VRSAO アインクラッド 100%RTA 実績【誰が為の明日】獲得まで   作:クソ煮込みうどん

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浮波柚葉引けたので初投稿です。


また2週間以上経ちました()
作者がネタひり出すのが遅いのもそうですが、やべぇ気温に負けてかPCがしょっちゅう逝きます。なんすか連日30℃越えって?ジャミラになれと?_(:3 」∠)_


ちょっとアスナ視点あんま書いてなかったなぁ、で書いてみたらこうなりました。今回約2万字です。
また誤字とかあるかと思いますが何とぞご容赦を……


『泡沫のアンダンテ』 2/2

 SAOに限らず、RPGというジャンルのゲームは多種多様な敵への対策が重要だと聞く。獣のように四足で駆けて襲い掛かってくる敵、人のように二足歩行し道具を用いる敵、翼を持ち立体的な挙動への対処が必要な敵、果ては不定形なスライムなどまで。

 異なる弱点、異なる挙動、異なる対策。これら全てを脳に叩き込み反射の域で対応するのがゲーマーという生き物だと、現在の師である少年は語った。

 方向性の違う知識を蓄積し、それを瞬時に選択する。学校のテストのようなものか、と言って微妙な顔をされたのは記憶に新しい。

 

 

「アスナ、次の子来たよ。削ってもらっていい?」

 

「了解。次はストレアさんの番だもの、任せて」

 

 

 友人の声掛けで意識を切り替え、眼前に収束したポリゴンから現れる敵に意識を戻す。

 《ウィンドワスプ》。今まで1層で戦ってきた敵たちと違う、飛行手段を持つ敵。その凶悪かつ醜悪なデフォルメ抜きの巨大昆虫の姿に一瞬頬が引き攣る。ホルンくんほど取り乱しはしないが、やはり私とて虫は好きではない。

 間合いを詰めるも、相手も即座に攻撃態勢に移った。ホバリングをやめて急上昇し、剣の間合いの外へと飛び出る。

 

 

「ギィィィッ」

 

 

(大丈夫…落ち着いて。この子(ウィンドフルーレ)の為、この子の為……)

 

 

 はやる気持ちを抑えて自身にそう言い聞かせる。頭上から響く羽音に耳を澄ませ、油断なく見上げる。

 ほどなくして5mほどの高度からワスプが飛び込んでくる。この際の姿勢から次の攻撃が判断できた。まっすぐ伸びたままなら噛み付き、くの字なら毒針。

 今回は……噛み付き攻撃か。

 

 そうして頭の中で次手を組み立てていると、眼前まで迫ったワスプが一瞬のホバリングを挿み、攻撃。慌てずに一歩分バックステップして顎を躱し、着地の足をばねに前方に突撃。左肩へと引き寄せられた《ウィンドフルーレ》がシステムの補正を受け、《リニアー》の起動を行う。

 

 

「シッ!」

 

 

 気勢の声とともに突き出された切っ先がワスプの弱点、腹の付け根を穿つ。《正確さ(Accuracy)》+3、《丈夫さ(Durability)》+1の振り分けのおかげで狙い通りの軌道で剣が吸い込まれる。

 柄越しに芯を打ち抜くような手応えが伝わり、ワスプのHPが勢いよく減少する。ゲージは5割を僅かに下回ったところで止まりグリーンからイエローに変色していた。

 現在のステータスではどう足掻いてもこれ以上のダメージは出せない。それがステータスに支配されたゲームの絶対的な壁だと理解しても、こうして一手で仕留めきれないもどかしさを感じる。

 尤も、今回は私一人での狩りではないが。

 

 

「スイッチ!」

 

「いっくよ~」

 

 

 ノックバックから解放されたワスプが飛び立つより僅かに早くストレアさんのソードスキルが発動。場所を空けるべく追加のバックステップを挿むと、駆け寄った勢いのまま、彼女の握る両手剣が鈍い風切り音を立てながら二度振るわれた。

 私の握る剣が軽さと速さを突き詰めたものなら、彼女の剣は真逆。重さと丈夫さに特化された重厚な刃で、切るのではなく叩き切る。

 左方への初撃が威嚇の為に突き出された毒針を切り砕き、続く右方への二撃目が先ほど穿った腹の付けに吸い込まれる。さしもの巨大昆虫と言えど、鉄塊とでも評すべき刃の前には紙くず同然だった。あっさりと身体を二つに千切られた怪虫は金属質な断末魔を残しながら爆ぜて消えた。

 

 

「22匹目!」

 

「お見事」

 

「ありがと~!アスナも調整バッチリだよ~。あ、次の子みっけ。今度はアタシが削るね」

 

 

 言うが早いかストレアさんはそのまま綺麗なターンを決めて次なる獲物へと駆け寄る。蜂側もすぐさまそれに反応し、上空へ飛び立って身体をくの字に曲げた。

 しかし彼女はそれを確認するとバックステップではなく、更に前へと駆け寄った。そうして両者の距離が縮まり、巨大蜂の毒針が突き出される直前になって、ようやく彼女の左足が地を踏みしめて止まる。

 重心が前へと投げ出されそうな急ブレーキ。その勢いを利用し、後方へと投げ出されていた彼女の巨剣がイエローのライトエフェクトを纏って跳ね上がる。

 

 

「ギッ、ギギッ」

 

 

「よいしょ~!」

 

 

 鮮やかな重心移動によって繰り出されたソードスキル《アバランシュ》が突き出された毒針をへし折り、そのまま蜂の胴に袈裟懸けの切創を刻み付ける。

 カウンター気味に炸裂した斬撃は、両者の勢いも相まって巨大蜂のHPをごっそりと削った。強烈なノックバックでよろめく敵のHPは残り3割といったところ。やはり純粋な攻撃性能では彼女の剣が圧倒的だった。

 

 

「アスナいーよー」

 

「お言葉に甘え、てっ!」

 

 

「ギィィィッ!!」

 

 

 入れ替わりの突撃に合わせ、同じように弱点を一突き。呆気なく残りのHPが消えてなくなり、ポリゴンとなって消えた敵と新たな撃破ログが表示される。

 

 

「21匹目!」

 

「いぇーい、連携成功だよ!」

 

「うん。やっぱりスイッチ一回で削り切れるのはペース早くていいわね」

 

「だね~。元々多人数想定の調整だから一回で削り切る方が難しいよ」

 

 

 駆け寄って来たストレアさんとハイタッチしつつそんな雑談をする。

 本来ならあの後また飛び立ったワスプが降りてくるまで手が付けられなくなるが、二人掛かりならそのままもう片方のスキルで削り切れる。一回の接敵で仕留めきれるおかげで単独での狩りよりずっと効率がいい。なので実のところ、彼らには悪いが始めからこうして組む前提で集合してもらっていた。

 こちらがこの4日間、連携練習をしっかりした分フェアではないだろうが、これも戦略の内である。この世界では貴重なスイーツの為、この程度の裏工作はして然るべきだろう。

 

 などと考えていると。

 

 

──15匹目!……おい、ホルンそっち行ったぞ!

──何だよぉおもおおお!またかよぉおぉぉおおおお!!?

 

 

 少し離れたところで狩りをしている男子二人の方から、そんな声が聞こえた。

 

 

「ストレアさんいいの?あなたの相棒さんすごい悲鳴上げてるけど」

 

「うーん……悲鳴が可愛いから、もうちょっと聞いてよっかなって」

 

「そ、そう」

 

 

 どうにも助けに向かう気は無いらしい。それどころかちょっと不穏な方向に歪んだ想いが見え隠れしている。

 ……今更ながら、ホルンくん断ちを強要されたこの4日間、彼女の紅玉色の瞳からハイライトが頻繁に旅立っていたのを思い出した。もう彼女はダメかもしれない。

 ホルンくんには強く生きてほしい。切実に。

 

 

 早くもダブルスコアが見え、片割れのホルンくんが完全な戦力外になった今。キリトくんとてこの勝負が絶望的なのは見えているだろう。

 しかし彼は果敢にも巨大蜂に切りかかる手を止めない。かなりの無茶だろうに、複数の敵を削りながら仕留めきれる獲物が降りてきた瞬間にトドメを刺すことで、無理やりこちらに追い縋っていた。蜂たちの狙いが自身と逃げ回るホルンくんで分散しているのを逆手に取った判断だろう。

 そればかりか見たことのない素手で繰り出すスキルまで活用し、一度の降下でストレアさんとほぼ同等の削りを見せている。どうやらキリトくんはあの状況でまだ勝負を捨てていないらしい。

 

 それがβテスターとしての矜持なのか、はたまた男の子の意地なのかは判別しかねるが、私個人としては非常に好感の持てる姿勢だ。やっぱり彼には、どんな困難にも剣を手に立ち向かう姿がよく似合う。教え子としても現在のバディとしても、キリトくんの奮戦は喜ばしい。

 

 まぁ、こちらもケーキは食べたいので勝ちに行くが。ついでだし後であの素手スキルのことも聞こう。

 

 

「おお~、キリトやるぅ♪ホルンの援護無しでも全然やれてるね」

 

「こっちがストレアさんの火力で支えてもらってる分、あっちはホルンくんの索敵能力とか対空能力でバランスとったつもりだったけど……悪いことしちゃったなぁ」

 

「アスナのせいじゃないよ。アタシだって虫嫌いだなんて知らなかったもん」

 

「ストレアさんでもホルンくんの知らない事あるの?」

 

「全然!ホルンあんまり自分のこと教えてくれないし。……まぁ?流石にアタシが一番付き合い長いし?アタシが他の人より知らないなんてことは無いだろうけどね」

 

 

 こうやってちょっとムキになってるのは可愛い人だと思う。容姿をはどちらかと言うと綺麗系なのに、妙な幼さがあると言うか。

 

 

「今更そこで張り合ってくる人居な「キリトが仲良しアピールしてくるけど」…そ、そうね……?」

 

 

 食い気味のインターセプトが入った。確かにホルンくんと話してる時のキリトくんちょっとテンション高いけど、別に目くじら立てるほどじゃないような。同性の方が話しやすいこととかあるだろうし。

 思わず苦笑してしまうが、彼女はそれはもう面白くなさそうに頬を膨らませていた。さっきまで彼の健闘ぶりを称えていたのが嘘のようだ。この話題は変えた方がいいだろう。

 

 

──僕のそばに近寄るなぁぁぁぁ!!

──馬鹿!お前、ホルン!馬鹿!!お前が投げてるのワスプの針!?

──知るかぁぁぁぁ!!

──ギィィィッ!!?

──あ‶あ‶あ‶あ‶あ‶8%ぉぉぉぉぉ!!?

 

 

 ……あちらはさっきより状況が混沌としているようだ。ホルンくんの暴走っぷりが酷い。

 キリトくんにも強く生きてほしい。頑張れ男の子。

 

 などと心の内でエールを送る私も、どうしようもなく苦手なものはある。そしてあまり詳しくないが()()はゲームではポピュラーな部類の敵らしい。恐らくSAOでも出てくるだろうとアルゴさんに言われて絶望しそうになった。

 なので大っぴらに言うことはないが、今のホルンくんの醜態は明日の我が身だ。情けない話だが怖いものは怖い、と言える人間が身近に居たのはちょっと心強く思う。

 

 

「楽しそうだなぁ。アタシの前じゃホルンあんなに元気ないし」

 

「あれは元気なんじゃなくて必死なだけだじゃないかしら……」

 

 

 やっぱりこの赤眼コンビ、何かがズレている。

 割れ鍋に綴じ蓋ということなのかもしれない。

 

 

「とりあえず、目標分狩ってあの二人のこと助けに行きましょうか」

 

「そうだね。まったくもう、ホルンはアタシが居ないとダメなんだから」

 

 

 ストレアさんもホルンくんが居ないとダメそうよね、という言葉を飲み込めたのは奇跡に近い。きっとこれを言ったら拗ねる。間違いなく。

 黙って小さく頷き、狩りに戻るべく意識を切り替えようとして……ふと気が付く。さっきからピコンピコンとログ更新の通知が鳴り続けていたことに。いつの間にか、二人の悲鳴が聞こえなくなっていたことに。

 

 

「……どういうこと?」

 

 

 夥しい量の通知は、その全てがパーティーメンバーに共有されている撃破ログだった。

 

 

 Horn:撃破《Wind Wasp》

 Horn:撃破《Wind Wasp》

 Horn:撃破《Wind Wasp》

 Kirito:撃破《Wind Wasp》

 Horn:撃破《Wind Wasp》

 Kirito:撃破《Wind Wasp》

 Kirito:撃破《Wind Wasp》

 Horn:撃破《Wind Wasp》

 Horn:撃破《Wind Wasp》

 

 

 何故か知らないがここにきて急にホルンくんが息を吹き返していた。それも、尋常ではないペースで巨大蜂を仕留めている。こうしている間にも新たにログが二つ分更新された。

 確かに彼の《投剣》は空中に逃げたワスプも捕まえられるし、こちらのように相手の出方を伺わなくても攻めに出られる。しかし彼の攻撃力は……こう言うとあれだが、そこらのプレイヤーに比べて劣る。彼の特異性の裏付けでありながら同時に弱点だったはず。いったいどんな魔法を──

 

 

「…………アスナ。あれ見て」

 

 

 彼女の指さす先は窪地の奥だった。あちらには確か、巨大な倒木があったはず。その周辺だけ妙にワスプの出現数が多いせいで、私も普段の狩りでは近づかないようにしていた。

 そう思いつつ視線を動かすと何故か件の一帯だけ、空が茜色に染まっている。まだ日が落ちるような時間ではないはずなのに。

 耳を澄ませてみると、風の音に混じって火の粉が散るような音が聞こえる。

 

 

「……なんで燃えてるの!?このゲーム突然発火とかあるの!?」

 

「アタシも分かんないよ!?見に行こう!確か二人があっちで狩りしてたはず!」

 

 

 嫌な予感がする。

 窪地にぽつぽつと生える木々を避け、到着したそこには……地獄が広がっていた。

 

 

 燃え盛る大樹の残骸。

 

 炎の中に飛び込む巨虫。

 

 時折り木の爆ぜる音に混じって聞こえる、ナニカの悲鳴。

 

 

 その前に立ち尽くす二人の少年。こちらからだと背中しか見えないが、どちらも異様な雰囲気を放っている。

 

 

 

「……ふ、ふふふ…ふふふふふふ。あは、アハハハハ!あははははははハハハハハ!!」

 

 

 

 遂に壊れたか。そんな言葉が脳裏に浮かぶが、彼よりも状況が壊れ切っていた。いっそ彼の方が正常なんじゃないかというくらい。

 

 

 

「あはははハハハハハ!ぶっ、文明の光ってスゲーーーー!!」

 

「ウソだろ…こんなことが……こんな攻略法が許されていいのか!!? 」 

 

 

 

 炎を前に邪悪な笑みを浮かべたホルンくんの狂笑が。その隣で膝をついたキリトくんの口からは慟哭が響き渡るのだった。

 

 

 

 

 

† † †

 

 

 

 

 

 初めの内はただ焦りがあった。こちらが山籠もりで出遅れた間に仕上がっていた二人の連携と、縮まらないスコア差に。

 俺とて《ビーター》…いや、元βテスターだ。この層の攻略も、ワスプ狩りのいろはも当然知っている。例え勝負の相手が誰であっても、劣ってちゃいけない…そう思って足掻いたけど。結果はあの様だ。とっておきの《体術》まで使っても追いつけなかった。

 

 ならせめて、こっちの都合で巻き込んでしまったホルンを少しでも早く解放してやらなきゃって。元々この勝負に限らず、ワスプ狩りが行われることになったのは俺がアスナに言った言葉が原因だ。それくらいは責任取らないと……そう思っていたんだ。

 

 

 

──ホルンそっちに逃げるのはマズい!そっちのエリアはワスプの巣だ!踏み込んだらめちゃくちゃ湧いてくるぞ!

 

 

──……え、巣を…?いや壊せるけど……女王蜂とか兵隊蜂出てきて凄いことになるから辞めた方が……

 

 

──おいそのランタンは何だ。「根絶やしにしてやる」って何言って……待てやめろ。絶対ロクでもないこと考えてるだろ!?

 

 

──止まれホルン!ストップ!タンマ!ウェイtあ‶あ‶あ‶あ‶あ‶あ‶あ‶あ‶あ‶あ‶あ‶あ‶あ‶あ‶!!?

 

 

 

 詳細は省くけど、少し前まで俺もホルンも特殊なオブジェクトを破壊するクエストをやってたんだ。真面目にやったら一生終わらないんじゃないかって、そんな絶望感すらあった。あいつはその時も奇行に走ってクエストを進めちまったけど。

 多分、それであいつは特定の手段を用いれば、比較的破壊しやすいオブジェクトがあることを知ってしまったんだろう。今回の巣も、破壊できると伝えた瞬間に目が変わった。最近よく見る()()()()時の目だった。あとは、御覧の通り。

 

 ……目に見えてワスプの行動パターンが変わったよ。今まで巣の近くに踏み込んだホルンと俺を追っていた連中が、目の色変えて燃え上がる巣の周囲で右往左往するようになった。

 社会性昆虫って巣に攻撃された際の反応凄いだろ?多分そのせいで『巣の防衛』と『外敵の排除』の二つの行動に優先順位が付けきれなかったんだと思う。俺が確認してなかっただけで、ちゃんと蜂の生態に近い行動ルーチンが組んであったんだろうな。

 

 それからは、流れ作業だったよ。

 昆虫系のMobらしく翅は薄くて脆い。ソードスキルでなくても破壊できるのは知ってたけど、その辺の炎でも燃え尽きるなんて知らなかった。この手のMobの近くに炎のオブジェクトが配置されなかったからだろうな。多分アルゴも知らないよ。

 そうやって飛べなくなって落ちてきた瀕死のワスプに、ただ剣を突き立て続けた。あっという間にキルログが埋まってアスナたちのスコアを超えてしまって……俺はどうしたらいいか分からなくなったんだ。

 

 

 

 

 

† † †

 

 

 

 

 

「……つまり、彼に余計な知恵を与えてしまった結果がこの惨状なのね」

 

 

 沈痛な表情で述べるキリトくんに私はどう返せばいいのか分からない。彼とて善意の警告と情報提供がこんな惨劇の火種になるとは想像できなかっただろう。

 そっと伺い見た先では、ホルンくんがそれはもう楽しそうに嗤い声を上げている。炎に照らされた口元は三日月のように吊り上がり、瞳はどこか仄暗く光を放つ。この世の終わりのような光景の中で一人だけこの空気を満喫していた。

 

 

すーごい!凄い凄い凄い凄い凄い!僕でもワンパンできるような死にかけの虫けら大量せいさぁん!アヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!

 

 

 ……さっきまであの蜂たちから逃げ回っていたせいか、恨み骨髄とばかりに地に落ちた蜂に曲刀を振り下ろしていた。ちょっとお近づきなりたくないテンションだ。流石のストレアさんも変わり果てた相棒を呆然と眺めている。

 

 

「心配なんかしなくても、あいつは俺が思うよりずっとたくましかった……」

 

「禍々しいの間違いじゃないかしら」

 

 

 打ちひしがれているキリトくんには悪いがちょっとテンションの落差についていけない。両極端がすぎる。

 先ほど彼にシンパシーを抱いたことを撤回したい気分だ。私の『苦手』と模範解答の外側で暴れ回る問題児の『苦手』を同列で比較なんてするべきじゃなかった。

 

 

「で、でも結果的にホルン立ち直ったしいいんじゃない…?」

 

「それはいいんだ…いいんだけど……!!」

 

 

 ストレアさんの疑問を遮るようにダンッ、と地面を強く叩きながら、なおも少年は呻く。

 

 

「あいつの思い付きの奇行の方が、俺が真面目に剣振って倒したのより効率いいのが納得いかない……!!」

 

「そんなの知らないわよ」

 

 

 己の無力を嘆くような雰囲気だったのに途中からゲーマー魂が隠せていない。いつの間にか話の趣旨が『なんか悔しい』に収束した。彼に毒されてか徐々にキリトくんも図太くなってきている。

 心配して損した、という言葉は要らない心配をしただけ、というニュアンスで使われがちだが、今回に限って言えば本当に損した気分だ。この話を聞かされた分の時間を返してほしい。

 

 

「ほ、ホルン…ほら落ち着いて?炎近いから、あんまり前出ないで?ね?」

 

「やばい超楽しい…!!昔スズメバチの巣を火炎放射で焼き払う動画見てからずっとやってみたかったんだ!夢が一つ叶った!!」

 

「ホルン壊れちゃった……」

 

 

 なんて邪悪な夢だろうか。今まで度々彼の加害性の強い振る舞いに物申してきたわけだが、この分だと内包している闇はもっと深いのかもしれない。もうちょっと優しくしてあげようと思う。

 とは言え先ほどに比べれば会話が出来そうな雰囲気まで回復している。自力でトラウマねじ伏せてくる精神力は流石と言うべきか。副次的な被害が大きく見えるのは気のせいだろう。そうだと思いたい。

 

 

「なぁキリト、このゲーム銃とか弓とか出てくるかな。やりたいことあるんだけど」

 

「……どうせ『ハチの巣にしてやる』とか言いたいんだろ」

 

「なんで分かったし」

 

「わからいでか」

 

 

 瞬間、キリトくんがホルンくんの胸ぐらを掴んで立ち上がる。そして我慢の限界とばかりに声を荒げた。

 

 

「さっきからなんなんだよお前…急に火ぃ点けるし、銃だの弓だのと……!」

 

「お。クソ陰キャモード終了っすかキリトちゃん」

 

「このゲームのタイトル知ってるか!?ソード!アート!オンライン!!お前がやってるのグラ〇フの最新作じゃないんだぞ!!?」

 

 

 いつぞやの宿で爆発した時のような取り乱し方だった。ホルンくんの言動はキリトくん的に許せない限界ラインを踏み抜いたらしい。

 恐らくだがこのデスゲームになってしまった今でも、彼はSAOというゲームを憎めなかったのだろう。超高倍率の抽選をくぐり抜け、2ヶ月間のβテストの冒険の記憶があるが為に。今でも時折βテストでの知識や経験を披露するときに嬉しそうにしているくらいだ。思い入れは相当なものだろう。

 そんなキリトくん迫真の訴えに思わず私とストレアさんは黙り込む。

 

 

 

「倫理観wオwフwラwイwンwww」

 

「放せストレア、今日こそコイツのにやけ面ぶっ飛ばす!!」

 

「ダメだよカーソル変わっちゃう!ホルンもやめなさい!」

 

 

 

 ホルンくん(煽りカス)は絶好調だった。寧ろ存分に復讐を済ませて普段より上機嫌に煽っている。

 男子のじゃれ合いってこんな感じなのだろうか。キリトくんグーが出そうになってるんだけど。キリトくんとストレアさんの腕の辺りからミシミシとか聞こえる。

 

 男子二人のしょうもない争いが始まり、どこでストップをかけるか悩んでいると、炎の中からひときわ大きな叫び声が上がった。

 それを耳にした全員の表情が引き締まり、各々の得物を手に迎え撃つ構えを取る。どれだけふざけていようと、伊達にこの1ヶ月を生き抜いてきたわけではない。

 

 

 炎の壁を裂いて現れたのはまさしく怪物としか呼べないモノだった。

 通常のワスプより二回りほど大きい身体、それを浮かび上がらせる小さめのサーフボードほどもある翅。体長の半分を優に超える腹部の先には、針と言うよりはショートスピアの如き毒針が生え、そこから刺激臭のする液体を滴らせている。

 

 

「ギィィィッ」

 

 

 表示された名前は《ウィンドワスプ・クイーン》。

 体長2m弱の怪虫に相応しい貫禄のある名前……なのだが。

 

 

 

「女王蜂出てくるの早……俺がβで頑張ってた時は、1時間くらいかけて取り巻きと巣を交互に殴ってようやく引きずり出したんだけどなぁ」

 

「……HPゲージ、1段目ほぼ無くなってないかしら」

 

「翅もよく見たら先端無くなってない…?なんか、すごくふらふら飛んでるような」

 

「虫の息ってことか」

 

「「「ホルン(くん)ちょっと黙ろうか」」」

 

 

 彼が住処に火を放ったせいだろう。本来二段あるべきHPゲージは半分ほどまで減り、荘厳であったはずの外観も煤まみれの上にボロボロ。見るも無残な姿での登場だった。

 心なしか、無機質な複眼にホルンくんへの並々ならぬ憎しみを感じる。

 

 

「こいつは勝負に関係ないし、共闘でいくぞ」

 

「異論はないけど…ホルンくんは大丈夫?さっきのより大きいけど」

 

「殴れる敵なら神でも殺す!虫けら共にヒエラルキーって奴を刻み込んでやる……!」

 

「どうどう、ホルン落ち着いて」

 

 

 殺意すっご。

 

 

「…………平気そうだし普通にやろうか。定期的に兵隊蜂呼ぶからそれにだけ注意しよう。他は通常サイズと一緒だ」

 

「…………その兵隊蜂って、女王蜂の周りに落ちてるアレのこと…?」

 

 

 キリトくんの声が詰まったのでそういうことなのだろう。目の前のボスの周囲には、例によって翅を炎に焼かれた瀕死の蜂が地を這っていた。通常個体より黒みの強い外殻を持ったそれらの頭上には《ウィンドワスプ・ソルジャー》という名前と、ほとんど残っていないHPゲージが浮かんでいる。

 恐らく本来は先日のフロアボスを小規模にしたような戦闘になったのだろう。強大なボスと従えた取り巻きを、チームワークで攻略するような。それがたった一人の少年の放った火で全てめちゃくちゃである。

 

 

「……普通って、なんだっけ」

 

「市井に広く普及した規範とか?だから、僕の狩り方が普及したらこれが『普通』になるよ」

 

 

 相方の少女の哲学的な問いに、赤眼の少年はそれはもう愉快そうに答えた。空いた左手に懲りずにランタンを構えている。イイ笑顔だった。

 キリトくんが再び膝から崩れ落ちたのは言うまでもあるまい。

 

 

 

「火を点けよう…燃え残った虫けらに」

 

「こんなの俺が知ってるSAOじゃない……ッ!!」

 

 

 

 機動力と数の有利を奪われたボスの断末魔が炎の中に消えたのは、この5分後のことである。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 狩り(蹂躙とも言う)を終えて2層主街区《ウルバス》に辿り着いたのは午後7時を超えた頃だった。日の高かった頃に流れたフルートの旋律や、昼下がりに流れるオーボエの音に代わり、今は街の至る所にある鐘楼(しょうろう)の澄んだ音が響いている。

 ゲートを足早に潜りると目の前に《INNER AREA》と紫のポップアップが立ち上がり、それを確認して4人揃って息を吐く。

 やはりフィールドに居る間ずっと視界の端にHPゲージがあるというのは落ち着かない。これが尽きた時に自分は死ぬのだと有無を言わせず突きつけられているような気がしてしまう。

 少し前までそんなことを気にもせずに擦り切れるまで戦っていた日々があったはずなのだが。日常の形が変われば文句も変わるのは何とも贅沢な悩みだ。

 

 

「ひとまずご飯食べちゃいましょうか。この時間は混んでるし」

 

「ケーキ食べたかったなぁ」

 

「僕が一人勝ちした途端に勝負を無しにしたのお前ら3人だろ……。んで?キリトはどうしたん、そんなきょろきょろして」

 

「いや……賑わってるなって思って。俺この時間に《ウルバス》来るの初なんだけど、いつもこうなのか?それとも今日なんかあったっけ?」

 

 

 周囲のレストランから聞こえる賑やかな笑い声が気になるようで、彼はおずおずと尋ねた。

 集団心理か帰巣本能か、この時間はどこの町や村に行ってもプレイヤーたちが帰ってきていそうなものだが。どうにもキリトくんもホルンくん同様人目を避ける生活をしているらしい。

 

 

「……どこかの誰かさんたちが1ヶ月経っても攻略の進まない、どうしようもない停滞感を壊してくれたおかげ。みんな明日に希望を持てるようになっただけよ。特別なことなんかなくても、他の町や村でも、こんな風にみんな笑ってるわ」

 

「そうそう♪だからもっと堂々としなよキリト。みんなで勝ったからこの景色があるんだって、胸張って歩こ?」

 

「…………そっか。そうだよな」

 

「びくびくしてる方が悪目立ちするもんね。後ろめたいことしてます、しましたって言ってるようなもんだし」

 

 

 それはそうなのだが、もうちょっと言うタイミングなかったのか。今ちょっとしんみりするとこだったろうに。

 3人分の抗議の視線を向けるがホルンくんは知らんぷりだ。同じ汚れ役を買った立場とは思えないほど堂々としてる。ある意味正解なのだろうがこう……釈然としない。

 

 

「きみはもうちょっと気にしてほしいけど……その謎のレインコートとか」

 

「え……やっと言及された…?もうずっとスルーされると思ってたんだけど。陰キャがおしゃれなんて生意気だとか内心思ってるんだろって」

 

 

 太々しい時と卑屈な時の温度差。あときみは私たちを何だと思ってるの。

 

 ぼやく彼は4日前と異なる装いをしている。腰に下げられた曲刀や革製の胸当て、ダガーの詰まったホルスターはそのままに、上から新たにコバルトブルー色のレインコートを羽織っていた。

 大きめのフードが付いているし暗めの色合いだから変装用なのかもしれないが、微塵も天気感のない見た目のせいで却って気になる。今衆目が集まっていないのは、仲間との談笑や料理を堪能することに集中しているからだろう。

 

 

「……結局何だったんだそのコート。俺の《コート・オブ・ミッドナイト》の真似?」

 

「自意識過剰か。普通に隠蔽率ボーナス?あるってストレアが言ってたから狩りの前の買い出「デート!」と、そこのお花畑がほざく買い物中に買っただけだよ」

 

「スルースキル高すぎない?もうちょっと照れてもいいだろ」

 

「宿特定された直後に買い物にまでついてきたんだぞ。背中冷え切ってるわ」

 

「なんかごめん……」

 

 

 デートと聞こえた時は一瞬私の中の乙女センサーにピン!と来たのだが、実情を聞くと何とも言えない気分になった。相変わらずホルンくんのプライバシーはボロボロらしい。

 

 

「ちなみに暗色系の装備には全部隠蔽率ボーナスあるけど、そもそも《隠蔽》持ってないならボーナス意味ないからな」

 

「どーりで虫けら共に狙われるわけだよ……」

 

「折角だしホルンも《隠蔽》取ったら?アタシが熟練度上げに効率のいいやり方、手取り足取り教えてあげるよ♪」

 

「《隠蔽》ねぇ……ストレアとアルゴ振り切るのに使えそうだし持っておく「やっぱり教えなーい」コイツ……」

 

「……今のは思っても口にしない方が良かったんじゃないかしら」

 

 

 やっぱりこの二人の距離感は独特だ。見てて退屈はしないが近くで巻き込まれたくない感じのドタバタ感がある。

 

 

「ん。みんな着いたわ」

 

「ご飯だ~♪」

 

「……やっぱこの店なんだな。アスナここ自力で見つけたのか?」

 

「まさか。アルゴさんに聞いたのよ。『人があまりこないNPCレストランはないか』って。ケーキの話もその時のついでに知ったの」

 

 

 なるほど、と答えている彼もこの店は知っているのだろう。βテスト経験者ということもあるがなんとなく彼、こういう表通りから離れた隠れ家的な場所好きそうだし。反応を見るに概ね合っているようだ。

 人物評価の精度を内心で自賛しつつ、変装用のウールケープを解除。奇異の視線が嫌で付けているがやはり布面積のせいかそれなりに肩にクる。こうして友人たちと気兼ねなく食事できる場では外していたいものだ。

 

 店内は情報通りに空いており、いくつも並んだ丸テーブルの席に着いているプレイヤーの姿はない。受付のNPCに声をかけると予約時のID照合が通ったようでその内の一席に案内される。

 思えば夕食の時間は母の小言と叱責を気にしてばかりだった。食事を楽しんだのは遠き過去になり、機械的にナイフとフォークを動かす作業する日々。それがこうしてゲームの世界で、友人たちとの賑やかな食卓に着いているのだから不思議なものだ。

 

 ウェイターのNPCが「ごゆっくりどうぞ」という言葉とともに運んできたメニューはパン、サラダ、シチューとシンプルなものだったが。同じ席に着く友人たち同様、1日の冒険を終えての食事となると急に華やいで感じる。

 4人分の『いただきます』が店内に響き、自然と次なる話題は目の前の食事に移る。

 

 

「クリームシチューだ……良かったぁ。フロアテーマが牛って言ってたし、それに合わせてビーフシチュー来るかと。僕そんな好きじゃないんだよね。酸味もそうだけど、牛肉が」

 

「好き嫌いしちゃダメだよホルン。おっきくなれないよ」

 

 

「俺はパンが柔らかい方が嬉しいかな。黒パン買うこと多いし」

 

「安いけど硬いわよねあれ。……この間キリトくんに貰ったクリーム乗せは美味しかったけど

 

「アスナ何か言ったか?」

 

「っ、なんでもない!」

 

 

「……難聴系ラブコメ野郎ってマジでいるんだ。爆ぜろよ」

 

「ホルンホルン。ほらあ~ん♪」

 

「別に要らな……って待ってコレナニ?」

 

「…?シチューのお肉だけど」

 

「…………え、これ牛肉じゃね?この店クリームシチューに鶏肉採用しないの?」

 

「嘘でしょ……?」「マジ?肉変わったのか」

 

 

 

 少しばかり不穏だったが、概ね楽しい時間となった。全員の目の前の皿が空となり、この穏やかで温かい時間がもうすぐ終わってしまうのだと、少し寂しくなる。

 

 

「お腹いっぱい~。アスナご馳走様♪」

 

「ご馳走さん」

 

「こっちこそありがとう。みんなのおかげで素材集めもスムーズ……うん、スムーズに終わったし」

 

「なんで言い淀んだんですかね」

 

 

 きみが原因だからよホルンくん。

 

 

「……あーあ、これでケーキも食べられれば完璧だったのになぁ」

 

「まだ言うか」

 

「まぁまぁ。またの機会に、ってことでいいじゃないか。俺も今度競争する時はちゃんとコイツの監視「あ。大丈夫。今度はアタシがホルンと組むから」そ、そうですか……」

 

 

 ……正直ストレアさんほどは言わないが食べてみたかったというのが本音だ。この世界でスイーツに該当するものが貴重な上に、たっぷりとクリームの乗った絶品ケーキだという。情報を売ってくれたアルゴさんも『一度は試す価値があるヨ』と言ってくれた代物、気にならない方がおかしい。

 しかし(手段がアレだったが)勝負に負けた上に、こちらは早い段階でストレアさんと話を付けて連携の練習までして勝てなかったのだ。仕方ないと言う他なかった。

 

 3人の会話に曖昧な笑みを返しつつ、代金の支払いの為席を立とうとした私の前にコトリと、一つの皿が置かれた。

 薄緑の皿の上に乗っているのは巨大なクリーム塊としか形容の出来ない何か。そしてそれは、情報屋の女性から渡された資料に乗っているものと酷似していた。

 

 

「これって……」

 

「お待たせしました、デザートの《トレンブル・ショートケーキ》でございます」

 

「アタシの分も?アスナありがと~!」

 

「…………私じゃ、ない」

 

「え、じゃあどういう……」

 

 

 NPCウェイターが去り、少し静かになったテーブル。その内二人分の視線が目の前の皿に乗ったケーキから外れた。

 

 

「すげー。バカの考えたケーキって感じのブツ出てきたわ」

 

「…………一辺18cm、先端角60°くらいか…?改めて見るとサイズヤバいなこのケーキ……。あ、先に言っておくけど俺じゃないよ」

 

「……ホルンくん?」

 

「うそ、ホルンがこれ頼んでくれたの?今日変なものばっかり買って散財してたのに。お金ないんじゃなかったの」

 

「僕の懐事情を雑に開示するのやめない?名誉棄損だろソレ。あと出費が痛いと言っただけで宵越しの金が無いレベルじゃねぇわ」

 

 

 テーブルに行儀悪く肘を突き、胡乱な目で反論する少年に、私は言葉を返せなかった。

 そもそも本来今日の勝負は(手段は以下略)彼が勝っていたはずだった。その上本人はこのケーキへの執着だとか微塵もなく、《ウルバス》までの道中でもストレアさんがケーキの恨み節を言うたび、雑にあしらっていた記憶がある。わざわざ注文する理由が無いはず。

 それも、何故か組んでいたキリトくんと自分ではなく、私とストレアさんの方にだけケーキが配膳された。ついでに目の前で「キリトは食いたかったら自腹で買えな」とまで言っている。意味が分からない。

 

 

「……何さ。食いたかったんじゃないのそのケーキ」

 

「そう、だけど」

 

「なら早く食べなよ。食べ終わるまで動けないじゃん僕ら」

 

 

 ぶっきらぼうにそう告げて顔を明後日の方に逸らそうとし、隣のキリトくんに横腹を小突かれていた。

 そのせいで軽く咽た彼はキリトくんを一睨みすると、微妙に面白くなさそうに、ため息をついてからぽつぽつと零した。

 

 

「……別に。ただのお詫びだよ。この間の…ボス部屋の奴」

 

 

「時間が無かった、反対されたらその段階で詰んでた……言い訳はいくらでもあるけど、相談も無しに二人の立場を…勝手に決めたことは、悪いと思ってる」

 

 

「だけどちょっとこう……個人的な理由になるけど、頭を下げておしまい、っていうのが気に入らなくて。ほら…口先だけならなんとでも言えるし、態度だって本人の前で取り繕えばいいだけっていうか」

 

 

「だからその、二人が食いたがってたバカみたい…じゃなかった、バカ高いケーキなら……こう、金銭的にですね。なので……うん、この間のこれで手打ちな。よし、終了」

 

 

 

 捲し立てるように告げられた震え声に、しばし私もストレアさんもポカーンとした顔を晒してしまった。

 

 何と言うか、とても不器用な少年だ。キリトくんも繊細だったり不器用なところはあるが、ホルンくんの迷走っぷりはそれ以上だ。言わなくても良さそうなことまで言って、謝罪のつもりなのかただ煽ってるのか分からない怪文書になっている。

 確かに言われてみれば納得するところも、同意するところもある。特に女子校育ちの私にとって、口先だけの謝罪だとか頭を下げるだけの謝罪はそれこそ吐いて捨てるほど見てきた。彼にしても似たような経験があるのだろう。

 だからそう。この面倒な価値観を持った少年が、それでも自分なりにこちらを尊重しようとしてくれたのだという、とても捻くれた誠意と優しさが分かった。

 

 そう思うと彼が言い終わってから横目で、気まずそうに窺ってくるのもどこか愛嬌がある。なるほど、キリトくんやストレアさんは彼のこういうところを気に入ったのか。

 

 

「……わかりました、今後私からあの日を蒸し返すようなことはしないわ」

 

「そうしてほしいね」

 

「……それはそうと、ありがとう。あと、頂きます」

 

~~~っ!やっぱり可愛いなぁホルンは♪」

 

「やめろ。寄るな。重「なぁに?」羽のように軽い」

 

「……俺よりお前の方がずっとラブコメしてるよ」

 

「目ぇ摘出してこい。クソの役にも立ってないじゃんお前の」

 

「そこまで言う???」

 

 

 ワスプ狩りの時とはまた違った具合に混沌としてきたが、不思議とたしなめる気になれない。むしろこのままずっと見ていられたら…なんて思ってしまう。それくらいこの賑やかな食卓は、私の目に眩しく映ったのだ。

 

 

 ……こんな日々が、ずっと続きますように。

 

 

 目の前の喧騒を眺めつつフォークを入れる。クリームの下から現れたフワフワのスポンジ生地は、この時間を祝福するような黄金色だった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 すっかり夜の(とばり)の下りた街中を歩きつつ、舌の上に残る幸福の余韻に浸る。

 あれは確かに価値のある物だった。ただ自分で買って食べる物より、ずっと。

 

 

「美味しかったねぇ」

 

「ええ……最高の一皿だった」

 

「ああ……βの時よりも更に美味くなってた。クリームの口どけとか、物足りなくもくどくもない絶妙な甘さとか」

 

 

 ストレアさんはともかくキリトくんもスイーツはイケる口のようだ。また新たな友人の一面を知れて自然と頬がほころぶ感覚がする。

 

 

「味覚エンジン担当の人、頑張っちゃったのかな。アタシ的には嬉しいけど」

 

「そういう話聞くとβ版も食べてみたくなってくるかな。……上の層のスイーツも知ってそうだし、キリトくんが羨ましいかも」

 

「こ、こればっかりは仕方ないだろ。…………それにひきかえ……」

 

 

「うえ"ぇ"ぇ"え"……甘いよぅ…甘いよぅ…………」

 

 

 ジトリと彼が目を向けた先、私たちと正反対の反応を返している4人目の友人の方を見る。顔をしかめ、力なくふらふらと歩く少年を。……何故かその背後に、しわしわ顔の黄色いネズミのような生き物が見えた気がした。

 

 

「……甘味であんなに苦しむ奴初めて見た」

 

「アタシのケーキ分けてあげたのに!もう!」

 

「…………照れ隠しでも何でもなく、本当にスイーツダメだったのねきみ。その割には勝負を無しにされたとき文句言ってたけど」

 

「うえぇぅ……だって、ほら。せっかくバカみたいな金の使い方してる奴笑う機会奪われたら、面白くないじゃん」

 

「カスみたいな原動力で勝負してやがったなコイツ」

 

「……ホルンの育て方、どこで間違っちゃったかなぁ」

 

 

 色々台無しだった。あとストレアさん落ち着いて、キリトくんの話聞く感じあなたに会う前からさほど変わってないはずよ。

 

 

「なんで甘味ダメなんだ。スズメバチのアナフィラキシーショック(弐撃決殺)に怯えるのとは話が違うだろ」

 

「…………昔、『甘ければ甘いほど美味しいはず』とか言って、砂糖が溶け切らない量ぶち込まれたチョコをくれた子が居やがりましてね。そのチョコ食って血糖値スパイクでぶっ倒れて以来苦手意識が……」

 

「意味不明な場所にばかり弱点あるなお前……」

 

 

 好き嫌いではなくまたトラウマだったのか。今まであまり自分の過去とか話してくれないタイプかと思っていたが、これも仲間意識の一環なのだろうか。そうだとしたら、少し嬉しい。

 それはそうとキリトくんのβテスト冒険録並みにレパートリーがあるトラウマ集だ。一体どんな幼少期を過ごしてきたというのか。

 

 

「…………そのチョコくれた子、ひょっとして女の子?」

 

「そうだけど」

 

「ふーん……ふ~~~~~ん」

 

「何その反応。ダル絡みの前準備?……痛っ、ちょっ…無言で襲い掛かってくるな…!」

 

 

 ストレアさん的にはあまり嬉しくないエピソードだったようで拗ねていた。それはもう不満そうに彼に頭突きしている。そのまま歩いているせいでかなりシュールな絵面だ。

 可愛らしい独占欲だなぁとキリトくん共々苦笑しつつ、そろそろ助け船を出してあげることにした。

 

 

「ところでキリトくん。この四つ葉のクローバーのアイコン何なの?食事前は無かったと思うけど」

 

「これ?《幸運判定ボーナス》のバフ。教会で高いお布施して付けてもらったり、元々ボーナスの付いてるアクセサリー類の装備、あとは一部の飲食で獲得できる奴。βの時はこのケーキには付いてなかったんだけど、その辺も本サービスで変えてきたんだろうな」

 

「……なんの役に立つのさ。ギャンブルとか?」

 

「毒とか麻痺みたいな状態異常判定への抵抗値上昇、武器落下(ファンブル)転倒(タンブル)発生率の低下は確認されてる。あとはホルンが言ったみたいなレアドロップの確率にも影響がある……って噂になってたけど、こっちに関しては真相は不明。βで7層のカジノに行く時とか試したんだけどなぁ……本当に幸運になってたのかなアレ」

 

「あ、これがホルンの言ってたキリペディア。……ふんだ、アタシだって負けないから!ほらホルン、アタシにも聞いて!何でも答えるよ!」

 

「いや利用するためにプライバシー差し出さないといけない情報源はちょっと……いった!?だから何度も頭突きしてくんな!僕は除夜の鐘じゃねぇんだぞ!!?」

 

 

 相変わらず彼のゲームへの知識量には驚かされる。しかも情報の精度もレスポンスも早い。この経験の蓄積量が彼の挙動から無駄を無くしているのだろう。最後の辺りに残念なエピソードが聞こえたような気がするが、多分気のせいだ。隣で赤眼コンビが倒錯的にじゃれ合ってるのも気のせい。そうに違いない。

 

 

「でも15分しかないのねこれ。フィールドに行くには足りないんじゃないかしら」

 

「だよなぁ……。でもせっかくのバフだし有効活用したいし…………うーむ」

 

 

 ひとまず二人は放置してキリトくんと有効活用方法を考えてみる。恐らくは運の関わる要素であればシステム的な補正がありそうだが、早々そんなものは思いつかない。ゲーム初心者というのもあるが、なんと言うか……運よりも実力で勝負!という思考が頭の片隅から離れないせいで。15年間の競争人生は私の価値観を些か精鋭化し過ぎているきらいがある。

 なので実質キリトくん頼りなのだが妙案が思い浮かばないのはあちらも同じようだ。ゲーム的な表現なのか、両耳から蒸気が噴き出るくらい悩んでくれていた。

 いっそそこの夫婦漫才*1を中断させて一緒に考えてもらおうか、と悩んでいた、その時。

 

 

──カン…カン……

 

 

 遠方からそんなリズミカルな槌音が聞こえ、私とキリトくんはほぼ同時に顔を向き合わせた。考えたことは同じらしい。

 

 

「試してみるか」

 

「そうしましょう」

 

 

「え、なに?方針決まった?決まったんならこの頭突き虫どうにかしてほしいんだけど。……もしもしキリトアスナ?なんで僕置いて行こうとしてんの?もしもーし?」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 約5時間ぶりに訪れた《ウルバス》の東広場は随分と静まっていた。昼間はそれこそ2層開通で1層から観光に来たプレイヤーも多く、とても賑わっていたが、今は夜限定らしいNPCの露店周りと広場外縁のベンチに数人いる程度。

 しかし私たちがこの場を訪れたのは観光目的ではない。今日起きたあらゆる出来事の発端がここにあるからなのだ。

 

 

「こんなことなら《幸運判定ボーナス》、武器強化の確率にも乗るのか調べておけばよかったかな」

 

「でも効果が無いとしても、マイナス方面の効果はないのでしょ?なら試して損はないはずよ」

 

「アスナこれから武器強化済ませちゃうことにしたの?」

 

「ええ。バフの効果もあるけど……その、せっかくならみんなにも私の剣が生まれ変わるとこ見てほしいかな、って」

 

「そういうことならアタシたちも付き合うよ!ね、ホルン」

 

……帰って寝「ね???」いやぁ楽しみだなぁアスナの剣が強くなるの!」

 

 

 満場一致によりこの案を可決。全員で揃って広場北東の隅にある露店へと進む。

 先ほどよりも近くにカン、カンと硬質な音が響き、耳のいいホルンくんはやや顔をしかめていた。ストレアさんが手で塞ごうとしたのを払い除けている辺り、我慢できないほどではないのだろう。

 

 

「必要分は集まってるよな?」

 

「ええ。……むしろそこに、巣ごと滅ぼした人が居るから過剰なくらいだと思うけど」

 

「……しばらくワスプ素材の流通価格狂いそうだな」

 

「ゲーム内で売値と買値が変動するの?」

 

「MMOってそういうものだよ。プレイヤー全員が自由に振る舞えるからそれに合わせた無限大のプレイスタイルが生まれるし、プレイヤー各自の行動がコンテンツ全体に大なり小なり影響を与えてるんだ。アイテムの流通とかもその一つ。供給量が有限だからこそ商人職の需要次第で相場が動くよう設計されてるんだ」

 

 

 それは一つの世界なのでは、と思わなくもないが、なるほど、キリトくんの並々ならぬ熱意もそんな世界の一端に居るという帰属意識があるからなのか。これはのめり込む人はハマりそうだ。

 流石にそこまでの熱意は無いので彼の気分を害さない程度に頷き、話を進める。いつの間にやらバフの持続時間は7分まで減っていた。このまま彼のゲームトークで時間を潰しては本末転倒だろう。

 腰の剣帯から鞘ごと《ウィンドフルーレ》を取り外す。

 

 

「こんばんは」

 

 

 男子二人からよく怖い人扱いを受けるので努めて明るく、声を張らないように話しかけたつもりだったが。その受け取り相手である鍛冶屋さんは、申し訳なくなるほど慌てた動きで金床から顔を上げた。

 

 

「こ、こんばんは。いらっしゃいませ」

 

 

 声を上げた人物は小柄な男性だ。やや骨太でがっしりしているが、丸顔と困ったように垂れた眉、そして宿で打ち明けてくれた時のキリトくんのような不安そうな声。噂になるような腕前の鍛冶師にしては、やや頼りない印象を受ける。

 しかし横柄でない態度やよく手入れのされた仕事道具のおかげか実直なイメージが湧く。

 

 

「お、お買い物ですか?それともメンテですか?」

 

「強化をお願いします。この《ウィンドフルーレ+4》を+5に。種類は正確さ(Accuracy)、素材は持ち込みで」

 

「は、はい……素材の数は、どれくらい……?」

 

「上限までで。鋼鉄板が4つに、ウィンドワスプの針が20個」

 

 

 鍛冶屋さんに答えつつ軽く目配せをすると、ホルンくんがオブジェクト化した麻袋いっぱいの針が手渡された。……いや多い。多すぎる。最終的に巣と一緒に100匹以上焼き払っていたから彼が一番持っているとは思っていたが、想像の数倍はあった。キリトくんが言うには今なら高く売れるみたいだし、これだけあればケーキの代金くらい屁でもないのでは。

 他2人もその光景に若干引いていたが、仕事の依頼をしている最中だ。すぐさま表情を取り繕い、麻袋から必要分だけ分けてもらって返却する。……不思議そうに首を傾げないでほしい。私は別に虫の残骸を集める趣味があるわけではないのだ。

 そうして素材と《ウィンドフルーレ》を鍛冶屋さんに預け、指定代金の支払いを済ませる。ホルンくんの行動に引いているのか、彼はずっと困ったように眉をひそめていた。

 

 

「……強化のご依頼、承りました」

 

 

「全然針必要ねぇじゃん。乱獲した意味。……これ成功率どんくらい?」

 

「お前のは半分以上私怨だったろうが……。添加剤を限界投入してブーストしてる、95%だな」

 

「その数値なら幸運要らなくない……?」

 

「もう!そういうこと言わないの!お口チャック!」

 

 

「…………その、うるさくしてごめんなさい」

 

「い、いえ!お構いなく。……仲のいい、方々なんですね」

 

「──ええ。自慢の友人です」

 

 

 謝罪がてら少しでも緊張を解そうと思って話しかけたのだが……何故か裏目に出たようで、鍛冶屋さんはいっそう表情を歪めると、そのまま強化作業に入った。ちょっと馴れ馴れしすぎただろうか。

 ならせめて彼の集中を絶やさないよう静かに、と思っていると、唐突にストレアさんが私の右手の人差し指を摘まんだ。

 

 

ひゃっ!?……なによストレアさん」

 

「んふふ~。幸運のお裾分けだよ♪こうすればアタシの幸運バフもアスナに加算されるかもしれないし。ほら、ホルンとキリトも♪」

 

「……えっと。じゃあ、失礼して」

 

「僕のなけなしの幸運分けてるんだから、後でこのこと訴えんなよー」

 

 

 そう言うとキリトくんが薬指を、ホルンくんが親指を控えめに摘まむ。

 少しばかりこそばゆいが、それ以上に、胸の奥が熱くなった。一人で生き、擦り切れるまで戦うと決めていた時には無かった熱。この人たちに出会えなかったら無かったであろう、大切なナニカ。

 

 ……本当に、今日は素敵な1日だった。

 

 カン、カンと響く槌音をBGMに、少しばかり思いふける。キリトくんに声をかけたところから始まる一連の冒険。先ほどのレストランでの会話。

 何気なく居てくれる、大切な仲間たちとの心温まる出来事を。

 

 多分私、今どうしようもなく幸せだ。この人たちに出会うためにナーヴギアを被ったのだと、そう言ってしまえるくらい。

 あの日の私に会えたらこう言ってあげたい。「あなたもみんなに会えるまで、生きるのを諦めないで」って。

 

 明日が楽しみだ。この友人たちと、この子(ウィンドフルーレ)で冒険をするのが。きっと今日より剣の冴えも増しているはず。今度こそ、競争して勝ってみたい。

 

 

 そう思っていた。

 

 

 

──カン、カン……カン…………パキィンッ!!

 

 

 

「────え?」

 

 

 

 数えて10回目かの槌音が、急に変わった。まさか外れ側の5%を引いたのかと思った私の視界には……何故か、粉々に砕けた愛剣の姿が映った。

 

 

 

「なん、で」

 

 

 

 そう声を溢す間にも、愛剣の姿が消えてゆく。淡い水色を帯びた細身の刃も、円形の鍔も、白い革の巻かれた柄も、何もかも。水色のポリゴンへと姿を変えて、虚空に溶けていく。

 

 

 

「わた、し……の」

 

 

 

 うぃんど、ふるーれ

 

 

 ……今目の前で、愛剣を構成していた最後のポリゴンが消失した。

 

 

 

 

 

 私はようやく、思い出した。

 

 日常とは、唐突に崩れ去るものなのだと。

 

 

*1
ホルンは断固として否定している







[Next Episode.『悪逆の(いざな)い』]


追記 のうこニキ誤字報告感謝です('ω')ゞ

2025/07/22追記 秋ウサギニキ誤字報告謝謝茄子_(:3 」∠)_
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