相手に決死の時間稼ぎをしている少年の姿が。

 

 その視線に込められた思いは、なんだったのだろうか。

 あの生き急いでるように見える彼への心配か。

 βテスターであることを打ち明けられなかった後ろめたさか。

 あるいは己の命を懸けて戦うその姿に、自身のなりたかった騎士の姿を重ねたのか。

 

 実際のところは分からないし、それを尋ねる時間も残っていないのだろう。

 

 しかしそれでも。彼が最期に、自身が果たしたかったであろう願いを、俺に託そうとしてくれていることは解る。

 だから自然と、首を縦に振っていた。

 

 

 

「……やってみるよ。……お疲れ」

 

 

「……頼んだ。お先」

 

 

 

 別れの挨拶は実に簡潔なものだった。ネットゲームでログアウトする際にする、お決まりのもの。あの2ヶ月間のβテストでそうしたように。

 ディアベルも同様に返し、どこか晴れやかな表情で瞼を閉じる。

 

 彼はそのまま、二度と目を開けることなく──青白いポリゴン片へと姿を変えて四散した。

 

 

 

 

 

† † †

 

 

 

 

 

 硝子の砕けるような音がした。耳慣れてしまった……SAOでの命が終わる音。

 同時に、視界の端に映っていたレイドメンバーの名前とHPゲージの連なる場所で。

 ディアベルの名前が、表記を灰色に変えた。

 

 

 彼は、死んだのだ。

 

 

 誰かの悲鳴が聞こえた。嘘だとうわ言を呟く声が聞こえた。

 武器を取り零す音が聞こえた。力なく膝を折る音が聞こえた。

 

 悲しみが。

 困惑が。

 絶望が。

 諦観が。

 

 この無駄によく聞こえる耳へと届く。

 

 

「ディアベル……」

 

「……よりによって、お前が一抜けするのかよ…!」

 

 

 考えうる限り最悪の状況だ。

 情報と違うボスのスペックに加え、指揮官の喪失。

 既に壊滅せずともレイドが崩壊寸前なのは目に見えている。常識的に考えて撤退するべきだ。

 しかし。

 

 

(ここで逃げたら、きっと次が無い…!)

 

 

 今回のレイドですら上限人数まで用意できなかったのだ。これで被害を出して引き返そうものなら、今度こそクリアを諦めて引きこもる奴ばかりになる。

 そんな分水嶺に立たされた状況で、撤退の指揮なんて誰が取れるだろうか。下手をすれば、果敢に戦い死んだディアベルと比較されて、一生後ろ指を指されるだろう役目など。

 

 というかだ。

 そもそもの問題として、このボスが逃がしてくれる気がしない。

 

 

「グルォウ!!」

 

 

 一声吠え、コボルド王が右手の長刀を左腰の方へ回すように構える。鞘こそないものの、あの動きは居合切りに酷似して──

 

 

「…!?ストレア下がれ!」

 

「ホルン!」

 

 

 背筋にひやりと冷たいものが走った。

 昔見たゲームやアニメの記憶から横薙ぎの斬撃と予測し、咄嗟にストレアの前に飛び出て《リーバー》を起動する。

 直後、視界前方のボスの巨躯が爆発的な速度でこちらに飛び込んできた。

 

 タイミングが読めたわけではなかったが、こちらの斬撃の生み出した弧にちょうど相手のソードスキルが衝突した。甲高い金属音と共に火花が散り、相手の突進の勢いに負けてこちらだけ2mほど弾かれる。

 紙一重だが防げた。次も成功できる自信はないが。

 

 床の上を転がったこちらを見ていたストレアの口が悲鳴を奏でそうになるのに先んじ、声を張り上げる。

 

 

「スイッチ!!」

 

「…っ、任せて!!」

 

 

 気遣わしげだった表情がすぐさま切り替わり、彼女の人形のように整っていた顔が戦意に染まる。

 ストレアが《アバランシュ》を起動、そのままソードスキルの技後硬直の残るボスへと剣を振り下ろす。が、体勢を崩すほど強く武器を弾けなかったせいかすぐさまボスは動き出し、彼女の剣は切っ先で浅くコボルド王の毛皮を斬るに止まった。

 HPの減少量を確認してみたが、先ほど僕が食らわせた不意打ちの方が幾分か削れている、というレベルで軽傷。

 

 ストレアへの攻撃を《投剣》で牽制しつつ離脱させ、戻ってきた彼女の様子を窺う。……すごく悔しそうにしている。多分、さっき一瞬僕に注意を向けてなければ届いた、とか考えてるのだろう。

 

 

「……気にすんな。切り替えていこう」

 

「ごめんね…アタシがそっちやれれば良かったんだけど……」

 

「ストレアの攻撃速度であいつの斬撃対応すんの無理でしょ…とりあえず、この状況をギリギリ維持できればまだ何とかなる」

 

 

 嘘だ。ストレアに悟られぬよう、唾を飲み込む。

 

 左手でポーチをまさぐってみているが、あれだけストックを詰め込んでいたはずのダガーはもう3本程度しか残っていない。

 牽制で距離を取らせているからこうして会話の余裕があるが、この息をつける時間が作れて、あと三度。厳しいと言わざるを得ない。

 

 何より、一撃一撃が尋常でなく(はや)く、鋭い。ソードスキルの出力にも集中力を要することを考えると、仮に武器が無事でもあと何度凌げるか。

 《曲刀》に雰囲気が似ているだけで性能が段違いに攻撃的だ。僕にもそっち使わせろ。

 

 つまるところ物的にしろ人的にしろ、消耗著しいのだ。

 どちらかが潰えた瞬間、この薄氷の拮抗状態は破綻する。

 

 

(キリトとアスナはまだか…!もう長く持たないんだけど!?)

 

 

 焦りを口にしないようきつく歯を食いしばる。

 そして。

 僕の想像しなかった形で、拮抗状態は崩れ去ることとなる。

 

 

「……グ?」

 

 

 何の脈絡もなく、ボスの視線が動いたのだ。

 また情報にない挙動でも取るのかと警戒するこちらをよそに、視線は対峙していたこちらからか外れ、後方へと。

 何を見ているのか、と問う前に、ふと思い出す。

 そちらに誰が居るか。

 

 

「……まさか」

 

 

 ストレアが警戒を外していないのを確認し、手早くボスの視線の先を辿る。

 

 その先には、撤退中の一つのパーティーが居た。

 全員のHPが2割近くまで減った、壊滅寸前のパーティー。

 憔悴しきった……5人組。

 

 僕の最悪の予感が的中していた。

 この怪物は、より弱っている獲物へ狙いを定めたのだ。

 

 騎士ディアベルを目の前で喪った、彼の仲間たちへ。

 

 

 にいぃ、と怪物の頬が嗜虐的に歪んだ。

 

 半瞬遅れてストレアも気づいたようだが、僕も彼女も僅かに遅かった。

 咄嗟に押さえるために前に出たこちらに目もくれず、頭上を跳び越えてコボルド王が駆け出す。撤退中のC隊に向けて。

 

 

「C隊の人が!」

 

「分かってるよ!」 

 

 

 ボスの着地で生じた揺れに足を取られつつ、急ぎ追いすがる。

 コボルド王はそのふとましい身体に見合わぬ疾走でみるみるうちにC隊へと近づき、同時にこちらを引き離していった。

 彼らも気づいたようだが、心身ともに疲弊している為か逃げる足取りもおぼつかない。このままでは数秒もしない内に間合いに捕まる。

 2mほどだった距離が既に3mになっている。これ以上はマズい。

 

 

 《投剣》で注意を引くことも考えたが、撤退中の味方が射線上だ。外した場合が怖い。何よりその程度で足を止めてくれるとも限らない。

 ……分の悪い賭けになるが、やるしかない。

 

 僕は咄嗟に、駆ける為に回していた足を止め、床を踏みしめた。

 

 

(たしか……モーションに沿って、かつそれを後押しするイメージ!!)

 

 

 キリトが言っていた小技の内容を反復しつつ、《フェル・クレセント》の起動にかかる。

 通常スペックで4mの距離を食い潰せる突進技なら、あるいは。そんな博打だった。

 

 

 右脚が悲鳴を上げた。現実だったらアキレス腱辺りが切れていたと思う。

 構わず床を蹴り砕く。

 

 風圧で背骨がきしんだ。人体が出すにはあまりに急加速だったのだろう。

 知ったことか、歯を砕かんばかりに噛みしめて耐える。

 

 引き絞った右手が震えた。インドア派の僕の細腕で金属の塊を振ってるんだ、こうもなろう。

 関係ない、絶対に取りこぼさないためにきつく握る。

 

 

「と・ど・けぇ!!」

 

 

 瞬間、僕の身体は一陣の風となった。

 瞬きすらできぬ刹那に景色が流れ、裂帛の気合と共に繰り出した切り上げがシステムによって保障された4mを僅かに超えた。手を伸ばしても届かなかったコボルド王の背を、オレンジの残光を纏う刃が捉える。

 振り向いた目が驚愕に見開かれ、次いで、右わき腹から背を大きく裂かれた苦痛に歪んだ。

 

 

「グガァアアッ!?」

 

 

「……ハハッ、やれば出来るもんだねぇ!」

 

 

 吹き上がる鮮血色の光は不意打ちを食らわせてやった時より多く見える。会心の手応えとその鮮やかな赤に、思わず高揚した気分のまま軽口が漏れ出た。

 この瞬間、僕の快進撃が終わると知らずに。

 

 

 ボスがぴたりと足を止め、ゆっくりこちらへと向き直る。

 うまいことC隊から注意を外せたことに安堵するが…何やら様子がおかしい。

 

 その顔はより一層凶悪に歪められ、口の端から唾液を零しながら唸る様は、見間違えようもなく怒りに染まっていた。

 咄嗟に被捕食者としての臆病さが僕に一歩、足を後退りさせる。

 

 

「グルルルル……」

 

 

「……そんな情熱的な目を向けないでくれよ。照れるだろ」

 

 

 頬を一筋の汗が伝って落ちた。

 存在しない血流の荒れ狂う感覚と、鳴らないはずの心臓の鼓動すら感じる。

 

 

「ホルン前出すぎだよ!……《ウォークライ》!!」

 

 

 タイミングよく追いついたストレアがスキルを発動した。あのスキルは確か、《トールバーナ》に来る道中何度か使っていたものだ。周囲のモンスターの注意を引く代わりに攻撃力を増加させるものだったはず。

 ピクリと、ボスの視線が動いた。

 

 

「ストレア助かる!これで…」

 

「え……なんで…?」

 

 

 下がれる、そう続く予定だった言葉がストレアの困惑した声に遮られる。

 訝しむ時間は必要なかった。

 ぞくりと、背後から感じた何かに身体が竦む。

 振り向いた先にはコボルド王が居た。……どういうわけか、ストレアではなく、僕を睨んでいる。

 

 

(──ヤバい)

 

 

 恐怖で身体が硬直する寸前、バックステップを選べたのは奇跡に近い。

 直後眼前を鋭い風切り音が通り過ぎ、一瞬前まで僕の居た空間をボスの振るった長刀が両断した。仮想の身体に汗が噴き出る不快な感覚と、叩きつけられた殺意が僕の思考を奪っていく。

 獣頭の怪物は忌々し気に唸り、大きく息を吸い……一拍開けて、咆哮。

 

 

「ガア‶ア‶ア‶ア‶ァ‶ァ‶ッ!!」

 

 

(ヤバいヤバいヤバいヤバい!?めちゃくちゃヤバい!!)

 

 

 もはや戦術的選択もクソもない全力疾走での逃走。その背後に怒り狂ったコボルド王が迫る。

 鬼ごっこの立場は一転、今度は僕が追われる側となる。

 

 

「《ウォークライ》!《ウォークライ》!!なんで!?アタシの方を見ない…ホルン逃げて!!」

 

「言われなくても逃げてるよ!!?」

 

 

 攻略本には背を向けたら斬られる、なるべく体を前に向けて撤退すること、との記述があったが。そんなことを気にしていられるほどの余裕などない。

 逃げなければ死ぬ。

 足を止めたら死ぬ。

 追いつかれたら死ぬ。

 頭の中を死の恐怖が満たしている今、冷静な対処など不可能だった。振り向くな、少しでも早く、遠くへと。僕生来の臆病さがボスから全力で遠ざかれと警鐘を叩き鳴らしていた。

 背後から怪物の足が床を蹴る振動が伝わるたび、僕の仮初(かりそ)めの余裕が剥げていく。

 

 

──ズシン、と背後が揺れた

 

 もう幾ばくも無い距離に居る。呼吸が荒くなってきた。

 

 

──再び、ズシン、と振動が伝わる

 

 先ほどよりも近い。逃げきれない。歯の根が合わない。戦うしかないのか。

 

 

 

──唐突に、振動が消える

 

 どういうことだ、追うのを諦めたのか。それともキリトたちが止めてくれたのか。

 そんな楽観からつい、振り向く。

 

 

「……え?」

 

 

 そこに赤褐色の怪物の姿はなかった。あの3m近い巨体が、影も形もなく。

 一体どこに──

 

 

 

「前ぇ!!」

 

 

 

 初めて耳にした、ストレアの絶叫。

 直後、僕の視界の外…先ほどまでの進行方向から。轟音と共にひときわ強い振動が響き、僕の足を絡めとる。

 身体にかかった濃い影に咄嗟に振り向き直すと、先ほど見失った怪物の姿がそこにあった。

 なんで。さっきまで後ろに居たはず。

 

 

(まさかコイツ、僕の頭上を跳び越えて…!?)

 

 

 意図的に強く足踏みしていたのだろう。僕が恐怖に耐えかねて振り向く瞬間を狙い、最短ルートで獲物の不意を突くために。

 その結論に至るのとソードスキルが起動するのは同じタイミングだった。見覚えのある、下段からの切り上げ。

 ディアベルを屠ったソードスキルコンボの始動。

 慌てて横っ飛びで回避を試みたが、ボスの着地の衝撃に膝が笑っていた。思うように力が入らない。

 

 

「グルォウ!!」

 

 

「ひっ…!」

 

 

 反射的に迎撃を諦め、曲刀を寝かせてガードする。少しでも受け止められるよう刀身に添えた左手に、信じられない強さの衝撃が加わり。

 直後、足元の感覚が消えた。

 

 ディアベルほどしっかりした防具でない為か、僕のHPは始動技の切り上げだけで2割近くまで減った。

 

 力が入らない。

 

 ああ、ダメだ。

 

 死ぬ。

 

 

「ホルン!!」

 

 

「グッフ…ヴォア‶ア‶ア‶!!」

 

 

 ストレアの悲鳴をボスの嘲笑が塗り潰した。

 

 

 

 

 

 先ほどと打って変わり、景色の流れる速度が非常に遅く感じる。これが走馬灯という奴なのか。

 

 

(5秒…精々そのくらいかな)

 

 

 何もしなければ、何も起きなければ。

 僕の人生…15年生きた日々が、あと数秒で終わる。

 

 

 眼前にライトエフェクトによって紅く輝き出した刃が突き出されつつあるというのに、僕の心境はいたって穏やかだった。

 思い返してみれば1ヵ月くらい前にも死にかけたばかりだというのに、もう次が来たのか。相も変わらず、この世界の命は軽い。

 

 まぁでも、仕方ないのだろう。

 産声を上げることもなく死ぬ赤子が居るように、多くの子や孫に囲まれて眠るように息を引き取る老人が居るように。

 学校帰りの歩き慣れた道で通り魔に遭うように、旅行中の不慮の事故で永遠に明日を閉ざされるように。

 命の終わりは平等ではない。この不平等さだけが、平等に与えられている。

 

 だから、仕方ない。

 僕の人生の終着点が、このポリゴンで構成された世界というだけの話。

 

 もしくはあの5年前、一度僕を取り逃した死神が、必死にまた僕を捕まえに来たということなのだ。全くもってご苦労なことである。

 

 

 視界の先に広がるのが暗い川底ではなく、異形の怪物とその手に握られた凶器なのは異なっているが。僕の身体から抵抗を奪った恐怖のカタチは同じものだ。

 

 いつまで経っても脳裏から消えてくれなかった。

 この……浮遊感と、死の気配が。

 

 

 

(……まぁ、頑張った方だよね。うん、僕にしては頑張った)

 

 

 

 いじめられっ子のクソ陰キャが、自身をいじめていた連中よりもずっと怖い怪物相手に勇敢に挑んだのだ。

 嫌なもの全てから逃げた負け犬が、勝とうと必死になって戦ったんだ。

 十分だろう。

 本来ならどこで誰にも知られず死んでいた程度の脇役が、この大舞台で仲間を守って死ぬ。我ながらカッコつけすぎてる感じは否めないが、現実の自身の惨めさを思えば、ゲームでくらい許されるはずだ。

 

 

 だから、そんな顔して僕を見ないでくれ。

 頑張ったんだ。相棒(友達)なら、もっと誇らしそうに見送ってくれ。

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 ……死ぬのが怖くなるだろ。

 

 

「──笑って、ストレア(コトちゃん)

 

 

「ダメぇぇぇぇぇっ!!」

 

 

 

「う…オオオオオオ!!」

 

 

 ストレアの悲鳴の陰から、誰かの声がした。

 バリトンの利いた、太く勇ましい誰かの声。

 そして同時に、こちらの眼前まで迫っていた切っ先が、ボスごと大きく横に逸れた。

 

 

「グオォオウッ!?」

 

 

「ぐべっ!?」

 

 

 コボルド王の苦悶の声と顔面から床に叩きつけられた僕の声が重なった。……どうやら、床にファーストキスを奪われたのはキリトだけではないらしい。誠に遺憾。

 

 口に入った砂利を吐き出しながら身を起こすと、先ほど僕を救った何者かが、ボスを近づかせまいと立ち塞がっているのが見えた。

 ……多分、見上げた先でスキンヘッドから後光が差して見えたのは気のせいじゃない。

 

 

「すまん、遅れた!!」

 

 

「……は、はははは!最高だタフガイ!女だったら惚れてた!」

 

 

 あのボス攻略会議以来となるスキンヘッドの巨漢、エギルは。あの時と同様に、歯を見せて笑った。マジでエギルの旦那と呼ばせてほしい。

 

 

「ふっ、そいつは勘弁してくれ。あっち(現実世界)でかみさん待たせてるんだ。……下がって回復するんだ。こっちは俺たちが持たせる」

 

「……達、って。あんた以外誰が」

 

 

 続く言葉は必要なかった。

 エギルが肩をすくめたその瞬間、聞き覚えしかない足音と声が響き渡った。

 

 

「セヤアァァァッ!!」

 

「ハアァァァっ!」

 

 

 ボスの身体に新たに斜めの切創と鋭い刺創が刻み付けられ、生じたノックバックが巨躯をゴムまりのように弾き飛ばす。

 肩で息をする二人組はやはり、予想通りの人物。

 

 

「……待ちくたびれたよ。キリト、アスナ」

 

 

「はぁ…はぁ……無事で、よかった…!」

 

「……ふぅ、ごめんなさい。E隊の人たちに引き継ぐ前に、追加に捕まっちゃって」

 

 

 そう言う二人の服装も、よく見ればダメージエフェクトが刻まれたままだった。この二人がそうそう手傷を負うとは思えない。…余程無理をしたのだろう。原因はまぁ…僕なんだろうけど。

 流石に一言あった方がいいかと判断した僕が口を開くより先に、横合いから体当たりが飛んできた。柔らかいのに痛い、不思議な衝撃だった。

 

 

「ホルンっ」

 

「ぐぶっ…。その……ストレア…さん?」

 

 

 そう、ストレアだ。この1ヶ月を共にした暫定パートナー。両手剣使いの少女。断じてあの子ではない。

 なのにどうして、こんなに既視感を覚えるのだろうか。

 

 

「馬鹿バカばか馬鹿!!なんであんな無茶したの!死んじゃうところだったんだよ!?」

 

「……大げさだって。死なない程度にしか頑張ってないよ」

 

 

 心配させたくなくてそう返したのに、左手を掲げた途端彼女は目の前で大粒の涙を流して泣き始めてしまった。

 不思議に思って見てみると、僕の左手……というか左腕?が肘から少しを残して千切れていた。先ほど攻撃を受け止めた際に巻き込まれたのか、感覚がないなぁ、とは思っていたが痺れてたのではなく切断されていたようだ。

 次いで、それを見ていたキリト達まで表情が曇る。

 

 なんで?これ僕が悪いの?

 

 

「……なーかしたーなーかしたー。せんせいにゆってやろー」

 

「なんでそこで悪乗りするんよキリトくんや」

 

「普段お前がやってることだぞ」

 

「ぐうの音も出ない…!」

 

 

 なるほど普段の僕こんな感じか。やり返されると結構腹立つな。

 だからどっかで報復してやる。首洗って待ってろキリト。

 

 

「……はぁぁぁ。ともかくホルンくん、一旦離脱して」

 

「いや、右手残ってるしソードスキル使え「ダメ」…あの、ストレア?腕痛「ダ・メ!!」はい、下がります」

 

 

 ストレアどころか、キリトやアスナ、あまり会話の無かったエギルすら似たような表情だった。無情なる多数決の結果を受け入れ、僕は渋々後退することを受諾した。

 その際、ヘイト管理の関係で《投剣》の禁止まで言い渡された。回復するまで大人しくしてろ、ということか。

 

 事実上の戦力外通告だった。

 

 足取りが重いのは疲労だけが原因ではないだろう。

 心配してくれているのは分かるし、嬉しく思うが。それはそれとして複雑な思いが無いとは言えない。

 

 軽く振り向くと、先ほどまで僕が戦っていた場所で、僕以外の全員が戦っていた。

 たった20mそこらしか離れていないのに酷く遠くに感じた。

 まるで僕だけが置いて行かれているような、そんな感覚。

 

 我慢しきれず、言葉が漏れる。

 

 

「……ちゃんとカッコいい奴は、当たり前みたいに強いんだよなぁ」

 

 

 僕と違って。

 

 

 

 

「…………僕も、あっち側(カッコいい奴)に…なりたかったなぁ」

 

 

 少しだけ、胸の奥がずきりと痛んだ気がした。

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

 時間は少し巻き戻る。

 

 

「……ちゃんと下がってくれたか」

 

 

 キリトくんがそう言って息を吐いた。

 目の前で彼を…ディアベル氏を見送った為か、いつもに増して心配性だった。特に今回の件は、ホルンくんの何食わぬ顔で無茶をする悪癖との噛み合わせが最悪だ。気持ちは痛いほどわかる。

 

 

「エギル!」

 

「おう、そっちも何とかなったか」

 

 

 近くに先ほど合流した斧使いの男性、エギルさんのパーティーメンバーらしき数人がやって来た。

 チラッと見た程度だったが、彼らは彼らでA隊のメンバーと急に増加した取り巻きを処理していたらしい。タンク隊のメンバーは決して瞬間火力に優れるわけでもないのに、大したものだと思う。出立前も落ち着いていたし、頼りになる大人が居るのは心強い。

 

 

「それで……確か、キリト、だったよな。さっきの警告といい、ひょっとしてボスの動きを知ってるのかい?」

 

「…………ああ。あのボスが使っているスキルは《曲刀》じゃなくて《刀》…アインクラッド10層の敵が使うスキルだ」

 

 

 言葉少なく答えた彼に周囲がどよめいた。そしてそれは、私とストレアさんも同様だ。

 そして彼が口にした情報の真意を、この斧使いは正しく理解したのだろう。

 

 

「……なるほど。あんたがホルンの言ってた…」

 

「…………そうだ」

 

「わかった。なら、指示はキリト、お前さんに任せよう。俺たちのことはうまく使ってくれ」

 

「いいのか?」

 

 

 事実上、βテスターであると打ち明けたも同然なのに、彼らB隊の面々は軽い調子でそれを受け入れた。そればかりか、どう見ても年下のキリトくんの下に就くとあっさり言ってのける。

 もう少しばかり何か言われると思っていたのだろう、彼も拍子抜けしたかのように驚いている。

 

 

「命あっての物種だからな。それに、俺としてはあの坊やがあそこまで言ったプレイヤーだ。腕前が気になるってのもある」

 

「……助かる。アスナは今まで通りアタッカーを。それで、その…ストレア。きみは」

 

「エギルたちがタンクやってくれるみたいだし、アタシも攻撃に回るね」

 

「…………本当に、大丈夫か?」

 

 

 それはきっと、この場で一番ホルンくんのことを案じているであろう彼女が、彼のそばではなくここでボスと戦うことに遠慮があったのだろう。特に、私たちが遅れたせいで彼が負傷したとなれば、聞かないわけにはいかない。

 しかし彼女は袖で目元をぬぐうと、決然と首肯した。

 

 

「ここでボスを食い止めないと、またホルンの方に行っちゃう。だから、ここで戦うよ」

 

「……わかった。3人でのスイッチローテは複雑だから、状況に合わせて俺が名前で呼ぶ。あとは無理のない範囲で攻めてくれればいい」

 

 

「俺たちには何かオーダーはあるかい?指揮官殿」

 

「囲むとあの範囲攻撃が来る。なるべく取り囲まないようにして、攻撃は正面に立った人が担当するよう徹底してくれ。攻撃の軌道はこっちで指示する。無理にソードスキルで相殺しなくても、武器や盾で受ければ大ダメージは食らわずに済むはずだ」

 

「「「「「「了解!!」」」」」」

 

 

 こう言うとなんだが、正直意外だった。キリトくんは人の輪に入ることに苦手意識があったみたいだし、B隊の人たちへこうも遠慮なく指示を出す光景はなかなか感慨深いものがある。得手不得手がどうなどと彼を励ましたのを撤回するべきか。

 

 ……などと考えていた私の姿は、とんだお笑い種だったのだろう。

 

 気づいてしまったのだ。

 彼の右手が、剣の柄をきしませるほど強く握りしめられていたことを。

 その目が、冷たく燃えていることを。

 彼は落ち着いていたのではなく、()()()()()()()()()()()()と自身の振る舞いを律していただけであることを。

 

 

(怒っている…のかな)

 

 

 付き合いの短さを考慮しても、彼がこんな表情をしているのは見たことが無いし、するイメージが無かった。こういうのはどっちかというとホルンくんや……その、私がやっているような。

 そしてほぼ同じ気配を放つ人物がもう一人。

 ちらりと横目でその人物……ストレアさんを窺う。

 

 彼女もまた、平時に比べて静かだ。

 反面その据わった目は、ホルンくんに『お話』をする時とも違った激情を宿しているのが見て取れる。彼女にしてみれば苦楽を共にした相棒だ、心中穏やかでないことは分かっていたがこれは……大丈夫なのだろうか。

 何よりこう……剣の柄が上げる悲鳴のような音が。キリトくんのと違って壊れる寸前みたいな重さと生々しさのある音がする。ちょっと怖い。

 

 

「……ストレア、落ち着いて行動してくれよ」

 

 

 今のきみが言っても説得力無いんだけど。

 

 

「キリトこそ。可愛い顔が台無しだよ?」

 

 

 会話の調子は普段通りなのに目に光が無いのなんでかしら。

 

 

「……男に言う可愛いって誉め言葉じゃないんだよ」

 

「ホルンと同じこと言ってる~♪やっぱり仲いいね」

 

「…………ストレアさんも。冷静になって」

 

 

 ……?なんでだろう、二人が怪訝そうな目でこっちを見てくる。変なことは言ってないだろうに。

 

 

「……アスナ。言うか迷ってたけど、そう言うきみも目つきが険しいぞ」

 

「そうそう。眉間に皴寄ってるよ?ホルンみたいになっちゃう前にやめよ?」

 

 

 自覚は無かったが、そうなのだろうか。

 頬に触れてみると、確かに強張っている感じがする。

 というかストレアさんが結構酷いことを……彼の表情が険しい理由の一部、間違いなく貴女だと思うのだけれど。

 

 

 

 

「あー、そのだな……そろそろ奴さんもしびれを切らしたみたいなんで、切り替えてくれると助かるんだが」

 

 

 エギルさんが申し訳なさそうに声をかけてくるので大変気まずい空気になった。

 しかしそれも一瞬のことだった。最前線を走るプレイヤーとしての矜持か、すぐさま隊の空気が引き締まる。

 

 

「グオオオオオオアァァッ!!」

 

 

「──黙らせるぞ」

 

「──絶対に、許さない」

 

 

 …………やっぱりダメかもしれない。二人の放っている空気が剣呑すぎる。

 どうして普段血の気の多いホルンくんが離脱したら周りの人が殺気立つの?

 

 

 不謹慎なのは分かっているが。

 

 早くホルンくんに戻ってきてほしい。切実にそう思った。

*1
比喩表現無し




ホルン:なえぽよ。トラウマ刺激されたり劣等感燻らせておセンチな気分


アスナ:おこ。付き合いは浅いが思うところはある

キリト:激おこぷんぷん丸。直前に離脱者が居るので割と冷静じゃない

ストレア:カム着火インフェルノ。制御不能一歩手前


エギル+アニキ軍団:最近の若者コワイ
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