VRSAO アインクラッド 100%RTA 実績【誰が為の明日】獲得まで   作:クソ煮込みうどん

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新年早々我が家のお猫様にシャッ!されたので初投稿です。

ちゃんとチュールを貢いだりブラッシングもして差し上げたはずなんですがね。解せぬ。


例によって文が長くなったので分けます。


『トールバーナへ』 1/2

 一度は口にしたいアニメや漫画のセリフってあると思う。ちょっとおしゃれな感じのものから、日常生活で絶対出てこないシチュエーション用のものとか、色々。いわゆる語録と言う奴だ。

 とりわけ僕は口にしたいと思って物はなかったが。……治りかけだった厨二病が再発しそうだったこともあるし、日常すらおぼつかない僕に、非日常の代名詞のようなものへの縁なんて無いに限ると思っていたからだ。

 ただ残念なことに、非日常に囚われている僕の口からは、某新世紀な世界観の主人公の言葉が紡がれていた。

 

 

「……知らない天井だ」

 

 

 目を開けて真っ先に浮かんだ言葉がこれだった。

 いやマジでどこだろうここ。

 

 目を開く、視力がちゃんとある、ゲームの中なのを思い出す、絶望。

 という流れから間を置かず、見上げた先に全く覚えのない木組みの天井が広がっていて困惑している。

 どうにも昨晩の記憶がおぼろげだ。

 

 

(ええっと…《はじまりの街》を飛び出して、森に入ったんだっけ。そこで狼の群れに)

 

 

 徐々に思い出してきた記憶をなぞるように、無意識に顎を撫でていた右手を見る。

 確かこちらの腕は肘の辺りから食い千切られたハズ。にもかかわらず、しっかりあるし触れている感触もある。ナ〇ック星人になった覚えは全くないのだが。……狼に襲われたのは無駄に鮮明な悪夢だったのだろうか。

 寝起きで大して回らない頭が昨晩の出来事を思い出そうと躍起になっていると、不意にその右手に何かが触れてきた。

 

 

「ブフルルルッ」

 

 

「…………なんで馬?」

 

 

 哺乳綱奇蹄(きてい)目ウマ科ウマ属…まぁ、馬である。それがなぜか僕の右手に鼻面を押し付けてきていた。

 汗か、吐息に含まれた水分か、鼻水か。微妙に湿り気を帯びた厚めの皮膚が手元でぐにゅぐにゅと形を変える。実物に触れたことがないのはあれだが、案外こう、クセになる感触をしている。

 

 いい加減情報量で頭がおかしくなりそうなのを感じ、ひとまず体を起こして視野を広げる。

 途端、背や後頭部に張り付いていたらしい藁が、ぱらぱらと剥がれ落ちていく。……これはひょっとして寝藁と言う奴なのだろうか。アル〇スの少女〇イジ的な。

 見渡すと先ほどの馬以外にも数頭、こちらを不思議そうに眺めている馬たちと目が合った。どうやら馬が寝床に侵入してきたのではなく、僕が馬の寝床に侵入している状況らしい。

 彼らの寝床を借りてしまったわけだし、一言くらい挨拶しておくべきだろうか。馬ってかなり賢いらしいし挨拶くらいなら伝わる気がする。

 

 

「……えー、その。昨晩はどうm「…ん、んん~……あと5分…」ッ!??」

 

 

 これまたベタな寝言を言う何者か。それが今の今まで自身の隣に居たという驚きからか、僕の身体は寝起きの気だるさを忘れるほどの勢いでその場を飛び退いていた。

 先ほど鼻を擦り付けてきた馬の背に隠れるように、恐る恐る声の発生源を辿る。

 

 案の定というべきか、そこには昨晩僕の前に現れた謎の女──ストレアの姿があった。

 

 

(真横に居たのに気配ほぼ感じなかった…マジでなんなんだこの女)

 

 

 彼女がいる辺り昨晩の記憶は全て事実なのだろうが。それが分かったのは結構なのだが。それはそうと、なんで添い寝されていたのだろうか。

 まさか、

 

 

 何故か隣で寝てる美女 + 飛んだ記憶 = 昨晩はお楽しみでしたね?

 

 

 一瞬で背筋が凍り付く。そんなことがあってたまるか、一応彼女は命の恩人だぞ。

 慌てて服装を確認するが、先方の服装に乱れはない。寝苦しいのか、昨晩は付けていたと記憶している革製の胸当てがないので、彼女のスゥスゥという寝息に合わせて豊かなふくらみが上下していた。

 理性を総動員して目を逸らし、今度は自身の服装を確認する。が、こちらに至っては寝藁にまみれていること以外、昨晩から変化がない。胸当てどころか腰の《アイアンシミター》までそのままだ。

 

 ……ひとまず、過ちは起きていないようだ。ちゃんとチェリーボーイのまま夜を越せているようで安心した。

 というか彼女の装備はともかく、僕の装備は僕のメニュー操作なしで外せないのか。と、遅まきながら起こりえない事実だったのを思い出す。

 別に残念ではない。ないったらない。

 

 気を紛らわせるべくメニュー操作。時刻は6時らしい。平時ならまだ夢の中だろうが、生憎と、刺激的すぎる寝起きで目が冴えてしまった。二度寝は望めないだろう。

 そう思うと少しだけ恨めしくなり、隣で呑気に寝ている少女を睨みつける。

 

 昨晩は暗くてよく見えなかったが、彼女の髪は薄く黄色みのかかった白をしているらしい。たしかアイボリーホワイトと呼ぶのだったか。陽光を受け止めて柔らかく光り輝いている。

 こうして黙って寝ている分にはただの神秘的な美人なのだが、昨晩の唐突な交流の持ち掛け方のせいか、どこか遊び疲れて眠ってるだけの子供のような印象も受ける。

 大人びた容姿に見合わない人懐こさと純粋さ。そしてキリトに比肩しそうな剣の腕とゲームへの知識。どうにも彼女の人物像が定まらない。何者なんだろうか。

 

 

「……まぁ、詮索してもしょうがないか。案外ただのゆるふわ系βテスターというオチかもしれないし」

 

「んへへ~……すぅ」

 

 

 何の意味もない結論を下しつつ立ち上がる。無駄に早起きになったことだし、周囲を散策でもしようか。軽く体を動かせば思考の巡りもよくなるだろう。

 ストレアを起こさないようそっと馬小屋の外に出ると、薄霧と木漏れ日が出迎えてくれた。

 見渡した先にあるのは小さな木組みの家屋が数軒と、薄い木の板で作られた柵。そして、昨日からずっと視界にあった、木々の壁。《はじまりの街》に比べればはるかにこじんまりとした村の中に、僕は居た。

 

 ストレアが森の中の安全地帯(セーフティーエリア)と言っていたので覚悟はしていたが、腕を食い千切られたりした記憶のせいで森というものへの印象があまり良くないことになっている。気分が落ち込みそうだ。

 それに早ければ数日中に迷宮区に辿り着くプレイヤーも出てくるだろう。効率のいい狩場はすぐに占有されていくことになるだろうし、先に占有してしまえば横入りに抵抗感を覚えやすい日本人の性で、相手の文句を封殺できてしまう。悲しき国民性である。

 

 決めた、今日中に何とかこの森を出られるようにしよう。

 

 小さな決意を胸に、ひとまず気を引き締めるために顔でも洗おうか、と思い立ったのだが……早々に躓くこととなる。水源らしきものが見当たらない。当然のことながら、21世紀現代ではありふれた蛇口など皆無である。

 ……なんかこの流れ《はじまりの街》出るときにもあったような。ガイド無しの不親切仕様のせいでこの森にやってくることになったわけだし。

 茅場は僕たち現代っ子に恨みでもあるのだろうか。

 

 

 

 

 そうして無意味に歩き回ること数分。早起きなNPCの村人たちに会釈をしながら歩いていた僕の前に、ようやく文明の形跡が見えてきた。

 石積みの円筒を起点に、その口を覆う簡素な三角形の屋根を付けた木の骨組み。そしてその骨組みから垂れる、麻縄付きの桶。

 すなわち。

 

 

「井戸かぁ……実物初めて見たかもしれん」

 

 

 村の端にちょこんと配置された井戸。しかも汲み上げポンプではなく釣瓶(つるべ)の奴。世界観的には大正解なのだろうが、明らかに水道に慣れた現代人たちへの挑戦を感じる。やはり茅場は(以下略)。

 仕方ないので慣れない手つきで桶を落とす。取っ手に括られた麻縄が滑車を回し、カラカラと小気味よい音を立てた。

 やがて桶が下に着いたようで僅かな水音を立てて沈み、溜まった水をくみ取る。

 

 あとはひたすら麻縄を手繰るだけなのだが、まぁこれがキツい。

 落とすときは桶の自重だけだったものが水という重量物を追加されており、微妙に立て付けの悪い滑車のせいで引っ張る角度をうまく調整してやらないと持ち上がりすらしない。しかもそうして上部まで持ち上げても、うまいこと麻縄を抑えながら桶に触れないと呆気なく井戸底へ逆戻りしてしまう。大体二回ほど落としてそのたびに手繰る羽目になった。

 

 結果、僕は10分ほど悪戦苦闘してようやく、桶一杯分の水を手に入れた。蛇口を捻るだけで水が手に入るありがたみを噛みしめるばかりだ。

 そうして手に入れた貴重な水を手ですくい、一思いに顔をすすぐ。……同時に、本日何度目かの不満が生成された。

 

 

「水つめてぇ……顔面凍るかと思った」

 

 

 地中深くからくみ上げるためか水はしっかり冷え切っていた。冷たすぎてちょっと痛いまである。

 上水道の水温に慣れ切った現代人に更なる追い打ちを残しているとか性格悪いにもほどがあるだろ。茅場に対峙する機会があったら、法権力を恐れず一回殴ると決めた。

 そんな若さゆえの衝動も、もう一度冷水で顔を洗ってしまえばすぐに消えてしまったが。

 

 

「……」

 

 

 タオルなんて上等なものがないので袖で顔をぬぐいつつ、桶に作られた水面を見やる。昨日も見た人生舐めてそうな少年の顔が映る。

 我ながら目つきが最悪すぎる。ぼさぼさの髪も相まって引きこもりのいじめられっ子感がすごい。実際はせめて授業日数だけでもと保健室登校してたが。

 いじめられたのもさもありなんというべきか、いじめられたからこそのこの目つきなのか。もはや前後関係を思い出せない程度に時間が経った。

 ともあれこの凶相一歩手前の見た目をどうにかしたい。

 

 

「……はぁ。せめて寝癖だけでも直せればなぁ」

 

 

 顔つきも再現されてることだし、多分だがナーヴギア内側のセンサーか何かでスキャンしたのだろう。

 手櫛を入れてみる。どういうわけか髪質までしっかり再現されており、指の間をあまり艶もハリもない手入れの雑な髪が通り抜けていく。そうした作業を何度か繰り返してみているのだが、不思議なことに、何度撫でつけようが掻き毟ろうが、数秒足らずで元の髪型に戻ってしまう。

 ある程度モデリングを固定されているようだ。髪を持ち上げたり揺らしたりは可能だが、最終的に形状記憶合金さながらの補完性能で髪型が戻される。当然、僕の場合は寝癖モデリングに。

 念のためにメニュー画面にモデリング調整の出来そうな項目がないか探してみたが、STRだのVITだのとなんの略称なのかもよくわからないステータス画面しか出てこない。詰んだ。

 

 目が見えなくなってから身だしなみをおざなりにしてしまう癖がついていた。そのせいでこうして、消えない恥が残ったわけで。

 何事も日々の積み重ね、という先人たちの言葉が身に染みる。

 

 

「はぁ……」

 

「どしたの?ため息ついちゃって。枝毛でも見つけた?」

 

「シャンプー以外まともにしてないから、むしろ枝毛見つける方が簡単だと思うよ」

 

「えー、ちゃんとリンスとかトリートメントした方がいいよ。男の子でも髪って大切だよ」

 

「禿げなきゃノーダメだし。ってかこのゲームの中でシャンプーどうこう……ん?」

 

 

 僕の独り言を拾って会話を始めた誰かの声。NPCは基本的にこちらからアクションを起こさない限り反応がない。となれば当然、相手も限られるわけで。

 振り向いた先には、先ほどまで寝ていたはずの両手剣使いの少女が居た。

 

 

「おはよホルン♪村の人が朝ごはん用意してくれたから呼びに来たよ」

 

「……ご親切にどーも」

 

 とっさに出た不愛想な返事を気にも留めず、ストレアは昨晩も見た笑顔を浮かべた。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 案内されたの馬小屋の隣の家だった。簡素なテーブルや椅子、収納棚が置かれたこれと言って特徴のない間取り。

 その部屋の中央。テーブルの上に湯気の立つ食事が用意されている。

 

 

「う~んいい匂い。冷めない内に食べよ♪」

 

「そっすね」

 

 

 メニューの内容は《はじまりの街》でも売られていた安価な黒パン、香草が申し訳程度に浮いた豆のスープと小皿に取り分けられたチーズが一欠けら。

 食事に対する拘りなんてないつもりだったが、最低限の彩りと栄養バランスのみで構成された献立を見ると物悲しい気分になる。これなら年々減量と値上げを進めていくコンビニ弁当やファストフードの方が手が伸びるというものだ。

 しかしながらこの仮想の身体は現金なもので、一丁前に空腹を訴えるように腹を鳴らす。思えば昨日まともに口にしたのは街を見てる際に拾った謎の木の実だけだったか。

 それを耳にしたようで、こちらを振り向いたストレアは楽しそうにくすくすと笑い声をあげた。

 

 

「……なんだよ」

 

「ううん。健康的だなーって」

 

「嫌味?」

 

「本心だよ~」

 

 

 自尊心に付けられた小さな傷を誤魔化すようにやや乱暴に席に着く。そのままスプーンに手を伸ばしかけるが、最低限の良識がその振る舞いを咎めた。

 仕方なく小さく「いただきます」と零してからスプーンを取り、豆のスープをひとすくい。

 

 

(あ、割と美味しい)

 

 

 僅かな塩気に香草の香り、そして豆から滲んだのか、ほのかにとろみのついたスープが喉を優しく流れていく。質素な具材で作られていたため期待はしてなかったのだが、なかなか悪くない。

 間違いなく最上級ではないが疲弊し腹を空かしたこの身体に染み渡る素朴な味わいは、不思議と不味いとは感じないものだった。何より直前まで井戸の冷水に苦しめられたからか、ただの温かいスープが値千金のごちそうのように感じる。

 半ば無心で匙を動かして口に運ぶという作業を繰り返す。気づけば1分もしない内に皿に注がれていたスープは半分以下になっていた。

 

 

「良い食べっぷりだね~。男の子って感じ♪アタシのも食べる?」

 

「別にいい。……それはそうと、いくつかいいか」

 

「うん、いいよ。アタシに答えられることなら」

 

 

 空腹感が薄れた頃合いを見て対面のストレアに声をかける。行儀よく手でちぎるようにして黒パンを食べていた彼女もそれに合わせて手を止めた。紅玉色の瞳がまっすぐこちらに向けられる。

 

 

「まずは昨晩のこと、助けてくれてありがとう。おかげで死なないで済んだ」

 

「いいよいいよ。困った時はお互い様だもん」

 

「お互い様、ね」

 

 

 まぁこの返しは想定の範疇だ。

 

 

「じゃあ本題……なんで僕のこと尾行し(つけ)てたんだ」

 

「んー?どうしてそう思ったの?」

 

「僕は昨日、他のプレイヤーと揉めないためだけに東門を出た。当然周囲にプレイヤーが居なかったのも確認してる。にもかかわらず、あんたは僕が森に入ったのとほぼ同じタイミングで僕の前に現れた。それも、絶体絶命の状況で」

 

 

 不思議に思ってた。あの茅場の演説の最中、彼の演説内容からして全てのプレイヤーが《はじまりの街》中央広場に集められていたはず。一人だけ森で待っているなんて芸当はできないだろう。そして彼女が僕に接触する際に来た方角は当然後方。

 つまり、ほぼ同じタイミングで《はじまりの街》を発ち、姿を隠すようにしながら追いかけなければ接触できないはずなのだ。

 

 そう言外に伝えたつもりだが、彼女の反応は想像と少し違うものだった。

 

 

「ん~っとね?確かにホルンのことは追いかけたけど、別に尾行とかはしてないよ?」

 

「……うん?」

 

「何度か街の中でもキミに声をかけようとしたんだよ。ホルンは気づいてくれなかったみたいだけど」

 

「そんなこと」

 

 

 ない、と言いたかったが。

 

 

「ずっと難しそうな顔で独り言言いながら走ってたけど」

 

「…………」

 

「武器の整備!とか、そうだ迷宮!とか」

 

「……………………」

 

 

 ありましたねぇ……そんなこと。

 

 言われてみるとあのとき、周囲のこととか全く気にしてなかった気がする。極限状況で頭いっぱいいっぱいだったような。なんなら口に出してたことすら知らなかった。

 

 

「で、そのたびに追いかけたんだけど……アタシほら、両手剣重くて。毎回ホルンに追いつけないまま森まで。ほんとはすぐに助けに行きたかったんだけど、アタシも別のワンちゃんの相手してたから遅くなったの。別にタイミングを見計らってホルンを助けたわけじゃないよ」

 

「…………そんなことある?」

 

「あるよ~」

 

「あるのか…………」

 

 

 なんだろう、急激にIQの低い会話になった。どうしてこうなった。

 しかしだ、彼女は追いかけたこと自体は否定してない。

 

 

「じゃ、じゃあなんで僕のこと追いかけたんだ……?その、リアルで会った覚えないんだけど。顔も声も」

 

「うん。ホルンとはあそこが初めましてだよ」

 

 

 益々理解できない。いったい何の目的で赤の他人を追いかけたというんだ。

 

 

 

 

「追いかけた理由?特にないよ」

 

「…………え、無いの?」

 

「うん。なんとなく」

 

「なんとなく」

 

 

 ……どうしよう、この女ヤバいかもしれない。

 昨日の演説から茅場も理解できない人間に分類されるが、理解できないなりに動機も理由もあっての言動なのは伝わった。

 しかしストレアの言動にはそれすらない。

 動機も、理由もなく。ただ無意味に僕の背を追いかけてきた?《はじまりの街》から?怖すぎるんだが。せめてどっちかはあってくれよ。

 

 話題を変えた方がいいかもしれない。深掘りしてたら余計に背中が冷たくなりそうだし。

 

 

「オーケー、わかったもう結構。今後聞くこともない」

 

「どうかしたの?なんか顔色悪く見えるけど」

 

「もやしっ子だから。最初からこんなもんだから。……話は変わるけど、僕の独り言聞いて追いかけてきたってことは、あんたは僕の目的地に心当たりとかあるって考えていいか」

 

「……うん。ホルンが言ってた迷宮近くの街って多分《トールバーナ》のことだろうし、アタシも案内できるよ」

 

「教えてほしい。……あんたにメリットがないのは分かってるし、散々助けてもらった上で言うのもあれだけ「いいよ」ど……え?軽くない?」

 

 

 正直ここで好意的な反応が返ってくるとは思ってなかった。直前まで彼女の善意を疑った上で厚かましくも助力を乞うているのだから。僕ならどの面下げて…と思うし、彼女にもそう言われると覚悟してたつもりだった。

 

 

「いいよ。でもその代わりに、アタシからも要求するね」

 

「ッ、言ってくれ。僕にできるならなんでもする」

 

「うん♪じゃあ一つ目。その『あんた』呼び、辞めて?」

 

「……うん?」

 

 

 なんか想像してたのと違う。

 そう思いながら顔を見る。

 笑顔だ。笑顔なのだが…こう、妙な圧がある。逆らったらマズい感じがする。

 

 

「だから、ちゃんとアタシの名前で呼んで。自己紹介したじゃん、『ストレア』って」

 

「いや……そこ…?もっとこう「なぁに?」いえなんでもありませんストレアさん」

 

「『さん』も要らない。敬語も禁止」

 

「えっと、ですn「ストレア」あの「ス・ト・レ・ア!」…………ストレア。これでいいの?」

 

「うん♪よろしい」

 

 

 ようやく笑顔から圧が消えた。そこまで名前呼びさせたかったのか。

 こちらとしてもその程度の要求ならかわいいもn「じゃあ二つ目ね~」……二つ目?

 

 

「あの、二つ目ってどういう」

 

「え?だってさっきの『ホルンを《トールバーナ》まで案内する分』でしょ?ワンちゃんから助けたり、この村まで案内した分もあるよね」

 

「さっきはお互い様って」

 

「うん。でもホルンが言ったんじゃん。『僕にできるならなんでも』って。嬉しいな~ホルンがアタシの為にそこまでしてくれるの♪」

 

「うぐぉ……」

 

 

 ニコニコと笑っているが、これあんた呼びをかなり根に持たれている感じだろうか。ほぼ初対面の相手なんだしちょっと距離取るくらい見逃してほしいのだが。

 しかし借りがあるのも事実。彼女の機嫌をこれ以上損ねたら撤回されかねないし、致し方無い。

 

 

「……で?何をご所望なんで」

 

「あとでお願いするね。ひとまず朝ごはん済ませちゃお」

 

「はぁ」

 

 

 できることなら勿体ぶらずに教えてくれないだろうか、とも思ったが彼女の食事の手を止めさせていたのを思い出し口にしないことにした。かく言う僕もまだ食べ終わってないし。

 しばし両者の間を無言で咀嚼する音だけが満たす。……何が楽しいのか分からないが、時折りこちらを見つめながら微笑んでるのがちょっと怖い。

 

 

「ごちそうさまでした♪」「……ごちそうさま」

 

 

 同じ言葉を言ってるのに妙な温度差がある。人柄の差と言う奴だろうか。

 そんなとりとめのないことを考えつつ、彼女が先ほど切り上げて話題の続きを口にするのを待つ。少し不安だ。恐らく無理難題は言ってこないだろうがそれだけに候補が絞れない。

 姿勢をわずかに変えた際に椅子が鳴らしたギシッ、という音がやたらとよく響いた。

 

 

「そろそろかなぁ」

 

 

 何が、と口にする直前。何者かが部屋のドアを開けて入ってくる。

 すわ敵襲か、と立ち上がりそうになるが、対面のストレアが手で制す。入ってきた人物の頭上、カーソルの色は黄色。どうやらNPCの村人のようだ。

 ここまでなら他の村人たちと同じだったのだが、入ってきた村人の頭上にはカーソルのほかに「!」の符牒が浮いている。なんだろうアレ。

 

 

「お疲れのところ失礼します。満足なもてなしもできずにすみません、旅の剣士様」

 

「全然気にしてませんよ~」「あ、お構いなく」

 

 

 話しかけてきた?NPCってこっちから何かしないと反応しないんじゃ?

 

 とっさに返したが僕の頭が一瞬真っ白になる。まさか人以外にまでコミュ障が発動するとは思わなかった。

 

 

「……無礼を承知でお願いがあります。どうか、村の外の獣たちを追い払っていただけないでしょうか」

 

「獣?」

 

「昨日ホルンが相手したワンちゃんのことだよ」

 

「あれかぁ……」

 

 

 思い出すのは昨晩の死闘。無意識に左手が、食い千切られた右腕の辺りを撫でる。

 

 

「お恥ずかしながら、今この村に居るのは女子供と老人だけ。戦える者が居ません。みな城主様と共に、あの塔に挑み……帰ってきませんでした」

 

「被害がデカすぎる…廃村にした方が早くない?」

 

「ホルン。めっ」

 

 

 つい普段の煽りカスが顔を出してしまったが、NPCの村人は気にした様子もなく言葉を続ける。そういう機能はついていないらしい。

 

 

「我々は代々、この村で生まれ育ってまいりました。亜人に怯え、獣から逃げ、木々を切り開いてようやくこの村ができたと聞きます。祖父の祖父の代から続いたそんな生活を、我々は良しとしたのです。自然と共に生き、自然と共に死ぬのでしょう。……ですが子供たちは。あの子たちには、この村を出て、より良い暮らしを……幸せを。見つけてほしいのです。それを見送るまで、我々大人も死ぬわけにはいかないのです。……どうか、お力添えを…!」

 

[依頼:猛獣駆除] →Y/N

 

 

 村人が頭を下げたのとほぼ同時、僕の視界の端にそんなログが表示される。なるほど、先ほど頭の上に浮いてたのはクエストと関係のあるNPCを識別するためのものだったのか。

 ゆっくり振り向く。先ほどまでニコニコと微笑んでるだけだったはずのストレアが、真剣な顔でこちらを見ていた。

 

 

「……ストレア。これがあん…キミの、言ってた『二つ目』?」

 

「そうだよ。この村の宿を利用すると、そのプレイヤーにこのクエストが割り振られるようになってるの。ホルンには、アタシと一緒にこのクエストを受けてほしい」

 

「報酬が豪華だったりするの?」

 

「別にそこまででもないよ。ただ《トールバーナ》に行くのが少しだけ楽になるけど」

 

「……拒否権は?」

 

「別にそれでもいいよ」

 

 

 精神的自衛も兼ねての質問だったのだが、意外にも許可が下りた。二つ目の要求でこの話を持ってきたとは思えないほどあっさりと。

 訝しむこちらの視線を受けても、ストレアの表情は揺るがなかった。ただまっすぐ、紅玉の視線がこちらを見つめている。

 

 

「だって昨日、ホルンあのワンちゃんのせいで一回死にかけてるもん。ここで嫌がるのはむしろ正常な判断だよ」

 

「……じゃあなんで僕にこの話題振ったの。何考えてるか分からないんだけど」

 

「受けなくてもいいけど、アタシはホルンに、このクエストを受けてほしい。この世界で生きるってどういうことか、キミに感じてほしいから」

 

「この世界で生きる、か」

 

 

 随分と抽象的な理由だ。ストレアだって僕と同じプレイヤーだろうに、まるでこの世界の住人であるかのように言う。ひょっとして彼女も中二病患者なのか。

 そう茶化したくなったが、彼女の眼は冗談を言ってるようには見えない。思わず目を逸らしたくなるほど澄んでいて……それでいながら、どこか後ろめたいように潤み、揺れていた。

 視線に耐えかねて結局僕は顔を逸らした。

 そしてその先、今なおこちらに頭を下げて懇願する村人の姿を見る。

 

 

 冷静な部分ではわかっていた。このNPCの女性が人間ではないことも、先の言葉もこの仕草も、ただのゲームの仕様でしかないことを。

 だがそれをわかってなお、偽物と、仮想の存在だと切り捨てられない僕が居た。

 

 

 あの豆のスープ。現実ではまず口にしないだろうものだった。

 井戸水だってそうだ。衛生的にも水温的にも、現実なら絶対に手を出さない。

 でもスープは暖かくて美味しいと。井戸水は身が引き締まるように冷たいと。感じたあの熱を、嘘と切り捨てることができるだろうか?

 

 

 僕の目を気にかけてくれた現実世界の母と、我が子の未来を案じてこちらに頭を下げるこのNPCの母親に、いったい何の違いがあるのか?

 

 

 あの川底で感じた死の恐怖と、《ダイアウルフ》の牙に感じた恐怖に、差があっただろうか?

 

 

 僕はきっと、それを知るべきだ。

 自然と、指が承認を押す。

 

 

「……うん。ホルンはそっちを選ぶって信じてたよ」

 

「ハ!信じられるほど僕のこと知らないだろ。たかが一晩前に会っただけの奴に期待値持ちすぎ」

 

「アタシは、キミを信じたいから信じただけだよ」

 

「……その調子だといつか痛い目見るよ」

 

「かもね。でも今日は違うよ」

 

 

 陽だまりのような微笑みがくすぐったくて、僕は口元を歪めて毒を吐く。

 

 

「そうだといいねぇ。頭お花畑のストレアちゃん?」

 

「ふふっ、改めてよろしくね!素直になれないホルン♪」

 

「喧嘩売ってんのか」

 

「お互い様だよぉ」

 

 

 なるほどお互い様か。……うん、さっきと違ってちゃんとお互い様だな。僕は別に素直だが。心にも思ってないことなんて言ってないし。

 

 

「ああ…剣士様、ありがとうございます……!!」

 

「アタシとホルンに任せてよ♪ね!」

 

「……サクッと片してきます」

 

 

 随分と温度差のある返事を気にせず、クエストの受領に合わせて村人が道を開ける。

 ドアをくぐると、陽光は先ほどよりわずかに明るさを増しているような気がした。森の暗がりも幾分かマシになっている。

 隣のストレアを見やる。いつの間にか昨晩同様に胸当てと両手剣を装備しなおしていた少女が、こちらに頷き返してきた。同時に、視界の左側に彼女のものと思わしき二本目のHPゲージが出現する。

 

 

「行こう、ストレア」

 

「頼りにしてるよ、ホルン♪」

 

「いや僕弱いから。頼りにはしないでよ」

 

「えぇ~……」

 

 

 軽口を叩き合い、どちらからともなく歩き出す。

 

 

 多分僕は、この日初めて。

 

 

 自分の意思で、剣士になったんだと思う。




ホルン:基本的に煽る。親しい相手でも煽る。親しくない相手は更に煽る。弱点はストレア(陽キャ)

ストレア:基本的に笑顔。怒ってるときもたまに笑顔。ホルンのことはいい子だと思っている
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