俺はカメラが好きだ。いや、その表現は適切じゃないかもしれない。カメラ本体と言うより、撮影する事が好きだ。昔使っていたビデオカメラには幼い俺が撮影したブレブレの映像が残っているし、今も観光名所に行った時には映像に記録したりしている。
最近はとある不良グループに混ざって、『少し』過激な配信のカメラ役をやったりしていたのだが……ちょっくら痛い目に遭ってからはさっぱりだ。グループの内何人かはしょっぴかれたけど俺はおとがめ無し。神様がくれた幸運だと思って暫く大人しく真面目な大学生として振舞っていた。
のだが。
「君さ、カメラ上手いんだっけ?」
授業終わりに突然、かわいい子にそんな事を言われた。
「え……?」
「いやなんかー、友達が撮影手伝ってもらった事あるって聞いてさー」
思い返して、そう言えば半年くらい前に部活動の勧誘MVの撮影を手伝った事を思い出した。
「まあ、そうっすけど……それが?」
「いやさ……ちょっと来て」
促されるまま、講義室から出て人気の無い場所に連れて行かれる。女の子は深呼吸して、そして口を開く。
「私さ、配信ってやつやってるんだよね」
「配信……?」
「そう、ライブ、生放送。UNIALLでやってるんだけど、知らないかなー?」
「そう言うのは、あんまり……」
他人がやってる配信に元々興味は無かったし、半年前の一件があってからは配信と言う行為にあまり触れないようにしていたのもある。
「まあ良いや、それでさ……君にアシスタントをして欲しいんだよね」
「俺に?」
「次の配信が外ロケでさ、でも私今まで自分の部屋でカメラ固定してやってたの。で、自撮りしながらって結構ムズイかなーって思ってさ」
「はあ」
「だからアシスタント雇いたいなーって。で、腕の良いカメラマンがいるって聞いたからこうして依頼しに来たって訳」
成程筋は通っている。しかし、言ってしまえば俺は少し経験があるだけの素人だ。そんな俺が、何人見ているのかは知らないけど人の目に触れるものを撮影するのは気が重い……半年前のは仲間内だったからできたのであって。
「お願い!明後日でスケジュール組んじゃって、でも見つからなくてピンチなの!給料もちゃんと出すから、ね!?」
その計画性の無さを直した方が良いと思ったが、しかし困っているのは事実で、しかもこんなかわいい女の子の頼み。
もしかしたら、これを機に仲良くなったり?
「じゃ、じゃあ、一回だけなら……」
「ほんと!?ありがとー助かる!」
女の子は俺の手を握ってぶんぶんと振り回す。はしゃいでいる様子もまたかわいい。
「詳しい事はDMで連絡するから。あ、てかUNIALL……やってる?」
「やってないっすね」
「やっぱりかー。じゃあ普通にメアド交換しよっか」
勢いに流されるままに携帯を出し、メールアドレスを見せ合う。
「
「そうっす。そっちは……」
苗字が書いてあるはずの欄には、春夏冬と書かれていた。
「あー読めないよねー。これね、あきなしって読むの。春夏冬みどり」
「へー……」
「じゃあ、よろしく……筑地くん、またね」
そう言って春夏冬さんは去ってしまった。
こうして俺は、初対面の人の配信を手伝う事になった。
そして撮影当日。
「はーい、あきみーでーす!今日は前にも言ってた通り、花恵海岸に来ていまーす!」
マスクをしているのに、彼女の笑顔は海に負けないくらい輝いている。俺はそれを逃さないよう、画面を確認しながら彼女を追う。
『あきみー』として活動している彼女には、俺の想像を超えるファンがついていて、今も数百人がこの配信を見ている。なかなかのプレッシャーだが、意識しないよう、あきみーを撮り続ける事に集中する。
この日の撮影は夏と言う事もあって海で行われていた。水着になった彼女が海に入ったり、海の家でアイスクリーム食べる姿を撮影した。勿論あきみーの素顔は映さない様に、俺の姿も映り込まない様に細心の注意を払いながらカメラを回した。
撮影が終わったのは1時間程が経った頃。
「今日も見てくれてありがとー!次回の配信で会いましょー。またねー!」
UNIALLの配信終了ボタンを押すと、急に肩の重みを感じた。疲労感がどっと押し寄せて大きくため息をついた。
「お疲れ様―、見てる感じ、良く撮れてたと思うよー」
「そうっすかね……?」
自分達の携帯でも配信を見ながら撮影していて、見ている限り大きなミスはしていなかったと思う。
「ほんとありがとう!……ねえねえ、このままさ、専属カメラマンになったりしない?」
「それは……ちょっと勘弁してほしいっす……」
こんな疲れる事を、しかもかなりの頻度でやるのは体が持たない。
「そっかー残念、でも気が向いたらいつでも言ってね」
はいこれ、と差し出された封筒を受け取って、この日は解散した。
その日の夜、久しぶりにエゴサをした。
『今日も可愛かった!』
『水着めっちゃ良い!』
大抵はあきみーについての感想が並んでいた。しかし。
『臨時のアシスタントって言ってたけど、撮るの上手くね』
俺に関する感想も幾つか見られた。
久しぶりに、妙な高揚感を感じた。
「お疲れ様―、今日もよろしくね」
「うっす、じゃあセッティングするっすね」
あの日の内にみどりさんに連絡を取り、俺は正式にアシスタントになった。疲れはするが、割の良いバイトだと思うと悪い気はしなかった。それに何か、自分の中で満たされる様な感覚があったのも事実だ。
以降俺はみどりさんが配信する度に家に呼ばれ、彼女を手伝っている。俺が配信に関わる様になってからレイアウトが変わり、画面の明るさが変わり、彼女の魅力がより引き立つ配信に変わっていった。
そしてその日も撮影を終え、みどりさんと俺は同時に家を出る。ただし俺は自宅に、みどりさんは友達と約束と言って駅の方に行った。
付き合いはそう長くはないが、今日のみどりさんはいつもよりかわいかった。
「彼氏か……」
彼女の家で配信した後何回かに一回は気合の入った格好をして出かけていく事があった。公言はしていないが、まあ彼女みたいにかわいい子に彼氏がいない方がおかしいと言うものだ。かわいい子とお近づきになると言う最初の目的は、見事に打ち砕かれていた。
まあ良いさ、お金ももらえるし承認欲求も満たせるし。
そんな事を考えながら、今日も一人で家路につく。
その少し後、彼女がSNSでこんな事を発言した。
『明日配信するって言ったけど、体調悪くてできないかも!ごめんねー!』
そんな素振りは全く見せていなかった。俺は気になり、思い切って電話をかけてみた。
『もしもし?どうしたの電話なんて』
少し鼻声の彼女の声が聞こえる。
「いや、体調悪いって、大丈夫っすか?」
『あーうん、大丈夫大丈夫!でも明日はちょっと無理かも。ごめんね!次決まったらまた連絡する』
俺が何か言う前に電話は切れてしまった。
電話を切った彼女の声が震えていたのが、俺は気になった。
チャイムを鳴らしてみる。一回目は反応は無かった。
もう一回鳴らす。少しの間の後、応えがあった。
『はい?』
「あ、みどりさん……俺です、筑地っす」
何かが引っ掛かった俺は、再びみどりさんの家に来ていた。
『どうしたの?何か忘れ物?』
「あー……みたいなもんで、取り敢えず上がっても良いっすか?」
『……うん、良いよ。開けるね』
扉が開き、隙間から俯きがちなみどりさんが見える。いつもの様に上がり込んで、自然な形で居間まで入る。
「それで、何忘れたの?」
「ええと……すみません、忘れ物じゃなくて」
「え?」
「みどりさん泣いてたから、だから心配で……嘘ついてすみません」
俺の言葉を聞いたみどりさんは少し呆けて、それから目に涙を浮かべた。
「なんでよ……なんで気付いちゃうかなー……」
「何か、あったんですか?……もしかして、彼氏と何か?」
「え……なんで知ってるの?」
「多分いるだろうなって思ってて、今日も会いに行ったんだろうなーって……てくらいっすかね」
勘が良いんだね、と言ってみどりさんは涙を拭う。
「別れようって言われたの……」
「え?何で……」
「配信手伝ってるのが……筑地くんが男だって分かったみたいで、男を連れ込む様な人は信用できないって……」
そんな。つまり、俺が配信を手伝ったから、みどりさんがふられた……?
「ごめん、別に気にしなくて良いからね?でも今日は、そっとしといて欲しいかも……」
「みどりさん……」
ここで言葉に従う事もできた。でもそうすると、何故だか駄目な気がした。
だからみどりさんを思いっきり抱きしめた。
「え……?」
「俺が、責任取るのは駄目ですか……?」
「責任って……」
「俺のせいで別れちゃったんだから、俺が責任取ってみどりさんの傍にいたいです」
ああそうか、何で俺は配信を手伝っているのか分かった。
俺は。
「みどりさんの事が好きです。だから、付き合ってください」
「……ずるいよ、今言うの……」
みどりさんは俺の腕の中で大声を上げて泣き始めた。
「今日もよろしく、勇也くん」
「うん……よろしく」
俺とみどりさんは付き合う事になった。そして変わらず、俺は彼女の配信を手伝っている。
俺を満たしていたのは最初は承認欲求だったかもしれない。でも次第にみどりさんの役に立つ事がやりがいになっていた事に、あの夜ようやく気付いた。
俺はこれからも、できる限り彼女のアシスタントでいたい。勿論無給で。
だからこれからも幸せな日々が続くと、そう思った。
「あ、そう言えばさ」
みどりさんはポケットを探り、それを取り出した。
「見てこれ!拾ったんだけど凄く綺麗じゃない?」
それは半年ぶりに見た、手のひらに収まるサイズの石だった。