かなり痛々しいけどよろしくお願いします、
西暦20XX年、複数のグループに分かれた全世界の国々による宇宙戦争が勃発。
最初こそミサイルや、ロケットなどを使っていた戦闘も、次第に少女達が乗り込む宇宙戦闘機による攻撃が主となり、状況は苛烈さを増すばかり。
そう。正に今、全宇宙は混沌に包まれていた──!!
「……なんて、50年前の人間が聞いたら、どう思うかなぁ」
「知らない。鼻で笑われるだけじゃない?」
学校のカフェテリアで、彼女は呟く。本人は気付いていなかったのかもしれないが、『西暦20XX年〜』っていう内容も全部口に出していた。それもかなりの声量で。
周りの視線が痛い。
「あの子、何叫んでるんだろう……」なんて囁き声と共に、「知らねぇよ」というぼやきが聞こえてきた。そりゃそうだ。私だって50年前なんて大昔のこと、想像もできないし。
「大昔って言ったって……私達が生まれたのだって17年前なんだよ? そう考えたら結構最近じゃない?」
「17なのはあんただけ。私はまだ15だから」
何度教えたら、彼女は理解できたのか。あれで間違ったのは多分、9回目。ここまで来るともはや呆れを通り越して感心さえしてしまう。しかも、こんなんでも無駄に頭だけはいいんだから、やっぱりこの世界っていうのはどこか歪んでるんだと思う。
……いや寧ろ、一長一短という面では何も間違っていないのかも。
「お〜い。大丈夫? 意識ある?」
「大丈夫……いや、大丈夫じゃないかも。やっぱ大丈夫」
さて。本当に、この世界は一体何処で歪んでしまったのか。私が生まれた頃にはもう戦争は始まっていたから、戦いがある日々こそが日常だったわけだが、私と話していた女は違う。彼女が2歳になった直後に、戦争は始まったのだ。
2歳の時の事と言うのは意外と忘れないもので、彼女もまた、両親にハワイとか言う観光地に連れて行ってもらったことだとか、そう言うどうでもいいことを憶えていた。
後は、戦争が始まった直後に、両親が目の前で焼け死んだとか、なんとか。
私としてはそんな重い話、軽々しくしないほうがいいんじゃないか……なんて思うわけだけど、彼女にとってはそれこそ「どうでもいい」ことらしい。
……で、なんやかんやあって、戦闘機のパイロットになったって。
「……訳わかんない」
「どうしたの? そんないきなり」
目の前で微笑む、純白の髪の毛を肩辺りで綺麗に切り揃えた少女、イリス。
「なんでもない。……それより、明日のテスト勉強、したの」
本当に、訳が分からない。
彼女のことも、この世界のことも。
……それが認められるようになっただけでも、少しは成長したのだろうか。
「だって明日、歴史でしょ? だったら大丈夫だよ。別に」
彼女の頭が良かった……って言うのもあるけれど、確かに歴史のテストは殆ど勉強せずに解ける内容だった。
出される問題も、なんで戦争は始まったのか、どの有名人が何処の区域で戦ったのか、なんで今の時代、少女達だけが戦っているのか……なんて、そんな簡単な3問だけ。今の私だったら、目隠ししながらでも解けるだろう。
「小学生の時の私でも解けたかも」彼女はそう言った。
……いや、私は無理。そう言えなかったのは、私の安いプライドのせいだったのかもしれない。
「そんなの、誇るようなことじゃないでしょ」
私はそう返した。普段はおっとりとしているイリスが、少しだけ目を見開いた。
「すっごぉ〜! 私も言ってみたい、それ!!」
そしてそのまま、なんの悪気もなく、私に抱き着いてきた。
普段ならめんどくさがって彼女を引き剥がさない私も、この時ばかりは違った。確か、「ちょっとトイレ行ってくる」だったか、くだらない嘘をついて逃げたんじゃなかったっけ。
……小学生の頃の私は結構ませていて。「女の子だけを戦わせて、男はずっと楽なことしかしてないんだ!」なんて事を信じ切って、その上、それをみんなにも広めていたから、あのテストの最後の問題なんかを解かせた時には、どうなるかなんてお察しだろう。
ただ、私も色んなことを学んでいくにつれて、段々と世界のことがわかってきた。
結論から言うと、別に男だけが楽な思いをしてたわけじゃない。人間というのは何時までも変われないもので、嘗ての世界大戦と同じように、男性が兵隊になり、女性は看護活動とかをする、そんな役割分担がされていたのだ。……最初の内は。
初期に兵隊にさせられた彼等は、ミサイルだとか、毒ガスだとか、禁止されてた筈の化学兵器だとかで、次々に殺されていった。その頃にはもう兵隊は殆ど物資と同じような扱いだったから、足りなくなったら補充、そしてまた足りなくなったら補充……なんて、なんの躊躇いもなく戦場で死ぬ為だけに徴兵されていったのだ。
しかし、どんな物資だって、無駄に使い続けていれば段々となくなっていく。世界に残る男性が元々の十分の一くらいまで減った頃──尤も、全員が全員戦場で死んだっていうわけじゃない。ただ暮らしてただけなのに急に軍隊に街を滅ぼされたとか、色んな死因がある──世界中は、漸く考えを改めた。
確か、どっかの都市では「やっと戦争が終わるんだ」なんて、お祭り騒ぎだったらしい。無理もないことだろう。いつ殺されるかわからない恐怖から、漸く開放されるのだから。
……でも、人間はそんな状況になってもまだ尚、愚かだった。
少なくとも上の人間は、誰一人として戦争をやめようだなんて思ってなかった。それどころか、残った人員でも──つまり、私達ってことだけど──扱えるような武器を作りはじめて、新しい軍隊を作ったりなんてして。
だからこそ、私とイリスは、出会えたんだけど。
閑話休題。
その時はまだ、自他ともに認めるほどには頭がよかった私は、その事実に、何よりその事実を私が知らなかったという事実に、少なからず、いや大いにショックを受けた。
いや、みんなから見れば、本当にどうでもいいことだったのかもしれない。それでも私の心は、そんな「どうでもいい」ことで外に出られなくなるほどには弱かった。
……まあ、結局何が言いたいかって。
つまるところ、私は、そんな過去を思い出して、また逃げ出してしまったのだ。
というか、どうしても、イリスにだけは劣りたくない、負けたくないと思った。
でも、負けないための努力の仕方も、負けたときの対応も、何もかも、私は知らなかった。そして知らないと言うことを受け入れる度胸も、私にはなかった。
「……ごめん、
夜、ベッドの上で不貞腐れてる私を訪ねてきたのは他でもないイリス。今考えると、本当に私は餓鬼だったし、イリスは大人だったんだと思う。
「今日、一緒に寝てもいい?」
「……別に、好きにすれば」
別に、そこで何をしたというわけでもない。でも、彼女が布団に入ってきたときの軋みだとか、密着する体の温もりだとかが、どうしても忘れられなくて。
「今日は、一緒に寝ないの」
そう聞いたのは、一緒に寝た日から、何日経った後だったか。詳しくは憶えてないけれど、確か、一週間も経ってなかった筈だ。
その時のイリスの顔と言ったら、もう。もはや驚いてるんだか、喜んでるんだか、困ってるんだか。兎に角一言では表しようがない表情を浮かべた直後に、全力で私に抱き着いた。しかもそのままパジャマパーティーだとか、よくわからない単語を連呼するもんだから、流石に誘ったことを後悔したんじゃなかったっけ。
「──らぶりんはさ、私達が出会った時のこと、憶えてる?」
そんなこんなでいざ布団に入ったら、直前までのはしゃぎようが嘘のように大人しくなったイリス。いつもとは違う、2人きりの時だけに見せるその何処か大人びた態度が、私は好きだった。
「そりゃもう、憶えてるに決まってるでしょ。忘れたくても忘れらんないわよ、あんなの」
『あなたのこと、らぶりんって呼んでもいい!?』
それが彼女から掛けられた、初めての言葉だった。
それどころか、同じ学校の生徒に話しかけられたのすら初めてだったかも。
当たり前だけど、兵隊を育てるためには、それ相応の学校が必要になる。そして、勿論私とイリスもそこに通っている。クラス分けという制度こそあれど、別に”学年”というくくりはないから、何歳の人と同じクラスになってもおかしくはない。
だからこそ、横の繋がりは生まれにくい。生まれるとしても、入学してから何ヶ月も経ってからのこと。
『らぶりんって……なんでまた、そんな』
でも、彼女は、彼女だけは違った。
『だってあなた、アイって言うんでしょ? だったらラブじゃん!!』
『いや、そっちの愛じゃない。白亜紀の亜に
『えぇ〜……じゃあらぶりんはアイって言われたら何を思い浮かべるの?』
『……可哀想の哀、かなぁ』
ライトの明かりを反射する白髪。病的なほどに白い肌。少しだけ濁った赤い瞳。そして、その瞳に似合わぬ、幼さの残る顔。
『ふーん……結構前のロボットアニメが好きなんだね!!』
『え……なんでわかったの……?』
誰も兵隊になんてなりたくない。だからこそ、皆が心を殺して生活する。
私も、その1人になる筈だった。
『あ。そうだ!! 私の名前、言ってなかったね!! 私の名前は──』
でも。
イリスと出会うことができたから、私は、
「あれ、今だから言えるけど、結構変な目で見られてたんだからね……」
「うん。気付いてた」
気付いてた? 気付いてて、態々あんな大声で私に話しかけたのか。とは言っても、あれがなければイリスと話すことすらなかったことを考えると、手放しに文句を言えばいい話ではない。
それに、イリスは周りの目なんて気にしない人だったけど、それ以上に。
「だってらぶりん、あのままだと壊れちゃいそうだったから」
誰かの気持ちを、汲み取れる人だった。
「壊れちゃいそうって……何、それ」
「らぶりんだけは、まだ心が生きてる感じがしたの。みんな私みたいに奴隷だったりとかして、既に心が死んでる子が多かった、っていうのもあるけど。元々心が死んでたら、壊れることはないでしょ?」
「……やっぱり、奴隷だったんだ」
何故かその言葉が私を責めてるように聞こえて、この時の私は話題を変えようとした。少し寂しそうにしながらも、イリスは私の疑問にこたえる。
「うん。こんな見た目で、まともな人間として扱って貰える訳無いでしょ?」
この頃はまだ知らなかったけど──いや、知ろうとしなかったと言ったほうが正しい──彼女は所謂、アルビノと呼ばれる体質だった。昔はそうじゃない時代もあったらしいけど、今はそういう、何かが『一般人』とは違う人は奴隷になるのが常識。彼女もまた、例外ではなかった。
「私は、綺麗だと思うけど」
気まずくなったからそう言ったわけじゃない。慰めるためにそう言ったわけでもない。ただ、私は本心からイリスのことを綺麗だと思っていた。
「……そっか。なら、よかった」
僅かに、イリスの声が上擦った。なんとなく彼女に勝った気がして、私の頭を埋め尽くしたのは、嬉しいような、それなのに少し寂しいような、もう二度と感じることはない気持ち。
「やっと見えたかも。
「──え?」
温もり。後ろから私を包み込むように抱き締めたイリスの体は、確かに温かかった。
「亜衣、ずっと本当の気持ちを隠してそうな気がしたから。と言うより、ずっと、強がってるような──」
「強がってなんかない」
なんとか言えたのは、それだけ。「じゃあさ」とイリスが話し始めたのは、私には想像もできなかった内容だった。
「──私、亜衣の事、好きだよ」
「そう……そう!?」
これも多分、もう二度と感じることのない気持ち。恥ずかしいけど、心の何処かで期待していたことを言われたような、多分『嬉しい』寄りの気持ち。
「ちょあのそれってどういういみみみっみみみみ」
「落ち着いてよ……らぶりんだって知ってたでしょ? 周りに同性しかいなかったら、自然に同性に意識が向くって」
「じゃじゃじゃじゃじゃじゃあやっぱそういう意味なんじゃじゃじゃっじゃじゃん!!!」
その時の私の反応は、およそ普通の人になら殴られてもおかしくないくらいにはうるさかったと思う。具体的にどれくらいかと言うと、あのイリスが顔をしかめて私から離れようとするくらい。
ただ、あの時の反応うるさかったねって、隣で言ってほしかった
「ちょっ、ちょっと……そんなうるさそうにしないでよ!! 私だって、そんなの、はじめてなんだし……」
「まあ誰かに告白する余裕なんてある人のほうが少ないしね……。でもやった、私がらぶりんに初めて告白したんだ」
イリスが浮かべたのは、ただ、本当に嬉しそうな笑顔。そしてその顔とは裏腹に、彼女の瞳はすぐにでも私を呑み込まんと妖しい光を発していた。
ただ、その瞳を見ていたかった
「……ごめん。私、そういうのよくわからなくて。もうちょっとだけ、待ってくれない?」
我ながら、酷いことをしたと思う。
ただ、何か1つだけでも、彼女に勝ちたかった
「……うん、大丈夫。いつまででも待つよ、私は」
「重い……」
それがどんな返事であれ、多分イリスは受け入れてたんだと思う。だって彼女は私と違って、下心なんてなく、私のことを好きでいてくれたから。そして、色んなことを受け入れられることこそが、彼女の強さだったから。
……とは言っても。
「もうちょっと、気にしててもいいじゃん……」
イリスは告白した後、ものの数分で眠りについた。それも、私をガッチリと抱き締めたまま。
私はあんなに緊張していたのに、告白した本人はこの有り様。少し……いやかなり腹が立つのを抑えながらも、少し1人で考える時間ができたことに安堵した。
「……嬉しい、のかな」
学校に入ってからのことを思い浮かべれば、その中心にはいつもイリスがいた。ただ一緒に話せただけ、ただ一緒にご飯を食べれただけ、そんな小さな日常の一つ一つが何もかも、大切だった。
……もしかしたら。
──あなたのこと、らぶりんって呼んでもいい!?
あの時から私はずっと、イリスのことが。
「……好きだった、のかな」
「──いりす」
夢?
イリスは? ここどこ? なんでこんなに臭いの?
「……先輩、まだ起きてなかったんですか?」
この子、誰?
「またこんなに部屋を汚くして……それに、今日は学校に行くって、言いましたよね?」
……あぁ、そうだ。
告白された次の日、「もう、兎に角まずは顔を洗ってきてください。朝食はわたしが準備しますから」私達は緊急招集されて「それから、制服はハンガーに掛けてありますから」急遽出動することになった。そして「全くもう……タバコなんて吸うものじゃないですよ……」そこで敵の攻撃を受けたイリスは「ほら、早くしないと遅れちゃいますよ?」
「──今は、学校に行くことを考えましょう?」
──イリスは、死んだ。
****
どうして、こうなったんでしょうか。
どうして先輩は、こんなことに。
……なんて言っても仕方がありませんね。理由なんてわかってます。ただ、私がそれを認めたくないだけ。
「あれ……イリス……なんでいないの……?」
衣類や食べ終わった後の皿、そして一体どこから入手してきたのか、タバコまでもが散乱する部屋の中で虚空に向かって手を伸ばすその姿はまるで廃人。いや、まるで、じゃないですね。例えではなく、先輩は完全に廃人になってしまいました。
先輩が廃人になった時のことはよく覚えています。とは言っても、イリスが乗っていた戦闘機に録音された音声を聞いただけですけど。
まず最初に聞こえたのは、空間全体を揺らすような轟音でした。そしてすぐに、イリスの悲鳴。でもそれはすぐに終わって、代わりに何かが潰れるような音が聞こえました。きっと敵の戦闘機から体当たりでもされたのでしょう。本来なら耐えれるはずであったそれも、彼女の戦闘機は耐えられませんでした。
……だって、彼女の戦闘機に、まともな装甲なんてありませんでしたから。
簡単な話です。彼女がどう思っていたかは知りませんが、奴隷が普通の人間と同じように兵隊になれる筈がないんですよ。
つまるところ、彼女はただの兵器に過ぎなかったわけです。所謂、特攻兵、というやつとはまた別ですが……兎に角、陽動さえできればそれでもう、彼女の役目は終わりでした。
『ねぇ!! イリス!! 返事して!!』
その後しばらくして聞こえてきたのは、イリスの名前を叫ぶ先輩の声。
『えへへ……ごめんね……ちょっと、失敗しちゃった……』
ここが戦場であることすらも忘れてしまったのでしょう。先輩は彼女がもう手遅れなことも──尤も、別に姿を見たわけではないので、本当に手遅れかどうかはわかりませんが。あくまで私が声を元に判断した、というだけです──気にせず、ただ只管に呼びかけ続けていました。
『ねぇ!! イリスが死んじゃったら、私!!』
『最期にさ……』
最期なんて言わないで、と叫ぶ先輩。真空でも会話できるとは、やはりパイロットスーツは本当に便利ですね。その上宇宙服の代わりにもなって、並の攻撃じゃ死なないほどの耐久性まであるんですから、本当に技術というのは進化したものです。
……なんて、私もまだ14年しか生きてないわけですが。
『告白の返事、くれないかな……?』
『告白の……返事……?』
一瞬、何を言っているのかわからなかったのでしょう。先輩は本当に虚を突かれたという風な反応をしていました。
……あぁ、先輩の名誉のために言っておくと、決して告白の話を忘れていたというわけではありません。ただ状況が状況だから、少し混乱してしまっただけです。
『私も……いや、私は……出会ったときから貴女のことが、イリスのことが、好き……!!』
正に魂を賭けた告白。でも
『そっか……ありがとう、亜衣……』
それが、記録に残されていた最後の一言でした。……いえ、記録に残されていた最後の
この後に入っていたのは、先輩が自分の戦闘機──勿論こちらはしっかりとした装甲があります──にイリスを運ぶ音、そして、理性の欠片も残されていない、先輩の絶叫。
……とまあ、戦場で最愛の人を喪ってしまった先輩は、今までの理知的な様子は何処へやら、こんな廃人になってしまったわけです。
元々が奴隷ですから、勿論葬式なんて行いませんでした。死体がどうなったのかすら、誰にもわかっていません。
「ぁ……イリス、おはよう……」
そして先輩は、時々私とイリスを間違えるようになりました。基本先輩になら何をされてもいいとは思っていますが、流石に態々告白してから死ぬような女とは一緒にされたくありません。だから私は、先輩が間違った時に
「『……なんでもっとはやく、こたえてくれなかったの?』」
「──ぁ」
「『どうせわたしのことなんか、すきじゃないくせに』」
「違う……私は、本当にイリスの事が好きで……!!」
「『ただわたしにまけたくなかっただけのくせに』」
「やだ!! 違う!! お願いだから、話を──」
「『おまえなんか、だいきらい』」
瞬間、強張る先輩の体。そうしたら、強く抱き締めて、背中を叩いてあげるんです。そうすると毎回、中に詰まったものを何もかも、出してくれます。
「──大丈夫です、先輩。私は、ずっと先輩のことが、大好きですから」
あぁ、なんて可哀想で、なんて可愛い先輩。いつまでも死人に縋り付いていなければいけないだなんて。
「ぁ……ぇ……? 貴女、
……でも。
「大丈夫、大丈夫ですから。私が、先輩を、守ります」
「あ……あぁ……私、また……!!」
自分を抱き締めていたのが私だとわかった瞬間、先輩は毎回叫びだしそうになります。並の人間なら苛立って離れてしまう程の声の大きさでも、私は絶対に離しません。
だって、彼女の乱れた黒髪も、生気を失った顔も、手首にある無数の引っかき傷も、口から漂う異臭も、全て、全て、愛していますから。
「先輩ったら……睡眠薬、またこんなに飲んで……」
それよりも問題なのは、先輩が吐き出した睡眠薬。数えられるだけでも10粒は超えています。あんなに飲みすぎないでって、言ったのに。
「……服、ごめんっ……っなさ……っぁ……」
服? 言い淀みながらも謝る先輩の声を聞いて見てみても、先輩の姿には何の異常も──尤も、普段の姿が既に異常とも言えないことはないですが──ありませんでした。弱々しく指差す先を見ると、そこは私の右肩の辺り。
「あー……」
全く気付いていませんでしたが、私の肩、正確に言えば肩の辺りの制服には、先輩の吐瀉物が広がっていました。
私達の学校の制服はごく一般的なワイシャツの上にリボンを付けるだけという簡素なもの。その上に何を着ようが、いや、そもそも制服を着ていなくても一切問題にはなりません。それも恐らく、どうせ死ぬ奴等にくらい自由に服を着させてやろう、という気遣いなんでしょうが。
私はお洒落というものがよくわからないので、何かを羽織ったり、私服を着たりすることはありません。なので、特に汚れても気にしないし、替えもきくから、そこまで罪悪感を感じるようなことでもないと思うのですが。
……それに、先輩のなら、私はもっと──。
「……大丈夫ですよ、先輩。別に全然気にしてませんから」
「ぁ……でも、それ、きたな──」
「先輩」
自分でも意外なほどに強い声が出てしまったようです。その声を聞いた先輩は小さく悲鳴を上げたかと思うと、今度は頭を抱えて蹲ってしまいました。
……あぁ、本当に。
「いい加減、そういうのやめませんか? そこまで辛いアピールされると、流石にめんどくさいです」
「──え、ちが……」
なんて、可愛いんだろう。
ドアへと歩き出した私のスカートの裾を掴む先輩を見て、改めて思います。
いつまでも死人のことを考えて、固執し続けているようで、それでも私に依存せずにはいられない。やっぱり私は、そんな先輩のことを。
「ごめんなさい……そういうのじゃないから……だからお願い、どこにもいかないで……あなたまでいなくなったら、わたし……!!」
「大丈夫ですよ、先輩。だって、私は先輩の事──」
あの人よりも、ずっと。
「──愛していますから」
「あれ、瑠璃じゃん!! 久しぶり!! 元気してた?」
「心配してたんだよ〜?」
「先輩方……ごめんなさい、色々あったもので……」
教室に入ると次々に寄せられる、クラスメイトからの心配の声。一体いつぶりでしょうか、先輩以外と口を聞くのは。でも、その中に先輩に向けたものは1つもありません。先輩は、本当にイリス以外の誰とも口を聞いていませんでしたから。
「もう、先輩なんて呼ばなくていいって!! もっとラフな感じで行こうよ、同じクラスの仲間っしょ?」
「あはは……どうしても、この呼び方に慣れてしまっているので……。それに年上の皆さんを呼び捨てにするのも、抵抗がありますし」
決して、嘘ではありませんよ。でも慣れていること以上に、私は、周りの人の名前なんて、覚えていませんから。
あぁいえ、イリスだけは覚えていますね。ずっと先輩に粘着していましたから、いつかは死んでほしいと思っていました。
……なんて、先輩にバレたら、どうなるんでしょうか?
「ほら、先輩」
「──ぁ……やっぱり、わたし……」
ドアから顔だけを出し、すぐに逃げ去れるようにする先輩。私が手を引こうとしましたが、更に縮こまってしまうばかりで禄に動くことすらしてくれません。
……こんな時は。
「先輩」
「ぁっ……あの、ごめんなさっ」
「一緒に、入りましょう?」
ただ少し強く名前を呼ぶだけで、まるで小動物のように怯えてしまう先輩。それでも依存からは抜け出せないんですから、本当に先輩は愛しい。
……なんて考えていたら、いつの間にか色んな人に注目されています。何か、驚くようなことでもあったのでしょうか?
「瑠璃……それはちょっと、ヤバくないかな……?」
「ヤバいって……何がですか?」
ただこの人にヤバい、と言われただけだったら私も何も気にしていなかったでしょう。彼女は元々どうでもいいことにすぐ「ヤバい」という人でしたから。
でも、周りの殆ど全員が注目してくるとなったら話は別です。これではまるで、私が何かおかしいことをしたみたいじゃないですか。
「だってこれ……完全にDV彼氏のやり口じゃん……」
「えっ……何が、ですか……?」
一体この人は何を言っているんでしょう? これだから、話の通じない奴は嫌いなんですよ。
「もしかして、亜衣の顔も、瑠璃がやったの……?」
目? 何のことかわからず先輩の方を見て、漸く思い出しました。彼女の顔の右半分には包帯が巻かれていたのです。
確かに私も初めて見た時は何故か嫌悪感をも感じましたが、先輩の──言い方は悪いですが──お世話をしている間に慣れていたので、完全に忘れていました。
「いや、そんな訳無いじゃないですか……ねぇ、先輩?」
「っぁ……その、ちが……っ」
「怯えてるじゃない……瑠璃、アンタ一体何したの!?」
だから、本当に何も知らないんですって。そう言いたい気持ちはありますが、何を言っても状況は悪化するだけだとわかっているので、取り敢えずは黙っておくことにします。
「何も言わない……やっぱりアンタ、なんかしたの──」
「違うっ!!!」
……意外でした。あの先輩が誰かに物事を伝えるために、こんなに大声を出すなんて。そもそもこんな廃人になる前から、大声を出す姿は見たことがありませんし。
「あの……その……ごめんなさ、でも、違くて……!」
「……あぁ、そういう感じかぁ。うん、ごめんね。私も疑いすぎた」
この人はもう駄目だ、とでも思っているのでしょうね。声からも顔からも、諦めているのが見え見えです。
勝手に正義ヅラして守るフリをしたかと思えば、自分の理想と違ったら勝手に諦めて、見放す。そんな誰を好きになることもできない人ばっかりだから、戦争なんて起こるんじゃないでしょうか?
「──帰りましょうか、先輩」
「……ごめんなさい」
なにはともあれ、これで先輩が学校に行くことはなくなってしまいました。先輩から可能性を奪った目の前の女が憎いという思いと同時に、これからも先輩のことを独り占めできることへの喜びも同時にある、変な気持ちです。
「先輩、かっこよかったですよ」
先輩が、私のために、勇気を出してくれた。そう考えるだけでも頭の中がとろけ、もっともっと先輩の事が好きになってしまいそうです。
「……ちがう」
「──え?」
「わたし、もう……どうすればいいか、わかんないよ……!!」
廊下の途中で、他の人に見られているのにも関わらず膝をついて泣き出す先輩。そんな2面性も素敵だ……なんて、言ってる場合じゃありません。
「ちょっ、あのっ!? えーっと、取り敢えず、寮に戻りましょうか!!」
先輩の泣き顔は、私だけのもの。他の誰かに見られたら、困りますから。
「あのっ、ごめんなさ……また私、迷惑ばっかりかけて……!!」
「その、どうしたんですか? また唐突に……」
イリスがいなくなってから、先輩は不安定になりました。でも、私が何もせずに泣き出したのはこれが初めて。流石に私でも、少し戸惑ってしまいます。
……まあそれはそれとして、愛しいので抱き締めはするんですが。
「私、イリスのことが、好き……っ!」
「──そう、ですよね」
一瞬、ここで首を締め付けたらどうなるのか、なんて考えてしまいました。そんなこといけません。だって相手は、大好きな先輩ですよ?
「でも、私ずっと貴女に、迷惑ばっかかけて……」
「だから、それは大丈夫なんですって。私がしたくてやってることですから」
私のことは好きじゃないの?
なんて、めんどくさい問いが頭の中を巡ります。でも、そんな事を聞いたら、きっと先輩は優しいから好きだって言ってくれる。例えそれが好意であっても、偽りの言葉は、先輩の口から聞きたくありませんでした。
……でももし、本当に先輩が私のことを好きになってくれるチャンスがあったとしたら?
「もう、誰が好きなのか、わかんないよ……!!」
「……じゃあ、先輩」
まさか本当に、チャンスができるとは思いませんでしたが。
「私が亜衣先輩の一番になることは、できませんか──?」
「瑠璃……っ! やめて……っ!!」
「──あ……」
あわよくば、と思って攻めすぎたのがいけませんでしたか。唇を奪うことはできず、先輩から拒まれてしまいました。
「……ごめんなさい。今日のところは、帰りますね」
ドアの方へ向かおうとしても、先輩が引き止めてくる事はありません。でも大丈夫。きっとすぐ、私を求め始めますから。
「イリス……」
……でも、私がいる場所で他の人の名前を出すのは、やめてほしいものですが。
「──あの反応、多分まだ
自室に戻った瞬間、ついつい声にも思考が漏れ出てしまいました。
「じゃあその先も、全部私が初めてになれるかもってこと……?」
無理もない話でしょう? 世界の誰よりも心の底から愛している人のはじめてを、全部私が奪えるかもしれないんですから。
「はぁ……亜衣、好きです……愛してます……!!」
部屋の至る所に貼られた先輩の写真。何枚あるかなんて、500を超えた時にもう数えるのをやめました。
……でも、もうそんなのじゃ足りない。
私は先輩が、亜衣がほしい。例えどんな手を使っても、最終的に亜衣が私だけのものになるんだったら、それでいい。
そう。
例え、どんな手を使っても……。
「できれば、穏便に済ませられればいいんですけどね」
まあ、いざ
今の時代、両手両足を引き千切られても、すぐに治療すれば、命だけは残りますから。
……なんて、油断した私が馬鹿でした。
「先輩……何処に行ったんですか……!?」
次の日、私が部屋に行くと、そこには先輩はいませんでした。それも直前まで居た、という感じでもありません。少なくとも、出ていってから数時間は経っているでしょう。
「嘘……なんで……?」
なんで、なんで、なんで、なんで。
ただ、そんな疑問しか湧いてきません。
だって先輩は、あんなに私に依存してたじゃないですか……!!
……もしかして、糸鋸とか、持ってるの、バレちゃいましたか? 別に、先輩が変に抵抗しなければ、使う必要性もないのですが……。
『緊急事態発生。総員、指定の配置に付け。繰り返す、緊急事態発生。総員、指定の配置に──』
「こんなタイミングで!?」
正に、泣きっ面に蜂、とでも言うべきなんでしょうか。嫌なことには嫌なことが重なるもので、こんな時に限って敵が攻めてきたようです。
こうなったらもう、自分の配置につくしかありません。付かなかったら、上の命令で殺されてしまいますから。
……戦場に出たって、死ぬかもしれないのに。
「……まさか」
いや、もしかしたらいいタイミングだったかもしれませんね。
部屋以外で先輩がいるかもしれないところが、1つだけありました。
「できれば、あんな所、居てほしくないですけどね……!!」
『3番カタパルトから緊急信号!! 申請なく
『何だと!? それは本当か!?』
事前に設置してあった盗聴器から、管制室に響く声が聞こえます。
……蛇真。先輩が出撃する際に乗る、戦闘機。
「やっぱり、あそこにいたんだ……!!」
たった1つ、盗聴器が仕掛けられている事にも気付けない連中です。もし先輩がずっと前から乗っていたとしても、把握できるわけがない。
幸い、先輩はコックピットの扉を閉めていませんでした。出撃する前になんとか蛇真に乗り込み、今度はしっかりと扉を閉めます。
別に今回は先輩と2人きりになりたいとか、そういうことを考えたわけじゃないんです。いや勿論2人きりになるに越したことはないですけれど、それよりも、扉を閉めないまま出撃してしまうと宇宙空間に放り出されて死んでしまうのです。
「──先輩!! 何やってるんですか!? パイロットスーツも着ない……で……」
そして、パイロットスーツを着ないで戦闘機を操縦なんてしたら、並の人間なら数十秒で潰れて死んでしまいます。訓練を受けた私達でさえ、もって数分。このまま出撃すれば、先輩は、必ず。
……でも、それ以上に目を引く存在が……いえ、目だけじゃないですね。鼻も、口も、肌も、全身のありとあらゆるところを刺激する存在が、そこにはありました。
「何ですっ、それぇ……っ!?」
正確に言うならば、先輩が抱いていた、でしょうか。でもそんなことが気にならなくなるくらい、それは異常な雰囲気と見た目をしており、そして何よりも、悍ましい臭いを発していました。
……まさか、これ。
「死体、ですか……?」
あらゆるところから変色した何かが飛び出した、黒い塊。もはや原型を失ったそれは、先輩が隠していたイリスの死体としか考えられません。
先輩は私の疑問には答えず、蛇真を操縦し始めます。
というのもここはまだカタパルトなので、申請をしなければ、ゲートが開かない上に蛇真を乗せたレールも動かず、出撃することができないのです。
では、今から申請をするのか、と聞かれれば、答えは否。自分を邪魔するものがあれば、壊してしまえばいい。そんな簡単なことに、先輩は漸く気付けたのでしょう。
『No.6! 霧島亜衣!! 直ちに蛇真から降機せよ!! 繰り返す──』
「──ごめんなさい」
ああ、本当に。
私は、どれだけ狂おうと、優しさが捨てきれない先輩の事が。
「……大好きです」
瞬間、視界が爆ぜた。
否、視界が、ではないですね。正確に言うならば、蛇真が爆炎に包まれた、となるでしょうか。蛇真から発射された無数の小型ミサイルが、レールに付けられた安全装置──万一何かが起こった時、戦闘機が動かないようにするものです──をカタパルト諸共、破壊し尽くしたのです。
「──ッハ!?」
そして同時に私を襲ったのは、常人には耐えきれないほどのG。私の体は後ろの壁に打ち付けられました。成る程、これが、灰の中の空気が押し出される、というやつでしょうか。
物凄い速さで蛇真に迫りくるゲート。しかしそれも、主武装の荷電粒子砲によって消し去られます。
「今行くからね……イリス!!!」
かくして、私達を乗せた蛇真は、爆風と共に巨大な方舟から出撃したのでした。
……えぇ、そうです。方舟です。まあ方舟と言うには、あまりに要塞染みていますけど。
隠すようなことではありません。人類が半分にまで減った時、既に地球の環境は死んでいたんです。
私達は方舟で生まれ、方舟で育ちました。
だからこそ、先輩のこの決断は、自分の故郷を裏切る、とても重いものだったんです。
方舟は外部からの攻撃にこそ強いものの、中からの攻撃にはてんで対策が成されていません。それも多分、上層部の杜撰さのせいでしょうけど。
……よって、一部が壊れただけでも、方舟は次々に崩れていきます。それだけならまだ復旧は可能ですが、ここは既に戦場。敵の攻撃も相まって、方舟は見るも無惨な姿になっていきました。
「運がいいんだか、悪いんだか……!!」
しかし、予期せぬ事態にしてはあまりにも手際が良すぎます。きっと敵は、彼女がどうするか、予想していたのでしょう。そしてその上で、ちょうど今日、攻撃を仕掛けた。
……まあ、多分スパイでも潜り込ませていたんでしょうけど。それくらいいても、何もおかしくはありませんし。寧ろ少し探らせるだけで壊せる敵の城があるならば、攻めないほうがおかしいですから。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ」
そんな中、先輩は狂ったように──いや、もう狂っていましたが──声を上げながら、迫りくる敵を次々と撃ち落としていきます。敵はたかが1人の少女、とでも思っていたのでしょうか。まともな隊列も組まずに攻撃してきたのでは、先輩には勝てません。
「イリス!? やっぱり一緒に戦ってくれてるんだ!! そうだよね!! だって──」
「……やっぱり、私じゃ一番にはなれないんですね」
つい、声に出してしまいます。ここは戦場、そんなことを言ってる余裕はないことくらい、わかっているのに。
でも、そんなことが気にならなくなるほどの衝撃が、すぐに私を襲いました。
先輩が顔の包帯を外したのです。いえ、外したことはさして問題ではありません。しかし目の周りは腐って変色しており、その眼窩の中には、白く濁った中にも元の赤色が見える物体が埋め込まれていました。
「まさか……先輩……!?」
「──私と貴女は、ずっと一緒にいるんだから!!」
……そう。
先輩の右の眼窩の中には、イリスの眼球が入っていたのです。
漸く、私が先輩の顔に巻かれた包帯を見た時に、何故嫌悪感を感じたのか、わかりました。私とイリスは遺伝子レベルで相性が悪かったんです。だからこそ、私は見なくても右目がおかしいことに気付いた。
別にオカルト的な話ではありません。よく言うじゃないですか、遺伝子レベルで相性がいい相手からはいい匂いがする、って。それの逆パターンです。
……昨日私が先輩に優しくしてたら、こんなことにはならなかったんじゃないか。そう思いもしましたが、きっと、いつかはこんなことになってたんだと思います。そもそも、この眼球を入れたのは、多分私が先輩のお世話をしはじめる前ですし。
「いりす……? いりすいりすいりすぅぅぅぅぅぅぅぅぅっっ!!!!」
もう「イリス」が何なのかも理解できていないのかもしれません。先輩はただ奇声を上げながら、敵を撃ち落とし続けます。ある敵には正面から荷電粒子砲を食らわせ、ある敵には小型ミサイルを全て叩き込み、そしてある敵には、死角からの体当たりで、次々と殺していきました。
そうして、いつの間にか数百体もの敵を倒した蛇真は、遂には敵の方舟の目の前にまで来ていました。
「──ッ……。流石先輩、まさかこんなところまで……」
「いりす!? そこにいるの!? いりす!!!」
もう先輩は私の言葉にも耳を傾けてくれません。
……そう言えば。
先輩はいつから、イリスの死体が
「いや、寧ろ」
寧ろ、その死体をみたから、先輩はこんなに狂ってしまったんじゃないか。
「……だったら、それって」
何もかも、イリスのせいじゃないですか。
先輩が廃人になったのもイリスが死んだから、狂ってしまったのもイリスが死んだから。
……いえ、イリス先輩が許せないとか、そういう話がしたいんじゃなくて。
「もう、私に勝ち目なんて、ないじゃないですか……」
最初から、気付いてはいました。でも、ずっと目をそらしていたんです。ほんの少しでも先輩の一番になれる可能性があるなら、そっちを信じたいと思って。
でも、現実はそう上手くは行きません。先輩は自分が壊れるほどにイリスを愛し、私には依存しても、求めてくることは終ぞありませんでした。私はイリスの代わりにはなれなかったし、先輩の心を開かせることもできなかったんです。
そして最後はこうして、先輩は私の話なんて聞いてくれなくなりましたし、常識的な判断すらもできなくなってしまいました。
……尤も、今引いたところで何処に帰るんだ、という話にはなりますが。
「ぅぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁあぁぁぁああっっっ!?」
先輩の奇声が僅かに恐怖を帯びます。考え込んでいたせいか、それとも出撃の時に頭を打ったせいか。私は気付けていませんでしたが、どうやら右翼に敵の攻撃が直撃したようです。
それでももう引くことはできません。それは先輩も理解しているのか、決して後退することはしません。
目指すは、敵の戦闘機のカタパルト。次々に戦闘機を排出するそこに、逆に私達が突っ込んだら。
「──ッ!! 行けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
操縦してるのは私ではないのに、先輩と同じくらい叫んでしまいます。それでも、この攻撃で敵の城とも言える場所を攻め落とせるかもしれないとなったら、叫び声がでるのも当然でしょう。
果たして、数々の戦闘機の攻撃を掻い潜り、蛇真は敵の方舟の中へと突っ込んでいきます。ここまで来れたら、これからやるべきことは、1つ。
ただ、只管に撃ち続ける。
それだけ。
荷電粒子砲を、小型ミサイルを、それどころか一切使っていなかった宇宙魚雷までも、全ての攻撃を叩き込みます。それだけでも視界は真っ赤になり、前も後ろもわからなくなるような状態に。敵の方舟の破壊は、着々と進んでいました。
──そして遂に、その時は来ました。
「弾切れ……っ!?」
声を上げたのは、私だったか、先輩だったか。
世界がスローモーションになり、ゆっくりと、蛇真は巨大な発電装置のようなものへと向かっていきます。
限界まで加速した蛇真に、これを避ける術は、もう。
でも、これでいいんです。きっと先輩も、最初から死ぬつもりで来たでしょうから。
……あぁ、一個、悔いがあるとすれば。
「……せめて最期くらい、私のこと──」
体が浮くような、変な感覚。
物凄い速度で飛行していたので忘れていましたが、いくら保護されているとは言っても、私達がいるのは無重力でした。
蛇真も私も意外と強かったようで、突っ込んでも、一瞬で死ぬことはなかったようです。
……とは言っても、あくまで「一瞬で死ぬことはなかった」というだけ。きっともうすぐ私達が突撃した装置──因みにこれが方舟の動力源です。普通は入られないとは言え、もう少し強く作ったり、厳重に守ったりしたほうがいいと思うのですが──が爆発し、それに巻き込まれた私達は方舟諸共死ぬのでしょう。
「──い、りす……?」
先輩も私同様ふわふわと浮きながら、虚空へ向かって手を伸ばしていました。
……あぁ。そう言えば、私は。
「やっと……逢えた……ね……」
いざ
「──っあぁッ!?」
痛い。ボーっとしていた頭が、急速に冷えていきました。
これ以上は危ない、血が出ている。体のあちこちが悲鳴をあげます。それでも、関係ありません。目が取れるまでは何度でも私は、刺し続けます。
そして、何秒くらい経ったでしょうか。神経が引き千切れる嫌な音を立てて、中身が飛び出そうになった状態で私の右目は眼窩から零れ落ちました。
「……先輩」
私より数秒先に死んでしまった先輩の頬に手を当てます。まだ少し暖かい肌は、直前まで先輩が生きていたことを教えてくれるようで。
「……私も、先輩の一番になりたかった」
そして、彼女の右目の周りの肉を強く押します。もはや何故ここまで生きていたのか、腐った肉は骨が砕ける音とともにめり込み、イリスの眼球はスッと出てきました。技術がなかったからでしょうか、本当にただ嵌めていただけのようです。
「最期は……一緒ですね……」
そして代わりに彼女の眼窩に嵌めるのは、取れたばかりの私の右目。
……これで漸く、先輩と一緒に逝ける。先輩の体を抱き締めた瞬間、爆炎が私達を包み込みました。
──あなたのこと、らぶりんって呼んでもいい!?
閉じた瞳の裏に映るのは、あの日、初めて先輩を見た日の景色。左前の席の人のうるささに心底うんざりしてた時、偶然、左隣の席に座っていた先輩の目が見えたんです。
……いえ、偶然ではありませんね。認めたくはないですが、あの目を見れたのは、左前の席の人──イリスのおかげとも言えるかもしれません。
イリスに話しかけられた先輩の顔は、私と同じように、うんざりしていて。
でも、それだけじゃありませんでした。
確かにその目の中には、希望が、未来への期待が、あったんです。
この人の目は、なんて美しいんだろう。
私はあそこで、生まれて初めて「一目惚れ」というものを味わいました。そこから先は毎日先輩の事を調べて、先輩の事を考えて。
「──私、先輩の事、本当に好きだったんですよ……?」
全身が燃え尽きる中、思いがけず口から出た言葉。もう亡くなってしまった先輩がそれに答えることなんて、ありえません。
……でも。これは私の勝手な妄想ですが、確かに一瞬、先輩は、 私のことを優しく微笑んで、見つめてくれた気がするんです。
「遅いですよ……」
最期に、漸く私のことだけを見てくれた。それだけでも、今まで生きて、先輩の事を想い続けてきてよかったと、思えました。
「でも、先輩」
もし天国や地獄なんてものがあるとしたら、きっとこれから私達は、想像を絶する苦痛に襲われることになるでしょう。
それでもきっと、先輩とだったら、どんな試練だって、超えていける。
死後の世界でも、来世でも。
「──愛してます」
そう、信じられる気がしました。
****
「イリス……?」
目の前に広がるのは、真っ白で、何もない世界。でも暖かくて、安心できる世界。
「私……結局、イリスのこと、好きになれてたのかな……」
──どうせわたしのことなんか、すきじゃないくせに
「あの子にも、迷惑、かけちゃったし……」
イリスが死んで、1人で寝るようになって、そしていつしか、あの子が私を助けてくれるようになって。
時が経つにつれて、段々とイリスの声が、思い出せなくなっていった。
時が経つにつれて、段々とイリスの顔が、思い出せなくなっていった。
時が経つにつれて、段々とイリスの事が好きだという気持ちが、わからなくなっていった。
私はただ、自分より劣ってる人を探してたんじゃないか。他人とは違う彼女を、見下そうとしていただけなんじゃないか。
でも、それは告白された時点で感じていたことで。イリスに告白してもまだ尚、不安が拭えなくて。
だから、イリスの右目を、私に入れた。
これでもう、どうやっても、イリスからは逃げられない。それが、まだ気持ちが曖昧なまま彼女の気持ちを受け入れる振りをした私への罰だと、思っていた。
でも。
あの子──瑠璃に助けられて、段々と彼女に依存していって。
そしてその度に、痛くて、苦しくて、気持ち悪くて。
そしてやっぱり、私は、イリスの事が好きだったって、気付いて。
でもその時にはもう、イリスは、いなくて。
「ごめんね、イリス……。私、何もわかってなかった……」
「──そんなことないよ」
突然、右目のあたりが、楽になった気がした。
忘れかけていたはずのイリスの声が、顔が、鮮明に思い出されていく。
……あぁ。やっと、逢えた。
「自分が誰を好きだとか、誰に依存してるだとか、そんなの、わからなくて当然だよ」
「……そっか。イリスだったら、そう言うよね」
遅くなって、ごめん。今度こそ、私の気持ち、イリスに伝えるね。
もしかしたらこれも依存なのかもしれないし、こんな馬鹿みたいな世界じゃなきゃ、関わることすらもなかったのかもしれない。
愛と呼ぶにはあまりに稚拙で、恋と呼ぶにはあまりに歪で。
それでも、この気持ちだけは、本当だから。
「──私、イリスの事、好きだよ」
書いたタイミングとしては、前回の「可哀想な貴女」の方が後になります。
割と無意識で同じような話書いてて笑ったよね
それはそれとして、タイトルが無意識トリプルミーニングしてます。俺は天才か?