VRSAO アインクラッド 100%RTA 実績【誰が為の明日】獲得まで   作:クソ煮込みうどん

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水着ティーパーティーと水着ハスミ引けたので初投稿です。



透き通るような4天井でした()


昨日投稿したつもりが予約投稿になってましたすいません(白目)
例によって長いです


『悪逆の(いざな)い』 1/2

 最善を尽くしたはずだった。

 

 昼間、俺とアスナが見た4連続強化失敗。あれを見て妙な胸騒ぎがしたのが事の発端だった。

 それを見た俺はアスナがあの鍛冶屋──《Nezha's Smith shop》という立て看板があったし名前はネズハでいいのだろう──に依頼をする予定と聞いて、慌てて引き留めたのだ。やめた方がいいと。

 アスナがその時言った「コインの表が出る確率は、何回飛ばそうが50%」という論は正しい。SAOの武器強化も『成功』と『失敗』の二つの結果でしかないのだから、たとえその『成功』が選択される可能性がどれだけあっても、究極的に言えばコインの裏表と同じなのだ。

 

 俺とて理屈ではアスナが正しいと理解しているし、その割り切り様はある種清々しいとさえ思った。しかしゲームでこのテの運が絡む要素というのは数値だけで表現されない、ギャンブルのような流れと言うものがある、というゲーマーの側面が否を告げる。

 

 悲しいことに、俺はこの嫌な予感に裏切られたことはほとんどない。

 それは未踏破マップを探索中に、「このまま進んだら死ぬ」とモンスターハウスと思しき部屋の前で踏みとどまった感覚であり。

 β期間中の戦闘で咄嗟のガードをした直後、「あ、死んだな」と対応しない軌道の攻撃が来るという予感であり。

 残り僅かな全財産を投入した賭けで、勝負が始まった直後に「詰んだ」とその後の敗北を謎に察して賭博場を後にしたような。

 

 

 金床(アンビル)の奥に置かれた携帯型の炉に材料が投入され、《正確さ(Accuracy)》の強化を示す青色の火が灯る。

 その炎で鞘から抜いた《ウィンドフルーレ》の剣身を熱し、十分に加熱された(ように演出されている)剣身が薄青色に染まったのを確認したネズハが、素早くそれを金床に移す。

 そして鍛冶用の槌を高く振り上げ、今まさに強化作業が始まるというその時に。

 

 ……そんなロクでもない結果になると分かっているのに止められない、という感覚が、猛烈に俺のうなじの辺りを刺激した。

 

 

(……大丈夫なはずだ)

 

 

 SAOの武器強化は一度始まってしまえば止められない。より正確に言うのであれば、止めることはできるが妨害した瞬間に『失敗』が確定する。なのでいくら焦燥が胸の内に燻ろうが、俺はここで見守ることしかできない。

 

 

(強化素材はフル投入、鍛冶師もNPCよりは腕がいいはずなんだ。仮に幸運判定ボーナスが無関係でも、これで失敗するはずがない)

 

 

 自身の危惧感を否定するように心の内で言葉を重ねる。

 武器強化に必要な槌の打撃数は10回。たったそれだけの回数で作業は完了し、アスナの剣は生まれ変わる。だと言うのに、俺はその10回目の槌音が響くのがどうしようもなく不安なのだ。

 一定のリズムで響く金属音。それが9回目を終え──何故か一瞬躊躇うように間を開け、最後の1回が振り下ろされる。

 

 

──失敗なんてするはずない!

 

 

 そう叫びたくなるのを堪え、全ての強化工程を終えた《ウィンドフルーレ》を睨む。

 

 薄水色の細剣は、剣身を包む淡い燐光を消し……直後に、俺たちの目の前で、切っ先から柄まで余すことなく砕けて消えた。

 HP全損で生じる硝子片の散るような音とも違う、澄んだ金属音。儚く──いっそ美しいとさえ思えるそれを残して。

 

 

「……は?」

 

 

 間の抜けたホルンの声が聞こえた。

 

 

「──うそ」

 

 

 息を呑むようなストレアの声が聞こえた。

 

 そしてそれを傍目に。

 

 

(そんな、バカな!?)

 

 

 俺の胸中を驚愕が塗り潰した。

 

 最悪の可能性は想定していたつもりだった。5%の失敗を引いたアスナを宥めることも視野に入れ、それでも可能な限りの最善を尽くしたはず。だと言うのに、俺たちが直面した結果は最悪を更に下回る結果だった。

 

 強化の失敗どころではない。喪失だ。それも圏外の戦闘によって耐久値減少で失うのではなく、圏内で非戦闘中に。

 そんなことは有り得ないはず──

 

 

「す……すみません!すみません!手数料は全額お返ししますので……本当にすみません……!」

 

 

 全員が空の金床を見つめて固まる中、真っ先に動いたのはネズハだった。手に握っていた槌を投げ捨て、小柄な背を縮こまらせて何度も頭を下げる。

 しかし謝罪を受けているアスナは茫然とした表情のまま愛剣の存在していた空間を見つめて固まったまま。掠れた小声で何か言っているように聞こえたが。

 仕方ないので代理として俺が応じることにし、彼女の前に一歩出る。

 

 

「いや待ってくれ、手数料以前に説明してほしい。SAOの強化失敗に《武器消失》なんてなかったはずじゃないか」

 

 

 そう返すとペコペコと縦に振っていた頭を止め、恐る恐る顔を上げてこちらを窺ってくる。その仕草も下がりに下がった眉も申し訳なさ100%に見えるが、ここで俺が軽はずみに許すと言うわけにもいかない。

 代わりにできるだけ彼の罪悪感を刺激しないよう、言葉を選んで確かめる。

 

 

「……俺はβテスト出身なんだけど、当時公式のプレイマニュアルに武器強化失敗で武器が壊れるなんて書いてなかった。実際俺も2ヶ月間のβテストを通じて一度も遭遇したことはない。だからこう…この状況になるのが理解できないんだ」

 

 

 武器強化失敗のペナルティは全部で3種類。『+値変動なし(素材ロスト)』『+値の内容強制変更(プロパティチェンジ)』『+値の低下(プロパティダウン)』のいずれかだ。

 そして強化成功や前述3種の失敗に関わらず、武器強化のたび各武器に設定された《強化試行上限》が減少する。これは字の如く武器強化を()()()()()()()()回数の上限値であり、この回数を使い切った武器はそれ以上の武器強化を行えなくなる。このせいで一度でも武器強化を失敗すると最大強化を行うことは叶わず、理想的なステータスから遠ざかるのが厄介なのだ。

 その為プレイヤーは血眼になって腕のいい鍛冶師を探し、少しでも成功率を上げるべく強化素材を湯水のように投入することになる。だからこそ俺はホルンとストレアに助力を仰いで限界投入を目指す方針にした。多少割に合わなくても、アスナの剣を失うよりはずっといいと。

 

 そんな知識をひけらかし、あまつさえβテスターであると名乗り出るのは悪名高き《ビーター》のすべき行動ではないだろう。しかしそれでも、浅からぬ付き合いの少女の身に不幸が降りかかっている今、保身に走るなど到底できなかった。

 数舜沈黙し、ネズハは視線をかなり下に固定したまま、か細い声で答えた。

 

 

「あの……正式サービスで、新しいペナルティが追加された…のかもしれません……。ウチも、前に一度だけ同じことがあったんです。だから……確率は低いんでしょうけど…」

 

 

 そう返されてしまえばこちらも何も言えない。俺たちもつい先日、何の前触れもなくボスの性能が変更されていたせいで痛い目に遭ったばかりだ。そんなはずはない、とは断言できなかった。

 何よりネズハの申告が虚偽だった場合、彼は存在しないはずのペナルティを引き起こしたことになる。意図してかどうかは不明としてもその方が余程難しいだろう。なので俺には多少腑に落ちなくても、頷いて引き下がる以外の選択肢が無い。

 

 

「…………そうか……」

 

「あの…………本当に、なんとお詫びして良いのか……。その、同じ武器をお返しできれば一番良かったんでしょうけど、《ウィンドフルーレ》は在庫になくて……。せめて…ランクは下がってしまうんですけど、《アイアンレイピア》をお持ちになりますか……?」

 

「《アイアンレイピア》じゃ2層は無理だよ…。《ガーズレイピア》は?」

 

「…………そちらも……すみません……!」

 

「そんな……」

 

 

 ストレアの提案した武器は一応《ウィンドフルーレ》の一つ下のランクの武器になる。代用としてもギリギリ……この2層でしか出番はないだろうという性能の武器。市場に出回ってはいるだろうが前述のようにあまり価値のない武器だ、わざわざ在庫になくても責められまい。

 そうしてどうにか失った剣の埋め合わせを、と俺たちが悩んでいると、不意に。未だ俺が触れたままだったアスナの右手がキュッと俺の左手を握りしめた。何事かと振り向くと、アスナのフードから僅かに覗く顔が、目を伏せたまま弱々しく左右に振られている。

 

 

「アスナ……。…………わかった」

 

「……あの、せめて手数料の返金を…!」

 

「いや、その必要はないよ。依頼する側だってリスクがあるのは知ってる。……今回はちょっと、想定が甘かったんだろうけど。それに、ほら。プレイヤーの鍛冶師には、適当にカンカン叩いても一緒だろって人も居るしさ。あんたはそれでも、真剣に仕事に取り組んでくれたし…これ以上は悪いよ」

 

「……アタシも、ごめんね」

 

 

 きっと彼女が立ち直ったらそれくらい言うだろう、と何の気なしにフォローした。武器の消失は痛いが、素材も手数料も4人でまた少し狩りに出かければ済む程度だ。ストレアも同様の結論なのか、申し訳なさそうに会釈をした。

 それを見た鍛冶師ネズハは何故か、より一層悔いるように、限界まで縮こまらせた身体から絞り出すように声を発する。

 

 

「…………すみません……!!」

 

 

 悲痛な謝罪だった。そして俺たちもこれ以上ここに居る意味も無くなってしまった以上、何も言えることなど無くて。

 アスナの手を引き、未だに頭を下げ続けている鍛冶師の前から立ち去る。ストレアも何とか彼女を励まそうとしているが、今のアスナに届いていないようだ。

 

 

「ホルンも。行こう」

 

「…………そうだね」

 

 

 俺もストレアも、どうにかアスナをこれ以上落ち込ませまいと必死だったせいだろう。

 

 不気味なほどに静かな最後のパーティーメンバーが、広場の一角をジッと見つめていることに気が付くことはなかった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 どうにかアスナの手を引いて歩いてはいるが、この先どうしようかまるで決まっていない。目的地も行動の指針も、何一つ。

 彼女を落ち着かせるのは大前提として、どうすればいいのだろう。実の妹が県大会で負けて庭の隅で泣いていても、パ○コの半分を押し付けるくらいしかできないのが俺だ。正直言って対人スキル皆無なので助けてほしい。

 ただ一応は現在の相棒は俺なわけだし、こういうのが得意そうだからってストレアに丸投げするのも違うだろう。何かしらアクションを起こさなければなるまい。

 

 

「…………一旦そこのベンチ座らないか?」

 

 

 なんとなく視界に入ったそれを目的地としたのははたして正解だったのだろうか。不明だが、アスナから特に否はなく、またホルンとストレアもこの空気が変われば、とばかりに文句ひとつなく同調してくれた。

 そうして全員揃ってベンチに腰掛ける。俺の左隣にアスナがゆっくりと腰を掛け、アスナの隣を気遣うようにストレアが座った。残るホルンは自然と俺の右隣に座ることになり、またしても俺とアスナを中心に気まずい沈黙が出来上がる。……今更ではあるが、右端に詰めて座るべきだったかもしれない。しれっとホルンの奴に防波堤代わりにされた。

 

 ……わかってはいるのだ。恐らく、今アスナに語り掛けるべきなのは俺であることぐらい。その証拠と言わんばかりに彼女の細い指先は、今なお俺の左手首に絡んでいた。

 しかし口を開こうとするたび喉が引き攣るというか、焦りとは裏腹にかけるべき言葉が出てこない。ホルンと共に1層のボス部屋で啖呵を切ったのが嘘のようだ。

 いや、そんなはずあるか。大部屋で40数人の大人に向けて吠えたというのに、隣で今にも泣き出しそうな少女一人にかける言葉が見つからないなんて言い訳はできない。何よりも俺とアスナの邂逅はもっと張り詰めた空気だった。あの時も大した言葉はかけられなかったが、ほんの1週間前に出来たことを今できない道理などあるはずもなく。

 

 

 

「……………………あの、さ」

 

 

 無理やり絞り出した言葉は自分からしても情けないものだったが、きっかけを得たことで錆び付きそうになっていた口を自然と続く言葉の出力に成功する。

 

 

「《ウィンドフルーレ》、残念だったけど。でも、2層の…《マロメ》の次の町まで行けば、あれより少し強い武器が店売りにあるんだ。そりゃあ安くはないけど、ここまで来たら乗り掛かった舟だし…購入予算貯めるの手伝うから……」

 

「アタシたちも手伝うよ。アスナの剣、さよならのままなんて嫌だから」

 

 

 その言葉を受け、俯いたままだったアスナの顔がほんの僅かに上を向いた。

 

 

 

「…………でも、あの子は……わたし、あの剣だけは……」

 

 

 

 夜の空気に溶ける、そんな声と共に。アスナの頬を、2つの透明な雫が伝って落ちた。それを見た俺とストレアは大いに焦った。励ますつもりが泣かせてしまうだなんて。

 どう、声をかけるべきなのか。クラスメイトの女子とすらまともにコミュニケーションができなかったおかげで対処方法が分からない。こんな出来事βテストで経験してないのだ。今更ながらに己の人間関係の未熟さを悔いる。

 

 そしてそれ以上に、アスナがこのテの出来事で泣くことなど全くの予想外だった。もっと淡白と言うか、ある種ホルンのように割り切りのいいタイプだと思っていた。剣も戦闘力の一要素くらいに思ってるものだと。何せ初めて会った際、彼女は店売りの安いレイピアを何本も買って使い潰すような戦い方をしていたから。

 俺が仮にアスナのように目の前で今の愛剣《アニールブレード》を砕かれたら、流石に両目にジワっと来る。しかしそれは廃ゲーマー(ネットにしか居場所のない奴)である俺個人の問題であり、アスナにそれを分かってほしいとか、ましてや同じように感じてほしいとあれこれしたことはない。だからこの短い期間に彼女の価値観が大幅な転換を迎えているとか、まったくの想定外なのだ。

 

 再び告げるべき言葉を失って魚のように口をパクパクと開け閉めするだけとなった俺に代わり、アスナは少し震えているものの、それでもはっきりとした声で胸の内を明かし始めた。

 

 

 

「私ね……最初の、うちは…ただの道具だって。ポリゴンデータの塊だって、そう思ってたの。何もかも、偽物で…作り物なんだって。……覚悟とか、技術とか…そういうデータの関わらない、私だけの物を信じて戦っていくんだって」

 

 

「でも、キリトくんがあの子を……《ウィンドフルーレ》をくれて。初めて握った時、感動したの。羽みたいに軽くて…狙った通りの場所に、突きが吸い込まれて。まるで……自分の半身を見つけたみたいで、嬉しかったの」

 

 

「この子と一緒に戦っていこうって、その時決めたの。今までの使い捨てにしちゃった子たちの分も、大切にしようって…………たとえ、強化が失敗しても、性能が足りなくなっても…捨てたりなんかしない……今度こそ……最後まで一緒にって…………約束、したのに……!」

 

 

 

 最後には嗚咽に変わった彼女の言葉は、俺も身に覚えがある経験だった。ゲームではなく現実のことで。小学校に上がった際に両親に買ってもらった、子供用自転車を思い出す。

 自分で選んだ黒いフレームのそれを、今思えば偏執的なほどに大切にしていた。週に一回は必ず空気量を確認したし、雨に濡れれば駆動部をバラしてオイルメンテした。親父の自動車用ケミカルを拝借して撥水コーティングまでしたのは流石に怒られたが。

 そのおかげで3年経っても新品と変わらぬほどピカピカだった。サイズが合わなくなってきた時も、新しい自転車への更新に反発する程大切にしていた。……アスナの《ウィンドフルーレ》は、俺にとってのあの愛車1号なのだろう。

 

 たった1週間で彼女にどのような心境の変化があったのか。すぐ近くで関わってきたはずのに気付けなかった。こんなことならもう少し、彼女と互いに踏み込んだ会話をしておくべきだったのだろうか。

 

 そんな後悔が脳裏に過るのを頭を振って打ち消す。

 過程なんてどうでもいい。今必要なのは彼女がそれだけの想いをあの剣に重ねていたことと、そんな喪失の痛みを、僅かであろうと俺が共感できること。これだけで十分なはずだ。

 少しばかり冷たくなってきた指先を温めるよう、右手で彼女の指先を包みながら、意を決して口を開く。

 

 

「……アスナ。俺はこう言うとあれだけど、あの剣をそこまで大事に思ってくれたこと…嬉しいよ。きみの助けに少しでもなればって、あの剣を渡したから」

 

「…………………キリト、くん」

 

「でも、そこで終わりにしてほしくはないんだ。どれだけ悔しくても、悲しくても。あの《ウィンドフルーレ》がきみと戦った日々を、無かったことにしてほしくないから。……だからもう一度、きみに剣を贈るよ。代わりにはなれないだろうけど……それでも、アスナがあの剣を忘れずに、生きて戦っていけるように」

 

「…………少し……時間が欲しい、かな」

 

「分かってる。すぐに納得しろなんて言わないから」

 

 

 そう言うと、アスナはうっすら涙の浮かんだ目でこちらを見てきた。その折れてしまいそうな儚さと、星のように光を返す潤んだ瞳にどぎまぎしてしまうのは、俺の対人スキルが不足しているからなのか。

 言葉が途切れ、どう会話を繋げるか真っ白な頭で悩んでいると、アスナはこちらに小さく「ありがとう」と呟いた。無理に笑っているだろうに、ほんの僅かに唇が笑みを浮かべたその表情は……場違いな感想だろうが、どうしようもなく美しいと思ってしまった。

 

 

「……うん。キリトくんのおかげでちょっとだけ、楽になったかも」

 

「────なら、いいデス。ハイ」

 

「なんで片言なんだ」

 

「アスナ大丈夫?まだ胸の奥痛い感じしてない?痛いの痛いの、ホルンに飛んでけ~」

 

「ねぇ僕の人権なんか軽くないかな。今度は僕が泣くぞ。大声で」

 

 

 ストレアがさらっと酷いこと言ってるがこれもアスナを励ますための冗談だろう。本当に、いい仲間だ。……なにか『気』をホルンに送るようなジェスチャーをしてるけど、多分冗談のはずだ。きっとそう。

 

 

「とりあえず今日のとこは解散でいいすかね。次の剣用意するにしても準備があるだろうし」

 

「……そうだな。ホルンは手伝い頼む。それで、アスナのことなんだけど」

 

「武器が無いまま《マロメ》まで戻るの危ないから、アタシがアスナと一緒にこの辺で宿取るよ。近くに何件か空きがありそうだし」

 

 

 今のアスナが新しい剣を握って戦えるはずもなく、そこが不安だったが、ストレアからのありがたい申し出のおかげで何となりそうだ。

 一応《マロメ》にも転移門はあるが、付近のフィールドボスが討伐されてないせいで有効化(アクティベート)されてない。現実的なのは彼女の言ったように今晩は《ウルバス》で越すことだ。

 

 

「頼んだ、ストレア」

 

「……ごめんなさいストレアさん。代金はまとめて払うから」

 

「いいっていいって!仲間なんでしょ?助け合って当然だよ。それと……アタシは『ごめん』じゃなくて『ありがとう』の方が嬉しいかな」

 

「…………そう、ね。ありがとう……本当に、みんな…ありがとう…」

 

「うんうん、どーいたしまして♪」

 

 

 アスナも気丈に振る舞っているが、今はむしろ洗いざらい心の内を吐き出した方が楽になれるはずだ。ストレアは前にも宿で彼女の悩みを聞き出してくれたみたいだし、今回も彼女に任せるのがいいだろう。

 そんな判断から二人を20mほど離れた宿に送り、チェックインを済ませて二階に上がっていくまでを見送る。この後本来ならホルンが言ったように、アスナの次の剣の準備をするべきなのかもしれないが……俺にはどうしてもやりたいことがあった。

 

 

「さて……んじゃ行きますか」

 

「ホルン。それなんだけど……」

 

「分かってるよ。あのヘボ鍛冶屋が気になるんだろ?口裏合わせてやるから行ってきなよ」

 

「……よく、分かったな」

 

「わからいでか、ってね」

 

 

 少し前のワスプ狩りの返しをそのままされた。やっぱり根に持つタイプだ。めっちゃドヤ顔してる。

 

 

「お前も怪しいと思ったんだな。さっき言ってた『びくびくしてると悪目立ちする』って奴?」

 

「それもあるけど、気になったのは呼吸だよ。あいつ、キリトがβ上がりってこととペナルティの種類に《武器消失》はないって断言した時、息ブレッブレだった。顔下げてたのも視線めちゃくちゃ動いてるのを誤魔化す為だと思うよ。限りなく黒」

 

「……………………そうか」

 

 

 コイツ今まで空気を読んでたんじゃなくて呼吸を読んでたのかよ。お前の地獄耳ありきの会話術が怖いよ。

 

 返答が予想の斜め上を行くもので俺は(おのの)いた。

 しかし却って俺の中の違和感が形を帯びてきたような気がする。負のベクトルに偏っているが、ホルンの人間観察はそれなり以上に信頼のおけるものだ。きっとこれも的外れではあるまい。

 

 

「んで、キリトは何が怪しいと思ったんさ。なんかあるんだろ」

 

「……ペナルティのこともあるけど、他にも気になることがあって。実は俺、ネズハが武器強化に失敗するの見るの初めてじゃないんだ。昼間にアスナと見かけてる。それも4回連続ミス」

 

「お前もアスナもよくそんな死神みたいな奴に武器預ける気になれたな。バカなの?」

 

 

 ……ちょっと何も言い返せなかった。

 

 

「でもそうなると、あいつアスナと合わせて5連続ミスしてるってことだよね。それはちょっと出来過ぎ……いや、()()()()()()じゃない?」

 

「出来なさ過ぎ、か」

 

 

 言われてみるとそうなる。これこそが俺の違和感の正体なのだろう。

 俺が見た4連続ミスの剣の持ち主──たしかリュフィオールと呼ばれていた──の時は、ちょっと武器強化ギャンブルに負けた哀れな奴くらいに思っていた。リュフィ氏は一回目のミスの後に熱くなって素材投入無しで強化に出てしまったわけだし、さもありなん、と。

 その後のネズハの対応も、《強化試行上限》を使い切ったエンド品の《アニールブレード》を相場から考えれば破格の8,000コルで引き取るという、些か腰が低すぎるくらいに誠実なものだった。あれだけだったら、弱気なようでしっかりとした客商売をする気骨のある人物だと思って終わっていただろう。

 

 しかしアスナの場合は成功率95%。これを失敗するのは起こりうる事態とは言え、相当に難しいはずなのだ。それも、存在しないはずのペナルティで武器を失った。

 俺はこの二つの事例に、何らかの連続性があるように思えてならない。

 

 

「ああ……だからそれを確かめに行く」

 

「そーかい。んじゃ頑張れ。あいつ、多分もうすぐ店じまいだと思うよ。時間でも見てるのか、何度かハンマーの音が途切れてる」

 

 

 どうして隣のブロックのネズハの作業音を聞き取れているのか。…………いや、もはや何も言うまい。

 そうして改めて東広場に向かう直前、ふと気になって尋ねた。

 

 

「ホルンはどうするんだ?」

 

「口裏合わせの意味も兼ねて狩り行っておくよ。剣が用意できなくても素材だとか、コルだとか増えてればストレアたちも怪しまないだろうし」

 

「それはありがたいんだけど……」

 

 

 ホルンの索敵能力はスキルにも視力にも依存してないから不可能ではないだろう。暗闇の中では間違いなく常人以上の空間認識力がある。

 が、それでも危険なことには変わらない。俺の都合で彼に危険が及ぶのは望ましくないし、どうにか別の策でも──

 

 

 

「確かまだ焼いてない巣があるから、NPCショップでランタンか松明買ってからまたワスプ狩りかなぁ。目指せ完全キル」

 

「お前マジで刺されるぞ。ワスプじゃなくて人に」

 

 

 

 忘れていた。ホルンという少年はこういう輩だった。心配する必要性皆無、大船どころか武装船持ち出してくる勢いだ。

 しかも懲りずに素材の流通破壊する気満々だった。明日の朝日を待たずにこの層のワスプ系Mob絶滅するのではなかろうか。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 東広場に辿り着くと、どこかから午後8時を告げる鐘の音が聞こえた。同じタイミングでそれまで断続的に聞こえていた槌の音が止まる。友人の言ったように撤収直前だったようだ。

 間に合ったことに安堵しつつ、広場に等間隔で並ぶ街灯を避け、手ごろな木の幹の陰に寄り添う。合わせてメニュー操作し、先日レベル12になって解放された4つ目のスキルスロット──そこに設定された《隠蔽》スキルを起動する。

 

 

(……ホルンが別行動で助かった)

 

 

 主にストレアとアルゴ(ストーカー二名)のせいで彼のこのスキルに対する印象はあまり良くないだろう。嫌な顔をするまでかは分からないけど、間違いなく煽られる。

 そんな益体もない想像をしつつ視界下部に小さく表示されたインジケーターの数値を確認する。表示されてる数値は70%。これは《隠れ率(ハイド・レート)》と呼ばれるもので、スキル起動中の俺が周囲にどれだけ溶け込めているかの指標だ。これは周囲の地形色や明るさ、自身の装備品の色や材質、俺自身の動きなどで上下する。

 現在の光度なら街灯などの光源を避けつつ遮蔽物に張り付いていれば、俺の着ている《コート・オブ・ミッドナイト》も暗所への隠蔽率ボーナスが作動するので、さして高くもないスキル熟練度でもこの程度は隠れられるというわけだ。

 恐らくストレアの熟練度ならあの目立つ髪色でも90%は出るだろうが、彼女ほどうまく周囲に溶け込めるようになるまで、どれだけの時間をこのスキル上げに費やすことになるのか。β時に熟練度上げがかったる過ぎて投げた俺には想像もつかない。

 

 即席の潜入エージェントとなった俺の視界の先で小柄な鍛冶屋、ネズハが店じまいを始めた。携行炉(フォージ)の火を落とし、ハンマーやインゴット類、看板をまとめ、売り物らしい武器と共に足元のカーペットに並べる。

 あのカーペットはSAOでもたまに登場するマジックアイテムの一つで《ベンダーズ・カーペット》と呼ばれるものだ。あれ自体が商品や商売道具を収納できる独自ストレージを有しており、あれを非戦闘エリアで広げることで商売が可能となる、まだ店舗を持てない頃の商人プレイヤーの必須アイテム。

 

 ネズハがそのカーペットに対してメニュー操作を行うと、次の瞬間カーペットが端からひとりでに丸まり、一本の筒状まで巻き上がった。彼はそうして完全収納された商売道具たちを右肩に担ぎ、疲れからか小さくため息を零して歩き出す。

 こちらも彼が完全に背を向けたのを確認し、同じように小さく息を吐いた。

 

 

(……よし。今のとこは大丈夫だな)

 

 

 《隠れ率》70%程度だと2層の低級Mobくらいなら騙し通せるが、少し勘のいいプレイヤー……アスナとホルン辺りなら気付く可能性が高い。特にホルンの聴力だと小さな物音ひとつで簡単にバレそうだ。

 その上圏内でハイドはかなりのノーマナー行為、『自分は怪しい者です』と言ってるようなものだ。バレないよう慎重すぎるくらいがいいだろう。

 

 

 

 そうして20mほどの距離を保ちつつ歩くこと7分。幸いなことにネズハも尾行(つけ)られているなど考えもしなかったようで、一度も振り返ることなく一定のペースで歩き続けていた。どことなく足取りが重いのは疲れか、それとも……。

 と考えていると、彼は《ウルバス》街内南東エリアの一角……外壁近くのそこにある、窓から光を放っている建物の前で足を止めた。すかさず俺も近くの街路樹に張り付き、移動によって0%まで低下していた《隠れ率》を再び70%まで上昇させる。幹の陰から窺うと、店先の看板には【BAR】という文字がランプに照らされて浮かび上がっていた。

 

 

(意外だ。仕事上がりの一杯とかそういうタイプじゃないと思ってたが……いや違う、なんだ…?なんで店に入るのを躊躇っているんだ)

 

 

 まさか尾行がバレて、遠くまで誘導されただけか?それとも気分が変わって今から引き返してくるのか?

 

 近くに別の遮蔽物は無い。ここで戻ってこられようものなら詰みだ。

 そんな疑念が背中をじっとりと汗で湿らせたが、ネズハは十数秒の葛藤の末、カーペットを担ぎ直すとスイングドアを押して店内に入っていった。

 直後。

 

 

──お、先に始めてるぜー!

 

──ネズオ、おかー!

 

 

 スイングドアの閉まり切るまでの一瞬、店内からそんな声が響いた。

 

 

「…………まずいな」

 

 

 店内に消えた小柄な背を見て思わずそう呟いた。ここまで来た理由は彼の現在の宿くらい把握しておいた方がいいか、くらいの軽い思い付きだったが、声の感じ店内には彼の知り合いと思しきプレイヤーが4、5人は居る。《隠蔽》は当然人数が増えればそれだけ看破される可能性があるのでこういう事態は避けたかったのだが。

 

 数瞬迷い、続行するべく樹の幹から身体を離す。急いで店先の壁に張り付いて耳を澄ませるも、基本的にSAOのドア類は閉まっている状況だと一切の音を遮断する。上下がすかすかのスイングドアすらそうなのは如何なる原理なのか。ともあれ現状だと中の様子が窺えないのは確かだ。

 そんな閉じたドアだが例外的に叫び声(シャウト)戦闘音(バトルサウンド)、ノックなどの音は貫通し……そして《聞き耳(ストレイニング)》という専用スキルならドア越しでも音を聞ける。が、目立つわけにもいかないので前三つは論外、最後の《聞き耳》もスロットが埋まってるので却下。

 

 

 となれば俺が取れるのはもっと直接的な選択肢になる。

 客を装って入店?ダメだ、声の感じネズハの知り合い数名しか人の気配がしない。怪しまれるだろう。

 諦めて帰る?それも一つの手かもしれないが……アスナのこともある。少しくらい俺が危険に身を晒すのが何だというのだ。

 

 ならば、と覚悟を決め、壁に張り付いたままスイングドアをゆっくり押す。

 蝶番(ちょうつがい)が軋まないことを全力で祈りつつ、ドアが15°ほど開いた時。再び店内から男たちの談笑が聞こえた。

 

 

──グーッと行けよネズオ!どうせこっちの酒はいくら飲んでも酔わないんだからさ!

 

──う……うん

 

 

 声に反して大分出来上がってそうなプレイヤーの声が聞こえ、少し間を空けて「おー!」と歓声が聞こえる。今のところ、繁華街近くで雰囲気に酔った学生の集まりといった感じだ。

 入口に注目が集まっていないことを祈りつつ、一瞬だけ頭を壁から離して店内を見る。予想通り店内にはネズハとその仲間と思われる数人しか居なかった。客のフリ作戦を決行していたら詰んでいただろう。

 

 確認した限り人数は6人。そしてネズハ以外の5人は全員革や金属の鎧を装備した戦闘職。

 MMORPGでは何ら珍しくない光景だ。戦闘職は身内の生産職のおかげで装備品のメンテや補充が容易になり、生産職も商売を挿まず仲間からアイテムを供与されるおかげで作業がローコストに済む。両者が互いにメリットを享受できるので、戦闘・生産職が混在するパーティーは理にかなっているのだ。

 

 

──……んで、ネズオ。今日の商売どうだったん?

 

──う……うん。作った武器が12個売れて修理と……強化も、そこそこ

 

──おー!新記録じゃん!

 

──またインゴット集めしないとなー

 

 

 ……俺の杞憂だったのだろうか。今のところ一日の健闘を労う、ただの仲良し集団といった雰囲気だ。俺たちとそう変わらないように見える、ただの友人の集まり。

 かつてディアベルが俺の剣を奪うことでLA(ラストアタック)成功率を下げることを画策したのが脳裏に過ってしまったが、見たところ彼らは前線攻略組ではなさそうだ。生産職のネズハが居るから少しすれば上がってきそうなものだが……しかしそれだけだ。わざわざアスナの剣を砕く、悪意に足るだけのうまみがあるようには思えなかった。

 

 

(…………収穫はなし、か)

 

 

 結局ただひたすら、運が無かったのかもしれない。アスナしかり、リュフィ氏しかり。

 そんな一抹の落胆を抱えつつドアから手を放そうとする寸前、押し殺したようなネズハの声が聞こえる。

 

 

 

──…………でも、アレはもう限界だよ……

 

 

 

 その言葉を聞いた俺の身体がぴたりと硬直する。

 店内の男たちも急激にボリュームダウンし、先ほどの喧騒が嘘のように静かな……如何にも聞かれてはマズい話をするかのような不気味な静けさが漂っていた。

 

 

──………うぶだろ、まだまだ全然イケるって

──そうだよネズオ。噂になんかなってねーじゃん

──これ以上は危ないよ……元だって、十分取れてるよ……

 

 

 20°ほどまでドアを傾けると、ようやく店内の密談が聞こえるようになってきた。恐らく強化関連の話だ。

 

 

──いやいや、こっからが本番だって!折角繁盛してきたんだ、ガンガン稼いで、トップ層まで追いつくんだ

──そうだよ。もうちょっとじゃん。ここまで来たらてっぺん目指そうぜ

──最後のお客さん、4人組だったんだ……あの中の一人でも気づいたらお終いだ…!……それに…それに……!

 

 

 やはり何かしらのロジックがあって引き起こされた現象のようだ。肝心の内容にはまだ触れられていないが、ひょっとしたら事態の真相に辿り着けるかもしれない。

 そんな気持ちで耳を澄ませていると、周囲の5人とは逆に、ネズハが絞り出すような声で訴え出した。

 

 

──あのお客さん……泣いてたんだ…もう、これ以上は…………

 

 

 店内も俺も、彼の言葉に静まり返っていた。

 何らかの理由があってか、彼はあの意図的と思われる強化作業の失敗に関わっていたのは事実だ。しかし、それは彼自身本意じゃないのではないか?現に今、彼は仲間と思しき5人に対して必死の訴えをしているではないか。

 もしそうなのであれば、まだ余地はある。ネズハの訴えに対する仲間の反応次第では、まだ──

 

 

 そんな期待を裏切るように。

 

 

 

──ネズオは真面目だなぁ。大丈夫だって!剣取られたくらいじゃどーってことないだろ!

 

──そうだよ。それに、剣って言ってもただのデータの塊だぜ?すぐに代わりを見つけるって

 

 

 

 男たちの些か軽薄すぎる笑い声が、俺の耳を通り過ぎて行った。

 一瞬で怒りのボルテージが跳ね上がりそうになるのを抑えるのは、今まで経験したどんなアクシデントよりも意志力が必要だった。

 

 

(こい、つらが……)

 

 

 脳裏をつい先ほど別れた、弱々しい笑みを浮かべた少女の姿が過る。

 

 

(アスナの剣を…ッ!!)

 

 

 食いしばった歯の隙間から不快な音が鳴る。視界が赤く染まりそうな激情を、そうでもしないと堪え切れなかった。

 しかし店内に飛び込んで暴れるという衝動的な行動に出れないのは俺の理性が勝ったからか、それとも臆病だったからか。ともあれそれに結論を付ける前に、冷静さを失った結果が提示される。

 

 力の入り過ぎた左手が一瞬スイングドアを押し込み、蝶番からギッと軋むような音を立ててしまったのだ。

 

 

──おい、なんかドアの方から

 

 

 その声を最後まで拾うことなく、俺はドアから手を離すと横に向けて跳躍した。素早く近くの街路樹に張り付き《隠蔽》を起動。同時にスイングドアが内側から勢いよく開き、一人のプレイヤーが姿を見せた。

 店先にやって来たのはネズハの隣に居たリーダー格と思われる剣士。恰幅のいい身体を覆うのは革がメインのバンデッドアーマーなのに対し、頭部に装備しているのは金属製のバシネットという変わった出で立ちだ。

 

 しかしそんな愉快な装備構成に反して視線は鋭い。落ち着いた様子で周囲をぐるりと見まわし、その視線がぴたりと……俺の隠れた樹の辺りで止まる。

 

 

 ……バレたわけではない、はずだ。

 

 

 仮想の心拍数が急上昇した自身に向けてそう言い聞かせる。視界の端にある《隠れ率》はやや低下したが60%ある。見つかっているなら0%と表示されているはずなので、まだ大丈夫だ。

 しかし彼の視線が俺の隠れた樹にある間この数字が減少し、40%辺りで違和感を持たれるようになる。

 視線を早く外してくれることを祈りつつ、少しずつ身をよじって幹の陰へと身体を押し込む。そうしてしばらく50%付近で上下するインジケーターとにらめっこをしていると、視線を外して店内に戻ったらしく、数値が一気に70%まで戻った。

 

 スイングドアの閉まる音を聞くのと同時に全力で逃走し、酒場から離れた路地裏まで駆け込んでからスキルを解除する。

 荒い息を整えつつ、やるせない思いを誤魔化すように、拳で小さく床を殴りつけた。

 

 

「…………落ち着け…俺が今すべきことを忘れるな」

 

 

 きつく目をつむりつつそう零し、身の内の熱を吐き出すために長く息をつく。

 多少のトラブルはあったが、当初の目的は果たせたと見ていいだろう。撤収前に確認した酒場の間取りからして、恐らくネズハの拠点はあの酒場の2階だ。他の仲間はともかく彼の居場所を突き止められたのは大きい。

 そして仲間の存在と、断片的ではあるが強化作業に何らかの手を加えた証拠(と思われる発言)を確認できた。本職のアルゴと比較されれば微々たる戦果だろうが、即席の潜入エージェントとしては大金星だろう。

 

 だが同時に、いくつか新たな疑問が生まれた。

 昼間からネズハの店を見ていて思ったことだが、あの店は噂のおかげかそれなりの客入りをしているものの、料金設定はかなり手ごろなものだった。その上リュフィ氏のエンド品となったアニールブレード+0を8,000コルという決して安くない金額で引き取っていたこともあり、はっきり言って儲けが出ているようには見えない。

 そうなってくると不思議なのは、あの場の会話に出てきた『元を取る』『ガンガン稼ぐ』といった発言だ。自転車操業じみた経営の彼の店には似つかわしくない言葉に思う。

 

 この時真っ先に思い付いたのが、以前ディアベルが取ったように、何者かの戦力ダウンを依頼されて武器を破壊したというものだ。これなら確かに、依頼人の払った金額次第では元を取れると言っていい。

 しかしターゲットが確実に店に来る保証が無いので違うだろう。もっと言うと、これならプレイヤー同士で取引する以前のケースの方が確実だ。

 

 だとするなら、彼らは何を以て利益を出しているのか。

 一連の作業を思い出して、換金可能なもので思いついたのは投入素材を騙し取ることだが、流石にあれでエンド品の剣以上の利益は出まい。何よりあれらは炉にくべた段階で消費されているはずだ。

 あとは手数料……と思ったが、むしろネズハが率先して返そうとしていたくらいだから、手数料分は利益に含まれていない可能性が高い。

 

 となればより一層高価なもので補う必要性がありそうなものだが、あの場で消費されたように見えるもので他に何が──

 

 

 

「…………いや、違う。まだある…!」

 

 

 

 一連の作業を思い返し、一つの可能性に思い至った。青く輝く炉の光に視線を向けたその刹那を。

 だとするならば、彼らが騙し取ったのは素材や手数料ではない。

 

 

 メニューウィンドウを開き時刻を確認する。簡素なデジタル時計には20:23と表示されていた。

 

 瞬間、俺はあらゆる葛藤と焦りを振り払うように駆け出した。もしかしたら、アスナの剣を取り戻せるかもしれない。

 

 

 

「間に合うはずだ……ッ!」

 

 

 

 唯一申し訳ないことがあるとすれば、この手段の為に、口裏を合わせようとしてくれたホルンの行動が台無しになることだが……そこは明日謝ろう。どれだけ煽られようと、嫌味を言われようと。

 

 

 

 しかし俺は知らなかった。

 

 

 

 

 

「オイオイ……そんな目で見ねぇでくれよ。怖くてブルっちまうぜ」

 

 

 

「お前が4人目のストーカーなんだ、睨むくらいで文句言うな。…………ねぇマジでさぁ…なんで僕ばっかこんな目に遭うわけ……?

 

 

 

 

 

 少年は一足早く、深淵に踏み込んでいたのだ。

 

 




キリト:激おこ。しかし同時に希望を見つけた

アスナ:傷心中。To LOVEるまであと少し

ストレア:カウンセリング担当。To LOVEるまであと少し



ホルン:暗躍担当。胃が痛い

???:ショウタイム……といくか悩んでる


2026/02/24追記 秋ウサギニキ誤字報告感謝_(:3 」∠)_
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