VRSAO アインクラッド 100%RTA 実績【誰が為の明日】獲得まで   作:クソ煮込みうどん

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異格ラップランド引けたので初投稿です。


戦闘描写難しすぎて吐きそうになりました…。そもそもこれでいいものか (´・ω・`)
今更ながら気軽にSAOの二次創作に手を出したことを後悔してます(震え声)

次回でようやく1層書き終わりそうです。長くなりましたが今暫くお付き合いください(白目)

今回試験的に敵側視点もやってみました。よろしければ改善案などオネガイシマス

追記:ちょっと戦闘部分描写増えました()


『死闘 獣頭の王』 3/3

 暇だ。

 

 

 壁際から戦場をただ俯瞰することとなった僕の感じたことはそれだけだった。つい先ほどまで感じていた死の恐怖や、戦場で役割の無くなる焦燥感は薄れ、ただひたすらに視界に映る戦局の変化を無為に眺める。

 

 視界中央、ボス部屋で最も広くスペースを取った主戦場では、キリトの指示のもとB・H隊の混成パーティーがボスを相手に大立ち回りをしている。

 決して深追いはせず、かと言って消極的にも攻めない。βテストの経験を総動員しているのだろうキリトが攻撃の合間に声を張り上げ、「右水平斬り!」や「左斬り下ろし!」など攻撃の軌道を伝えている。エギルの旦那を始めとしたB隊のサブタンク部隊も欲張らず、ソードスキルでの迎撃ではなく防御を多用している。

 そして長刀を捌くと一転攻勢。我らがみそっかすパーティーが幾たびもボスの樽のような腹を切りつける。……ストレアも攻撃に回っているようだが、普段に比べて動きが雑だ。動きに余裕がないし、前に出すぎて他二人の呼吸を崩しかけている。僕と組んで長いせいか、火力出せる奴と呼吸合わせるのが苦手だったのかもしれない。

 

 そして視界左方、退路となるべき迷宮区側の扉の方では、ボスから離れた場所でぽつぽつとセンチネルと戦うパーティーの姿が見える。

 武器が情報と違うことに意識を持っていかれがちなボス戦だが、やはりと言うか取り巻きの湧き数にも変更が加わっているらしい。今では壁面上部の穴から定期的に4体のセンチネルが飛び降りてきていた。

 こちらの対処は本来の取り巻き担当であるキバオウ率いるE隊を中心に、回復は済んでいたがC隊にボスを譲って下がっていたD隊、比較的被害が少なかったG隊が主な戦力と言ったところか。

 

 ボスの攻撃を受け続けたA隊、G隊に比べてHPが心もとないF隊が固まって反対側の壁面付近に下がり、所在なさげにしているのも見えた。

 幸いなことにボスからも取り巻きからも狙われていないので、当面は安全だろう。

 もっとも、あちらも状況の変化に追いつけていないようで攻めにも守りにも動いていないのは不安が残る。

 

 こういう時に全体の意思統一の為にパーティーリーダーとは別にレイドリーダーが居たのだが…肝心の総指揮を執っていた青髪の騎士はもう居ない。ディアベルの退場が痛すぎる。

 

 

(……行くも地獄、戻るも地獄…か。せめてどっちかマシならなぁ)

 

 

 他人事のように冷めた考えがため息と共に零れ出る。

 こうして見ていると不思議なもので、当事者だった時は命がけの戦闘をしていたはずが、遠目に見ているとHPゲージや無駄に派手なライトエフェクトのせいで、僕がリアルに感じていた戦闘の感覚がどこか勘違いに思えてくるのだ。

 実況や解説のない、自身のプレイングをアップロードしただけの残念な動画を見ている気分というか。他人が楽しそうにゲームをしているのを見せつけられてるだけのような、そんな感覚。

 

 

 

「ディアベルさん……」

 

 

 

 ともあれ緊張の糸がぷっつり切れてしまったわけだが、それと共に先ほど感じていた負の感情も幾分抜けてくれたのは僥倖だと言える。

 多少冷静になって見返してみた僕の…『ホルン』の有り様はなかなか酷いものだった。

 前腕の千切れた左腕に、刃こぼれの増えた曲刀。

 おまけに胴には左わき腹から胸当ての左上の留め具付近まで、誤魔化しようのない巨大な切創が縦に刻み付けられている。

 文句のつけようのない負傷兵だった。こんな分かりやすく弱ってるのが近くに居たら気が散って仕方ない。キリトたちもそりゃ下がらせたがるだろう。

 

 

 

「もう無理だ…」

「やるんじゃなかった…こんなゲーム……!」

 

 

 

 もっとも、傷口に見えるダメージエフェクトが存在しているだけだ。流石のSAOも、切断面や傷口のモデリングまでは存在しない。それらのモデリング部へのダメージ表現は、赤いライトエフェクトと傷口付近のテクスチャをメッシュ表示に置き換えることで成り立たせている。

 ……まぁこれに関してはナーヴギア購入時に、年齢制限の下限が13歳に定められているせいで過激な再現などできなかったのだろう。あるいは、茅場が過度なリアルさの追求はゲームとしてナンセンスだと考えたのかもし

 

 

 

「なぁホルンさん…オレたちはどうしたらいい……」

 

 

 

 名前を呼ぶな。幻聴ってことにして聞き流そうとしてたの無駄になっただろうが。

 

 僕の口から本日通算7回目となるため息が出た。今日イチ重くて長い奴。

 ただ今回の場合、リンド達C隊の面々が萎びているのは100%僕のせいだった。

 壁際で彼らに会った際のことだ。

 

 

 

──……一応聞くけど、ディアベルは?

 

──(((((´;ω;`)ブワッ

 

──ごめんて

 

 

 

──あー、その。お互い生き残れてよかったね…?

 

──……そうだな

──でもリーダー…ディアベルは……!

──(((((´;ω;`)ブワッ

 

──ごめんて

 

 

 

──……まだ、礼が言えてなかったな。救援…感謝するよ

 

──いいって。目の前で死なれると気分悪いから助けただけだよ

 

──そう…だな……

──……ディアベルは、オレたちの目の前で…

──(((((´;ω;`)ブワッ

 

──だからごめんて

 

 

 

──……

 

──……

 

──(((((´;ω;`)ブワッ

 

──せめて何か言ってから泣けよぉ!一応ごめん!!

 

 

 

 こうして今に至る。……声かけたタイミングの僕まだ死にかけて冷静さが無かった時だし、大目に見て無罪ってことにならないだろうか(震え声)。

 

 それにしてもひどい状況だ。つい先日キリトのケアしたばかりなんだけど?なんでもう次が来てんだよ。別にメンタルクリニック開業したわけじゃないんだが?

 というか今度はほぼ他人の成人男性5人とかふざけてんのか。知り合いでの同年代一人相手するだけでも相当疲れたんだけど。いじめだろこれ。

 

 

「……とりあえず、いい加減回復しなよ」

 

 

 変にあれこれ考えるとまた失言しそうだったので、頭に浮かんだ言葉をそのまま出力する。気まずさをポーションで流し込めば、口の中に広がる得も言えぬ味わいに顔をしかめた。

 本日2本目、SAOに来てからは10本近く飲んだはずなのに不思議と毎回不味い。『まずい、もう一杯』とならない飲む不快感。慣れが来ないというのは新鮮な感覚だが、そういうのはプラスの経験であってほしかった。

 

 僕の服用したポーションは序盤の回復アイテムということもあって性能が悲しくなるほど低い。ざっくり不満点を列挙すると回復が遅い*1、効果が重複しない*2、シンプルに不味い*3、等だ。

 

 特に上二つが足を引っ張っており、手傷を負うとすぐに復帰ともいかないのがもどかしい。

 その為、壁役がポーション1本で回復できる量のダメージを受けたら後衛とスイッチ、という繰り返しで被害を分散するのがSAOにおける戦闘のセオリーらしい。これをPOTローテと呼ぶそうだ。今は悲しくなるくらい機能していない。

 

 

「回復して、どうするんだよ……」

 

「もっかいボス戦」

 

「……なんで…そう言えるんだよ!あんただって死にかけたばっかだろ!?」

 

「正直僕も行きたくないけどさぁ」

 

 

 なんならHP2割以下(レッドゾーン)行ったしお前らより死にかけてるよな僕、と今更ながら思う。

 もう十分働いたしあとよろしく……そう言えれば楽だったのだが。

 

 

 

「エギル!!」

 

「右水平斬りだな!?任せろ!」

 

 

 

 聞こえてしまったのだ、彼らの声が。

 

 

 

「ストレアさん落ち着いて!前に出過ぎよ!」

 

「大丈夫…このくらいっ!」

 

 

 

 彼女たちの声が。

 

 

 あそこに居るのは僕のパーティーメンバーで。

 

 僕を仲間と言ってくれた奴らで。

 

 僕をパートナーだって言ってくれた奴で。

 

 僕を……友達だって言ってくれた奴なんだ。

 

 

「あいつらを見捨てて逃げたりなんかしたら、僕は明日笑えない」

 

 

 どこの辺りから口にしていたか定かではないが、言葉を堪え切れなかった。

 稚拙で、幼稚で、ありふれた綺麗ごとだった。リアルの僕なら口にできないような……思い出して、布団の上で転がりたくなるくらい恥ずかしい。

 でもきっと、僕の本音だ。

 だから逃げない、逃げたくない。

 

 

「……行ってくるよ。もう一度」

 

 

 信じられないものを見るような目を向けられた。彼らにしてみれば僕は自殺志願者か何かだろう。僕も反対の立場ならそう思う。

 リンド達の気持ちもわかるつもりだ。今でも自分の正気を疑っている。

 

 でもあそこに居る凄い奴らが、僕なんかを待って戦ってるんだ。

 尻尾巻いて逃げるなんてダサいとこ、見せるわけにもいかないだろ?

 

 なけなしの勇気と意地を振り絞り、頬を吊り上げる。

 この程度の状況どうとでもないと言わんばかりに。

 

 胸を張れ、背筋を伸ばせ。

 

 笑え、『ホルン』。

 

 

「……C隊全員、聞いてくれ。ボスは僕らの方でどうにかする。あんた達は反対の壁の方に居るA・F隊の回収と、E隊たちの方に合流してセンチネルを黙らせてくれ」

 

「無茶だ…今までの流れ見てただろ!タンク2部隊で攻撃流して、オレたちとD隊で削って、長物でスキルの妨害までしてようやくここまで来たんだぞ!それだって、あんたのとことE隊に取り巻きを任せてやっとだ!今受けてるB隊も長くは持たない!それを1パーティー……いや、欠員が出てるから1パーティー未満だ!できるわけがない危険すぎる!!」

 

「幸いなことにうちのパーティー、ディアベルに再編成とかされなかったからアタッカーもタンクも居るんだよね。……だから、僕がサポートに回れば単体で機能するパーティーになる。もうレイドとしての機能は期待できないし、少数精鋭ってことでひとつヨロシク」

 

 

「やめてくれ…あんたらに死なれたらリーダーに……ディアベルに合わせる顔が無い…!」

 

「どうやって顔合わせるんだよ。死んで会いに行くの?やるなとは言わないけど、やるならボス戦終わってからにしてほしいね。今は人手が欲しい」

 

 

「なんで…そこまで……!!」

 

 

 理由ならさっき言っただろ、小恥ずかしい奴を。耳腐ってんのか。

 

 煽るのは簡単だったが状況が状況だ、それくらいの分別はある。何より彼らがこちらの身を案じてくれているのを強く感じた。どうやら本当に僕はディアベルに買われていたらしい。

 だがこれ以上説得に時間をかけていられない。後は好き放題言わせてもらおう。

 

 

 

「キリトがあそこで戦っている。ディアベルの最期の言葉を聞いたはずのアイツが」

 

 

「……ディアベルはきっと、僕らに逃げろだなんて言っていない」

 

 

「ディアベルは僕らに、勝利を託して死んでいったんだ。なら…やるべきことなんて一つだろ」

 

 

 曲刀を引き抜いて立ち上がる。

 もう制止の声は聞こえなかった。

 

 

「立ちな諸君。仕事の時間だ」

 

 

「死ぬ気になる前に、殺す気で戦ってみようぜ?」

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

 β版と異なるコボルド王との戦闘は俺の記憶にあるどの戦闘よりも苛烈なものとなった。

 一太刀ごとに細心の注意で受け流し、その僅かな隙に攻撃を捻じ込む。そしてソードスキルの起動が見えた瞬間声を張り上げ後退を促す。

 これらの攻防の間に目まぐるしく減るB隊メンバーのHPに気を配り、受け役の交代を指示するのはなかなか骨が折れる。やはり騎士ディアベルの真似事を出来るほどの才覚は俺には無いらしい。

 しかし辛うじて食いつけているのはメンバーの質もさることながら、2か月前のβテストで覚えた《刀》スキルの知識あってだと思えば、そう捨てたものではないだろう。この一点に於いて俺はディアベルに勝っていた。

 

 《刀》は両手武器でありながら軽くしなやかな刃を持ち、間合いで片手武器を凌ぎつつも剣速はほぼ同等、というかなり厄介な性能をしている。その上ソードスキルは軽微ながら出血などの状態異常判定を持ち、気軽に受けろとは口が裂けても言えない。

 かつてβテスターを阻んだアインクラッド10層迷宮区《千蛇城》の番人、《オロチ・エリートガード》との戦闘もそうだった。プレイヤーには存在すら開示されなかったスキルに翻弄され、幾たびもパーティーやレイドが壊滅した。

 俺も何度も敗北を喫し、それこそ死にながら挑み続けて最終盤にようやくすべてのスキルの予備動作(プレモーション)を把握したものだ。……他の連中のように迷宮区攻略に明け暮れるより対処方法を見つけてあとからペースを上げた方がいい、という利己的なソロプレイヤーの鑑のような行動が今の俺を救っているのは感慨深いものがある。

 

 そしてこのボス…仮称二代目コボルド王だが、脅威でこそあるがステータス値は前コボルド王から変更されてはいないようだ。こればかりは安心した。HPや攻撃力まで上昇していたら目も当てられなかった。

 それどころか前コボルド王の湾刀(タルワール)と違い、二代目の用いる刀──恐らく分類的には野太刀──は俺の片手剣でも、ソードスキルに限るが相殺は可能だった。これに関してはホルンが事前に曲刀で弾けるのを実演してくれたのが大きい。細く軽いという特性に救われたということだろう。

 

 

「……っく…!キリトごめん、回復入る!」

 

「わかった!アスナ、カバーに行ってくれ!」

 

「了解!」

 

 

 しかし反面間合いの延長、攻撃速度の強化、攻撃範囲の多彩化などは前コボルド王をはるかに上回る。そのくせ攻撃力はボスの潤沢なステータス恩恵もあってかかなり高い。

 弾くだけならホルンのようにタイミングを合わせるだけで済むが、これはガードブレイク判定を取られるせいでHPがじわじわ減らされる。完全に相殺するには《スキルブースト》を用いる必要があった。

 武器で受けるのだって無敵じゃない。特に《武器防御》スキル無しでのガードでは直撃よりはマシ、という軽減具合。タンク隊のエギルたちがいくらVIT(生命力)を盛ってHPや防御力に補正が乗っているとしても、いつまでも受けていられるわけではないのだ。

 必然的にタンクの6人と時折りそちらのカバーに行ってるストレアは少しずつだが確実に消耗し、俺の集中力もあと何度相殺に持ち込めるか怪しくなりつつある。

 

 

(どこかで攻勢に出ないと、ダメージレースで磨り潰される…!)

 

 

 欲を言うならボスをガードブレイク状態に持ち込んでの全力攻撃(フルアタック)、という形で攻め潰したいところだが、難しいだろう。

 流石に《スキルブースト》込みでも片手剣では相殺が限度だ。完全にボスの武器を弾き飛ばして体勢を崩させるには、エギルの両手斧かストレアの両手剣でのパリィが望ましい。

 しかしこれらの武器は重量があるせいで振りが遅く、その為先行してあの剣戟を受け止める誰かが居る必要がある。組んだことのないエギルは当然として、今のストレアに合わせるのは……。

 

 

「っ!?キリトくん!」

 

「どうし──」

 

 

 アスナの警戒に反応して足を止めた俺の目の前で、コボルド王が急に刀を腰だめに構えた。

 あの構え…《辻風(ツジカゼ)》か?いやそんなはずない、あれは突進技だ。一定距離まで踏み込めば撃ってこない。でもああして左腰の方に刀身を回す構え方は《辻風》か《絶空(ゼックウ)》、あとは《旋風(ツムジカゼ)》くらいのはず。

 そうして一瞬、俺の思考に空白が生まれた。コボルド王はそれを見逃さず、口元に嘲笑を浮かべながら全力で()()()()()を繰り出す。

 

 しまった…!そう思う間もなく、咄嗟にソードスキルを起動しようとしてしまった俺たちを黒鉄色の暴風が薙ぎ払った。

 

 

「がはっ…!」

 

「ぐぅ……!」

 

 

「キリト!アスナぁ!」

 

 

 俺たちはそれぞれ苦悶の声を残して弾き飛ばされ、床を転がりながらドップラー効果で揺れるストレアの悲鳴を耳にした。

 2mほど転がった先でからHPゲージを確認すると、下がっていたストレア以外の8人がそれぞれ1割前後のダメージを受けている。

 

 

(ボスモンスターがフェイントだと……!?こんな攻撃パターン、βでは一度も…)

 

 

 まさか戦闘アルゴリズムのアップデートが加えられていたのか。

 それとも俺の見落としてしまった攻撃パターンがあったのか。

 

 しかし今ので完全に流れを動かされてしまった。まずい、今追撃のソードスキルが来たら全滅する…!

 

 

エギル…みんな……!……ホルンだけじゃなく、みんなまで…っ!!」

 

 

「ストレア…ダメだ……きみは回復がまだ、終わって…!」

 

 

 こちらの静止の声を無視し、泣き出す直前の子供のような声を残してストレアが吶喊する。アスナやエギルも必死に声を上げて止めようとしたが彼女の耳には届かなかったらしい。瞬く間に両者の距離が縮まる。

 

 

「グゥ?」

 

 

「やああぁぁぁっ!!」

 

 

 怒り任せに繰り出された《アバランシュ》。平時のように《隠蔽》で気配を消しての奇襲ですらないそれはボスに容易く気取られ、ボスの構えた野太刀の刀身に阻まれる。

 金属音が弾け、ボスの巨躯が僅かに後退する。思ったように斬撃が通らずストレアの形のいい口元が歪む。

 防御の上から殴り飛ばされたことと僅かに減った自身のHPを気にしてか、ボスが目を細めてストレアに狙いを変えた。今ので彼女の両手剣を警戒してしまったようだ。

 

 

「浅い…!ならもっと踏み込んでっ!!」

 

「グルル…ゴアアアアッ!」

 

 

 地の底から響くような咆哮と共にボスが刀を構え直す。

 刃を天井に逆立て、切っ先を床に向けて突き出す。確かあれは…昔祖父に剣道を教えられていた時に、下段正中構えと呼んでいたものだ。

 

 そして同時に、この世界では《刀》を魔剣足らしめたとあるソードスキルの予備動作で……。

 

 

「ッ、ストレア止まれ!《幻月(ゲンゲツ)》が来る!!」

 

「あの構えなら切り上げでしょ!アタシが止める!」

 

「違う!あのスキルは…!」

 

 

 通常の剣技であれば、彼女の読みは正しい。あの構えは下半身に添えるようにした刀身で足を守り、それを避けてがら空きの上半身への攻撃を誘導し、そこを下段からの切り上げで捌くという…どちらかと言えば防御に寄った構えだ。

 だが刀の刀身ではいくら綺麗に受けようと両手剣の質量を止めきれない。その為ストレアの言うように切り上げごと叩くつもりで攻めるのも、乱暴ではあるがアリな選択肢だ。

 

 しかしこれは《幻月》には当て嵌まらない。

 突如として、彼女に向かって切り上げを放っていた刀身が、彼女の振るった両手剣をすり抜けるように半円を描いて()()()()()()()()

 ストレアの目が驚愕に見開かれ、ボスは反対に嘲笑を浮かべて応じた。

 

 

 《刀》のソードスキルの一つである《幻月》は、『同じ構えから上段・下段の縦切りがランダムに繰り出される』というおよそ類を見ない設計をされたスキルなのだ。

 恐らくこれは二種類の縦切りスキルを単一のスキルとして一括りにして実現した挙動なのだろう。かく言う俺も太刀筋は読み切れず、狙って対処できたことは一度もない。

 その為、最終的に《幻月》の対処は迎撃ではなく、モーションを見た瞬間に回避行動を取るという消極的なものになった。

 

 

 そんなことを知らないであろうストレアは、頭に血が上ったまま全力のソードスキルを繰り出してしまった。狙いの外れた剣身は鈍い風切り音を立てながら虚空を切り裂き、その重量が彼女の体幹を一瞬よろめかせる。

 そしてそれは初撃で刀身を打ち払い、二撃目でボスを切るつもりで《ブラスト》を起動していたストレアには致命的な隙。

 

 

「──うそ」

 

 

「グオゥ」

──まず、一人

 

 

 そう言わんばかりに牙を剥いたコボルド王が、俺たちの目の前で、構え直された刀身に群青色のライトエフェクトを纏わせて振り下ろす。

 ストレアの現在HPは4割前後、ノーガードで受けていい数値ではない。何より彼女はスキル起動中だ。これで《幻月》の直撃を受ければ、《ブラスト》を強制中断されてペナルティが彼女を更に縛り上げるだろう。そうなった場合、追撃は確実に防ぐことも避けることも叶わない。

 

 

(動けよ、早く…!!)

 

 

 痺れの残る身体に鞭打つも、その動きはひどく緩慢なものだった。アスナやエギルたちも慌てて身を起こしているが、その表情は絶望の色が浮かんでいる。

 焦りは思考のみを極限まで加速させ、俺の視界にはどうしようもなく間に合わない、ストレアに振り下ろされる凶刃の軌道だけが焼き付き──

 

 

 

「──まったく、世話の焼ける」

 

 

 

 俺の横を通り抜けた突風が、そんな呟きを零した。

 横目で追った先にはオレンジの残光と、かすかな影だけ。

 

 

 

「グルオォウッ!!」

 

 

 

 

 次の瞬間、ストレアの首筋に振り下ろされるはずだった刃は。

 

 

 

 

「せー…のォッ!!」

 

 

 

 

 彼女とボスの間に滑り込んだ影の主が振り上げた、三日月のように輝く刀身と切り結び、火花を咲かせて()き止められた。

 散り咲くオレンジの光が剣士の顔を照らし、そこにワインレッドの瞳を鮮やかに輝かせる。

 

 

 

「《フェル・クレセント》…ホルンっ!!」

 

 

 

 少年の復帰にストレアの目に光が戻った。

 

 

「そのままぶちかませ!!」

 

「っ、やああぁぁぁーっ!!」

 

 

 ほぼ同時に、彼の檄の声に反応するように《ブラスト》の二撃目が解き放たれる。それはホルンが固定した野太刀の刀身目掛けて振り抜かれ、衝突。

 重い金属音と衝撃がボス部屋内を駆け抜け、小さな風を吹かせる。火花というよりは花火のような光を撒き散らし、切っ先が明後日の方向に逸れた。

 視界の先、ボスの樽型の腹が大写しになった瞬間、彼の顔がこちらに向く。

 

 

「スイッチぃ!!」

 

 

「──アスナッ」

 

「ええ!」

 

 

 起き上がりかけの姿勢から俺とアスナが疾走を開始する。地を這うような超前傾姿勢からの突撃、同時並行で各々の剣を構え、ソードスキルを放つ。

 寸前にホルンがストレアを抱きかかえて飛び退き、視界の先にはガードブレイク状態のコボルド王ただ一人。

 その異形の顔に、驚愕と焦りが見えたのはきっと勘違いではない。

 

 

「はあアァァァッ!!」

 

「──シッ!!」

 

 

 俺の絞り出した裂帛の声と、アスナの零した鋭い気勢が重なる。

 そして寸分違わぬタイミングで《レイジスパイク》と《リニアー》がボスを襲い、手に伝わるのは最高の手応え。確かな芯を捉えて撃ち込まれた衝撃が巨体を弾き飛ばす。

 

 

「グルゥッ!?」

 

 

 会心の一撃に見合ったノックバックはコボルド王を自らの座していた玉座の残骸まで飛ばし、瓦礫の山へ突き刺さることでようやくその勢いを止めた。

 盛大に上がった土埃を掻き分け、呻き声を上げながら身を起こしたボスの視線が、ある一点を凝視し止まる。

 

 ピクリともしないボスの視線の先を辿ると……件の少年がそれはもう楽しそうに、中指を立てて嗤っていた。

 

 

 

「また会えたねぇ、おデブちゃん♡」

 

 

「~~~ッグオオオオオオオオオオアァァッ!!

 

 

 

 歯軋りの耳障りな音と共にコボルド王が怒りの咆哮を上げる。人語を理解しているのではないかと思うくらい、ホルンの煽りに怒り狂っていた。

 野太刀を振り回しボスが何やら喚くと、急に周囲のセンチネルたちがこちらへと狙いを変えて駆け出す。ゲージ移行前に低頻度で使う、ターゲット指定のデバフ行動。正式サービスでは武器変更後でも使ってくるようだ。

 移行前、3体程度なら何とか捌けた。しかし今や4体ずつ、それも定期的に際限なく湧いてきている。今現在で7か8体、これら全てに狙われながらのボス戦は不可能だ。

 悪化した状況に思わず冷や汗を垂らすが、不思議なことに、その敵意の中心点に居るはずのホルンは焦ることもなく眼前のボスを薄笑いで見つめていた。後ろを振り向きもしない。

 

 

「ホルン何を…」

 

「大丈夫。雑魚は任せてきた」

 

「任せたって…誰に」

 

 

「ボスの方に…彼らの方に行かせるなぁ!!」

 

 

 疑問への解を得る前にその答えは明らかとなった。

 振り向くと、数名の剣士がこちらに背を向け、駆け寄ろうとするセンチネルの前に立ちふさがって武器を振るっていた。鎧の汚れを払うことも、乱れた髪などもそのままだが、その声と顔には確かな戦意が宿り燃えている。

 

 

「あいつは確か…C隊のリンド……」

 

 

「ここで諦めたら、全部台無しになる!ここまで戦ったことも、ディアベルさんが死んだことも!あと少しで届くんだ!!あと少しだけ、諦めないでくれ!!」

 

 

 声を張り上げ、必死の形相でセンチネルの足止めをしている。つい先ほど、死体のように青白い顔で壁際に下がったはずの彼が。

 彼の仲間たちも同様だ。未だ抜けきらない恐怖を抱えつつ、それでも武器を手に敵へと果敢に攻撃していた。

 

 

「オレだって怖い!死にかけた!……でも生きてるんだ。まだ終わっていない!みんなだってそうだろ!?」

 

 

 数名、壁際で俯いていた剣士たちの顔が上がった。

 戦場の至る所でそうだ、まだやれる、もう少しなら、そんな声が聞こえ始めた。

 表情に影を落としていた剣士たちの顔に覚悟の炎が灯っていく。

 

 

 

「──勝とうぜ、オレたちみんなで!!」

 

 

 

 こう言うとあれだが、ディアベルほど目を引く容姿ではない。

 声もどこか自信が無く、言い聞かせるように震えている。

 何もかも一緒というわけではなかった。

 ……でも不思議と彼の背に、あの青髪の騎士の面影が見えたのだ。

 

 

──そうだ、やってやる!

 

──ここで終わってたまるか!

 

──ディアベルの敵討ちだ!

 

 

 口々に呟き、一人、また一人と気勢を上げて武器を掲げる。

 絶望に屈さず、強敵に挑む。

 その光景はきっと──アスナの言った本物の戦士のそれだった。

 

 

 

「…………っ」

──頼んだぞ

 

 

 

 声にはされなかったが、彼が去り際、こちらに向けた目にはそう言われているような気がした。

 重い期待だ。βテスターという烙印に加えて、土壇場でボスを任せられるという重責。以前の俺なら泣き言言って逃げ出していただろう。

 ただ、この少年にそんな感傷は無縁だった。普段と何ら変わらず、おざなりに手を振り返して薄笑いを絶やさない。ある意味俺よりもずっと覚悟が決まっている。

 

 

「……さて、こっちもやろうか。ああそうそう、先に言っとくけどキリトとアスナ攻撃側ね。僕とストレアで前衛をやる」

 

「正気か!?そんな瀕死の奴を前に出せるわけないだろ!ソードスキルの軌道が分かる俺が行く!」

 

「後ろから見て覚えた、僕も対処できるさ。それにストレアの剣ならボスのポン刀完全に弾ける。なら、ストレアと組んで長い僕がカバーに入る方が合理的じゃないかな。……僕のステータスじゃ火力貢献も絶望的だし?」

 

「それは……!」

 

 

 軽い口調で言うが、この中で彼が一番重傷だ。掲げられた左手は未だ治り切らず、HPもストレアと同程度かやや少なめ。戦線復帰して良い傷じゃない。

 言ってることは正しいが、はたしてその選択でいいのか。

 しばし逡巡していると、件のストレアがおずおずと声を上げる。普段とは打って変わり、ひどく不安そうに。

 

 

「ホルンは…それでいいの?アタシ、ホルンのこと守れなかったのに……

 

「キミ一人だとまたべそかいて暴走しそうだし?たまには僕が世話焼いてやるよ。……あーもう、ほら泣くな泣くな。ハンカチ使って」

 

「う‶ん‶……」

 

「ホルンくん…ハンカチ持ち歩くタイプの男子なのね……」

 

「舐めんなよ。伊達に幼馴染に教育されてな「ヂーンッ!」誰が鼻までかめって言ったァ!!

 

「あーもうめちゃくちゃだよ…」

 

 

 アスナが小さく感心し、ストレアが美少女らしからぬ鼻音を立て、ホルンが怒声を上げる。ボス戦の最中とは思えない空気の緩さだ。

 ……ただ、俺たちらしいと言えばそうなのだろう。

 

 

「ホルン。本当にいいんだな?そのHPでミスったら死ぬぞ」

 

「ハッ、その時は全員まとめて道連れになるだろうから気にするまでもないね」

 

「……それもそうだな」

 

「キリトくん?きみまで正気を手放さないでほしいんだけどキリトくん???」

 

 

 いや実際、この戦況でボス止める手段が無くなったら壊滅必至だろうし。ホルンの言ってること間違ってないだろ。

 そう言い返してみたところ、アスナは頭を押さえてよろめいた。まだダメージが残っているのだろうか。

 

 

「エギルの旦那、ここまで持たせてくれてありがとうございます。後はこっちでケジメつけるんで後ろをお願いします」

 

「……とりあえず、任されてやるから喋り方戻してくれ」

 

「旦那がそう言うなら…。んじゃ、そっちよろしく」

 

「その呼び方は固定なのか…。まぁいい、ボスは頼んだぞ。Good luck.(幸運を祈る)

 

 

 エギルはやたらとネイティブな発音で激励を残すと、B隊メンバーを引き連れて後退していった。彼らも離脱する際にこちらの肩を叩いたり、各々の言動でエールを残していく。

 そうしてポツンと、大広間の中央に空白地帯が生まれた。

 対峙するのは俺たち4人と、赤褐色の怪物が一匹。

 

 

「……ホルン、ハンカチありがと。返すよ」

 

「どうせなら洗ってから返せ。鼻水まみれとか嫌なんだけど。……んで?切り替えてくれた?」

 

「もうバッチリ!」

 

「そいつは結構。ハンカチ駄目にした甲斐があった」

 

 

「アスナ、準備はいいな」

 

「いつでも。二人の作った隙に信じて飛び込むだけだもの」

 

「……頼もしいな。それじゃ」

 

 

 俺の片手剣が。

 アスナの細剣(レイピア)が。

 ホルンの曲刀(シミター)が。

 ストレアの両手剣が。

 

 それぞれぴたりと、図ったわけでもないのにボスの方を同時に向く。

 

 

 

「行くぞ!」

 

 

 

 決戦の火ぶたが切って落とされた。

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

 コボルド王は困惑した。

 消沈していた剣士(プレイヤー)たちが、急に息を吹き返すかのように奮起したことに。

 

 コボルド王は狼狽した。

 その剣士たちの手により、呼び出した配下が次々に討たれ、無力化されていくことに。

 

 コボルド王は激怒した。

 この一連に事象が、先ほど無様に逃げ惑っていたはずの赤眼の剣士によって引き起こされたことに。

 その剣士が、たった3人増援を伴った程度で自身に勝てると言わんばかりに立ちはだかっていることが、何よりも不愉快だった。

 

 

 いや、正確にはそれらに近いシグナルが出力されただけだ。

 この怪物に知性は存在せず、与えられた行動ルーチンに従って()()()()()反応をしているだけ。壁画に描かれたようなストーリーは存在せず、ただ世界観に奥行きを持たせるフレーバーテキストとしてのみ存在する、仮初の歴史が生み出した王。それがこの怪物の全てだ。

 しかし怪物…《イルファング・ザ・コボルドロード》にも、設定に過ぎないとはいえ『王』たる者のプライドがあった。矮小で非力な、羽虫同然の人間には決して屈しないという意思が。

 

 故に、コボルドの王が吠え狂うのは必然だった。

 

 

 

「グルオゥッ!!グルアアアアアアアアッ!!」

──忌々しき人族!その脆弱な身体で我に挑むのか!鎧を纏わねば獣の牙すら防げぬその肉体で!

──忌々しき剣士!その卑小な刃を我に向けるか!岩すら断てぬその作り物の牙を!

──この我を誰と心得る!?コボルド族の王、イルファングであるぞ!!

 

 

 

 

「さっきからごちゃごちゃごちゃごちゃうるせぇんだよ僕の鼓膜に優しくないデケェ声ばっか出しやがってよぉ!!さっさと死ね!とっとと死ね!今すぐ死ね!立ったまま死ね!!」

 

 

「シンプルに暴言」

 

「ホルン元気ぃ♪男の子って感じだね~」

 

「……今の彼の知性、あれと同レベルなんじゃ」

 

 

 しかし4人の剣士、怯まず。逆に先頭を駆ける赤眼の曲刀使いが獣のように顔を歪めて気炎を吐いている。

 その光景がなおのこと、コボルド王を刺激した。

 

 

──まずはあの男から葬る

 

 

 静かに決意を固め、愛刀を腰だめに構える。幾たびの戦場を渡り磨いた剣技(ということになっている)にて切り捨てんとソードスキルの起動を行う。

 

 

「《辻風》だ!来るぞ!」

 

「合わせろストレアぁ!」

 

「まっかせて!」

 

 

「グルゥ」

──この我に挑んだこと、後悔させてくれる

 

 

 必殺の意思を込め、大地を蹴り抜き横薙ぎに一閃。

 対して剣士は避けるどころか応戦の構えを取り、右肩に担ぐようにして構えた曲刀に炎の如き赤い光を纏わせて飛び出してくる。

 

 

「ヴォッフ、グオオオゥ!」

──愚かな、その軽い斬撃で我の刃を受けようなどとは!

 

 

 蛮勇極まる、そう吐き捨てるように刀を振るい、男の振るった曲刀の刃と切り結ぶ──寸前。

 

 

「せぇー!」

 

 

 明らかに半瞬遅れた気勢の声。その上、人語を解さぬコボルド王をして、男の吠え立てた声は中途半端に途切れているように聞こえた。

 だが関係ない。どうあれこの剣士の命を斬り断つことは決まっている。何より先の攻防で分かった通り、この男に我が必殺の剣技を防ぎ切る膂力はない。どれだけ足掻こうと無駄なことだ。

 

 それ自体は間違っていない。

 尤も……彼一人であるならば、だが。

 

 

「──のっ!」

 

 

 瞬間、男の発した声を補完するようにもう一人の声が響く。それは男の陰から滲み出るように現れた、両手持ちの巨剣を携えた女の口から発せられていた。

 そして女の振るう黄色い光を放つ重厚な刃が、男の剣戟と僅かにせめぎ合った自身の刀に、大上段から強かに叩きつけられる。

 突然現れた新たな敵に困惑を隠せず、コボルド王は刀を弾き飛ばされた姿勢で一瞬硬直を晒すこととなった。

 

 

「「スイッチ!!」」

 

 

 赤眼の剣士たちが珍妙な叫び声を上げて飛び退いた直後、その間隙を縫って残る2人の剣士たちが襲い掛かってくる。

 その手に握られた刃には、自身の扱う剣技のように輝きが灯っていて……。

 

 

「はあアァァァッ!!」

 

「……っせい!!」

 

 

「グオォウッ!?」

 

 

 自らの誇りである肉の鎧に包まれた体が、たった2人の剣士の斬撃で押し退けられる。

 屈辱と苦痛に牙を打ち鳴らし、視界の端で減る自身の命の線(HPゲージ)に焦燥を燃やす。

 

──この際拘りは棄てる、あの男よりも屠りやすい剣士を!

 

 咄嗟に狙ったのは先ほど自身の身体を突き抉った女剣士。如何にも邪魔な赤い外套を纏っているせいか、先の踏み込みも僅かに浅かった。

 

 

「アスナ!」

 

「大丈夫よキリトくん」

 

 

「ゴアアアアッ!」

──貧弱な人族とは違う!我が爪牙は刃にも劣らぬ!

 

 

 敢えて刀ではなく左手の爪による強襲。相手の機先を制したか、剣士の動きも遅──

 

 

「……闘牛士(マタドール)になったつもりはなかったけ…ど!」

 

 

「グヴゥ!?ヴォオアゥ!!?」

 

 

 何だ?何をされた?

 女剣士が何やら外套を掴んだかと思えば、次の瞬間自身の視界が闇に閉ざされた。

 まさかこれは…脱ぎ捨てた外套で視界を覆われたのか。

 そう理解するより早く、声が聞こえる。

 

 

「やるじゃん優等生!オラァッ!

 

「それはどー、もっ!

 

 

 暗闇の中、身体を切りつけられる感覚だけが伝わってくる。

 右側の腰を切り裂かれたような痒みが。左肩を穿たれたかのような痛みが。

 

 

「……びっくりするくらい浅い傷…」

 

うるさいな僕だってわかってんだよ…!次ぃ!ゴリラ共!!」

 

 

「またゴリラ扱いされた!いい加減怒る、よっ!!

 

「俺は重い剣が好きなだけなんだけど、なぁ!!

 

 

「グギュウッ!!?」

 

 

 先ほどの2人とは比べ物にならないほど斬撃が重い!いや、剣の重量か!?

 

 腹部に平行に刻み付けられた二筋の横傷はあまりにも深い。また目に見えて命の線が縮む。

 負ける?このイルファングが?たった4人の剣士を前にした程度で?

 次第に身の内にそんな疑念が根を張っていた。あまりにも不快な、そんな可能性が。

 

 冗談ではない!羽虫風情に首を垂れて何が王か!!

 

 漆黒の殺意に染まった思考が起き上がり様の剣技の発動を決断した。

 転がった拍子に剥がれた外套をどかし、次なる獲物に目を向ける。

 この4人の剣士の前に葬ったあの男。あれと同じように葬ってやれば奴らの気勢も削がれるはず。

 

 

「ッ《浮舟(ウキフネ)》…!まず──」

 

 

「『甘ぇよ』」

 

 

 そんな獣の王の姦計を嗤う者が一人。

 ぴたりと、片手剣使い目掛けて振り上げんとした刀を止められた。

 叩きつけるような勢いはなく、ただただ上からこちらの刃を押さえつけるように。赤い光を纏った刃が添えられている。

 

 

「グル……!?」

──攻撃の前に…!?

 

 

 見開かれた目に映るは、三日月のように口の端を歪めた男。忌々しき曲刀使い。

 そのワインレッドの瞳には、ありありと侮蔑の色が浮かんでいる。

 

 

『……が』『その甘さ』『嫌いじゃあないぜ』…お前のガバは僕らのチャンスだからね」

 

「そーいうことっ!」

 

 

 再び男の背後から飛び出してくるのは両手剣使いの女剣士。

 剣身を澄んだ青の光が包み込むのが見え、直後に刀へ。次いで己の腹部に。それぞれ横薙ぎの斬撃が撃ち込まれる。

 先ほど以上の衝撃と苦痛に、肺腑から息を吐き出してしまう。

 

 

「ギャウンッ!?」

 

 

「あははははは!尻尾踏まれた犬みたいに鳴いてやがる!カッコわりぃなあバケモノの王サマぁ!?」

 

「うーん、そう言われるとちょっと罪悪感…。とりあえず、スイッチだよ!」

 

 

 まずい、攻撃が来る!

 

 分かっているのに衝撃に崩された態勢を整えるのが間に合わない。

 新たに左肩から袈裟斬りの傷と、左わき腹に重ねるように刺創が刻み付けられる。

 命の線が赤く染まった。

 

 とうとう堪え切れなくなった感情が恐怖へと昇華し、王の威厳という器から零れ出ようとする。

 

 

「グオオオゥ!グルアアアアアアゥッ!!」

──こんなはずない!あってたまるか!たかが人族に後れを取るなど!!

 

 

 もはや慟哭へと変わりかけている叫びが、大広間の空気を揺らす。

 

 

 

「──黙れ」

 

 

 

 ズッ、というくぐもった音が耳に届く。

 同時になぜか、視界の左半分が消えた。

 

 ジワリと、熱が広がっていく。

 左目の辺りを中心に、焼けるような熱が。

 だが同時に、それは氷のように凍てつく感覚を伴って……コボルド王の仮想の脳髄へと突き刺さる。

 

 ……余談だが、左目の最後に映した景色には、左手で何かを投げ放った赤眼の剣士が焼き付いていた。

 

 

 

「~~~~ッ!!~~~!!?!?」

 

 

 

 絶叫。

 苦痛がもたらす衝撃を逃がすため、ただ喉を張り割かんばかりに吠える。

 指の隙間を零れ落ちる鮮血(ダメージエフェクト)。赤く染まった命の線。

 死神の足音に怯え、痛みにのたうつ。

 その姿に王の威厳はどこにもなかった。

 

 それを成した下手人は、部位欠損から解放されたばかりの左手を撫で、道端の雑草にでも向けるように吐き捨てるのだった。

 

 

「左手のお返しだ。釣りは要らない、そのまま三途の川にでも持ってきな」

 

 

「え…えげつねぇ……」

 

「うわぁ…痛そう……」

 

「剣で切ってる時よりダメージ与えてないかしら。いっそその曲刀も投げたら?」

 

「お黙り」

 

 

 左目を抑えつつ睨んだ先、4人の剣士が足を止めて会話をしている。この首などいつでも取れると言いたげに余裕を持って。

 コボルド王の口元から、己の牙を噛み砕く乾いた音が響く。

 

 

「グルアアアアアアッ!ゴアアアアッ!!」

──忌々しい!忌々しい!忌々しい!忌々しい!!

──人族の分際で、このイルファング王に土を付けるなど!!

 

 

「おうおう、ブチギレてるねぇ。ざまぁ」

 

「次で決めるぞ!」

 

「了解」

 

「は~い♪」

 

 

 コボルド王と4人の剣士が、示し合わせたかのように同時に駆け出す。各々の武器に光と必殺の意思を灯して。

 

 視界を奪われたこと、王たる己を嘲笑したこと。すべてが不快だ。

 そんな激情が、コボルド王の狙いを赤眼の剣士へと定めるのは自然なことだった。

 

 

「だよねぇ、僕以外眼中にないよねぇ」

 

 

「ガアアアアアアアアッ!!」

 

 

「……だからお前は死ぬんだよ」

 

 

 唐突に、赤眼の曲刀使いがそう零して駆けていた足を止める。開戦当初のコボルド王であれば警戒したかもしれないその動き。

 しかしただ一人に向けられた殺意が止まることを許さず、物理的に狭まった視界が、その少女を見落とす。

 

 自身の背が落とした陰から飛び出す少女に向けて、赤眼の剣士が笑みを浮かべる。

 

 

「頼んだ」

 

「任せて」

 

 

 言葉少なく位置が入れ替わり、今度は曲刀使いの前に両手剣使いが躍り出る。

 回避するには遅い、そんな距離に。

 女はこちらを見据え、冷たく一言。

 

 

「──勝負だよ」

 

 

「グルオオオオオオアァッ!!」

──望むところ!!

 

 

 言葉を理解できずとも、その意志ははっきり伝わった。

 両者の剣技が同時に完成する。

 

 繰り出された《幻月(縦切り)》と《ブラスト(水平二連斬り)》。異なる青を纏った斬撃はまっすぐ相手へ迫り──

 

 

「──ふっ!」

 

 

 短い気勢の声を上げ、女剣士が更に一歩、前へと踏み込む。自らの足で凶刃の振るわれる空間に。

 一見してただの愚行。

 二度見してなお暴挙。

 しかして彼女の剣はより深く、切り結ぶその先を狙い。

 

 コボルド王が振り上げを変える刹那を捉え、鍔元を力の限りに薙ぐ。

 

 

「……よかった。今度は初撃も当たって」

 

 

「グルゥッ!?」

 

 

 寸分の狂いもなく、少女の横薙ぎがコボルド王の野太刀を打ち据え、快音を立てて刃が弾き飛ばされる。

 

 彼女のしたことはシンプルだ。斬撃の挙動が変わるのなら、その起点たる手元を狙えばいい。如何に長大な刀身で斬撃を読み違えさせようとも、その武器を握る手元の動きは決して早くないからだ。

 しかし言うは易く行うは難し。それを実行するということは、相手の長大な刃の間合いにより深く踏み込むしかない。当然距離を取って回避するなど不可能。失敗すればそのまま切り捨てられるという恐怖をねじ伏せねば出来ない戦術だった。

 

 少女は、ストレアは。賭けに勝ったのだ。

 

 それに歯噛みする暇もなく、コボルド王の視界にもう一人の赤眼が映る。己の左目を奪った怨敵が。

 男の手にある曲刀もまた、輝きを放っていた。

 

 

「せ~!」

 

 

 気の抜ける柔らかな声と共に、青く光る二撃目の横薙ぎが振るわれた。

 

 

「……のォッ!!」

 

 

 僅かに高い男の声と、オレンジに染まった切り上げが放たれた。

 その二撃は決して互いの刃に触れることなく、しかし正確に十字を描くようコボルド王の腹を盛大に切り裂く。

 吹き上がる赤が一瞬広間の明かりを染めた。

 

 

「グルアアアアアアッ!!ゴアアアアッ!!?!?」

 

 

 

「キリトッ!」「アスナっ!」

 

 

「「スイッチ!!」」

 

 

 嘘だ、有り得ない。

 視界に迫る剣士たちを睨み、コボルド王が震える。

 怪物の血走った目に恐怖が浮かんだ。

 

 

 一瞬、その目をライトブラウンの視線が射抜いた。

 まっすぐ、冷たく。

 研ぎ澄まされた刃のような女だった。まるで握った剣が生き写しであるかのように鋭く、儚く、どこまでも歪みのない。

 激情を押し隠し、細剣使いはただ、穿つべき箇所を見つける。

 

 

 

「ここなら、よく(とお)りそうね」

 

 

 

 短くそう告げ、女は徐に先ほど刻み付けられたばかりの十字傷の交点目掛け、その針のように細い刃を突き立てた。

 白い光の線しか見えない。それほどまで疾い一突き。

 瞬時に切っ先が埋まり、半瞬後には剣身の半分を。

 そして一瞬の時を経て、その剣身を鍔元まで深々と捻じ込む。

 

 

「~~~~ッ!!~~~!!?!?」

 

 

 激痛が言葉を奪い、明滅する視界が命の終わりを予感させた。

 

 

「キリトくん、トドメお願い!」

 

 

「任され…たッ!!」

 

 

 細剣使いの背を跳び越え、片手剣を握った剣士はその身を宙へと躍らせた。

 双眸を彩る澄んだ黒は、まるで剣士を夜の化身か何かのように思わせる。

 

 

「ゴアアアアッ!」

──来るがいい、この命断てるものなら!

 

 

 死の淵に立たされてなお吠えるのは王たる者の矜持か。

 剣士は応えず、ただ剣を構える。

 右肩へ振り上げられた刃が鮮やかなライトブルーに染まり、勢いよく一閃。

 剣身がコボルド王の左肩口から右わき腹までを一直線に切り裂いた。

 

 命の線は大きく、次第に勢いを失いながら縮んでいき……最後にほんの僅か、残って止まった。

 コボルド王の命を絶ち切れなかったのだ。

 

 

 

「グルォ」

──一手、足りなかったな

 

 

 

 果敢に挑んだ片手剣使いにそう嘲り、コボルド王の手が刀を構え直そうとし……。

 刹那、獣頭の王は見た。

 剣士の振り切ったはずの刃が、未だに輝きを失っていないことを。

 剣士の顔が、同じようにこちらに嘲笑を返していることを。

 

 

 握られた刃が跳ね上がる。まるで今刻んだ切創をなぞる様に。

 

 両者が同時に吠えた。

 

 

 

「グルオゥッ!!グルアアアアアアアアッ!!」

 

 

「行っ……けぇッ!!」

 

 

 

 刻み直された斬撃がコボルド王の恵体を切り裂き、その命の線をも余さず削り尽くす。

 

 

 怪物は異形の顔を歪め、ただ理解を拒むよう虚空へと手を伸ばし。

 

 

 何も掴むことなく、その身を幾千もの硝子片と変えて爆ぜた。

 

 

 

 

*1
SAOのポーションはヒール方式ではなくリジェネ方式

*2
茅場のクソ調整。CTが設定されてて複数本の服用ができない

*3
苦酸っぱいレモン風味の何か






[Next Episode.『相棒だから』]



2025/04/30追記 秋ウサギニキ誤字報告感謝であります('ω')ゞ
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