VRSAO アインクラッド 100%RTA 実績【誰が為の明日】獲得まで   作:クソ煮込みうどん

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エスコフィエ引けたので初投稿です。


投稿遅くなりましたGW中実家と親戚の田植えに駆り出されて死んでました。
腰と背中と肩が壊れそうです†┏┛墓┗┓†

文字数的に2話に分けるべきだったんでしょうけど区切りが悪かったのでそのままに (´・ω・`)
長いですがご容赦ください。


『相棒だから』

 コボルド王の上げた断末魔の叫びを硝子片の散る音がかき消すと、部屋の中に変化が訪れる。

 

 取り巻きのセンチネルたちがHPの量に関わらず、主君と同様にその身体を霧散させた。揉みくちゃになって戦っていたリンドやキバオウたちの目の前で、呆気なく。

 次いで部屋の明度が低下し、壁際の松明の火がその激しさを潜めた。あれだけ燃え盛っていた炎が、まるでアロマキャンドルの火のように儚く、穏やかなものへと変わる。

 つい数舜前までの怪物との死闘など無かったかのように、部屋の中に静寂が生まれた。

 プレイヤーたちはそれを一様に、ただ茫然と受け止めるしかなかった。

 

 自分たちは勝ったのか?

 これで本当に終わったのか?

 まだ何か、試練が待ち構えているのではないか?

 声こそなかったが、そんな不安を抱えていそうな息遣いが聞こえてくる。

 

 一様に、剣を振り上げた姿勢のまま固まる、キリトの方を固唾を飲んで見守っていた。

 

 やがて一人、長い栗色の髪を揺らしながら剣士が立ち上がり、彼の振り上げたままの右腕を。優しく、ゆっくりと降ろさせた。

 

 

「…………アス、ナ…?」

 

「……大丈夫、終わったから。お疲れ様…キリトくん」

 

 

 その言葉で緊張の糸が切れたのか、キリトは膝から床へと崩れ落ちた。一昨日の宿で言い合いをしたときのように唐突に。

 傍らのアスナもそれに倣うよう、ぺたんとその場に座り込む。いつもはしないであろう、力の抜けた表情が見えた。

 

 ほぼ同時に、僕ら全員の視界にポップアップ画面が浮かぶ。

 そこにはボス戦への貢献度や取り巻きとの戦闘で産出された獲得経験値と、レイド全員に分配された大量のコルや獲得アイテムが表示されていた。

 

 

 瞬間、部屋の中に歓声が響いた。

 

 勝利を喜び、ただ叫ぶ声。

 生存に安堵し、泣き出す声。

 気持ちの昂ぶりのまま、めちゃくちゃな踊りを披露する足音。

 ようやく得られた勝利の実感を、各々思い思いの形で表現している。

 

 ここでコミュ力高めの奴なら顔見知り以外にも絡みに行ったりと、場の空気に乗って交流を深めるのだろうが、生憎と僕にそんな社交性は無い。

 ただ静かに、一人でこの戦いの余韻を噛みしめるとしよう。

 

 

「……疲れた」

 

 

 誰に向けるでもなくそう零し、僕は巡らせていた緊張を意図的に解く。身体中の筋肉が一斉に弛緩するような感覚を味わいつつ寝転ぶと、石材の床の冷たさと硬さが僕の背を受け止めてくれた。

 紙一重だった。何か一つでもピースが欠けていたら成立しないであろう綱渡りの戦い。肉体的疲労など存在しないはずの仮想の身体が、死線すれすれを生きた時間に耐えかねて悲鳴を上げている。

 メニュー画面を開くと、驚くことに経過した時間は15分そこらだった。あの永遠にも思えた戦闘が、たかだか30分にも満たないとは。

 

 

(……あと99回、こんな戦いをして…勝たないといけないのか)

 

 

 次の層の敵がさっきのボスより弱いということはないだろう。犠牲も、今度は一人では済まないかもしれない。

 憂鬱な気分で天井を見上げている僕の枕元に、誰かが座り込んだ。

 ふわりと鼻腔をくすぐる香りの先を辿ると、先ほどの死闘を共にくぐり抜けた少女が、こちらを穏やかに見下ろしながら体育座りをしている。

 

 

「お疲れ様。ホルン」

 

「……そっちもお疲れ、ストレア。あっちに混ざんなくていいの?」

 

 

 あっち、と僕が指を向けた先には、キリトとアスナを囲んで盛り上がっているB隊の面々が居た。

 キリトはエギルの旦那他2名ほどに男くさい歓待を受け(揉みくちゃにされ)、アスナは流石に女性だからかそういう扱いはされていなかったが、彼らと戦いを労い合って談笑している。どちらの顔にも張り詰めた感じのない、年齢相応の笑顔が浮かんでいた。

 僕が離脱している間、彼彼女らと並んでボスを相手取っていたんだ。ストレアだってあの輪に入る資格は十分あるだろうに。

 

 そんなニュアンスで聞いたのだが、なんでかジト目でため息を吐かれた。今のどこに僕の落ち度があったというんだ。納得しかねる。

 

 

「……べっつにぃ?静かなとこで休みたい気分だっただけだよ。ホルンの周り人少ないし」

 

「さいで」

 

 

 彼女はそれっきり静かになった。たまにチラチラと視線を寄こしているのを感じるが、流石に本当に疲れている時まで相手にはできない。気づかないふりをすることにした。

 思えば、あの月明かりの下で彼女と出会ってから1ヶ月。相変わらずこの少女がよく分からないままだったが、よく分からないなりに組んでここまで来たと思うと感慨深い。それだけ時間が経ったはずなのに別に僕が強くなったり、ストーカー被害が減ったわけでもないのだが。

 まぁともかく、濃い1ヶ月だったのは間違いない。忘れるのが難しいようなことばかりだ。

 

 そうしてぼんやりと、追憶にふけりそうになる僕に向け、ストレアは唐突に呟いた。

 

 

「……ホルンは、さ。またアタシと組んでくれたり…する?」

 

「どうした急に」

 

「その…ほら。今まで『お願い』で組んでくれてたわけでしょ?さっき助けに来てくれたし、3回目のお願い使うわけにも、いかないかなぁって……だからその、これで終わりなのかなって

 

 

 一瞬なんのことを言ってるんだと考え、ふと思い出す。そう言えば、森の隠れ村でそんな会話したなと。

 狼から助けてもらった分。隠れ村まで連れて行ってもらった分。《トールバーナ》まで案内してもらった分。彼女に借りがあるのだった。

 内二つは名前呼びをすることとクエストに同行することで謎に相殺されていたが、最後の一つ分が残っていたか。二つ目の『お願い』とやらでパーティーを組んでからなぁなぁで継続してたから忘れていた。

 

 

「…………」

 

 

 それにしても何なのだろうか。ストレアの実力と人柄なら他の誰かと組んでもうまくやれるだろう。それはこの1ヶ月、能力的にも人格的にも下から数えた方が早そうな僕が組んで一番よく知っている。彼女が僕とのコンビにこだわる理由は無いはずだ。

 なのにどうして、そんな捨て犬のような目で窺ってくるんだ。常識的に考えて捨てられる側なの僕の方だろう。

 

 

(……何なんだろうな。僕にとってのストレアって)

 

 

 命の恩人?事実ではある。さっき助けた分でチャラになったようだが。

 

 優秀な仲間?それはもうとびきり優秀だった。初手で組んだクラインと比べるのがおこがましいと思う。

 

 だがどうにもしっくりこない。

 

 

 多分だが僕はこの暫定パートナーとの関係性に、明確な名前を付けることを恐れている。

 ストレアの口からはよく『パートナー』と言われているが、思えば僕自身が周囲に向けて、彼女との関係性を示す単語を口にしていた覚えがない。

 過去に『友達』と呼んでいた少女を傷つけてしまったのが相当に堪えているのだろう。今でもたまに夢見が悪くなる程度に忘れられていないので明白だ。

 となるとだ。

 

 既に僕の中に、口にすることを躊躇っているだけで答えがあるのではないだろうか。

 そう思うと少しだけ嫌な気分になる。

 

 

 また間違えるんじゃないだろうか。

 また失うんじゃないだろうか。

 そうしてまた僕は、他者への関係性に名前を付けられずに怯えるんだ。

 他人を『他人』としてしか扱えない、臆病な負け犬として。

 

 

 でもきっと、僕が一番変わらなきゃいけないのはここだ。他人にばかり理由を求めて踏み出せなくなるこの悪癖を。己が嫌ってやまない弱さの根源を。

 

 

「……確かに、借りは返したかったさ。でも別にそれだけじゃない…と思う」

 

「…………」

 

 

 キリトが会議の際、やたらと真剣に頼んできたのが、今ならわかる。

 自身の意思で、他者との関係性を進めようとするのはとても勇気が必要だった。何も考えず、他者にそれを委ね続けたからこそ、今とてもこの続きを口にするのが怖い。

 受け入れてくれないのではないかと不安になる。またただの勘違いの空回りなんじゃないかって。

 だから一歩、信じて踏み出すんだ。

 

 

「……あくまで。これはあくまで、貸し借りとかなく……その、提案なんだけど」

 

「…!うん」

 

 

 少しだけでいいから、彼女を信じて歩み寄ってみたいと、そう思ってしまったんだ。

 

 

「……ストレアさえいいなら、また…僕と」

 

 

 

「なんでや!」

 

 

 

 続きを言い終える前に、ボス部屋の中にそんな悲鳴のような声が響き渡る。

 それは周囲の戦勝ムードの喧騒も、僕とストレアの間に満ちていた静かな緊張感も、何もかもを破壊する程大きい…涙交じりの、キバオウの声だった。

 

 

「……なんで」

 

 

 ああ、結局こうなのか。

 機を逃した。運が悪かった。

 そう言って片付けるのは簡単だったが、とどのつまり、一つの原因に辿り着く。

 

 

 

「なんでディアベルはんを見殺しにしたんや!」

 

 

 

 僕は結局、自分の臆病さにまた負けたんだ。

 

 トゲ頭の男の絶叫を耳にしつつ、僕の敗戦記録に新たな黒星が付けられた。

 

 

 

 

 

† † †

 

 

 

 

 

「見殺し……?」

 

 

 急に投げかけられた言葉の温度差に驚き、俺の口から弱々しい疑問が漏れ出た。

 

 

「そうやろが!ジブンはボスの使う技、知っとったやないか!最初からあの情報を伝えとったら、ディアベルはんは死なずに済んだんや!!」

 

 

 キバオウの言葉に周囲で冷水を浴びせられたように固まっていたプレイヤーたちの間に動揺が走る。ぽつぽつと、彼の言葉に同調してこちらを疑うような声と視線が増えだす。

 そんな中、彼の指揮したE隊のメンバーと思われる一人がこちらに駆け寄り、俺を指さすと金切り声のような叫びで周囲に告げた。

 

 

「オレ……オレ知ってる!!こいつは元βテスターだ!だからボスの攻撃パターンとか、旨い狩場とかクエとか、全部知ってるんだ!知ってて隠してるんだ!!」

 

 

 断定する口調だったこと相まって、周囲の俺に向ける視線がいっそう鋭さを増した。直前に俺が攻略本になかった《刀》スキルへの対処を促したのもまずかったか。

 しかしそんな空気にも臆さず、B隊のメンバーの一人、メイス使いの男が挙手をして声を上げてくれた。

 

 

「でもさ、昨日配布された攻略本にだって、情報はβ時代の物だって記載があっただろ?それなら、彼が持ってるこのボスの情報だって、攻略本と大差ないレベルのはずじゃないか」

 

「そ、それは……」

 

「は!そんなん決まっとるやろ。あの攻略本に書いとったことがでまかせっちゅーことや!あの情報屋もβ上がりのお仲間なんや、タダで情報売るわけがなかったんや!」

 

 

 まずい流れだ。俺一人であれば、その糾弾も甘んじて受け入れよう。しかし他のβテスターや…ホルンたちにまでその敵意を向けさせるわけには…!

 

 

 

「……そんなの…そんなのおかしいよ!キリトも、アルゴだって必死にクリアするために協力してくれてるのに、なんでそんな言い方するの!?一緒にボスを倒そうって頑張った仲間なのに!!」

 

 

 

 キバオウの言を否定するべくストレアが声を張り上げると、それまで言い争っていた男たちがしんと、バツが悪そうに静まり返った。

 流石に頭に血が上っていようと、少女の涙交じりの訴えは効いたらしい。

 

 しかし。

 

 

「こいつ、βテスターを庇ったぞ!あいつもβテスターの仲間なんだ!同じパーティーに居るのが証拠だ!!」

 

 

 再び金切り声の男が指を突きつけ、唾を吐く勢いで喚いた。

 ストレアが声の圧に押されるように半歩下がると、静かになっていたボス部屋にまた怪しい熱気が満ち始めた。

 

 

「そう…なのか……?でも彼女は、俺たちG隊を…」

 

「そうだ、そうに決まってる!ガキどもがあんな活躍してたのがそもそもおかしいんだ!!」

 

「おい、まだ居るんだろβテスターども!出て来いよ!」

 

 

「違う…違うよ……!アタシはただ…みんなを…!」

 

 

 戦勝ムードから一転、ボス部屋内の空気は魔女裁判もかくやと、陰鬱で破滅的な空気で満ち始めていた。

 何か手を打たないと、この場で私刑に走る者まで現れるのではないかとすら感じる。

 もとを辿ればβテスターに非があるというのは事実かもしれない。それでも彼彼女らなりに償いをしようという意識はあったはずなんだ。それをこんな形で台無しにされるわけにはいかない。

 

 

(でもどうすれば…ここまで激しく対立しあってる状況で融和なんて無理だ……!そもそもお互いの視点も価値観も違う、どうやったって不満が残って……)

 

 

 

 俺が打開策を求めて周囲に目を向けた瞬間、あるモノが目に入った。

 それは未だに消えていなかった、LA(ラストアタック)の取得アイテムを表示したウィンドウであり。

 

 

 

「──やるしかないかぁ」

 

 

 

 ……悲痛な覚悟を決めて立ち上がろうとする、少年の姿であった。

 

 ざわりと背筋が粟立つ。身に覚えのある感覚だ。

 つい先ほど経験したボスの武装が情報と違った時の感覚。

 そして、あのボス攻略会議で。

 

 この友人が俺を庇って、何食わぬ顔で劇場に居た全てのプレイヤーに牙を剥いた…あの時の。

 

 

「あなたねぇ…!」「おい、あんた」

 

 

 流石に聞き流せなったらしくいきり立つアスナとエギルを制し、ホルンがこちらに背を向けて歩き出した。

 

 

 

「はぁー…まったく、もうちょっと上手くやれると思ったんだけどなぁ。でもまぁ、ゴミの寄せ集めを使ったにしてはいい線行ったでしょ」

 

 

 

 直後、こちらが制止しようとする前に、赤眼の煽りカスは最悪の方向に本領発揮を始めた。

 

 

 

 

 

† † †

 

 

 

 

 

 やってやったぜ(絶望)

 

 

 突然の罵倒で静まり返った空間を前に、心の中でそう独り言ちた。キバオウも、金切り声の男も、キリトを擁護しようとしていたプレイヤーも、例外なく全て黙った。

 静寂に負けそうになる。きっと、現実なら心臓が裂けるくらい高鳴っているだろう。そういう意味でも、これはこの世界でしかできない…僕の博打だ。

 

 笑えよ『ホルン』、本番はここからだ。

 

 

「攻略本の情報が嘘?それが事実だとして、偵察戦をしておけば解決したことだろう?それをしないという判断を下したのは、ちょうど犠牲になったディアベルじゃないか。因果応報って奴じゃない?」

 

「……なんやと」

 

──取り消せ!

──そうだ!お前だってあの時、声を上げて否定しなかっただろうが!

──何様だ!!

 

 

 よし、キバオウ以外も食いついた。横からしゃしゃり出た甲斐があったというだ。

 

 

「取り消せ?妙なこと言うじゃん、僕は事実をもとに意見を述べただけだ。おたくらも今やったことだよ。ソードスキルに対処できた、って理由でβテスターだって決めつけるの。結果論大好きなんだろ?分かるよ僕も好き。馬鹿でもできるからある程度の馬鹿相手には伝わるし?便利だよねー」

 

 

 まずは初動、相手の主張を利用して煽る。

 同じ結果論で暴論叩きつけてやれば黙るよねそりゃ。同レベルのことしてやっただけですよ?って言われるの恥ずかしいもん。恥の多い言動がこういう時に役立つんだよ。

 冷静さなんてクソくらえだ、その調子で不満を溜め込め。

 

 アスナ、エギルの旦那。堪えてくれ、いきなり躓いたらこの策失敗なんだ。

 

 

「それに、偵察戦なんかやってたら間違いなくここに居た人数はもっと少ないと思うぜ?一人死んだ程度でギャーギャー喚く腰抜け諸君だからねぇ……あの騎士サマだってその辺り不安で偵察戦省いたわけだし?結果的に正しかったんじゃないかな!よかったね!お前ら役立たずの為に死んでくれるカッコいい奴が居てくれて!」

 

 

 次手、共通の味方(ディアベル)の行いを嘲笑う。

 β・非βに関わらずあいつは英雄だった。だからこそ、ここへの侮辱は双方共に受け入れがたい。同じ土俵に立てる下地として存分に踏み荒らす。

 

 リンド、口開くな。訂正なんて要らない、頼むからそこで大人しく被害者になっていろ。ディアベルと一緒に居たお前らがそっち側じゃないと困るんだ。

 心配しなくても何とかするさ。……ディアベルにも言ったからね、『うまくやる』って。

 

 

「お前らが馬鹿の一つ覚えに気にしてるβテスター諸君もそうさ。本戦前に死にたくないから余計な口挟まず黙ってたんだろ?賢くていいと思うよ。ここぞという場面でも役に立たないアホ面のマヌケ仲間だ。役立たず同士で仲良くしたらどうかな?みっともない」

 

 

 三手目、βテスターへの誹謗中傷。

 どちらか一方に偏れない以上、避けては通れない。というか実際キリトとアルゴ以外、イマイチ貢献具合が分からないので半分本音で言ってる。

 

 おい陰キャ(キリト)、なんだその余計な事企んでそうな息遣い。やめろよ?マジでやめろよ?お前は今後もボス攻略頑張ってもらわないと困るんだが?

 

 

「その点、そこでボッ立ちしてる僕のお仲間(笑)は比較的優秀で助かったよ。僕としては、βくんたちにこのくらい頑張ってほしかったんだけどなぁ。会議でも庇ってやったんだし、もう少しくらい恩返ししてくれてもよかったじゃないか。使えないな。

 ……ま、今回は骨折り損と割り切るさ。駒集めは後日にするよ」

 

 

 少し早いが締め、仲間たちへの印象操作。

 あくまで利用された側である、とする為に突き放す。

 出来るだけ冷酷に、無感情に、露悪的に、独善的に。

 

 

 

 僕の思いついた策はシンプルだ。

 

 βテスターと非βテスターの対立は避けられない。だがここで…ようやくデスゲームの攻略でまとまりつつあった意識を分断させるわけにはいかなかった。よって、多少歪だろうと両者を団結させることにしたのだ。

 対立しあう両者が唯一歩み寄るのは並大抵のことではない。いじめっ子といじめられっ子が仲良く振る舞うのが無理なように、立場と価値観の差は絶望的だ。正攻法では不可能だろう。

 故に、僕は邪道のごり押しを選択した。

 100%の団結は無理でも、落としどころを作るだけなら。必要なのは一瞬でもまとまれる、感情の行き先があることだ。

 

 だから僕は、両者が両者に向ける不満の方向性を変えることにした。

 ……最高に気に入らない共通の敵になる(スケープゴートを用意する)という手段で。

 

 

 一通り揚げ足取りを済ませると聴衆は黙り込んでしまった。彼らとて既にいっぱいいっぱいなのだろう。

 そんな中、静寂を破ったのはまたしてもキバオウ。

 

 

「…………ワイはな、ジブンのこと気に入らへん。いっつもヘラヘラと周りおちょくっとるような面も、そんくせに、あのナイトはんに気に入られとったんが、何よりおもろない。

 でもな、それでもなぁ!少しだけ……ディアベルはんが倒れはった時、いの一番にボス押さえに行ったことも!ロクに傷も治ってへんのに、仲間守る為に前出たことも!見直してたんやぞ!!それを駒やと!?ゴミやと!?おどれは、人間の命をなんや思てるんや……!!」

 

 

 意外だ。もっと純粋に、気に入らない奴は何をしても気に入らない、で片づけられると思っていた。僕が思っていたよりもキバオウは大人で人情家だったらしい。

 だからそう。申し訳ないなと思う。

 

 もう少しの間、僕の都合で踊ってもらう。

 

 

「見損なった、って言いたいわけだ!あははははハハハハハ!!」

 

「何がおもろいねん!!」

 

 

 

 奇遇だねキバオウ。

 

 

 

「これは驚いた、見損なうほど僕のこと見て知ったつもりでいたんだ?その節穴の目で?……嫌になるね。僕までお前みたいに底が浅いと思われてるのは」

 

 

「で?なんやと思てるんや、って?もう答えは言ってるよね、『駒』とか『ゴミ』って。聞こえてるじゃん。役に立たなければゴミだし、役に立つなら駒として可愛がってやる、それだけさ。僕はその辺区別はするけど差別はしないよ?

 後ろのお仲間共もそう。使い勝手がいいから重宝しただけで、替えが利くなら別に誰でもいい」

 

 

 

 僕も今、自分を見損なっている。

 

 

 膝から崩れ落ちる音がした。前からも…後ろからも。

 

 悪いねストレア。僕は弱いから、キミみたいに、カッコよく助けるなんてできやしない。

 それでも、僕なりのやり方で戦うよ。

 

 嫌われ者でも、憎まれっ子でも、やられ役でも。

 ……もう君たちと同じ陽だまりを歩けなくても。

 大切な誰かを守れるって、逃げてばかりだった昔の僕に証明してみたいんだ。

 

 だから見限ってくれ。見捨ててくれ。

 今までありがとう、僕の『■■』。

 

 

 言い切った後、一拍置いて部屋の中に罵声が響き渡った。大声で複数人が喚き散らすというのは僕の耳には耐えがたい苦痛だ。……原因は僕自身なのだが。

 「悪魔」、「ヒトデナシ」、「クソ野郎」。次々と耳朶を打つ僕に向けられた言葉に心が折れそうになる。……そう仕向けておいてなんだけど。

 

 これでいい。これで少なくとも、僕というヘイトタンクが生きてる間は両者が決定的な対立をしないで済む。僕の仲間へ向いた疑いの目も同情に変わってくれるだろう。

 それに僕一人の被害で済むなら十分お釣りがくる。指揮能力の優れたディアベルや純粋にプレイヤーとして強いキリトと違い、僕はいくらでも替えが利くただのサポーター。1層攻略の知らせを受ければ、重い腰を上げた誰かが穴埋めをしてくれるはずだ。きっと僕より強い誰かが。

 キリトは若干怪しい立場に居るが、僕が善意に付け込んで利用したというカバーストーリーでも用意すればまだ──

 

 

 

「──だから言っただろ。そこらのβテスターなんて、初心者に毛が生えた程度でしかないって」

 

 

 

 そんな僕の皮算用を無駄にするように、キリトは見慣れぬ黒いコートを纏って僕のそばまで歩いて来やがった。顔に下手糞な冷笑を貼り付けて。

 

 マジでふざけんなよお前。どう見ても共犯者じゃねぇか。僕の作ったシナリオ大幅修正だよクソが。

 

 

 

 

 

† † †

 

 

 

 

 

 半分は賭けだった。

 成功すれば二人揃って嫌われ者。失敗すれば策は失敗して俺たちはただの道化。

 どちらを取っても、俺まで庇おうとしてくれたこの友人にとっては損でしかない行動だ。盛大に足を引っ張って申し訳ないと思っている。

 

 それでも、俺は彼が乗ってくるという確信に近い思いがあった。

 

 

(悪いなホルン、お前一人にその十字架は背負わせない)

 

 

 何度も何度も、お前にばかり守ってもらうわけにはいかないんだ。

 今度は逃げない。

 俺も、同じだけ背負って苦しむよ。

 

 

 一瞬彼の顔から笑みが剥げ落ち、内心の葛藤を隠せずに狼狽する姿が見えた。

 しかし次の瞬間、また作り物の笑みで表情を塗り潰すと、彼は何食わぬ顔でこちらへと返事をしてくる。

 

 

「……そうだね。ちょっと期待し過ぎたみたいだ」

 

 

 どうやら『うまくやる』の範疇に組み込んでくれたようだ。良くも悪くも切り替えが早い。

 ただ相当不満だったらしく、表面上親し気に話しかけてきているのに、視線からマジでふざけんなよと声なき罵倒が聞こえてきた。器用な奴である。

 

 

「で?お目当ての品は手に入ったかい。キリト」

 

「おかげさまでな。《コート・オブ・ミッドナイト》…袖を通すのは久しぶりだ。βの時より着心地よくなってるよ」

 

「着心地なんてどうでもいいんだよ。……ったく、そっちが無駄に目立ったせいでしくじるところだったんだけど?払った代価分の仕事くらいはしてもらいたいね」

 

「悪かったよクライアント殿。だけど結果オーライだろ?そっちが変な仕込みしなくても、ボスのLA取れたんだから」

 

 

 空けてくれた隣に並び立ちつつ、彼の用意した即興の世間話に合わせる。

 コイツ何を俺に払ってくれた体で話進めてるんだろうか。宿のグーパンか?それなら後で熨斗(のし)付けて返してやるんだが。

 

 しかし今思えば、1層のLAがこれに設定されていたのは僥倖だった。武器や装飾品系のアイテムと違い、防具は目に見えて外観に変化の出る部分だ。高品質装備特有の深みのある質感のテクスチャが、他の連中の視線を釘づけにしているのがよくわかる。

 

 

「こ…こいつらグルなんだ!オ、オレたちをハメて、報酬を独占するために組んでやがったんだ!!」

 

 

「「その通り」」

 

 

 金切り声の男の出した苦し紛れの声に、俺とホルンの言葉が一字一句違わずに重なった。……あまり嫌そうに舌打ちしないでくれ、ボロが出て困るのはそっちも同じだろ。

 

 

「……ん‶ん‶!いい機会だから紹介するよ。パーティーリーダーの自己紹介で盛大に滑ってたからご存じだろうけど、彼はキリト。前に言った世話になったβテスターで、僕の協力者でーす。はい拍手!!」

 

めちゃくちゃ根に持ってる……。……なぁ、ホルン。いい加減『βテスター』って雑に括るの辞めろって。あんな素人連中と一緒にされちゃ困る」

 

 

「し、素人だって…?」

 

 

 ボス部屋内のプレイヤーがにわかにざわついた。βテスターであると認めた俺が、他のβテスターを意図して貶す発言をしたからだろう。

 軽く目配せをしてみたが、ホルンは任せたと言わんばかりに肩をすくめるばかり。流石に1から10までペラ回しをする気はないようだ。俺としても適度に注意を集めておきたいので助かる。

 

 

「考えたことはなかったのかよ。SAOのCBT(クローズド・ベータ・テスト)は宝くじみたいな倍率での抽選だったんだぜ。受かった1000人の内、MMO経験者がいったい何人いたと思う。ほとんどは運よく当たっただけの初心者(ニュービー)、レベリングの仕方を知ってるだけ今のアンタらの方がよっぽどマシだったさ」

 

 

「──でも俺は違う」

 

 

 にやりと、ホルンのよくする人を小ばかにした笑みをイメージして頬を歪める。

 

 

「俺は他の連中が攻略できなかった、真の最前線で《刀》を使うMobと散々()り合ってきたんだ。ボスの武装変更に対処できたのはそのおかげさ。他にも色々知ってるぜ?アルゴなんて目じゃないくらいにな」

 

 

 実際に最前線ではステータス不足だったアルゴの知らないことも何個か知っているだろうし、あながち間違いとも言えまい。それこそ《刀》スキルの情報なんて彼女やそこらのβテスターより詳しいという自負がある。

 そんな俺の不敵な表情と共に放たれた言葉の数々は聴衆にしっかり届いてくれたようだ。次第にざわめきが大きくなっていく。

 

 

「……なんや、それ…。そんなん、βテスターどころやないやんか…!もうチートや、チーターやん!!」

 

 

 キバオウが我慢できずに零したであろうその言葉に反応し、周囲のプレイヤーたちも口々に不満を吐き出し始めた。

 やがてその中で、βテスターのチーターという言葉が訛り、《ビーター》という奇妙な響きとなって俺の耳に届いた。

 

 

「《ビーター》か、いい名前だなそれ。そうだ俺は《ビーター》だ。そこらのただβに参加した程度の連中と一緒にしないでくれ」

 

「へぇー、いいあだ名貰ってるじゃん。ついでだし僕にも何かいい感じのあだ名考えてよ。その少なめの脳みそでさぁ!」

 

 

 こいつの暴言ライブラリー網羅している幅が広すぎる。〇BRも対象なのかよ。

 

 ホルンの追随の罵倒に静かに引きつつ、遂に声を上げる人間のいなくなったボス部屋を見渡す。向けられる視線はいずれも好意的なものではない。βテスター全体に向いていた敵意のほとんどを、《ビーター()》とホルンへと逸らすことができたと見ていいだろう。

 あの金切り声の男が妙に悔し気なのが気がかりだが、これ以上の言及は必要ない。後は俺がホルンと2層へ向かい、早々に姿を晦ませればしばらくは大丈夫なはずだ。

 

 そうしてホルンに退散を促し、2層に向かうべく振り向く。……こちらは一転して、アスナやエギルたちがどこか苦しそうな表情で俺たちを見つめていた。『解っているのに力になれなかった』…そう言ってくれているようで、少しだけ心が軽くなる。

 唯一、俯いたまま膝をついているストレアだけ表情が分からない。しかしこちらも決して愉快な思いはしていないだろう。

 

 ホルンも振り向いた先でその光景を見たのか、一瞬息を呑んで固まった。

 が、流石の切り替えというべきか、また黒幕然とした冷ややかな笑みを貼り付け直し、未だ顔を上げない少女の横を表向き平然と歩いて通った。

 

 

「……行こうかキリト。ゲームは始まったばかりだ、次の駒を調達しようじゃないか」

 

 

 たとえその視線が、後ろめたそうに揺れていても。

 口元の笑みが、余裕なさげに歪んでいたとしても。

 彼は背を向けて歩き出す最後の瞬間まで、自身に課した『嫌われ者』を演じ切ってみせたのだ。

 そんな彼に、俺が返せた言葉は決して多くはない。

 

 

「…………了解だ」

 

 

 目を逸らすな桐ヶ谷和人。

 これは、お前がもっと早く声を上げていれば苦しまなかった友の姿なんだ。

 

 出来るだけ強く拳を握りしめ、彼の隣を大股で歩く。

 そうして歩き出せばあっという間で、ボスの壊れた玉座の向こう側、2層へ繋がる最後の大扉へと辿り着く。

 

 

「──それでは諸君、ごきげんよう。祝勝会でも反省会でも、ディアベルの告別式でも。好きなように過ごすと良い。僕らは一足お先に失礼する」

 

「2層の転移門はこっちで有効化(アクティベート)しておいてやるよ。ついてきても構わないが、上り切ってすぐに主街区ってわけじゃない。少しフィールドを歩くことになるから、初見のMobに殺される覚悟のある奴だけ来るんだな」

 

 

 念のため後続へ向けて釘を刺しておき、ホルンとそれぞれ左右の大扉を押し開ける。

 最後にちらりと振り向いたとき、アスナたちは変わらぬ様子でこちらを見つめていた。

 ストレアは顔を上げなかった。

 

 ホルンは、振り向きすらも。

 

 薄闇の続く階段に足をかけた際に聞こえた、やたらと重苦しい大扉の閉まる音を。

 俺はしばらく、忘れられないだろうなと感じていた。

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

 コツコツと、狭い螺旋階段を上る僕たち二人の靴音が響く。というより、それ以外何も聞こえない。

 ボス部屋から出てしばらく経つが、あれから僕らの間に会話なんてものは無かった。気まずい沈黙を抱え、男二人虚しく階段を上り続けている。あの部屋に置き去りにした仲間から逃げるように、ひと時も休まず。

 しかし階段は無限に続くわけもなく、会話のきっかけをくれてやると言わんばかりに唐突に、目の前に姿を現した。

 

 

「……外に繋がる扉だ」

 

「…………見りゃ分かるよ」

 

 

 そうだな、とキリトが投げやりに応じる。

 僕の足取りを気にしてか、キリトが慌てた様子で先回りして扉を開けてしまった。

 瞬間、外扉の隙間から飛び込んできた突風が階段前の踊り場に吹き荒れ、あわや僕たちは仲良く階段から転げ落ちそうになるのだった。

 

 

「「……はぁ」」

 

 

 ため息のタイミングが被る程度には調子も戻ってきたのだろう。ひとまずズボンに付いたほこりを払い、扉の外へと進み出る。

 一瞬陽光に目が眩んで顔を歪めるも、視界の先に開けた絶景に言葉を失った。

 

 

「……これがアインクラッド2層」

 

「ああ。フロアテーマは《牛》。敵のデザインは大部分がこれに合わせられている。この層からMobの状態異常パターンが増え出すから、茅場的にも、ここからがSAO攻略の本番だと思っていい」

 

 

 さらりとキリペディアの解説が挿まれたが頭に入ってこない。

 それもそうだろう、何せ2層に繋がるこの階段は、切り立った岩壁の中腹に出口が設けられているのだ。今立っているテラス状の足場を一歩でも踏み外せば断崖絶壁から真っ逆さま。ぞっとしない。

 その代わり遮るものの何も無い、最高のアングルから2層を一望できた。

 

 2層は様々な地形が混在していた1層と異なり、見渡す限り岩肌に覆われた硬質な砂色のフィールドが広がっているようだ。時折り動いて見えるのは、先ほどキリトが言ったように牛をモチーフにしたモンスターなのだろう。

 そして緑が茂っているのはごく一部の地形にとどまり、ひときわ面積の広いそれは、巨大なテーブルマウンテンをくり抜いてデザインされた次なる目的地──2層の主街区へと自然と目が吸い寄せられる配置になっていた。

 

 

 ひとまずその場に腰を下ろし、風に吹かれながら景色を眺める。キリトも少し開けて隣に座った。

 決して広くはないはず踊り場が無性に広く感じる。本来ならこの場を他のプレイヤー共々歩きつつ、またピクニックよろしく盛り上がっていたのだろう。ボス戦の健闘を称え合い、仲間と次なる冒険の約束をしたりとか。

 けれどそうはならない。

 今頃リンド達がそれぞれ1層の拠点まで引き返している頃だ。ボス戦の戦果報告と共に悪評が広まれば、この仮想現実で僕らは孤立する。僕もキリトもそういうことをした。

 後悔が無いとは言えないが、あの場ではあれが最適解だったはずなんだ。割り切るしかないだろう。

 

 ただ一つ、文句があるとするならば。

 何でか知らないが、僕が断われないようなタイミングを選んで生贄志願しやがったボケナス黒染め野郎が居ることである。

 

 

「……バカキリト。ふざけんなよお前。お前のせいでこっちの目論見半分くらい失敗してんだけど?死ねよ」

 

「うるせーよアホルン。お前こそ何やってんだよ。なんだよ払った代価って。黒幕気取り?殺すぞ」

 

 

 うん、自分でもちょっとどうかなと思う設定で話をでっち上げた。

 協力者ってことにしたけどキリトの立場で僕に協力するメリット特にないんだよなぁ…と思いつつ、ツッコミが来る前に話畳めばいけるか、というノリでペラ回しした。

 なんか最終的にキリトにクライアント扱いされてそれっぽくなったけど。報酬に何払えばいいんだろう。グーパンでもくれてやればいいのかな。今度殴るときは前歯へし折ってやる。

 

 

「ノリノリで合わせといて文句言ってんじゃねぇよボケ。なんでこっちがβ・非βの対立構造どうにかしようと必死になってんのに、わかった上でこっち側来るんだよ。意味わからねぇんだけど」

 

「しょうがないだろカス。俺も同じようなことやろうとしてたんだから。ちょうどいいし便乗するか、くらいの感覚で合わせただけだ」

 

 

 しばし沈黙。

 次の瞬間、僕もキリトも互いの胸ぐらを掴んでいた。

 

 

「元々やらかそうとしてたのかよ!はっ倒すぞテメェ!!」

 

「お前こそなんだ想像の斜め上行きやがって!全方位に喧嘩売りすぎなんだよ!叩きのめすぞ!!」

 

 

「やってみろよバァーカ!!」

 

「やってやろうじゃねぇかよアホゥ!!」

 

 

 

 乾いた砂色の大地に、僕たち二人のしょうもない言い争いがこだまする。ここに他のプレイヤーがいなくて本当によかった。

 

 

 ボス戦に引き続き大声を出したからか、肺活量がさほど優秀ではないインドア派同士だからか、言い合いが終わる頃には二人揃って肩で息をしていた。

 不思議なもので、大声を出すと幾分か胸の内で淀んでいた感情が楽になったような気がしてくる。大分平時に近いテンションまで戻っていた。

 

 

「…………疲れたなぁ」

 

「…………そうだな。ただ、そろそろ移動した方がいい。ボス討伐から20分は経ってる。今は《ウルバス》までのエンカウント率下げられてるけど、1時間経ったら普通のフィールドに戻るから、二人だとちょっときついかな。最悪2時間経てば自動で転移門が開通するはずだけど、安全に動けるに越したことはない」

 

 

 僕の呟きに長文の返答が返って来た。

 文字数増えてるし、キリトの方も余裕を取り戻してきたのだろう。

 

 

「あー、そういうのあるんだ」

 

「流石に茅場もここはいじってないと思うけど…確認のしようが無いしなぁ。何せこれが初のフロア攻略だ。事前検証できないからこれは変更されてないことを祈るしか──」

 

 

 刹那、キリトの《索敵》と僕の耳が同時に、こちらに接近してくる存在を察知した。

 

 

「……ッ!誰か来るぞ」

 

 

 ……誰か、じゃないんだよ…キリト。

 

 聞き覚えしかない足音だった。それが二つ。

 念のため振り向き、立ち上がって出迎える。

 静かに、石材の扉が開いた。

 

 歩み出てくるのはあの時、背を向けて置いて行った……二人の少女。

 

 

 

「やぁ、思ったより早く来たね──ストレア、アスナ」

 

 

 

 声は震えていなかったと信じたい。

 

 

「あなたたちは、私たちを騙していたの?」

 

 

 そうだね、と軽く答えられたら、どれだけ楽だったろうか。

 

 思うに、嘘の終わらせ方というものは二つだけだ。

 全てを投げ出す覚悟で、嘘だと打ち明けて謝ること。関係修復の為、自身の非を打ち明け、反省を示し、改善を約束するもの。

 あるいは、最後までその嘘を貫くこと。嘘をついたという事実が風化するまでか、嘘自体を本当にしてしまうか。

 

 一般的には前者の手法が取られるだろう。

 しかしこれは僕が思う誠実さではない。

 

 

「アスナ、それは…」

 

「──今更気づいたんだ?どうやらおめでたい頭をしているのはうちのパートナー殿だけじゃないらしい」

 

 

 冗談と言えば何を口にしても傷つかないと思う奴がいる。

 嘘だと言って謝れば何をしても許されると思っている奴も。

 だがそんなことは無いんだ。人の言葉は容易く他人を傷つけ、心を歪める。

 他人の言葉に怯え続けた僕が一番よくわかっていることだった。

 

 

「それで?何しに追いかけてきたんだい?また利用されてくれるのかい?悲劇のヒロインするの好きなのかな。それとも抗議?生憎と男女平等主義でね、不満だからって殴りかかってくるならそれ相応の反撃をするけど」

 

「…………そう。なら遠慮なく、本音を吐きたくなるまでど突きまわしてあげる」

 

「ど、ど突きまわすって……ホルンもういいだろ…!これ以上は…」

 

 

 それを知っていながら、僕が選んだのは言葉で他人を傷つけることだった。無関係な奴も、大切な仲間も、たくさん傷つけてしまった。もう取り返しなんてつかない。

 ならせめて、吐いた嘘に、意味を持たせるべきなんだ。必要な嘘だったのだと。

 

 

「ねぇホルン。全部嘘だったの?」

 

「ッ…そうだよ!It's All Fiction!!騙して、利用して、使い潰して、要らなくなったらポイ!言っただろう?いつか痛い目見るってさぁ!相変わらず頭お花畑のままだねぇ」

 

 

 そういうことにしないといけないんだ。

 だから揺れるな。ブレるな。曲げるな。逃げるな。

 果たすべき責任を果たせ。

 

 

 

「──ふふっ、そう言うキミも相変わらずだね。ちょっと安心した」

 

 

「……………………は?」

 

 

 

 何故か、覚悟を決めて突き放し続けているというのに、ストレアはこちらを見てそう言った。普段と何ら変わらぬ、くすぐったくなるような微笑みを浮かべながら。

 意味が分からない。今の会話のどこにそんな結論になる要素があった。

 

 すっと、彼女が口の端を指さした。

 

 

「気づいてるか知らないけど、ホルン、嘘つくとき口の端片っぽしか上がらないんだよ。右側だけ」

 

 

 咄嗟に右手が口元を隠そうと動き、彼女はそれを見てくすくすと笑った。

 

 

「嘘だよ~」

 

「……ッ」

 

「うん、アスナの言ったとおりだったね。綺麗に釣れちゃった♪」

 

「当然よ。キリトくんがゲームの、ホルンくんが嫌がらせのプロなら、女子校育ちの私は心理戦のプロよ。あなたたちのアバターの顔色読んだりブラフ張って誘導尋問するくらい朝飯前だわ」

 

「……あの…アスナ、さん?…お、怒ってらっしゃいます……?」

 

「何か言ったかしら黒い人」

 

「うぐ……こ、怖ぇ…………

 

 

 腕を組んで得意気にしているアスナを睨む。キリトと違って怯むどころか睨み返された。

 余計なことをしてくる。この純粋さと人当たりの良さに振り切っている不思議ちゃんが哀れな被害者でいてくれるからこそ意味がある嘘だったというのに。立ち直らせられるとこっちの予定が狂う。

 

 次の一手を悩んでいると一歩、ストレアがこちらに近づいた。

 逆に僕は一歩下がる。

 

 

「キミが素直じゃないのくらい知ってるよ。だからアタシ、そこまで怒ってないよ?」

 

「……違うッ!僕は騙して、キミの優しさに付け込んで利用しただけだ!」

 

「も~。まだそういうこと言う。意地っ張りさんだなぁ」

 

 

 また一歩、彼女の足がこちらに詰め寄ってきた。

 合わせて一歩下がる。

 

 

「キミもアタシも、何も変わってないよ」

 

「何を言って」

 

 

 唐突に、彼女の進行方向が左に大きく逸れた。コツコツと靴音を立て、その足でテラスの縁に立つ。

 振り向いた彼女は、どこまでも澄んだ紅玉色の瞳でこちらを見つめる。

 そこに込められていた感情は何だったのだろうか。人の顔色の窺い方を知らない僕には読み解けなかった。

 

 

 何をする気だ。

 そう問いかける間もなく。

 

 

 

「だから今回も、信じたいものを信じることにしたの」

 

 

 

 信じてるよ、ホルン。

 

 

 風に乗ってそんな囁きが聞こえた直後、彼女は後ろに一歩、ステップを踏んだ。

 何の躊躇いもなく、足場無き虚空に向けて。その身を投げ出す。

 

 不思議と、僕のぐちゃぐちゃの感情とは関係なく身体が動いた。

 嫌な浮遊感に包まれながら、左手を思い切り伸ばして彼女の前腕を掴む。剣の柄と一回り程度しか違わない細腕だった。触れたことが無かったので知らなかった。

 

 そんな益体もない考えが過りつつ、空いた右手でテラスの縁を掴もうとして……失敗した。

 指先からあっさりと冷たい岩の温度が抜け落ち、うすら寒い風が手の内を虚しく通り抜けて──不意に、その手を温かな人肌が包み込んだ。

 ガクンと、空中で吊られた身体に仮想の重力がかかる。見上げた先には、必死の形相でこちらを掴む二人組。

 

 

「キリト!アスナまで!?」

 

 

「ホルンはその手、離すなよ……ッ!!」

 

「ストレアさんっ、そこまでやるなんて聞いてないわよ……っ!?」

 

 

 アスナは何やらストレアに文句を言っているが、声も腕も震えまくっていた。そもそもSTR(筋力)に全く振っていなさそうだしきついのだろう。

 だが助かった。装備重量制限を遥かに超過しているだろうが、ギリギリ上の二人も縁で踏みとどまって支えてくれている。今の内にストレアを引き上げるしかない。

 出来るだけ地表を見ないよう彼女の方を向くと、先ほども見た紅玉色の視線がこちらを向いていた。妙に嬉しそうで腹が立つ。

 

 

「──やっぱり来てくれた」

 

「言ってる場合か!今の内に上がれ!こっちもそんな長く持たない!!!」

 

 

 僕のSTR値はアスナと大差ない。人一人を引き上げることなど到底不可能だ。

 故に早々に彼女自身に上って来てもらいたいのだが……どういうわけか、ストレアは動こうとしない。それどころか今、僕の左手が掴んでる彼女の左手の指は、僕の袖に触れることすらなく伸ばされている。

 

 

「ねぇホルン。さっき助けてくれた理由聞けなかったけど、なんで?キバオウに言ったみたいに、ただのアピールだったの?」

 

「今それどうでもいいだろ!?もっとちゃんと手ぇ掴めよ!!」

 

 

 返答はない。

 左手が今更になってボス戦の疲労を訴え始めた。

 指先の力が僅かに弱まり、彼女の指先が少し遠のく。

 

 ストレアも僕の手から滑り落ちそうになってるのが分かるだろうに、依然として真っ直ぐこちらを見つめるばかりで動こうとしない。

 まさかこいつ、自分の命を担保に僕から本音を引き出そうとしているのか?いくら何でも正気じゃない。

 

 

「アタシが女の子だったから?」

 

「話を聞け!頼むからちゃんと掴み返してくれ!!」

 

 

 返答はない。

 また少し、彼女の腕が僕の手の内で滑る。小指が細い手首に触れた。

 上の二人も限界が近い。この状況でまた突風に煽られようものなら4人まとめて崖下に落ちかねない。

 

 

「アタシが使える駒だったから?」

 

「違う!!」

 

 

 反射で言い返してしまった。

 そして口元を抑えて隠すべき手は、それぞれ塞がっている。誤魔化しようがなかった。

 彼女の目が問いかけてくる。

 

 

 ダメだ、言うな。最後まで嘘ってことにしないといけないんだ。

 じゃないとあんなことやった意味がないじゃないか。

 

 

「なら、アタシってホルンの何だったの?」

 

 

 掴んだ指が彼女の親指付け根辺りまで滑った。彼女の手はまだこちらを掴み返さない。

 あと数秒で、彼女のまっすぐ伸ばされた指は僕の左手をすり抜ける。

 

 そんな光景を幻視した僕の口元から、こちらの根負けを示す言葉が漏れ出る。

 

 

 

「ッ、『相棒』だからだよ!!これで満足か!!?」

 

「……嬉しいなぁ。両想いだ♪」

 

 

 

 急に持ち上がった彼女の右手が、僕の左手首を掴んで固定する。

 揺られていた僕らの動きが多少マシになり、上の二人に向けて声を張り上げる。

 

 

「キリト!アスナ!」

 

 

「お前ら…なぁッ!!?」

 

「あとで、覚えてなさい…よっ!!」

 

 

 キリトが最後の力を振り絞り、僕ら二人を無理やり引き上げる。そうしてテラスの縁付近まで持ち上がった右手をアスナが掴み、大きなカブでも引っこ抜くようにあまりなさそうな体重をかけて引っ張った。顔とか胸とかをテラスの縁で削られたが、ようやく身体が宙吊りから解放された。

 揃って床の上で大の字に寝転がり、荒い息を吐く僕らの傍ら、唯一ストレアだけが満足気に鼻歌を口ずさんでいる。

 ぶつりと、アスナの方から何かがキレる音が聞こえた気がした。

 

 

「……私ちょっとだけ…認識、改めるわ…!ホルンくんだけじゃなくストレアさんも頭おかしい……!!」

 

「あははは…ごめんねアスナ。でも助けてくれて嬉しかったよ」

 

「どういたしまして!!そこの天邪鬼から本音を聞きたいから手を貸してって頼まれたハズなんですけどね!『手を貸す』って慣用句なのよ!?比喩表現!こんな物理的なものじゃないの!!」

 

「はぁい」

 

 

「お前ら…命がけでイチャつくのやめてくれるか……?」

 

「こんな、クソみたいな駆け引きを…ゲホ……イチャつくの一言で片づけんな…!」

 

 

 正直彼女を舐めていた。自分の社会性に欠ける言動を諫める立場になることが多かったせいで、勝手に常識人側にカウントしてしまっていたのだろう。慣れとは恐ろしいものだ。人のこと付け回す奴にまともさが備わってるはずないというのに。

 やるせなさからため息を吐いていると、身体を起こした女子二人がなぜか楽し気にこちらを見て笑っていた。余程僕が無様な振る舞いをしたのがお気に召したらしい。イイ性格してやがる。

 

 

「うん。やっぱりきみたち二人とも、悪人の才能なんてないわね」

 

「手厳しいなぁ」

 

「……知ってるよ。嘘つき続けられるほど僕が強くないことくらい」

 

「もう。拗ねないの」

 

「拗ねてない」

 

 

 取り繕えなかったことを指摘されことほど惨めなものはない。自然と口調が荒くなった。

 そんな僕の幼稚さを咎めることなく、アスナは真剣な表情をこちらに向け、諭すように口を開く。

 

 

「……納得できるかは別として、きみたちが何であんなことしたのかは、解ってる。それをできたのが二人だったことも」

 

「…………」

 

「だから『やるな』なんて言わない。控えては欲しいけど。……そして、やるなら私たちも、ちゃんと巻き込んで。仲間でしょ?」

 

「……仲間だから巻き込みたくない、って言うのはダメなのかな」

 

「それ、やられる側は庇護対象としてしか見られてないみたいでムカつくから。やめて」

 

「イエスマム」

 

 

 キリトの苦し紛れの反論が秒殺された。相変わらず僕とクラインとモンスター以外には雑魚同然だなこいつ。

 

 

「アスナ、多分二人は言ってもそんなに聞いてくれないよ。だからアタシたちも、二人みたいにやりたいようにやっちゃおう♪それでお相子だよ」

 

「……ま、最悪そうしましょうか。二人も文句はないわよね?」

 

「……はい、仰せの通りに」

 

「一人聞こえないわね」

 

 

 わざわざこっち見て言うな。分かってるから。

 

 

「…………その、好きにするとしても、ね?ストーキングはやめてほしい、です」

 

「やだ」

 

「お前この空気で文句言えるの凄いな。そして即答で切り捨てるストレアもイカれてる」

 

 

 ストレアのギアがかかった時の暴走具合は嫌というほど思い知らされたんだ。『はい』と答えようものならどうなるか分かったものではない。

 なので冗談でも何でもなく最終防衛ラインを提示したつもりだ。あっさり拒否されたが。

 

 

「ま、ホルンはこんな奴だよな。会議の時もそうだったし」

 

「ふふーん♪でしょでしょ~」

 

「ああ。最高にイカれてるしイカした奴だよ。俺の友達は」

 

 

 褒めんのか貶すのかどっちかにしろ。反応しづらい。

 どいつもこいつも、仲間だとか、友達だとか、パートナーだとか。簡単に言ってくれる。

 ……本当に、僕にはもったいない奴らだ。

 

 

「……へぇ。負けないよ」

 

「だから何に!?……あれ、アスナどうかしたのか。なんか静かになったけど」

 

「…………ストーキングって、どういうこと?ストレアさんが?ホルンくんに?してるの…?私、知らないんだけど」

 

「「「え」」」

 

 

 大人しくなったと思ったら急に泣き出しそうになっている。

 僕のプライバシー事情を哀れんでくれて……というわけでもなさそう。アスナ割りと僕に当たりキツいし。

 つまりこれはあれか。一人だけハブられたと思ってんのか。哀れな。

 ……あれ、僕キリトに教えてたっけ?誤魔化して伝え、いや……ストーカー…宿…風呂……うっ頭が…!

 

 

「昨晩宿で……ってそうか。アスナ風呂入ってたから聞いてなかったか」

 

「なんで、おしえてくれなかったの?わたしたち…なかま、よね……?」

 

「教えてどうするんだこんな情報……俺も忘れたいくらいなんだけど」

 

「やーいぼっちぼっちーw」

 

「煽ってんじゃねぇよカス!マジで叩きのめすぞ!?」

 

 

「…………うん。やっぱりアタシ、この空気が好きだなぁ」

 

 

 テラスを撫でる微風の中にそんなストレアの呟きが溶ける。

 

 

 

 

 

 誉無き勇者たちの姿を、さんさんと降り注ぐ陽光が穏やかに見守っていた。

 

 




ホルン:ちょっと絆されてきてる。自重は捨てた

キリト:今回は自分も矢面に立てたのでちょっと満足気。自重は捨てた

アスナ:いい加減暴走列車たちの扱いが分かってきた。仲間外れは嫌なお年頃。自重を捨てそう

ストレア:奴は弾けた



[Next Episode.『ヒゲと拳と大岩と』]


2025/05/13追記 秋ウサギニキ誤字報告謝謝茄子('ω')ゞ
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